呪いが解けた気がした

呪いが解けたなー、とふっと思った。

それは、クレジットカードの精算額を見たときにだったのだけれど、これだけ思う存分買ったし、いいかなあ、と思った。すごい額で、驚いたけれど、買ったしなあ、と思った。買って、嬉しかった、今まで着ないような服を、思い切って買ったんだから、良かったなあと思った。
無駄遣いには違いないけれど、でも、わたしには無駄じゃなかった。旅行に行くよりも旅みたいなものだった。ずっと遠くに来た。新しい経験をたくさんして、いろんな人と出会った。
わたしって、これだけ買えるんだなあと思った。前だったら、「買ってしまった!」と思って、ショックを受けたと思うのだけど、あまり、ショックを受けなかった。
これからは、安物を買わずに、高いものをきちんと試着してから買おうとは思ったけれど、あまり、反省しようとは思わなかった。死にたくもならなかったし、そのことにびっくりした。

まだ、綺麗系の服装を試していないから、これから、買ってみたいけれど、別に焦らなくてもいいかなあ、と思った。
欲しい口紅もあるけど、そんなに高いものじゃないから、ぼちぼち買っていけば良いかなあ、なんて思う。

なんでか、焦っていた。早く、綺麗になりたい、って思っていた。

わたしは、二キロ十月に太って、一週間で二キロ痩せた。
ごはんをちゃんと炊いて、三食食べて、毎日一時間歩いたら痩せた。
びっくりした。ごはん、お腹いっぱい食べてもいいんだ、って思った。スープとごはんだけだけど、けっこう満足する。今日は、ロールキャベツ作った。

ジムにも入って、まだ、あまり通っていないけど、痩せるために、いろいろな一歩を踏み出したし、コンビニでバイトをはじめたことも、わたしにとって、大きなことだった。
コンビニのバイトは難しそうだったし、わたしが面接で受かるとは思っていなかった、接客の仕事だったら、仕事につけたことが何よりも嬉しかった。そして、複雑な仕事をこなし、人間関係もそれなりにこなしているから、本当に嬉しい。

わたしは、結構うまくやってる。

なんで、生きるのか考えていた頃は、生きることをしたくないことだったから、それで、理由が欲しかったんだと思う。いやなことをするときには理由が欲しくなるものだと、生徒さんを見ていても思う。勉強いやだと、なんで勉強するんですか、って聞きたくなる。それを聞くのは馬鹿な子だ、という意見を見るけれど、質問ができる子は賢いと思う。なぜ、やるのか、疑問に思わないでできる子は、便利に使われてしまう。
そういう子には、できるようになることで、楽しさがわかることもあるんだよ、だまされたと思って、やってみよう、と言う。

話が脱線したけれど、わたしは生きるのがつらかった頃、なんで、生きるのかわからなかった。
だまされたと思って、生きてみた。やりたいことをしてみた。買い物もたくさんした。楽しかった。

欲しいものを手に入れるのは気持ちがいい。気分がいい。楽しい。自分に似合うものを、探す旅をしたのは、本当に良かった。お金はたくさんかかかったけれど、わたしには必要なことだった。
欲しいもので頭がいっぱいになって、そして、そのまま、買う、という快感と、幸福感は一生の宝物になると思う。

今後、こんな風に、欲しいものを欲しいだけ買う、なんてことがずっとできるわけじゃないのは、わかっている。これからは貯蓄もしていかないといけないし。
今を楽しめて良かった。
わたしが綺麗な装いをして、褒められて、してみたかったけれど、チャレンジできなかった服装をして。
古い服を捨てて、ヒールのある靴を履いて。女らしい服を着て。ずっと憧れていた、女らしい服。
わたしは、女らしい服が大好きだ。とても癒される。便利な服よりも、着心地が良くて、ふんわりして、色の綺麗な、女らしい服が好きだ。
化粧も大好きになった。家にいるときでも、口紅をつけているくらいだ。鏡を見て、うっとりしている。口紅をつけると、顔色がぱっと華やかになるし、いいにおいがするし、とにかく楽しい。
髪の毛にパーマをかけたのも、色を染めたのも、冒険だった。
わたしの冒険は、成功した。
わたしは自分を取り戻した。やってはいけないこと、くだらないと言われていたことをした。それらは全部楽しかった。周りの人も、綺麗になったと褒めてくれた。わたしはとても幸せな気持ちになった。うっとりした。

