ヒコクマさんのパブー「ハロウィンのえ」の紹介

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ベシーワークスの挿絵を描いてくださった、ヒコクマさんのパブーのハロウィンのえ、すごくかわいいので皆さん見ましょう。

おんなのこもくまもかわいい。「ぐうぐう」のえも好きだし、かぼちゃの絵もかわいい。うさぎがびっくりしているのも、夜の女の子の城もすてき。不思議。

表紙のふくれっつらもかわいい。
どうしてこういう素敵なものを思いつくのか不思議です。
みんな読もう。


ばれなきゃいいと思っていたのが直ってまともになりつつあるらしい(だといいな)

わたしは今日、整体の先生に、「変わった」と言われた。
それは「わたしの周りの人が昔に比べていい人が多くて、とても親切なまともな人ばかりになったので不思議だ」と言ったら、「c71さんが変わったからだよ。ずいぶん変わったよね」と言われた。

どこがですかと言ったら、「言いにくいなあ」と言われて、「傷つく感じですか?」と聞いたら「前はばれなきゃばれないでいいと思ってたよね」と言われた。

ああ、そうか、と思った。嘘を積極的につく気はなかったけどいつ、自分の嘘がばれるかドキドキしていたことを思い出した。
自分の失敗を嘘で丸め込んで、自分で自分を苦しめていたと思った。
そういう意味ではずいぶん腑に落ちた。

「嘘つきと今までよく会話できてましたね」と聞いたら、「やっぱかわいげがあると、会話しててもいいと思うし苦にならないし、いつかかわると思うし、何かあったら優しい言葉をかけたりしたりしたくなるよね」と言われた。こういう風に文字にするときついみたいな気もするけどそんなこともなく、納得した。

そうか、わたしは今まで嘘つきだったから、嘘つきの人間関係にいて、いつ嘘がばれるかはらはらしながら生きていて、しかもそれは全部ばれていたんだなと思った。

頭がおかしくなってから半年くらいたつけれど、頭がおかしくなったんじゃなくて、まともに近づいているんだ。

嘘つきのころは、嘘つきと知り合う。ばれなきゃいいを許す人はやっぱり嘘つきだからだ。嘘を気にしない人は嘘つきだ。
嘘に気が付いていても、わたしが育つことや変わることを待ってくれている人はいい人だ。

最近できた友達はとてもきちんとしているし、親切で優しい。利害を関係なく付き合ってくれる。

子どものころから、家族に関する嘘を強制されているうちに、嘘についての倫理観がなくなってしまった。
でも、それはやっぱり間違っていることだった。そして、自分で気を付けて直せる様になった。育ちは大きいけれど、自分で直せる部分もある。魔がさすときや運もあるけれど、わたしは正直者に近づいてきた。

嘘をつくと、自分でその嘘を維持するために、嘘を守らないといけなくなる。それはとても不安だ。つじつまを合わせるために奔走することも苦しい。そして、嘘はばれるものだし、ばれた嘘を飲み込んで付き合う人はやっぱり嘘つきなのだ。
嘘つきを切り捨てる人は正直だ。正直な人に切り捨てられていたのだなと思う。

わたしが嘘つきだったのは、どうしてなのかわからない。親にうそをつくように強制されたこともあると思う。だけど一番の理由は弱かったからだと思う。本当のことを言ったり本当の自分を言って、拒絶されることが怖かったから、嘘の自分を出して、もっといい自分を見せて、それを拒絶されたら仕方がないと思いたかったんだろう。

でも、本当の自分はそんなに悪くないし、そもそもバカを出したって、バカなことは別段悪くない。

今まで長い目で見守っていてくれた人には、感謝の気持ちしかない。
わたしは確かにばれなきゃばれないでいいと思ってずるをしていた。そういう姿勢はところどころに出ていて、まともな人を遠ざけていたのだろう。

頭がおかしくなったと自分では思っていたけれど、どんどんまともになってると言われて、驚いた。
これがまともってことか。
まともって楽だなあ。
そのままの自分でいることで、人に受け止められるんだから。このほうがずっといい。


