自分を研究するために、いろいろなことをしてみる

わたしは、いろいろなことをやってみようと決めています。
いろいろなことをすると、負担も大きいですが、反射で、できないこと、できること、がクリアになるような気がするからです。
できないことは、工夫をして、できることはのばしていきたいです。

二十代の頃、できることを制限されていたのがつらかったからもあります。

その結果、わたしの能力はあまり伸びませんでした。
発達障害者であっても、能力は伸びたりできるようになったりする部分があると思います。
ただし、それがどこなのかわかりません。
だから、やってみるしかないんだろうなと思っています。

今、わたしは、お金を儲けることが面白くてたまりません。だから、それをしたいと思って動いています。正直言って不安は大きいです。
対人関係に大きな問題を抱えていること、ゆっくりでないと、人の気持ちを考えられないことはたいへんです。
わたしの二番目のおかあさんを見ると、わたしと話しているだけでみるみるうちに疲れ果てていくのがわかります。

今は勢いのある時期なので、注意しないと、あとで寝込むことになります。
もう、睡眠障害が出ていますので、そろそろ倒れることと思います。

勢いのあるときはネットで買い物をしてしまったり、します。
たいてい必要なものですが、買ったことを覚えていないこともしばしばです。
困ったことです。買い物とのつきあい、欲しいものとの付き合いが今一番の課題です。

昨日は職場の飲み会でした。

わたしの発言がきっかけで、大げんかが勃発しました。
最後には二人は仲直りしましたが、わたしはびっくりして、眠れなくなってしまいました。
言わなければ良かったかなとか、いろいろ思いました。
でも、飲み会に参加したおかげで、文芸サークルに誘われたので、やってみたいと思います。
人と人とのつながりが増えるのはとても嬉しいことです。

仕事の性質上、人間関係が広がりにくいからです。
わたしに必要なのは人間関係の広がりだと思います。
とても嬉しいです。

しかし、昨日はアルバイトが受かったことと、飲み会のけんかのおかげで、気持ちが落ち着かず、一睡もできませんでした。
嬉しいことが起きると、ストレスになるみたいです。
新しいことをしたりすること、他の人がけんかしているのを見ることは、とてもわたしの気持ちを乱します。


アルバイトに受かって、眠るのが怖い

アルバイトに受かりました。
早朝のコンビニのアルバイトで、即決していただけました。
本当は喜べることなのに、いまいち、喜べません。
なぜなら、不安が先にくることです。
願っていたことが叶うと、怖いと思ってしまいます。
良いこと、嬉しいことがあると、そんなはずはないと、思って、怯えてしまいます。
損な性分です。

自信を持って取り組めばいいんだと思います。失敗してもそれだけのことだから。

わたしは、アルバイトに絶対に受からないと思っていました。
それは、以前はアルバイトにまったく受からなかったからです。
今回は、履歴書を適当に書きました。
それが良かったのかなと思いました。
決まるときには、面接も志望動機すら聞かれなくて、いきなりシフトの話や研修の話をしてもらえるんだなと思って、感動しました。一週間のちに、連絡がいきますというのは、断り文句だったのですね。

アルバイトで働ければ収入が増えるので、貯金ができるようになります。
朝働いて、昼寝をして、夜の仕事をすれば、頭の中が混乱するのを一回休められるので、いいんじゃないかと思ってやってみます。

今日は職場の飲み会があって、たくさん話しました。
話したあと、浮いてしまっていたんじゃないかと不安にかられます。
いろいろなことがあると、あれこれ、人に話したくなります。
今日これがあってね、あれがあってね、と話したくなります。
思えば、わたしの1人目のおかあさんは、話は良く聞いてくれたなあと思って懐かしくなります。

わたしは、今日、失敗したとしても、それは、眠れば終わることだから、きっと、明日は大丈夫です。
明日は明日のわたしが頑張ってくれるはずです。
以前はこういう風に思えなかったので、一晩中、ありもしないことを不安に思っていたので、少しは成長したかもしれません。

