頭の善し悪し、勉強のできるできないと苦手な仕事へのチャレンジ

今日は、朝四時に起きた。ぐっすり寝た。
正社員の仕事についていろいろな人に相談した。

わたしは、勉強しかできない、と言われて来た。だから、勉強以外のことは苦手だと思って来たし、書類仕事は苦手だと思っていた。
でも、苦手だと思った動く系、接客系のコンビニもできるようになったのだから、もしかしたら、事務の仕事も勤まるかもしれない。勤務時間が長時間だから、それが心配だけど。

わたしは勉強が得意だ。
だから、システムの把握をするのが早いので、効率よく記憶することができる。
システムが理解できると、記憶をする量が最小限度で済むのだ。
勉強は、システムの把握、最小限度の記憶をするための工夫の繰り返しだ。
パターンを把握する力を育てるのだ。
コンビニの仕事にもパターンはある。
塾講師は接客だから、相手の、気持ちの読解力と分析力が必要だ。そして、適切な言葉を選んだり、比喩を使ったりして説明するのはボキャブラリーと発想が必要だ。
伝える力は勉強で身に付いた。

頭の善し悪しについて、生徒さんに話をした。

分析力
文章を読む能力
意図を読む能力
全体を見る能力
発想力
早く考える力
論理的な力
たくさんのことを知っている

などが頭の善し悪しと言われるんじゃないか、と話した。
これは、先天的に、身に付きやすい、にくいは、あるけれど、後天的に努力すれば、できるようになることで、そのために、勉強をすると、筋トレをするみたいに力がつくんだと、話した。

特に、論理的な力は、一番鍛えることが簡単なところだ。
やればやるほど早く考えることができるようになる。

論理的だってことは、人に伝えやすいってことだ。

論理的だと人から冷たいと言われることもあるが、学習能力があれば綺麗な包装紙に包んで渡せるようになる。

得意でないことをどうしたらこなせるのか、効率よくできるのか、と工夫する訓練にもなる。
苦手なことに対して攻略する方法が見つけられるようになる。

友人に、勉強をするには、

文章の読解能力
単元の意図を飲み込む
応用能力
記憶力
観察力

などがいるんじゃないかと言われた。
わたしは、それに、俯瞰する能力、体系付け、関連づける能力もいると思う。

友人は、「勉強ができる」はひとつの能力じゃないと言ってくれた。複合的な能力だと。

いろんな能力がそろって、複合的に発揮されて「勉強ができる」になるので、持っている能力を組み合わせて発揮することができるはず、と励ましてくれた。

だから、苦手な仕事に対しても、工夫をして、乗り越えることができるようになるはずと言ってくれた。

勉強ができる、ってことはいろんなことに応用が利く。
勉強ができなくても、いろんなことができる人はもともと能力が高いんだと思う。

でも、そうじゃないひとだっている。
わたしのように。
わたしは、ひとつひとつ覚えないとできない。理解しないとできない。
でも、理解できる。

わたしは事務や書類仕事、家事が今のところできないから、そういうことができるひとは、天才なんじゃないかと思っていた。
でも、わたしも苦手を工夫すればできるようになるのかもしれない。
みんな工夫してやっているんだから、わたしにも同じようにできるかもしれない。
障害はあるし、二次障害もあるから、大変だと思うし、悪化することが怖いけれど、できるかもしれない。
やってみたい。やってダメならそれまでだ。元に戻せるか聞いてからやろう。

今日は、冷静なのかな?
躁状態なのかな?

これから良い方に向かっているってことなのかな?

わたしにはそれのどれなのかが、わからない。

頭の善し悪し、って、子どものうちに鍛えればどんどん変わる。
それを実感する。

コンプレックスが邪魔して、頭の良さを発揮できない生徒さんを良く見る。
わたしもきっとそれと同じなんだ。
自分のことだとわからない。
だから、塾で、わたしが生徒を励ますことが必要なんだな。
わたしも励まされたから、疑わずに、そうなんだ、ってやろう。

疑わない生徒さんが伸びるように、わたしも、わたしを信じてくれる人のことを信じればきっと伸びるはずだ。

苦手な教科を克服した経験があるんだから、そして、その上、それなりに好きになれたんだから、わたしも、工夫して、苦手な事務をやってみたら、できるようになるかもしれない。
勉強と仕事も似ているはずだ。
ひとりでプレイすることが得意だけれど、知った人の中で働くんだから、大丈夫なはずだ。
人付き合いも工夫ができるようになる。
わたしは、きっとできる。そう思いたい。

今までは、できるようになるなんて、未来を信じなかったけれど、
退院してから二年、三年と経って、少しずつ良い方向に進んでいる。
昔は正社員になれる、声がかかるなんて想像もしていなかった。
塾講師になったときも、このまま一生貧乏なんだと思っていた。
だから、悲しかった。
でも、働き始めたら、世界がどんどん広がって、できることも必要に迫られて増えて、変わって来た。信用されて、仕事が増えた。
それが、ちっとも苦痛じゃない。労働時間が増えても、収入が増えるから耐えられる。
お薬をさぼらず飲んでいるせいかな。
工夫しているせいかな。
どうして、わたしは変わって来たんだろう?
人からは嘘をつかないね。と言われる。それが良かったのかな。

今日は朝から家事もできたし、運動もしたし、何かいつも違う。
昨日、思いがけない話がいっぱいあって、仕事がどんどん増えて、嬉しかったから、だからなのかな。
わたしは、実はいろいろできるのかな。

精神科の先生は、昼間起きていることを勧めてくるから、きっと賛成してくれるだろう。
明日相談する。

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