仕事のプレッシャーと不安な買い物

週七で働いていたので、もうしばらくゆっくりしようと思ったら、新たな生徒さんが来たので、やっぱり週七……いや週六で働きたい、というところまで追い詰められている。

すごくお金持ちになるわけじゃない。
同年代の男の人に比べたら全然……って感じだと思うんだ。
だけど、まあわたしにはいろいろな事情があるから、仕方がないのかなと思う。
余談だけど同期の優秀な女性が、優秀じゃない男性よりも収入が低いのにはいつも憤りを感じる。

それにしても、プレッシャーが半端じゃない。そういう仕事だから仕方がないのだけど。
ほしいものを買うのはそういうわけなのかな。

貯蓄を少しでもしたほうがいいと思うしわかっているんだけど、なかなか難しい。

こういう風に、「わかっていても」自分をコントロールできないことって、とってもつらい。
買わないといけないと思い込んでいるから、単に「買うのやめたら」と言われてもそうじゃないわけ。
どうしてもどうしても必要だと思い詰めているから。
そして、今買うべきだと思い込んでいる。
ほしい、必要、買いたい、というところと、「でもこんなにいっぺんに買うなんて」ということもある。
うさぎちゃんに「安いから買うのでは本末転倒」と言われたけれどその通り。
その通りなんだけど…。どうしよう。


きっと頭がおかしい、と夜中に思って困っている

頭がおかしいってなんなんだ?と思うんだけど、夜になると自分の頭がおかしい気がする。そういう風になる。
加速していて、止まらないで、焦っている感じ。
こんなに買い物して大丈夫なのかと思うし、もっと計画的にしたらいいのにと思う。

安く買えるチャンスにと思いすぎている。失敗したらダメだ、得しなきゃ、とどこかで思っている。
だから、いっぺんに買っているのだ。
計画的になりたい。

バーゲンやセールなんて、エンタテイメントだから、得なんてしないのにね。
ほしいものが買えるというよりも、楽しさに、ほしいものがついてくるくらいに思ったほうがいいとうさぎちゃんにも言ってもらった。

なんなんだろうね?
どうしたらよいのだろうね?

頭の中に焦りと不安がやってきて、「今買わないとどうにかなってしまうよ」とささやく。
どうにかなるってどんなことなの?と思うし。友達にも言ってもらうのにどうにも苦しい。
あとで、必要になるかもしれないよとか、生活がすごく充実するかもしれないよとか。
家具を書くときにはとても迷う。失敗したらどうしようと思う。

家具は全然ないから、買って大丈夫なんだ。お金の算段さえ付いたら、大丈夫なんだ。
貯金はできていないけれど、今、生活を楽にしたら、働きやすくなるんだから、大丈夫なんだ。
そういう風に言い聞かせるけれど、不安だ。


自分は大事にされるべき人間だとわかるためのこと

自分は大事にされるべき人間なのだ、ということを、外部に訴えてきたのだけど、それも大事だが、まず自分で自分を大事にする方向があるのではないか、当然の権利なのではないか、と思い当たった。
その道のりは長く、辛抱強い友達がずっと言い続けてくれることでようやくわかったことだった。

快適な家に住んだことがなかったので、それが実感できなかったのだけど、ヘルパーさんが家をきれいにしてくれた後の開放感や、気持ちよさを味わったらそれを自分で実現したいようになってきた。

きらきらと輝く床を維持したい。ピカピカの曇りのないキッチンやシンクを維持したいと思うようになった。
そのためには、いろいろな収納家具や、掃除機具が必要だ。

ヘルパーさんは専門家なので、そういうことには詳しい。何を買えばいいのか教えてくれた。

まず、台所にはストッカーが必要だ。

収納用品 | 無印良品ネットストア
ここに収納用品が売っている。見た目もきれいだし、手入れも楽そうだから買ってみた。
容量が大きいので、今まで雑然としてたものがすっきりと入りそうだ。
今までわたしが散らかしてはヘルパーさんが賽の河原の石つみのように片付けてくれていた、その輪廻に終止符が打たれそうだ。
素晴らしい。
高さがあってもいいということで、109センチの隙間用のやつを買った。

