精神病棟で何をしていたか

わたしは解放病棟にいた。
二週間待った。入院先はなかなか空かない。家の外で、よく叫んだ。

泣いたりわめいたり、うろうろしてとまらなくなったりしながら、じりじりしながら入院の日を待った。

入院したら、安心したのか、症状が悪化した。そういうことはよくあることで、安心して症状を出すことができる場所だ、ということだ。思う存分、症状を出すことで、安心を経験するのである。

最初の一週間は、個室から出ることができなかった。
個室の外に出ては、パニックになり、うずくまっていた。

体操や、ヨガなどのリクリエーションになるべく出るようにした。
薬の影響で太りやすくなっていたので、個室のベッドで筋トレをしていた。

二週間がたつころ、作業療法の許可がようやく出て、手芸をすることになった。
病状が安定している人は、食堂で、手芸を続けることが許可されていたが、わたしの場合はとがったものを持つことが許されなかったので、作業療法室での短い時間だけが楽しみだった。

少しずつ、同世代の病人とご飯を食べるようになった。
アルコール依存症の人とは、あまり話が合わなかった。
統合失調症のおばあさんと同室の子は、独り言をきくのがしんどいと嘆いていた。

作業療法では、ほとんど遊びのようなことをしていた。自信がなくなっていたので、遊びを通して、小さな成功体験を積み重ねることで、少しずつできることがあるのだと実感できることがうれしかった。
変化のない毎日の中で、作業療法の時間は、没頭して何かをする限られた機会だった。

変化がない生活そのものが、わたしを病気から休養させた。
よく、病気をしていると、ゆっくり休んで、と言われるが、病気の最中には、「休んでいる」ことはできない。
病気の苦痛と戦ったり、我慢していたりすることが精一杯で、休んでいることはない。
入院することで、刺激を減らして、ようやく休むことに近い状態になる。しかし、どちらにしても、病気は戦いだ。

生活リズムを整える、栄養のあるものを決まった時間に食べる、薬を飲む、会話する、それが大切な治療だ。
医者は多忙なので、あまり顔を出さない。予約しても、来てくれるのは、一週間先や、二週間先だったりする。
夕食は、二種類からメインディッシュを選べる。それだけの自主性だけでも、発揮できれば、十分に生きていると実感できた。

ときどき、病棟からこっそりと抜け出すことを、当然気が付いているだろうけれど、目こぼしてもらって、散歩するのが楽しみだった。

ベシー占い 占い承ります。


病を得ながら働くということ


わたしの主治医の先輩の本を読んだ。
ツイッターでも紹介されていた。
心を打つエッセイ集だった。

わたしの主治医は、ほとんど世間話をしている。急性のときには、心の話が多かったが、今は、わたしの落ち着いているので、ほかの話をする。
主治医が自分の話をすることも多い。それで、わたしはなんとなく気が済む。
わたしが話のを待ってくれていると感じるからだ。

わたしは、六年前に退院してから、三か月後には働き始めた。
それは、社会との接点を失わないようにするために、勧められたせいだ。
わたしは病臥している間も、大学に行ったり、就職活動をしたりしていた。それができたのは、常に主治医に励まされていたおかげだ。

わたしよりも、おそらく軽い人でも、働くことが難しい場合があるようだ。
わたしが働けるのは、たぶん、主治医の影響が大きい。
先ほど紹介した本では、いかに、当事者や家族が、社会との接点をつなぐかによって、変わるということが示唆されている。保健師さんは、中でも大きな役割を占めている。

精神障害というものは、社会や、家庭、成育歴、どのようなことが起きたのかが、とても予後のために大切になる。
因子があったから、というよりも、どうして、その因子の引き金がひかれたのか、そして、そのあとどのようにしていくかが、わたしの治療の場合には注目された。

ストレス源である、原家族とはわたしの決断で離れることにした。ストレスの多い仕事は、やめることにした。その仕事も、五年は続けた。
人生は九十年、三年やったら、たいていのことの専門家になれる、とわたしは思っているので、あと、二十項目の専門家にはなれると考えている。

