ニコニコ超会議 超文学フリマ レポート エー32

ナクナクの精神病日記は20部売れました。

10部作っていって、十二時について、一時半に完売して、またコピーして作って、ってしました。
いつもの文学フリマよりも、売れました。

客層も変わって、とても良い感じでした。若い人が買っていってくれた感じです。
いつもは、結構がっかりされている感じなのですが、昨日はいい意味で興味を持ってもらったという感じがします。
ほぼ新規のお客さんですが、温かいまなざしで受け入れられたかな、と。

前回は、精神病のことについて、あからさまに侮蔑されたりもしたのですが、昨日はそんなこともなく、楽しく精神病を気にしてくれた感じだったので良かったです。良い意味で興味本位の人がいたのが嬉しいです。気軽に気にしてもらえると、入り口が広いですね。

わたしは精神病であることが面白いので、面白いと思ってくださるのが一番です。

今回はどん底の精神状態をそのまま出してしまった感じです。

買ってくれた人が喜んでくれたらいいなーと思います。

待っている間もボカロが聞けるので退屈しませんでした。
若者の熱気が感じられて、とても熱かったのです。

というのは、わたしは流行ものに疎くて、若者文化にも疎いのです。
でも、文学フリマを通して、そういうもの、知らなかったことに触れる機会になったのは、本当に楽しかったです。
楽しすぎました。

文学フリマをやっていて本当に良かったと思いました。
おかげでニコニコ超会議にちょっとでも触れることができました。
わたしも盛り上げるユーザーとして一役買えたのではないかと思うとちょっと嬉しいです。

みんなが、自分を出して、自分の思うような表現をする。
イベントに遊びにきた人も、洋服でアピールする。
全身で楽しむ。

興味がなかったことでも、ふらっと隣に行ってみて、新しい世界を知る。
歩いているだけで、見ているものが、全部新しい。新鮮な刺激がある。

そういう場にでかけることができて、とても素晴らしい体験ができました。

買って面白かったのは、「仕事文脈」さんの仕事文脈です。それと「葬」も面白かったです。これは、毎回買ってます。

わたしも地方で個人事業主をしているので、とても刺激を受けました。
地方で仕事を作るというテーマに共感しました。
確かに、頭のいい人は流出しがちです。

ちゃんとしたレポートはまた明日書きます。

http://d.hatena.ne.jp/jugoya/20130428

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少し低調です

文学フリマの原稿を未だに書いていません。

あちゃー。

世界は初夏に向けて、チューリップもユキヤナギも八重桜も満開だと言うのに、レンギョウは黄色いのに、外に出かけもせず、一日寝てばかりいます。

あちゃー。

今日あった良いことと言えば、勉強が相当苦手で、「Iって なんですか?」というようなレベルの生徒さんが、英語の予習をできるようになり、その上授業中に発言までしたということを嬉しそうに話してくれたことと、数学が相当できるようになって、授業中暇だった、ということです。

わたし自身は冴えない人生を送っているのですが、後進の世代が伸びていく手助けをしていると思うと、嬉しいものがあります。

中学生には本当に未来があります。
中学生自身が、「もう人生が決まってしまっている」と思っていても、実はそうではなく、なりたかったら、医者にだってなれるし、なんだってなれる、ということを伝えたいです。

そして、伝えていくうちに、冴えない人生だと思っているわたし自身も、実は、まだこれから人生を立て直すことは可能で、なんだって、できる…という気持ちになってきます。

わたしは、病気ですが、あまり、病気だということにとらわれたくないと思っています。
わたしの症状はかなりの部分、薬でコントロールできます。

昨日おとといと、野心に燃えていて、お金こそすべて、という気持ちで盛り上がっていましたが、今日みたいなことがあると、他の人を助けることで、その人が幸せになり、こっちも幸せになる…という頑張らないのに幸せになれるという他力本願メソッドが発生するな、と思いました。

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精神病でもブログは書けます、から始める病気の範囲(何ができて何ができないか)

わたしはそれほど重くもなく軽くもない精神病だと思います。
退院したばかりだし、手帳も二級だし。

何ができて何ができないか、というと、それは日によって揺らぎがあります。
それが、自分でもよくわかっていないから、怠けすぎたり、頑張りすぎたりして、コントロールできなくなります。

