塾講師が考える、女の子の将来設計

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これを読むと、勉強して大学に行って、その大学のブランドに合わせたところに就職せよ、ということが書いてあるんだと思う。

だいたい、正しい。でかい企業に入りたいなら、東大を出るのが一番だ。

でも、東大に入れない子も多いので、教えていて、普通の女の子が今目指しているものを書いていきたいと思う。
でかい企業に向いていない人もたくさんいる。
だから、そういう人向けに書こうと思う。

東大や早慶に入れなくても、人生は続く。
生き残るために、教養を深めることがなによりも大事だ。
そのための大学であって、就職を有利にするツールとしての大学だということだと、生き残るチャンスを逃しやすくなる。
どの大学でも、勉強をする環境は整っているのだから、それを利用して、生き延びることが大事だ。
上位に入れない人のほうが多い。
でも、上位に入れなくても、豊かな人生は送れる。
何をしても、生きていける力は、教養から得られる。

普通程度の大学に入ることに意味があるのか、と聞かれたから、「先生はどこの大学も一流だから、学びたいと思えば、どこの大学にでも入る意味はある。少し上を目指すと、少なくとも勉強が好きな子が多い環境で学べるから、それがメリットだ」という風に教えている。

だいたいの生徒さんは、東大に入れない。だから、年収何千万になることもない。

今はキャリア教育が充実していて、職場体験や、専門職に就いた人の話を聞く機会も充実しているので、高校生までには、だいたいなりたいものが決まっている女の子が多い。

その子たちに伝えることは、

  • お金があったほうがいい暮らしができる
  • 嫌なことがあったときに引っ越しできる自由がある職業がいい
  • お金があると、嫌なことをしなくて済む
  • 働いていると、介護と子育てに一生費やされることがない
  • 働き続けることで、自分の人生を選択する自由を維持し続けられる
  • 資格のある仕事は、同じ資格の勉強をしている人が働いているので、同僚や上司に対して、少なくともある程度の教養があることを見込める
  • 一度仕事から離れた後、資格がないと、単価の安い接客業のパートをすることになる

ということを教えている。

今、人気があるのは、医療従事者だ。
助産師、保健師、看護師、言語療法士、理学療法士、作業療法士などが人気の職業だ。薬剤師も人気がある。
一般企業に就職した場合、キャリアを積んでいくことや働き続けることが難しいことが、中高生の間で共有されている。
教えている生徒さんには、なんとなく、一般企業に勤めたい、とか、内勤の事務職を目指す人はいない。全くいない。
内勤の事務職の職が少ないこと、給料が少ないこと、昇給もほとんどないこと、働きにくいこと、雇止めの可能性があることはよく知られている。今、ハローワークに行けば、内勤の事務職を探している人が多いことと、対称的に、今、これから人生設計をする人たちは、自分たちの人生が過酷なことをよく知っている。

何千万も稼ぐ人にはなることが難しいこと、体力的、知的に恵まれ、人間関係調整力がない限り、継続的に何千万円も稼ぐ働き方ができないことをみんなわかっている。
でも、大抵の人は、体力がなかったり、学力が足りなかったり、人間関係を調整することが苦手だったりする。
そのことを高校生までに分かっていて、人生選択をする生徒さんが、今教えている中には多い。

生徒さんには、やりたい仕事をしてみて、ダメだった時の場合に備えよ、と伝えている。
やりたい仕事があっているか、やりがいがあるのかは、やってみないとわからない。迷ったら、少しでも給与の高い仕事を選ぶように勧めている。待遇は、事前にわかることだけれど、ほかのことは、事前にはわからない。

向いていなかった時のために、学生時代にできる唯一のことは、教養を深めることだ。
だから、高校生のうちに、本を読んだり、友達と遊んだり、部活をしたり、できる限りのたくさんの経験を積んで、無理しない程度に、世界を広げることを勧める。短期留学するチャンスがあったら、逃さないようにと伝える。なにも、日本に限定して仕事を探さなくてもいいからだ。
教養があり、世界が広ければ、逆境に陥ったときに、打開策を思いつきやすくなるからだ。

わたしの考えるコミュニケーション能力は「質問を考えることができる」「質問に正確に答えることができる」この2つだ。
この2つができたら、コミュニケーション能力があると言っていいと思う。
疑問点を持つためには、注意深くなくてはならないし、全体のことも細部のことも見えてないといけない。

