魔女のベシーの初仕事

ベシーは朝から張り切って、三時に目覚めて透視を始めた。

彼女は仕事をする前にマッサージやさんにマッサージのやり方をアドバイスにいったり、フィットネスクラブにいって体操させたり、お風呂に入らせたりして、わたしをこきつかった。

小皿に塩を盛ったり、二人分のローズヒップティを入れたり、部屋を片付けたり、お香を炊いたり、アロマオイルを調合したりした。

わたしのからだを勝手に使っていて、ずいぶん疲れさせた。
肉体初心者だから仕方がないけど、なれるといいなぁ。

これが、受けた人からいただいた感想です。
許可を得て貼ります

C71

本日は占い(ヒーリング?)をして頂き、ありがとうございました。

おかげさまで自分の問題を整理して解決方法を提案して頂き、とても気持ちが軽くなりました。

そしてとても楽しい時間でした。

私は以前にも、別のサイキックの方のセッションを受けたことがあります。

サイキックの力自体は、他のサイキックの方のものを見てきたので、存在を疑ったりすることはありません。

人間の能力の一つだと考えています。

C71さんのサイキックの力や、魔女さんのお話も、自然に本当のことだと思い、興味を持って受けることにしました。

C71さんは私の為に、おまじないグッズも用 意して頂き、希望すれば、

占いの12000円の料金にプラスしてそのグッズを購入することもできるのですが、

なんでもC71さんの中の魔女さんが、C71さんを東急ハンズに向かわせ、そこであれこれと指示を出して購入されたそうで、

なんだかその光景を想像するだけでもほほえましくなってしまい、そのグッズも合わせてC71さんから購入することにしました。

私のおまじないグッズはアロマやせっけんのセットです。

今回はスカイプで占いをして頂きましたが、30分という時間なので、私はあらかじめ、メールで3つほど、

相談内容を伝えておきました。C71さんは、魔女さんが伝えろと言っていると言って、何度かかメールをくださいました。

C7 1さんは、人当たりのよい、何でも相談できるお姉さんといった印象の方で、相談を透視して頂いたお話も正確で、

30分12000円という価格は、決して高いものではないと感じました。

とても実用的な占いの内容でよかったので、またなにかありましたら、ぜひC71さんの占いを受けたいと思います。

これから様々な方の相談を受けることで、大変なこともあるかもしれませんが、応援します。

ありがとうございました。

p.s. この感想は、他の占いを受ける方の参考としてブログに乗せていただいても構いませんし、載せなくても構いません。

つたない文章で恐縮ですが、お世辞で書いてはいません。またの機会に、占いを受けさせてくだ さい。宜しくお願いします。”


俺の天使と魔女

へとへとで帰ったら、彼氏が料理をしていた。嬉しかったが食べられないなあと思っていた。

今日はピラティスをしたり、マッサージ屋さんにマッサージを伝授したり、マッサージ屋さんを繁盛させたりするための贈り物を用意することで忙しかった。同業者に妬まれていたから、お香を焚いてもらったり、絶望感をとるためにペパーミントを上げたりした。
そうしたら、お客さんがいつもの倍に増えたと感謝してくれた。
わたしの得には一切ならないが、魔女は自慢げに満足していた。
そして、ローズヒップティをおかわりした。それで報われたらしいので、やっぱりあいつは子どもだ。

魔女は、容赦なくわたしをこき使う。わたしはおなかに石が入ったみたいで、四日くらい牛乳とバナナとシナモンと蜂蜜しか食べていないし、頭が痛くて毎日マッサージ屋さんに通っている。
魔女は気を使って、信号を全部青にしたり、待ち時間をゼロにしたりして気を使っているらしいが、気の使い方のポイントがずれていると思う。
それに言葉足らずで、人に誤解を与えるので、困るところがある。
マッサージ屋さんには、魔女からいろいろ伝えたいことがあるらしい。段階を追って伝えて、わたしの体で実験させて、彼の技術を向上させ、彼が楽に働けるように、また、接客できるようにするために毎日通っているらしかった。

マッサージ屋さん本人の体調の悪さをとるためにマジョラムとバスソルト、ハーブの無添加石けんを買ってあげた。なんか、炎症をとった方がいいらしかった。マジョラムの香りを嗅いでもらうと、感じるものがあると言っていたので見立ては正しかった。モグラに呪われていたから、葛根湯を飲んでくださいと言っておいた。

昼寝もできないし、睡眠時間がひどく短く、授業をするのがつらかった。他のことは何もかもうまくいっているのに体調だけが最悪で、頭が痛いのだ。

お金はどんどん減る。魔女はお金は後から就いてくるから心配するなという。

上司にレポートを渡して、スーパーで買い物を済ませた。レジのお姉さんとお話ししてだいぶ楽しかった。米を買った。上司は笑顔で、仕事の問い合わせが絶えない、と言っていた。わたしは内心、わたしの魔女が現れた時期と一致しているから、彼女の暗躍を思った。
彼女は、気に入った人間に無私の愛情を注ぐのだ。
でも、わたしのエネルギーはどんどん失われる。

