頼り頼られの決まり事

恋人は自分の世界を大切にする人で、あまり、侵入されることを好まない。
仕事をやって、自分なりに過ごせていたら良いという考えだ。
わたしも、あまり、頼ったり頼られたりが好きじゃない。
自分では頼るタイプの人間だと思っていたけれど、恋人に何かを頼んだことは、お皿を洗ってほしいとか、足を揉んでほしいくらいしか頼んだことがないことに今日気がついた。

でも、深い関係を築くには、頼ったり頼られたりが手っ取り早い。
でも、恋人がいうには、頼られているのも度が過ぎると、馴れ馴れしくされて、その人の世界に引きづり込まれる感じがいやだという。

わたしは、子どもの頃人生が大変で、混乱していた。
そのときに、いくつかのことを決めた。

人に頼るときには、必ず事後報告をすること、お礼をすること。
なるべく十二人の友だちを作っておいて、一ヶ月に一回頼むとしたら、ローテーションを組んで、その人に頼み事をするのは一年を通して一回にすること。
しつこく頼まないで、断られたら引き下がること。他の人に頼むこと。
察してほしいと思わないで、はっきり、具体的に何に困っていて、できればどうして欲しいのかも頼むこと。

そういうことをしていたら、人が離れていって困るとか、嫌われたらどうしようとか、頼りすぎているんじゃないかと混乱することが減って、だいぶ楽になった。
一人の人に依存することは危険がいっぱいで、その人に支配されるきっかけになることもあるから、用心深くしないといけない。
頼むのは、公的機関を使っても良い。

頼られるときにはもっと十分用心深くなって、利用されていないか、フェアか、よく考えないといけない。
相手が本当に助けられたがっているか、自分の手に負える案件かどうか考えて、それができなかったら、他のところを紹介して手を引くとか、なにもかも自分でやると思わない方が良い。それで冷たいと思われたらそれまでのことだ。
それで、切れられたこともあるけれど、それは相手が悪かったと思っている。

おせっかいになりすぎないこと。
相手のところに侵入しすぎないこと。
こういうことに気をつけている。

わたしは人の気持ちがわからないから、ルールを作って運用した方が良いみたいだ。

DVやモラハラの支配は、恋人同士じゃなくて、友人間でも発生するから、なるべく、オープンな環境で、誰かに相談することを妨げない人を選んで、ということに気をつけている。
どうしても、支配されたり支配したりしてしまいやすいから。

わたしは人とうまくやれないことがあるけれど、このルールを作ってから、ずいぶんと楽になったし、今の職場でも、注意されながらでも、なんとかやっていられるのは、素直でいることと、人との距離を遠くに設定して、考えているからだと思う。
そのかわり、親しげにされるとひいてしまう癖はあるのだけど、それはまた別の話。


わたしの心

わたしの社会的発達は遅れている。
だから、心の感じ方も人と違う。
確かめたわけじゃないのだけど、検査でそうだったから、そうなんだろう。いくつくらい、とはいわれなかったけれど、行動からすると中学生や高校生が出来ることをようやく理解できるようになった感じ。十五歳くらいの感じ。
今でこそ、心の発達を心がけているけれど、診断前は、そもそも年齢に合わせてこれが出来るようになっておかないといけない、という概念があったかも怪しかった。
大人になったら働いて自分で稼ぐ、ということも、なんで?と理解できなかった。

今思うと、それこそ、なんで?という感じだけど、それだけ「将来」「未来」という概念がよくわかってなかったんだろう。予想をつけるにも、自分が大人になるっていうことがよくわかってなかった。

ある瞬間「あ。わたし大人だ!」という気がついたので、それから働いている。あれより遅いタイミングで気づいたら取り返しがつかなかったかもしれない。それまで面倒を見てもらうのが当たり前、というか、そういうもので、自分はどこにもいけない、一人で生きていけない、と思い込んでいたので、つらかったけれど、「大人だから働いてお金稼いで、一人暮らしできる」と気がついたとき、風が吹いたようだった。

そういうわたしでも、将来に対する漠然とした不安はあったので、「いつまで親の心のケアをしているんだろう。わたしはケアするための人生でこのまま死ぬのかな?」と、何度か死のうと思った。けれど、その度にお医者さんに止められたので死ななかった。なんのために生きているのかはわからないけれど、あのときほど、生きていることが不愉快ではない。

何もつかまるものがない場所で溺れているようだった。
わたしは教育で与えられたものが恵まれていたから、それで生き延びられた。
美術や工作をたくさんさせてもらったり、スポーツもさせてもらったり、勉強の機会を与えてもらった。それは、そのままお金を稼ぐ糧となった。わたしは幼稚園の頃に、糸鋸の使い方を教わっていたし、のこぎりもトンカチも使えた。彫刻や焼き物もさせてもらった。彫刻は一番好きだった。絵を描くことも好きだった。

わたしの成長は、知識や合理性や、図工などそういうところに発揮された。
そして、家事、責任感、社会的ルール、そういった方面には伸びなかったし、子どもが体験するような葛藤をそのころ体験していなかった。中学生や高校生と話すと、そんな難しい人間関係を細かく把握しているんだ、ということに驚く。相手の気持ちを読んだり、気遣ったり、直接的なやり取りのないところで、戦っている。そういうの、わたしは、まだ、「無駄だな」と思ってしまうが、これも、おいおい体験するのかもしれない。わたしは今まで、言葉にできないことがあるのは自分の表現力が未熟だからで、磨いていければなんでも言葉にできるんだろうと思っていた。でも、読書経験をするにつれて、どうもそうでもないらしい、と気がついた。

なんでも言葉にはっきりできるなら、「この文章から友情の大切さを学んでください」というスローガンだけ出して、小説にする必要はないんじゃないか?と思いついたからだ。

武者小路実篤の「友情」なんて、特にそうだ。あれは、最初意味が分からなくて、大人になってから意味が分かった。でも、なんとなく、言葉にできないことをこの人は書いているのだな、とぼんやりと思ったのを覚えている。だから、言葉がすべてじゃないと、学べた。
わたしは児童文学、童話、神話、精神分析、心理学、法律、明治、昭和の古い小説の全集を小学生のときに読んで、それで世の中を学んだ。仕組みやシステムや秩序のことを考えると、気持ちが落ち着いた。知っているルールをそのまま適用しないと気が済まなかったり、周りの人がマナーやルールを破ったら許せなかったし、間違った知識を披露している大人がいたら、いちいち遮って訂正していた。
けっこう迷惑な存在だったと思うけれど、自分でどうしたら良いのかわからなかった。正しいことを言っているのに疎まれるから、苦しかった。正しいことがすべてじゃないと、母親がいった。
そのことをずっと考えていて、今に至る。

小学生の頃、本を読んで、すべてを学んだ気になった。他に教えてくれる人もいなかったし、そうするしかなかった。本を読むとノイズキャンセラーみたいに、世界を遮断できるのも良かった。今でも児童文学も海外小説も大好きだ。
医者に話したら、本を好きなのは、どうして?と言われたので考えたところ「昔の人と、いつでも話が出来るところ」と答えたら、驚かれた。本を読むとき、わたしはその本と会話しているつもりだった。一方的かもしれないけれど、どうせ、わたしの場合は、人間同士でも一方的に話し続けることになってしまうのだから、落ち着いて、いつも同じ態度で迎えてくれて、わたしの速度に合わせてくれる「本」という対話相手は、わたしにとってうってつけだった。