今日はそう思えることが収穫です。


わたしはへんじゃない

わたしは自分のことを天才で素晴らしいなと思うことがあります。

わたしは自分のことをへんで、誰よりも劣っていると思うことがあります。

わたしは、普通だと思うことがあります。

それらの中をだいたいさまよっています。

わたしの人との距離のつめ方はおかしいらしいです。いきなり、すごく親しい関係みたいに距離をつめることがあるので、そういうのが苦手な人にはぎょっとさせてしまうし、わたしも、良く知らない相手に打ち明け話をしてしまったりして失敗が多いです。

でも、世間を観察していると、おかしいのは、わたしだけではないように思えます。
わたしが危なっかしいから、心配して助言してくれる人が周りにたくさんいて、だから、わたしが、そういう風に言われる機会が多いのかな、とぼんやり思います。

いわゆる、定型の人はわたしから見ると普通の人ですけれど、定型の人の自意識は、「自分は変わっている」だと思います。人はばらばらしているものだからです。
ある面では普通だしある面ではへんだ、ということです。

なので、わたしは多少へんかもしれませんが、そのへんさは、ばらつきの範囲内なんだろうな、と想像しています。


世界に対して丸裸でいます

わたしは、世界と向き合うのにあたって、丸裸でいます。
そして、寒い寒いと言って凍えているのです。

わたしは思っていることを言います。
あるときまで、言いたくないことは言わなくていいのだと知りませんでした。
それを知ってから、ずいぶん人生が楽になりました。
わたしはそれまで、なんでもずけずけ言う、鈍い人という扱いを受けていました。
だから、ひどいこともたくさん言われました。

わたしは、思っていることが言えません。
相手が正しいと確信していることを、世間的に正しいのかもしれないと思ってしまったら、拒否できないのです。
自分が普通ではない、と思っていることの恐怖で、相手が間違っているかもしれないということを思いつかないのです。

だから、例えばセックスの場面で、「これはやりたくない」ということを言えません。
相手は満足します。わたしは気持ち悪くなります。そういうことがとても多いです。
それは不幸なことです。
わたしは、最後まで演技をしきり、関係性から逃げ出します。逃げ出せれば運が良いです。
体調が悪くなってから、ああ、あの人はわたしにとってストレスだったのだ、と気づくことも多いです。

たとえば、今、話題になっている家庭内風俗というものを、結婚した相手に、押し付けられてしまったら、わたしは拒否できないでしょう。
わたしは、そういうことを拒否できません。要求に対して拒否する力が弱いのです。
恋人ならば逃げ出せます。結婚相手だと逃げ出せません。
わたしは、あの記事を見ると、結婚が怖くなってしまいます。
そういうことを無理強いしないひとと結婚しなくてはいけないと思います。

正しい/正しくない、普通/普通ではない、自分の感覚を大事にする/世間に合わせることのバランスがたいそう難しいのです。
それは、わたしの中にない価値観だからです。
真っ暗な中を手探りしていって、正解らしきものを手に取らないといけません。
それが納得できないことが大半です。
それらは、合理的とは言えない慣習だからです。
それでも、慣習を身にまとわなければ、存在できなくなります。
自分がありのままでいるとすると、世間との圧力が大きくなります。
けれど、世間の圧力に同調しすぎると、病気になってしまいます。

世界に対して、せめて、洋服を着なくてはいけません。
さもなければ、風邪を引いてしまうでしょう。
悪ければ、死んでしまうでしょう。


むきだしの言葉

言葉を額面通りに受け取ることと、真意を察すること – よもちかブログ
昨日に引き続き、よもちかさんのエントリを引用させていただきます。

わたしは、ずいぶん率直にしゃべるので、人をぎょっとさせてしまいます。
言葉がむき出しなんです。
話すことは得意だけれど、伝えるのは下手です。

それは日本の文化では許容されないので、相手を怒らせたり、苦笑いさせたり、嫌な気持ちにさせます。
言葉通りなのではないのです。
わたしは「なんで、それが楽しいの?」と言います。
わたしは、今でもそういう言い回しをします。それから慌てて、「どうして楽しいのか、知りたいんだよ、わたし趣味がないから、興味があるんだよ」と言い添えます。