へろへろになって帰ったら、彼氏が料理をしていて、その姿が可愛いなーと思った。

サラダとたらこスパゲッティとスープが出来上がっていて盛りつけも美しかった。一時間半かかって作ってくれたらしい。たらこスパゲッティは、ソースから作って大葉を散らせていた。サラダは、レタスとタマネギとわかめとサーモンとアボカド。わたしの好きなものばかり。

食べられないと思ったけれど、一口で良いから食べて、と言われたら、おいしくて食べられた。四日ぶりかもしれなかった。この愛に報えることってないんじゃないか、と思った。

料理を作ったり片付けをしたりすることができなかったから、罪悪感があって悪いなあと思っていて、この愛を返すことができないと言うと、元気になったら作ってくれたら良いさ、と言う。冗談かなと思っていうと冗談だよ、かえさなくていいよ、病気なんだから良いんだよ、と言った。

この人は天使で、わたしは何かを返さなくても良い、って思ったのが嬉しくて、こんなに嬉しい日が来るとは思えなくて、でも現実だった。

魔女はおせっかいで、人にどんどん関わろうとする。わたしは疲弊している。
わたしは動けば動くほど元気になるのだと魔女はいう。
彼女のいう通り、運動している方が楽だ。頭に血が上って熱があって、下半身がひえていると、薬局のお姉さんもいっていたから、それのことなんだと思う。
わたしが思いつきもしないことを彼女はどんどんする。仕方がないからいうことを聞いている。
実際悪いことにはならない。前向きになったし、気分は楽だ。
ただ、体がしんどい。一時的なことだと思う。
魔女は現世に出られたのが嬉しくてはしゃいでいるから、わたしのペースを考えないで動いているけれど、反省もし始めているから、なんとかなるだろう。


シミが消えて来た

シミがあったんだけど消えて来た。

薬局のお姉さんによると血行が良くなるとメラニンを分解するからだと言っていた。
ということは、運動と栄養のある食事をしていたせいなのかな。

皮膚科の先生も同じことを言っていて、わたしのシミはレーザーだと消えないから、やりたいならDHCのホワイトニングやるといいよ、といっていて、一度やったけど飽きてやめちゃったんだよね。
遺伝性のシミと、アトピーの後遺症のシミと、炎症系のシミが混ざってるから、治りづらいんだと言ってた。

それでも二年でほくろくらい濃いシミも薄いシミも消えて来て、生徒さんにも言われるし、薬局の人とか友だちとかに変わったねー、って言われる。
あと、今までは失敗するたびにおろおろしていたけど階段を上るように自信をつけて、人に説得力を与えるオーラがある、って言われた。

あと、具合悪くて寝込んでるんだけど、彼氏がごはんを毎回作ってくれたりゼリー買って来てくれたりして優しい。俺の天使。


人生で本当に大切なこと

課題を直視することです。
愛を知ることです。
経験を味わうこと、分け隔てをしないことです。

これは良い経験だからとか、悪い経験だから、とか、分け隔てするのではなくて、人間は必ず死ぬのだから、死ぬ前におもしろがっておこう、ってことが大事です。

悪い経験を避けてはいけない、ってわけじゃないです。例えばブラック企業に勤めていたら、そのことを直視すること、問題を把握することがまず大事ですし、よい経験があったら自分の力だと過信しないで、運が良かったなあと喜ぶことが大事です。

問題を直視するのは難しいです。言い訳をたくさんしたくなります。これはこういう理由だから続けないといけないとか、生活するために我慢する必要があるのだからとか。

でも、そういうことを一度置いておいて、今、こういうことでこういう気持ちになっている、ってことをしっかり確認する、味わうってこと大事です。
今、疲れているんだな、しんどいんだな、あの場所に行きたくないんだな、とか。
それを認識してしまったら、職場に行けなくなるという気持ちが生じて、葛藤するかもしれません。でも、恐れずに、その気持ちを一回味わうのが良いです。浸るというか。
味わっても、なにも解決できない、味わえば、底から逃げたくなるけれど逃げては生活できなくなるかもしれないから、そもそも問題を見ない、って気持ちはわかります。でも、一度問題があるってことを認めてみると、楽になります。

そうすると、漠然とした不快感が、具体的にピンポイントになります。会社が全体的にいやなわけじゃないんだ、とか、会社は好きだけど給料が悪いところがいやなんだとか。
そうすると、案外楽な気持ちになるし、どうしたら良いのか、わかるようになります。自分を信頼する、未来の自分がなんとかしてくれるから、今は心配しない、って態度が大事です。
糸がほぐれます。絡まっていて漠然としていたことが。

わたしの場合は、おかあさんのことです。わたしはおかあさんのことが良く理解できませんでした。でも、おかあさんのことをよく考えてみたら、放っておくのが一番良い、彼女のことは変えられないとわかってすっきりしました。怒りから解放されました。怒りを抑圧しなくても、わたしは彼女を殺さないのだ、という確信を得て、気が楽になりました。わたしは怒っているのを我慢するのをやめたら、彼女を殺すのではないかと心配で、怒れなかったのです。我慢していたのです。我慢が体の不調を招いていました。