人とうまくやることとしての、コミュニケーション能力についてはしらない。

いやだったら逃げる、そのためには、強い力が必要だ。
塾講師も、どこでだってできる。職場が嫌になったら、引っ越せる。世界中どこにだって行ける。
その可能性を持っている、ということが、閉塞感のない生活を送ることにつながる。心の余裕にもつながる。
だから、資格を持っていようが持っていまいが、自分でできる仕事があるということが、大事だ。
外国で、からあげ屋をやったっていい。
自分のキャラクターを生かせる仕事は自分で考えて作り出せばいい。
常に、自分のアイディアで食べていけるようにしておくことが、とても大事だ。
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告知 文学フリマ ソ10 5月1日

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文学フリマにあさって出ます。
新刊は出ないので、お昼過ぎには、撤収するかもしれません。
もし、来ていただけるならば、早めに来ていただけるとありがたいです。

ではでは。
お会いできるのを楽しみにしております。

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自由と化粧

化粧を「色気づきやがって」と言って、母に嘲笑された。

わたしの高校には校則がなかった。
ピアスを七個開けようと、金髪だろうと、何を着ていようと自由だった。パンクスもいたし、オタクもいた。お嬢様もいたし、服装に無頓着の人もいた。

原付だけは登校時には禁止されていたけれど、それは、学校の前で事故を起こした先輩がいたからだった。
服装も当然自由だった。授業も、単位を取りさえすれば、さぼっても何も言われなかった。
晴れた日には、お花見に行った。

化粧をする人生か、勉強をする人生か、二つの選択を迫られる人が多かったようだけど、わたしの同級生は、勉強もしたし、化粧もしていた。
毎日しているわけじゃなかった。毎日はみんなめんどくさかったので、お祭りの日や、気分転換に化粧をして、休憩時間に、何を買うか相談しあった。

わたしも化粧品を一そろい買った。友達と買いに行って楽しかった。
家で、化粧をしていたら「塗りたくるな」「色気づきやがって」と言われた。
学校に行く前に服を考えていたら、「ファッションショーに行くわけじゃないんだから」とも言われた。
まあ、遅刻しそうだったからさっさといけ、ということを言いたいのはわかったけれど、言い方もあるよね、と思ったものだった。
そんなに温厚に言い返さなくて、喧嘩になったけれど。

彼女は、適切な言い方を選べなかった。それは、発達障害を持つ女性の特徴でもある。

女は美しくあれ、バカであれ、という要請と同時に、賢くあれ、という要請を受ける。
わたしが通っていた高校では、化粧するなとは言われなかった。
だから、世の中でいうように、子供のころは化粧するなと言われて、大人になってからいきなり化粧しろと言われるギャップがあまりなかった。
化粧は自由だったけれど、それほどみんな化粧に熱心ではなかった。自由ということは、化粧したいときにして、しなくていいときにはしない、という感性が培われるということだ。自由だったらみんなが化粧に熱心になるというのは幻想だ。自由だと、化粧しない自由も大事にされるのだ。

禁止されると、苦しくなる。それは、化粧する自由も、しない自由も、それを選ぶ自由も奪われるからだ。

放っておかれて、自分自身で選択できることが一番いい。化粧は、自己表現の手段でもあるからだ。
義務になっても、禁止されても、面白くない。楽しめることが一番大事だ。

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お母さんは発達障害、そして女の呪いの矛盾に引き裂かれていた女

イグアナの娘 (小学館文庫)

イグアナの娘 (小学館文庫)

お母さんのことを思い出していた。

今日は、悪夢を見た。お母さんの郷里のような町で、町全体がカプセルの中に閉じ込められていて、わたしはそこで、家庭教師をしていた。
コンビニのレジ打ちを間違えたり、雨の中バイクを走らせていたりした。住んでいるのは廃小学校だった。トイレが汚くて、幽霊と同居していた。そのせいか、お母さんのことを思い出した。

お母さんは発達障害だったんじゃないか、と思うと合点がいく。

ボーリングの音が嫌いだったこと、ある特定のにおいが嫌だったこと、料理はできるけれど掃除はできなかったこと、人付き合いが苦手だったこと、畑仕事が好きだったのに、町中に嫁いできて、苦しんでいたこと。わたしが病気になるとパニックになること。

