生きる自信と元気な人

生きる自信がない。
全然ない。

だから、ちょっとでもやりたいことがあればやる。
しかたがないからやる。

生きる自信がないと言うのは、朝起きて「ああー、今日も一日が始まってしまった…具合悪いところを探そう。そうだ、頭が痛いような気がする、もう一度寝よう…ぐうぐう…は、十時になってしまった…人間失格だ」というような日々を送っていると、自分がほとほと嫌になります。

だから、小さいことでも、何かやろうと思ったことをすぐすることが、大切なのだと思います。

わたしは、元気な人がどんな風に考えるのか、もう思い出せません。

元気な人は、どうして元気なのか、全然わからないです。

わたしは、事件にあって、人間は誰でも死ぬし、裏切られるし、誰も信じられないんだ、と思ってから、すっかり自信がなくなりました。
生きていても良いことがないような気がします。
裏切られる方が真実であって、そのことを知らずにすごしているようにみえる人たちを、信じられないように思います。

こういう風に思うのは、犯罪被害者の特徴です。


言ってることはよくわかるし、その通り…けど、大企業の正社員になるのは難しい話ですよ

はてなブログに引越して最初の記事がこのざまだよ

言ってることはわかるけど、異議申し立て。

そりゃあ、大企業に入れれば一番いい。
でも、今、大企業に入りたくても、何千倍とかそういう倍率なので入れぬ。

入れない人のことは知らねえ、ということなんだろうとわかるんだけども。

大企業に入りたかったけど、入れなかった人は常にいる。のであぶれた人は、じゃー、シューカツ頑張れば良かったじゃん、入れる人もいるんだし、とかいうと、大卒で就職率が六割くらいなので、四割の人がそもそも死んでいる上に、六割の人も大企業に入ってる人はわずか。

わたしの場合はゲームのルールがわからないまま参戦したので落選した。残念。才能がなかったのだと思う。シューカツの。
勉強が得意な人には得意な人なりの才能があるように、世の中を渡るのが上手な人には上手な人の才能があるのだと思う。
それだけのことで、わたしには才能がなかった。

それとは別に、一般論として、女の人は、そもそも大企業に入りにくい。正規労働者になれた女性が五割り切ってるんだもの。

そういう現実をふまえて「それでも大企業に入ればいい」といっても虚しい。

じゃー、どうするんだよー、って答えはないんだけども。

大企業に入れないし、組合を作る根性もないし、法律を変えられる見込みもないし、病気になる可能性は誰にでもあるし、家族を養ってなくても、稼がないといけなかったりはする。家族を頼れない人だっているだろうし。

わたしの場合は、会社を辞めるしかなかった。
けど、先のことを心配しても仕方がないと、最近思える時間がわずかでもある。
それに、アルバイトは楽しい。
正社員のときより、仕事に楽しさがある。サービス残業がないのと、怒られなくなったから。
時給通りの仕事をして、時間になったらすぐ帰る。
それだけで、人生が楽しくなった。

食べれてるかと言うと、食べれてないのだけど。
食べれていない分は家族に面倒を見てもらってる。身もふたもない。
わたしは恵まれてる。
犯罪にあったり、緊急病院も含めて、入院何度もしてたり、いろいろしてるから、恵まれてない部分もあるけど、恵まれてる部分もある。
アルバイトが結果的に楽しいのも恵まれていた。
働くことが楽しいことを知らずに生きて行く可能性もあった訳で、そういう意味では悪くないと思う。

大企業に入れる人は入った方がいいし、それで楽しかったり、食べて行けたりして、満足できたら一番いい。
でも、そうじゃなくて、その人なりに、恵まれてる部分に引け目を感じすぎたりもせず、人生にあわせて価値観を変えて生きて行くのも良いと思う。


Hobbit 傲慢なお姫様トーリン(王子)と乙女な魔法使いガンダルフ

Hobbitがあまりにもつぼに入ったので、二回観ました。

感想をオチもなくだらだら書きます。

二回目はストーリーがよくわかりました。
誰が誰だかわかりました。
人の顔と名前を覚えるのが苦手なのです。
キーリとフィーリはすぐ覚えたのですが(イケメンだから)。

一回目は、ただ「うう…すてきなおじさまがたくさんいらっしゃる…」と思っていたのですが、
しかも!戦ってる!マジかっこいいウヒョー。

「おうじたま!おうじたま!」という感じで観ていました。
馬鹿すぎる…

馬鹿ばんざい!
王子様ばんざい!

