気分障害は厄介だ、突然死にたくなる

今日はとても楽しかった。
楽しい気分でいた。お香を焚こうと思ってライターに手を伸ばしたら、「死にたい」という気分になった。
それは、まったく何の脈絡もなかった。
こういうときは「死にたい気分」とわたしの人格は切り離せる。
あんまり脈絡がないから、わかりやすい。
でも、何か出来事があり、動揺している隙に、忍び寄る感情に対して無防備な場合があり、そういうときには、気分と自分を切り離すのに苦労する。
さっきは、突然の死にたさ、悲しみに押し流されることはなくて、そういう人がやってきたから、追い返すこともできないけど、入ればいい、でも相手はしない、という対応ができた。

いつもそうだといいんだけどね。

気分障害というのは、そういう病気で、厄介だ。
自分で自分をコントロールできない。気分がやってきて、わたしをめちゃくちゃにする。
気分の力は強い。気分がわたしをどうにかしている間、自分が人形になったような気がする。
でも、乖離するのも、危険が多いから、気分をごまかしながら、自分のしたいこと、本当の気持ちを探ることを続けないといけない。
気分障害がなかったら、こんなことしなくてもすむから、楽だろうな、と思うけれど、気分障害じゃない人は、楽だということも気が付かないだろう。だって、困ってないからね。


お金の支配

父が出て行ったあと、婚姻費用も養育費ももらっていたから、金銭的には困っていなかったはずだが、お金に関して常に重苦しい気持ちでいた。

母は家にいて、わたしたちを監視するような子育てに没頭していた。
そのころあった新興宗教やコミューンの名前とほとんど遭遇していた。だから、今でも、自然食品とか、健康のために何とかというのは、苦手意識がある。新興宗教に入ることもなかったし、コミューンに入ることも、運良くなかったけれど、それによる被害はあった。

自分たちに愛情のない人が払っているお金で暮らすというのは、精神的につらいもので、物理的な制約はなくとも、一緒に暮らしていた時から気分屋だった人の気分を損ねたらどうなるのかと思うと、たまに会うことも矯正のように感じられ、逆らうこともできなかった。いわゆる面会交流のようなものだと思うが、会った後には、じんましんと高熱が出て、三日は学校を休んだ。
ストレスで自律神経もおかしくなったし、学校で倒れることもよくあった。
でも、拒否すると、暮らしていけないのではないかと思ってできなかった。

そういう経験をすれば、早く働きたいと思うものだと思うが、わたしは働くのが遅かった。
お金がどこからか、何もしなくても、入ってくるという生活をしていたので、お金のというものが人を支配することは知っていても、自分で稼いだら自由になるのだ、ということに結びつかなかった。

働こうと思ったのは、知り合いのおじさんが「親が死んだら、食っていけなくなるだろう」と言ってくれたおかげで、それでようやくお金と自分が結びついた。

働いてお金をもらうということを見て学ばないとわからないタイプだったようだった。
それからは、働くことに必死だった。

自分でお金を使うとほしいものが手に入るという単純さにひかれて買い物をしまくった。
依存症になってしまった。
今もまだそういう傾向がある。
自分で自分をコントロールできないというのは、恐ろしいものだ。
自分の意思で止められない、かといって、人に言われた言葉でどうすることもできない。
具体的な支援が必要だった。そして、支援とつながった。

家族ではない、行政に支えられるというのは、なんと気楽なのだろう。
愛という名の支配に、顔色を窺って、奴隷にならなくて済むのだ。


加齢の変化の美しさ

若いころ、わたしは、野山の美しさはわかっても、年取った人の美しさに鈍かったような気がする。

老犬を介護して、くさくてよれよれでも、今日も生きてくれたとうれしかった日々、祖父を介護して、ポータブルトイレの臭さを紛らわせるために線香に火をつけた日々、そういうことが、積み重なって、少しずつ、見えてきたものがあると思う。