そういうわけで、わたしにも「悲しい」「嬉しい」「楽しい」「怒っている」という気持ちがあるのは理解できた。自分の中の感情も言葉にでき、相手が「悲しい」といえば、自分が悲しいと呼んでいる感情を呼び覚まして、一緒に悲しんだ。

でも、言葉にならない態度というのは長い間苦しんだ。
相手がはっきり言ってくれないとよくわからないし、はっきり言われても具体的じゃないと、違うことをイメージしてしまったりした。そして、はっきり言われることで傷ついたりした。
はっきり言われないとわからないけれど、はっきり言われると傷つく。難しい。
厄介。
そう思われていたと思う。
また、困りごとと言えば、とくに「あなたはこう思っているはず」といわれると、素直に「そうなんだ、実はわたしはそう思っているんだ」と鵜呑みにすることが多かったような気がする。それで良く混乱した。

今困っていることと言えば、社会のルール。
常識。
そんなもの、隣に行ってしまえば違うと言えばそれまでだけど、わたしも組織の中で働いているから、一応、この組織の決まり事は理解しないとやりづらい。この前とうとう、上司に、「反抗しているわけではなく、本当に塾講師らしさというものに、常識がないので、ご指導下さい」と言えた。言えたことで、ずいぶん楽になったし、進歩したと思った。常識のなさで失敗したけれど、そのことを素直にいって、相手に指導してくださいと言えたのはすごく進歩で、だから、常識自体がなくても、素直に教えてください、と言えるようになったのが、わたしの社会性の成長だと感じた。

上司はプライドが高いと良くないとか、こういう風に考えると良いとか、社会人の決まり事を教えてくれるから、怖いときももちろんあるけれど、こちらからも、けっこうどうしたら良いのか聞きやすい。上司は、どの瞬間も社会人らしくあれ、ということを言いたいのではなくて、職場での振る舞いだけをかなり具体的に注意してくるので、割り切って聞きやすいから、よかった。だいたいの人にとって具体的でも、わたしにはわからないこともあるので、そういうときは、あとで聞いたりする。

わたしにはばっちり二次障害もあって、いろいろ困ったこともある。

そもそもの特性のせいか、性格のせいか、わからないけれど、相手に当たり散らしてしまったり、気を使えなかったり、具合が悪くて、二日連続でごはんを作ってもらっているのに、横でネットしていたりしてしまうときがある。そういうの、感じ悪いかもしれないなー、と思うけれど、うまく変えられない。わたしにとって、そのとき、ネットをするのが一番心が安らぐし、その瞬間していないと、爆発しそうだからしているので、我慢できないのだ。でも、自分がされたらすごくやだな、とも思う。難しい。

わたしはどこかのタイミングで、たぶん小学生だったけど、「誰からも好かれることを目指すのはやめよう」とはっきり決めた。
それは、母に言われたのかもしれないし、自分で考えたことなのかもしれないけれど、好かれなくても良い、とはっきり思った。
小学生の高学年の先生がとても良い人で、独創性を重んじてくれる人だったので、わたしはそのクラスの中で突飛ではなかった。なにをしても浮かなかったし、尊重され、尊敬された。わたしも、クラスメイトを尊敬していた。その先生が教えるとどんな子でも、誰もが勉強のできる子に変身した。勉強ができ、思いやりがあり、面白い話をいきいきとして、誰も授業を遮ったり、騒いだりしない。そういうクラスだった。

毎日わら半紙を十枚以上渡されて、マジックで思いついたことをつぎつぎ書き留めて、人前で発表する、という授業を毎日していた。分数の割り算も、円周率の求め方も、みんなそれで頭をしぼって勧めた。先生から答えを教えてもらうことはなかった。今ではそんなやり方はいけないと言われるのかもしれないけれど、どこのクラスでもいる、分数の出来ない子は、そのクラスには一人もいなかった。勉強が不得意な子も、自分の考えを発表した。出来ないからこそ、思い浮かぶ独創的な考え方に、みんなが感動して、拍手喝采して、照れ笑いをしていた姿など今でも思い浮かぶ。
自由と秩序が調和していて、とても落ち着いた時期だった。
焼き物を作りにいったり、野菜を育てて観察したり、プロの料理人を招いて、料理を教わったりした。校長先生も理解があって、理科の実験に協力してくれたりもした。

ひとのはなしている言葉を聞き取って、書けるようになったのは、あの時期があったからだと思う。
書いてある言葉よりも、その人が、今、生き生きと語っている、音になってすぐに消えてしまう言葉に、無秩序に押し出される言葉にこそ、大事なものがあるから、それを書き留めないといけないと強く思った。瞬間瞬間をきりとって、大切に保存しておきたかった。

あのころ、わたしは自尊心や自己肯定感を育てたのだろう。あの先生にとって、わたしはただの一人の生徒だったかもしれなかったけれど、わたしは、あの先生が世界のすべてだった。
世界のすべてのルールを統べる人が、公平で、ユーモアに富み、厳しくもあったことが本当に救いだ。

中学は地獄としか言いようがなかった。秩序がなく、暴力があって、先生は公平ではなかった。家庭に対する差別もあって、母子家庭の子とはつきあうなと担任にやんわり言われた。わたしはASDの特性上、そのやんわりが理解できなかったので、彼の思う通りにはしなかった。できなかった、とも言う。わたしは体力もあって、勉強があったから、表立ってはいじめられなかったけれど、学校がつまらなかったので、授業中も、荒れていたら、本を読んで過ごしていた。わたしは激しく混乱し、いつも怒っていた。

その頃からわたしは、世界から解離して、成長を止めてしまったのだと思う。周りの子が色恋に目覚めたりファッションをし始めたりすることにも無関係だった。その時間を勉強に充てられたから、良かった面もあるけれど、社会常識を学んだり、他の子と同じような発育をする上では、あまり良くねい面もあった。今では、あとから学べることだとわかったけれど、大人になってから、ふと、「わたしは経験するべきことが抜け落ちている」と気がついたときには、絶望した。中学生から、ずっと続く空白にどう対処したら良いかわからなかった。

わたしは絵を描くことをやめ、テレビを見ることをやめた。文章を書くことだけは、誰も止めなかったので、文章を書いていた。勉強をすることは勧められたので、喜んでした。その頃、わたしには勉強しか楽しみがなかった。いろいろ詮索されずにすむから、勉強は助かった。異常に疲れやすくて、いつも、ぐったりしていた。今思うと、天候の変化や、環境の変化、からだの変化が大きすぎたし、自分にあったタイミングに調節することが難しかったから、生き延びていただけすごい。だから、外に出て遊んだりもしなかった。友だちと、買い物に行ったりアクセサリーを見に行ったりしたこともないし、お店で買い食いをしたこともない。

わたしは、たまたま社会で使える特質があって、働けて、本当にラッキーだった。
これからも、いろいろ、そのラッキーな部分を考えて分析して文章にしていきたいし、アンラッキーな部分も記録しておきたい。
記録魔なのは、悪い部分もあるけれど、全部が悪くないから、まあ良いかなと思う。


自分が怒りたいから怒ってた

自分が怒りたいから怒ってたんだなあ、と思った。
それが悪いとか悪くないとかじゃなくて、よりどころというか、しがみつくために怒っているところがあった。

怒っていないと、自分がなくなってしまう恐怖や、相手に取り込まれてしまう恐怖があった。
相手と境界線を引くために怒っている部分があった。

セラピストに、「親は親だから、それは変えられない」と言われて、むっとしてしまった。
むっとしたのは、良いことだと思う。
そして、わたしは、自分を変えたくないと思ったけど、本当は、相手が変わらないのがわかっているから、距離を置く、という選択で良いのだと思った。
それは、セラピストがどう思うと関係がなく、わたしが離れたかったら、離れたいのだった。

