勇敢に生きる

このブログを始めたとき、わたしはとてもたいへんだった。
親とも絶縁して、頼れる人もなく、ただ、ひたすらしがみつくように働いていた。お金もなかった。

精神手帳に急を取得したけれど年金をもらわず、何とかやろうと必死だった。

生徒さんに向き合って、親御さんの気持ちをわかって、それを繰り返していくうちに、営業成績も上がった。

会社にしがみつく理由もなくなって、自分の好きなように行きたい気持ちが強くなった。

いつもいつも、わたしは選んできた。これはできないと決めつけないで。それがよかったのかもしれない。

嫌なことをしないで、好きなことをすることを選んできた。「普通」とは違うけれど、わたしがわたしとして生きるために、厳しい決断もたくさんして、どんどんいらないものを捨てて、研ぎ澄まされてきた。

そうすることで生きやすくなってきたんだと思う。

学力を身に着けることで、生きる楽しさを知ってほしいと思う。

勉強は嫌な科目も含めて、世界を広げる。知らなかったら、知らないままのことも、知っていたら同じ景色でも違った視点でみられる。

学力は一番手っ取り早く、生きやすくするためのツールだ。

人に騙されにくくなり、自信を持ち、学歴があれば、何とか仕事にもつきやすい。

障害があればあるほど学歴は必要だ。学齢なんて関係ないという人は世間に対する適応度が高いのだと思う。

適応度が低い人は、学力をつけると、何をするのも楽になる。

女の子だったり、障害を持っていたりする人にこそ、学力を身につけて、自分の人生を切り開く力を得てほしい。

勉強は誰にでもできる。やり方さえわかって、習慣になって、いつでも誰かに聞けるという安心感さえあれば。
わたしはそういうことの手助けをしたい。

勇敢に私が生きられているとしたら、今までの蓄積だから、そのノウハウを僭越ながら、分け与えていければいいと思う。

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減薬の経過

セレニカを7.5グラムから4グラム、エビリファイを三グラムから1グラム、デプロメールが最盛期75だったのが、今では25ミリになった。

最初は気分の変化、双極性の症状が強く出て、不眠もあった。緊張が強くて、眠れなかった。目がさえて、眠れなかった。
今はうつの症状が出ている。今までうつの時は、何もかもが穏やかになり、休む期間だととらえていたのだけれど、抗うつ剤が減った結果、希死念慮や、自分に対する「醜さ」が気になり始めて、自分の存在を消したい気持ちが強くなっている。

だから、うつの時期でもあまり休めないなあと思う。

今までうつは、活動がのんびりになって、過眠状態になるだけだったのだけど、それもデプロメールのおかげだったんだなあと思う。薬のおかげで死にたくもならず、楽しく暮らせていたのだと思うと、薬の効果に感謝がある。

でも、今は、目的があるから、がんばって減薬する。目的が無かったら、減薬しなくていいと思う。減薬することで、生活の質が保たれるなら、薬による害よりも病気による害の方が強いのだから。

というわけで、旅先でも、うつの症状が出てしまうのでした。でも、旅先だとバイクに乗ってきれいな景色を見たり、海に入ったりすると、あまり死にたくならないから、自然の力も旅行の力も素晴らしいなと思う。移動することで元気になる。

病院の先生も、家から距離を離れるだけで、ずいぶんリフレッシュになるから、どんどん旅行はした方がいいと言っていた。息詰まったら、旅行するべきだと。

食べたことのない果物をたくさん食べられて楽しかった。


石垣島

石垣島に来ています。
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バイクで北部を回ってたときの写真です。

貸し借り状態の浜辺。

誰もいないしながれが早いので十分くらい泳いだだけ。きれいすぎてちょっと怖い。

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植生が違っていてジャングル。

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でかい。
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展望台から、フィリピン側の海のいろ。
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波照間です。

お湯くらい暖かい海流。
なぜ緑だろう。不思議ないろ。f:id:c71:20160620124516j:plain

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どうしてほしいのか教えてください

上司と面談して、いろいろなことを相談した。

減薬していること、双極性だから気分の浮き沈みが激しく出てしまっていて、体調が悪かったことなど。
そして、いずれ子供を生む予定でいること。
そういうことを話していたら、

「こちらには、知識がないので、どうしてほしいのか、教えてください」と言われた。

思ってもみないリアクションだったので、いや、わたしはどうしてほしいのか考えていなかったので、驚いて、すぐに話せなかった。

「配慮するのにもどんな配慮をすればいいのか、こちらもわからないので、教えてください」
「仕事を減らしたいのと、子供を生むころになったら休業したいです」
という風に答えた。