もう、心の中で、おかあさんの声はしない。
こんなものを買って、と言う声がしない。

わたしは買ったものをしまい込まない。押し入れに入れない。
ちゃんと袋から出して、使う。
飾っておかないで、着る。
古くなっても良い。服は消耗品なんだから、そのとき、楽しかったら良いんだ。
大事にしすぎて着ないのはもったいない。
おかあさんみたいに、高い服だから、と言って、着ないですごして、不平ばかりいうことは、しないで済む人生に変わったんだ。

化粧品のカウンターがずっと怖かったのだけど、ボビィブラウンのカウンターのお姉さんとなら、楽しく会話できる。
ボビィブラウンのお姉さんは、製品を愛しているのが伝わってくるから、話していて楽しい。
そういう好きなブランドができたのも嬉しい。
わたしは、ボビィブラウンと、ディオールが好きだなあ、と思う。好きなものがあるのはとっても良い。サイトを見て、考え方を見るのも好きだ。ブランドには、それぞれの考え方がある。そういうのが知ることができたのも嬉しい。

エステにだって、行けるようになった。
プロの手を借りて、自分がどういう特徴があって、どういう良さがあるのか、冷静に教えてもらえて、自分がそれほどブスじゃないことがわかった。
良いところを見つけてもらうのに、お金を払うのはいい気分だ。
わたしだって、生徒さんの良いところを探すためにお金をもらっている。
同じ交換だ。
わたしは、良いところを教えてもらうために、プロに、自分が綺麗になるためのアドバイスをもらう。
そうして、失われた時間をショートカットして、手に入れる。

世の中には綺麗な色の服がたくさんある。社会的な決まりに沿って、服を着るのは、したくない。
この年だからベージュしか着てはいけないとか、ピンクがモテるとか、そうじゃなくて、わたしは、ベージュが好きだし、ピンクを着ると気持ちが上がるから、選ぶ。

気持ちが上がるために、お金を使うのは無駄だと思っていたけれど、気持ちを一日でも上げられたら、それで、一日生き延びられるんだったら、それでいいじゃん、って思うようになった。
わたしは、それで良いんだ。

毎日、工夫して、気持ちを上げて、おいしいものを食べて、楽しく暮らす。
それが、生きる秘訣なんだ、って気がついた。

今は、生きるのが上手になったから、わかる。

わたしが生きている理由は、楽しいから。幸せだから。幸福だから。満たされているから。だから、明日も楽しみだから、今日眠ったら、朝起きるのが、楽しみで、それを続けたいから、だから、生きていたい。

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仕事のあれこれ

今日は、明日の朝のバイトがないから夜更かしします。

パニックが起きているから眠れないし。

パニックが起きるのは久しぶりです。お薬をしこたま飲んで、意識を飛ばしています。

今日はコンビニバイトで、お客様と目を合わせるということをやってみました。
いつもバイオハザードのゾンビをやっつけるみたいな意識でやっているのですけど、目を合わせても殺されはしない、と自分に言い聞かせてやったら、意外と、微笑み返してもらえるものなのですね。
かなり癒されました。人の役に立つ仕事は良いなあ。相手が欲しいものを売って、喜んでもらえるのは良いなあと思います。

パートさんで、一生懸命やっているのに評価されないと愚痴っている人がいますが、評価されにくい業種と言うのはあります。お店全体で回れば良いので、その中で、怠けていても、一生懸命やっても、お店自体が回っていて、利益が出ていたら、個別のことまで見ないと思います。

だから、評価されたかったら、営業とか、評価されやすい仕事につくといいんじゃないかなあ、と思います。

今日は、塾講師、年収、でぐぐりました。
全然平均に届かないので、悲しくなりました。

わたしもこれで、三年目です。少しずつ収入は上がって、正社員時代よりも多くもらえるようになりました。もう少し稼ぎたいです。入るのはたくさん入るけど、出て行くお金の管理ができていないから、もう少し考えたいです。

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虫歯ができたのでパニクっている

虫歯ができたのでパニクっている。歯がなくなってしまったらどうしよう?