わたしは、よく昔のことを、自動的に思い出す。思い出そうと思うから思い出すんじゃなくて、ふと、日常に映像が紛れ込む。
それによって、苦しかったりうれしかったりする。
祖母と一緒にまんじゅうを作ったときのことを思い出すとうれしい、原家族のことを思い出すと苦しい。

わたしは、比喩ではなくて、傷だらけだ。年も取ったし、太った。
ちょっと前まで、常に自分を醜いと思う心と戦っていた。
今も、たいていは戦っているのだけど、ふと、いや、でも、傷だらけで、シミだらけで、太っていて、年も取ったけど、美しいのでは?と思うことがある。

以前は太っている人を見ると、太っているなあ、とただ思っていたけれど、人を知ると、この人の笑顔は素晴らしいな、とか、動き方がきれいだな、とか、そういうほうに目が行くようになった。

若くてきれいな子供をたくさん見る職業だからか、若くてきれいな子供は素晴らしい、でも、それをずっと維持するために生きるのはばかばかしい、まるでロリコンだ、という風に思うようになった。
年を取れば、傷もつくし、肌も衰えるし、体も変わる。
でも、それが美しくなくて、醜いのかというとそうじゃないと思う。
化粧も髪も完ぺきにしている美しさもある、でも、完ぺきじゃなくてもほどほどに自分を慈しんでいる美しさもある。

美しいと感じるものの幅が増えて、種類が増えた。
そういう目で、自分を改めてみると、そう、悪くはない、むしろ、よい部分もあるんじゃないか……、と精神的に余裕があるときは思える。
具合が悪い時は思えない。そういうバロメーターみたいに思う。

そろそろ、赤ちゃんに会いたいから、早く出ておいで、と声をかけると、動いて返事をしてくれるかのようだけど、まだまだ、出てきてくれないようだ。
もう少しおなかにいたいという強い意志を感じる。


わたしの住んでいる街、長野

たいていの人にはどうでもいいと思うのだけど、わたしが住んでいるのは長野市だ。

長野市は、長野オリンピック以降、借金の返済に追われ、全国でも有数な高い税金を誇っている。もちろん、今でもそうだ。
ひいひい言いながら、税金を払っている。
その代わり、福祉と教育には、お金をかけていた。
今は、少子高齢化、というよりも、人口減に悩んでいる。
やっと、借金返済のめどが立ってきたのに、人口減のため、公共サービスの継続が難しくなるのだ。
手始めに、水道料金が値上がりする。水道には、管理や設備投資がいるのだ。

ところが、出生率は、平成十七年から、増加し続けていて、平成27年の今年は、なんと出生率が1.55にまで上がった。
わたしも今年産むが、長野市の手当ては、たいしたもので、妊娠の間には、ほとんどお金がかからなかった。すべてが補助金で済んだといっても過言ではない。
出産費用も、ほとんどが、補助金でカバーされるので、自費で払う金額は少ない。
優待もたくさんある。保育所にかかる金額も、少ない。保育所も、たくさんある。
民進党と、共産党が強い土地柄でもある。保守的ではない。
共稼ぎがほとんどなので、ゼロ歳児保育をするといっても、何か言ってくる人もほとんどいない。

福祉の充実ぶりは、驚嘆に値する。国保で障碍者だと、医療費が、ほとんどただになる。月に、500円払えばいい。
それは、長野市独自でしている制度だ。他県にはないことに驚いた。
市役所も、とても、親切で、総合案内のお姉さんに、「こういうことで困っている」というと、適切なところまで案内してくれる。そして、一回座れば、次から次へと、職員さんがやってきて、手続きと説明をしてくれる。
わたしたちが、移動する必要がないのだ。
障害福祉課は、非常に親切だ。どういうサービスが受けられるか、どうやって生活を立て直すか、教えてくれる。
ほかの自治体では、自分で調べて、こういうのをお願いしますといわないと、存在も教えてもらえなかったような制度も、向こうから教えてくれ、手続きを進めてくれる。