夏休みのグループレッスンの講師から降ろさせてもらうことが決まった。

「体を壊すとよくないから、長く細く働いてください」と言われた。
ほかにもプライベートで問題が起きており、仕事に影響しているということにも相談に乗ってもらった。今困っていることを聞いてもらった。

「大丈夫だから」とふっと言ってもらったのは、本心だったのかわからないけれど、ちょっとびっくりした。

思いやりがある人が上司でよかった。この人のために営業も、仕事も頑張ろうと思った。

事務作業が苦手で、迷惑をかけていることを謝ったら、勉強を教えるほうで頑張ってもらって、生徒にも慕われているし、獲得率も高いから、と言ってもらった。
障害を持つ人に対して、「どう配慮すればいいのか、わからないから、教えてほしい」というのは、いいアイディアだなと思う。
上司は、たぶん、特に知識がない人だけど、人柄で、こういうことが言えるから、すごいなと思った。

さらにランクアップすることは、今後どうなるかわからないから、見送る可能性が多いようだけれど、働かせてもらっているのはありがたい。
仕事もあっているとこちらでは思っているので…、とおっしゃっていただいたので、本当に頑張りたい。


「普通」が人を殺す

普通という価値観に合わなければ、傷つけてもいいのだと思っている人たちが、よってたかって、人を殺す。
大勢の人たちが殺人にかかわっているけれど、直接手を下すわけではないから、気が付かない。

c71.hatenablog.com

この記事は「普通、学生は子供を生まないでしょう」という価値観によって、人を傷つける人たちについて書いた。

次のツイートは、失職女子。の本の著者がツイートしたもので、

ブログよりもメッシーの記事のほうが、クオリティが高いとか言わなくていいのに、と思った。

自分に限って、というエクスキューズをつけているけれど、「messyのほうがブログよりもクオリティが高い」という言葉は消えないし、

「ちゃんとしたブロガー」というのも、疑問符が残る。

商業とブログと、両方を比べるのはおかしいし、クオリティという言葉を使うのも、「ほかの人はちゃんとしているんだろうけれど」というのも、困る。わたしはきちんとしていないけれど、ブログを楽しんでいるし、突然、messyと比べられても困る。

失職女子を読むと、「セックスワーカーの方は、素晴らしいけれど、わたしにはできない」というエクスキューズがずっと出てくる。そして、彼女は「普通の女子が転落する」というテーマを持って書いてもいる。

しかし、普通ってなんだろうか。大和さんを含めて、普通、という言葉にとらわれて、生きにくくなっているんじゃないのだろうか。自分を普通だと思えるのはどうしてだろうか。

様々な立場や、様々な境遇の人たちは「普通」にいる。いるのにもかかわらず「わたしは普通なので違います」というのは、「普通に存在している様々な人を踏みつける」行為だ。

わたしは普通じゃないけれど「普通にブログを書いていて」そして、普通に「messyのほうがブログよりもクオリティが高い」ということを言われたくない立場なのだった。商業のサイトと、個人のブログとを比べるのはそもそもおかしなことだ。

最近始まった、cakesの連載で、ポリモアリーの生活を記したものがあるけれど、それの冒頭も「普通の社会人のイメージを持ってもらいたい」ということだった。

普通に存在しているだけじゃダメなんだろうか。それよりももっと「普通の人」であって、「普通の圧力」に準じていますよ。というポーズをとらないとだめなのだろうか。だめじゃないだろう。

わたしは「普通の人です」と言ったとたんに、踏みつける「普通に存在する様々な人」がいる。その存在に思いをはせないことは、怖い事態を招くと思う。

これは「普通の職業じゃない」このライフスタイルは「普通じゃない」につながるからだ。普通っぽくふるまっているので、一部だけ違いますけど、あとは普通です、ということで、殺しているものがあるんじゃないのか。ほかの人の立場を傷つけることがあるんじゃないのかと思う。

人は多様な面を持つから、わたしだって「普通」の人だと言えなくもない。「普通だけど自閉症スペクトラムもある」「普通だけど、DVを受けたことがある」などと。

でも、普通という言葉を使ったとたんに「普通だったら、DVになんて遭わないだろう」「逃げ出せただろう」「自閉症は普通じゃないんじゃない?」という追及が降りかかる。

「普通の学生は妊娠して卒業したいなんて言わない」
「普通のお母さんは子育てがしんどいなんて言わない」
「普通の女は難しいことや、汚い言葉を言わない」

それは、誰にとって都合のよい言葉なのか、考える必要がある。

しなやかにいては、未来を変えることができない。普通だろうが、普通でなかろうが、学生が安全に子供を生める環境をつくrべきだし、普通だろうが、普通でなかろうが、子育てがしんどい時はしんどいと言える環境が必要だ。

