男を捨てる


>それは、男女同権とは関わりなく、頭が良くないやつがどこにも存在しており、そういう人が、甘えた根性で、わかってもらえないと敵になるよ、

ここの部分自体がマッチョだと指摘されたので、男らしさについて書こうと思います。

わたしは別に男が頭が悪いとか、頭が悪いと男じゃないとか、言っているわけじゃないです。

確かに頭が悪い男は好きじゃないけど、「男は頭が悪ければ悪いほど大好き」って感じよりも、まあ、普通の性癖だと思います。
頭、悪い男大好きー、って結構特殊な性癖だと思います。

わたしは個人的になるべく頭がいい男性と積極的に関わっていきたいし、そうじゃない人とは関わりたくないです。そして、甘えさせたくもないです。
仲が良くても恋人でも、自分の愚かさを「認めて!」て一方的に要求されたら、「それはないっすよ」と言って却下します。それは別にマッチョじゃないと思います。単にわたしはそういうプレイが好きじゃないだけです。

わかってくれないと敵になるよ、と宣言するのは甘えた性根から発した脅しなのは、確かです。それを説明する言葉はないのだけど、マッチョとは違うと思います。

男の人が自分で望んで、頭が悪いままいるのは、その人の自由だからそっとしておきたいと思います。
頭が悪い、というのは、IQのことでもなくて、教養でもなくて、フェアに自分の頭で考える力、調べる力、自分に都合の良い情報だけを信じないで判断する力がない状態の人を言いたいと思います。ここでは。

順を追って説明すると、女性の権利、を向上させたいと言うのは、

就職のときに不利にならない
収入が男性に比べて不利にならない
昇進が男性に比べて不利にならない
参政権がきちんと行使できる
政治家の半数が女性になる
暴力に遭ったら、相手側がきちんと裁かれる
強姦の要件を変えてほしい(今は相手が死なない程度に抵抗しないと合意だと見なされる)
議論をしたときに、論点とは関係なく「でもお前ブスだろ」と揶揄されない
中絶、避妊、セックスなどを自分の意志で決断し、尊重される
セクハラ、モラハラに遭わない自由
容姿のことを言われないですむ
女性らしさを要求されない
好きな服を着て過ごせる
年齢差別をされない
結婚したときに名前を自由に決められる
結婚したときに財産を均等に分けられる訂正:自分の財産は自分の財産として持っていられて、離婚するときには共同財産は、均等に分けられる
家事を一方的にやるのが当たり前と見なされない
子育ては母性があるから女がやるべきと言われない
保育園の充実を図って、女性が働きやすい生活ができるようにする
専業主婦やパートの女性が差別されない
女性優先車両がないと痴漢から逃げるすべがないこと
子どもの頃から性犯罪に巻き込まれること
DVされやすいこと
子育ての重荷を一手に引き受けさせられ、逃げ場がないことをなくしたいこと

などなどがあると思います。

男性差別もあります。それは、
強姦されても立件されない
男らしさを強要されて息苦しい
結婚したときに、収入源となって、働くことが当たり前とされている
弱みを見せてはいけないと思わされている
子どもの頃から性犯罪に巻き込まれること
男性の方が、子育てが下手だと思われ、親権がとりにくいこと
DVの認定がされにくく、国からの援助が全くないこと

などがあると思います。わたしは女なので、それくらいしか思いつかないけど、まだあると思います。

で、誤解されているのは、

男に生まれたからには、彼女ができてセックスできて結婚できてこどもを生んでもらえるはず
男性優遇サービスデーがない

というのが叶えられない状態が、男性差別、と思われている節があります。

男に生まれても女に生まれてもパートナーが発生しない場合は多々あります。それはいろんな理由があると思います。孤島に生まれ育ったら他に人間がいないからパートナーができない場合もあるだろうし。パートナーが欲しくない場合もあるし。

女性サービスデーがあるのは、女性の方が収入が少ない現実があるからです。それだけ。それを追認している状態だから、女性優遇サービスデーが広告として有効に働くのですね。
もしも、女性の収入が男性と同程度だったら、単に安い、ということで店を選ぶことが減って、快適だ、ということで店を選べるようになるんだと思います。だから、差別の一種だと思ってください、女性サービスデーは。