自分では、「コントロールを失う状態」が病気なんだと思っています。

例えば睡眠です。

調子によっては、夜眠れるときもあれば、完全に徹夜してしまうときもあります。
どちらかというと、不眠というよりはリズムをつかめないという感じです。
起きていると現実が怖いので、眠りに逃げてしまうことも多いです。
めんどくさいと感じて行動しないことも多く、地道に何かをやることが苦手です。

ほかにはこういうことがあります。
最近ようやく本が読めるようになったり、映画が観られるようになったりしました。
文章はもともと調子が悪いときほど書くくらいでした。ただ、パソコンに向かう集中力がなかったので、やっぱり回復してきたから、書けたのだと思います。

気分障害もあります。
気分がやたら高揚したり落ち込んだりします。
高揚しているときは「なんだってできる」という気持ちで「敵はない」みたいな無根拠な自信で満ちあふれています。
でも、買い物をしすぎたり、行動が過剰になったりして、体もつらいし、金銭的にどうしようと思っても止まらないのでつらい状態でもあります。

鬱状態のときは、落ち込んでさえいればいいので、ある意味では楽です。

今調子が悪いのは薬を飲んでいなかったことと、栄養失調です。
わたしは薬を管理する能力が鈍いです。

精神病になると、なにが変わるかと言うと、わたしの場合、気分が変わりました。
とはいえ、子どもの頃から患っているので、もともとの性格や能力がどんなものなのか、知る機会もありません。
今、病気のわたしがすべてで、病気の範囲でできること=能力という感じです。

ときどき、病気でなかったら、どれだけのことができるのか、知りたいと思うこともあります。
そう思うとパニックが起きそうになるので、あまり考えないようにします(今まではこれが紺とr−ルできなくて、死にたくなったりしました)。

わたしができることの多くは、薬を飲んでいるせいです。

薬がないと、「死にたい」「苦しい」「起きたら病気になってしまうかもしれない(そもそも病気なのですが)」「死ぬほど苦しいかもしれない(死にたいんじゃなかったのか)」「わたしはなにもできない」「生きていてもしかたがない」「だめ人間」というような、どうでもいいくだらないことで、頭の中が支配され、忙しくて、本当に大事なことを手がける時間がないのです。

薬があると、そういう「想念」のようなものが排除されるので、自分の時間が持てます。
自分の時間が持てると、まず、好きなことをしてみようという気力が生まれます。
気力が生まれると、好きなこと以外もやってみようというチャレンジ精神が生まれます。

精神病でもブログは書けます。
なんなら旅行もできます。

でも、それは、病気が軽いからではありません。

本当に病気だったらできないはずだ云々は、本当にくだらないです。
ひとによってできることとできないことがあります。
病気になるとできないことが極端になります。
できることを足がかりにして、自信をつけ、回復へのはずみをつけるということもあります。

それと、わたしの場合「自分の衝動をコントロールできない」という面もあります。
だから、例えば、深夜に本を読むことを、次の日のことを考えれば、やらない方がいいです。
でも、それをしてしまいます。
それを病気のせいだと考えていいのか、未熟だからと考えていいのかわかりませんが、結果として、生活に不利益を与えているので、それはコントロールした方がいいです。

だから、病気と「だめなところ」の境界は曖昧です。

そこで、あまり、病気だからできないと考えることよりも、人間としてだめだと考えることよりも、生活に不利益だから改善していきましょう、という言い方を病院で指導されます。

元精神病夫、現精神病妻 – わかりやすさを、コーディネート
このエントリが面白かったです。

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ジャンゴの感想 一日後

ジャンゴは奴隷です。

わたしは奴隷ではないです。

ジャンゴは奴隷の身からチャンスを得て、賞金稼ぎになります。

わたしは平民です。

じゃあ、ジャンゴみたいに、できることをすれば良いのかもしれない、と思いました。

わたしができるのは勉強です。
勉強しかできない、と思います。わたしがお金を稼げるのは中学生のとき頑張ったせいです。
わたしは誰よりも勉強ができる、というほどになれなかったけど、芸が身を助けるくらいではあったみたいです。