この歯で一生やっていくしかないのに、メンテナンスちゃんとやらなかった。

だめだ、ダメ人間だ。

ああああ。怖いよう。

追記
歯がなくなってしまうのが、怖い。
でも、進行は早くないらしいから、落ち着こうと思う。
こういうことでパニックが起きやすい。

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決断するときに顔色をうかがわなくなった

決断するときに、人の顔色をうかがわなくなった。

架空の、母の非難をおそれて、いつも冷や汗が出ていた。

たった、百円を使うだけでも、「こんなもの買って」と言われるのが怖かった。だから、いつも、買ったものを押し入れに隠していた。買ったものにケチを付けられるのがつらかった。押し入れに隠しているから、買っても、買った感覚がなかった。

頭の中で、こんなことはもったいない、馬鹿げている、という声がしなくなった。
そういうことにも気づかないくらい、自然に、しなくなった。そんなことがあったことさえ、忘れていた。

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問題のないパートナー

今までわたしは、問題のあるパートナーを選んで来た。

今のパートナーは、何も問題がない。

自立していて、お金に綺麗で、働き者だ。嘘をつかない。誠実で、思いやりがある。
常識もある。食べたお皿は洗う。買って来たものでも、お皿によそう。荒れたところが何もないひとだ。
身だしなみも自分で整える。綺麗な歯をしている。

自己評価が低いと、問題のあるパートナーを選んでしまうらしい。

欠点には目をつぶって、こんなわたしには、この人しかいないと思い込むには、確かに自己評価の高さは邪魔になりそうだ。惨めな目に遭えば、悲しい一方で自分の居場所のように落ち着く。
嵐に巻き込まれていれば、自分の内面には向き合わずに済むからだ。
いつも、誰かのせいにしていられる。
苦しいことが外からやってくると、思っていられる。
病的な一体感の中で、お互いがお互いを必要とし、必要とされている、という幻想に浸っていられる。自我が解け合うような異様な関係。過剰な世話焼きに、時間は取られ、精神はすり減る。自分も、相手も、お互いに侵入的な世話焼きをする。そうして、お互いの領域を侵略する。
それは、私生活も、将来の展望も、自分の時間も、すべて破壊する。
奪われる。奪ってしまう。
どんなに尽くしても、見返りはない。
お互いに誠実ではないから。誠実ならば、お互いの人生を尊重する。
そうではない。自分勝手に過ごして、自分の思い通りにならなかったら、機嫌を悪くする、子どものような関係。
それは、対等じゃなかった。
わたしは、自分と似た相手を選んでいた。きちんと。

本当は、わたしの中には呪いがあって、その呪いを解かないといけなかった。

わたしは良い年だが、問題のないパートナーとつきあっても、居心地が悪くならなくなったのは、自分の自己評価が上がったからなんだろう。

呪いを解くには、お金も手間もかかった。怠け者だと思っていた自分が、かけもちで働くほど、働き者だとも知った。たしかに、働きすぎると眠くなってしまうけれど、お昼寝をすればいい。そういう工夫ができるようになったことが大きな成長といえるだろう。

ふりふりの服を着て、足を出しても、太っても、今のパートナーはにこにこしている。それで良いと言う。おかしな髪型にしても、気に入っているならいいんじゃない、と言ってくれる。

本当に良い人だ。食べるものに困らないように、お土産はいつも食べ物だ。健やかな感じがする。

わたしは昔病的な人に惹かれた。惹かれた、というか、引かれた。そして、搾取されていた。わたしも搾取していたんじゃなかろうか。わたしは、なにもせず、ニコニコと笑って、それだけを求められているような気がしていた。相手が愛していると言う自分は、自分ではない気がしていた、自分で自分の人生を歩んでいる感じがしなかった。