この前、タクシーに乗ったら、女性の運転手さんが、「うちは、事実婚なんだけど、事実婚届けがあって、それを出すといいわよ」と教えてくれた。
ネットでググっても出てこないが、今度、聞いてみようと思う。

十年前、長野市は、ゴーストタウン化した。しかし、今は、だいぶ活気が増えてきた。

映画館も三つあり、そのうちの一つは会社ができてから120年続いている。
本屋さんも、数は減ったが、まだある。それぞれ個性を売り出している。
松本市には、ブックカフェの文化が盛んだそうだ。

週末には、音楽フェスがよく行われている。ジャズ、ロック、邦楽、伝統的なお囃子など。
公共の場所で、ビアガーデンが行われる。
外でちょっと遊んだり、飲んだり、食べたりする場所がまだある。
東京では、空気を吸うのにも、座るのにもお金がかかる感じだったけれど、ベンチがそこらへんにあるので、座って、のんびり山を眺めたり、花を見たりすることができる。
夕方には、定時で帰る人たちでいっぱいだ。街中を歩くのも楽しい。
ただし、夜は早くて、十時には居酒屋は閉店する。土日も休みだ。

地域医療も盛んで、田舎でも総合病院が頑張っている。佐久総合病院というところが、戦後から、地域医療に力を入れてきた歴史がある。有名な医師に、若月先生という方がいる。

生活指導を医師や、保健師さんが一生懸命行っているから、寿命も長い。ぴんぴんころり地蔵、というのがある。その名前を聞くと、他県の人はぎょっとするようだが、長野の人は、そこにお参りする。長生きはしても、ぴんぴんしていて、ころっと死ねるのが理想なのだ。

昔、姨捨ということがあった。姨捨山という地名の場所がある。実際に行くと、少し恐ろしい感じのするところだ。
長野は貧しかった。長野が変わったのは、生糸産業で、日本の三分の一の海外輸出のお金を稼げるようになってからだ。
今では、教育県ではないと自嘲的に語られるけれど、やっぱり、教育をさせようとする意欲はまだまだ高いと感じる。
進学率は、そんなに高くはないけれど、一人一人の学力が高いと感じることが多い。

長野県には、在日韓国人がたくさん住んでいる。それは、戦中に、地下防空壕を作るために、たくさんの人たちを連れてきたからだ。
天皇家を住まわせ、首都機能を地下に移動させる計画があった。
たくさんの人が使役され、死んでいった。
そういう歴史もある。
今でも、レタスなどに関して、人身売買が行われているという現実もある。

観光地として有名だが、観光地というのは、景気に左右される。
景気が良ければ、お客さんが来るが、悪くなれば来なくなるし、飽きられるということもある。
最近は、外国からのお客さんが多い。
地獄谷のサルの写真が、全世界で有名になったために、アジアからも、北欧からも、本当に世界中から人が来る。この前、道を聞かれて、どこから来たのか尋ねたら、ポーランドだと言われて、本当に驚いた。
ムスリムの人も、よく見るようになった。
おやきが有名だが、外国の人には、食べにくいということで、おやきをつぶして、クレープにして、提供したら、当たったらしい。

観光地に住むわたしとしては、観光立国という方針は危うく感じる。

長野は、生糸産業の流れを継いで、精密機械や、パソコン、素子を作る流れがある。
有名なところでは、信州大学の繊維学部だ。
繊維学部という名前だが、やっていることは、素材の開発だ。
そこが、技術を引っ張ってくれているので、まだ、工業系の産業がある。
だから、賃金は、東京に比べると非常に安いが、まだ、働くところはある。
(最低賃金が笑っちゃうほど安い)

野菜も果物もおいしい。
気候は、冬は確かに寒いが、降水量が通年を通して少ないので、いつも晴れている。冬も晴れている。夏はそれなりに暑いが、湿度が少ない。冬も、風がないので、気温の割には暖かい。雪の量は、山国なので、住む場所によってだいぶ違う。