で、さっき挙げたことが不満として出るのは、女性を人間扱いしていないからなんだと思います。
女性を人間だと思っていたら、自動的に彼女ができるのが男として普通の状態という発想が出ないと思います。
人間には選ぶ権利があるからです。

だいたい、女性が男性に対して怒るのは、女性の権利を踏みにじったときが多いと思います。でも、男性はそれが女性の権利を踏みにじっている行為だとは気づかないので、なぜ、女性が怒っているのかわからない。そして、わからないだけで終わるなら良いんですが、「何も悪いことをしていないのに、女性が勝手に怒った。理由がわからないし教えてももらえない。理不尽だ。おれは女性に虐げられている」となる人も一部いるように見受けられるのが問題だなあと思います。

一般的に権利を踏みにじられて怒った人は、それの理由をわざわざ相手に教えません。なぜならば、関わること自体が時間のむだだし、それ以上不愉快な思いをしたくないし、それ以上に、損なことをする人に一定の知性があるとは想像ができないからです。だから、教えないのです。教えてもわからないんだろうな、と予測をたてられているからです。

そして、世の中にはいろいろな書物があるので、勉強したら、女性の権利問題、というものにも触れられます。それをさぼっていることと、教えてもらって当たり前、と思っているところが、わたしの「甘えているし頭が悪い」という一番最初のリンクの文章につながるわけです。

「わかってほしければ、説明しろよ、教えろよ」というひともいるかもしれませんが、わたしは、女をやっていて、長い間、絶望を味わってきました。なので、わざわざ「頭悪そうだな(実際にはいいのかもしれません)」と思う相手に、労力をかけないのです。頭が良くても、男として生きていく分には、女性問題に触れなくても、普通に生活できてしまうので、女性問題に全く疎くて、わたしの地雷を踏む人は多々います。

わかってもらうは、乞食の心、というのは、わたしの好きな言葉です。わかってほしい、わかってもらいたいと、権力者(この場合は社会構造から言って男性)にこびて、へつらって、説明を一生懸命するよりも、わたしは自分自身を生きていく、そのために労力と時間を使っていく、決意、みたいなものがあるわけです。

そういうわけで、わたしはあまり男性に説明をしません。ただ、離れるだけです。ちょっと仲が良ければ怒っていることは伝えます。でも、結局は流されるので、たいてい説明をする前に離れます。流されるとは「そんなことで怒るなよw」「冗談だよw」「それくらい許してよw」「怒ってるとかわいくないぞw」「ブス」みたいな態度のことです。話し合う気が失せます。

よくわかんないですけど、男性って、議論に詰まりつつあると、容姿について攻撃しますね。
男性って、男である故に、あまり清潔感がなくても美容院に三ヶ月行っていなくても、服装がだらしなくても、顔を洗ってなくても、許される傾向があります。だから、たいていの女性の方が、化粧をしたり、毎日風呂に入ってむだ毛を綺麗にしてシャンプーをしたり、髪の毛を巻いたり、いろいろしていたり、服も靴も毎日変えていたりするので、見た目のレベルは高いと思います。だから、容姿を攻撃するのって、「…おつかれさまでーす」みたいな気持ちになるのですが、男性はじっくり鏡を見る習慣があまりないんでしょうか、と思ってしまいます。余談でした。わたしはどちらかというと男嫌いなので、こういう文章を書くと節々にそれが出てしまいます。

男だ、というアイデンティティを捨てろ、ということではありません。
ただ、男だから、こういうことが手に入るはずだ、ということを捨てると、お互い生きることが楽になると思います。

わたしは結論として、「男にこだわることを捨ててほしい」と思います。男だから、こういうことが、こういう人生が、こういうなりゆきが保障される、そういうものだ、そうじゃないのは世の中がおかしい、と思うのを捨ててほしいと思います。
世の中はおかしいです。でも、彼女ができなかったり、パートナーができなかったりするのは、世の中のせいではありません。たいていの場合。出会いがなかったり、出会いがあっても、選ばれない不運があるだけです。
男らしさにこだわることを捨てて、男だという価値観から離れて、自分の良さを発見して、人に不快に思われない容姿になって、女性と会話するときに、言葉を選べば、不運の総量は減るでしょう。

