三十代後半のおしゃれ

今より若くて痩せていて、すらっとしていて、肌もぴかぴかだったとき、わたしはおしゃれが怖かった。
お金がなかったんじゃない。
友達に誘われなかったんじゃない。
友達に渋谷に買い物に行こうと言われて「怖い」と断った。
何が怖かったんだろう?

育った環境が悪かった。自分が女だということに、自信を失っていた。
自尊心がボロボロになっていた。
だから、おしゃれできなかった。

今、わたしは、好きな服を買って、でも、まだ、定価で買えないでいる。
わたしには定価で服を買う価値がないと思っている。
安いものが似合うとどこかで思っている。
体や見た目に似合うんじゃなくて、「貧しい状態がお似合い」だと思っている。
でも、本当はそうじゃない。
身の丈に合ったくらいで、好きな服を買って、気持ちよく暮らす「権利」がわたしにはある。

若いころ、そういうものを奪われていた。
だから、今、怒っている。すごく。
わたしをそういう貧しいものにした者たちが、具体的に存在するから、わたしは怒る。

で、わたしは爪を塗る。
化粧もする。
「どこにいくわけ?誰に見せるわけでもないでしょ。誰もあんたのことなんて見てない。ファッションショーじゃあるまいし。
色気づきやがって。塗りたくってもきれいじゃない」と吐き捨て怒鳴りつける女は、今ここにはいない。
そして、もう会わなくていい。
何度も言い聞かせないと、会わないといけないんじゃないかという圧力に負けそうになるけれど。

わたしは、おしゃれをして、みっともないかもしれないけど、気分良く暮らしたい。
ブスで不細工でデブで汚い女なのかもしれない。そう思って仕方ない時のほうが多い。
そういうときは、茫然としているか、泣いているかしていて、たぶん、メンタルのせいで認知がおかしいんだと思って、精神安定剤を飲む。

ねえ、人をブスだとかデブだとか、シミがあるとか、塗りたくっても気持ち悪いとか言われることで、こんなにも人生が狂うんだよ。
わたしは絶対に許さないよ。
死ね、苦しんで死ね、と、いつでも思っている。
で、そういう自分のほうが、昔の「みっともないのがお似合い」だと思っていた自分よりもいい感じだと思う。


朝の日課がに化粧が増えた

朝起きて、洗顔をして、着替えて、朝ごはんを作って、シーツとタオルを全部交換して、洗濯をして、その間にご飯を食べる。
それから、ウエットのシートでクイックルワイパーを家じゅうかけて、そうしていると、洗濯が終わるので、干す。
その合間に赤ちゃんをあやしたり、機嫌が良くても、短い時間しかいられないから、抱きしめたり、手をつないで「て、て、て。ててててて」と歌いながら、右手と左手を交互に動かす、という遊びと、「あんよ、あんよ、あんよの子」と言いながら足をばたばたさせるのを手伝って、それから、両足をもって、腰をぐるぐると回してあげる。
すっごく喜んで、にこにこしてくれる。解けそうな気持になる。
赤ちゃんは朝はほとんど機嫌がいい。
それから、自作のメリーゴーランドを見せる。ネムリラのオートスウィングはとっても役に立つ。

赤ちゃんの連絡帳を書いて、おむつを補充して、ガーゼを入れて、わたしがする準備は終わり。
赤ちゃんが保育園に行く時間になると、パートナーが、ひよこの着ぐるみを着せる。そうすると、保育園に行くことがわかるのか、お口がとんがって、うれしそう。

おなかがすいたら、ぴっと手をあげて教えてくれる。うれしいと手をぶんぶんふる。興奮すると「ふんすふんす」と息を荒くする。
赤ちゃんにもいろいろな感情があって、意思がある。
母乳拒否が続いていてつらいけれど、ミルクをやるときに、膝に乗せると、暖かく、柔らかく、ちょうどいい重みで、これが幸せの重みかと思う。

赤ちゃんが、保育園に連れられて行く間に、化粧をする。
いろいろと買い集めた化粧品の中から、一番気分に合うものを選んで、つける。
ファンデーションも、三種類持っている。
落とすのがしんどそうな日、毛穴が詰まっている日は、オンリーミネラルのミネラルファンデ。
以前は、粉のタイプで、出すのが大変だったけど、プレストタイプに変えたら、本当に楽になった。
コンパクトを付属のブラシでこすって、そのまま、顔に乗せるだけ。

毛穴を入念に消したいときは、アナスイの液体のファンデーションを塗る。
機能がいいのかはわからないけれど、バラの香りが好きだから。

それから、お粉をはたく。
いろいろ、素敵な新製品が出ていてほしくなるけれど、なかなか減らないので、もう五年くらい使っている。
化粧品は、半年で捨てろというのを読んだけれど、よく考えたら、粉、特に固まっているタイプのものには、水がないから細菌は繁殖しない。
油で固めているのも、油の中ではそれほど細菌が繁殖するとは思えない。

