障害者手帳をもらいました

いよいよ障害者手帳をもらいました。

もらう手続きは簡単だ。

まず、役所で、申請書をもらう。
病院で、診断書を書いてもらう。
申請書の名前と住所の欄を埋めて、印鑑を押して、提出する。
認められるのを待つ。
手紙が来るので、印鑑を持っていく。それだけ。

簡単だ。
障害者手帳を初めて手にして、「いよいよ障害者なのだ」と思った。
別に震えたりも泣いたりもしなかった。けど、ショックのような動揺はあった。
恥ずかしい気持ちもあったし、取り返しがつかないような何かに足を踏み入れたような気がした。
でも、それは「自分の中にほのかにある差別意識なのだな」と自覚したら消えた。
あとは、提示するためには持ち歩くのがめんどくさいという気持ちだけが残った。

障害者手帳をもらっても、別にあまり変わったりはしない。
すごく便利になるわけでもない。
でも、障害があるせいで、思い切り働いたりはできない、足かせのような部分の、ちょっとしたことは助けてもらえる。
税金が少し安くなったり、交通機関が少し割り引かれたりする。
でも、それだけと言えばそれだけ。
それで十分じゃんと言えば十分。
でも、手帳があっても、障害が打ち消されるような魔法はなかったのだった。

なんとなく、障害者手帳が手に入ったら、障害がなくなるような気がしていた。
そのくらい楽になるのかなって漠然と思ってた。
でも、当たり前だけど魔法はなかった。

それにびっくりした。
びっくりした自分にもびっくりした。


話がすごく飛ぶことを枕にして、病名にこだわることは意味はないということを説明します

わたしは、話がすぐ飛ぶ。
ブログという短い文章を書いているだけなのに、途中で題名とは全く違うことを書いてしまう。

それは、精神病だからなのか、健常でももともとそうなのか、よくわからない。
そういうふうに、病気と、自分の癖を結びつけて考えてしまう癖がついている。

医師には、病気だということをあまり考えないようにと言われている。
病名も告知されていない。

それは、病名がわかっていることで、病気が良くなるかというと、それは、別に良くならないからだそうだ。
それは、よくわかる。
精神病をやっていると、病名にこだわりたくなってしまう。
でも、それは、破滅への道だという感じがひしひしとする。

一番いいのは、自分の状態をわかっていて、それを助ける薬を飲むことに集中することだ。
それから、その状態が起きる原因を取り除けばいい。

その過程には、病名は必要ない。
必要なことを、必要なだけ、たんたんとするだけなので、そこには、かわいそうなこともなければ、楽しいこともない。経験は増えて、興味深いことは時々増える。


躁状態が頂点に

躁状態が頂点にあるので、話をリニアに進められない。

今日の幸せ度は、70%くらい。
それは、生徒の成績が少し上がったこと、テストに対して前向きになって「テストが楽しみになった」と言ってくれたこと、「いい先生にあたってよかった」といってもらえたことがとても嬉しかった。
テストができなくても、一生懸命解く姿勢が身に付いたこと、勉強が面白いと思ってもらえたこと、わたしに慣れてもらえたことは、今回の大きな収穫だ。

それと、月が満月できれいだったこと、お風呂がとても気持ちよかったことが幸せ度が高かった。

話が全然変わるけれど、ハンガーラッククローゼットが壊れた。
こういう封に興奮して話が急に変わるのも、躁状態の特徴だ。
それでも、そういう支離滅裂なところは止められないのでそのまま書くと、ハンガーラッククローゼットが崩壊したので、買う必要があった。
でも、買いにいく足がないので、ネットで見ることにした。
欲しいものの名前がわからないので、一生懸命探した。
探しているうちに三時間経ってしまった。
そうこうしているうちに、欲しいものが山ほど出てきた。
服も欲しいし、化粧品も欲しいし…。