言い方がきつい、皮肉めいている、とは良く言われる言葉です。
友だちの結婚式のときに、「幸せでいられるといいよね」と言って、他の人に「今日だけはそういうことをいうのをやめてください」と言われました。
わたしは、奥さんが結婚したいと望んでいて、その通りになったからよかった、と思ったのです。

わたしたちの言葉は矢のようにまっすぐで、人を傷つけることもあります。
ルディ=シモンがいうように、言葉を包装紙に包んで、プレゼントしないといけないのです。

思ったように話すことと、実際に受け取られることに、大きな差があるので、その差を読むことに注意しなくてはいけません。
しかし、わたしたちは、その注意するという能力に大きな穴があるのです。
注意しても気づかない、そもそも注意できない、相手の表情の変化に気づかない…というのが、障害の一部なので。

逆に、相手の人が嫌みを言おうとして、
「なんで、あなたは、それが楽しいの?」と言われたとき、わたしたちは、その皮肉に気がつくことができません。
「えっと、これはね、これが楽しくてね…」とどうして楽しいか、話はじめてしまいます。
そうすると、いじわるな人だと、
「ああ、この人はバカだから、バカにしていじめてもいいんだ」と思うきっかけを与えてしまいます。大人相手はたいへんです。

わたしは、職場ではびくびくしています。
言葉のあやがわからないからです。
びくびくした態度は、相手に攻撃しても良いというサインを与えてしまいます。

わたしは、強い言葉を使うと思われます。
だから、ときどき、言葉が出なくなります。
なんといっていいのか、本当にわからなくなります。
自分の台詞がその場に合っているのか、本当にわからず、何も言えなくなることがあります。

「なんで楽しいの?」の言い方を和らげるために、あとから、たくさん言葉を補います。
そうすると、本当は話したくない自分の情報を自己開示してしまうこともあります。
それは、とても疲れます。消耗します。
相手も疲れることと思います。

だから、わたしは、人と会って、話すと、とても疲れて寝込みます。
帰ってからあの台詞は大丈夫だったのだろうかと思い出しては自問自答し、頭を抱えます。


わたしが発達障害を受け入れているという話

障害受容に伴う泣き言と諦めと – よもちかブログ
よもちかブログさんのこのエントリがとっても好きだなと思いました。
どういう気持ちの流れなのか、とてもよくわかるし、共感できると思いました。
コメントに書こうと思ったのですが、長くなるので、自分のところに書こうと思います。

わたしは、母によると小さい頃から変だったらしいです。
じっとしているし言葉も遅いし自分のペースでしか動かないしかんしゃくもすごいし、本を読んだら止まらないし周りの音も聞かないし、突然泣き出したりわめいたりして、意思の疎通が難しかったけど、ある日突然しゃべるようになってから何もかも説明するようになった。みたいな話だったと思います。

わたしは、勉強ができたので、何もかもそれで押し切るようにしていました。
非常に不器用だったけれど、美術は好きだったし音楽も好きだったので、通知表はいつも良かったです。運動ができなくていじめられても勉強ができたので、先生にはかわいがられていました。かわいがられていたけれども、あり得ないようなミスをして殴られたりもしていました。
ただ、中学校に行くと、今から思うと自閉症スペクトラムの症状が強くなり、理屈で、先生を言い負かすような場面が強くなって、先生からは嫌われていましたが、勉強ができたのでそれでも引け目を感じませんでした。

友だちには奇異に思われていて、ばっちりいじめられていました。この頃から母とうまくいかなくなっていきます。

勉強に対する執着が強く、自分でも苦しかったのですが、止められませんでした。
高校で恐ろしい事件が起こり、解離がでて、不眠と鬱の症状が出ました。
二十歳になって精神科を受診します。

一年前に、精神病院に入院して、自閉症スペクトラム、不安、パニック、鬱、適応障害などの診断がくだされます。

二十歳から向こう、わたしはずっと自分のことを怠け者だと思っていました。
なにしろ、一日、起きてられるためしがなく、一日中寝ていることが多かったからです。

今でもそうです。
自分が怠けているのだか、障害なのだか、薬のせいだか、わかりません。
いつも疲れていて眠いです。やる気がないのかもしれないし、障害のせいかもしれません。何かひとつをやるととても疲れてしまったり、夢中になるとやめられなくなって、具合が悪くなったりします。