一番楽しみなのは、ポイントメイク。
アイシャドウを混ぜると、色が変わるのがとても好き。
MACとアナスイをよく使う。
アナスイのアイカラーデュオが好き。
色を混ぜると、不思議に変わる。
わたしはパールやラメが入っているものが好き。

口紅は、kiss、ちふれ、media、ボビイブラウンなどいろいろ持っている。
口紅も半年で捨てろと書いてあるのを読んだ時、一回泣く泣く捨てたけど、別に健康上問題がなさそうだから、まあいいや、とまた集めて使っている。

気に入っているのは、韓国コスメのティント。すごくよく染まるから、下地に使っている。

一時期はグロスがべたつくから嫌いだったけど、最近は好き。

昨日のツイキャスで紹介したアイテムをまとめました。リンク先は各メーカーの商品ページです。

https://t.co/JlMhnl5XTA

— O9CO2+H2O🍺 (@OQCeeee) 2017年11月27日

” rel=”noopener” target=”_blank”>コスメ集

モーメントにまとめました。

— O9CO2+H2O🍺 (@OQCeeee) 2017年11月23日

” rel=”noopener” target=”_blank”>簡単ベースメイク特集

こういうのも、読むのが楽しくなった。

化粧が終わったら、筋トレと体操ができたらする。
今は風邪をひいているから、走れないけれど、できれば走る。
運動をしないと、甘いものを無性に食べたくなる。
不思議と、運動をすると、それほど食べたくならない。
たぶん暇だと、脳に刺激がほしくなって、甘いものを欲してしまうんだと思う。

日課がスムーズにできるからと言って、鬱がないわけじゃなくて、その証拠に毎日ベーグルを焼いている。
小麦を練ったり、食べたくなるのは、たいてい鬱がひどいとき。


爪の色は誰の色?

同窓会に行くときに、爪を丹念に塗った。
紺に染めて、白いラメをグラデーションに重ねた。
重ねれば重ねるほど乾くの時間がかかり、よれてしまうから、苦労する。
赤ちゃんを見る時間をぬって、一生懸命おしゃれをした。

三次会で、世話になった先生と話せた。
「その爪は人と仲良くなる意思のある色じゃないよね。昔から協調性がない」と先生が言った。
「先生に髪がなく、自力ではやすことができないように、わたしには協調性がないんですよ」
と言い返したら、
「それはフォローしきれないな」と言ったやつがいて腹が立った。
何様だろう。
先生は、一回じゃなくて、十回以上、協調性がない、爪の色が変、こんな詰めの色なんてないと言った。
わたしは、出産してから二か月しかたっていないのに、頑張って、先生や、ほかの人に会いに来た。
わたしが一番いいと思う爪の色で来た。
出産してから、髪はぱさぱさになって、体はだるだるになって、顔も皮膚が前と違う。
自分の気に入る姿じゃない。でも、爪だけは好きな部分になるようにしていった。

ほかの人が、ほかの女性の何もしていない爪を指して、
「こういうのがいい」
「協調性がないと社会でやっていけない」と言ってきた。
そいつの妻は、中学生になる子供を連れて、その子供はずっとうつむいているのに、
「法的素養を身に着けさせたいから、宅建を受けさせたい」
「受験するから、口添えを頼みたい」と言っていた。
わたしはその夫婦が不愉快だった。同窓会の三次会に、十一時に、何を言っているのだろう。
でも、協調性がないと名指されたのはわたしだった。
わたしは、
「お前のために塗った爪じゃない」
「協調性で金が稼げるのかよ」
と言いたかったが、
「もう帰ろうかな」と言って帰った。

帰ってから、同期が来てくれて、
「ひどい席だったね、来年からはもう行かないで、うちらだけで会おう。協調性がないなんて思わない、あっちがない、その爪だってきれいじゃん」と言ってくれた。

わたしは、いやだったらいつでも帰る決断ができる自分が好きだ。
爪だって、服だって、自分が好きなものを身に着ける。
それで、自分が好きになれるんだったらいいと思う。
人のことをあれこれ言う人はそんなに立派じゃない。
協調性で飯が食えるか。


親に感謝する必要も許す必要もない

子供を出産してわかったのは、親に一切感謝しなくていいということだ。
わたしは、自分の子に、感謝してほしいと思わない。
何もかも当たり前に受け取ってほしいと思っている。