おかあさんは不幸を嘆くことで充実感を得るタイプでした。わたしは不幸のもとを除去したいと願っていました。そのことがおかあさんを幸せにすると信じていたのです。だから、嘆くことを邪魔する存在のわたしを、おかあさんは憎みました。おかあさんは嘆きの聞き役を求めていたのであって、問題解決や忠告を求めていたわけじゃなかったのです。かといって、わたしはおかあさんのための人形でいられず、言うことを聞いて、嘆きを聞く都合の良い人間になることはできませんでした。おかあさんはそのことに怒りを感じていました。

だから、わたしは離れることが截然でした。おかあさんが、そういう人間だと言うことを直視することはきつかったです。しかし、それが問題を認識すると言うことです。
問題を認識する前は、どうしたら良いのか見当もつかなかったです。問題を認識した瞬間、わたしは人殺しになるしかないのだと思って怖かったです。
でも、問題を認識したら、解決方法は楽でした。おかあさんが嘆くことを幸せだと思う存在だと理解するだけでよかったのです。おかあさんがそういう存在であることを変えることはわたしにはできません。わたしはわたしです。わたしがおかあさんのためにカスタマイズすることもやっぱりできません。だから、おかあさんとわたしは、道がわかれ、別々の人生を歩むことが大事なのだとわかりました。

そんなことは、問題を直視する前にはわかりませんでした。問題を直視したら、なにもかも、簡単になり、何もしないことが問題を解決するのだと自然とわかりました。
どうにかしようとか、解決しようとか、考えているうちにはダメだったのです。

脳の使い方をエコにすることが大事です。
この部分はつかってはいけない、こういう思考をしてはいけない、と脳の部分に鍵をかけたりかけられたりして、抑圧していた部分を解放すると、直感で、端的に、今までの経験を総動員して、結論を出すことができます。すばやく。

そうじゃないときには、こうでもないああでもないと試行錯誤してから結論を出すので、最初の答えがにごります。欲で視界が曇るのです。こう見られたいとか、頭がいいと思われたいとか、得したい、こういう風にあってほしい、とか、思って、現実をゆがめて認識するから、解決するための行動も、ずれてしまい、よかれと思ってしたことが、悪い結果を招きます。

人生で本当に大事なことは、課題をまっすぐ見ることです。


魔女の話

二回目のヒプノを受けてから、わたしの中に別人格が現れた。魔女って呼んでる。
魔女はせっかちで、慌て者で、ユーモアがあって、おせっかいでおばさんくさい。見た目は綺麗な若い十七歳の女の子なのに。

魔女のことを一番疑ってるのはわたしで、身近なひとはみんな受け入れて信じてくれる。笑われることを恐れているのだけど、笑われない。

昨日は、魔女にたくさんやることがあるからと、焦らされて、フィットネスクラブに行って、風呂に入って、病院に行って、薬屋さんに言って漢方を買って、エッセンシャルオイルを買って、マッサージ屋さんに行って、エッセンシャルオイルを渡した。患者さんとマッサージ屋さん本人に必要だった。
マッサージ屋さんにはペパーミントとベルガモットを渡した。ペパーミントは絶望に効くし、ベルガモットは穏やかな気持ち平和な気持ち、悪いものを払う効果があると魔女が言っている。
魔女はへんなところで親切で、病院の予約をすんなり取って、キャンセル空いてるから待たなくても大丈夫なタイミングに電話させたり、信号を全部青にしたりして、一応気を使っているようだ。

今度、マッサージ屋さんのお客さんの人に会う予感がする。
その人は洋服屋さんで五年間治らない痛みを抱えていて、わたしはマッサージ屋さんを通して透視の結果を教え続けて来た。その結果は当たっていることが多くて、治療はすすんだそうだ。その人はわたしに縁があるらしくて、その人を助けたからといって、わたしに直接の利益はないのだけど、知り合ったら楽しいらしい。義理堅い人で何かしらいつか助けてくれることがあるらしい。それで、透視することになったらしい。

昨日だって、疲れたのに、今日も用事を魔女に言いつけられた。今日は朝四時に起きて散歩に行って体を動かしたのに、動き足りないと言って、またフィットネスクラブに行った。ダンスとヨガをした。その間に、マッサージ屋さんに教えないと行けないことがあるからすぐ電話しないといけないと魔女が言うので、電話して、マッサージ屋さんに行って、これからくる患者さんの治し方やマッサージのやり方、悪い影響を受けて気分が悪くなったときの対処や、妬まれたときに振り払う方法やお客さんを呼ぶ方法を教えた。魔女は言うことを聞かないと頭の中でいつまでもわたしを焦らせる。どうしても言うことを聞かせたいと言う強い意志がある。でも、交渉はできて、よくよく話せば妥協点はある。魔女とは長い付き合いになるから、わたしも言いたいことを言わないといけない。