わたしは、普通に見えやすいので、たいていのことができるだろうと思われがちなのですが、できないことはできないです。でも、自分の気持ちの中でさえ、できることになっている場合があって、そういうときには無理をします。

両親からはできるようになるよう、プレッシャーをかけられます。特にお金の管理と家事については生きるために必須なので、できるようになりなさいと言われます。
最もなので、頑張ろうと思っていますが、苦しいときも多いです。
それで、できるようになるのかどうなのか、わからないけれど、チャレンジしていこうと思います。

わたしは、障害であることがわかって最初は意味が分かりませんでした。なにそれ、と思いました。そして泣きました。偏見があったから。それから、ほっとしました。
ほっとしてからは、怒りで爆発しました。
障害だとわかっていたら、しなくていい苦労がいっぱいあったからです。
病気にもならなかったでしょう。
病気になるまで頑張って、それでもできなくて、キチガイと呼ばれて、苦しんだ年月のことを思いました。
普通の人にはそれがないのです。その体験がないのです。ひどいです。
その、アドバンテージを当たり前のようにして、わたしにできないのは、努力が足りないと涼しい顔で言っていたのだと思うと恨みがわきました。

今、療育を受けられる恵まれている人たちは、わたしと同じ思いをして生きなくていいと思うと、喜ばしいことなのに苦しくなります。
わたしはサバイバーです。ずるいと思いました。

ほっとした理由は、周りにカミングアウトはしていないので、配慮されることはありませんが、自分で自分をいじめるのが辞められたからです。
無理したって、わたしは普通になれないんです。
だから、普通はあきらめました。
それは、さみしかったです。

わたしは、普通がなんだかわからずに、普通に憧れていました。
普通って何だ。普通ってみんながわたしに投げかける言葉だけれど、わたしはそれを理解できないので、わたしは普通という言葉に疎外感を感じていました。

通じるよね、わかる?と微笑まれても、わたしにはなにもわからない。わからないというと、相手はあきれて、怒りだして、悪いときには怒りださないで陰口を言う。
わたしは陰口を言われていることにも嫌みを言われていることにも気づかず、ただ、悪い雰囲気だということだけがわかります。

いい大学を出ていい就職をする意外の人生じゃないとだめだと思っていたので、それができない理由が、あって、それでもいいんだと思えたのは、良かったと思います。
意味が分かりませんがそういうことです。

どんなに書いても、よもちかさんみたいに、書けないので、わたしは悔しいです。終わり。


お見合い断られました

お見合い断られました。
ちょっとほっとしました。

結婚に対して、前向きになったことを、主治医の先生はとても喜んでくれました。
びっくりしました。

お見合いをして、まだ、結婚は早いなと思いました。

わたしは、家事もうまくできない部分があるし、昼間は昼寝してしまうし、昼寝も何時間も寝てしまうので、主婦はできそうもありません。

一日人といることもまだ耐えられそうもないから、もっと強くなってから結婚したいなと思いました。

でも、お見合いをして、結婚に対するあやふやな気持ちがはっきりして、結婚したい、と思うようになりました。
お見合いをして、本気で結婚したい人と話をするのは新鮮だったです。
相手のいいところを一生懸命探しました。

同級生が大学時代の恋人と結婚するケースを何度も見ると気持ちが焦ってもやもやしました。わたしもそうすれば良かったな、と思っていたので。でも、今は、わたしは、今のままで良いんだ、って思えます。
それは、わたしの過去の自分が、そのときに一番良い選択をしたんだ、と今なら信じられるからです。
そのときの、わたしは一生懸命考えて、この人とは幸せになれないんだ、と決めたのです。

わたしは、これから、いろいろな人と出会えるし、その中で、好きになる人と一緒になって、家庭を持てれば良いなと思います。

わたしの障害は遺伝する可能性が高いですが、障害があるから、人生が面白い面もあるし、わたしが今楽しくやれているのだから、わたしの子どもも楽しくやれる可能性は十分にあると思います。