以前、ナガノパープルというブドウが、他県のデパートで、四倍以上の値段で売られていて驚いた。
夏は、スイカも、ブドウも、桃も、桃系の果物も豊富でおいしい。
山だから、日照時間が少ない。それが本当に欠点だと感じる。海もないので、わたしは旅行先にはリゾート、ビーチばかりを選んでしまう。わざわざ寒いところや陸地に行きたくない。

街づくり、政治は、生活と密接している。
ここに住んでいると本当にそう思う。
田中知事について、いろいろと批判があったが、彼が来てからずっと役所関係のサービスのレベルが上がった。
公僕、という意識が根付いたんだと思う。
人口減は深刻な問題だが、首都圏の数値よりも、長野市のほうがずっとましなのだ。
それは、市政や県政が、ずっとその問題に向き合ってきたからだと思う。

だいたいの人は、しがらみで、住む場所を選ぶのだと思う。
わたしもそうだ。
でも、長野市は、住めば不満はいろいろとあるけれど、やっぱり住みやすい。
教育と福祉、自立支援に力を入れていることと、市報が配られて、市議会で問題になっていることが「市議会だより」にまとめられて、誰が何をしているかが、透明だということも、とても好きなポイントだ。
図書館も充実していて、フリーで勉強できるスペースが、そこかしこにあるのも、いいと思う。


家にはすべてがある、しかし、散歩だけがない

わたしの家はたいへんに住みやすく、居心地もよいのです。
ネットフリックスを契約したうえ、アマゾンでプロジェクターを買ったものだから、天井に移しながら、布団で映画を観られるという最高な環境もある。

そして、ゲーム機もいくつかある。最近体調が悪くてできていないけど。

お香もたけるし、音楽も聴けるし、クーラーもあるし、本も買えばあるし、読める。
冷蔵庫もあるから、ご飯も作れる。
うちにないものは、……散歩だけだ。
わたしは、散歩が好きだ。散歩したついでに、買い物したり、デパート、カフェ、映画館、本屋、そういうところによったりするのが好きだし、街路樹や、庭、花を見るのも空気の香りを嗅ぐのも好きだ。
だから、仕方がなく、家の外に出る。
家の外は楽しい。
今は妊娠してるから、原付に乗って、どっかにいくこともできない。山も海もだめだ。つまらない。
退屈だ。
おなかの中で何者かがうごめいている感覚はとても面白いし興味深い、もう、最近では完全に人の形をしてますよね!というのが、ありありとわかるサイズだし、骨の感じも腹の肉越しにわかる、ちょっと気持ち悪いなりにかわいい。

昼間は吐き気と頭痛と倦怠感で、ずっと横になっていましたが、夕方から突然、元気になって、眠くもなく、こうして、ネットをしています。


セックスワークをしなくて済むことを、申し訳ないと思う気持ちがある

小さな暖炉の前の椅子
椎名さんのブログを読んで、思ったこと。
セックスワークをしている人に、悪意をぶつける人もいるし、悪意のつもりじゃないし、偏見もないつもりだけど、相手に嫌な思いをさせてしまうことがある人もいる。後者にはわたしももちろん含まれている。

なんで、セックスワークについて、自分は当事者じゃないのに、考えているのか、って思うと、「申し訳ない」ってなぜか思っているから。
当事者だってそれぞれだし、当事者も事態を全部把握していない、だから、もちろん、当事者じゃないわたしは、失敗もするし、間違えるし、誤解もする、それで、相手をどうかしちゃうこともあるんだけど、当事者じゃない人も声を上げることに意味があると思って、なんとなく、考え続けているテーマです。
上記に書いたことは、失敗の結果相手を傷つけたり、嫌な気持ちにさせたりして、それでも「違うよ」と教えてもらった結果学んだことで、全然誇れることじゃないんだけど、でも、教えてもらってありがとう、それを生かします、それが償いだと思うし、それで、続けます、という言う気持ちです。

