鬱期に入ったので

欝期間に入ったので、ほっとしました。
これで散財しなくて済みます。

ネットショッピングはどんどん欲しくなって、しかも、遠方の店に行く面倒臭さがないため、歯止めが利かずに困ります。

躁状態のときに、活動した疲れがたまっています。
鬱状態になると、楽になる面もあります。

今日は、ダイソーに行って、収納のものを買い、役所に行って手続きをして、それから勉強をして、働きます。


本屋さんにいくと

本屋さんにいくと、たくさんの小説があって、「どうしよう」と思います。

こんなに小説があって、わたしに書ける小説がまだ残っているのだろうか、と不安になります。
わたしが書けるのは日常的な文章です。

以前は、夢みたいなことも書けたのですが、一日過ごすとどう思うか、誰がどんな気持ちでいるだろうか、どういう会話をするだろうか、とか、そういう人を観察したことしか書けません。

それでも練習するしかないなと思います。
早く納得のいく小説が書けるようになれるとよいなと思います。

そのためには、自分の気持ちを丁寧に観察すること、下手でもいいから文章を書き続けることが大切だろうと思います。


今日したこと

まず、献立を考えて、買い物をしました。
一週間に一度は、家族のために夕食を作るルールにしているのです。
それは、自活するために練習する意味があります。

無駄遣いせずに、献立を考えて、段取りを良く料理を作るのは、リハビリになります。
失敗しても、食べれるものが作れれば対したことにはなりません。

でも、つらいのは、自分が好きな料理の仕方が、家族の好みには合わない場合があるので、そういうときには否定されます。
嫁に行くと台所のことでつらいという気持ちが、わかります。

それから、書類仕事をしました。
最後まで終わりませんでしたが、手を付けたことに意義があります。

勉強には至りませんでした。
これから五分だけでもしようと思います。


鬱期に入ってきました

一つのことが気になって仕方がなくなってきました。

父親が「クビレが出てきたんじゃないのか」「もうやせないでもいいんじゃないのか」と言い出してきたのです。
わたしは、まだやせたいのです。
はっきり言って、わたしは自分の体のことをああだこうだ言われるのは好きではありません。
とはいえ、今より一年前は十キロ太っていて、それを散々愚痴っていたので、そのせいで父親が言っているのはわかっているのです。

それでも、イライラして仕方がありません。

わたしはやせたいのです。
それはわたしが決めることです。
健康を害するほどやせるのなら、何か言われることもあるでしょうが、その点はちゃんと管理しているのです。
やせたんじゃないのか、と言われるのがいやです。
どろどろします。
いらいらします。
大嫌いです。

言われて嫌なことを受け流せないのは、弱っている証拠です。

買い物でもして、ぱっと気を晴らしたいと思います。
鬱がひどいときは、「お金がない」という妄想が強かったので、お金を使ってしまいたい、と思うようになってきたのは、良くなってきた証拠かもしれません。

本当の原因は、鬱にあるのですが、父親の一言が、突き刺さって仕方がありません。
できることは、なるべく顔をあわさないことです。
家族というのは、いいようでいて、悪いものです。
わたしには、今は、家族との距離は離れていた方が、健康でいられるみたいです。


障害者手帳をもらいました

いよいよ障害者手帳をもらいました。

もらう手続きは簡単だ。

まず、役所で、申請書をもらう。
病院で、診断書を書いてもらう。
申請書の名前と住所の欄を埋めて、印鑑を押して、提出する。
認められるのを待つ。
手紙が来るので、印鑑を持っていく。それだけ。

簡単だ。
障害者手帳を初めて手にして、「いよいよ障害者なのだ」と思った。
別に震えたりも泣いたりもしなかった。けど、ショックのような動揺はあった。
恥ずかしい気持ちもあったし、取り返しがつかないような何かに足を踏み入れたような気がした。
でも、それは「自分の中にほのかにある差別意識なのだな」と自覚したら消えた。
あとは、提示するためには持ち歩くのがめんどくさいという気持ちだけが残った。