病気になって、普通なら、知らなくていいこと、人の善意や悪意、両方を見ました。

だから、人生をより深く、味合うことができると思います。
その、わたしの良さをわかってくれる人と出会えたら幸せだと思います。


朝きちんと起きて朝ご飯食べた

昨日から、調子が良くて、良すぎて怖いくらいだ。

今日は朝きちんと起きて、ご飯を食べて、家事をした。
やればできるんじゃないか、と思って嬉しい。
こういう風に、一日でもうまくいく日があると自信がつく。

今日は、お医者さんに行くので、お見合いの話もアルバイトの話も相談したいと思う。

うまくいっているときは、おかしなことをしがちだから、ゆっくり、落ち着いて、慌てないで、過ごしたいと思う。

昨日、バレエがあったから、それで調子がいいのかもしれない。


社会人になってから発達障害でよかったと思ったこと

発達障害で困っていることはたくさん世の中に書いてあるので、良かったことを書いていこうと思います。

わたしは発達障害で良かったことは、物怖じしないことです。

「こんなところにはいけない」などとおもうことがあまりないです。
がんがん行きます。あとから恥ずかしくなることはあるけれど、周りの目を気にするということがないから、チャンスがあって興味があることなら、何でもします。
たとえば、わたしは以前谷川俊太郎先生と対談したことがあります。すごいでしょう。

だから、普通の人なら、遠慮するところをしないので、得難い経験ができます。

そのかわり、いじめられるときには、半端ないです。

ただ、理屈中心で生きているので、言われたことは傷になっても、「でも、わたしは悪くない」と自分なりに理屈が構築できたときには、「わたしは悪くない」で押し通せます。

その分、世間の風当たりは強いです。それを感じなかったらもっと良いと思うのですが、残念ながら、直接ひどいことを言ってくる人もいるので、それは、難しいです。

ただ、わたしが変わり者だからこそ、人に愛される場合もかなりあります。
素直で嘘をつかないで人の顔色を読まない、ということを愛してくれる人もいるわけです。
特に年上の女性はかわいがってくれます。

それを奇異に感じるひともいますが、「細かい差異」の中で暮らす人はたいてい自分に対しても、「細かい差異から逸脱してはいけない」という気持ちを持って自分を抑えて生きているので、わたしは気にしません。わたしには、その価値観がないからです。
だから、気にできません。

感覚過敏は、厄介です。でも今はネットショッピングがあるから、大丈夫です。

発達障害なので、体を動かすことに常に気をつけなくてはいけないので、今では、同年代の人に比べてかえって健康です。それに、自閉症スペクトラムの人にありがちなことですが、顔立ちが整っていて、加齢しにくいです。

理屈が好きです。
それに、全体を鳥瞰してシステムを把握することが得意なので、勉強や研究に向いています。
自閉症スペクトラムは人付き合いは苦手ですが、システム把握の得意さは、1人でできる仕事さえ探せば、今は、お金を稼ぐ手段になりやすいと思います。
現実逃避のために鍛えられた速読も役に立つ場合があります。わたしにとって速読は自慢にもならないことですが、定型の人にはけっこううらやましがられるところです。役に立たないですけど。

それと、自由です。
世の中の、不自然なルールが理解できないので、迫害されます。
でも、迫害されることに気がつかなかったら、こんな自由なことはありません。
自由に、自分の思うように、工夫して暮らせば良いのです。
その人なりの幸せはあります。

定型で、優秀な人だったら、崇高な理念を抱えて一生懸命働かなくてはいけないし、飲み会も行かなくてはいけないし、それが苦手な人だったら、人生が大変だと思います。

わたしは、チームでサービス残業をするということが理解できませんでした。
サービス残業をすることで、みんなが仲良くなるということがよくわからなかったのです。
わたしには、ただ、非合理で、違法行為をしているとしか、受け取れませんでした。
でも、働くのだったら、そういうことにも、折り合いをつけないといけない世界なのだと理解しました。

無理なものは無理、だって、障害があるから!と思えたのは良かったです。無理していたらと思うとぞっとします。
でも、それで、何もかも障害があるからあきらめるという風になってはいけないと思います。
障害にあった、仕事を探すか作るかすると良いと思います。