誰にでも、だめな部分はあるのだと思うけれど、目立つ部分があるとよけいダメだといわれやすい。

「失敗する方が良い経験になるのだ」と思ってしまうと、本末転倒で、失敗でおったダメージは、把握した方が良いということが書いてあって、なるほどと思った。



グループセラピーに行ってきました

最近は、怒りと悲しみがテーマでした。
混乱と、リラックスの出来なさに困っていました。
執着してしまうことや、強迫観念も強かったです。
そのせいで、生活のリズムが狂い、したいことができなくなっていました。

これに行ってきました。

レイエッセンスと、クリスタルボウルの演奏です。

彼氏には、「山梨泊まりがけで行くから」「なにしに?」「セラピー」とだけ行ってでかけました。
帰って来てからいろいろ聞かれたのですが、言葉にしにくいので、「瞑想してきた」と伝えました。

なんでも言葉にできるかと言われると、難しく、言葉にできない体験をしたいから行って来ました。
怪しいとはもう思わなくて、でも、怪しいと思う人はいるだろうから、安心して話せないなーという感じです。でも、自分にとっては必要なことで、誰かに説明したり、わかってもらったりする必要もない、という気持ち。

説明すれば説明するほど、何をしたのか、から、遠ざかります。やったことは、クリスタルボールという、水晶の粉を生成して作った器を叩く演奏を聴いて、寝て、ぼんやりして、レイエッセンス、というわたしにもわかっていないなにかを光に投射して、その投射した光の中に座ってみたり、一滴か二滴飲んでみたりして、それから、瞑想して、「恥」について連想してみる、ということです。

眠くなって半分くらい寝てました。他の人も瞑想しながら寝てました。それで良い、というワークショップなので。

クリスタルボウルの演奏は、重低音がからだに響く感じで、マッサージされているみたいでした。ぼんやりして、なにも考えず寝ていました。今思うと、何も考えない、というのがすごいな、と思います。

テーマは「制限をはずす」ということと、「あなたはわたし」ということです。
わたしは、あなた、というのは、他の人の変化もひとごとじゃなく、きちんと観察して、見る、ということです。そして、自分の感じたことはわけあって、その変化自体が、全体の変化に結びつく、という意味だそうです。
制限を外す、というのは「弱さ」というものがあったとして、「弱さ」を克服するためにがんばる、ということじゃなく、「弱さ」があっても良いじゃないか、と思うのでもなく、「弱さ」ということについてそのまま受け入れるということです。弱さ、という形にしないでいる、みたいな。許さない自分を許す、というような。

わたしには絶対に許さない人がいて、その人を憎んでいますが、それの相手を許す、ということじゃなくて、憎んでいるわたしを、許す、ということです。

最初その話を聞いたときに、怒りが湧いて来て、むっとしました。
わたしの今日のテーマは、別人格の人を、統合するのか、共存するのか、突き放す、ということでした。
その直前に霊能者さんに、「霊は蹴っ飛ばした方が良い」「話し合った方が良い」「自分を信じた方が良い」「力は自分で、自分自身にパワーがあって、自分が自分の神様となって、自分自身のことを決める」「霊、というのは、よいものだろうが悪いものだろうが、それに従わせようとする力だから、自分の思うように動かそうとして、乗っ取られてしまって、じぶんのしたいことができなくなる」ということを言われてい明日。
だから、別人格のベシーをどうしようか考えていました。

そして、グループセラピーでは、「誰でも多重人格で、嬉しい自分と悲しい自分が共存するように、人格はたくさん存在する。それをひとつだと思いたがっているから、一人につき、一人の人格だとみんなが思い込んでいるだけで、本当は、みんなたくさんの人格を持っている。その場面、その場面に、あった人格を出している。みんな多重人格で入れ替わり立ち替わり、人格を入れ替えている。

野蛮で暴力的な自分がいたとしても、それを閉じ込めたい、と言う気持ちになったとする。でも、ありのまま認める。そうすることで、その暴力的な人格が表に出たとき、どうなってしまうのか、人を殺してしまうのかと、不安になるかもしれないけれど、実際にはそうはならない。
暴力的な人格には、パワフルな面があって、いろいろなことを切り開いてくれるという面がある。自分を信じて、任せてみることが大事。意外とうまくやってくれるもので、そうやって、人格に任せることで、なんだ、自分は、大丈夫なのか、と安心することを繰り返すことで、自信になる。自分を一生懸命コントロールして、人を殺さないように、暴力を振るわないように、がまんしているのをやめても、自分が暴力を振るわない、ということがわかると、それが自信になる。

暴力を振るうんじゃないか、と心配すること自体が、制限で、制限をはずして、その乱暴な人格に、その場面を対応することを任せる、ということ、ゆだねる、ということを今日は試してみよう」と言うことを言われました。

わたしはそれを聞きながら、「許さないことを許す」と言われたときの、燃えるような怒りを忘れて、次第に眠くなっていました。緊張が緩んできました。でも、その一方で、怒っていたい自分もありました。だから、その怒りを味わってみました。
その怒りは、恐れや保身、不安から来ているものだとだんだんわかってきました。
わたしは、怒るのをやめたら、自分がなくなって、死んでしまうのかもしれない、わたしは、怒ることで、生きる原動力にしているのかもしれない、だから、怒るのをやめたら、なぜ生きているのか忘れてしまい、生きることをやめてしまったり、なぜ生きているのかわからなくなってしまうのか、不安なのだ、恐れているのだ、と思い始めました。
怒ることをやめることへの恐れがありました。怒ることをやめたら、自分の境界を侵略されてしまうんじゃないかと。

そんなことをぼんやり考えている中で、制限について、さらに説明がありました。
「お金があったら、好きなことをする」と思ったとして、「お金があったら」の部分が制限です。
「好きなことをする」だけで十分なのに、「お金があったら」という制限を就けてしまう、これをとってみましょう、ということを言われました。

怒りを取り払うのが怖い自分がいました。怒りにしがみついているのか、という疑問がわきました。
リチャードバックの救世主の最初の朗読がありました。
水晶の川の底にしがみついている生き物が、そのしがみつかないと、けがをして死ぬ、という思い込みをやめたという話です。退屈で死にそうだから、手を離して、川のながれに身を委ねたら、川の水面の近くを流れて、けがもせず、川底を見下ろしていたら、下流の川底の生き物に、「救世主、わたしを助けて」と言われた。でも、自分は底にしがみついていることをやめた、同じ生き物だから、救世主ではない、と答えた、という話でした。

イリュージョン―悩める救世主の不思議な体験 (集英社文庫)

その間も、クリスタルボウルの演奏は続いていて、目のあたりに鈍痛がして、前頭葉の付近が暖まる感覚がありました。怒りがまだありましたが、演奏を聴いているうちに眠くなり、怒りがあっても良いからとにかく眠いと思いました。
そして、わたしのことをみた人が、わたしを見て「光が降り注いでいるように見えた。あなたは、二人でなく、一人だ」と言いました。
眠さを感じているうちに、「怒りがあっても眠くなるんだ」「怒りがあってもなくても眠くなると言うことはなくてもわたしは生きているんだ」と言う風に思いました。