トーリンが無謀なために、何度も死地に陥る一行。
小さいせいでエルフに囲まれたとき本当に間抜けに見える一行。
頑張って威嚇しても小さい。うぅ。
プライド高いと間抜けさもひとしおですね。愛…愛が芽生えます。

誇り高い王女のように潔癖なトーリン。
そもそも旅の目的は、トーリンの「王国を取り戻す」という一新のために始まります。
はっきり言って、集めた仲間たちは「死んでくれ」と言われたのに等しい。
そこらへんのわがままさが、わたしのイメージの王子というより、「王女」という感じがします。

なんというホモソーシャル。でもいやじゃないわたしがいる!

ガンダルフが乙女だと思った理由は、
「なぜホビットを巻き込むのか」と聞かれて、
「彼がいると勇気がいるから」と答えたから。

癒し担当なのかい。

マスコットが必要な魔法使いって、日本の文脈から言うと魔法少女じゃない…。

殺伐とした男ばかりの中に一輪の癒し。

それまでも「なぜあいつを」と言われていたときも「わしが選んだのだから文句を言うな」と突っぱねていたのもなんとなく乙女っぽい。

乙女なガンダルフと、お姫様なトーリンと、素朴な娘ホビットを守る十一人のドワーフ

ガンダルフは、魔法は基本的に一種類しか使えないし、なんでも知ってる訳じゃないし、基本的は武闘派で、トロルの宝物も嬉しげに自分のものにする。すごく植民地主義っぽい。
この人たちの動力って、お金と名誉と故郷を守る気持ちと友情だから、すごーくすごーく今も時代からすると右翼!!!

でも、うっとりファンタジーに浸ってしまう。

人間は昔ファンタジー界の皆さんと交流し、お互いの世界を深めたのだ…と言ったのはミヒャエル・エンデだけど、ホビットに浸るとまさに損な気がする…


田房永子さんの「母がしんどい」とわたし

http://mudani.seesaa.net/ むだにびっくり

「母がしんどい」の内容は、ちょっと変わったお母さんと、その娘の話です。
なんでか苦しくて仕方がないけど、どうしてなのかわからない。
いや、わかる。
そんなお話です。

わたしは、田房さんと文学フリマで知り合いました。
わたしが彼女の同人誌を買ったら、わたしのも買ってもらえました。なんていい人なんだ。

わたしは彼女の大ファンで、同人誌も買いましたし、「母がしんどい」も買いました。

そのころわたしは、母のことが大好きでした。でも、母がしんどくて、ずっと死のうと思ってました。成人してからも、母の家から出て行けなかったのです。
もったいないことしたなあ。

母以外に原因を求めようとして、男性嫌いになったり、世の中が憎くなったり、本当の原因である母を原点にしてぐるぐる回っていた感じがありました。

わたしは、けがの功名で、犯罪にあったことで、母親と縁を切ることができました。
一生会わなくていいと思います。

夏頃に、「母がしんどい」を買って読んで、ともすれば、「帰ってあげた方が良いかも」と思った自分を戒めました。

わたしもブラジャーを買ってもらえなかった思い出があります。

「母がしんどい」が果たした役割は、わたしの中で大きいです。
わたしは、「えいこちゃん」と違って、一緒にいる間、「母がへんだ」ということに気づきませんでした。
「母がへんなんですよー」と反笑いして「ちょっと自慢」するような感じ。
周りからは当然変だと言われました。
それで、友達も減ったり、恋人が離れて行ったりしました。
だって、わたしといると思っていたのに、わたしは母親を背負っているのですから、気持ち悪いのは当然でしょう!

