健康が大事な理由

生徒さんに「先生は器が大きそうな気がする」と言われて、嬉しかったので、
「あらまあ、そんなことを言われてとても嬉しいから、じゃあ、授業をしましょうね」と答えた。

その生徒さんは会うたびにわたしのことをほめてくれる。
わたしがすばらしい人間なのだというより、その生徒さんが人間的に優れているのだろう。

どの生徒さんもはっとするようなひらめきや、素晴らしさ、人格の豊かさを見せてくれる。
ああ、この子のことは苦手だなあ、好きになれないなあ、と思ってみても、何時間も教えていると、好きになれる部分がある。
美しい部分がある。

健康がなぜ大事なのか。
それは、健康を損なうと苦痛だからだ。
人は、苦痛を感じている間、生きているのが苦しくなる。

人生がどん底のときにどのように振る舞うかが「人間の価値」を決めるのだと言われたことがあるけれど、そんな機会はない方がいい。

健康で健やかで、そのまま、人格の美しさを表すことができる方がいい。

健康を損なって苦痛のあまり、死んでしまいたくなることがある。
死ぬとゼロになるのだから、その気があるならば生きろという意見もあるだろうと思うけれど、生きていることがマイナスのように感じるときは、ゼロがプラスの方向になるのだ。
死ねば体から解放されると思ってしまう。

健康な間はそんなことを考えなくてもいい。
それだけでも、健康は大事な理由になる。

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たくさん眠ってすっきりした<PTSDがだいぶ改善したせいだ

春休みなので忙しい。

わたしにしては、連日朝早く、夜も遅いので、寝不足だった。

土曜日も日曜日もいつものように仕事なので、休む暇がない。
けれど、今日は少し早くあがれたので、何もかも無視して、ベッドに直行して寝た。

最初は一瞬寝付けないかも、寒い、と思ったけれど、エアコンをつけっぱなしにして、七時に目をつむったら、次に目が覚めたのは八時だった。その次が、十時だった。三時間眠ったことになる。

授業中も眠くて仕方がなかったけれど、ようやくすっきりした。

わたしはもともとは、過眠気味で、寝ても寝たりないと思う感じで、十時間くらい寝ないと、不安になるタイプだった。仕事に就く前は、「今起きたら、午後に具合が悪くなってしまうかもしれない」と無用な心配をする日々を送っていたが、ここのところ、五時間睡眠でもなんとかなったので、適正睡眠は、わたしが思っているのと違っているのかもしれなかった。本当に無用な心配だったことが実証された。

とはいえ、PTSDがもっとひどいときは、起きているだけで、かなりの負担が体にかかっていたので、眠いのは事実だった。それは忘れてはいけない。いつもフラッシュバックの発作に襲われていたから、動悸もひどかったし、体がいつも臨戦態勢で、緩む暇がなかった。それは、文字にすると、たいしたことがないようだけど、実地に経験すると、起きている時間に対して、三対一くらいで眠らないと、朦朧としてしまうくらい、疲れるものだった。
友達にも「生体エネルギーがだだもれな感じがする」と言われたので、端から見てもそうだっただろう。
それは、気の持ちようとレベルが全然別の話だ。

PTSDもだいぶ改善したと言うことが言える。

とはいえ、精神はここのところずっと不安定で、夜になると家族の前で泣くことが多かった。

生徒さんの前では取り繕っていたものの、幸せな感じが減っていた。

ところが、三時間寝ていただけで、あの、不幸な三日間の絶望的な出口のない気分に終止符がうたれ、すっきりさわやかになった。

なんという単純さか。
わたしって、いったいなんだろう。
体の調子で気分がまるで変わってしまう。
気分なんて、寝れば吹き飛ぶようなものだったのか。
もっとたいそうなものだと思っていた。
気分を尊重してきたのが馬鹿みたいだ。

わたしは、自分の不幸さを難しく考えていたけれど、肉体に依存する面がとても多いような気がしてきた。
忙しすぎず、暇すぎない状態を維持して、疲れたら昼寝をするペースを守っているだけで、心身が健康になるような気がしてきた。

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やりたい仕事をしているね、と言われた

今日父に、「やりたいしごとができているのだから、何よりも幸せだ」と言われた。

ユニクロのバイトを受けて落ちて、今の仕事に落ち着いた。
ちょっとやってみたい位の気持ちで受けたらあっさり受かった。
それが向いていると言うことなのかもしれない。

熟考に熟考を重ねたあげく就いた前職は、まったく向いておらず、楽しいというより苦痛だった。
お金がもらえることと、働くことで自由になれたことが嬉しかった。
病気になって辞めることになって心底悲しかった。

