お前なんて誰も見ていないと言われて

こういう化粧品を買いました。

自分を飾る喜びがあるんだな、と思います。

それは無駄遣いだと思いますが止まりません。

わたしは、母に、「色気づきやがって」とか、「誰もお前なんて見ていない」と言われました。
靴も、十年くらい同じスニーカーを履いていて、買ってもらったことはないし、服は、二十年前のお下がりを着ていて、とても恥ずかしかったです。

お年玉で服を買いましたが、ボーイッシュなものしか買う勇気がなかったです。どのくらい、服がだめだったかというと無印良品の服がすごく高級品だと思っていて、入るのが怖かったくらいです。ユニクロも敷き居が高かったです。

そういうわけで、ヒールがない靴でも、パンプスは許されず、スカートもほとんど履いたことがなかったのでした。

今は、その反動で、シックなフェミニンな服が着たいです。

母は、発達障害だったのと思います。化粧もにおいが「痛い」と言われて、許してもらえなかったし「そのままが可愛い」と言われて、ほとんどしていなかったのです。

母には感覚過敏があって、「化粧はべたべたする」と言っていて、「だから、お前もするな」とわたしに魔法をかけました。

わたしは、この前、いろんな化粧品を試してみたら、ボビィブラウンのグロスと、口紅が、いやな感じがせずにつけられたことを経験しました。
ボビィブラウンのカウンターのお姉さんは自社製品を愛している感じで、デパートの化粧品売り場に行くと何が必要なのかわからず、泣いてしまいそうになるのですが、ボビィでは、大丈夫でした。

エステで、メイクレッスンを受けたおかげで、自分に何が似合うのか、どんな化粧品が必要なのかわかっていたので、堂々と、ブラウンのチークとブラウンの口紅が欲しいから試させてくださいと言えました。値段も事前に知っていたので、驚かずに買えました。

自分で稼ぐというのは良いです。自分で、お金の使い道を決めて、誰かに文句を言われたり、人格を否定されたりしません。

わたしは女の楽しみという喜びを知りました。
身だしなみを整えるのは、苦行ではなくて、楽しみなのですね、うきうきする、日々を豊かにするものなのですね。

ファンデーションも、苦しくて、いやだったのですが、ものを選べば、かえって、はだがするするして気持ちがいいです。
今は、エステのファンデーションを使っていますが、今度は、ワトゥサのを使って、それから、ボビィブラウンのを試してみて、自分の好みのテクスチャのものを選びたいです。
ファンデーションなんて、全然減らないと思っていましたが、毎日つけていたら減りますね。

それも発見でした。

軽トラさんと付き合ってから、アウトドアの楽しみを知りました。
友だちに誘われても、フットワークを軽く、一緒に同行するようになりました。
今まで、禁止されていたと言うことはなかったのですが、暗黙のうちに「あんたは動くのが嫌い」と言われていて、本当にそうなっていたんだなあと思います。
軽トラさんは、わたしに、麻婆豆腐を作ったり、お米をくれたりします。
そういう人と一緒ならアウトドアも楽しいです。

苦手な人とアウトドアに行くのが嫌いだっただけでした。親の選んだ人としか、出かけたことがなかったので、それは楽しくないよなと思いました。

大人になってから、自分の好きな友だちと一緒に、化粧品を買ったり、化粧のあれこれを話したり、ファッションの話をするのはとても楽しいです。

そういうことは、愚かな女の子のすることで、今は将来に備えなさいと言われ続けていたのですが、結局、わたしの将来と言うものは計画通りには行かず、何も楽しみがない人生が残りました。

そこから、女としての楽しみを掬い上げる作業は、たいへんだったし、大切なんだなと思います。

わたしを見てくれる人はたくさんいます。軽トラさんもそうだし、生徒さんもそうです。案外わたしは見られています。

だから、わたしは装うことを楽しんで、毎日違う自分を新鮮に楽しもうと思います。

今はお金の使い方がめちゃくちゃだけど、しばらくしたら落ち着くのではないかなあと思います。

ふわふわした服もダメだと言われていたし、化繊の服も肌に良くないからと言われていたし、ヒョウ柄は頭が悪そうに見えると言われていました。
でも、わたしは今、そういう服が着たいです。

淡い甘いピンクの服や、ベージュや、紫、水色の服が着たい、そして、茶色のシックのワンピースも決めてみたいです。

わたしは、今ほんとうに、めちゃくちゃにお金を使っていて、ワードローブも一新しています。母が嫌いそうな服を買って靴を買っています。でも、ヒールが高いのは自分でも好きじゃないからローヒールの靴を買っています。

エステでのメイクレッスンも安いわけじゃないから、たいへんだけど、でも、今は嵐が起きていて、自分にたまったのろいみたいなものを戦うために必死なんじゃないかなあと思います。

c71の著書

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お前なんて誰も見ていないと言われて」への3件のフィードバック

  1. こんちにわ。
    僕の母もそんな傾向のある人でした。「あなたは服に興味がないから」「外面なんて何の価値もない」と暗にそういうことを否定してきました。服を買うときはいまだに付き合ってる人に一緒に行ってもらってます。怖いからです。
    自分で自分の面倒を見れないのは苦しくて、楽しくないことです。
    自分を取り返すための戦いは辛くて「なんで自分だけ」みたいに思ってしまいそうになることもあるけど、普通に最初からある人より幾分、楽しい面があるのではないかなあ、と楽観的に考えています。
    C71さんの言葉は参考に、励みになります。

  2. こんばんは
    こえんとありがとうございます。
    自分で自分の面倒を見られないと、どこかが不安になりますね。
    そう、自分だけって思いましたが、ブログをはじめてからそうじゃないことがわかって嬉しいです。

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