わたしのいうこと、信じてほしい


コンビニをやめようと決めて、一応家族に連絡した。相談じゃなくて。報告。

だったのだけど、「もう少し続けたらあなたのためになるのではないか」という言葉が返ってきたので、わたしはもう疲れたし信じてもらえないなら死んじまいたいなと思った。

わたしの言うことは信じてもらえないのか・やめてもいいと思うけどなんて言われたくて連絡したのではない・わたしの幸せを願っているなら、忠告よりもわたしを放っておいてほしいと思った。

次の日にももう死にたいなと思った。疲れ切っていたから。

家族にブログを教えたせいで、わたしの書いていることにいろいろ言われるのも苦痛で、ブログが愚痴を吐く場所ななくなってしまったのも かなしい。毎日頑張って書いていたのに、父親が私の幸せを願うせいで、わたしはこのブログに書けなくなってしまい、悲しくなってしまった。教えなくてよかったのかもしれないが、教えてほしい、読みたいといわれたので、この結果を予想していなかった。

主治医は、わたしの味方だから過労だからコンビニもやめたほうがいいし、ブログも自由にかければいいのにね、と言ってくれている。主治医は私のすることに反対することはない。私の言うことを信じてくれる。家族にいはわたしの言うことだと信じてもらえないけれど、主治医の言うことだと信じてもらえる。わたしは言うことをきかないといけない子どもじゃないのに、子ども扱いされてとても苦しい。
守られるのは嫌なことだ。わたしは一生守られたくない。

c71の著書

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