難しい言葉や、攻撃的な言葉、汚い言葉を使ってよいのは男だけなんて馬鹿げている。いつだって、現実を変えるのは、「声」だ。中から絞り出された、実感のこもった声の訴えが、世の中を動かしていく。

誰かを踏みつけにしなくても、自分のことを褒められたり、自分の主張を言えたりするとずっといい。

普通なんて本当はありはしないのに、自分を普通だと思う人が、寄ってたかって、目に見えない集団となって、人を攻撃するのを見てきた。それは、被差別者が声を上げることと違って、自分の安全を確保しながら、差別してもいいと判断した相手を、ひたすらいじめる行為だ。

「普通」という言葉は危険だ。「普通」の価値観は人を殺す。

京都の高校も、自分の中に蓄積された「普通」によって判断し、最も大事な、「子供の健康」「教育機会」を無視して、脅した。
これは、直接的に「普通」が人を殺そうとした例だと思う。

今、普通に縛られて苦しい思いをしていて、だからこそ、攻撃に走る人を含めて、どんな人でも、「普通」から自由になってほしい。

普通なんて、単なる共同幻想なんだから。


性的に放埓な女は罪か

女性学生が高校からマタハラを受けているという事件があった。

妊娠出産は、個人的なことで、そのことで不利益が起きることは、あってはならない。高校というのは、公権力にバックアップされているものだから、なおさら、厳しく高校の対応を批判しなければならない。

ネット上の反応を見るに、「学生たるものが、妊娠するなんて」「それで学校側に対処を求めるのは甘えだ」という意見があった。

仮に、学生が妊娠することがあってはならないものだとしても、現実に、学生も妊娠する。妊娠は、精子と卵子が出会ったら起きるものだからだ。

そのとき、それを否定したとしても、このことは消えない。そして、学生が妊娠することがあってはいけないということもない。

ネット上で「学生の本分は学業なのだから」ということで、たたかれているのは、妊娠の背後に「セックス」が関係しており、そのせいで、学生が「性的に放埓」であるとみなされているからだろう。

自分の人生を決めることは、誰もが認められた権利だから、誰かが、自分の気に入らない選択をしたからと言って、そのことを公にいじめてはならないのは、当たり前だ。

避妊をする権利、妊娠出産のタイミングを選ぶ権利は、両立する。避妊が失敗することもある。相手側が避妊に協力的ではない場合もある。暴力も起きる。暴力が理由でも妊娠は起きる。精子と卵子が出会えば妊娠する。たった一回のセックスでも妊娠する。性的に放埓であってもなくても、妊娠する。

そのうえで、性的に放埓であったからといって、それを罰することもあり得ない。自分の体を自分で決定したように扱うことはいつでも、尊重されなくてはならない。性的に奔放だとしても、誰も裁く権利はない。

学生が妊娠したのなら、そして、彼女が生むと決めたのならば、一番大事なのは子供を安全に生むことだ。そして、教育の機会をきちんと与えることだ。そうではなければ、この生きにくい世界で、これから、どうやって、自分の居場所を作っていけばいいのだろう。

避妊をきちんとすることを教えることと、そのうえで、その人の意思を尊重することがそんなにも難しいことなのだろうか。難しいのだろう。ここでは。この時代では。

「妊娠はセックスの結果」、「セックスを学生がするのは悪いこと」、という貞操観念の下で、一人の人生と、二人の健康が侵されている。避妊をすることを教えることは、人生と健康を守ることが理由なのに、それはおかしい。

堕胎も妊娠も体に負担がかかる。
女性の体にだけ負担がかかる。その負担を、社会全体で軽減することは不可能なんだろうか。社会とは、そのとき、バックアップするために存在しているのではないだろうか。

学生がもっとも直接に社会と接する機会となるのは、学校である。その学校が、人生を始めるためのバックアップではなく、それを引きずり落とすように動いたのは何とも嘆かわしい。それだけではなく、無関係な大人たちが「学生がセックスをするなんて」と責めるのはもっとひどい。