魔女は自分の人を身体的に癒すためのノウハウを伝えたくて、そういう人が欲しいらしいけれど、わたしが自分でマッサージをするタイプじゃないから、マッサージ屋さんに教えたいらしい。
昨日の買い物競争は、すごく疲れたし、今日だってせっかくの休みだったのだし、体調が悪かったから、家でゴロゴロしたかったと訴えたら、魔女は少し妥協してくれた。
魔女は明日からはもう少し手加減するし、悪かった、あと、ダイエットは手伝うから勘弁してと言って来た。
でも、本当はわたしは思っているよりも動けるし、体を動かした方が調子が良いタイプだから、動いたら疲れるかもと思って心配して考えすぎて具合が悪くなるところは治した方が良いから、そこはこれからも指摘するし、動かすと言って来た。
おせっかいだ。

ついでにマッサージ屋さんに頭をもんでもらったら、頭に穴がたくさん空いてると言われた。

それから、マッサージ屋さんにセラピーを頼まれた。頭痛の原因を教えてくれと言われたので、背中も痛いはずだし、頭痛は冷たい感じのはず、モグラに恨まれてミミズを頭に入れられたみたいだから、水分を控えて葛根湯を飲むのと、お風呂に入るときにバスソルトとマジョラムのエッセンシャルオイルを入れると良いよ、と教えた。その患者さんは脚がむくんでいてヨーグルトを食べているせいでおなかがひえていて、無職の旦那さんを養っているから、いらいらしていて、左足の薬指がかたかったはずだと言ったら、当たっていると言われた。まあ、当たっているの当たり前だけど、答え合わせは普通に嬉しい。

とりあえず、原因が腑に落ちたと言うことで満足してくれたので良かった。
それと、占いのやり方についてアドバイスももらった。
見ることと相手を満足させることとは少し違うので、そういう接客の技術を教えてもらった。

精神科の先生は、占い師になることを賛成してくれている。頭の中にかかっていた鍵が解けて、部屋が空いて、直感でエコに物事を考えられるようになったのは、僕が心と体を一致させたいと言う願いに合致しているので、こんな嬉しいことはない、と言われた。

おかあさんに対する葛藤も解決した。おかあさんは不幸でいることが幸せだったのに、わたしはおかあさんに幸福になってほしくて、いろいろなことをした。おかあさんは不幸でいることを邪魔されるのがいやだったのでわたしを虐待した。
そういう因果がわかったので、おかあさんに関しては今後放っておこうと思う。興味もなくなった。

世の中には善良な人もいるし邪悪な人もいるしどっちでもない人もいる。それぞれの存在はあるがままに受け入れれば良い。変えることはできない。変えたいと願っている人の手伝いはできるし、どこが困っているのか戸惑っている人に寄り添うことはできる。
わたしの能力はそういうことらしい。痛みを取ったり、本人が治癒するための勇気を出す手伝いをしたり、アドバイスをしたり、呪いを和らげたり、考え方を楽にしたり、問題を一緒に考えたり、話題に出て来た人を透視したりすることができる。
運命とか流れを読んだり、予知の一種をしたり、お金の回り方を良くするためのアドバイスもできる。

マッサージ屋さんのためにセッションをした時間は三十分だったのにえらく疲れた。
魔女はすねてしまうし。だから、マッサージ屋さんに謝ってもらった。魔女は機嫌を直した。けっこう気分屋だ。


ヒプノセラピー後のサイキックな目覚め

ヒプノセラピーには相性もあると思いますが、食べないケーキの味がわからないのと同じでやらないと合うかもわからないと思います。
やってみても、失うのは、お金だけだから、おもしろがるような気持ちで受けると深く味わえると思います。味わってみて役に立てばラッキーなんじゃないかな。少なくとも土産話にはなる。
いやな思いをしそうだったら、途中で帰れば良い。
自由なんだから。
大丈夫だよ、って言いたい。

ヒプノセラピーに限らず、スピリチャルなものを道具だと思うこと、信じることは必要じゃないけれど、起きることをあるがまま認識することで、効果が高まると思います。
別に信じる必要はなくて、試してみてうまくいけば、理由なんてどうでも良いんじゃないかって、わたしは単純に思います。信じてもうまくいかないってことはよくあるし。信じなくても存在するってことも良くあるし。現実の物質世界でもよくあることだ。

過去生、といっても、それが本当にそうかなんて、確かめるすべはないです。だから、納得できたらそれにとどめる、位の気持ちで良いと思います。

ヒプノセラピーを受けてから、体と心が一致しやすくなったと思います。直感が鋭くなって、やるべきことを体が教えてくれて、心が素直に受け取りさえすれば、ほとんど考えなくても、正しい行動がとれます。難しく、無駄に考える必要がなくて、ただ、いつも現実を見て、現実が必要としている行動を、瞬時に判断して行動するだけ。考える必要も葛藤する必要もない。

自分を圧倒的に信じていて、心配をしない。どんな状況になっても、未来のわたしがきちんと対応するとわかっているから。
そして、能力以上のことはできないと、わりきって、あきらめているから、先のことを心配しなくなった。だって、最悪死ぬだけだし、死ぬことはたいしたことじゃないから、面白いように試せば良い、失敗を恐れる必要は全然ない。