病気にならないように働くことや、病気になったら辞められる状況というのが、大切だと思う。
鬱は治るけれど、ならない方がいいに決まっている。
人に優しくはなれるけれど、つらい。

わたしは、今、やりたい仕事をしている自覚はなかった。

恥ずかしいことに、わたしは、自分がたいした人間で、クリエイティブなはずで、人を動かすことができるんだと思っていたことがあった。しかも、それに無自覚だった。

今のわたしはと言えば、中学生に、勉強が好きになってもらうことを仕事にしている。
まず、わたしのことを好きになって、わたしの言うことを信じてもらって、やってみたら、ちょっと嬉しい、という循環を作ることを仕事にしている。それは、一日ではできないことで、魔法は全然ない。
成績が上がってほしいと思っても、代わりに勉強してあげるわけにはいかない。成績が夢のように伸びることもない。魔法はない。

わたしは人と話すことは苦手だったし、ポジティブなことを言うのも苦手だった。でも、それが仕事だ。
教えることがやりたいことだったのかというとぴんとこないけれど、わたしにはそれができるし、頭の中もそれでいっぱいだ。
それを見て、父は、「やりたい仕事をしている」と言ったのだろう。
向いているかもしれなかった。

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中学生のこと

中学生が
「てヘペロ」と実際に言ったので、「おー」と言った。
「現実に言うんだなー」と言うと「言いますよー」と言った。
「ちょっとね、友達とね、言います」と言うので「そうなんだね」と相づちを打った。
中学生の肌は張りがあって、つるつるしている。
「わたし、自分のはだがいやなんですよう」と言うので、「ぶっとばそうか」と答えた。
「えー、でも、先生はかわいいし、綺麗だし、うらやましい」と言う。「手が綺麗だし、顔もきれいだし、服も綺麗だし、いいなあ」
「しみ一つないつるつるの肌じゃんか。とっかえたいよ。若いよ」と言いながら、自分がすごく年寄りになったような気がした。
でも、悪い気もしなかった。

中学生を見ていると、人生が決まっているようでいて、まだ、全然決まっていなくて、根性を入れて何かをすればいくらでも可能性が開けそうに見える。
でも、わたしよりも年上の人から見ると、わたしのことも同じように見えるんだろうな、と、俯瞰する視点が手に入る。
中学生たちは、普通に親のことが好きで、尊敬していて、期待に応えようと、好きでもない勉強をしている。
親御さんは、子どもの人生のために、自分が代わりになれないことを歯がゆく思っている。
そういう構図が見える。

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今日は調子がとても悪い

今日は精神の状態が悪くて、叫びだしそうになった。

春休みなので、生徒さんと毎日会う。だから、お互いちょっと嫌になってしまったり、毎日八時間くらい働くので疲れてしまったということもある。

わたしは人間的に馬鹿で愚かで、もともとが0なので、0に何を掛けても0になるように、何を努力しても無駄なのだと思った。

お金を稼ぐことが一番良いことで、それができていないわたしはくずだと思った。

父は、「毎日仕事を嫌だと思っている人もいる。そうじゃなく、感謝され、頼られ、楽しいと思っている仕事に就けているのだから、それだけで良いじゃないか。お金は、信頼されていくと、後からついてくるものだ」と言った。
「あのとき、あの道を選べば良かったと思うのは調子が悪いからだよ。この道を通ってきたから、得たものがたくさんあるじゃないか」
「お金がなくてもすてきな人というのはいるじゃないか」とも言われた。
「大きな会社に入っていても、人に恨まれる仕事をしている人もいっぱいいる。お金を稼いでも、ストレスを発散するためにすべて使ってしまう人もいる。そういうことよりも、人に感謝される仕事をして、毎日今日も何事もなかったということに幸せを感じる方がよほど幸せじゃないか」とも言われた。
「リストラをする仕事だってあるし、リストラは必要でも、人に恨まれるし、本人もきつい。仕事を持ち帰ることもできないから、残業ばかりになる。そういう仕事だってあるんだよ」

生徒さんには「先生はお金持ちそうに見えます。良い服を着ているから」と言ってもらった。そのあと生徒さんは楽しそうに踊っていた。
嫌々来ている生徒さんでも、だんだん、楽しそうになってくると、こちらもやりやすくなる。
そういう、良い面を見られるようになるといいと思った。

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あきらめることは捨てること

今日は心が少しだけ落ち着いている。

わたしは、総合職でバリバリ働くのは無理だったんだなー、と諦めたほうが幸せになれる。

自分にあった仕事をしながら、ぼちぼち貧乏をしながら暮らしていくのもそんなに悪くない人生かもしれない。

わたしは、精神病にならなくてすんだ人生に未練がある。
それは、わたしに与えられていたはずだと思ってしまう。

でも現実にそれはない。
できることとやりたいことの区別をつけないといけない。
やりたいことよりも、できることをやっていたほうが幸せを感じることができる。

(これしかできないから、といえるひとのなんと幸福なことか)