差別していたことに気づいて懺悔した人を、ネットではたたくのを見る、それは、差別された被害者が存在するんだから、当たり前だけれども、でも、差別をして、その結果、相手からリアクションがあって、学ぶ、という過程は人間である限り、経ることがどうしても必要だとも思うので、そんなにたたかないでほしい。
差別は誰でもうっかりしてしまうものだと思っている。したくなくても。
知らないことは多すぎる。自分のこともわからない。自分のことさえ、さげすんだりするくらいなのに、相手のことを尊重しながら、その姿勢をキープしたいと思うものの、うっかり、見えないことを踏んでしまうことはある。
そして、踏んだ時に教えてもらっても、腑に落ちなくて、どうしようとなることもある。
自分の足場が、崩れてしまって、立てなくなるような感覚に襲われるんだ。

わたしは、今現在、セックスワークはしたくないからしません、と言える。
でも、前は「立派な仕事だし、でも、わたしには務まらないから……云々」という言い方をしていた。
そういうのは、逆に、よくない、ということがわかるまで、ずいぶん、長い年月がかかりました。
わたしは、しなくていい立場にいる、したくなければしないでいい、そういうのが後ろめたかった。
決して、セックスワーカーをバカにしたいわけじゃないんだ、だから、尊敬する、でも、わたしには務まらない、という言い方をしていた。
セックスワークをしなくて済むのが申し訳ない、と思っていた。
今でもそう思っている。恵まれているから、選ばなくていいんだ、わたしがしたくない仕事。

とはいえ、わたしは、セックスをした結果、お金を受け取ってしまったことがある。
セックスしたくて、その日であった人とホテルに行ったら、その人が車の中にお財布を忘れていて、立て替えたら、多めに返してくれたってことがあった。
立て替えたお礼なのか、セックスしたお礼なのか、微妙だなあと思いながら、断ったけど、渡すのがうまい人で、受け取ってしまった。
いい人だった。
性体験人数はそう多いほうじゃないけれど、行きづりの人と、ホテルに行くことが必要な時代があった。その時、会った人たちはみんな親切で、合意があって、細かい条件も話し合ったうえで、セックスをして、ほとんどの人と二度と会わなかった。
なんだかあの頃に、男性不信を回復した気がする。
むしろ、ちゃんとつきあって、別れた男のほうがくそみたいな思い出が多い。
わたしを自分の思っている女という「型」に入れたいという欲望を突きつけるから別れるというパターンばかりだったからだと思う。

それは、セックスワークと全然関係ない経験なんだけど、それでも、「初対面の人とセックスをするのは怖いんじゃないか、変な人ばっかりじゃないか、わたしが思っているような普通な人はいなくて、変な人ばっかりじゃないか」という思い込みを薄くする経験にはなった。ステディとするセックス以外をしたいときが、誰にでもあるよね、という意味で。
一回しか会わないから、いい思い出になることもあるんだなという経験になった。

わたしは、いろいろな運が良くて、誰かを養うこともなかったし、お金に困窮したとき、仕事にも就けた。
そういう運の良さを、後ろめたく思う。
後ろめたく思いながら、セックスワーカーにならなくて済んだ、とどこかで思っている。
やってみたら、楽しいこと、嫌なこと、両方あるんだろう。
でも、わたしは、今のところやってみたいと思っていない。

貧乏になったとき、「美人じゃない、スタイルもよくない、男性が怖い、アトピーがある、コミュニケーション能力もあまりない」から、やらない、って言い方で、やらない、って思った。
でも、そうじゃなくて、単純にやりたくないでよかった。普通の職業と同じように思うなら、選ばない理由はやりたくない、向いてない、興味ない、でいいんだから。

仕事って日常のもので、特別なものじゃないのに、わたしは、なぜか、セックスワークを特別の者のように思っている。
きっと、みんな、普通に嫌だったり面白かったりお金のために働いているんだろうと思う、思うのに、それは特別な職業だと思っている。