わたしが勝手に産みたくて産んだ。
育てたくて育てている。
喜んでほしい、笑ってほしい、声を聞かせてほしい、手を握ってほしい、そう思うからいろいろなことをする。
泣いてほしくない、鳴き声を聞いているのはしんどいから、あやす。
飲むところがかわいいから母乳やミルクをやる。
小さいままでいてほしいけれど、できることが一つずつ増えていくことがうれしいから、いろいろな刺激を与える。
今は、こぶしをしゃぶれるようになった。がらがらに振り向くようになった。
手をつないで歌を歌いながら動かすと、「きゃしゃー」と声をあげて笑う。
腹ばいにすることができるようになった。頭を持ち上げることができるようになった。全部うれしい。
外に連れ出すと、必死で回りを見る。のけぞってまでしてみる。
だから、散歩に連れ出したい。
毎日、一つでも幸せであり、喜ばしいことを感じられるようにと思う。
大学資金を貯めて、勉強をしてほしいと願うのは、勉強の面白さを味わってほしいから。

全部、わたしがしたいこと。
だから、感謝なんてしなくていい。してもらったらさみしいかもしれない。

わたしは、「親に会わせないなんてかわいそう」と言われた。
でも、彼らはわたしが会いたくなくなるようなことをした。
感謝しないといけないと思わされていた。
いうことを聞かされて、彼らが自慢できるような人間になって、自分の意思を踏みにじられ、身体的特徴を笑われ、そして「わたしたちはいい親だ」と言われてきた。
みじめな思い、つらい思い、裏切り、虐待、そういう目に遭って、彼らはそれを自覚してもおらず、なじっても決して反省せず、認めない、謝ることなんて遠い、そういう人たちに語る言葉はもうないのだ。

死にゆく人たちに関わるよりも、わたしは、自分が愛する存在、これから生きていく存在にエネルギーを向けたい。
親なんて早く死んでくれて結構だ。死んでくれ。もう悩まなくて済むから。

わたしは、父方の祖母にひどくなじられたので、二度と会わず、葬式にもいかなかった。
母方の祖母の葬式には呼ばれなかった。
親戚なんて、都合の良い時には労働力として頼ってくるが、こちらが困っても無視する。
あいつらは早く死んでほしい。
パートナーの親とだって、わたしは無関係だから付き合わない。彼の親であってわたしの親じゃない。知り合いでもない。

わたしが会いたい人、関わりたい人とだけ関わる。それでいい。


買ってはいけないと言われていた服を大人だから買った

ふわふわのシャギーのセーターと、やはりふわふわのワンピを買った。
実家では、自分の好きな服を買ってもけなされ、返して来いと言われていたので、おしゃれをするのが怖かった。
ふわふわのニットなんて、わたしには似合わないと思い込んでいた。

一緒に大学生活を送った友達は、ずっと渋谷で買い物をしよう、これも似合うよ、とかわいい服を勧めてくれたのに、わたしは「怖い」と言って断っていた。
それほど、わたしの心の中は母親に占められていた。

子供を産んで、わたしの親は、本当にひどいことをわたしにしていたのだとわかった。
柔らかくふわふわといい匂いのする赤ちゃんが、最近はよく笑う。
手をつないで、歌を歌うだけで喜んで遊んでくれる。散歩にも連れていく。きれいな服を着せる。
こんなに美しい生き物に、ひどいことをできたあの人たちはやはり異常者だった。それがよくわかった。
子供を産むと親の気持ちがわかるというが、わたしには余計わからなくなった。
産む前のほうが、「わたしにはわからない事情があったのだろう」と思えた。
実際に子育てをして、彼らの悪質さが、際立つ。どうしたって、この弱い生き物に、あれができることが理解できない。

ボロボロの服は、自尊心を削られた。
どう考えても、貧乏ではないのに、誰も着ていないような、時代遅れの服はつらかった。みじめだった。

ふわふわした服は、汚れる、誰が洗うんだ、似合わない、ファッションショーに行くわけでもあるまいし、色気づきやがって、など罵倒された。

わたしは、それが似合わないものだと思っていた。
時間は二度と戻らない。そのことを思うと、心がびゅっと穴が開いたような気がする。

それでも、わたしはこわごわと、ふわふわした服を買った。そんなに高価でもない。でも、わたしはとても幸せだ。

前述の友達はわたしに、「お母さんに子供を会わせないなんてかわいそう」と言った。
「かわいそうなのはわたしだ。会わせたいような親じゃないんだから、自業自得だ」と言い返せた。
でも、わたしは、やっぱりつらくなって、パニックになって、家で暴れた。

自分の人生を取り戻すことなんてできないかもしれない。
失った時間は絶対に帰ってこない。
今、あのとき着たかった服を着ても、気持ちは成仏しない。
あの時は着たかった事実は変わらない。その気持ちも消えない。