それから、掃除機も壊れていたので、

TWINBIRD サイクロン式家庭用クリーナー YC-E019SBK スケルトンブラック YC-E019SBK

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これを買った。

なぜならば掃除機のホースが破れたからだ。ホースが六千円するので掃除機のほうが安かった。
これは、スイッチの位置が本体にあるので評判がいまいちだったけど、吸えればいいと思って買った。
これはヘルパーさんに好評だった。
本体が軽い。
スイッチは、別に手元にある必要がない。慣れたらどうっていうこともなさそうだし、使っている最中に誤ってスイッチを切るストレスもない。何より安い。吸引力もある。サイクロン式だ。今はどの家電もそんなに悪いこともないから安いのでいいのだ。

相変わらず、お掃除ロボは毎日活躍している。埃やチリのない生活は心地良い。

シーツも毎日洗濯している。エジプト綿のシーツにしたら、寝返りを打つのが楽になった。そうしたら、肩こりも楽になり、熟睡できる。
今眠りやすい時期だからなのかもしれないけれど。

洗濯すると、汗を吸うし、かゆくならないから、もっと早く毎日シーツを洗濯すればよかったと思った。
毎日洗うと習慣になるから、一日おきに「洗わないとな。でもめんどくさい」と思うことに直面しないですむから、かえって楽だ。
家事は毎日したほうが楽なのだと知った。
そして、毎日するためには、できるだけ快適にする道具が必要なのだとも知った。

今度挑戦したいのはお風呂掃除だ。
お風呂掃除には漂白剤をスプレーしておくといいらしいとコンビニバイトの同じシフトの人に聞いたのでやってみよう。
女の人はいろんなことを知っていてすごい。
男の人にはそもそもこういうことを相談しようと思わない。

生活の質を良くする魔法を知っている人は天才だ。すごい。
わたしはこうやってブログを書くから、些細なことでも褒められるけれど、天才はたくさんいる。

自分は大事にされるべき人間だと分かるためには、地道に生活を丁寧に送るしかないのだ。
手間暇をかけるのは大変だから省力化する工夫がいる。
そのためにはお金がたくさんいる。でもお金だけではなくて、知恵がいる。
その知恵は、ヘルパーさんや定型の友達が知っている。
そして、わたしが発達の人にこうして発信するとそのおすそわけができる。

誰でもできないことがある。
できることを持ち寄って支えあっていければ最高だ。

自分は大事にされるべき人間だとわかるためには家事を充実させることだ。
すっきりした家に住むこと。
きれいな衣服、気持ちの良い素材に囲まれることが大事だ。そのためには試行錯誤がいる。
ネットも活用したい。

気分よくいることが何よりも大事だ。
体を大事にすることが気分の良さにつながる。
そうしたら、過食や、不眠も和らぐ気がする。
緊張をほぐすことをもっとしていきたい。
自分に対して力を使っていきたい。

そうしたら、だんだん骨身にしみて、自分は大事にされるべき人間なのだ、と自覚できるようになる気がする。


生活の質、QOLを上げるとは効率よく簡単に家事をできるようにすること

生活の質や、QOLについて、本を読んだり文章を読んだりする機会があって、「そうだそうだ、弱者や、病人も快適に生きる環境が大事だ」と思っていたけど、自分の環境について改善する気にならなかったんだよね。

自分が困っていると思ってなかった。

自覚がないから改善もなかった。

自分が弱者だとかマイノリティだと思ってる範囲が違っていたから、どうしようもなかったというか。
対人関係とか、服装とか、感覚過敏には困っているとか、外出できないという悩みがはっきりしていたのだけど、「家の中の快適さ」については頭が回らかったというか。服装も「社会的な服装」には悩んでいたけど「自分を楽にする服装」「あったかい服装」「心地よい服装」など「嫌なことを避けることはやっていた」けど、「心地よくするための前向きの改善」はしていなかった。

友達に「それ困ってるよね」「こういう解決策があるよ」とやさしーく言われて分かった。

でも「どうしてわかりきったことで手をこまねいているの」と言われると困る。

難しい話なのだ。

人の快適さをどうのこうの言う前に自分の快適さをどうにかしようと昨日から思っている。それはうさぎちゃんと会話して「それでいいんだよ」と言われたことやヘルパーさんに「一日で一番過ごす場所にお金をかけることは悪い事でも贅沢でもない」と背中を押されたからだ。

