わたしは自由でいいね、と言われるし、そういわれるようにふるまっている。
キャラを作って、モードを分けている。
人と接するときのわたしと、人と接しない時のわたしでは違う。
モードを張っているときは、疲れる。だから一人の時間がいる。
わたしの人生は過酷で、不倫で小学生の時に父親は出ていくし、そのことは人に秘密にしろと言われるし、中学生の時には子宮内膜症で、内臓が癒着していた。
だから、あまり学校になじめなかった。
そして、発達障害だということもわからなかったから、いじめも受けていた。
高校になったら、レイプされて半年脅された。
学校に行けなくなり、受験も失敗した。
希望の進路も、不倫相手のせいであきらめざるを得なかったし、体が弱くて、普通には働けなかった。
だから、自分にできることを探して、自分のいい面ばかり考えて過ごしている。
人にも自分の目ぐ荒れているところを話す。
そうするといわれるのだ「いいね。うらやましい、恵まれているね」と。
わたしが血を吐くような思いで、実践していることを簡単なように言われて、挙句の果てには「自分のほうがつらい」だの、「うらやましい」だの「わたしのきもちはわからないよね」だの言われる。
わたしの気持ちを誰かにわかってほしい時には文章に書いたり話したりする。
その努力もしないでわかってもらいたいという人は怠惰だ。
わたしは誰かを支える余裕なんてないし、病気も重い。
甘えられるのは、迷惑だ。自分で解決してほしい。
自分で解決できないことを、わたしを傷つけることで、解消するのはやめてほしい。
わたしは明るい面を見ることに決めた。それだけだ。つらいことがなかったわけじゃない。
でも、楽しそうにふるまっていると、そういうのがまとわりつく。
わたしは、最後まで笑っていたい。
そして、許さない。