わたしが、病気になっても医者に連れて行かなかったのは、小さいころはともかく、大きくなったら、自分でいけ、というのは、単に、彼女がそれに耐えられなかったからなんじゃないかと思った。危機的状況で、それを処理する能力がなかったのだ。

わたしが成人後、いろいろな事件に遭い、援助を求めたとき、断られたのは、彼女がそれに対応する能力を持たなかったのだと思うと、合点がいく。

不安が多く、いつも節約して、お金を貯めていたのも、勉強をずっとしていたのも、本を読み続けていたのも、感覚遮断をしたかったり、不安を少しでも解消したかったりしたかったんじゃないかと。

彼女は自分の親をアルコール中毒だと認めて、自分をACだとわかっていたけれど、それ以上自分のことを分析しなかった。
わたしの祖父は、高機能自閉症の症状が出ていたのだが、それについても、彼女は気づいていた。
でも、彼女は、自分が発達障害だとか、何か困ったことがあるとか、そういう風に自分自身を分析できなかったから、わたしたちはこういう離れた関係にならざるを得なかった。母は、療育のない時代に生まれたから、苦しんでいたのじゃないだろうか。

わたしの祖母は、戦中戦後世代なので、外で働く機会が多かった。だから、わたしの母にも、働くように教えた。
女は、働かないと、一生、介護と、子育てで人生を終えることになる、と考えて子供や孫に教えたのは、祖母だ。

その一方で、祖母は、家制度から思考が自由にならないまま死んだ。といういことは、その子供である母も、家制度や、世間体の呪縛から逃れられなかったのだと思う。

専業主婦が素晴らしいこと、子供のために尽くすこと、という価値観と、学んで働くことが素晴らしいこと、という二つの価値観の中で、引き裂かれたままでいるのが、わたしの母だ。

だから、田舎の農家の出だったうちの母と、お金持ちの家で生まれた父と、価値観の相違があって、夫婦間の溝を埋められず、父が出て行った後も、専業主婦を続けたのも、そのせいだったと思う。

彼女は、結婚前にも、働くことに挫折して、祖父母の家に帰って、家業を手伝っていた。だから、働くことに対して、ブランクがさらに空いた後、働くことも怖かったんだろう。環境が変わることに対応できないのも、発達障害の特徴だ。

お母さんは、相反する価値観の中で、引き裂かれていた。矛盾があった。だから、それがそのまま、矛盾が矛盾のまま、わたしにしわ寄せがよったのだと思う。

良い妻であれ、良い母であれ、という内面化した声と、そうはできないで自己実現を求める声と常に戦っていたように思える。

わたしが子供のころは、彼女は献身的な母だった。でも、わたしが大人になるにしたがって、彼女のコントロール外で行動するようになって、彼女はおかしな言動をとるようになった。それは、わたしを大人になっても、幼子のように扱うということだ。

彼女の結婚生活が一番うまくいっていて、わたしとの関係がよかった、わたしが三歳だったころに退行したようだった。わたしを三歳児のように扱った。彼女が一番、良い妻で、良い母でいられたころに戻りたかったんだろう。

一日三十分しかテレビを見させないことも、彼女なりの合理的な理由があった。夜九時に寝かせるには、六時から三時間しかなく、その間に宿題と風呂と食事をとらせて、ぼんやるする時間も与えるには、三十分しかないから、そうしたんだろう。
その証拠に、休みの日や、夏休みには、比較的自由にテレビを見せてくれた。
バラエティが禁止だったのは、音が騒がしかったからだろう。
マンガは自由に見せてもらえたし、アニメもオッケーだった。本はほしいものは潤沢に与えてもらえていたし、教育も熱心だった。
そのおかげで、今わたしが自立できる。

だから、わたしとの相性が悪かっただけで、彼女なりの最善を尽くしていたのではないか、と最近思うようになった。
彼女自身が、彼女自身の問題に向き合う強さを持てなかったのは、時代のせいもある。

もう二世代遅く生まれていたら、療育を受けられて、もっと彼女も生きやすかっただろう。いろいろな情報にアクセスしやすかっただろうから、自分を分析する機会にも恵まれていただろう。