からだの外側に感情があると考えると、感情にからだごと翻弄されてしまいます。それが、今までのわたしだとします。感情の嵐に巻き込まれて、自分が揺れてしまう。そして、それこそが、生きている感覚だと思ってしまう。
からだが器だと考えると、からだの中に感情があります。その感情が如何に強いものだとしても、からだが感情を入れる器なので、その外側に、感情は出て行きません。あくまで、感情は、自分の中だけのもので、そとに作用しないのです。そうすると、感情に、器は乱されません。感情が中にあるから。
そうすると、怒ったまま、感情がいくら嵐のようでも、それを傍観したまま、眠ることすらできるのだなあ、と思いました。

グラウンディングをしました。そうしたら、頭の中や、おなかにあった、かたい重いものが、すっと落ちていく感じがありました。
柵が自分を守っていると思って、一生懸命柵を大事にしていたけれど、柵がなければ、自由に移動でき、敵からも、自由な場所に逃げられる、自分をひとつの場所に縛り付けていたのは、自分を守ろうとする気持ちだ、ということの話がありました。

それから、「恥ずかしさ」「恥」に関するワークショップをしました。
恥は、自分に制限をかけるもの、恥自体が恐怖です。
でも、恥ずかしさに身を任せることをしてみようということになりました。

わたしは、周りに注意されることは、たいてい、常識がない、ということです。だから、それについて考えながら瞑想しました。
瞑想しながら寝ていました。障害者手帳をとらないように、わたしの障害を公のもので証明しないと、言い分そのままを信じてくれなかった親を恨む気持ちのことを忘れて良い気分で眠っていました。
親はわたしの障害者手帳を持っていることを、わたしに恥ずかしく思ってほしいと願っているのだと思いました。親は私のことを恥ずかしいと思っていないかもしれないけれど、わたしが恥ずかしがるべきだと考えているんじゃないかと思いました。

でも、眠っているうちに、恥ずかしいことかどうかどうでもよくなり、恥ずかしいを実感する、というテーマ自体を忘れて眠っていました。

セラピーが終わった後、「今は揺さぶりをかけただけなので、どうなるのか、今はわからなくても、このセラピーの前に怒ったことかもしれないし、今後変化することかもしれないので、どうなるか見てください」と言われました。

わたしは常識がないから、恥ずかしい、と思ったことを思い出しました。
みんながしっていることを知らないから。

「わたしが決めてわたしがする」
「何が恥ずかしいかの何を恥ずかしいかにするのか、わたしが決める」という気持ちを強くするスプレーを欠けてもらいました。
わたしは「みんなが知らないことを知っているけれど、人を恥ずかしいやつだなと思わないな」と思いました。
だから、「みんなが知っていることを知らなくても恥ずかしい、というわけじゃないな」と思いました。
それに、常識は、隣に行っただけでも、変わるものだ、とセラピストが言いました。状況や時代や会社の文化が変わっただけでも、常識は変わるから。

恥ずかしい気持ちを持たせる、というのは、根底にコントロールがあるのだと言う話がみんなから出ました。
「親はわたしに恥ずかしい気持ちを持てという意味で常識を持ち出す」「コントロールするため常識を持てという」のではないか、と思いました。(親自身がそう思っているかは別として、わたしはそうとらえると楽になるという意味です)
逆に、「常識を持ち出すと、結果的にコントロールになってしまう」ということなのかもしれません。
どちらにしても、それをそのまま受け取って努力するなり、抵抗するなり、出来ない理由を説明するなりするのは、苦しいことでした。

わたしは親の言う常識を知らなくても、グループセラピーで、「かわいくて」「素敵」「魅力的」と言われました。
「あなたはそう思っているのね」と相手の考えていることは変えないまま、そうなんだね、と思うことを提案されました。
常識、というのは、条件です。「こうすればもっと良い」という条件です。そして、わたしは言われることに対して、前もって用意しない、そして、条件に対して、行為をしない。それは、前もって用意するということは、条件を付けられたことに対して、自分でアクションをする、つまり、相手から制限をかけられたことで、実際に自分に対して制限をかけてしまうということです。相手の言葉を実行してしまうことを、しない、やめるということが大切です。

「抵抗する、説明する、もっと頑張る」というのは、相手を変えようとする、相手を満たそうとする作業という意味で同じ平面上にあります。違うように見えますが、相手をどうにかすることで、自分を楽にしたがっている、という点で共通しています。
でも、それは不可能なことに挑戦しています。
だから、疲れます。

親は、わたしに常にもっと頑張れと言います。それは、恥を持て、良くなれ、というメッセージです。
わたしは自分の障害が恥ずかしくないし、もう頑張っています。
ありのままのわたしでいることを言いたいです。わたしは、障害者手帳を持っていても、持っていなくても、生きることに難しさを抱えています。それは、恥ずかしいことでもなんでもなく、ただ、困っていることがあるから、助けてもらうことが必要なんだ、というだけのことです。

「かわいそう」と言われると、自分で、そのかわいそうな自分を実現してあげたくなります。自分からそうなります。健気に努力する自分を見せて、自分をかわいそうな存在にします。

わたしは、手帳を持つことに抵抗がありませんでした。
でも、なぜ、持とうかと思ったかというと、税金が安くなるくらいのメリットしかないのですが、目で見える形で、公のお墨付きをもらえば、親は納得するんじゃないかと思ったのです。
でも、わたしは、わたしの言い分だけで認められたかったのです。
ですので、わたしにはそれが怒りに変わりました。

「考え方を変えるのは、横にスライドするだけ、意味づけをするだけ」と言われました。
悪いことがあっても、ポジティブにとらえ直そう、ということは、同じ平面上で、位相がかわっただけのことだという話でした。
そうじゃなくて、「これでよし」と思うことが大切だ、ということでした。
セラピストの話では、今まで朝に起きるとまず「いやだな」と思ったそうです。「朝のいやな感じ」を「いやだな」と思っておいておこうとしていたそうです。でも、それだと、その感じを「いやだな」ととらえていたということに気づいたそうです。まず、いやだな、と言う風にとらえていた、それから、それに対処していた、という流れがあって、それ自体が制限なのではないかと思ったときに、ある日「これでよし」とおもったそうです。やだな、と思うことをやめて、それも含めて、これでよし、と思ったそうです。

コンディションが悪くても、「これで良い」と思うのは気持ち良さそうです。
やだな、でも、やだな、と思う自分を許そう、という流れは、確かに長いし無駄が多いです。
最初から「まあいっか」と思えればそれで良いというのは、確か似そうだなあと思いました。

「親を満たそうと思うのをやめる」ということを言われました。
どんなに頑張っても、親は満たされない。
どんなに頑張っても、親がわたしを「不憫」だと思っていることや「もっと良くしよう」「成長させよう」と思っていることは、変えられない。
抵抗しても、頑張っても、苦しい。
親が満たされることはない。それを変えることはできない。他人だから。

器の外のことだから。

親が不憫だと思っていることは、どうでも良いこと。
そのことについて、抵抗しない。
説明すること、証明すること、認めていること、頑張ることをあきらめる。
説明してわかってほしいと思うことも、言われた通りに頑張ることも、同じように苦しいから、もうやめてしまう。
頑張れない自分を認める。
「これでよし」と思ったら、甘く感じました。

いつも、「トイレに行きたくなったらどうしよう」「遅刻したらどうしよう」「眠れなかったらどうしよう」「眠ってしまったらどうしよう」と漠然と不安でした。今もそうです。
でも、トイレに行きたくなったら行けばいいし、遅刻しないようにすれば良いし、遅刻したら誤れば良いし、許してもらえなかったら、それだけのことです。仕事を首になったら、どうしようも、こうしようもなくて、次の仕事を探せば良いです。