いつでも、体の周りに膜があって、それを通して感じていて、視点が、頭の三十センチくらい上にあって、音がぐわんぐわんと歪んで聞こえていたから、いつも疲れていた。だから、そんな風にしていたから、危険な目にもたくさんあった。

今は、はっきりしている。躁状態になっても、欲しいものを買って、自分に使っているのは、呪いを解く作業になっていると思う。こんなにも、切羽詰まった気持ちで、何か欲しいと思わなくて済むなら、もっといいのだけれど。

わたしは、欲しいもののお化けだ。

本当に必要なもののお金をとっておけていない。その分稼げば良いと甘く考えていて、計画性がまるでない。

わたしは呪いと、呪いを解くための行動と、新しい落ち着いた生活の狭間で、引き裂かれている。

ペースダウンして、問題のないパートナーにふさわしい、落ち着いた人間になりたい。

わたしは、彼を選べたのだから、昔よりもずっと生きやすく、自己肯定感が高い人間になったのだと思う。お互い依存せず、相手のことを尊重して、会いたいと願える関係になっている。

問題のないパートナーを選べるようになったことを、まずは喜びたい。

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躁状態がやって来た

二時になりそうな時間だというのに、眠れないので、睡眠薬を飲んだ。追加して飲んだ。

あと、三時間したら起きないといけない。

食べたくないのに、おなかがすいた気がして、チャーハンを食べた。レタスもたくさん食べた。バナナも食べた。カップラーメンは食べなかった。それだけでも今日は偉い。
食べたら眠れると思っている自分を発見した。
今度からは眠れなくても食べないようにしよう。
眠れないと不安になって、不安を打ち消すために食べたくなるみたいだ。

化粧品がやたらと欲しかったのは、躁状態もあったのかもしれない。過活動になっても、気がつかない。上機嫌でいるから、眠れなくなるまで気がつかない。今日は二時間半、歩いたから、おかしいといえば、おかしかったのかもしれない。

それでも、お金は、ネットショッピングで、少し買い物しただけにとどまったから良かった。

今日はおいしいものをヘルパーさんに教わった。

タマネギと人参をみじん切りにして、そぼろを作って、醤油大さじ四杯、酒、みりん、砂糖大さじ二杯で味付けして、レタスや水菜とどんぶりに盛って、チリソースとマヨネーズをかけるというものだ。

こういうの、クックパッドで探せないから、直に教えてもらえるのはありがたい。そして、凍らしたので、また食べられる。良かった。

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きらきらしているもの

きらきらしているものを取り戻したい。

わたしには、それがなかった。

きらきらしているはずの、青春時代は、真っ暗だった。
今が一番いい時期だね、と言われると絶望した。ああ、これよりも悪くなるなんて。

毎日死ぬことばかりを考えていた。ここでなら、死ねる、あそこでなら、死ねる。

服を買ってもらったことなんてなかった。綺麗なものを買ってもらったこともなかった。

二十年前のお古を着ていただけだった。中性的な振る舞いをしているときだけ褒められた。

わたしは、髪を長くしてみたかったし、女らしい服も着てみたかった。パステルカラーの儚い風情の服を着こなしてみたかった。雑誌も買ってみたかった。雑誌を見て、camcamとかviviみたいなカッコウをしてみたかった。する機会がなかった。

わたしはきらきらしているものが、今でも欲しい。

だから、きらきらしたパッケージの化粧品に引かれるのだろう。アナスイ

こんなきらきらしたパッケージの口紅が欲しくてたまらない。
それほど高い値段じゃないから買ってしまいたい。
時間は取り戻せないけど、あの頃欲しかったものをわたしは買いたい。

六月から八月まで、年甲斐もなく、ひらひら、ふわふわした服を着ていた。ミニスカートも着ていた。
わたしは超特急で、年齢にふさわしい服を着直している。わたしがミニスカートを履いたのは、年甲斐もないと言われるような年だったし、体形も綺麗じゃなかったけれど、わたしには必要だった。わたしは、今度は、アンサンブルニットと、Aラインの長さのスカートが着たい。シックな、女らしいエレガンスな服が着たい。