彼女といると、苦しくなる。それは、いろいろなことをづけづけ言われるからだ。そして、制限されたからだ。子ども扱いをいつまでもやめなかったからだ。
でも、それは、発達障害の特長にも当てはまる。そう思うと、少し楽になる。
完璧な母親ではなかったことを、憎んでいたけれど、わたしと同じ発達障害だから、できないことがたくさんあった人なんだ、女にかけられる呪いに、引き裂かれていた人生だったのだろうと思うと、少し気持ちが楽になる。

だからといって、すぐに会いたいと思うわけではないけれど。

わたしたちは、二人ともエイリアンだった。
そのことを隠したかったんだろう。

わたしたちは、イグアナで、人間になるために、苦しんでいた。
母は、イグアナの娘であるわたしが、イグアナであることを隠したかったんだろう。

自分自身からさえも。

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男性の役割から降りること

性別役割分担から降りると、いろいろなことが楽になる。

女は、母は、妻は、彼女は、こういうことをするべきだ、してほしい、という願望を持っていると、自分のしたいことができなくなる。
そうすると、人生がつまらなくなる。だんだん、何のために生きているのか、わからなくなって、死にたくなる。

その願望を持っているのは、男性も女性もだ。

性別役割分担をお互いに押し付けあっていると本当にしたいことがわからなくなる。
周りや、相手や、自分自身の心の中にいる「こうしたほうが普通」という価値観が、自分を縛ってくる。

そういうものから楽になりたいと思っても、周りとのしがらみから自由になれないので、一人になることを選ぶ人も多い。

日本は、男社会なので、性別役割分担は、基本的に男に有利になるようにできている。だから、そこから降りると決意するのは、女からになる。不利な条件に気付いたら、逃げたくなるものだ。

でも、男性も、男性の役割にいることで、幸せかというと、そうとは言えないと思う。

「男は狩りをするものだ」という古い昔話によって、狩りとは全く関係のないことでも、「狩り」だと認識していつまでも繰り返している。

仕事だけしていればいいという時代は終わったのだけど、男性はまだ、仕事だけしていればいいと思っている人も多いみたいだ。仕事だけしていると、バランスが悪くなる。仕事がうまくいかなくなると、死ぬしかなくなる。意味のないプレッシャーにさらされたまま、そこから逃げられなくなってしまう。

仕事がなくなったら、存在意義がなくなると思いながら、仕事をするのは不自由だ。

家事をしたり、子育てをしたり、社会的な問題に参加することで、社会との一体感を得ることができるのに、それをしないから、帰属意識をいきなり国家に持っていく人もいる。そういう人たちは、女を抑圧する。抑圧するが、他者を抑圧すること自体で幸せになれるわけでもない。

日本人であること、男性であること自体に誇りを感じてしまうと、自分自身の価値を築くことがおろそかになる。
それはひどく不安定なことに思える。

だから、男性の役割から降りることを勧める。これも、とても男性に気を使って書いた。
気を使わないで書ける時代が来るといいのだけど。

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家の中のジェンダーバランス

あまり書くことがない。

ジェンダーと災害について、ブログを読んでいるのだけど、うまくまとまっているので、付け加えることがない。

note.mu

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これを読んだ。

東日本大震災の時には、五月くらいに現地に行った。がれきはほとんど片づけられていた。海辺にぬいぐるみが落ちていたり、田んぼに船が落ちていたり、家の外壁が残っているけど空っぽだったりした。
それらを片づけるのにたった二か月しかかからなかったのだと思うと、驚いた。

原発の最寄りのコンビニで買い物をした。ガイガーカウンターを持っている人が図っていたので聞いてみると、アラームが鳴ると言っていた。

熊本の大震災のことは、あまり情報を見ていないからわからない。

今一緒に暮らしている人は、かなり家事をよくやってくれて、ご飯も炊いてくれるし、水回りのことは全部してくれるし、ゴミ出しも管理してくれているので、相当楽だ。ご飯もだいたい同じくらいの頻度で作ってくれるので不満がない。

不満がないので、ようは書くことがない。生活が変化したので、熱が出たり、疲れやすかったりはする。仕事は普通にしている。

男女差別について、話を振ると、居候氏はまず聞いてくれる。聞いてくれるので、話して、理解される。上記の記事二つも読んでくれた。
差別問題ってこんなに簡単に話が通じるものなのか、と思って、驚いた。