障害者手帳をもらっても、別にあまり変わったりはしない。
すごく便利になるわけでもない。
でも、障害があるせいで、思い切り働いたりはできない、足かせのような部分の、ちょっとしたことは助けてもらえる。
税金が少し安くなったり、交通機関が少し割り引かれたりする。
でも、それだけと言えばそれだけ。
それで十分じゃんと言えば十分。
でも、手帳があっても、障害が打ち消されるような魔法はなかったのだった。

なんとなく、障害者手帳が手に入ったら、障害がなくなるような気がしていた。
そのくらい楽になるのかなって漠然と思ってた。
でも、当たり前だけど魔法はなかった。

それにびっくりした。
びっくりした自分にもびっくりした。


話がすごく飛ぶことを枕にして、病名にこだわることは意味はないということを説明します

わたしは、話がすぐ飛ぶ。
ブログという短い文章を書いているだけなのに、途中で題名とは全く違うことを書いてしまう。

それは、精神病だからなのか、健常でももともとそうなのか、よくわからない。
そういうふうに、病気と、自分の癖を結びつけて考えてしまう癖がついている。

医師には、病気だということをあまり考えないようにと言われている。
病名も告知されていない。

それは、病名がわかっていることで、病気が良くなるかというと、それは、別に良くならないからだそうだ。
それは、よくわかる。
精神病をやっていると、病名にこだわりたくなってしまう。
でも、それは、破滅への道だという感じがひしひしとする。

一番いいのは、自分の状態をわかっていて、それを助ける薬を飲むことに集中することだ。
それから、その状態が起きる原因を取り除けばいい。

その過程には、病名は必要ない。
必要なことを、必要なだけ、たんたんとするだけなので、そこには、かわいそうなこともなければ、楽しいこともない。経験は増えて、興味深いことは時々増える。


躁状態が頂点に

躁状態が頂点にあるので、話をリニアに進められない。

今日の幸せ度は、70%くらい。
それは、生徒の成績が少し上がったこと、テストに対して前向きになって「テストが楽しみになった」と言ってくれたこと、「いい先生にあたってよかった」といってもらえたことがとても嬉しかった。
テストができなくても、一生懸命解く姿勢が身に付いたこと、勉強が面白いと思ってもらえたこと、わたしに慣れてもらえたことは、今回の大きな収穫だ。

それと、月が満月できれいだったこと、お風呂がとても気持ちよかったことが幸せ度が高かった。

話が全然変わるけれど、ハンガーラッククローゼットが壊れた。
こういう封に興奮して話が急に変わるのも、躁状態の特徴だ。
それでも、そういう支離滅裂なところは止められないのでそのまま書くと、ハンガーラッククローゼットが崩壊したので、買う必要があった。
でも、買いにいく足がないので、ネットで見ることにした。
欲しいものの名前がわからないので、一生懸命探した。
探しているうちに三時間経ってしまった。
そうこうしているうちに、欲しいものが山ほど出てきた。
服も欲しいし、化粧品も欲しいし…。

ハンガーラッククローゼットの名前がわかった。
それから、値段が7900円の商品と、16000円の商品が見つかった。
どちらがいいのかわからなくなった。

クローゼットが崩壊したことで、丈夫な商品が欲しいと思う。見た目も高価な方がかわいい。高価な方が高さもあって、幅は変わらないけど容量も多そうだ。
とても不安になる。
だから、ほとんど16000円の商品を買おうかと思っているのだけど、それで正しいのかがわからない。
分不相応な気もしている。

欲しくなった洋服を、ひとそろいネットでそのまま買ってしまおうかとも思う。
鬱状態のときは洋服なんて欲しくない、お金を貯めたいとばかり思うのに。
鬱状態のときは、食べ物に対するこだわりが強くなって、旬の果物を大量に食べようとしたりする。だから、食費がすごくかさむ。
今は、食費は一日500円くらいで済む。
そのかわり、化粧品だとか、そのときにはまったものをいくつもいくつも買ってしまう。
だから、躁状態だと自覚できたら、買い物を三日だけやめて、鬱状態の季節が始まるのを待つのがいいと入院のときに習った。
それをしようと思う。