わたしのからだはわたしのものだ……。そういう感覚を持てるようになったのは最近のことだ。だから、わたしは妊娠出産堕胎を自分で決めたい。

女性学生は、その感覚を持って、自分で決断したのだから、わたしは応援するしかないけれど、その気持ちを持っていたい。

結婚制度の中で生むと決断したとしても、日本では多くの嫌がらせにあう。結婚制度の外側で生もうとすると、「性的に放埓な女」とレッテルを張られて、たたかれても当たり前の存在に落とされて、命の危険も味わうことになる。その命の危険を与える側に加担したくない。

そもそも、性的に放埓なことは罪だろうか?罪ではない。絶対に罪ではない。

女も、男も、ほかの性を持つ人も、すべての人が、自分の性にかかわる事柄を自己決定できる。それは他人が侵略してはいけない領域だ。

仮に性的に放埓な女、と他人が思うからと言ってなんだろう。その人には、その人の事情がある。理由があってもなくても、そのことに口出しをしてはいけない。自己決定は自分の人生を決めることだ。それを他人がとやかく言うことはできない。それとも、たたく人たちはとやかく言われることが好きなのか?好きだとしても、それは自分の好みなのだから、他人に押し付けてはいけない。その価値観は、自分の中だけで解決してほしい。

若いうちに妊娠すると、リスクがある。だとしても、その人がすでに妊娠していて、生むことを決めているのならば、それを失敗させるように環境を仕向けることは、なによりも人間の体の負担になる。負担が理由で、妊娠しないように指導するならば、その一方で、妊娠した場合、体や精神の負担を軽減するような措置をとらなくてはならない。

プライバシーは守られなくてはならない。その人がどのように自己開示するのかも、その範囲も守られなくてはならない。

大人たちが、そのことをわからないのならば、大人である資格がない。

子供は社会の宝だ。学生も、その子供も、この嫌な世界にウエルカム、本当に嫌な世界だけど、でも、生きていてくれてありがとう、生まれることになってくれてありがとう、いつも生きていてほしい、と思う。

妊娠する女がすべて、性的に放埓であってもなくても、安全に生める環境が整いますようにと思う。周りが、妊娠をジャッジすることなく、受け入れるようになることが可能になってほしいと思う。

性的に放埓だとみなす、そのまなざしが屑なのだ。みんな自分の体を自分のものとして、大事に扱う権利がある。
そのことを、たたいている人にも思い出してほしい。
毎年パートナーを変える女も、一回に十人の男と付き合う女も、罪ではない。何も罪ではない。

何も、罪ではない。一人の人が、決断して、そうしようと思ったこと。命を生み出すことの、どこも、罪ではない。


パートナーのこと

パートナーと初めて会ったとき、「これ、十年ぶりに食べる」と言って喜んでいたので胸がふさがれた。
彼は十年以上監禁されていて、栄養価のあるものを食べていなかったので、がりがりに痩せていた。

名前を本名以外に変えられ、通称で名乗ることを求められて、下着も満足に与えられていなかった。外出も許されず、友人と連絡を取ることもできなかったとのことだ。髪の毛も丸刈りしか許されなかったそうだ。それは経済的な問題と説明されていたらしいけれど。
わたしがDVを受けた時も、名前を変えられて、男物の下着を与えられていたから、同じだと思った。
わたしも、家族や、友達と連絡を取ることができなかった。避妊をさせてもらえなかったこともまで同じだ。
わたしの場合は、面倒を見るのだから、避妊などしなくていいのだ、子供を生むべきだと言われた。
わたしのキャリアはどうすればいいのだろうと言ったら、そんなことよりも、子供を生むことのほうが大事だと言われた。
会社に乗り込まれ、自分の部屋を解約されて、わたしは戻るところを失った。
今思うと、キャリアのことを考えるのも、子供を生むタイミングを考えるのも、わたしの問題だったのに「守る」という一言で、すべて、それを奪われたのだった。

「守る」からには、全部自分の思うとおりにするという宣言に他ならなかったのだ。
守る、とは、「わたしを相手の所有物にする」という交換だった。自分のものだから、好きにする、他人が傷つけることを許さない、ということで、自分はわたしを好きなようにした。そして、その結果、わたしは傷ついた。
わたしはそのころの人からは守られなかった。当たり前だ。「守る」と言っている人は、自分が加害をしている自覚などなく、私に何をしても、自分だけは無謬だと思っているのだから。わたしは外に出されなかったから、外の何かからは傷つけられなかった。でも、わたしは密室の中で、どこにも逃げられなかった。守るという言葉を吐いた人のそばでおびえていた。