ジャンゴは早撃ちができます。
わたしは速読ができます。

ジャンゴが初めて選んだ服装は変でした。
シュルツはそれに「変だ」とは忠告しませんでした。

わたしはそこに感動しました。
変でも、選ぶことが「自由」である証なのだと思いました。そこには愛がありました。
無関心さと愛が。

わたしは、初めて人生を生きています。
だから、変です。
真っ青な服を選んだジャンゴのようです。

わたしは愛する妻を救いにいく…というわけにはいきません。

でも、自分を愛して、自分の心を助けにいく、というのも、ジャンゴに匹敵する冒険なのかもしれないな、と思います。

鬱は死に至る病です。

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わたしは天才になれなかった

わたしは天才になれなかった、と痛感しました。

天才どころか、普通の人にもなれませんでした。

今日はそのことがたいそうつらく、重たく感じられて、生きていることがちっとも楽しめませんでした。
やることもなくて、若くして成功した人のブログや経験談を読んで、つらい気持ちになりました。

わたしはいったい何をしているのだろう?

わたしは家族の支援を受けて生活をしていますが、早く自立できるようになりたいです。
自立は、経済的自立、精神的自立、生活面の自立の三本柱です。
それができないと、いつまでも惨めです。生きる力が減っていきます。

こんなつらい夜をなんども乗り越えて、精神的に強くなるのかもしれません。

他人と、自分を比べることには意味がないはずです。

書いていて思い出しましたが、わたしは基本的にやりたいことだけをやって、やりたくないことをしませんでした。それでいて、生きているのだからラッキーです。
やりたいことをせずに、老後のことばかりを夢見て生きる人生ではなかっただけでも幸運かもしれません。

例えば、わたしは灘高校生の「tehu」さんがうらやましいです。
若くして注目されて、いろいろなことができてうらやましいです。

わたしにできることを書きます。
わたしは、速読ができます。一度聞いた話はほぼ正確に引用することができます。また、一度読んだ本の内容をある程度正確に覚えていることができます。一度聞いたり見たりしたこともなかなか忘れません。中学生の勉強を教えることができます。

でも、鬱だと、そういうことに価値が感じられません。
評価されても、虚しく感じてしまいます。
そういうところが困るところなので、薬を飲んで寝たいと思います。

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ジャンゴ 繋がれざる者 感想

http://www.sonypictures.jp/movies/djangounchained/

今日は、死刑執行人とジャンゴを観ました。

ジャンゴ面白かった。すかっとする娯楽大作でした。

最近、映画が楽しい。
ちょっと前は精神状態がひどくて観られなかったけれど、最近は、今まで観なかったなんてもったいないと思いながら、三時間の別の人生に没頭しています。
そのあと、人生に戻るのがたまらないです。

いやでたまらないことも、愛しく感じられるようになる、心が豊かになると、生きるのがつらくても、生きていってやってもいい、と思えます。
だから、映画はすばらしいです。

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世界にひとつのプレイブック 感想

http://playbook.gaga.ne.jp/

すごく面白かった。
わたしも主人公のパットみたいになることがある。外側から見るとああ見えるのかなるほどーと思った。
ぶつぶつこだわって同じことを言っている。それで、自分ではまともなつもりだ。
だけど、全然望みがないと諭されると暴れるから、まわりは希望を持たせるようなことを言ってくれる。それを真に受けてしまう。

ティファニーもよくわかる。
いろいろな男を誘って寝ちゃうこと。なんか、傷ついているんだけど、話が早い方がいいかなとか、正しいことが難しくなってめんどうくさくなって、寂しいしいいかなと思ってしまったり、そういう中での面白みのようなものを漂っているうちにビッチと呼ばれてしまうことの不本意さ。

周りの病気じゃない人々がみんな病気みたいだった。
へんなことにこだわっていて。
わたしは自分が病気だから他の人のまともさがどんなものなのか、気になる。
わたしから見て、わたしよりも病気だなと思うことも良くあるけれど、判断基準が壊れているわたしが思っていることだからなと思って、黙っていることが多い。

でも、そういうのを描いてあるので、フェアだなと思った。
精神病患者や、それを取り巻く人々に対して愛があるなと思った。

そもそもパットは友達がたくさんいてうらやましい。警察にも愛されているし、みんなパットに良くなってほしいと思っていて、意地悪なひとがいない。ありのままのパットをみんなが愛していて、良くなってほしいと祈っている。

