欲しいものが我慢できない

今は躁状態らしくて、お金を使うことが抑制できない。

抑制できないということを文字にできるのに、焦っている。
焦っていて、欲しいものを買わなくては後悔すると思っている。

なぜ、こんなに慌てているのだろう。

洋服が欲しくて欲しくて欲しくて仕方がない。つらい。止まらない。


ジルスチュアートのワンピースを妹にあげた

ジルスチュアートのワンピースを妹にあげた。

二年間着なかったからだ。
どうして着なかったのかわからない。高くてきれいな服を着ない傾向にある。

ラメがキラキラしていて、ニットが透けていて、とてもきれいなワンピースだった。

捨てるにしのびなく、かといって、着なかった。
あげてから、着ればいいのに、と思って、後悔して、取り返したい気持ちになった。
返すよ、と言われたけれど、断った。

わたしは取り返しても着ないだろう。
人のものだからうらやましかったのだ。

彼女にワンピースはとても良く似合った。
若いときにしか似合わない服がある。
彼女はとても嬉しそうだった。
若さがすばらしく目に映った。


精神の安定と躁状態と春の靴

ふと、靴屋さんに立ち寄ったら、買い物が止まらなくなってしまった。

今月は、タンスが壊れたせいで、お金があまりないのに、靴を買ってしまった。
春の靴はとてもかわいらしい。
どこに履いていけばいいのかわからないほどかわいい靴を買ってしまった。

四月になったら、臨時収入が稼げるので、それで、負担しよう。
それから、そのお金でニッセンで欲しい服を買おう。
服を買ったら、着ていない服を処分して、クローゼットを整理しよう。

ちょっと、躁状態みたいな感じだ。

今日は、一番嫌な作業をした。書類を作った。
これで、次に行かないと行けないのは税務署だけになった。
少しほっとする。


言い聞かせていないと、ひどい目に遭わせた人間に会いにいきそうになる

自分に「あの人には二度と会わない」と強く言い聞かせていないと、
「あんなひどいことをせざるを得ない人間なんだから、かわいそうな人だ…。面倒を見てあげないと」と思ってしまう。
そうすると、自分が損なわれる。

わたしは、自分にひどいことをする人に対して、なついてしまう部分があるらしい。

医師に「頭の中のアラームを大切にして」と言われた。
わたしが、祖母に会ったとき、頭の中のアラームがびんびんなった。
ここは、危険な場所なのだと。

年を取って弱ったことはかわいそうだけれど、わたしのいやがることを繰り返ししてしまう部分は、年を取ったからこそ直せない。
わたしは、その場所に行かない努力をしないといけない。
それを誰に非難されても、自分を守るためには、非難する人たちからも逃げないといけない。

逃げて逃げて、逃げた先がひとりぼっちでも、それでいいんじゃないだろうか。
わたしは、たくさんのものを失ってしまった。
取り戻せることは絶対にない。
失ったものは、失ったものだからだ。
新しく、何かを得ることはできる。
だけど、失ったものは帰ってこない。

それは、心にとても痛い事実だけど、同じ過ちを二度と起こさないための痛みだ。
痛いことはわたしを助けてくれる。
これ以上、時間と誇りを奪われないために、わたしは、都合の悪い場所には行かないし、会いたくない人には会わない。