こういうことをされると、された側こそが、恥ずかしさを感じて、外出ができなくなる。
こんなにみっともない姿では外に出られないと思うのだ。

恥ずかしいことをしているのは、コントロールする側のはずなのに、された側が恥を感じて、逃げることが難しくなる。
ひどいことをされればされるほど、自分の価値が暴落して、こんなみっともない自分が、外に行くことなどできないと思わされる。

コントロールする側が思いつくことは、男女関係なく同じらしい。

気に入らないことがあるとヒステリックにどなる、暴れる、ということを一緒に住んでいる人にされると、相手の価値観が中心になって、いかに、相手を怒らせないかをびくびくして暮らすことになる。恐怖でマヒした思考は、逃げることを思いつかせない。

長時間労働や、誰とも会話させないこと、彼の話を聞くと、まるでアウシュビッツではないかと思った。

二人とも子供を作ることを早いうちから強要されている。強要されるというか、思考がマヒした状態で子供を作ることを示唆されると受け入れてしまう。

意外なことに、わたしは監禁されている間、絶望していたという感覚がない。その代り、いつもふんわりと死にたいと思っていた。
断薬を強制されたり、その一方で、よくわからない薬を大量に投与されて、二十時間くらい目が覚めないこともあった。わたしの金で、相手方は豪遊していた。わたしは自分の金なのに、与えてしまっていた。そして、金がないことを恐れておびえていた。これ以上貧乏になったらどうしようと思っていた。

何も心配しなくていい、一生守るという言葉を真に受けていた。守るという言葉を吐いた人間がわたしを拘束することは考えていなかった。守るという言葉は、コントロールするという制限に他ならないことを痛感したのは逃げた後だ。

逃げた後も、さんざん、「どうしてこんなことになったのか」「どうして、その人に魅力を感じたのか」「好きだったのか」「どうしてついていったのか」など聞かれた。わたしにもわからなかった。わたしは、聞かれたくなかった。それだけだったのに、心にないストーリーをでっちあげて、応ええるようにしていた。それでも、質問する人は満足しなかった。わたしは苦しかった。

PTSDで入院した病院の医師に「あなたは生きる力が強いですよ」と言われるまで、自分はたいへんなことをしてしまった、と思っていた。
それまで、迷惑をわたしのせいで被ったといういい方ばかりされていたから、とても救われた。

穴にはまるような人間を捕まえるのだから、狙われたら逃げるいとまもない。その中から逃げられただけで、わたしは生きる力が強いということ。それを肯定されてから、治療が始まった。

パートナーは、家事が楽しいという。それまでさせてもらえなかったから。しても、やり方が悪いと怒鳴られていたから。金を稼ぐ道具として生かされてきたから、それ以外のことができるのがうれしいらしい。彼は、毎日本を読む。筋トレをして、たくさんご飯を食べる。音楽も聞くし、やりたいことがたくさんあるという。それはよかった。本当によかったと思う。

わたしは逃げてから、本を読むことも音楽を聴くことも刺激が強すぎて難しくて、できなかった。
「あなたは生きる力が強いよ」とわたしはときどき言う。

わたしのことでなく、世界の秘密をもっと知って。世界はとても広くて、豊かで、意地悪なことばかりじゃなく、美しいこともたくさんあるのだともっと知ってほしい。わたしにできなかったことが、できるようになって、あなたは最悪の状況から希望を捨てずに逃げることができたのだから、なんだってできるのだと、自分自身に教えてほしい。


生む生まないはわたしの自由

日本では今でも婚外子差別が根強い。特別養子縁組のハードルも高い。

だから、結婚して生むという選択肢しか見えにくい。

わたしは子供を生みたくなった。その理由は自分でもなぜだかわからない。

婚外子の状態で子供を産む。そう決めたので、そうする。生む、生まないは自分で決める、というウーマンリブの継承をしたい。古い言葉だけれど、この言葉はまだ輝いていて、わたしに力をくれる。

結婚して子供を生む、ということは、戸籍制度にうんざりしているわたしにとって、ハードルが高い。
男と持つ家庭、それも国家に認証された家庭というのは、恐ろしい。

国家のために子供を生むのはうんざりだ。産めよ増やせよ、なんて、戦中の標語に今更乗っかりたくない。政府は、そうしてほしいみたいだけれど、政府の思惑にも乗りたくない。世間の目に焦って、形だけ整えたくない。

形を整えないまま、生んだらどうなるのか、自分の力を試してみたい。

誰の子供を生むのかは、わたしが完全にコントロールできる。ありがたいことに、パートナーはわたしの考えに賛成で、バックアップしてくれるようだ。一人一人で話し合うことによって、パワーが生まれてきた。