自分の住んでいるところにお金をかけることに罪悪感があった。
でも、掃除をしやすくしたり、インテリアを改善したりすることに意味はあるんだなと、片付けをして思った。

今まで片づけが困難だったのは、場所をいちいち考えて、しまう、という二段階があったから。
場所が決まっていたらしまうだけなのでわたしにもできそうだ。
片付けの頭脳労働部分を毎回しているから、すごく疲れるし、入れるものがごちゃごちゃしてしまう。
この場所にはこれを入れるということを決めていないから「今日はここが開いているからここにしまう」というような行き当たりばったりだった。

衣食住のなかでなぜか着るものや住むことはけちらないとと思っていた。
だけど、食べるものを少なくしたらやせたし、着るものや住むものもストレスに大きくかかわりがあるから、刺激を減らすために、大いに着手すべきと思った。

だから、生活の質というのは、他人事じゃなかった。
わたしのことだった。

わたしは十分に困っているんだけど、困っていることが「死にたい」「消えたい」に結びつきやすく、「メンテナンス」「改善」という思考になりにくい。

だから、友達にこまめに連絡して、困っているかどうか自体をチェックしてもらう必要があるのだと思った。

一緒に誰かと住んでしまうと、その人自体が「困りごと」になったときに、簡単に追い出せないので、しばらくは一人で暮らして、何がどう困りやすいのか観察したい。

埃だらけだったり雑然としていたりするとストレスがたまる。
キッチンも片付いていないと料理がしにくい。

だから、きれいに保つと楽だ。

そういう仕組みだ。
それが生活の質なんだ。
簡単に片付けができて、簡単に掃除機がけできる環境をする。ものを取り出しやすくすr。
これが片付けの良いループなのだ。こういうことをすると、効率が良い。
効率が良いことを「生活の質が良い」というのだ。

生活の質が良いということをどんなことかわからなかったけど、簡単にいろんなことをできるようにするということだとわかりやすい。
家事を簡単にできるようにすると住環境が快適になる。
人を呼びやすくなるし歩きやすい。
ものが床にあると歩きにくいので、家の中ですら歩くのがめんどくさくなる。
これは良くない。
家にいる時間が長いから、簡単にいろんなことをできるようにしたほうが良い。

ものを取り出しやすくするのは大事なことだなと思った。
そうしたら、ものをしまいやすくなるのだ。
掃除機もかけやすくなるので、億劫じゃなくなる。
なんて素晴らしいのだ。


薬の収納に困っていた

大量の薬があるので、どうやって収納しようか困っていた。

それとは関係なくメイクボックスを買った。

キルトコスメBOX

キルトコスメBOX

三面鏡メイクボックス ブラウン

三面鏡メイクボックス ブラウン

キルトのと、ノンブランドのと迷ったのだけど、ブラウンのほうを買った。
そうしたら、メイク用品が全部しまえたのでうれしかった。
引き出しもついていて、分けられるし、薬を入れるのにもいいなと思った。
鏡はいらないけど。

でもこれの色違いを買って収納した。
ピンクだからかわいい。うれしい。薬はアレルギーの薬と精神の薬で、すごくたくさんある。バケツに一杯くらいある。立体的だから高さもいる。
それが全部収まった。

薬の収納をタッパーでやったり、バケツやバスケットに入れたりしていたけど、これなら蓋もできて引き出しもあって持ち運べるし、良かった。
どうせならかわいいものにしまいたかった。なにせ、一生薬は飲むんだから。
だから、しっかりしているものがほしかった。
折り畳み式は、私の場合、壊れやすい。折りたためなくていいからしっかりしたのがほしかった。

タッパー管理は、できる人にはいいけどわたしにはできなかった。かさばるから蓋できなくなって、けっきょくぼあっと片付けられない。
一つにしまえることがこんなに快適だとは知らなかった。
収納用品は高いと思って敬遠していたけれど高いなりに便利な品物だ。


発達障害のルームウェアの闇

大人になってから「部屋着」という言葉を知った。家の中の洋服のことだとわかった。
それまでは家の中ではパジャマを着るか外の服を着るかだったけど、外の服は窮屈だったからパジャマを着ていた。