ハンガーラッククローゼットの名前がわかった。
それから、値段が7900円の商品と、16000円の商品が見つかった。
どちらがいいのかわからなくなった。

クローゼットが崩壊したことで、丈夫な商品が欲しいと思う。見た目も高価な方がかわいい。高価な方が高さもあって、幅は変わらないけど容量も多そうだ。
とても不安になる。
だから、ほとんど16000円の商品を買おうかと思っているのだけど、それで正しいのかがわからない。
分不相応な気もしている。

欲しくなった洋服を、ひとそろいネットでそのまま買ってしまおうかとも思う。
鬱状態のときは洋服なんて欲しくない、お金を貯めたいとばかり思うのに。
鬱状態のときは、食べ物に対するこだわりが強くなって、旬の果物を大量に食べようとしたりする。だから、食費がすごくかさむ。
今は、食費は一日500円くらいで済む。
そのかわり、化粧品だとか、そのときにはまったものをいくつもいくつも買ってしまう。
だから、躁状態だと自覚できたら、買い物を三日だけやめて、鬱状態の季節が始まるのを待つのがいいと入院のときに習った。
それをしようと思う。

文章を書くと、自分が躁状態にあるのか、鬱状態にあるのかが、わかりやすくてよいと今日気がついた。
躁状態が頂点にあるということは、明日から少しずつ落ち着いてくるだろう。
そのときに、買い物をしても遅くはない。
だから、落ち着こうと思う。
今日は、本当に、話が支離滅裂だ。
そういうところが病気なのだと思う。


躁状態が頂点に

今日の幸せ度は、70%くらい。
それは、生徒の成績が少し上がったこと、テストに対して前向きになって「テストが楽しみになった」と言ってくれたこと、「いい先生にあたってよかった」といってもらえたことがとても嬉しかった。
テストができなくても、一生懸命解く姿勢が身に付いたこと、勉強が面白いと思ってもらえたこと、わたしに慣れてもらえたことは、今回の大きな収穫だ。

それと、月が満月できれいだったこと、お風呂がとても気持ちよかったことが幸せ度が高かった。

話が全然変わるけれど、ハンガーラッククローゼットが壊れた。
こういう封に興奮して話が急に変わるのも、躁状態の特徴だ。
それでも、そういう支離滅裂なところは止められないのでそのまま書くと、ハンガーラッククローゼットが崩壊したので、買う必要があった。
でも、買いにいく足がないので、ネットで見ることにした。
欲しいものの名前がわからないので、一生懸命探した。
探しているうちに三時間経ってしまった。
そうこうしているうちに、欲しいものが山ほど出てきた。
服も欲しいし、化粧品も欲しいし…。

ハンガーラッククローゼットの名前がわかった。
それから、値段が7900円の商品と、16000円の商品が見つかった。
どちらがいいのかわからなくなった。

クローゼットが崩壊したことで、丈夫な商品が欲しいと思う。見た目も高価な方がかわいい。高価な方が高さもあって、幅は変わらないけど容量も多そうだ。
とても不安になる。
だから、ほとんど16000円の商品を買おうかと思っているのだけど、それで正しいのかがわからない。
分不相応な気もしている。

欲しくなった洋服を、ひとそろいネットでそのまま買ってしまおうかとも思う。
鬱状態のときは洋服なんて欲しくない、お金を貯めたいとばかり思うのに。
鬱状態のときは、食べ物に対するこだわりが強くなって、旬の果物を大量に食べようとしたりする。だから、食費がすごくかさむ。
今は、食費は一日500円くらいで済む。
そのかわり、化粧品だとか、そのときにはまったものをいくつもいくつも買ってしまう。
だから、躁状態だと自覚できたら、買い物を三日だけやめて、鬱状態の季節が始まるのを待つのがいいと入院のときに習った。
それをしようと思う。

文章を書くと、自分が躁状態にあるのか、鬱状態にあるのかが、わかりやすくてよいと今日気がついた。
躁状態が頂点にあるということは、明日から少しずつ落ち着いてくるだろう。
そのときに、買い物をしても遅くはない。
だから、落ち着こうと思う。