現実に合わせて生きていく他ない。

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精神病患者ができるようになったこと

朝起きられるようになった。
寝る前にものを食べるのを止められるようになった。
映画館の暗闇にフラッシュバックを起こすことがなくなった。
人と会って長時間話していても、しゃべっていられるようになった。
夜眠れるようになった。
暗いところが大丈夫になった。
ぼんやりして、体の感覚がない、という状態がなくなった。
親離れし始めた。
希望を持ち始めた。

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仕事が面白い

仕事が面白い。

心配なこともスリルになって面白い。責任があるのが面白い。ゲームみたいな感じがする。お金ももらえる。
命令されることもないし、怒られることもない。
どうしたらいいのかを考えるのが面白い。

いやな仕事をするときは、気をそらすことばかり考えていた。
今は、結果が出るのが面白い。思った通りにいくことが思った通りにいかないことも面白い。人間関係も面白い。

働くことは刺激があって、頭を使うから面白い。
わたしは、もし、結婚して、主婦になったら、毎日やることがわからなくて、病気になってしまうと思う。
家族とだけ会話することになったら、昔のつらい思い出だけがリフレインされる生活になってしまう。

仕事に救われるという話は、漫画でしか読んだことがなかった。

仕事をしていると、檻の中に閉じ込められて、同じことを繰り返して、そこから逃げられないという気持ちにもなる。
気持ちになるし、その狭い檻の中でもっと良いやり方を考えることは、頭の中がどんどん自由になって、広がっていくような感じもする。

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わたしは長い間心の中が止まっていた

わたしは、長い間お母さんのことばかり考えていた。
わたしは何もできず、お母さんのことを幸せにできなかった。

わたしはいつも昔のことを考えていた。
あのとき、ああすればよかったのかもしれないと思っていた。
そして、病気になった。

心の中が止まってた。暇だったのかもしれない。
暇すぎると悪い方に考えがいく。

仕事が忙しすぎると、体がきつくて、なんのために働いているのかわからなくなる。
仕事がちょうどいいと、仕事が面白くなる。でも、ちょうどいいバランスのときは稼げるお金が少ない。

わたしは体が弱くて、世の中のことに疎くて、お金を稼げるコースからドロップアウトしてしまった。
それでいて、いわゆる女の勝ち組の人生からもドロップアウトした。

お母さんがかわいそうだと思って生きていた。

今は、わたしのことがかわいそうだなあと思う。

なるべく大事にしてあげたい。
お金と時間をかけて、自分が気分よく生きられるように最善のことをしたい。

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母は一人の小さな女の子のまま

母のことを考えると、わけがわからなくなる。

わかっているのは、母といると、具合が悪くなってしまうということ。
わたしが、憎しみの固まりになってしまうということ。

彼女が、そんなに悪い人ではないという気もするし、わたしのうまくいかなかった人生の責任を彼女に追わせているだけだという気もする。

でも、それなら、なおさらのこと、彼女に関わる必要はないという答えが出る。
彼女に責任を取るよう迫らないようにしたいならば、彼女に会わないのが一番の選択なのだ。
そして、わたしは、わたしの人生を歩きたいと決めている。
そんな決意が、健康な人からはばかばかしいようにみえることは知ってはいても。

母に対して一番思うことは、彼女がかわいそうだということだ。罪悪感で胸が締め付けられるようだ。

罪悪感を打ち消すために、憎しみを駆り立てている一面もある。
そして、それは正しい。

わたしは、罪悪感を人質に取られ、長い間、彼女から逃げることができなかった。
彼女は孤独で、寂しく、人を憎み、コンプレックスの固まりだった。
彼女は、世間と向き合うほど成熟してはいなかった。心の中はいつまでも娘のような人で、庇護者がいないと生きられない。人目を気にして、さばさばしたキャラクターを作り上げていた。

わたしが母からようやく逃げられたことは、わたしの人生で起こった、最も輝かしいことだ。
その選択はことほがれるべきで、無条件で正しい。
わたしは彼女といることで病気になったのだから。

母は、彼女の人生で持って、かわいそうから脱却しなければならない。
彼女は、自分のことを、かわいそうがるところから始めるべきだ。わたしは彼女の代わりに彼女をかわいそうがってきた。
わたしは彼女の面倒を、(もう見ることができない=この言い方は正しくないが、そうとしか言いようがない)彼女に任せた。
わたしは彼女の娘であることを止めた。

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