今は、時間給で、働いているので、気の使い合いがなくなってとても楽です。
もし、中途半端に、チームプレイなどの、上記のことが理解できていたら、辞めるに至っていなかったのではなかったと思います。わたしは、理解できなかったから、先輩にとてもいじめられました。
いじめられたことが辞めた理由ではなかったですが、辞めたおかげで、天職と巡り会えたので、先輩には感謝しています。

サラリーマン時代に比べて、一日の時間はとても自由です。
大好きな文章を書く時間も多いし、自炊もできるし、疲れたら寝ることもできるし、習い事もたくさんできます。
習い事をして、いろいろな人と出会うことは、発達障害の人が、心の成長をするにあたって、とてもよい経験になります。
だから、仕事を辞めて正解でした。いろいろな価値観を持つ人や、わたしを許容して尊重してくれる方と出会うきっかけが、習い事にはあふれています。

発達障害でなければ、こんなに豊かな世界に触れることはなかったでしょう。
子どものかわいらしさ、素晴らしさを知ることもなかったでしょう。

自分でも何の役に立っているのかわからない仕事をして、お金をもらって、の繰り返しで生きていくよりは、今の、やったらやった分感謝されて、評価されて、お金ももらえて、それ以外の時間は自由に過ごせる、生活の方が、安定はしなくて貧乏だけど、けっこう幸せだと思います。

発達障害じゃなければ、会社人間となって、毎月お給料をもらって、賞与ももらうような生活をして、成功したかもしれません。
でも、それが、わたしにとって、幸せだったかわかりません。
わたしは、長い間、会社人間として成功するのが、人間のあるべき姿だと思ってきました。

でも、発達障害だとわかって、発達障害なりに生きていかないといけないことがわかって、たいそう落胆して、それから、ドキドキしながら就職活動をして、天職とであって、人生が変わりました。

幸せだと思える仕事を続けていくうちに、コンプレックスは薄れるのだと思います。
わたしは医者にもなれなかったし商社マンにもなれなかったけれど、子どもの笑顔と子どもの夢を過合える手伝いができるのは、尊い仕事だと思います。

だから、わたしは、今のわたしなりに、頑張っていて、けっこういい線いってるんじゃないかな、と思います。


発達障害であることが嬉しい

わたしは、今日、最高に幸せな気分です。

今しかできない、わたしにしかできないことができるからです。
わたしにしかできないことで、人を幸せできるし、自分も幸せにできます。
わたしは、自分の人生を切り開けると確信しました。

アルバイトをすることを決めました。
アルバイトをすれば、五年後には不動産が買えます。

わたしは幸福です。
間取りを眺め、ネットで物件を見たりしていた、あの、大好きな不動産が買える可能性が出てきました。わたしは不動産のことを考えるのが大好きです。趣味と言っても過言ではありません。
築年数や間取りを考えたり、立地と家賃のバランスを考えたり、不動産の利回りや仕組みを考えたりするのが大好きなのです。
わたしが、不動産のオーナーになることは、わたしには無理だと思っていました。
生活するだけで、精一杯の暮らしだから。

不動産のオーナーになることはわたしの夢でした。コンプレックスだったのです。人並みになれないことが。でも、不動産のオーナーになる、という夢があって、それに向かっていければ、わたしは幸せでいられます。しかも、この夢で、何かを失うことはないのです。

中古のマンションをオーナーチェンジで安く買って、頭金以外を家賃収入で回していって、二十年後に売却したら老後の資金が貯まります。わたしは、それをやってみたいです。
わたしは、不動産が好きなのです。だから、きっとうまくいくと思います。うまくいかなくても、別に困ることはありません。

考え方を少し変えれば、可能なんです。
本業で、生活費を稼ぎ、余暇の時間でアルバイトをします。
そうしたら、一日に働く時間は少なくとも、貯蓄ができます。
そのことに気づきました。

わたしはとても疲れやすく、三時間働いたらくたくたです。
それは、障害のためです。人といると、疲労します。
でも、朝に三時間働いて、昼に休んで、夜に三時間働く、というやり方だったら、可能なのではないかと思いつきました。障害を逆手に取るやり方です。
障害がなければ、こんな働き方は思いつかなかったでしょう。
人に言うのも恥ずかしかったでしょう。
でも、障害があるから、開き直れるのです。