大企業入っていたら仕事辞めなかったと思う

これには二つの意味があって、大企業に入っていたら、多少無理をしてでも、辞めなかっただろうなと思う。
でも、そうしたら、今の仕事に出会うこともなかっただろうなと思う。
それは、残念だなと思う。

今日、生徒さんの点数が二十点も上がったので、自分のことよりも嬉しかった。
人の役に立つのって、アドレナリンがどばどばでる。

仕事を辞めたからあった出会いもあるし、仕事を続けられる環境で出会える楽しさもあるだろうなと思う。

今の仕事の良いところは、成果がすぐに出るし、反応はすぐわかるし、やりがいはあるし、生徒さんの話が面白いし、歯車ってこともないのがすごく良い。

でも、新卒でこの仕事に就こうとは思わなかったと思うし、就くべきじゃないとも思う。
お給料は安定していないし、これから先のことも不安定だ。
でも、手に職系の仕事ではある。経験を積んで、評判が良くなれば、生きていけるだろう。
だんだん、楽観的に物事が考えられるようになってきた。
良い方に回るようになってきた。
思いがけない出会いが何度もあって、だんだんそういうことに期待できるようになった。
今までは、悪いことが起きる方向にだけ、考えていたから。


躁状態がやってきた!

昨日からうすうすそうじゃないかと思っていたのですが、躁状態がやってきていました。

まあ、気づいていなかったのです。
いい気になって、「ファンデーション 比較 マキアージュ コフレドール エスクリープ」 みたいなことをしていたんです。
(ふんわり毛穴とシミを隠したいんですよね…誰でもそうか)
そこで、尋常じゃないことに気づいたのです。わたしはもともと面倒くさがりで、メイクをあまりしないので。

わたしは鬱状態と躁状態を交互に繰り返します。

でも、自分でいつ切り替わるのかを把握するのが苦手です。
目下の目標として、自分が鬱状態にあるのか、躁状態にあるのかを知ることが、精神病患者の修行の第一歩です。

それには、躁状態と鬱状態の行動の違いを把握して、自分が今どちらの行動をとるのかをチェックする必要があります。

鬱状態のときの方が過食に走ります。今はあまり食べません。
鬱状態のときはあまり買い物もしないし、家でじっとしていることが多いです。
わたしは今、買い物が楽しくて仕方ないです。メイクにおしゃれにスキンケアに、何をしても楽しい状態です。
いろいろなことがキラキラして感じられるし、景色も美しいし、お茶もおいしいです。

ここまで書くと、なんだか良さそうですね。

でも、良くない面もあります。

お買い物をしたい衝動が始まると、それをコントロールできないので、お金がぐんぐん減ります。
鬱状態は必ず、来るべくしてくるのですが、躁状態のときに使ったエネルギーが激しいほど、鬱状態では、空になった電池を充電するのにかかる時間が多くなるように、鬱状態がひどくなります。

そうすると、鬱状態がなく、躁状態がずっと続けばいいとも思いそうですね。
ところが、これは、薬を決めた状態と似たようなもので(やったことはないですが、たぶんということで)、何かにはまってしまうと、それをやめたくても、止まらない状態になってしまうので、それはそれで苦しいのでした。

前はまっていたのは、健康的なダイエットです。
ひたすら日課に忠実に、例外を逃さず、きちんとした分量の食事をし、毎日のストレットを欠かさない。無理な運動も無理な食事制限もしないという、一見理想的なダイエットにはまりました。
結果、リバウンドもなく12キロやせました。リバウンドも三キロくらいでした。

なにがだめだったかというと、わたしは、「目標達成をしたい」という欲をコントロールできなかったのですね。
それで、怠けたいという欲求を無視してしまったのです。

わたしは、ダイエットがつらくなって、どうしたらいいかわからないときに、「めんどくさい」といってやめることができなかったのですね。
わたしは、そういうところが、自分で病気だと思っています。
やめたいし、嫌になっている死で、休憩したいのに、休憩することができない、というのも、自分をコントロールできていないということだと思います。
目標を立てて、それに忠実に従うことも、自分をコントロールすることですが、適宜休みを入れることも、目標を達成したいという、欲病をコントロールする上で大事なのでした。