だから、これは、本当におとぎ話で、救いがあって、それがすばらしいと思った。
社会派じゃないし、ロマンチックで、夢見がちで。

それが現実に近いと思った。

わたしも犯罪にあって、仕事を失った。
人生がめちゃくちゃになったと思った。
希望なんてなかった。
でも、今は仕事が楽しい。それだけで食べていけるほどは働けていないけれど、仕事が楽しい。
周りの人に恵まれてもいる。にこにこ働ける職場って本当におとぎ話の世界だと思っていた。
犯罪に合わなかったら、わたしは、今の仕事に就かなかったと思う。今の仕事に就いたのはたまたま求人を見て応募したからで、条件もあまり良いものとは思えなかったから、元気なときなら応募しなかったと思う。

平穏な生活が一番だ。
でも、平穏な生活を送っていると、だんだん「閉じ込められている」ような感覚になる。
ひどく虚しくなり、寂しくなる。
もっとほめて!だとか、恋人がほしいだとか、転職してみたいだとか、とにかく「今」から逃げたくなる。
人生を変える出来事に出会いたくなる。
わたしは、ちょっとでも落ち着いてくると「このまま老いていくのか」と怖くなる。

実際には人生を変える出来事というのは、ありがたいことじゃなくて、不幸の顔をしてくることが多い。
でも、それを受け入れたら、「外」に出られた感じがする。
その繰り返しなんだろうなと思う。

わたしは、精神の成長が遅くて、勉強が大好きだったから、勉強ばかりしてきた。
それから、「お金とは、自分の欲を満たすツールなのだ」と天啓を抱き、お金を稼ぎたいと思うようになった。でも、時既に遅しで、いい仕事に就けるタイミングは逃していた。
だから、とても後悔し、お金を稼ぐひとが偉いのだというステージにようやく到達した。

その先には、たぶん、お金を稼ぐことばかりが人生じゃないぞゾーンがあるらしい。
小さいことを幸せに感じること。
確かに不本意ながら、桜の密集している中から、三時の空を見上げて、昼間の月を目指して飛行機雲が突っ切る様子を見ると、これは確かに幸福だと思わざるを得ないわたしもいる。
毎日映画を観たり、本を読んだり、ブログを書いたり、昼寝をしたり、食べたいものを食べる生活をしていると、これ以上の幸福はないとも思える。

パットは、そういう小さい幸せを見つけることができて、本当によかったなと思う。
わたしも、パットみたいに、心が動くようになるといいな、と思う。

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鬱だったけど晴れた

桜の花が満開だったり、モクレンが満開だったりするのをみて、その香しい酒のような香りを嗅いでいたら、どうでも良くなってしまった。

桜の雲の中にいるようだった。わたしは宙に浮いていて、わたしは桜の香りを嗅いでいた。
明日になると、桜吹雪が見られるだろう。ちらちらと光りに散る、桜の花びらは、光の粒のように見えるだろう。

ニコニコ笑って機嫌良く過ごしていたら、いい話が来て、いい人と縁ができて、楽しいことが増える。
簡単なことだった。

家は荒れているけれど、仕事には、言っている。

神様みたいにすばらしい子がいるのだけど、その子が、わからなかったたびに「エウレカ」する瞬間に居合わせることができて光栄だと思う。その子には、「先生はアンマンみたいに優しくて甘くてあったかくてほかほか!」とほめられて、とても嬉しかった。
そんなことを言ってもらいながら働ける仕事なんてないな。

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パニックがある

パニックがあって、頭の中が心配事で爆発しそうになる。
仕事も一件断ってしまった。
でも調子が悪いから仕方がない。

散歩にいけてないとか、そういうことが気になって心配になる。

じきに忘れることだとわかってもいる。
だけど、頭の中がいっぱいになってしまう。

こういうときは、人に依存しやすいから気を付けたい。当たり散らしたりしやすくなる。

入院したときに、これからは、毎日の気分がそこまで不安定にならないようにしようと先生と話し合った。
だから、これは良くなる途中の苦しみで、苦しいのは当たり前だと思う。

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