きらきらしているものに、わたしは触れてはいけないと思っていた。
そんなことはなかった。
わたしにはきらきらした、思い出だって、ふさわしい。一晩眠れば忘れるようなものでも、わたしは一瞬でも気持ちが上がれば、それだけの価値があるのだ。
わたしは、ほしい、ほしいの、おばけになっている。破産しないようにしないといけない。
お金を貯めなくてはいけない。このペースは少しまずい。

きらきらしたものを手に入れるためには泥の中で浮上していくためにばたつかなくてはいけない。
それは誰もが同じことで、きらきらするのには、とてもたいへんなことがあるのだ。

わたしは美しくなくて良い。きらきらしたものがほしい。きらきらしたものの一部になりたい。

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赤い口紅

赤い口紅が欲しいと思う。

赤いグロスも欲しい。紫色の口紅も欲しい。紫色のグロスも欲しい。
色とりどりの化粧品がそろえば、眺めているだけでも幸せだろう。
今でも、毎日、好きな化粧品のブランドのサイトを眺めていて、なにを買うかが楽しみだ。

思い詰めると、全部買い占めたいと思ってしまうけれど、我慢している。
昔だったら、我慢できなかったと思うけれど、今は我慢できている。
一日我慢できたら、次の日も我慢しようと思う。
一日、一日、先に延ばしていけば、浪費癖も、落ち着くのではないかと思う。
わたしのこの焦りは、おかあさんからの、呪いを早く解きたいと願っているから、一日も早く、自由になりたいから、起きているのだと思う。

顔に色を塗ると、イメージが変わるので楽しい。化粧は、においと、感触と色合いに差があることを知った。
アイシャドウひとつとっても、同じような色でも、発色や、粉の細かさや、粉の柔らかさ、飛び散り方によって、色のつき方が変わる。ラメの細かさや色合いも違う。きらめきも違う。塗り方によって、イメージも変わる。グラデーションや、色の変化を見るのはとても面白い。組み合わせによっても、全然変わる。毎日試してみたい。化粧は自由だ。いろんな組み合わせによっていろんなイメージが生まれる。それはとても創造的だ。すべての扉を開けたいと思う。

新しい化粧品と、仲良くなってから次のを買おうと思うけれど、すぐに次のが欲しくなる。家でくつろいでいるときも、口にだけはグロスを塗っているときもある。唇が綺麗に見えるから嬉しい。良い香りもする。べたべたしない。わたしは良い香りのする口紅とグロスが好きだ。

わたしのおかあさんは、口紅はくさいと言っていた。わたしはそれを信じていた。だけど、くさくない良い香りのする口紅はたくさんある。おかあさんは、それを知らなかったのだ。かわいそうだな。と思う。

おかあさんの時代は、あまり情報がなくて、お金もなかったし、自分に使うってことも想像していなかったんだろう。そういうのが、かわいそう。

でも、その生活スタイルも、おかあさんがどこかしら自分で選んでいたんだろうと思う。

おかあさんにも呪いがかかっていたのは、間違いない。

おかあさんは、化粧をすることにも、ヒールを履くことにも、嫌悪感を感じていたようだ。

だけど、それをわたしに押し付けたのは間違いだった。

わたしの感じ方と、おかあさんの感じ方は違う。
別の人間だ。
でも、おかあさんは、わたしと自分の境界線を間違えていた。
自分と、わたしの区別を、つけられなかったようだ。

わたしは、小さい頃、おかあさんが赤い口紅を塗った顔が好きだった。でも、半年に一度見られるかどうかだった。
わたしが、大人になりかかったときに、おかあさんが、前歯に、赤い口紅をつけてしまってそのままにっと笑ったときに、わたしはおかあさんがいやになった。年を取ると、唇に縦の皺が入るから、丁寧に塗らないといけない。おかあさんは、そういうことを知らなかった。でも、他の人の化粧の悪口は言った。お化粧がきっと嫌いだったのだろう。