田房さんと違うのは、逃げる努力をしていなかったことです。

わたしは「働くな」と言われたことがあります。
それで、その通りにしました。
なんて、馬鹿だったのでしょう。

働くようになってからも、母との密着は止まりませんでした。
なぜか、毎週末帰省し、いくら節約してもお金が貯まらないと不思議に思いました。
母は私の家に、三組もの布団を送りつけ「わたしが泊まるときはこの布団で」と言いました。
わたしは泣きました。

そんなこんなで、母と別れるためには、わたしは死ぬ方が楽だと思い詰めていました。

本当はそうじゃなかったのです。
わたしは犯罪にあって、緊急病院に入院し、その後母と縁を切ることができました。
仕事も辞めることになったけれど、縁が切れて本当に良かったです。
神様がいるとしたら、本当に感謝したいです。
二度と会いたくないです。

でも、その反面、弱ると、会いに行きそうな自分がいます。
そういうとき、ほかの人の体験を読むと気持ちがすーっと落ち着きます。
だから、母がしんどいは、本当にタイムリーでした。

田房さんと、これからもご縁がありますように!


遅刻しそうになった

アルバイトに遅刻しそうになってしまいました。

今日は一日ベッドでだらだらしていました。

明日はこんなことがないよう、きちんと暖房をつけて、暖かくして、起きていられるようにしていたいです。
やることがないと思って、ベッドからでないので、だめなのだと思います。


精神病患者の内的変化

精神病から抜け出すためには、内的変化も必要とされる。

目標に合わせて人生を変える日々から、人生に合わせて目標を変える日々に変わることが必要になる。

そういう、一見、後ろ向きな価値観の変容が必要になる。
もっとよい人生のためにがんばってきたけれど、とりあえず、今はそれができないというのが、精神病だ。
精神病の間でも、少しでも幸せを感じて過ごしたい。
アッパー気味の目標が達成できないのは、はっきりしている。だから、人生に合わせて幸せを変える方がいい。

高々と掲げた目標に耐えられないとき、くすむ我が身を振り替えるとき、わたしは不幸だ。

誤解を恐れずにいうと、精神病は薬だけではよくならない場合がある。精神的な変化が薬以上に効くことになる。

たとえば、朝起きられないことも、起きられないことを責めるのを止めるのは内的変化である。価値観の変動だ。健康なときと価値観を変えるということ。

これは薬では変えられない。

今の自分なりの幸せを発見するための視座を獲得することも、内的変化である。
精神病でも幸せを感じることができる。
それは、今の自分を不幸だと思わないこと。あるがままの自分にOKを出すこと。
そうすれば、幸せになることができる。
精神病患者でも、今すぐ幸せを感じることは、場合によっては可能だ。

わたしとは言えば、過去を振り返らないことが、私を幸せにするための内的変化である。
ただ、それが難しい。すぐ、恨みと憎しみでいっぱいになってしまう。


精神病患者が初めて朝起きられなくなった頃から、入院して自分を見つめ直すことになった話

わたしが初めて朝起きられなくなったのは、中学生のときだ。

突然、布団から体を起こすことができなくなったのである。
夜眠ることもできなくなり、突然、涙があふれるようになった。

その症状は、今でも続いている。

母親は、外聞や世間を気にする人だったので、精神科にかかることを「将来に傷がつくから」「就職のときに調べられて、後悔しても知らないよ」という言い方でだめだと言った。

実際には、そんなことはない。

今、入社する人間を興信所に頼むほど体力のある会社はそもそもないし、診療している事実が知られることがない。

知られても別にどうってことはない。

わたしの考えだと、早く精神科に行き、薬を出してもらい、薬を飲み、偏見から自由になり、精神療法やカウンセリングを受けて、自分が病気になった原因から逃げ出すことが回復になると思う。
鬱病患者は、その症状から、大きな決断をして、会社を辞めたり、離婚してしまったりしやすいそうだ。それは「気分を変えたいため」に行われることが多いそうだ。

ただ、病気が長引いたら、自分が病気になってしまった原因から離れることはした方がいい。
わたしの言っていることは、一般に鬱病患者に対するアナウンスと矛盾していることだと思う。
だけど、わたしのような一部の人にとっては、そこから逃げ出すという選択肢も、あった方がいい。

それが、あとで、失敗だったと思うこともあるだろうし、後悔することもあると思う。
特に、鬱病の人は、あとで、その失敗を長く後悔する種にしてしまいがちだから、わたしの言うことを丸ごと真に受けることには注意が必要だ。