家の中にも差別はある。今までそうだった。でも話し合いで、相手によっては、お互いの理解を深めて、家の中の差別は解決できるのだと思った。

居候氏も自閉症のせいか、基本的には中性的な感じだ。今まで知り合った自閉症の人は、ジェンダーバイアスがあまりかかっていなくて、そこから自由になりたがっている人が多いように思える。居候氏は家事が楽しいらしい。わたしも、たまにやる分には楽しい。

同じくらいの割合で家事をすると「たまにやる」感じが強くなって、「自分だけ」やっている感じが少ない。
そうすると、普通に「家事が楽しい」に変わるんだな、と思う。

二人ともDVされた経験があるので、相手の領域を侵害することに敏感になりたいと思っている。わたしもDVしたくない。DVはしたくないと思っても、権力勾配があると生まれてしまうので、注意しないといけない。

家の中の差別が各家庭でなくなっていけば、全体の差別も減るんだろうと思う。

わたしは、女性ばかりが差別を理解してもらいたい、と訴えることに疲れた。疲れても言っていかないといけないのだけど、男性が変わってくれるのが一番早い。男性自身も、男性の役割から降りれば、楽になるんじゃないかと思うのだけど。

居候氏は、男性の役割から降りているので、楽そうだ。わたしも楽だ。
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躁うつ病について

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わたしは躁うつ病でもあります。

うつの時よりも、そう状態の時のほうがしんどいです。

お金使いすぎる。過活動になって、うつの時に倒れる。セックスしすぎる。などです。

やばいやばいと思っても止められないのです。しんどい。

適応障害とか、気分障害とか、いろいろあるんですけど、躁うつ病は一生治らないんだなーと思います。ま、自閉症スペクトラムも治らないですけど。

でも共存できることは可能だと今では思っています。絶望していない。

工夫次第で、いろいろな回路を新しく作れば、うまくいくし、助けてくれる人やヘルパーさんもついているので、だいじょうぶだって思ってます。お医者さんもいい人だし。

微熱が出始めてから、一週間経ちました。体力の消耗が激しくてしんどいので、仕事も休み休みです。
始めたときは熱があってもしていたのですが、最近は、生徒さんに連絡して、結構あっさり休めるようになりました。

無理するとあとから出てくるのはわかっているのですが、なかなか、最中の時は頑張ろうと思ってしまうのです。

お金の管理については、付き合っている人が家計簿をつけてくれているので、使う前に相談します。
もちろん、二人は、別会計ですよ。通帳も預けたりはしていないです。でも、今どれくらいお金があって、どういう予定があるのか、いつでも聞けるのは便利です。

付き合っている人はしゃべることは苦手ですが、感情の起伏が穏やかなので、毎日することに向いているみたいです。
わたしができるのは「話し方」をアドバイスしたり、まあ、それくらいなのですが、いろいろやってもらって、助かります。

躁うつ病を一人で管理するのはしんどいですね。
わたしは二次障害をいっぱい持っているけれど、その人は、二次障害が少なめに見えるので、よかったなあと思います。
一人でもう立ち向かわなくていいと思うと楽です。

ブログを通して、知り合った人なので、フェミニズムの話も考えてくれるので、いろいろな話がオープンにしやすいです。
文章を書くと人と知り合って、友達が増えるからいいですね。

精神病疾患を持っている人は、いろいろなことに気が付いて、文章や絵を描いている人が多く、クリエイティブな才能がある人が目立ちます。
だから、病気だということと、才能は表裏一体なのかなあとちょっと思いました。

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おそうじ

最近は、自分でおそうじできることも増えた。
片づけや整理整頓は全然できていない。とくに洗濯してもらった洋服をしまうのが難しい。

でも、今日は、濡れたクイックルワイパーで床を掃除できた。二日連続だ。

体中が凝ってしかたがないんだけど、体を動かすと気がまぎれる。

おそうじロボに掃除機をかけてもらう。

おそうじロボが活動しやすいように、床に落ちているものをとりあえずどこかには置き換えるから、すっきりして見えるようになった。
今朝は朝から頑張った。
午後は仕事だから、今は暇でやることがなくてつらいけど、あとでがんばろう。

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