ミラーなわたし

わたしは人の欲望を読んで、それを実行してしまいやすい。
それは、相手が喜ぶなら、自分が死んでもかまわない、という思考の癖があるせいだ。
死ぬ、というのはいろいろな意味があって、肉体的に死ぬということももちろんあるけれど、精神的に、死ぬということだ。
自分の意思を放棄して、一回、捨ててしまう。

捨てて、相手に合わせることで生き延びようとしてきた、生存戦略の歴史があるからだ。

だから、自分と他人の境界線が甘いこともあるのだけれど、相手に合わせてしまいやすい。
そして、自分の健康を害してしまう結果になることも往々にしてある。

でもそれを、わかってくれる人もいて、あとから、「あれはあなたの意思だったの?」と聞いてもらえることがあった。

それは、とても意外なことで、わたしはわたしであって、いいのだと感じた。
自分が相手の希望を、特に却下する理由がなければ受け入れようとするのは危険なことだ。
でも、それらの操作は無意識にされることなので、自分では、気を付けにくい。

だから、わたしに希望をぶつける人が、気を付けてくれるならば、ありがたい。

わたしは、不完全な人間どころか何か欠けている。

そういうとき、リセットするには、自分にとって何が得で何が利益になるのか、メリットになるのか、デメリットは何か、理詰めで整理すると、その状態から脱しやすい。

感情に流されて、感情に翻弄されていては、自分の人生を生きられない。

わたしがわたしを生きるためには、お金だけじゃなくて、情緒面の成長も必要なのだと感じた。

c71の著書

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