なので、やはり、躁状態もあまり良い状態ではないので、しばらくほわほわしながら要観察なのでした。

ブログを頻繁に更新して、メイクものをちょこちょこ買うくらいだと良いなあ。


春メイク

 www.kose.co.jp 
http://www.kose.co.jp/jp/ja/products/brand/fasio/sp/catalog/lip.html
http://www.kose.co.jp/jp/ja/products/brand/fasio/sp/catalog/lip.html

これのエアリーステイ ルージュのオレンジを買いました。

オレンジ初挑戦!
うひゃひゃひゃ。うれしい。1000円で買える幸福よ。なんていうことだろう。
洋服は場所もとるけど、メイク用品は場所をとらないでな。無駄遣いだけどな。

フルプランプ リップエッセンスこれもほしー。

でも、今、シュウウエムラのサクラ キャンディというグロスが残っているから、代用できてしまう。これは、リピする予定。
これがすごくいいのはほのかなピンクで、透明として使えるし、時間がないときにさっと塗っても、ほんのり唇が明るくなるし、はみ出してもギラギラしないところがいいです。いつも、口紅を塗って、高いところに、ちょっとのせます。

あとはー、
http://esprique.com/item/lip02.html
これのOR270
唇につけると、オレンジというよりもサーモンピンクな発色なの。プリチー。明るいの。それにおばさんくさくないの。

ファシオを塗ってから、これを塗ると、すごく発色がきれー。春って感じ。
あと、ガーリーな、ピンクが欲しい。
ほしいけど、今までずっとピンクだったのよな。どうせなら違うメーカーの試してみたい気もするし。
わたしは固めの口紅が好きなので、ファシオの固さと伸びの良さは気に入りました!
もう一本ピンクかおっかなー。テヘ☆ミ

あと買ったのは、アイメイク。
本当はKATEのゴールド系と迷ったんだけど、資生堂とファシオにしました。
何も調べてなかったけど、今の春はピンクメイク流行なのね。やった!

http://www.shiseido.co.jp/sw/products/SWFG070410.seam?online_shohin_ctlg_kbn=1&shohin_pl_c_cd=063601
レインボーグラデアイズのPK204を買いました。
これでピンクメイクができますよ。

あと、これもファシオなんだけど、
スポーツビューティー ムーンぶりリアンスアイズBL−3を買いました。

これはちょっと難しくて、目がきつい感じになってしまう。
目を大きくしたいと思って、淡いやつばっかりじゃなーと思ってブルー系にチャレンジ(今年は性格が明るくて、攻める気持ちになってる)したのだが、目の周りが暗い人みたいになっている。
父親にメイクが濃いと言われて大きなお世話ダッピー。ぐっぴーん。でも、これは、入れ物が本当に美しい。

あと、ゴールド系のアイシャドウが欲しいけど、夏になればまた出てくるだろうから、ちょっと待とうかなーと思いまする。


母を恨んで

母がおかしいのは、わかっていた。

けど、「世間体を気にする人だ」とわかった瞬間、「ウォーター」という感じになった。
知っていたことよりもさらに深いところを知ったという感じ。

母は、「わたしは世間体なんて気にしないのよ」といつもいっていた。そして、近所に苦情を言うなど、もしくは、人の悪口を言うなどの汚い仕事はわたしごしに行うという習性があった。
あまりに嫌すぎて、考えるのが面倒になって、というより、いうことを聞くまで繰り返し繰り返し繰り返し、同じ話が延々と延々と続くので「自分さえ我慢してこれを乗り越えれば終わるはず」と思って自らの手を汚し、言うことを聞くというパターンができていた。

ウォーターの瞬間のときは「そうか、二度と会わないところにいけばいいんだ」と気づいた。頭がスコーンと抜けたような感じがした。耳に入っていた水が抜けたときみたいな感じを百倍にしたようなすっきり感。目がはっきり見えた感じ。
そのあと、ノータイムで、母に対するどうしようもない怒りが、恨みが、火山みたいに噴火して、どろどろーと出てきて、自我が壊れそうになった。