学校がある時はそれで問題なかった。だけど、日中家の中にいるようになって困った。朝起きてから夜寝るまでパジャマだと一日がなんだかはっきりしないし、なかなか出かけづらかった。

そこで、部屋着というものを考えてみた。
パジャマみたいに楽だけど、外に行くほどの服じゃない。
友達の家に遊びに行くと、朝起きたらパジャマ以外の服に着替えて、外に行くときはきれいな服に着替えていた。
おお、そうか、そうしたらセーターが痛まないな。
そう思った。
だから、部屋着を模索した。
ルームウェアっていう発想があったので、どれだけうれしかっただろう。
やっぱり一日パジャマで毎日過ごすのは精神に悪い。

最初は買ってから流行遅れになった古い服を部屋着に充てたけれど、着心地が悪い。楽しくもない。
だから、あまり続かなかった。
ルームウェアと書いてあるユニクロのなにかを買ったけどぼそぼそして着にくい。

なるほど、わたしは綿じゃないと嫌なんだなと思った。
でも、綿でも重たいのもある。ガーゼでも毛玉が付きやすいのもある。

「これが品質というものか」と思った。品質の良いものは軽いのだ。そして、肌あたりがいい。
いろいろ買いあさって、「古着」を買うようになった。古着は安いし失敗も簡単だ。

家の近くの古着やさんでみたら100円単位でいろいろある。「おお」と思って一時はまっていた。
たくさん、山ほど買っても、数千円だ。楽しい。練習によかった。

今はうさぎちゃんに教わって、zozotwonusedの古着を買っている。よく知らないブランド名でもその場で検索できるから、どのくらいの値段だったものかわかるのだ。
それに、お店に行くよりも、じっくり考えられる。そもそもわたしは家に何かが配達されることが大好きなのだ。
自分で買ったものでもプレゼントされたみたいだからだ。
お店で買ったものを帰る途中で「無駄遣いをしてしまったかも失敗だったかも」と心配するのはつらい。一時期メルカリにもはまっていた。だけど、独自のルールを持っている人が多すぎて疲れてしまった。ゾゾタウンユースドはメルカリに比べて高いけれど、企業がやってるものだから安心な気がした。

服を大事に扱う習慣がないのですぐボロボロにしてしまう。本当の服屋さんで買うのはもう少し失敗してからにする。

ルームウェアは、ブランド品の中古のものにした。そのまま出かけられるし、外着になってるけど。毎日洗濯できるのでいい。家の中だったらどれだけ変な服を着ていてもいいから、ふりふりとかひらひらとか、派手な服とかも着られるから楽しい。
外には普通っぽい服を着る。それでもへんって言われるけどね。
今までは、新品の服を買うとどのくらいの頻度で洗濯したらいいのかわからなくて困ってたけど、一回着たら洗濯するルールにしてから、一回に洗濯する量が減ったし、考えなくていいから家事がとても楽になった。
ブランド品はしわになりにくいから丸めてしまっても大丈夫だ。決めた場所にそのまま突っ込んで収納してそのまま着られる。簡単だ。

そういうわけで、ルームウェアについてはだいぶ解消した。
家の中でもフリープのガーゼのノンワイヤーブラをつけているから、外出にストレスがほんとなくなった。
学校とか、職場とかで服装を怒られるけど、どうしたらいいのか教えてもらうことはできないからたいへんだ。
今は人に聞く「言葉」がわかってきたけど、「言葉」も「相手」もないときはたいへんだった。


発達障害の収納の闇

収納にすごく困っていた。
家具をやたらに増やすのも怖かったので。

収納家具をはかって買うことも思いつかないで失敗したことも数知れず。

だから、わたしはこういう工夫をしました。

1.ヘルパーさんに相談する

ヘルパーさんに動線を考えて収納をどんなのを買ったほうがいいか相談しました。
それ以前に、掃除を頼むとそれで終わってしまうので、掃除機ロボを導入して、お話をする時間を増やしました。
頭脳労働をしてもらうのだ。片付けも頭脳労働だ。
自分にとって心地よい事を考えるのは難しいけれど、ヘルパーさんが働きやすい労働環境を整えると思ったら、意外とできた。