義務感によって私を支えるのではなくて、愛によってだけ、わたしを支えてくれる人がいるという状況は気に入っている。パートナーは誰の子でも育てたいと言ってくれている。

わたしが、自分の体を使って、わたしの命を懸けて生むのだ。わたしを純粋に愛して、理解したいと思って、支えたいと思ってくれている人の下でなければ子育てはできない。制約があるから、一人では生めない。助かる。

環境が整ったから、生みたいと思ったのか。生みたいから、環境が整ったのか。それはどちらかわからない。

ネットを通して知り合ったり、ネットを通して、わたしのことを追い続けたりしてくれていた人たちと縁ができて、運が良かった。
自己開示をし続けてきたことに、こんなに直接的メリットがあるとは思わなかった。

ネットを通してであったから、わたしの思想はよくわかってもらっている。人となりもわかってもらっている。私の意思を極力尊重するように、パートナーたちは考えてくれている。わたしは今までの人生の中で一番安心している。誰もひどいことをしない。する可能性も今は見えないし、されたところで、また逃げる。

仕事があって、信頼でき、尊敬できる上司の下で働けているから、わたしには経済力がまだある。子供を妊娠して生む間は、経済力がなくなってしまうけれど、でも、今はある。

ネットでの自己開示も、仕事での信頼も、わたしが積み重ねてきたもので、そのために、わたしが自由になれるというのは、うれしいことだ。
わたしの蓄積が、わたしを助けてくれる。力になる。

だから、純粋に、わたしが生みたいかどうかを考える機会ができた。
誰かのためではなく、世間のためでもなく、「孫を見たい」と言われたからでもなく、ただ、わたしは子供が生みたい。育てたい。

パートナーたちには、生むところは私しかできないので頑張るけれど、あとは頑張らないと伝えてある。それで十分だと言ってもらった。

生む、生まないはわたしの自由だと言い切れる環境を作るために、わたしの蓄積が役に立った。運も良かった。

老後が寂しいからとか、みんなと同じがいいからとか、そういう理由じゃなく、子供を望める状況に感謝したい。

子供がいても、老後はたいへんだろう。老後の面倒を見るために、この嫌な世界に生まれた子供に、背負わせるのもまた嫌なことだ。

わたしは「親の面倒は見ない」といったとき、たしなめられた。継母に。

わたしは傲慢だから、わたしは自分のために生まれてきて、自分のために生きるのだと思っている。恩は感じているけれど、恩を返すかはまた自分の自発性に任せたい。誰に「こうするべき」と言われたくない。

生む、生まないはわたしの自由、という言葉のすがすがしさにたどり着くことができるだろうか。
これは挑戦である。

わたしはたどり着きたい。ウーマンリブの力強い言葉に。


病気は社会とつながっている

昨日は、十四時間寝た。今日は四時間半で起きた。
睡眠時間がいろいろだ。昨日は起きていられなくて、今日は寝ていられなかった。
寝つきは悪くないのだけど、起きてしまう。
それはそれで困る。

減薬しているので、不安定になる。
薬で安定して、その間に経験値を稼ぐ、という方針だったのだけど、今度は、不安定になるのだから、環境を整えないといけない。
仕事を減らそうと思う。

薬を飲むっていうのは、何かを犠牲にして、その代わりに経験値を稼ぐってことだ。安定した生活をすることで、病気の代わりの経験値を稼ぐ。
症状を抑えて、その間にできることを増やす。そういう前向きなことだ。

わたしの病気は治らないけれど、病気を穏やかにすることはできる。

病気に振り回されるばかりの生活を、薬によってコントロールし、病気以外の経験を積むことができる。
病気の経験は十分積んだので、病気以外の経験を積みたいのだ。

わたしの薬はどれも眠くなるものだ。
躁を抑える薬、躁鬱を抑える薬、うつを抑える薬、不安を抑える薬、精神安定剤、睡眠薬。それぞれいくつかを組み合わせながら飲んでいる。
あまりに眠くなるものだから、仕事に支障が出て、減薬することになった。安定してきたのも理由だ。

減薬は非常につらい。今までできたことができなくなる。ブログを書くこともそうだ。ジェットコースターのような気分の波に支配されて、行動が制御できない。自分で何をしたいのか、わからなくなる。その場の欲求に引っ張られて、自分を抑えることができない。