わたしは、自分の仕事に胸を張れる時と、しょせん、フルタイムの仕事じゃない、社会的地位の低い、誰にでもできる仕事だ、としょぼくれているときとある。両方の気持ちを抱えて働いてる。でも、喜んでもらえる時を宝物にして、お金がもらえるから続けている。

わたしは、セックスワーカー当事者じゃなくて、ごめんなさい、と思っている。
差別をなくせなくてごめんなさい、わたしの中にもきっとある、差別や無理解についてもなくせていません、ごめんなさい、と思っている。
セックスワークを差別していなかったらできるはずなのに、セックスワークをしていなくてごめんなさい、とも思っている。
なんでだろうね?
意味わかんないな。
自分でも。
全然、解決できない。

でも、セックスワーク、すごく、わたしの身近にある問題だ、という直感がずっとある。
セックスと引き換えに、命乞いみたいに、性を差し出したことが、わたしには、ある。それがまだ癒えない。
それは、セックスワークと違うのかもしれないし、同じなのかもしれない。わたしには、それもまだわからない。

プロとして、性的ケア、サービスを提供し、金銭をもらうことと、わたしがセックスの代わりに命乞いをしたことと、全然種類が違うと思う、でも、わたしの中で、ごっちゃになっている。
だから、申し訳ないと思うのかもしれない。誰に向かってかわからないんだけれど。

それ自体が、差別的な感情なのかも、全然わからない、でも、考えていたい、とっかかりはなんにせよ。
当事者じゃない人が、語ることが、大切だと教えてもらったから。


受動型ASDのパートナーとの付き合い方

わたしのパートナーとは、はてなブログとツイッターで知り合いました。
Skypeで話しているうちに、彼からプロポーズされ、会って、初対面で同棲をし、不愉快なこともなく、話し合いが成立する、メリットがあることから、事実婚をしました。
事実婚にしたのは、別れる時の利便性です。籍を入れてしまうと、お金はいいから、とにかく逃げたい、というときでも、朝廷や裁判をしないといけないし、何年もかかるし、居場所を突き止められてしまうから、隠れていないといけないのです。
それがいやで、事実婚にしました。籍を入れるメリットは、共同財産の形成と、相続の利便性なので、それを日常的に解決していたら、問題ないです。

受動型とはいえ、パートナーは、人付き合いが下手ではないです。
コミュニケーション能力の塊のような営業の、わたしの上司のもとで、今、わたしの代わりにアルバイトに行ってもらっているのですが、無口で、内向的だが、正直で、意見があったらはっきり言う、裏表のない性格を気に入ってもらっているようです。
口がうまい人を警戒する人は一定数いるので、そういう人と相性がいいです。

会う前に、いろいろな取り決めをし、同棲しているときも、かなり話し合いました。
戸籍や収入の証明書も提示してもらいました。
また、引っ越してからも、もとの家をしばらく維持してもらい、いつでも出て行ってもらえる状況を作りました。
でも、事実婚をしてから、体を壊して、養ってもらうことになったので、結局、あのとき縁がなければ、わたしはどうなっていたんだろうと思います。

ネットから出あって結婚する人は、わたしの身の回りに多く、うまくいっている人がほとんどです。
戦中派の主治医も、ネットで赤い糸を見つけ、こっちに引っ越してもらえばいい、と言っていましたが、まさか実現するとは……。
ありのままの自分を知ってもらうためには、ブログで自己表現をしていたことが、よかったですね。
同じ価値観の人と出会えたわけですから。

ところで、彼は自己モニタリングが苦手で、体調の悪さや、感情の変化を自覚することが難しいです。
言いたいことがあっても、言わないで、自己完結してしまったり。
そこで、わたしが、彼の様子を見て、いろいろいうことになったり、質問したり、指示を出したりすることになります。
ちょっと、それが、かえって彼の負担になるのか心配ではあります。