「これでよし」と思うことは、自分の状況や相手の感情を俯瞰してみられるということだそうです。
相手の言っている「常識」という戦いの場があったとしたら、そこでは相撲をとらない。影響されない。
相手の言っていることを笑い飛ばすのも、一案だけど、免れることもできる。

セラピストのエピソードの披露がありました。
「ごめん」という言葉は「ご免」という意味で、恥や罪悪感を持たす言葉ではなくて、一度、リセットする言葉。
相手が、責めているように感じているとき、「ご免」とまず言うと、相手の気持ちがわかるようになって、「責めているのではなく、わかってほしい」から、くどくど言っていることがわかってきた、ということでした。すみません、は済みません、だから、ちょっと違う、とも言っていました。

そのあと、また、クリスタルボールの演奏があって、ぼんやり横になって眠っていました。
そうして、いたら、かすかなイメージがわいて来て、「別人格だと思っていたベシーは、わたし自身だ」「彼女は何のために生まれたのだろう」「愛のため」「わたしを愛するため」「他の人に愛を与えるため」生まれて来たんだな、と感じました。
そして、別の名前で生まれたのは、わたしが言い訳をするためだったんだなあ、と思いました。
彼女が別人格だとしても、わたしが主人格です。でも、わたしは、彼女がおせっかいなことをしても、良いことをしても、逆に失敗しても、わたしじゃなく、彼女がしたくてしたことだから、と思ってきました。そう思うことで、別人格のベシーがしたいことを、自由にして来たわけです。
でも、それは、わたし自身もしたかったことで、別人格、ということを、言い訳に使って来た面もあるなあと思いました。
だから、彼女がしたいことは、わたしのしたいことでもある、わたしの中にはたくさんの人格があって、そのなかの、特に主張が強いのが「ベシー」で、でも、それを統合しているのは、「わたし」だから、彼女がして来た素晴らしいこと全部を、わたしは自分の自身にして良いんだと思いました。
そこで、自分が、して来た素晴らしいことから逃れて、卑屈でいる必要もないし、その逆に、言葉にできない不思議なことを毛嫌いして来たわたしが、その逆の世界にコミットすることの言い訳に、「ベシー」を使わなくても良い、ということを思いました。

その両方をすることが、「ベシー」を尊重することでもあるし、自分自身を尊重することでもある、と思いました。

ドルフィンスイム&ワークショップin三宅島 | フェアリース・オブ・ムーン
次は、これにいってみるかどうか、迷っています。
いけるとしたら、八月なのですが、最小人数が、5人なので、もし、ブログを見ている人で、参加したい人がいたら、参加してくれたら、実現するかも……ということで、リンクを張っておきます。
今度は、清水安樹子さんのリーディングも受けてみたいと思っています。
高いけど……。

最近、わたしの占いも、出来ることが増えてきました。
悪いものを払うこと。
悪い気持ちを払うこと。
境界を強化すること。(精神的に侵略されている人の守りを強くする)
からだの痛いところを見る、そして、和らげる。
頭の中で、うるさい声や感情がある人は、それを静かにする。
未来のアドバイス
過去のアドバイス
過去の捉え方の変え方
人間関係、転職
気持ちのこもった「もの」の処分の仕方のアドバイス(気持ちのこもったものが影響して苦しくなっている人がたくさんいます)
考え方にアドバイス
お守り作り
夢を通して、四次元の世界で、クライアントさんの関係のなにかと戦う。c71.hatenadiary.jp


わーっとなるの一級くらい

わーっとなるの道があるとしたら、わたしは一級くらい。
わーっというパニックで頭がいっぱいになる。
わーわー、騒ぐ。
なにがおかしいの?どうしたらいいの?失ってしまった、こわしてしまった、取り返しがつかない。

そう言う気持ちになる。混乱する。
今、わーっとしている。

人間関係は失敗するととりかえしがつかない。
好きな人に嫌われてしまったり、距離を置かれてしまうと悲しい。

丁寧に丁寧にしすぎても、しかたがない。
困る。悲しい。


女性的、男性的

わたしは、男性的な領域とされている思考能力に長けている。
これは測ったことだから、確かだ。平均よりも出来る。
だからこそ、言うけれど、そのことにあまり意味はない。
男性的な考え方の方が、女性的な考え方よりも優れていると言うことはない。
そして、もっというと、男性的な考え方、女性的な考え方、という分け方にも意味がない。
長い間、抽象的なことや、哲学的なこと、科学的なこと、論理的なことは、男性的な考え方の領分とされて、女性の持つ資質よりも優れているとされて来た。
そういう歴史がある。
女性は、具体的で、非科学的で、直感的で、感情的だとされて来た。
でも、それのどこが劣っているんだろう?
全然劣っていない。そして、その分け方にも意味がない。

男女には性差がある、とか、男女は別の生き物だから仕方がないとか言うけれど、男女が本当に別の生き物だったら、交配できない。そういうことを言いたいわけじゃないんだろうが、でも、しっかり反論すると、そういうことになる。わかり合えないと言う人は、男女の育て方があまりにも違っている、ということを、否定しながら結果的に肯定している。男女がわかり合えないのは、生物的に別だから、ということは、なく、他に要因を求めるならば、環境要因が異なっているからだ。

性差で男女のどちらかが優れているか劣っているか、を論じるのには本来は意味がない。しかし、意味があるのは、男性よりも女性の方が劣っていると思い込んでいる人の考えを改めるために、女性の方が、勉強に関して優れた成績を残している、とデータで示すことだ。データでしか納得できない人が存在するので、やっぱり、その研究は役に立つ。男性的な思考が優れていて、かつ、自分が男性だと信じている人は、男性的なアプローチによる、その根拠の否定しか受け入れられないからだ。

女性は、不利だ。だけど、その不利な部分が、男性には見えないらしい。だから、不利だということを示す必要がある。だが、その行為自体も忌み嫌われる。それは、男性が自分たちの地位を揺るがせられたくないからだ。

女性と男性を分けるのは、法律や、常識的に言って、外性器の有無だ。内性器ですらない。
男女が異なる、と言いたい人は、外性器が及ぼす影響を大きく見積もっているようだ。


言葉にならない

今日はケアマネさんとヘルパーさんと事業所の所長さんとでケアマネ会議をした。
新しい所長さんはとても頭が切れて優しい雰囲気の人で素敵だった。
あんなに素敵な、所長さんや、ケアマネさんでも、忘れ物をしたり、うっかりしていたりした。
でも、そのことは、彼女たちの素敵な部分を損なわなかった。

昨日はパニック発作を起こしてないてわめいて暴れた。
彼氏はなぜかそういう場面でもわたしが必要なことをしてくれる。
そういうこと、わからない人の方が多いのに、わかるらしい。謎だ。

そして、でも、パニックになったのは彼も原因なのだった。
一緒にいる時間が長くなるにつれ、わたしのフラストレーションもたまり、自分のペースで出来ないことも増えた。そして、仕事上で、問題が起き、また、服装など常識に関わることで注意されたので、とても疲れていた。

わたしが「できない」「困っている」と言ったから、彼は助言したのだった。
そして、わたしは助言されたことで、パニック発作を起こした。
できない、困っている、ということが、すなわち、助言を求めることとイコールではないのだけど、ないのだけど、という気持ち自体が、わたしの都合で、それを汲んでほしいと思うことは、やっぱり難しい。
でも、何かがどうしようもなく、欠けている人がいて、それが目に見えるものだったら、助言されることは少ないのではないか、と思ってしまう。
実際には困っていることと、助言には大きな隔たりがあって、助言よりも助力を求めている場合が多いのだけど、それを与える義理は、ほとんどの人に、ない。
それは、わかっている。わかっているのだけど、逃げ場がない。困っている、ということをそもそも口に出さなければ良いのか、と思いそうになる。でも、それを言わないのはまた違う問題を生む。