減薬をして、今までどれほど薬に助けられていたか、と思う。飲みなれた薬というのはありがたいものだ。

排卵日前後の症状も重くなってきたので、漢方を出してもらった。これも、効果が出るのはしばらく先だ。

薬を飲むと、体に負担が来る。でも、病気のほうが負担が大きい。行動の制御が利かない、ということは、衝動買いも増えるし、人間関係も抑えが利かなくなる。判断しているようで、判断できていない。冷静な判断というものが、どこにあったのか、しまった場所を忘れてしまった。

薬を飲んでいてもいなくても、わたしはわたしだ。
双極性の診断が出ていないころ抗うつ剤を中心に飲んでいて、希死念慮が強かった。不安定で、しょっちゅう死にたいと思い、アッパーな時ほど行動力が出るので危なかった。

でも、そのときも、わたしは生き延びた。そして、今度も生き延びて見せる。生き延びてみる、という姿勢こそが、わたしの根底にある。
死んでたまるか、と思う。

死ぬなんて、大げさかもしれないけれど、何度も死のうと思った頃がある。
そのため、生きにくさについて考えるようになった。主治医は、社会構造のいびつさがあるのだと言った。

わたしは子供のころから、それこそ小学生のころから、男女平等や、ウーマンリブやフェミニズムに興味があった。そのたびに、学校とぶつかった。理解されにくかった。そして、向こうからは扱いにくかったと思う。

社会に異議だてることの視点があったことが、わたしの生きにくさを生み、そして、わたしを生き延びさせてきたと思う。

三島由紀夫の暴力装置の論考について書かれたものを読んだとき、「暴力装置とは、公権力にも、犯罪にも使う言葉なのだ」と知った。それが、法によって根拠を得ているものか、権力を下地にしたものか、その違いしかないということ。だから、公権力による暴力についても、わたしたちは監視する必要があるということ。

わたしが生きにくいということは、普遍性のある社会問題だったということ。就職のしにくさや、生きにくさ、女として生きることの閉塞感、暴力との隣接、そういうものは、わたし固有の問題ではなく、ある程度普遍性を持っていたものだということ。

病気と一体となりながら、自分と病気の境目もあいまいなまま、わたしは考え続けてきた。考え続けてきたから、今も生きている。

薬を飲んで、少しずつ生活が安定してからも、考えは変わらなかった。変わらないどころか、もっと強くなった。

病気は社会とつながっている。

わたしの感覚過敏は、昔なら役に立っただろう。ほかの人が感知しない情報を得ることができるのだから。でも、今は必要とされないから、わたしの感覚過敏は問題となり、感覚を鈍くすることが求められる。

自閉系の人は、ほかの人々と変わった考え方をするようだ。ほかの人が言ったり書いたりすることを分析すると、何を重要視するのかが、違う。
例えば、わたしは社会性をあまり重んじないけれど、ほかの人は社会性を重んじる。社会性を重んじると、快適に暮らせる一方で、抑圧にも苦しむことになる。わたしには「世間」からの抑圧を感じにくいけれど、その分、快適に軋轢なく暮らすことをあきらめている。軋轢を起こすほどの人間関係を維持しない。嫌いな人とは挨拶しかしない。これは、インターネットの普及のおかげで実現したことだ。半径五メートルの人間関係で足りないところは、インターネットの知り合いの力を借りている。

社会の在り方と、暮らし方と、選択と、病気の関連性は常にある。今の時代では、わたしの特徴は社会に合わない。だから、病気と言われたり、障害と言われたりする。わたし自身も苦しい。だから、障害という言葉を受容する。

障害というのは、自分自身の本質じゃなく、単に社会との相性なのだと思っている。だから、障害という言葉は、社会との相性が悪い、そのために障害が生じる、そういう意味での「障害」なのだと思っている。

わたしには、いろいろな病気があって、その病気の影響を思考は常に受けている。その反面、そのことが、わたしの独自性を産んでいるともいえる。苦しいことだけれど、受け入れている。ほかにやりようも選択肢もないからだ。

だから、わたしは独自の生き方をする。ほかに選べないからだ。ほかに選べないことを積極的に選んでいたい。わたしの選択はいつも、やむを得ずの面と、進んで、好んでそうしているという面がある。

自分をごまかして生きることは、ごまかしている自分を好む人を呼び寄せることと同じだ。一度、自分を裏切ったら、その裏切った自分を好きな人のために、自分を欺き続けなくてはならない。

自分がどれだけ不格好でも、その個性を素直に表現していたら、そのままを好きな人たちが寄ってくる。嫌いな人は離れていく。選別ができる。多数の人に好かれるために自分を変えるよりも、ずっと効率が良い。少数の人に大事にされるほうが、楽に生きられる。自分を偽るほどの体力がないことが、わたしを生きやすく変えた。やむを得ず。