食べないケーキの味はわからないから、試してみて、おいしいかどうか。それにはお金がかかる。だから、躊躇する理由はひとつもない。だって、恐ろしいことは起きないから。

セラピストには心が開けた。わたしは精神科の先生に対して、えり好みがとてもあるから、セラピストに「おかあさんと和解しません」と言ったときに「そうですか」とジャッジせず、さらっと流したことに、感動して、この人とは相性が良いから、縁を大事にしようと思った。

ここ数日、体調が悪かったのは精神科の薬が切れていたせいもあるけれど、一回死んで黄泉の国へいって、体の一部を失ってその代わりに魔力を得て帰って来たから、生みの苦しみだったのだと思う。

サイキックな能力を、先生に話したけれど、先生はすんなり受け入れて、「脳に鍵がかかっていたり、鍵をかけられていたりして使えなかった部分が、使えるようになって、いろいろわかるようになったんでしょうね。素直に物事を見られるようになった、と言うことだと思う。素直に見れば簡単にわかるって所にたどり着けた、ことがとても嬉しいです。素直に見れば、考えるスピードが速くなって、人を見たときに、本当は五感でものごとを感じて人は思った以上にいろんなことがわかるんだと思う。人間は動物だから、本来、自然に属しているから。だから、わかるのが本当。でも、そういう部分があるのに、それを封じているから具合が悪くなる人が多くて、一生そういう体験ができない人の方が多いと思う。だから、本当に良かった。先生は嬉しい。医師をすごくえり好みするあなたが、良いと思った人がいて良かったです。それはきっと正しい気持ちなんですよ」と言ってくれた。
わかっていたことだけど、病気が悪化したとかじゃなくて良かったです。むしろ、今までで一番良い状態だって言われた。

サイキックな能力が目覚めて、それを必要としている人がいて、それを仕事にしようとしている。
役に立てればそれで良い。
わかってくれない人の方が多いと想像しているけれど、お金を払って信用して来てくれる人だけを相手にするのだから、それ以外の人のことはどうでも良いんだ。関係のある人のことだけ心配して大事にしたい、と思う。

お金を払ってでも来る人は最初から信じている人だから、お金をとった方がやりやすいと思ってそうする。夢でそう説明されたんだ。
けっこう高額な値段で驚いたのだけど、わたしが決めたことじゃないから、ある意味気が楽。責任はあると思うんだけど、見えることしか話せないんだから、見えたことだけ話して、納得したらお金をもらう。払いたくない人には関係ないことなんだから、罪悪感を感じることもないよなあ、と思う。人によってものの値段は自由に決められるんだし。買う方も売る方も。値段は高いけど気持ち的には親切っていうか、ボランティアみたいな気分だ。

わたしの能力はヒーラーだ。
人の痛みや苦しみや悩み、問題と向かうための力になることができる。人間関係のもつれを整理したり。わたしにはそういう映像が見えるし、張り巡らされた念の糸が見える。それを切る手伝いをしたり、率直に痛みを向き合うときに、そばにいることで、わたしの存在自体が励ましになるのだと思うし、心構えや、助けになるものをプレゼントしたり、アドバイスできるようになった。

わたしの中にもうひとりのわたしがいて、彼女は魔女なんだと思うけれど、いろいろアドバイスしてくる。はっきり言って口うるさいし、言うことを聞いて働くよりも家で寝ていたい気持ちが多い。
でも、彼女は基本的には気のいい、お人好しな親切な魔女だから、ちょっとは言う通りにして上げたい、って思う。わたしの魔女はいろんな琴を教えてくれて、いやな部分もあるけっこうキャラの強い人だけど魅力もあるから、まあまあ良かったかな、って思う。他の魔女だったら付き合わないかもしれない。


セックスワークを語るときの困難さに触れることで、ことの本質に迫れる

本当に大事なことは、ものごとを単純に見ること。

セックスワークを語るとき、言葉が強くなり過ぎ、力み過ぎ、大げさに言いすぎてしまう。
また、身を削ってぼろぼろになってしまう。
セックスワーカーの内心を推し量ってしまう。

どうして、素直に語れないのか。
わたしは身を削ってぼろぼろになったのか。

そこに、セックスワークにまつわる周囲の問題、本質が隠れている。

わたしは塾で働くとき、どうせ来たなら、最善を尽くしたいと思って、働いています。
できることはするけれど、できない能力以上のことはできないと思って働いています。

だから、それと同じじゃないかなと思っていたのだけど、それだって、人によるよね、という当たり前のことが書いているときには気づかなかった。

わたしのセックス、労働観、そしてセックスワークについてのエントリのまとめ – c71の一日

それがこの記事の問題ってわけ。

セックスワークについて、考えるときに、感情労働について考えざるを得ない。

「おかあさん的感情労働」ということ。
承認欲求やわがまま、自分だけ特別扱いしてほしいと願う気持ち、そして、それを受け入れることが当たり前だと思っていて、相手にそれを要求しても、相手に負担が一切かからないと信じていること。相手に負担が生じるか、考えの外にあって、要求が当然だと思っていること。無邪気でいる特権があること。

