できることをあえてしないこと

天才以外学問をしても意味がないとは思わない。

ゆっくりでも、着実に、ある方法でやっていったら、積み重なるのが学問の良いところだと思う。
わたしは頭が良くない部分があるけれど、ある程度勉強ができるようになったのは、方法通りに、着実に積み重ねてきたからだと思う。

頭の良さは、方向を決めて、深く、広く、段階的に考える能力と、考える速さと、そして、発想を飛躍させて、新しい組み合わせや新しいものを生み出す能力の二つがあると思う。

この三つがそろうと、人生が豊かになる。

考えることが早くても、方向が間違っていたら、正しい答えにたどり着かないし、深く広く段階的に考えられないと、正しい答えかどうか、検討できない。そして、考えることの喜びは飛躍に追うものが多い。新しい発見は飛躍すること、イレギュラーなものを取り入れることにあると思う。

できるひとは、できることと、できるから「しないといけない」と思うことを混同していると思う。
できるひとは、自分が「できる」けれども「やらない」でいるストレスを引き受けないといけない。
でなければ、できる人はできない人を見て、イライラとストレスをためるだろう。できない人のしりぬぐいをさせられているような気がして。
見えてしまうことと、やらないわけにはいかないと思う気持ちは、一見連続的に思えるけれど、ちゃんと分けられると思う。

できることをあえてしないことで、どうなるのか、見守ることで、楽になることがきっとある。
できることを手放した先にある自由がある。

できる人が、見えてしまうことを、やるかやらないかは、意思で決めていいはずだ。できることと、やらなくてもいいこと、やるべきことを見極める勇気がほしい。
そうしたら、できる人、できない人、頭の良い人、悪い人、能力差のある関係がもう少し優しくなると思う。

c71の著書

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