おかあさんが、自分の顔を嫌いだった証拠はたくさんある。
おかあさんは、わたしが化粧をすると、色気づきやがって、といって、髪をひっぱった。
チークを入れると、おてもやんと言って、笑った。

わたしは、自分の顔が好きだ。シミがあっても、ほくろが多くても、傷があっても、好きだ。
普通の人は、欠点ばかりを見ないのだ、と本当にわかってから、少しずつ、自分の顔が好きになった。
自分の顔を好きになることは、世界を信頼すること、外界、周り、周囲の人を信じることと同義だった。

おかあさんは、誰もあんたの顔なんて、見ていない、だから気にするな、と言っていたけれど、そんなことはない。
わたしは人の顔を良く見るようになったし、わたしの顔を見てくれる人もいる。
化粧をすると、褒めてくれる人もたくさんいる。
自分の顔を好きになったら、世の中のことを好きになった。
だから、化粧をすることは、わたしにとって、とても大切なことだった。
自分が嫌いな場所を、消すことができて、好きなところを強調できるのだから、精神にとても良かった。
毎日しなくて良い状況だから、よけい、そう思うのかもしれないけれど。

おかあさんは、励まそうとして、わたしにああ言ったのかもしれないけれど、わたしは慰められるような顔だと思われたことは、つらかった。結局、お前の顔を気にしているものなどいない、という言葉は、わたしにとっては呪いだった。

わたしの顔は、どちらかというと良い顔だ。そう思う。好きだ。おかあさんは、もしかすると、顔を気にするよりも、大事なことがあると言いたかったのかもしれないけれど、それでも、ああいわないでくれた方が、わたしには、ありがたかった。わたしは自分の顔を気にしてほしかったのだから。自分で気にしたい年頃だったのだから。気にしないことを褒められるのは、つらかった。
わたしは、自分の顔に歪んだイメージを持つようになってしまった。
必要以上に醜いと思って、まっすぐ鏡を見られなくなったし、写真を撮ることができなくなってしまった。だからわたしの写真はほとんど残っていない。

わたしひとりの写真というのはなくて、おかあさんが一緒に写っている写真しかない。
家族の写真もなくて、おかあさんと、わたし、二人の写真しかない。

顔を通して、人と人とがわかりあうことや、顔を認められることで、世界に受け入れられると感じることもあるから、興味があったら、化粧をした方がずっと良いと思う。

それまで、わたしは顔が嫌いだった。自分の顔にこだわりがあった。どんなに人に褒めてもらっても、可愛いと言われても、わたしはそれを信じていなかった。いつも笑顔でかわしていた。失礼なことをした。

わたしは家を出て、もう何年もたつのに、自分の顔がずっと嫌いだった。整形をしたくて、何十時間も調べた。

でも、わたしの顔は良い顔だ。目も鼻もはっきりしている。ほお骨とあごが発達しているのが嫌いだったけれど、最近は、丸顔よりも、ちょっと骨張った顔の方が流行っているから、顔の美醜よりも流行の方が大きいのだと知った。流行にあわせて、顔を変えるよりも、自分の顔を好きになった方がずっと楽だ。お金もかからない。整形するのだと思えば、化粧品を買うのは、全然問題ないことだ。

わたしは、化粧をすると、化粧品が減ってしまうことに、罪悪感を感じていた。だから、化粧をしなかった。

でも、今は、減るものだとわかったし、新しい商品をいろいろ試す楽しみがあることも知ったから、とても楽しい。

今日は、友だちからもらった、ランコムのオレンジ色のグロスをつけた。嬉しかった。柑橘系の、レモンみたいな、良い香りがした。嬉しかった。ガラスみたいに、ピカピカの唇になった。パッケージに音符がついている。こういう素敵なものをもらうと、気分がとても上がる。