生活の形が変わってから、食生活は向上しているし、生活も規則正しくなった。家事も半分で済むようになったから、楽になった部分が大きいけれど、ものの置き場が思うようにいかなかったりするから、やっぱりしんどい。

そして、昨日は常識に関わる部分を「親の言うことを素直に聞くのが常識を知ることだ」というようなこと(違うかもしれない、動揺していたから)を言われて、言葉がなくなってしまい「いやだ」と言ったのだけど、それを「やめて」の意味でとってもれなかったので、「子どもみたい」という風に思われてもっと言われてしまったのだった。
やめて、と言えば良かったんだろう。でも、どうして、やめてほしいのか、どうして、「いやだ」という言葉でしか、表現できなかったのか、わたしには説明できない。

常識がないのはとても悲しいことだ。そして、常識通りに振る舞うことが、自分を枠に入れるようで、とても苦しくなるのも困ったことだ。自分のしたいようにしたい、そうでなければ、すごく疲れる、という感じで、中間がなく、妥協がない。社会と適応しづらい、というのはこういうことなのかと痛感する。
服装のことだけでもそうなのだ。

服装については、まだ、言葉にできるが、「なぜ、これをしないのか」「これをしたほうがよい」と言われたとき、しないでいる理由が言語化できない。
言葉にならない。
気持ちも、理由も言葉にできない。詰まってしまう。詰まった気持ちは混乱して、わたしの中で荒れ狂う。
まさか、わたしが言葉に詰まって「いやだ」と繰り返しているとは誰も思わないから、ただ、頑固に言いはっているだけだと思う。素直さがないと。だけど、実際には、わたしはどうすれば良いのかわからなくなって「いやだ」という。
自分がなくなってしまう、死んでしまう、消えてしまう、つぶされてしまう、という不安や恐怖があって、言葉にならない。

不安はいつもあって、たとえば、眠るときも、「眠ったら死んでしまうかもしれない」というときや、「眠れなかったら死んでしまうかもしれない」という時がある。躁状態のときは、眠ったら死んでしまうと不安だし、鬱状態のときは、起きたら死んでしまうかもしれないと思っている。死ぬのが怖いのか、というと、そうでもないのだけど、でも、そのときは確かに、その不安でいっぱいになっている。

過去にいろいろなことがありすぎて、誰もわたしのことを、わからないだろう、という気持ち。
それは、優越性でもなんでもなくて、誰にでも、いろんなことがあっただろう、という想像をしていないわけでもなくて、でも……、というあたりの気持ち。
他の人はPTSDにもなっていないし、フラッシュバックもない。トラウマもない。
同じ目にあっても、病気にならない人もいるだろうから、確かに「受け取り方」の問題なんだろうと思うのだけど、「前向きに」「これからのことだけを考えて」と言われると、置き忘れたわたしの傷のことを思う。

今、傷が痛むのに、これからのことを考えることなんてできない。指先に傷が出来ただけでも、人は痛みで何も考えられなくなるのに、痛みながら、痛みのことを忘れて、これからのことだけを考えられるのだろうか。
心という見えないものに関しては、痛みのことを忘れて、と人は言うけれど、でも、わたしにはできない。
そういうと、「じゃあ、何を言えば良いのかわからなくなる」と言われるのだけど。
「何も言わないで」いることはできないのか……。わたしが何も言わないでいるように、でも、そこに傷があるように、何かを言うことだけが、傷を癒すやり方ではないから、傷を癒す行為に近づきたくないのなら、最初から最後まで黙っていてほしい。傷を癒すには時間がかかるし面倒だ。わたしの混乱に付き合ってとは言えない。だから、わたしに最初から最後まで関わらないでほしいと願う。それでも関わりたいのなら、わたしの傷のことに触れないでいてほしい。わたしのそばにいて、その存在自体で、わたしが一人でないことを教えてほしい。わたしに傷があることを欠陥だとか、欠点だとか、考え方の問題だとか教えないでいてほしい。教えないで、ただ、そのまま、わたしが苦しみながら生きていることを、眺めていてほしい。

わたしには常識がない。常識が大事だと決めたのは、わたし以外の人たちだ。服装が人と違っても、実際には、それほど人に迷惑をかけないけれど、でも、やっぱり世の中では、服装は大事とされている。だから、わたしは常識の大事さがわからないけれど、常識に従わないといけないとぼんやり思う。本当には納得していない。常識の大切さや、内容、その影響、わたしはそれがわからない。そして、説明されたくない。知りたくない。教えてほしくない。
それは、わたしにとって、大切なものじゃなく、混乱し、わたしの領域を侵害するものだと思うから、最低限の関わりでいたい。だけど、常識は、わたしをほうっておかない。追いかけてくる。恐ろしいものだ。
どうしてわからないか、何がわからないか、説明できないくらいにわからない。そして、でも、自分のこだわりはある。だから、ものごとがややこしい。

わたしには教えるという能力がある。でも、その能力自体よりも服装の方が大事な場面がある。そういうとき、途方に暮れる。気持ちが落ち込む。

わたしのパニックについて、親は、「パニックを起こさないように」と言う。でも、パニックを起こさないように、言われても、パニックはある。病気にならないように、と言われても、病気になるのと同じようなことだ。誰もガンになりたくないけれど、でも、ガンになってしまうでしょう。
パニックを起こしたくて起こしているわけじゃない。それは勝手に起こる。パニックを起こすなと言われれば言われるほど、負担は増えるから、より、パニックは起きやすい。パニック発作が、いかに他の人を怖がらせるか、説明されてもどうすることもできない。わたしはパニック発作の仕組みやそのときの気持ちを説明できない。説明しようとすると、追体験してしまうからだ。

親は間違ったことを言わない。正しいことを言う。だったら、わたしの代わりにわたしの人生を生きればいい、と投げやりに思ってしまう。
そういうことじゃない、と言われるのだけど、わたしは間違ったままでいたい。
それが、わたしの形だから。
痛む傷との付き合い方や、付き合えなさや、バランスの悪さ、ダメなところ、そういう部分。

より良くなることが本当に大切かと、思う。
わたしが消えてしまうんじゃないかと思う。
わたしにはできない、というと「そんなことはないから頑張って」と言われる。
そうなのかもしれない、だけど、わたしはやっぱりできない。
頑迷だ、と言われるけれど、できないのだった。
できないことを放置してもらうわけにはいかないのだろうか。
より良く、もっと向上し続けなくてはいけないのだろうか。
わたしなりの速度とやり方で、向上しているつもりなのだし、それ以上のスピードは出せないのだけど、それで勘弁してもらえない。その努力は、助言してくれる人の目に見えない。

泣きたいことや、つらいことは、起きてしまう。もともとの傷があると、それを考え方や、なにかで、対応するのが難しくなる。もともとの傷が痛むから、それだけで、精神力が常に使われている状態だから。

だめなところは受け入れて、努力していかないといけない、というけれど、わたしは常にマックスの状態で努力している。でも、そういうことをわかってもらうことは難しい。手帳をもらってから、わたしは等級のわりに自立していると言えることができるようになったけれど、本当は、外部に認められたことじゃなくて、自分の言い分だけで認められたい。手帳だって、最初は反対された。だけど、わたしは親自身を納得させるために手帳をとった。わたしは、本当に出来ないんだよ、と、わたしの言葉だけで信じてもらえなかったから、公のお墨付きをもらったら、目に見える形で納得できるだろうと思った。悲しかった。