それでも、わたしは、服を買って、大事に着る。
わたしの傷は今も生々しい。わたしの青春も、一番柔らかな感受性を持っていたころ、みじめだった事実も、一番きれいだったころ、みっともない姿でいたことも、消えない。癒えない。

そんなわたしが、母に会うことはできない。
おしゃれは無価値なもの、おしゃれをするわたしをののしり、みっともない生き物だと思い込ませたあの人のそばにはいきたくない。

今でも悲しい。
ずっと悲しい。
悲しくて気が狂いそうな気持を、忘れようとしても、忘れることはできない。
波が押し寄せて、流されまいと、生活に縋り付いているだけ。錨のように、今持っている美しいものがわたしにはあるけれど、鏡に映るわたしは、中年で、フェイスラインも、体のラインも崩れている。
あの頃、わたしは美しくありたかった。きれいな、かわいい、気に入った服を着たかった。

わたしは、爪を塗る。朝起きたら、化粧をする。取り戻したいから。何をかわからない。
自己決定権のようなものかと思う。
でも、取り戻せない。むなしさに胸がかきむしられる。
それでも、続けるしかない。
わたしがわたしであるという戦いのために。

苦しく、悔しく、みじめな戦いだ。
絶対に取り戻せないものに抗って、頭の中の記憶はいつでも無差別に襲う。
そのたびに、わたしは狂う。


人の性暴力被害を利用するな

菅野氏の裁判で、ゴヒエツコ氏側が出した声明がある。
わたしは、それにすごくむかついている。

>>本件ブログには、事実でないことや被告の一方的な解釈によることがあたかも事実であるかのように多数記載されており、被告にとって都合の悪い事実には触れられておらず、非公開で行われている裁判所での和解協議の経緯が、不必要に詳細にしかも不正確に記述されている。

事実でないことが書いてあれば、具体的に書けばいい。
こっちの声明こそが、あいまいなことを書いている。
何がどう不正確か書けないのではないのか。

被告代理人が本件ブログをインターネット上に掲載したことで原告の個人情報や事実無根の情報がネット上で拡散される事態となり、原告は精神的苦痛を受け、再び体調を崩し、被害が拡大している。

個人情報や事実無根の情報というのは、具体的には、わたしのこのブログを指すのだと思うが、事実無根ではない。
ゴヒエツコ氏がした加害、つまりわたしの被害をなかったことにすることが、本当に許せない。
性暴力被害者というが、ゴヒエツコ氏が、わたしや、ほかの性暴力被害者にした行為は許されるものではない。
自分のしたわたしへの精神的暴力を棚に上げて、菅野氏は加害者だと言い募るのは、矛盾している態度だ。

くじけそうになったとき私に勇気をくれた詩織さんと同じように、この結果が、黙らされている誰かに勇気を与えられると信じたいです。

一番腹が立ったのは、この部分だ。
ゴヒエツコ氏は、どこも詩織さんと一緒じゃない。
自分で何もせず、わたしにブログ記事を書かせ、そして、わたしに加害したことを問いただせば、逃亡して、知らない顔をしたばかりか、この声明で、わたしをさらに踏みにじった。
詩織さんが、自分以外の性暴力被害者を利用したり、踏みにじったりしただろうか。
詩織さんの名前を出すことは、本質的には、わたしという性暴力被害者の経験から出た言葉を利用した行為と同じだ。
おぞましい。

原告は「言論制約のために裁判を起こして」などいない。

ゴヒエツコ氏本人は、わたしに「社会的制裁をしたい」「社会的に滅殺したい」と言ってきたけどね。

少しでも性暴力について声を上げられる社会になることを願います。

絶対におかしいだろう。
もし、そう思うのなら、わたしに菅野完氏を誹謗中傷した記事を書かせ、その責任を全部取らせて、わたしを言葉で傷つけて、対話をしなかった行為を反省しろ。わたしの口をふさいだのはゴヒエツコ、あなたじゃないか。

菅野完氏の講演会に、電話をして中止させる人たちも同様だ。
ゴヒエツコ氏の被害を利用しているんじゃないのか。
自分が遭ったわけじゃない被害を利用しているんじゃないか。
いいことをしているつもりかもしれないが、最低だ。

わたしは、性暴力に遭った。加害者のことは憎いが、だからといって、わたしが何をしても許されるとは思っていない。
まして、ゴヒエツコ氏は、わたしや、わたし以外の性暴力被害者を踏みにじって、自分だけが傷ついているような声明を出した。
こんなことは許されない。そして、彼女のために動いている人や、菅野氏の講演会を中止するために動いている人たちも同罪だ。

性暴力被害者を利用するな。