彼は、同じ作業をすることが得意なので、ルーチンの家事をほとんどしてくれます。
その代わり、初めてすること、即興でやりくりすることは、やや苦手なようです。
だから、基本の家事を彼がやり、できるときや、必要な時、わたしがやるようになっています。

わたしは、積極奇異型だと思います。そのため、一見、社交的に見える瞬間もあると思うのですが、すぐ疲れたり、突拍子もないことをして、トラブルを招いたりもします。それに、内向的なことには変わりありません。
似ているところと、違うところがあり、ASDという部分で共通しているから、生活は円滑です。

わたしは、就職をしたのも、結婚をしようかと思ったのも、ずいぶん遅い時期でした。
そういうことが、必要なのかどうか、興味がなく、ぴんと来なかったのです。
流されることがないので、ほかの人が焦っていても、ぴんとこなかったですし。
それでも、思い立った時に、それぞれ獲得できたのは運がよかったなと思います。


子供の居場所としての塾

親のできることは限られている。
今だと、ジャンプのエロ表現について、性暴力的だという批判に対して、「親が性教育すればいい」という風に言う人が多いけど、親の影響は確かに大きいものの、社会の醸し出している価値観や規範のほうが、影響力は強いと思う。

高校生が、わたしに、ラノベを見せてきた。エロマンガ先生というやつと、肌色の部分が多い女の子の表紙のやつと。
「これ、エロい奴だと思いますか?」
と聞かれて、わたしは不快だった。
内容はそうじゃないかもしれないけど、嫌だった。
その子は、わたしに対して、「妊娠したならクラシックを聴くべき」とかお化けを怖がっている女の子に「そういうの迷信だから」といきなり割って入ってくるから、前からちょっと嫌だったけど、ますます嫌になった。
「知らないけど…」
「これ、学校で読んだらまずいですよね、終わりますよ」と言っていたから、エロいものだと見えるのはわかっているのだろう。
そして、わたしが嫌がっていることもわかっていて、なおかつ、人が嫌がっていても、エロに関することだったら、相手の女の人を嫌な気持ちにしても、かまわない、と思っているんだろうと思った。あとから、セクハラだと思った。

親御さんに会ったことはもちろんあって、とてもいい教育をし、子供にこれ以上となく向き合っている。
でも、親といるよりも学校にいる時間や、ネットをしている時間のほうが、もうすでに長いのだ。
そして、彼の価値観は、たくさんの肌色の女の子が描かれている本屋や、ネットで、補強されていく。
子供を教育するのは大変なことだ。

前置きが長くなってしまった。

わたしは、子育ては当然社会でするべきだと思っている。
公的な教育は、親のばらつきを是正して、子供の不利益を平等にならす役割があると思っている。
親に任せていたら、子供の能力の発達が、運のいい子と悪い子で、わかれすぎてしまうからだ。
親にとっても、自分の子供が人生のすべて、となることが良いことだとは思えない。

わたしの理想の塾は、勉強が自由にできて、おやつも食べられて、安心していられて、親御さんも、安心して預けられる場所だ。
知的好奇心を満たし、もっと知りたい、勉強したいと、やる気を出すような場所になってほしい。
最初は自分で塾を経営しようと思っていたけれど、同じ志の人が誘ってくれたから、雇われるという楽な身分でそれに関われるからラッキーと思った。
わたしは、結婚して、お金の心配も減ったせいか、「誰と働くか」「どんな理念か」のほうが、給料の額よりも大事になった。


幸せじゃなければ劣っているの?