女性については、女性の権利を獲得するために一緒に戦いましょうと思います。
女を捨てる、というと、女性としての美しさを捨てる、男からの評価を求めることを捨てる、とか、身ぎれいさを捨てる、とか、そういう意味になるのが不思議ですね。

男を捨てる、という意味と、女を捨てる、という意味が対称じゃないのが、女性差別の問題だと思います。言葉の問題ですが、差別は言葉からも、権力構造からも、政治からも、身近なことからも発生すると思います。それを一緒に考えていく人が増えれば良いなと思います。

追記

というわけらしいです。

というわけなんでしょうか。
腑に落ちます。

c71の著書

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男を捨てる」への7件のフィードバック

  1. いやそうじゃなくて、女性が男性より給与が少ないのと同様に
    「統計的に」男性は女性より恋愛について恵まれていないのです。
    たとえば「生涯未婚率」を見れば、男性は20.1%、女性は10.6%となっています。
    繰り返しますがこれは統計的、社会的な話であって、
    個々の運不運という問題ではないのです。
    わたしのようなアンチフェミは、
    フェミニズムが「個人的なことは社会的なことである」というスローガンを掲げて、
    今まで「イエ」の中の問題と片付けられてきたことを社会問題に引っ張り上げてきて、
    それはとても偉大なことだと思っているのに、男性がモテないとかいう話になると
    (これまで強者男性たちがやってきたように)個々人の努力の問題として
    切って捨てようとしているその態度に絶望し、マッチョだと言っているのです。

  2. で、女性性をマジョリティ化すること、
    たとえば容姿を磨くことを男性にも要求することが
    フェミニズムの主張であるのならば、
    それを推進しても男女格差が美醜格差にすり替わるだけだと思いますし、
    加齢臭はキモい、ハゲはキモいといった「オッサン蔑視」の価値観を
    より強化するだけに終わると思います。
    もちろん、オッサンは生きていること自体が害悪であり、
    加齢臭やハゲを治療できなければ死ね、
    というのがみなさんの本音ならば、
    わたしからはこれ以上申し上げることはありません。
    いわゆる「コミュ力」についても同様です。

  3. こんばんわ。
    やはり気になったので書き込みます。
    「私は黒人と差別が嫌いだ」という言葉がありますが、私的なことと公的なことは常に切り離して考えることができます。
    黒人差別という公的な概念とは別に、私的に黒人を嫌うことは可能だからです(いろんな意味で)。
    統計的に女性の就職が不利でも、男性の結婚が不利でも、個人の資質は常に問われます。
    差別的に弾かれる場合もあれば、単に資質不足ということもあります。前にも書きましたが。
    私的な不利を公的な概念で覆そうとするのは虚しいです。
    しかし、
    結婚したときに名前を自由に決められる
    結婚したときに財産を均等に分けられる
    この辺りはたしかに明らかに不要な慣習だなあ、思います。就職など、能力が絡む部分は難しいですが。
    権利はいつでも乱用できる可能生があるので、最終的には自分を切り捨ててもらっても構わないくらいの覚悟で考えないと、なかなか平等に考えることができないと思います。