それが「おかあさん的感情労働」を人が望むと言うことだと思うのだけど。
セックスしたい、という欲求は巣立ちのパワーだと思う。それを巣立ちにつかわないで、それを処理してもらう相手に「おかあさん」を望むのはたいへんグロテスクな気がしている。

もちろん、サービスはサービスだと完結してサービスを受けている方も多いと思う。
だけど、セックスワーカーにおかあさんに望むような包容力を望んでいる人はかなり多いと見た。
それがなぜ直感できたかというと、わたしがセックスワークについて語るとき、重く、きつい、追いつめられた気分になるから。追いつめられ、ぼろぼろになって、身を削る気分になるから。

セックスワーカーの重みを少し分けてもらったと考えると、この重みがどこから来たのだろうと思いを馳せる。

わたしが女であることと無関係じゃないはずだ。
女であるわたしがセックスワークについて語るとき、過去の性的搾取のことを連想する。
セックスワークは、セックスワークであって、性的に搾取されることと無関係に、性的サービスを売っているのだと理屈ではわかっているのだけど、性的サービスを売るときには、性的搾取をしたがる人と、いくらかは関わらざるを得ない、そんな確率で働いていることが想像できる。

性的搾取をされると、こころが削れる。
コスパ、特別扱い、得したいというきもちを持つ人は、搾取をする。
性的労働の場で、それが起きたとしたら、それは性的搾取になる。性的搾取が起きたとき、心の中には嵐が起きる。お金で取引すると決めている以上のものが奪われたときに、誰がどうやって補填するのかと言うと、セックスワーカーが自分で自分を回復させるしかないのだ、ということに思い至る。
わたしが性的搾取をされていたとき、それが日常だったとき、そのことを思い出すととても削れる。
セックスワークを生業にしている人は、それがさらにもっと日常的に起きていて、しかも、そこから逃れることが困難なのではないかと思われる。

それを避けるための技術を磨いて、自分を守っているかもしれないけれど、それは本来の業務とは違う技術だ。本来の業務は性的サービスを行うこと。自分の尊厳を守るための技術、を磨かないと行けない現場、というのはそれだけでたいへんなことだ。

おかあさん的な配慮を求めながら、性行為を行う男たちに、わたしはグロテスクさを感じる。
それは近親相姦じゃないのか。

なんのゆかりもない女の体を借りて、本当にしたいことの代わりにすること。おかあさんとセックスしたいこと。それを誤摩化すためのセックスワーカーの体の利用。
それがあり得ると言うこと。

そのことがわたしの気持ちを重くさせる。

過去、わたしはそういうことをされたことがある。そのときには、何が起きているのかわからなかった。男は、わたしに「母なるもの」を求めた。わたしはそれを拒否したが、拒否することが信じられない、という顔をされた。拒否を認識しない、なかったことにする、という対応。わたしはそれに脱力して、脱力しすぎて、言いなりになってしまったのだけど。

その経験があるから、セックスワークを利用する人々のすべてとはもちろん思っていないけれど、一部にはそれと同じことを、お金を払っていると言うことを免罪符にして、もっとえげつなくしている人がいると思っている。


このエントリで書いたように、女に対して、セックスワーカーに、聖なるものと俗なるものを同時に求めて、聖女であること、娼婦であることを同時に両立させることを当たり前だと思って、考えすらしないこと、そういう事態がある。そのこと自体に性的興奮を覚える人がいる。確かにいる。

それは、おかあさんと一体になることを望んでいて、おかあさんをけがすことと、おかあさんを尊敬しているから、何もかも甘えてそれを受け入れる力がおかあさんにはあると信じている、って状態だと思う。
その矛盾に気がついていることが、背徳観を呼んで、背徳観が性的興奮をより強めるのだと思う。

女を自分のおかあさんだと間違える人は多くいる。
中学生に教師が、「おかあさんみたいだね」と言った、という事例を数日前に聞いている。
それを褒め言葉だと思っていて、子どもにすら、おかあさん性を求めてしまう男が存在すると言うこと。

セックスワークを語るとき、わたしはそのことを思う。向き合う。そして、疲れてぼろぼろになる。
わたしはおかあさんを求められたくなかった、と過去のわたしが泣き叫ぶ。そのせいで疲れる。
わたしはそれをセックスワーカーに投影して、たいへんでしょう、つらいでしょうと言いたくなる。しかし、それは彼女たちには無関係なことだから、ぐっと堪える。それは、わたしの体験であって、彼女たちの体験ではないから。だから堪える。堪えるけれども、堪えることがストレスになる。
わたしはそんなに外れたことを思っていないと言う確信があるから、そのことを言いたい。言いたいけれど、セックスワーカーの体験と、わたしの体験は別のものだから。