わたしは恵まれています。
わたしにも大好きな不動産を買うやり方が存在し、老後に備えることができるとわかったからです。
わたしは、今、誰にも、今の自分の立場を変わってほしくはありません。
誰のこともうらやましくありません。
わたしは、わたしでいて、最高です。

自分で自分の人生を切り開くチャンスが訪れたことを感謝します。
わたしは、自分の頭で考えて、自分の体を使って、生きていけます。
今感じている強い幸福感は、一過性のもだろうし、また、どん底にまで落ちることはあるのかもしれませんが、今、わたしはとても幸せです。

健康な体を持っています。頭だって、悪くはないです。
天職と思える仕事があります。子どもの夢を応援し、叶える手伝いができる仕事です。この仕事二関して、わたしの代わりはいません。その子にとっては、わたしだけです。わたしは、わたしであることを、仕事と子どもに肯定されて、そして、その贈り物を、仕事を持って返していけます。
最高の仕事だと思います。世の中に貢献だってできます。

「普通」と外れた人生を生きざるを得なかったけれど、だから、他の人よりも自由に生きられるのかもしれません。わたしは、レールの隣をとぼとぼと歩くような人間だけれど、レールの隣じゃないところに行く自由だってあるのです。レールに乗っていたら、レール以外の場所を車輪は走れません。

きっと、持っているものが大切すぎて、チャレンジするのが怖くなってしまうでしょう。

サラリーマンをやめなかったら、きっと、一生不動産を持つチャンスには恵まれなかったでしょう。
今の本業のような、楽しくてやりがいのある、わたしにぴったりな、天職ともいえる仕事にも出会っていなかったでしょう。

わたしが仕事を辞めた経緯は不幸なことも含まれていましたが、今はそれが、逆に変わりました。
素晴らしい先輩のいる職場にも恵まれ、いろいろな人と出会いました。
仕事は一日の中で、最も楽しいひとときです。そして、お金ももらえます。

発達障害のせいで、精神年齢が低いです。だから、子どもの気持ちがわかります。子どもが、どこでつまずいているのか、悩んでいるのか、同じ目線でわかります。
転職のおかげで、障害を、才能の一種に、転換できました。

わたしは、発達障害で良かったと思います。
わたしは、人の顔色をうかがわないので、他の人と同調するためのエネルギーを損失しません。
それに意義を見いだせないからです。わたしはそれが怖くないのです。

定型の人たちの恐れぶりというのは理解できません。1人でいること、他の人と違うことをすることを、彼らは非常に拒みます。そのエネルギーは膨大に見えます。

わたしは、最小のエネルギーで済ませています。だから、新しいことができます。

人といるのは好きです。友だちもいます。常に一緒にいなくてもいいだけです。これって、最高のバランスなんじゃないでしょうか。

わたしは、自分が発達障害だから持てる視点が、他の人の役に立つのが嬉しいです。
わたし自身には認識できなくても、わたしの視点はオリジナルらしいです。だから、わたしは、労力をかけなくても、いつでも、オリジナルの意見が持てます。これは、得難いことです。

神様がいるのならば、わたしが、発達障害に耐えられると思って、わたしを発達障害にしてくれたのだと思います。
そして、わたしは、発達障害だということを喜べます。
わたしには、発達障害が役に立っています。

確かに、発達障害だから困ることやつらいことや、切ない思いをすることはたくさんあります。
人の表情が読めないせいで、言わなくていいことを言ったり、疲れやすかったり、二次障害でパニック障害や不安障害や鬱を発生しています。お金の管理も下手です。できないことはたくさんあります。
子どもっぽくてよく泣きます。人をぎょっとさせます。感情のコントロールだって下手だし、思うように事が運ばれないと泣いて暴れることだってあります。

だけど、わたしは、自分の人生を、創造し、切り開いていく力があります。
わたしは、そのことに、今日、気がつきました。

これは、素晴らしいことです。
わたしは、自分自身を手にしました。

この興奮が一過性のものなのは確かですが、それでも、わたしには、わたしの人生が存在しているのだと、わたしにはわかりました。生きていてよかったです。
わたしは、発達障害であることが嬉しいです。