  4. コメント何度もありがとうございます。
    今回の話の方がまだ理解可能だったのでお話しします。
    容姿を磨くことが美醜の問題を激しくすること、というのには賛成します。
    美醜に関しては男性も、女性も苦しんでいるので、その規範を外すことは大切だと思います。
    でも、その場合、kiya2015さん自身も美醜に対する意識を改める必要があります。
    それを受け入れるところから、kiya2015さんの精神の旅が始まると思います。
    生きていること自体が害悪なんて、思ってもいないし、言ってもいません。
    フェミニズムは、女性性を強制することをやめよう、と言っているので、男性にも容姿を磨けと要求していないと思います。このブログのエントリにもそんなことは書きませんでしたので、その話題ができたのは不思議に思います。というか、理解不能です。
    性愛がどうしても必要だと言う規範を外すことができないのであれば、ある程度、その規範に載ることが必要になるか、それとも、規範を変えていくことが大事だと思います。
    まずはkiya2015さんは、対話をもっとできると良いのではないでしょうか。
    コミュ力、というものではなくて、わたしはkiya2015さんが何をおっしゃっているのか、また、どんな文脈で、この話題に入ってこられたのか、正直前回の書き込みのときも、前々回のときも、わかりませんでした。
    わからない言葉を発する人のことを、人は忌避すると思います。
    それは、生きていることが害悪だ、とか、きもい、とか、そういうことではなくて、対話できない、できない人のことは怖い、だから避けたい、ということです。
    文章では、kiya2015さんが、どんな外見をしていて、どんなコミュニケーションをとるのかわかりません。
    ただ、文章状のやり取りをしていて、意思の疎通が難しい方だな、と思いました。
    恋愛をする人を選ぶときに、個人的な話をして恐縮ですが、わたしは意思の疎通ができる人を選びます。
    それは、お付き合いするときには、いろいろなことを話し合わないといけないからです。
    話し合って、親しくなって、性的なことをするようになるときにも、自分がいやなことや相手がいやなことをしないように相談しなくてはいけません。
    そのときに、自分がいやなことを伝えることができない人や、わたしがいやなことを伝えても理解してくれない人とお付き合いすることは、実際に心身の危険がありますので、避ける、ということです。
    男性は、女性を力で傷つけることができるので、より、女性は慎重になります。
    慎重になることが、差別と呼べるかどうか、わたしには疑問です。
    >というのがみなさんの本音ならば、
    わたしからはこれ以上申し上げることはありません。
    いわゆる「コミュ力」についても同様です。
    みなさんというと、わたしではない誰かも含んでいるのでしょうか?
    そうでしたら、ここのブログのコメント欄は、それに適さない場所だと思いますので、ご自身でおっしゃるように、申し上げることがなくてもわたしは困りません。
    それは、おっさん死ねという意味ではありません。
    わたしは恋人がはげたとしても好きだと思います。そして、恋人は加齢しても、こまめにお風呂に入ったり、エイトフォーとか使って、わたしに気を使ってくれると思っています。おっさんはあまり関係ないと思います。
    とにかく、kiya2015さんにはコミュ力でもなく、容姿でもなく、磨くのは、相手が何を言っているのかを理解することが大事だと思います。
    一方的では良くないと思います。良くないと思いますし、わたしが今困っている気持ちがあります。そして、その気持ちをどうしようと思います。

  5. Sadie1さん
    コメントありがとうございます。
    おっしゃっていることはよくわかります。
    個人的に、「この人いやだなあ」と思う人は就職でもとってもらえないでしょう。
    わたしも就職で困ったのは自分が女だったから、というよりも、自分を使いやすいと思った人が少なかったからだとか、スキルが足りなかったから、とか、アピールを勘違いしていた、とか、いろいろ反省があります。
    でも、ゆくゆく、未来の人たちのことを考えると、就職の面接をする人の性別が一方に偏っているのはやはり望ましくないなあ、と思います。
    それを是正するために、わたしはいろいろなことを言いたいなと思います。

  6. この命題って突き詰めると
    クズな男の裸とクズな女の裸どっちが価値があるか?って事ですよ
    どっちもクズなんだから平等に扱いましょう!と言ったところで
    クズな女でも利用したいって男はどうしても出てきてしまうわけですよ
    欲しいのは体だとしても、恋愛という形をとる事もありうるので
    性愛には恵まれてるように見えますよね
    弱者男性はよく自分を養えと言いますが
    弱者女性でもおまんこに価値を感じてしまう男性と比べて
    おちんぽに価値を感じてない女からしたら顔も悪いし経済力もない弱者男性って何もメリットがないのですよ
    それを差別といわれましても
    まず自分がおまんこに価値を感じるのをやめていただきたいw

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