本来、自閉スペクトラム症の人間は、対人関係が苦手だと考えられている。しかし、わたしの場合は、人前で話すこと、勉強すること、一定の時間内で役割が限定されてさえいれば、それを演じることは苦痛ではないことから、教える仕事をしている。
男性が苦手なので、日中の仕事や正社員の仕事はできない。消極的に、塾業界に身を置くことになった。

ブラックバイトの代表と言われる業界だけあって、働きやすいとはとても言えないが、短い時間で、さっと働く、という部分だけはあっていて、続けることができた。
多数の中では、うまく振る舞えないが、一対一なら、なんとかなったのも、大きな要因だ。
おかげで、社会的な孤独を味わっても、そのつらさの分だけ、手を伸ばすことができるようになった。わたしにとって、さみしさは、行動するための原動力だ。

働きに行かなければ、話す相手もいない。金もないから、遊ぶこともできない。仕事があれば、外に出るから、一定の筋力が残る。社会と縁がない時期が続くと、自信がなくなり、外に出るハードルが高くなってしまう。
なにもかも用意された環境では、気力が弱ってしまう。もちろん、弱り切っているときには、入院することで、命を長らえることも必要だ。でも、その段階が終われば、ある程度のストレスの中で、やりくりすることが、生きる意欲を増す。

世の中の役に立つから生きていてもいいとか、悪いとか、そういう議論には全く興味がない。
人権は、すべての人間にある。すべての人間が生きるための権利を持っている。

それとは、別に、世の中の役に立つ技能や能力を持っていると、仕事に就きやすいから有利だ。

仕事に就けば、人間と会話することもある。買い物にも行ける。小さな成功体験が、行動範囲を広げてきた。

病を得ながら働くことはたいへんだ。かといって、カミングアウトしても、かえって、いじめられることもある。
前職は、いじめに遭ったためにやめることになった。
でも、嫌になったらやめることができる。
やらなきゃ、と思えば、自分を追い詰める。

そうやって、じりじり生きていくと、病気に慣れる。慣れたとしかいいようがない。あきらめている。仕方がないと。
でも、そのあきらめが、最も有用で、それだから、働いていられる。

ベシー占い 占い承ります。


差別の濃淡と言葉の伝わらなさ

妊娠して二十九週となった。胎児の大きさは、1200gとなった。
昨日、昼間、パートナーと散歩していたら、老年の男性に、いきなり、足を引っかけられそうになった。
転んだら、もちろん、危険だ。
それに、そんなことをしてくる相手が、ほかに何をするかもわからない。
これは、単なる暴力の示唆にとどまらない。
女性差別や、ヘイト、暴力だ。
何もなくてよかった、とはいえない。
あったのだ。
わたしの、社会への、男性というものに対しての、信頼が壊れたのだ。

爺死ね、早く死ね、と叫びながら逃げて、交番で、事情を話した。警察官たちは、急いで現場に駆けつけてくれた。

妊娠しているのを見て、弱いから、やり返さないからと攻撃されたのだろう。

妊娠してからそういう目に遭ったことは初めてだが、女として生きてきて、暴行、性的暴行、性的嫌がらせは常に身近にあった。

痴漢に遭ったこともある、露出狂に遭ったこともある、後ろをつけられて、羽交い絞めにされ、連れ込まれそうになり、対抗したものの、左腕の神経を切断する羽目になったこともある。相手が持たざるものだと、民事裁判を起こしても、何も取り返せない。いずれにしても、社会に対する、無条件の信頼感というのは、失われる。

すれ違う時、相手が、わたしに何かをしてくるかもしれないこと、相手の考えが読み取れないことは、わたしに非常な緊張を強いる。

また、わたしは、障害者である。
わたしの障害は遺伝する性質のものである。ネット上では、遺伝性の病気や障害を持つものは、子供を産むべきではないという意見が散見される。それは、優生思想だが、一定の説得力を持って受け止められている。