うちの収納で評判がいいのは、二段のスパイス入れ。流しの下の二段のやつ。ニッセンで買った。
押入れを二段に分ける収納。掃除機も押入れに隔離して入れるために、押入れの中の掃除機入れも買った。
押入れ 掃除機 収納 で検索したらあった。

2.検索の仕方を聞く、検索すれば商品が出てくるし悩みが解決されると教わる
ほしいものは、その名前を検索すると出てくると知った。
検索すれば、いいと教わったのはすごく良い変化だった。

お店に行っても何を見ても何に使うのかよくわからなかったけど、ネットで買うと、何に使ってどんなふうに便利なのか口コミや宣伝で書いてあるからその通りのものを選べる。
商品が並んでいるところに行っても何に使うのかわからなくて困っていたのよね。

いまだにカラーボックスって何に使うのかよくわからない。

「本棚」って題名だったら本を入れるのだなとわかる。
「衣装ケース」なら衣装を入れるのだとわかる。

そういう風にわかりやすいのじゃないとだめで「マルチ」とか書いてあるのは謎だから買っても使わない。
だから、ネットで名前がついているのを買ったほうがいい。

「入れるものの名前 収納」で検索して買えばいいと知ってすごく気が楽になった。

だから、中に入れる収納は割とよかった。

困っていたのは、衣装入れ、本棚、ストッカー、ちょっとしたものを一時的に入れるラック。

本棚は、アマゾンで、出来上がっているのを買った。
前にツッパリを買って失敗した。一人で設置できないし、たいへんで、家具のことを考えるのにうんざりした。

スライド書棚 JSW-104 ホワイト

スライド書棚 JSW-104 ホワイト

わたしが買ったのはこれ。タイムセールスの時に買ったので、2万2千円で送料込みで完成品が買えたので満足している。設置もしてもらった。

これをDIYしたら一年ぐらいやりかけの本棚があることになった。恐ろしい。

それから、衣装ケースを、今まで安いのにしていたのだけど、組み立て式だったので、使っているうちに壊れた。
だから、思い切って、無印良品のにした。
無印良品にしたわけは、「丈夫」「はからなくてもそのまま使える」「配送してもらえる」「完成品」「テイストが統一してある」「みんなが買うんだからいいんだろう」「いつでも同じサイズのものを買い増せる」ということだった。
高いから、だいぶ迷ったけど買った。

やっぱり、便利だね無印。

寸法がちょうどいいし、まっすぐで色もかっこいい。
無印は高いと思ってたけど大丈夫だった。
あと、うさぎちゃんに検索すればいいと教わったので、いろいろわかった。

「(困ってること) 収納」と検索すればだいたいのことは出ている。
家具は色をそろえたり高さを考えないと部屋に圧迫感や乱雑さが出てくるから、白と決めたら白、アクセントでピンク水色とか最初から決めることが大事だそうだ。これは他の友達に聞いた。

収納をやたらめったら買うと家が狭くなるけど、ちょうどいい量で買うと部屋の床が広くなるから、掃除もしやすくなって、埃も減るので快適だ。お掃除ロボに合わせて生活すると楽だ。

いいことづくめだ。

発達障害の人はたぶん片付けが苦手な人が多いと思う。
だけど、入れるものの場所を決めたらそこにつっこめばいいので、それ以上のことはおいおいやっていければいいと思う。
ものの置き場を決める、そのために収納がある。

収納があるから片付くんじゃなくて、ものを入れる場所を決めるために収納を買うってのがわたしの今日のポイントだった。


わたしたちが当然のように受け入れている闇にランプを

うさぎちゃんと話していてわかったことなのだけど、われわれ発達障害の人はすごく困っているらしい。
定型の人が想像を絶するところで困っているらしい。

たとえば、ブラジャーについても、「もうだめだから外出をしないことにしよう」と思っている人も多いと思う。
だけど、定型の人は「自分のニーズにあっている商品があるはずだから探そう」という発想になるそうなのだ。
これはすごいことだ。

(うさぎちゃんは「どうしてネットが使えるのに商品を探せないのか最初びっくりしたそうだ。でも、わたしには探そうという発想がなかったのよね。あるはずだと思いつかなかった)