だけど、人生は失敗の連続だ。失敗はしないに越した方が良いが、決断した方が良い場合もある。
少なくとも、わたしはそうだった。
わたしはわたしの経験したことしか言えない。

わたしの場合は、病気になった二つの要因があった。
暴力的な事件に相次いであったことと、慢性的に、異常な家庭に育ってしまったことがあった。
それによって、脳に大きな負荷がかかった。思考も価値観も、正常さだとかバランスを欠く事態に陥った。
それは、生活習慣病のようなものなので、改めなくてはならなかった。

二つの要因を自覚することができたのは、精神療法のおかげだ。

わたしは、母に問題があることを、早い段階でわかっていた。
それでも逃げられなかった。
愚かだったと思う。そのころ、母は、若かったのだから、捨ててよかったのだ。

そういうことに、気づくために、入院できたのは良かった。
それは、糖尿病患者が、教育目的のために入院するのに似ていた。

入院は、わたしが今まで体験した生活の中で、最も、落ち着いた生活だった。
また、入院したいくらいだ。


朝起きられない精神病患者の生活にまつわるあれこれの経緯

今日は、めまいがひどくて起きられなかった。

多分温度がめまぐるしく変わるからである。

それと、二日前に精神科に行って相談した。

抑うつ状態にあると、朝は起きにくいようである。
だんだん回復するから、今は自分を責めなくていいと言われた。

これは多分、自分を責めても起きられるようにならないからなんだと思う。
本当に起きられるようになるかは、多分経験的にわかっていることだと思うから、わたしに本当に当てはまるかはわからない。

だけど、起きられるようになりますよ、と言うのが治療なのだと思う。

物忘れが最近ひどい。何かしている途中で、新しいことがあると忘れてしまうのである。
アルバイトはわたしの中で、最優先なので、あまり間違えることはないのだが、その他のことは、気が抜けるのか、よく間違える。
間違えると、情けなくなり、落ち込む。
退院してから、抗うつ剤が三倍になった。
そのせいか、先生に聞いてみた。
あまり、頭の中に引っかからなくなる薬を飲んでいるから、まあ、そういうことらしい。

確かに、落ち込んでも、それを長い間深く考えるのが難しくなった。
健康な人は、悩み事を長く考えなくて済む、という噂を聞いていたのだが、それがこういう状態なのか、と知って新鮮である。

わたしは、健康な精神状態というのを経験したことがない。

別の人生を送ったことがないので、当たり前である。
それと同じように、性暴力を受けなかった自分というのも、やっぱり考えられない。
(恨みつらみ、憎しみとは別の意味で考えられない。憎しみについてはいくらでも考えられる。憎しみと離れた自分をイメージできない、という意味)

だから、暗闇が怖かったり、朝起きられなかったりするのが、病気のせいなのか、それとも怠け者だからなのか、区別が付けられない。

ひどく疲れやすく、友達と会っても二時間くらいでぐったり疲れきってしまう。そういうことも、自分が怠け者だからか、病気だからかわからない。

だから、病院へは、自分の異常な家庭環境だとか、精神状況とは別の、新しい世界に出会いに行くことである。
第三の世界を作ることで、正常とは何か、学習していくことが大切だ。
それは、アルバイトをすることでもいいし、ボランティアでも、趣味でも何でもいい。

わたしは趣味がなかったので、こういう風にブログを書くことも、映画に行くことも、世界を広げるために、意識して進めている。
一ヶ月前には、自分を低く思う気持ちが強すぎて、「わたしは娯楽を享受することに値しない人間だ」と思い、趣味を作ることもできなかった。
わたしは、その気持ちを「自分が良くなることで、周りにかけている迷惑や心配を減らすことができるのだから、自分が娯楽に接することは必要なのだ」と言い聞かせて克服した。

PTSDの患者が、入院することはかなり難しいらしい。
それは、PTSDを受け入れられる病院が少ないからだ。
PTSDを診ることができる医師も少ないし、看護士も少ないらしい。それに、性暴力を受けた人に対する治療ができる人はもっと少ないらしいので、そうすると、性暴力とPTSDが複雑に絡み合った症状のわたしは、入院することができて幸運だった。