親は、わたしに負荷をかけることが、わたしの自立への自覚を深めることだと思っている。
だから、負荷をかける。自覚させようとする。わたしがどれだけできていないか、教えてくれる。
言ってくれる人がありがたいのだ、という。言われたくないことを言ってくれる人に感謝しないといけないという。
まだ果たしていない義務を果たせと言ってくる。わたしは義務を果たさなければならない。
そう。わたしは義務を果たす。わたしの心は遠ざかる。わたしは言葉にできない。遠ざかる理由を言葉にできない。
逃げていると思われていても、いつか、わかってくれると親が信じていても、そうじゃなくても、わたしには言葉にできなくても、確かにある気持ちの動きがある。
わたしは、これ以上負荷がかかったら、もっとパニック発作が起きる。仕事に行けなくなる。それがわかっている。
わたしは悪い。治さないといけないところがたくさんある。でも、それはわたしの能力を超えている。傷が痛む。痛みながら暮らしている。誰もわたしの傷を見ることができない。
だから、わたしの傷を信じることも出来ず、ただ、怠けていると思う。
そして、正しい言葉を投げかける。わたしはそれを受け止められない。正しい言葉は、わたしの器からあふれて流れ出す。パニック発作という形であふれていく。それが甘えだと言われても、しかたがないんだろう。甘えだろうが、なんだろうが、実際にパニック発作は存在していて、コントロールできないことも、なにも、否定できない。
それは、確かにある。わたしの心の持ちようでコントロールできると思われていても、でも、わたしにはコントロールできないし、確かにある。コントロールできるのは、発作をなるべく起こさないように、なるべくストレスから遠ざかっておくことくらいだ。
正しいことを言われたとき、なぜ、受け止められないのか、言葉にならない。だから、わかってほしいと願うことは、難しい。

でも、立派な人や、素敵な人でも、欠けている部分はあって、その人たちが、素敵なことと、欠けている部分があることは矛盾しない。
それで良い。
わたしが障害者であることと、わたしが助言されやすい立場であることは、ほぼイコールで、そして、それゆえ、助言から逃れられることもイコールだけれども、それを越えて、あるがままで、素敵な人でいられる、そういう人もいるのだと、忘れずにいたい。


傷つくミソジニスト

もし、女と男が本当に違う生物なのだったら、交配できない。

ミソジニストは、ミソジニストであると思っていない。
わたしが、彼らをそう呼び、ひとくくりにしている。
ミソジニストの特徴を備えているから。

彼らは差別者だ、と言われると傷つく。そして、わたしを攻撃する。
なかったことにするために。たぶん、きっと。

男性が女性よりも劣っていると言われたと思って傷つく。
そんなことは言っていないのに。
わたしが言ったのは、女性の方が優れていても、男性を優先的に評価する現実があることや、女性に教育機会を与えないような社会の抑圧があることだ。

でも、彼らはそれを文句や社会への攻撃ととった。
わたしの話を否定するために、「データがない」「ソースがない」と言った。
わたしがデータやソースを示すことができたとして、そうだったら、彼らはより傷つくような気がした。
彼らはわたしと現実を共有しないために、証拠を出せと言った。証拠がなかったら、現実が自分の思い通りになるとでも言うように。


選べているか

自分がそうしたいと思っていることを選ぶことは容易い。
何がしたいのかわかっているからだ。
でも、そうしたい自分になることを選ぶことは難しい。

どうして、その目標を目指すことに決めたのか。
その目標を思いつく自分になることができたのはなぜか。

「自分」は、過去の自分の総体だ。その総体が培って来た価値観で、何かを新しく選ぶ。
だけど、その過去の自分がすかすかの自分で貧しかったらどうだろう?
なにかを目指せただろうか?

わたしは今時給の高い仕事に就いている。
だが、今の職場に就けたのは偶然だ。
たまたま、新聞を取っている家庭にいて、親が、その広告を見て、わたしに勧めてくれた。
わたしは勉強ができ、子ども相手が苦痛ではなく、応募した。
応募先で、わたしの経歴を上司が気に入ってくれて、その場で採用してくれた。
情報を得たのも、そのとき、わたしが体調が良かったのも、上司がわたしを気に入ってくれたのも、偶然だ。

今の職場は競争が激しい。成績が悪かったら、仕事をもらえない。それで、やめていく人も多い。離職率が高いわけではないけれど、食べていくのが難しい人もいる。
勉強ができても、子どもに人気がなかったり、人気があっても、親受けが悪かったり、結果が出せなかったりといろいろの理由がある。勉強のできる、できないも、その人が今まで生きてきた、過程が影響している。

わたしは教育熱心な親の元で育てられただけではなく、うまれつきの資質として、勉強に向いていた。だから、勉強をした。そして、単に知識を身につけるだけでなく、勉強の世界に没頭する楽しさを知った。だから、生徒にも教えることができる。
わたしは、勉強を楽しいものだ、世界を広げることは楽しい、と思うことを選んだ。
だけど、それまでの前提は選べていない。

生まれて来たことだって、選んでいない。
暴力にあったことも選んでいない。
ハンデも選んでいない。

得をしている部分も選んでいない。

自分にある部分の中で、できること、狭い範囲で選んでいる。
それを、がんばっているとか、一生懸命やっているからだ、と思えるほど、傲慢でいられない。

わたしが書くことを、陰謀論とか、文句を付けているとか、男女の性差をなくしたがっていると思う人もいるけれど、そういう人は、わたしが書いたことで傷ついた面もあるのだろう。でも、今、傷ついた、ということは、その裏で傷つけられ続けた人もいる、ということも示している。

男女のどちらが優れているのか、わたしに決めることはできない。そして、興味もない。
飛び抜けた天才は男性に多いとか、平均的には女性の方が成績が良いとか。
その尺度自体も男性中心社会が決めたものだと思うと、それに意味があると思えない。
何をもって天才というのか、わたしは決めてない。だから、そのことに意味がない。
だけど、今あるルールの中で、一応公平に競争しているはずなのに、女性の方が成績が良くても、男性の方が優先して、採用されたり入学できたりする現状はおかしいと思う。
もともと、女性の方が、教育機会に恵まれなかったり、家庭も世の中も、それを推進していなかったり、女は賢すぎるとかわいげがないと言われたり、女の賢さはこのようなものだと示されたり、そんな中で、優秀さを示す、ということは、そもそもたいへんなことだ。
そのたいへんさが、報われず、機会も奪われている、ということは、わたしは看過できない。

男性は優秀でなくてはならない、という呪縛にとらわれているように見える。

その呪縛の息苦しさが、女性への攻撃に向いているようにも見える。

ある種の男性は、わたしが書いたものを読んで、傷ついたのだと思う。
自分が男性でいることは選べなかったのに、ということで。

でも、わたしを攻撃するかどうかは、選べたはずだ、とも思う。だが、その、攻撃するかどうか考えるような土壌を、その人が選べてきたか、というと、そうでもないのだろう。

男性中心社会のゆがみの責を、「母」に負わせた者もいる。そのように育てたのは、母だろうということだ。
でも、「母」になる人も「女」で、その人は今よりも強い抑圧の中で、世の中に適応しろと迫られて来て、生き延びるために、そうして来たのだ。

自己表現をすることができないから、子どもに夢を託す、ということは、今では正しくないと感じる人が多いが、当時はそうではなかった。今だって、男の夢を支える女が素晴らしいというではないか。男が去ったとき、何も残らないのに。
子どもは去っていかないと、みんな夢見ていたから。