病気をしていると、社会のことを考える。社会の中で、どうやって生き延びていくのか、戦略を立てる。その過程で、社会のいびつさに気が付く。そして、告発する。

社会に素直に適応している人は、いかに適応できるかだけを考える。それだけだと、社会は変わらない。

社会とは、その発生からいびつなものだ。夜警国家として発生したそのときから、認められた暴力と認められていない暴力いうアンビバレンツな意識に引き裂かれている。

その変えられないゆがみをまっすぐに見据えていくこと、意識の中にとどめていくこと、そのうえで社会をより良いものにしていくことが大切だ。

病気という窓から社会を覗く。わたしは生きているから、いろいろなことを考える。消える考えも、残る考えもある。

病気を通して、社会を分析する。わたしというからだを通して、社会を感じる。

わたしの病気は社会とつながっている。つながりがある。わたしは忘れない。わたしがどんな構造体の中で生きているのか。


嫌なことを嫌という自由、自分を守る盾

togetter.com
www.excite.co.jp

フラッシュモブで離婚したという事例も、スキンシップをした事例も、根は同じで、「人が嫌がることをすることにためらいがない人がいる」という話だ。

他人に、許可なく触ってはいけない。それは、相手の境界を侵害するからだ。人には「自分の体は丸ごと自分のものだ」という感覚があり、勝手に触られるとそれが損なわれる。それが損なわれると、楽しく生きていけない。

信じた相手に、きちんと嫌だと伝えたことを、勝手にされるのも、自分の気持ちを踏みにじられたことだ。フラッシュモブを好きな人も嫌いな人もいるだろうが、ポイントはそこではなくて、「嫌がることをした」相手と、一生添い遂げられるか、という話だ。そこで許すと、相手は、何をしてもいいのだと考えて(考えるというほどじゃなくて、たぶん、自動的に)行為をエスカレートするだろうし、そこには修復も反省もない。もともと、そういうことはしてはいけないのだと、結婚するような年になっても学べなかった人に対して、根気よく学ばせる義理は誰にもない。
それをさせる外部圧力も必要ない。

人は自由で、自分を主張して生きていける。だから、勝手に人のことを触ってはいけないし、勝手にフラッシュモブをしてもいけない。

それだけの話なのに、どうして、話の本筋がわからない人が多いのだろう。

スキンシップと称して、勝手に触る人がいた。それに対して、怒った人がいた。触った人は、被害者のように「触ってはいけないなんて教わらなかった」という。自分が触られても平気だから、触ってもいいのだと思ったのかもしれない。

でも、人間には体格差や、社会的な地位の強さや、格差がある。それを無視して、完全に平等だということはありえない。そして、完全に平等だったら、人に対して無断で触る、ということは生じないだろう。

無意識に、権力格差を利用して、触ろうとしたのだから。触る側には快があったとしても、相手にとっては不快かもしれない、という考え自体が浮かばない。そのこと自体が、男性という権力に守られてきた証左だ。

人の嫌がることをしない。そんなシンプルなことがわからなくても、大人として、働いていける。そんな社会はゴミみたいなものだと思う。
触る場所によっては良いはずだ、という人や、いろいろな人がいたようだけど、相手によって良かったり悪かったりすることは当たり前にあるし、(この人だったらセックスしてもいい、とか、この人だったらはぐしてもいい、だとか、選べるのは当たり前だ)、それを不公平だという人は控えめに言って社会性を失っている。関係性によって、触っていいかどうかは決まるし、あらかじめ、許可を取ればいいのに、それもしない。
それは怠慢だ。

してもいいかと聞くのは、場合によっては自由だ。場合によってはそれ自体も嫌がらせになる。
でも、嫌なことを嫌だというのは、いつだって自由だ。

嫌なことを我慢していると、心の何かが死んでいく。
死んでしまったものを誰も助けることはできない。自分自身にさえできないのだから、相手方にも要求できない。相手側とそもそもかかわりたくない。
だから、嫌なことを嫌だというのは、自分を守る盾なのだ。

スキンシップのような大きなことを、勝手にされて、断られて愚痴をいうのはナイーブに過ぎる。加害者なのに、被害者のふりをして、触られてしまった被害者のほうを責める。それが成り立つと思っている。

嫌なことを嫌だといっても、もうすでにされてしまったことは消えない。残念なことだ。
それでも、嫌だ、ということで、守れる何かがある。

嫌なことを嫌だ、というのは、本当は柔らかな、誰も傷つけない自由なのだ。