文章を書くと、自分が躁状態にあるのか、鬱状態にあるのかが、わかりやすくてよいと今日気がついた。
躁状態が頂点にあるということは、明日から少しずつ落ち着いてくるだろう。
そのときに、買い物をしても遅くはない。
だから、落ち着こうと思う。
今日は、本当に、話が支離滅裂だ。
そういうところが病気なのだと思う。


躁状態が頂点に

今日の幸せ度は、70%くらい。
それは、生徒の成績が少し上がったこと、テストに対して前向きになって「テストが楽しみになった」と言ってくれたこと、「いい先生にあたってよかった」といってもらえたことがとても嬉しかった。
テストができなくても、一生懸命解く姿勢が身に付いたこと、勉強が面白いと思ってもらえたこと、わたしに慣れてもらえたことは、今回の大きな収穫だ。

それと、月が満月できれいだったこと、お風呂がとても気持ちよかったことが幸せ度が高かった。

話が全然変わるけれど、ハンガーラッククローゼットが壊れた。
こういう封に興奮して話が急に変わるのも、躁状態の特徴だ。
それでも、そういう支離滅裂なところは止められないのでそのまま書くと、ハンガーラッククローゼットが崩壊したので、買う必要があった。
でも、買いにいく足がないので、ネットで見ることにした。
欲しいものの名前がわからないので、一生懸命探した。
探しているうちに三時間経ってしまった。
そうこうしているうちに、欲しいものが山ほど出てきた。
服も欲しいし、化粧品も欲しいし…。

ハンガーラッククローゼットの名前がわかった。
それから、値段が7900円の商品と、16000円の商品が見つかった。
どちらがいいのかわからなくなった。

クローゼットが崩壊したことで、丈夫な商品が欲しいと思う。見た目も高価な方がかわいい。高価な方が高さもあって、幅は変わらないけど容量も多そうだ。
とても不安になる。
だから、ほとんど16000円の商品を買おうかと思っているのだけど、それで正しいのかがわからない。
分不相応な気もしている。

欲しくなった洋服を、ひとそろいネットでそのまま買ってしまおうかとも思う。
鬱状態のときは洋服なんて欲しくない、お金を貯めたいとばかり思うのに。
鬱状態のときは、食べ物に対するこだわりが強くなって、旬の果物を大量に食べようとしたりする。だから、食費がすごくかさむ。
今は、食費は一日500円くらいで済む。
そのかわり、化粧品だとか、そのときにはまったものをいくつもいくつも買ってしまう。
だから、躁状態だと自覚できたら、買い物を三日だけやめて、鬱状態の季節が始まるのを待つのがいいと入院のときに習った。
それをしようと思う。

文章を書くと、自分が躁状態にあるのか、鬱状態にあるのかが、わかりやすくてよいと今日気がついた。
躁状態が頂点にあるということは、明日から少しずつ落ち着いてくるだろう。
そのときに、買い物をしても遅くはない。
だから、落ち着こうと思う。


大企業入っていたら仕事辞めなかったと思う

これには二つの意味があって、大企業に入っていたら、多少無理をしてでも、辞めなかっただろうなと思う。
でも、そうしたら、今の仕事に出会うこともなかっただろうなと思う。
それは、残念だなと思う。

今日、生徒さんの点数が二十点も上がったので、自分のことよりも嬉しかった。
人の役に立つのって、アドレナリンがどばどばでる。

仕事を辞めたからあった出会いもあるし、仕事を続けられる環境で出会える楽しさもあるだろうなと思う。

今の仕事の良いところは、成果がすぐに出るし、反応はすぐわかるし、やりがいはあるし、生徒さんの話が面白いし、歯車ってこともないのがすごく良い。

でも、新卒でこの仕事に就こうとは思わなかったと思うし、就くべきじゃないとも思う。
お給料は安定していないし、これから先のことも不安定だ。
でも、手に職系の仕事ではある。経験を積んで、評判が良くなれば、生きていけるだろう。
だんだん、楽観的に物事が考えられるようになってきた。
良い方に回るようになってきた。
思いがけない出会いが何度もあって、だんだんそういうことに期待できるようになった。
今までは、悪いことが起きる方向にだけ、考えていたから。