ミソジニストは、わたしが文句を言っていると、思う。
そして、わたしを攻撃する。
また、自分がこうなったのは、母のせい、だとか、フェミニストがなんとかしろ、とか、言う。
彼らは自分が選んで来たとは思っていない。
しかし、同じ口で、自分で選んだことだろう、と他者のことを責める。
自分で選んだことを頑張るのは素晴らしい。
だけど、その前提条件で、それしか選べないように、選択肢を狭められている人たちがいる。
選べなかった場所を、「頑張れなかったからだ」と責められることはつらい。
悲しい。

ミソジニストだって、選んで来ていなかった。
わたしだって、全部を選べていない。
誰も、選べていない。
選べているつもりでいるだけだ。
だから、せめて、出来る範囲では、公平にあってほしい。
公平そのものが、危ういけれど、でも、せめて目に入るわかりやすい基準だけでも。
そして、選んだことや、選べなかったことで、差別するのはやめてほしい。
やめたい。そう思う。


頑張っているか、優れているか

頑張っているか、優れているか、で、自分のことや他人のことを裁くときりがない。

頭が良い、ってどういうこと?早く考えられること?発想が豊かなこと?記憶力が良いこと?
わたしは疑問を思いつくことだと思っているけれど、他の人にとっては違うだろう。

頑張っているってどんなこと?努力すること?うまくいくための筋道を考えてその通りにすること?時間をかけること?それも人によって違うだろう。

文句を付けるな、頑張っている人が価値がある、優れた人に価値がある、というけれど、尺度は誰が決めたのだろう。
みんな?誰?

今、たまたま世の中にとって都合の良いものを優れたものと決めている。
場所によっても環境によっても年代によっても違う。
料理がうまい人は優れているし、愛情を持って人に接する人は優れているし、分析力が優れている人もいるだろう。でも、料理はうまいけれど掃除は下手とか、愛情はあるけれど、観察力がないからちぐはぐな対応しかできない人とか、分析力は優れているけれど、伝えるのが下手だから役に立たない、とかもよくある。

たとえば、わたしが文章を書いていることについてだけ絞っても、さまざまな意見が寄せられる。データがないとか、説得力がないとか、文句を付けているとか、前向きじゃないとか、関係性を向上させる気がないのだとか、わかってほしいならもっとするべきことがあるだろう、とか。

わたしの考えているところや求めていることは、それらの意見のどこにもないのだけど。
だからそういわれても対応しない。たまたま、理解できる人が読んで理解できたら得だろうな、と思うし、そうじゃない人にとっては、読むだけ時間のむだだったのだから、残念だったね、と思う。

(それに、わたしの言っていることなんてありふれているから、探せば必要な情報は探せると思うんだけど、わたしが全部用意するべきだ、と思う人もいるみたいね。あと、データを提示しても、データを読めない人多いんじゃないかなあ。技術としてね。そしたら、データ提示して、データの読み方の解説まで書かないといけなくなるし、そうすると、私の仕事が多くなりすぎる。
中学生教えているけど義務教育で資料の読み取りすることになっても、でもまだ難しいし、今の高校生以上の年齢の人はデータの読み取りの基本を義務教育高校ではきちんとやってない人の方が多いだろうから、ほんとに提示しても読めるんかなという疑問がある)

でも、わたしは自分の気が向くから書いているのであって、頑張ってもいない。どうして、わたしが文章を書いているのか、わからない人にはわからないだろう。そういう人にとっては、わたしの文章は有用ではない。そういう意味で、その人にとって、わたしの文章は優れていない。でも役に立つと感じる人に採っては優れていると感じるだろう。

文章を書く、というひとつの分野に限っても、そうなのだから、人間丸ごとを、優れているとか劣っているとか、考えるのは無駄だ。自分が優れているとも思っていない。いや、まあ、優れている部分もある。そう思ってる。たいていの人はそうじゃないかな。優れている部分と劣っている部分もあって、全体ではほどほどかな、と思ってるんじゃないかな。

ほんとのところは、わからない。誰と比べるのかもわからないし。

常識がないとか、理屈で話しすぎるから、感情がないとか言われたこともある。まあ、実際には、感情普通にあるんだけど、他の人に読み取りやすい感情の出し方じゃなかったりする。その一方で、場面によっては出しすぎているから、ひどく感情的な人だと思われることもある。
人によって評価が違う。だから、自分が劣っているのか、優れているのかわからない。わからないことを考えても無駄だ。基準が、ないから。

勤勉な人が優れている時代もあるし、勉強ができれば評価される時代もあるし、労働ができる人が優れている時代もある。

文句言わずに頑張れ、という人ももちろんいる。
でも、頑張っても報われないような属性を持っていて、その属性のせいで、どれだけ頑張っても評価されない、ってことになると困るし、生存を脅かされる場合もある。
そして、わたしはわたしの立場でしか、ものをいえないから、こういう風に言う。
そして、差別される側には見える差別は、差別する側には見えない。感知できない。
だから、こうして書くのだけど、そのこと自体を文句つけるな、という申し出の通りに振る舞えば、差別する側は永遠に、差別を感知できない。

差別、被差別構造は、世の中を回すために、便利だという側面がある。考えなくて済む仕組みだから。特権階級にとっては、良いことしかないし。特権階級、といっても、ぴんとこないだろうけど。特権を持っているというだけで、差別のことは考えなくて良い。そのことだけでも特権だから。今まで差別のことを考えずに済んだ人は、恵まれている。努力すれば、報われると思っていたり。

だけど、社会、というものが、人間という生物の多様性を保持することによって、さまざまな環境の変化に対応できるようにする、というものであって、社会というものを作ることによって、環境に適応して人間が今まで生存して来たことを思うと、差別、被差別構造、ってそこまでいつまでも大事にするのは、非合理的だなと思う。もちろん、非合理的なことが悪いわけでは決してないのだけど、差別される側にとっては、やはり悲しいことだし、損失だから、社会全体としては、あまり良いことではない。

社会は、ある状況下で弱いものだったとしても、他の状況下では強い場合もあって、その個体個体の生存はともかく、種を繋ぐ上で、多様性を保持することが、有効だったから発生したんだと思ってる。
たとえば、からだが弱いけど頭がいい、というのは、環境が荒々しいときには、役に立たない個体だけど、そうじゃないときには、便利に行きていけるだろう。
頭も悪いしからだも弱いけど、感情を読み取るのに優れている、という人もいるだろう。それも役に立つ場面があるだろう。勘が良いというか。(頭が良い悪い、という尺度もないのに、雑な話をして恐縮だけど)

そういうわけで、事前にどのような環境変化が起きるかわからないために、適応手段のひとつとして、社会を維持することをたまたま選んだ種が人間だとわたしは思ってる。そして、頑張ってなくて劣っていて優れていない人間も必要だということが社会の意味だと思う。
だから、文句を言わずに頑張れ、というのは、大事なことかもしれないが、あほらしくもある。頑張って報われる方向も社会が決めたことだから。そして、報われるかどうかも、社会が決めることだから。ルールも採点も、社会で権力を持っているひとが決めて、属性を見てその結果を変えるのだから、努力だけでわたっていけるほど、合理的に世の中出来てないなあと思う。そして、わたしは、考えることが好きで、文章を書いてる。
そういう役に立たない人間がいても良いと思うし、いても良い、というか、既にいるし、災害や事故や病気で死ぬとか、誰かがわたしを殺しにこない限り、やっぱり、存在する。ので、今日の文章も存在する。