わたしの今までの人生どうしてくれる!という感じになった。

それでいて、途方に暮れた。

今まではこうしたら正しいということを言っていた母親と離れて「正しくないこと」をしてしまったら、取り返しのつかないことになるんじゃないか、という不安に取り付かれていた。

失敗は今までもたくさんしてきたし、そのどれもがなんとかなることだったのに「誰にも何も言われず、人知れず、失敗する」ということは未経験だったからだ。

でも、それも圧倒的な怒りがなんとかしてくれた。

最初は百円の買い物をするのにも、罪悪感がひどくて、何時間も悩んで、疲れきって一日寝込むということもあった。
その合間に怒りがどっかんどっかん出てきた感じだった。

わたしは、母親が本当はしたい反社会的なことを、わたしにさせておいて「にやにや」している感じのことを思い出せば、そんなことは全然乗り越えられる感じだった。

不安と、怒りでいつもぐらぐらしていて、今までの人生を悼む悲しみが強すぎて、「殺してやるしかない」と思った。
入院している間は、母親のことばかり言っていた。
しかも、「この年になってお母さんのことばかり言っている自分」というのもわかっていたので、そういう自分がさらに嫌いになった。

その状態は絶対終わらないと確信できるくらい、怒りのパワーは強かった。

今は、「会ってやってもいいかな」と少し思うけど、そのすぐ後で、「うわああ、やっぱいやだ」となり、湿疹が出てくるので、やっぱり無理だし、したくないし、こういう風に、母のことを考えるのもできればやめたいくらいだし、会いたくない気持ちは変わらない。

けど、怒りのパワー自体は減らなくて、そのパワーが生活再建の方に向かいつつあるのを感じる。
忘れていっている自分がいる。
それは正常なことで、本当に喜ばしい。
でも、忘れる前に、書き記したいことがあることも確かだ。

家を出るまで、赤ちゃん言葉で話しかけられたこと。
就職することを辞めろと止められていたこと(ニート強要)。
友達奪い取られ事件。
下着の自由がなかったこと。ブラジャーを買ってもらえなかったこと(お年玉をためて買った。お小遣いはなかった)。
常に人の悪口を言われていたこと。
体にやたらべたべた触られていたこと、など。
母に抵抗すると「反抗期」といって節をつけて歌われたこと。
なんの前触れもなく、いきなり怒鳴ること。
わたしが泣き始めると、気違いといい、家中の窓を閉めはじめ、ばたばたと足音をわざとたてること。
気に入らないことがあると、風呂にも入らず、三日間部屋に閉じこもって、会話をしないこと。
何か怒っていて、誤っても許してもらえず、怒っている理由を言ってこないで、コントロールしていたこと。
そして、正解を言い始めると、演技がかかって、いきなり、怒鳴り始めること。

そのとき、わたしがどんな気持ちだったのか、みるみるうちに忘れていっている。
それは、とても正常なことだ。
だけど、どこかに書いておきたい気持ちもあるので、書いてみた。


サービス残業と精神病

わたしは、サービス残業をして精神を病んだわけじゃないけど、思いついたことがあるので書く。

仕事を辞めてから、すごく楽になった。それは、仕事をしていないからじゃなくて、新しい仕事に就いてからも変わらない。
新しい仕事は、福利厚生が全くないものの、サービス残業がない。
営業活動が多少あるが、営業がうまく行けば、自分のお金になる。

サービス残業をしているとき、仕事がいやでいやで仕方がなかった。
上司もサービス残業をしているのだが、理不尽に感じて、上司が尊敬できず、できない仕事がますますできなかった。
仕事の不出来が、そんなことに左右されてはいけないと思うが、良い上司だったのに、尊敬ができなかった。
尊敬ができないと、仕事の指示を受けるのも、なんとなく、だらっとしてしまった。
サービス残業をすると、定時内の仕事にすらやる気がなくなる。どうせ帰れないんだしと思う。
帰れないし、残業代は出ないし、やる気は出ないし、いてもいなくても変わらないし、と思うと、頭がごちゃごちゃして、一生懸命仕事をするという感じになれなかった。