セックスワークを語るとき、自分の体験を材料にして探る作業が必要だ。そのときに、過去のことを思い出し、そのときの気持ちを生々しく思い出す。
そうしたとき、セックスワーカーに、その気持ちを投影するのは実に簡単なことだ。そうしたくなる。その一方で、自分に起きたこと、そのときの気持ちを投影することは避けないといけない、という理性もある。その狭間で揺れるから、セックスワークは普通の仕事だ、という意識を持つのが難しくなる。だって、わたしはセックスのときにあんなにつらかった、だから、セックスワークが普通に行える仕事だと思えない、男は怖いもので、それと毎日裸で向き合うことが、できるなんて、異常なことだと、セックスワーカーはつらいに違いない、だって、わたしがつらかったのだから、男は怖いのだから、その男たちはセックスワーカーにひどいことをしているに違いない、と心が勝手に叫んでしまう。

そうではないのだよ、良いひともいて悪い人もいるはずだよ、と、理性でなだめる。その繰り返し。だから、わたしはセックスワークを語るとき、過去の自分と対話しながら語り、過去の自分と、セックスワーカーに自分を投影させたくなる気持ちを分離させる作業をするから、疲れるのだろう。

セックスワーカーとわたしは別の人間だ。だけど、わたしは無意識に同一視してしまう。
それは、セックスワーカーにおかあさん的な感情労働を求める男と同じ行動をしている。
そんなわたしを嫌悪するわたしもいる。

セックスワーカーのことを考えるとき、気持ちがとても忙しい。
セックスワーカーとわたしが別の人間であること。それを理解すること。そのことがとても難しい。
それは利用者にとっても難しいと思う。自分の延長だと感じてしまう気持ちが、わかる。わたしも、自分の延長のように、セックスワーカーを思ってしまうから。過去起きたことを投影して、セックスワーカーはこう考えているんじゃないかとか、わたしだったらこうする、とか、よけいなことを考えてしまうから。
わたしの推測では、利用者は、自分の欲望を同じようにセックスワーカーも感じているのではないのかと、思うことが気持ちよくて、自分の延長だと人のことを思えば思うほど気持ちよくなる仕組みが、人間にはあるから、お金を払っているという免罪符が、たがを外してしまうんじゃないか、と思う。
他人と自分の区別がつかなくなるのは、日常でも良くある。セックスのとき、自分と他人の区別がつかなくなることが、わたしにはある。一体になっている気がするし、自分が望んでいることを相手も望んでいると思う、ファンタジーを必要とするから。
もし、そうではなかったら…と発想する余地がないほど思い込んでいるから。発想したら、幻想が崩れてセックスできなくなるのではないかと言う恐怖すらある。

だから、セックスワークについて語ることは難しい。
自分の過去、セックス観、混乱した、他人と自分との区別の問題が、浮上して来て、それをさらけ出すことが必要な作業だから難しい。
セックスワークが、ただの労働だ、と言うことが、理解できる一方で、業務内容が、自分にとって身近で、トラウマの原因だと言うことが、セックスワーカーへの理解を阻む。
セックスと暴力は切っても切れない関係にある。そう思っているわたしがいる。
セックスと欲望、幻想、それがセックスワークを取り巻いている。
語ることの困難さが、セックスワークに関する、大切なことの目印になっていると思う。


久しぶりに寝た

昨日はサイキックな能力を精神科の先生に認められて、喜ばれたのが嬉しかった。
否定されるとばかり思っていたから。

忘れることが恐ろしくて眠れなかったのだけど、起きてみたら、気持ちが整理されているだけで、経験したことは忘れなかった。

催眠療法ではそのとき必要な経験ができる。
漢方薬を飲みまくって、ようやく生き返った。

一度死んで黄泉の国へ行ったから、生みの苦しみで体調が悪かったのではないだろうか。そこで、体の幾分かを差し出して、代わりにサイキックを得たと。

本当に大事なものはものを素直に見る能力。

魔法は、ものを素直に見ることでこじれた糸を観察して教えること。人の体や人の関係にはこじれたいとが絡まり合っているから、それを正視することを一緒に行うことで、お客さんが自分自身でヒーリングすることを助ける。それがわたしの能力らしい。

半信半疑だったし、精神科の先生に相談するまで不安だったけれど、こういうことはあって、体と心が絡まり合って見通せる経験は一笑できない人の方が多いから、よかったですね、今日一日の中でこんなに嬉しい報告を聞けて本当に嬉しい、僕は、心と体を一致させることを目的に治療を行っているから、本当に嬉しい、と言われた。


暇なときの過ごし方!暇を持て余している時

ツイッターでブログのテーマを募集したところ表題のことを聞かれました。

お金もなく、体力もなく、気力のないときの時間の過ごし方、ってことだと思います。
何もしないで良い時間が存在しているとき、それを暇だと感じるってことはそもそも何かの調子が悪いのです。調子が悪いときには何かに関心を持てません。だから、暇なんです。そういうときは、具合が悪いので当然本も読めませんし、情報や知識や物語にも興味が持てないのです。

