バイクに乗って二時間走ってきました。
ちょっと鬱がとれました。
会社の先輩には謝りました。
結局、先輩が言いたかったのは、当日に感謝と謝罪の電話がなかったということのようです。
十五分くらいかけて、人としてどうかと思うとか、理解できないとか、社会人一年目ですかとか、配慮がないとか、言われました。
しんみりして聴いていたのですが、「この人、私のことが嫌いだろうに一生懸命私のことで腹を立てて、昨日、電話もしたのに、電話が当日にかかってこなかったことで三日間もここまで怒れるなんてすごいなあ」と、ちょっと面白くなっている部分もありました。十五分も話すことだろうか。
ひどいことを言われて、この人こそ人としてどうなんだろうと思ったし、言い返したい気持ちもありましたが、「クレーマー処理の練習だ!」と思って謝りました。
いい感じです。
それと、人のことを悪く言っているときの人相って悪いなと思いました。眉がしかめられて目がすがめて、口がへのじになっています。忠告を言うときには朗らかでいられる場合もあると思いますが、人に説教するときには人の顔は醜くなるんだなあと思ってじっと見てしまいました。その人は顔立ちは決して悪くないのに、もったいないなと思います。
二番目のお母さんに、人の顔は他の人のためにあるんだよと教えてもらいました。
綺麗な顔、醜い顔、というのがあって、嫉妬や、ねたみを持っているときは綺麗な顔ではいられないということです。そんな話うさんくさい、わかってるよ、ちっ、と二番目のお母さんも最初思ったそうです。でも、そういう心も汚い心になるんだよーそうするとそういう時間を長く過ごさないといけないから、自分を自分で攻撃してしまって、責めてしまう、だから楽しくない。人は元々ネガティブな場合があるけど、切り替えを早くすることで綺麗な顔でいることが大事、自分の顔は自分で見られないから、と言われました。
そうだなあ!と思いました。
それと、「その人には言いにくいことを言ってもらってありがとうって思うといいよ!そういう嫌な役割を引き受けてくれる人なんていないんだから」と言われました。それもそうだなあと思いました。
その人は仕事をきちんとする人です。だから、周りにも厳しい。それに、わたしのことを本当に嫌いなんだと思います。私も嫌いです。わたしは良く言えばおおらかなのですが、悪く言えば雑です。嫌いなこととは別に、教えてもらったことはあるので、感謝はしてもいいと思いました。だから、言われたことやその人の見習った方がいいこと、気遣いはしようと思いました。
…その人は気遣いをすることで人を息苦しくするタイプなので、そこは見習いたくないです。
バイクで走るのはとても楽しかったです。
山間の町を走りました。
素晴らしい景色で、八重桜やしだれ桜、ソメイヨシノが咲き誇っていて、新しい緑がピカピカしていました。
草刈りをしている農家の方のそばをすり抜けると、草の香りがふわっと香り、ユキヤナギの群生の近くでは香水のような花の香りがしました。
三日間わたしに腹を立て続けていた先輩はかわいそうだと思います。
わたしは楽しい方がいいです。
このところ、具合が悪くて寝込んでいましたが、怒られた当日はかえって、すっきりしたので、以前よりも、立ち直りは早くなり、考え方も変わり、立ち直りも早くなったと評価できます。
最近は、このブログにも毎日100人くらいの方がお見えになります。(そうでないときもあります)
星をつけてくれる方もいて、今日はコメントをくださった方もいてとても嬉しいです。
ありがとうございます。
文章を書くのは、楽しいので、続けたいと思います。
文学フリマにも出るので、ミニコミを書きたいと思います。