(だから、いつも空気を読まずに、仕事が終わらなくても帰っていた。どうせ、仕事の終わりがはっきりわかるような仕事はしていなかったし)

わたしが特段だめなせいもあると思うけど、わたしのように感じる人もいなくもないと思う。
悪い会社ではなかったし、いろいろと教育も受けさせてもらえたけど、サービス残業がとても嫌だった。

精神病にならなかったら、仕事は、嫌だなあと思いながら続けたと思う。

わたしの考えでは、たとえ先細りの分野でも、会社にしがみつくのは、とてもいいと思う。金属が長ければ、再就職もうまくいきやすい。大企業なら、その名前だけで転職もできる。だから、ぎりぎりまで、持ちこたえられるのだったら、たとえ、リストラされるまで、仕事をしていればいいじゃないかと思う。

でも、わたしは精神病を患って、仕事を辞めなくては行けなかった。
それで、仕方なく就いた仕事が、案外悪くなかった。
続けてみたわけじゃないから、わからないけど、今のところ、楽しい。
サービス残業がないのも良い。

サービス残業は、人の命を奪うこともある、重大な犯罪だ。
実際に多くの人が毎年亡くなっている。
サービス残業の恐ろしいところは、サービス残業が横行している会社では、なるべく早く帰すというモチベーションがないため、社員が無制限に会社に拘束されてしまう。
お金を払う会社なら、なるべく残業させないことの方が会社にとってお得だし、残業代を払わないリスクよりも払ってしまった方がお得度が高い。
サービス残業をすると、精神を煩ってしまうことが多いのは、まず、時間の拘束性が高いことがもちろんあって、その次に、サービス残業をさせるような環境しか用意できない会社であることが、労働環境として劣悪なのだと思う。
それに次いで、サービス残業という理不尽な目に遭っていることで、毎日、心が削られていくことも、小さなことではあるようだけど、見逃せないことだと思う。

だから、向いてないことや、苦労に感じること、嫌なことは、辞めてしまってから、なんとかなることもあるんだと思った。
なんとかならなかったらどうするんだと思って、きりきりするよりも、「そのときの自分がなんとかするよ」と思って、おくのも良い。
わたしは精神病を患って、サービス残業のある会社を辞めた。新しい仕事も、福利厚生の面では、全く何の保証もないし、病気になったときどうするんだという感じもあるけれど、それはそれ、これはこれである。


フラッシュバックについて

近頃は、嘘のようにフラッシュバックが起きなくなった。

夜も眠れるし、思い出さない。

夏頃には、毎日三回くらいフラッシュバックが起きていたので、一生こんな風だったらどうしようかと思ったものだった。

フラッシュバックが生活のほとんどを占めていて、自分のことをする時間もなかった。

だから、事件のことを恨んだし、犯人を呪ったし、何もかもが憎くて、苦しみの固まりだった。

フラッシュバック自体もつらかったけれど、それによって興奮していた。毛が逆立った猫のようだった。興奮し続けていたので、疲労していたのに、休めなかった。だから、いつも、ぐったりしていた。戦いながらぐったりしていた。

フラッシュバックが起きると、視力がとても落ちる。瞳孔が開いてしまうせいだ。だから、いつも、何もかもが見えづらかった。それも、もう解消した。
人と会うのも話すのも、信じられないくらい、だるくて、自分と事件を切り離して考えることができないから、無理矢理頭の中で切り替えていた。それにパワーのほとんどをとられていたので、溺れそうだった。だから、人と会うと、いつも疲れていた。