わたしは「困っていることがあれば人に聞こう」ということ自体が発明だと思っていたけれど、人に会わないと、たとえばウサギちゃんと話さないとそもそも自分が何に困っているかどうかも自覚できなかった。
困っていることがわからないから、人に聞くという発想にもならない。
だって、質問が思いつかないんだもん。

ブラジャーの件でも、「綿にもいろいろある」「ガーゼのブラジャーもある」「ゴムが当たらない商品もある」と知った。
でも、定型の人はそれをあるはずだと仮定して自分で探せるそうなのだ。

ヒー。

わたしなどは、そんな商品があるはずだと思えないというか、期待がないというか。期待がないというところまでたどり着けない。あるかもしれないなんて、思いもよらなかった。思いつかなかった。
ないか、そうかー、とも思う隙間なく「不快なんだな」と思って「じゃあブラジャーはあきらめよう」とスパッと思っていたというか。
ブラジャーをしなくてはいけない、と思う先は切り立ったがけだからそれ以上いけないと思っていたのだけどその先があっただなんて。

わたしたちはよく言われるように人の顔色を読めない以外に、それ以前の問題として人に会うための服装を整えられないという困った点がある。
たとえば、わかりやすく結婚式に行く服装とかは考えないといけないのかなと思うけど、日常の、それ以前のTPO、職場に行くときの服装とか、たとえばスーツを着ればおっけーと言われてもスーツにもいろいろあるし、そして、ひらひらしたスーツを着て顰蹙を買ってしまうとかあるわけ。

ブラジャーがないと、人に会えず、人に会えないと質問もできず、そもそも質問の内容を考えられないし、困っていることに対して疑問を持てないで受け入れてしまうし、そして、役所にもたどり着けないので支援も受けられない。

自分で何に困っているのか把握できないから、解決されず、「悪気でやっている」と思われていることにも気づかず、ただ、怒られて嫌われてしまう。そういう闇がある。

うさぎちゃんが言うには「自分が不快に思っていることがあればそれを解決する商品があるはず」と自然に思って「それを探す」ことができるそうだ。
定型の人はすごいな。

でも、だからわたしたちが困っていることに「何に困っているか」というのがわからないのは「そのすごさ」と「わたしたちが言語化できないでただ受け入れて困っている何か」との断絶がものすごいからだ。
私たちはひくひくぴゅー(低い低い低飛行の略)すぎて、わかってもらえないし、自分でも自分のことがわからない。

常識は聞けばいいし、服装はコーディネーターのサービスがある。

でも、わたしたちは、親も発達障害の場合が多く、親がブラジャー嫌いだったら、買ってもらえないし、学校でからかわれてノーブラはいけないんだと分かって、それで外出ができなくなる。だから、教育機会も減るし。収入もなく、友達もできなくて、誰かに情報をもらうことができなくなるという魔のループがある。働ければ友達もできるしお金で解決できることも増える。でも、そうじゃないのよね。

ブラジャー一つでこうなるのだから、他のことでもたくさんあるのだ。

友達のうさぎちゃんはブラジャーの闇に小さいランプを灯してくれた。(うさちゃん談)
だから、わたしはこのブログで「わたしたちは何に困っているのか」をそもそも語っていく、わかっていく、掘り下げていくということをしていきたい。

困っていることを言語化できるのはそれ自体が能力だ。
自閉症は人の顔色をうかがえないということはよく言われる。それは定型の人から観察して思ったことだから有名だ。
でも、わたしたちは、そもそもそこにたどり着けない「困ったこと」がたくさんある。
支援を受けたくても市役所の手続きが大変すぎて死にたくなるとか。誰も支えてくれないとか。孤独とか。

わたしはずいぶん定型っぽいほうだと思っていたし、思われてもいたけど、ウサギちゃんと話して「想像を絶する困ったこと」がやっぱりあるのだなと思わされた出来事だった。

仕事場の上司に「先生らしい服装を」と言われて「悪気があって変な格好をしているわけじゃなくて本当にわからないのです」と伝えて「どの先生に相談したらいいか」まで相談できたのは、成長だと思っていたけれど、そういう以前の困っていることもたくさんあるはずだと思った。

だから解決策が示せなくても、わたしが困っていることを書くだけで、いろいろな人が言語化できることを助けられるので役に立つんだなと思った。