暇だ、ってことは、やることがないってことです。元気なときには、興味のアンテナが開いているので、やることが多く、暇な場面にそもそも遭遇しません。

だから、暇だ、ってことは、調子が悪い状態が長いってことだと思います。もしくは、忙しい人が、生活のパターンと違うことをした日にふと空いた時間、何をしたいのかわからないってことがあり得るかもしれません。でも、それも、忙しいこと以外の人生の豊かさの部分が貧しく痩せてしまっている状態だと思うので、やっぱり調子が悪い状態なのだと思います。

暇だとやりたくなるのがけんかです。喧嘩を売ったり人に嫌がらせをしたりしたくなります。そして、自分がいやな思いをすることで、時間をつぶすのです。
いやな思いをすると、ずいぶん時間がつぶれます。

昔のことを思い出して、悲しくなったり、怒ったり、自分を卑下したりするのも良くありますね。人を憎んだり恨んだり、過去のことをひとつひとつ思い出したり、将来の不安を数え上げたり、具合が悪くなることを心配するあまり、布団から出たら、具合が悪くなるかもと、行動できなくなる、ということも、暇なときの過ごし方です。

物事に興味を持つには時間がかかります。種をまいて育てなくてはいけません。

最初から、楽しいことっていうのはなくて、やっていくうちにだんだん面白みがわかることが多いと思います。仕事などはその代表で、最初は面白くなくても、強制的に必然的にやっていくので、無理矢理面白さを発見せざるを得なく、発見できなかったらやめるしかない、ってことだと思います。趣味も同じです。無駄にお金をかけて、楽しくもないのに、やってみることの積み重ね、コスパという考え方の対極に存在するのが趣味であり、暇な時の過ごし方を考える、ということです。
コスパ重視でしたら、布団で寝ているのが最もコスパが高いです。

さて、いやな思い出にじっくり浸ることも布団でゴロゴロすることも飽き飽きした、もちろん働きたくもないし、趣味を強制的に何年か続けることで世界を広げることもしたくない、ってことがあると思います。

そういうときは、自分の抱えている問題をじっくり眺める、ってことが楽しいと思います。
解決するのでもなく、怖がるのでもなく、自分を傷つけるのでもなく、ただ、自分の抱えている問題を「問題があるなあ」「どんな問題なのかな」「何が引っかかっているのかなあ」と観察することが楽しいと思います。わからなさ研究です。

わからなさにはヒントが隠れています。問題を抱えているとイライラして、体力を消耗して、新しいことをする気力を奪われます。だから、暇になってしまうのです。

だから、暇なときには自分の抱えている問題を、いやな気分になることを含めて味わって、ああ、問題があるなあと観察するのが良いと思います。そのときにはジャッジをしないで、解決したいとも思わないで、ただ、問題があるな、困っているな、という気持ちの流れに身を任せること。
そういうじっくりした時間の過ごし方が、体と心を健やかにする役に立つと思います。
そうした試みの先に、ゆったりした時間を、暇だと感じずに、楽しめる世界がたち表れるような気がします。

もしくは、わたしはこれからやろうと思うのですが、牛乳を温めてショウガを入れて蜂蜜とシナモンをふって飲もうと思います。ブランデーも入れます。
これも暇なときの過ごし方だと思います。

あきらめる、ゆったりする、おいしいものを作る、お菓子を作る、部屋を綺麗にする、100円ショップで豪遊するなどもおすすめです。腹筋をするのはかなり手軽に時間がつぶれる上、明るい気分になって体調が良くなり、体が温まるので良くします。おいしいものを作るには時間がかかるし、体調を整える効果があるので、それも良いです。


運命

生活の木 C ジュニパー エッセンシャルオイル 10ml

生活の木 C ジュニパー エッセンシャルオイル 10ml

エッセンシャルオイルを適当に取り出して、ぼーっとしながらストーンに垂らしたら、大量に出てしまって、がっかりした。がっかりしたけれど、ジュニパーだった。突然爽快な気持ちになった。今、ジュニパーの香りを嗅ぐことが運命だったのかもしれない。

十八日から体調が悪く、できないことが増えた。今日は彼氏が実家に帰ったのだが、昨日から料理片付け掃除などすべてをやってくれていて、今朝は朝四時に起きて、野菜たっぷりの卵スープと大量のごはんを作っていってくれた。愛が具体的だ。天使なのかもしれない。

最近、たまたま起きたことを運命だと思うようになった。それは必然で、わたしが必要としていたことなのだと。そう思うと、失敗なんてないんだと思える。

問題が起きたときに、問題を正確に見つめるだけで解決する。だから、先回りして心配することには一切意味がない。準備することや備えることは大切だ。でも、それは具体的な行動であるべきだ。
解決すべきことを発見した瞬間、人は、それを解決する方法を見つける。それは信じて良い。
ひとりで、見つめるのが怖い場合が多いから、セラピストがいるんだと思った。

わたしは毒になるものを愛している。毒になるものは薬になる。
毒にならないものには効き目がない。
よいもの、悪いものはすべて裏表だ。

失敗から発見が生まれ、活路が見出される。