だけど、一人でいると良いかというとそうでもなかった。

暗いところが怖かったし、雨が怖かった。曇りの日が怖かった。日陰が怖かった。太陽光が怖かったし、湿った空気も怖かった。
事件を連想させるような物音には震え上がったし、入院してからも、近づけない一角というのは存在していた。
男性が恐ろしすぎた。怒鳴り声には硬直したり、座り込んだり、泣き叫んだりした。
入院中、言い寄られたときには、拒絶できなくて、触られるがままになった。

身を守ることができなくて、恐ろしい状態だった。

永遠に終わることがないと思っていた。

それでも、気がつかないうちに、頻度が減っていった。

一番良かったのは、仕事に就いたことだったと思う。
しかも、仕事が少しずつ増えていったこと、拘束時間が少なかったことも、幸いしていたと思う。
時期もちょうど良かった。
これが、正社員になっていたら、と思うと不安になるけれど、うまくやれた可能性もある。
やれなかった可能性もある。
それはやってみないとわからない。
(母親だったら、やってみてだめだったら良くないから養生しろと言っただろうと思う。それとも、なるなら、正社員になれと言ったかもしれない。そのへんはよくわからない。でも、今は、自分の意志で決められる。ポイントは、どちらの選択が良かったかじゃなくて、自分で決めた結果に満足しているということだったと思う。こういう風に、わたしが、今でも母親のことを考えてしまうところが、病気っぽいところだとも思う。離れていても、こんなに考えてしまうのだから、一緒にいるときは、自分が塗りつぶされていたと思う。自分のことがおぞましく思えるが、そこまで思わなくて良いとも思う)

わたしは仕事を辞めてから、することがなくなり、唐突なようだけど、水商売や風俗をすることも考えた。
仕事については、本当に思い詰めていた。
病気になると、唐突に思い詰めて、変な行動力がわく。
水商売をしている人が、施設にいたので、その人の話を聞いた。
その人はチーママで、お店を選ぶときのポイントや、面接のときの話をしてくれた。
明るい子が良いとは限らず、そのとき、癒す担当や、話を聞くのがうまい子、暗く見えても魅力がある子が欲しい場合もあるから、面接に行くいいよと進めてくれた。
逆に、年齢層が高いスナックで、あまりテンションが高くてもミスマッチだから、お店の雰囲気を見ればいいなどとアドバイスしてくれた。
キャバクラは向いてないし、お店の格も高くないし、給料もそんなに良くないから、スナックがいいよと教えてくれた。
スナックなら、お店の方針によって、女の子がお酒が飲めなくても雇ってくれるお店もあるとのことだった。ウーロンハイと誤摩化してウーロン茶を飲んでもいいと言っていた。

それも人と関わる仕事だから、悪くなかったと思う。
(ただし、アルコールに弱いとか、皮膚が弱いとか、男性が怖いとか、根本的な問題があった。だから、やっても、ストレスが多くて、仕事に救われるということはなかったと思う)

わたしのような境遇の人は、お金のこともあるだろうけど、わたしのような理由で、水商売や風俗に入る人は多いのだろうなと思った。
フラッシュバックがひどいと、事務作業や、座っている仕事、パソコンを使う仕事や、書類仕事がパニックになってだめになるのだ。
そして、人と関わる仕事は、なにか、自分を助けるようなところがある。
わたしは今まで接客をやったことがなかったので、今回のことで、それを初めて知った。

わたしは、たまたま、子どもを相手にする仕事をしているけれど、提供しているものは、重なる部分も多いと思う。
相手がほしがっているものを売るのだ。
それを臨機応変にするためには、心を使う。
心を使うとフラッシュバックが減るような感じがある。
フラッシュバックをなくすために一番役に立ったのは、時間と、安心できる場所だった。そして、薬が効いた。
薬が効いたので、わたしの体調の悪さがましになり、体調の悪さがましになることで、負の考え方を、肉体的な強さが超えることができた。
負の考え方が、少しずつ減って、毎日を過ごすうちに、生き方が変わった。
生き方が変わってから、生活習慣が変わり、昔を思い出すために使う時間が減っていった。
そして、フラッシュバックが減った。