祖母にお風呂を覗かれた、うわあしんどい

祖母がいきなりお風呂場にやってきて、ドアをがちゃっと開けた。
手で必死に押さえて、開けては閉めるの攻防を繰り広げた。

「お湯の温度はちょうどいいか」
「お湯の入れ方はわかるか」
「脱衣所は寒くないか」
「風呂場は寒くないか」
「脱衣所にストーブを入れたからあがるときに切れ」

これを言うときにいちいちドアを開けようとするのだ。
結構力がある。普段は、自分では開けられないらしい。怖い。

怖い!これが、ジェネレーションギャップなのか。祖母世代にとって裸は恥ずかしいものではないのだろうか。
お風呂なんだから寒くないよ。

腰の曲がった亀のようなスローモーな祖母に迫られて、恐ろしい思いをした。

母も、いきなり来る癖があったんだよな。
もう、どうでもいいけど。


祖母の心配に溺れる、溺れる前に逃げ出す

祖母が施設に入ることになった。会いに行った。
これで、おそらく生きているうちには、会うことはないだろうと思う。
そう思ってみると、気が楽になった。

祖母は戦後の時代から一代を築いてきた人で、だいぶ苦労してお金を稼いだ。
体が利かなくなってからは、他人を使うことにためらいがなかった。
昨日会ってきたら、「心配だ」「あんたのことが心配だ」「その髪を切るわけにはいかないかね」「寒くないかね」と言われ続けた。
文字にすると、優しいようだけれど、心配に押しつぶされて窒息しそうだった。

わたしはちょうどいい。あなたに心配される必要はない。黙っていてくれ。
わたしは寒くない。寒いのはあなただ。わたしは寒くない。心配を止めたいなら止めたらいい。あなたの心配は趣味だ。わたしはあなたの他人を巻き込む趣味につきあうのはいやだ。

と、叫びだしたくて仕方がなかった。

肉をちぎって娘にあたえ、娘は肉をちぎって、その娘に肉をあたえる。

だから、彼女たちは、自分たちの思うように、自分の血を分けた娘たちが行動することが当たり前だと思っている。
そうでないときにはむっとして黙り込み、怒り、すね、泣き落とす。
無言を貫いてから、実は…と語りだし、涙ながらにひしと抱き合う。
わたしは、そういうのはもういらない。
ずっと逃げ出せずに、長い人生を無駄にしてきた。

わたしの祖母と母は、わたしからわたしの人生を盗む泥棒だ。
彼女たちは、自分の輪郭と自分の娘の輪郭がはっきり区別がついていない。
わたしがいやがっていても、いやがるから止める、という発想はない。いやがっていることが目に入らないし、声も聞こえない。
心配をありがたいと思った方が良いだとか、大人げないだとか、そんな言葉が頭に浮かぶけれど、泥棒と一緒にいては、そんな余裕はない。
わたしは、わたしの人生を奪い取られたくない。
だから、わたしは母と祖母の心配の海から逃げ出すのだ。
帰ってきて、心底安心した。
ここはもう、安全な場所なのだ。
わたしは、この場所に守られている。誰の世話をしなくてもいい。
わたしは、もう、会いにいかない。


年収三百万台なんて遠い夢の話

ネットで、三十代になっても年収三百万台なんて信じられない、どうやって暮らしているのか、みたいなことが書いてあって、がーんと思った。
わたしにとって、年収三百万なんて、遠い夢のまた夢なんですけど。

三百万もあったら、どんな風に使ったらいいのかわからないくらいだわい。


今日は驚きました

今日は生徒さんが、これから総合点を130点あげたいというので、びっくりして、持っていた問題集を思わずあげてしまいました。
その子は、十点台の科目もある子で、今まで、板書をノートに取ったことが一度もないのです。

それはめんどくさいからしていないわけではなく、板書をノートに取るものだということを知らないからしていなかったのでした。
そういう子を指導するのは面白いです。

このレベルの子は、暗記科目を暗記しろと言ってもできません。それは、頭が悪いからではないのです。
例えば、社会なのですが、社会は暗記科目と言っても、前後の脈絡があります。
何々が起きた、それは、こういう社会情勢があったから、という風に、普通は暗記していくものだと思います。
でも、あまりにも基礎学力がないと、そういう脈絡を理解できない、あるいは知らないので、暗記のためのとっかかりが全然ないのです。
文字の羅列にしか見えないようです。
そこをどうやって、読んでもらうのかを思案していて、「音読」を提案し、全体を把握してもらいたいと思っているのですが、なかなか音読してもらえません。

それでも、お手伝いする約束をしたので、できる限りのことはしたいと思います。
うまく行くと良いなと思います。