この前、ある記事に、「属性を代表して喧嘩し続けると幸せになれない」という内容のものがあった。
たしかに、その通りだけれど、なんとなく、言いたいことができたから書こうと思う。

人の代わりに、怒るのは違うと思う。でも、自分が何か不利益を被ったときに、怒ることは大切だ。
それは、自分の自己肯定感をはぐくみ、守る効果がある。
我慢して、周りに合わせて、波風を立てないことを優先しているうちに、なぜ、生きているのか、わからなくなってしまう。

わたしは、「女」という属性、「障碍者」という属性で、嫌な思いをしたら「わたし」として怒る。
差別をしても、とがめられない社会の仕組みがあれば、社会に対しても怒る。

怒るわたしを「幸せじゃない」「認知が歪んでいる」「自分の中の問題に向き合わないなんてかわいそう」「いつか気付いてほしい」というような揶揄、そういうものを投げかけてくる人がいる。

マナーや、ルール、常識、人といさかいを起こさないこと、それを優先する人がいることはわかる。

でも、規範が間違っていたら?

わたしは、慣習よりも、正しさ、自分の居心地の良さを選び、それのために戦う。

戦えること、怒れること、それは、自分の感情を大事にすることだ。自分の感情を粗末にすること、理不尽を見なかったことにする欺瞞は、わたしを幸せにしない。

怒っている間は、生きている感じがする。
もちろん、度が過ぎれば健康を害す。
けれど、我慢していたら、自分が悪いと思ったこと自体が、精神疾患を悪化させる。
自分が悪いと責めることが、自分を病気にしてしまう。
権力勾配があって、自分が、下位にあれば、なおさらだ。
それを内面化という。

内面化するよりも、怒っていたほうが、問題が外側にある、ということを認識できる分、ずっとましだ。

だから、幸せじゃないなんてかわいそう、怒っていたら、幸せになれない、なんて言葉に、耳を傾ける必要なんて、全然ないのだ。

怒りたいときに、怒り、そうじゃない時には、そうじゃない。
自分で選べる自由を確保するための戦いは、決して、幸せを遠ざけるものじゃない。


散財してしまうこと

今日一日で、一か月分のお小遣いを使い果たしてしまった。
パートナーが稼いで、パートナーがやりくりをしている。
パートナーは自分のものをほとんど買わない。
必要なものでも、迷って買う。

パートナーはわたしを許している。
わたしは、自分を許せないでいる。
でも、散財する。
散財して、その日を生き延びている。
生きていてくれとパートナーは言う。
わたしは、生きることにめげそうになる。めげる。

親と絶縁する前、美容や衣服に関心を向けることが許されなかった。また、元夫が、わたしのお金を使い果たしてしまった。
それで、人に使われる前に自分で使ってしまいたい、自分の人生に対する思い残りを、片付けたい、という気持ちがあるんじゃないか、と自分では思っている。

去年は、生活に支障が出るくらい、買い物をした。
今年は、管理できる範囲で、散財をしている。
少し、ましになったのかもしれない。
わたしが散財するために、パートナーは様々な苦労をしているが、彼はそれを苦労だといったことがない。
わたしといることが幸せだという。
いつも、不思議になる。信じられない、とは思わない。だって、本当にそう思っているみたいだから。
でも、本当に不思議だ。

彼は子育てがしたいという。
でも、彼自身は男だから産むことができない。
わたしは、彼に、子供を育てる経験をプレゼントできることをうれしく思う。
子供はプレゼントじゃないけどね、子供の人生は子どものものだから。
でも、子供にお父さんと呼ばれることや、成長を一緒に見る経験を、彼と共有できることは、わたしができるほとんどすべてのことじゃないかなと思う。
彼は生き物が好きなのだ。

散財も、いつか、落ち着くといいと願っている。
でも、それ以上に、わたしが、生きることに、めげても、寝たきりになっても、死を選ばないことを、一番、がんばりたい。
ゆっくりの歩みで、マイナスから始まって、ゼロに近づくだけなのかもしれないと、立派な人たちを見るたびに思うけれど、わたしは、わたしの体の外に出られない、そして、わたしはわたしの心の外にも出られない、ようは、未来に、わたしが今とは別人になることをほんの少し希望することができるだけだけ。
毎日を積み重ねるというのは、その希望を持てるということでもある。