自分のいる場所を変えると、状況が変わる。
状況が変わると、境遇が変わる。
いろいろな場所に行って、いろいろな景色を見るのは、お金を減らすだけだと思っていた。
でも、そうじゃない。
今、体が動いて、感受性が豊かなうちに、気力や体力があるうちに、様々な場所に出歩いて、景色を見るだけでも、意識が変わる。豊かになる。
肌の色の違う人、食べ物が違う、機構が違う場所に行くことは、それが短期間であろうと、わたしの世界を豊かにする。
世界が豊かになると、昔「つらい出来事」に変換していたことに対して、見る目が変わるから「楽しいこと」「有意義な経験」という風に変えて、経験しなおすことができる。
わたしは、よく人を拾ってくるのだけど、そういう人が家に来ると、今まで慣れ親しんでいた町の顔が変わる。
素通りしていた店に、入るきっかけが生まれる。
今までこの辺に住んでいなかった人には好奇心があるから、どんどんいろんなところに行きたがる。わたしは、それについていくだけなのだけど、お店には人がいて、人と出会える。
今、お店として、生き残っているところは、モノだけじゃなくて、人柄や、情報や、夢を共有させてくれる。
八百屋さんは、安くておいしい野菜を売って、お客さんを健康に、幸せにしようと思っている。
献立も一緒に考えてくれる。
今、行きたい飲食店は、ライフヒストリーに魅力がある店主さんのお店だ。
店主さんと話して、楽しかったら、また、行きたくなる。
ブックカフェに行ってきた。
そこでは出版社もやっている。明日持ち込みに行く。こういう出会いも、生徒さんに教えてもらったお店に行ったからだ。
店主さんはお店を愛していて、本を愛している。
話しているだけで楽しい。
お金を使うということは、生活に必要なものを単純に買うだけじゃなくて、売り手の夢を買うことなのだと思う。
ただ消費活動をするだけで、誰かの夢を一緒に見られる。
場所を変えると、視点が変わる。出会う人が変わる。増えていく。
それは私の幸せにつながる。
むだなことなんて一つもないといわれていたころ、わたしは病気だったから、病気も無駄じゃないんだといわれた気がして、つらかった。
病気はしないほうがいいと思っていたから。
病気はしないほうがいいと思う。
でも、なってしまったら、苦しかったら、避けられないことなら、あとから、よくなってから、見直して、生きなおすことが可能なのだと思う。
新しい解釈を付け加えることで、人生の色が変わる。つらいことも、利用できる。
新しい解釈を、手に入れるためには、様々なところに出かけて、多様な価値観を身に着けることがどうしても必要なのだ。
だから、わたしはたくさん遊ぶ。
そうして、つらいことを塗り替えていくのだ。