友だちが遊びに来てくれたので、カニを食べて、製本をした。楽しかった。

わたしは人から化粧品をもらったり、あげたりするようになった。

本を読む以外にも、楽しいことはたくさんある。
装うことは、無意味なことだと教わっていたけれども、自分の気持ちが、五分でも、十分でも、楽しければそれで良いと思う。

惨めな格好をしていたときは、わたしは惨めだった。他には何も持っていなかった。わたしはずっと何も持たない、何にもなれない人だった。何かになりたいと本気で思ったこともなかった。だけど、何かになれといつもプレッシャーをかけられていた気がする。あなたは、特別なのだと。だから、普通の女のするようなことはするなと言われ続けていた気がする。
そんな暇があるのならば、少しでも、勉強しろと言われていた。

わたしは今も何者でもないけれど、でも、何者でもない自分のことが好きだ。何者にもならなくていいのだ。わたしはとても身軽だ。自由だ。わたしは何者でもない。わたしには自分の名前とこの体があるだけだ。
わたしは自分が大事だ。
大事なわたしには、赤い口紅が似合うだろう。

わたしは赤い口紅が塗りたい。

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人生が充実して来たこと

彼氏のことがとても好き、立派な人で、優しいからいつまでも続くと良いと思う。

最近は、収入が増えている、今の調子でいきたい、そして、お金を貯めていろいろなことに備えるようにシフトしたい。

今までは人生の取り返しをつきたかったから、たくさん使っていた。でも、だいぶ、満足した。わたしは満足しなかったら、いつでもいらいらしたかっただろう。今は、満足している。化粧も習ったから、いつでも、綺麗な顔になれるし、化粧をしなくても良い。選べるようになったのが嬉しいから毎日は化粧しない。

最近はまあまあぼちぼちうまくいっている。
今日はカレーを作った。
明日も食べるだろう。

お金を貯めたいと思うようになって来た。今まで、自分が思うように服を着られなかったことについて、だんだん気持ちが落ち着いて来た。
わたしは、洋服を買うことが必要だったと思う。

わたしはそれほどおしゃれじゃない。でも、そこそこは楽しみたいと思う。

だから、今度はパーソナルデザインを受けたいと思う。そのためにお金を貯めたい。

わたしにはずいぶん呪いがかかっていた。この一年、思うように、好き勝手生きることができた。そうして良いんだ、と身に染みてわかった。

わたしは、太ったし、食べ過ぎているし、お金も使いすぎているけれど、今は死にたくない。間食もするし、だめなところはたくさんあるけれど、でも、今は死にたいと思わなくなった。
わたしは結構働き者だし、頑張れるところもある。

数学がとても得意だから、いろんな人に喜んでもらえる。
そういうところがあることがわかってよかった。

こういう経験を通して、人生の呪いが解かれるのだと思う。
そのためにいくらお金がかかっても、時間がかかっても、生きることが楽しいと思えるならば必要な投資だったと思う。それが誰にわかってもらえなくてもかまわない。

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世の中には汚い人生を送り死ぬ人がいるなあと思う

毎日嫌がらせのコメントを書く人がいる。ブログに。
ゴキブリみたいな人生だな、この人、わたしのブログに粘着して、それで、毎日一分くらい人生を費やしている、嫌がらせ、見ず知らずの人間に嫌がらせしているなんて、なんて汚らしい人生だろうと思いながらコメントをぶちっと消す。

わたしはそういう人生じゃなくて良かったと思う。わたしはブログを書くが、それは他人のブログに嫌がらせをすることと全くの別の次元のことだからだ。

汚い人間は汚い時間を過ごして汚い人生を終えるんだろうと思う。かわいそうとも思わない。汚いまま惨めなまま、思考もせずに死ねば良いと思う。

毎日、書き込みをしている変な人は、きっと暇なのだろうし、充実していないんだろう。わたしに執拗に生活保護を勧めてくる。でも、生活保護は全然悪いことなんかじゃない。そういう風に、生活保護をすすめることが嫌がらせになると思う品性が気持ち悪い。

わたしのことが気になるんだろう。だけど、わたしはその人のことを気持ち悪いと思う。気持ち悪いと思うだけだけど。

わたしは仕事がうまくいっている。仕事からかえってブログをチェックするまで、ゴキブリみたいな(ゴキブリは単なる昆虫だから書き込みはしないが)人間がいることを忘れている。そして、ぶちっと消す。

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