障害にも、女性差別にも、濃淡がある。
わたしの障害は、かなり重い。しかし、障害者の当事者や、その家族から「あなたは恵まれている」「あなたの障害は軽い」などと言われることが多い。わたしの努力は目に見えない。そして、わたしが持っている能力は「ギフテッド」と呼ばれることもある。そういうものを持っている人には、「わたしの気持ちはわからない」と非難される。

実際には、わたしが活動できる時間は一日のうち合わせて三時間ほどで、その間に何もかもしている。本もほとんど読めない。テレビも見ることができない。調子が良い時に、ちょっとだけ、音楽を聴くことができる。でも、疲れてしまうからすぐに止めてもらう。
てんかんも起きる。過呼吸も起きる。フラッシュバックで暴れる。夜眠れない。昼起きていられない。躁と鬱の周期は、次第に短くなり、つまり悪化し、今では一日二日のスパンで、変わってしまう。十五年ほど、廃人のように生きながら、勉強を少しずつ進め、外界との接触をなるべくしてきた。体力が落ちすぎて、入浴しても、水圧に負けて、上がれなくなった時もある。床について長い間、筋肉が衰えて、一人で起きられなくなったこともある。今でも、一週間のうちのほとんどは、体が動かない。

それでも、人前では取り繕うためか、軽いといわれる。

わたしは、たとえば、デモに行くことが難しい。地方に住んでいること、女性であるために受けた暴力の結果、人の多いところに行くことができないため、金銭的な問題のため、体力の問題のため、精神疾患のため、行くことができない。

わたしの障害は双極性障害だけではなく、自閉スペクトラム症、適応障害、PTSD,気分障害、不安、そういったものが複合的に絡んでいて、自分の予定を立てることが難しい。

数年前、「数になるために国会議事堂前に行こう」「小さい差異については、無視して、大きな問題にともに立ち向かおう」という運動があった。わたしは、とても一緒にいけないと思った。

わたしは、まず、数ではない。わたしは、わたしだ。いろいろな困難を抱え、いろいろな喜びを抱え、わたしなりの考えのあるわたしだ。
地方に住んでいるから、夜に国会議事堂前には行けない。国会議事堂前に行かないことで、居心地の悪い思いをした。
ネットではそのことでもちきりだったから。そして、わたしは、人とかかわる手段がネットしかなかった。
だから、つらかった。自分が裏切り者のような気がした。

また、反差別や、社会運動について考えるとき、大きな問題について協力し合おう、といったとき、無視されるのは、わたしのような、複合的な問題を抱えて、周縁化した者たちだ。わたしたちは、常に、後回しにされる。
大きな問題は、もちろん、大切だろう。でも、反差別を訴えるときに、マジョリティを優先するという仕草は、結局のところ、差別者となんら変わりがないのではないかという疑念を払しょくすることができない。

数を増やすことは、戦いにとってもちろん、有効な手段だ。

一人一人によって、どんな差別の体験をしたかは違う。
それについて、語る言葉を、統一することは、「冷静にならないと聞いてあげない」という条件を付けて、結果的に、黙らせようとする差別者と発想が同じになる。

どのように、運動すればいいのか、わたしには今もわからない。
マイノリティの中で、さらに差別されるマイノリティの数はきっと多いだろう。
わたしたちは、言葉を同じくすることがとても難しいから、共感だけではとても乗り越えないから、そして、理屈だけでもとても乗り越えられないから、だから、わたしは、自分の言葉を、どこに届くのか知らないまま、発していくつもりだ。

わたしの小さな違和感を、わたしの小さな恐怖を、すりつぶされそうな人権を、守るためには、戦い続けなくてはならない。
そのためには、共闘を放り出しても、たった一人でも、言葉を尽くそう。

それが、わたしのできる、何かだと思うから。
子供のころ、わたしがほしかった、何かだと思うから。

ベシー占い 占い承ります。


妊娠七ヶ月

吐きつわりだったのですが、その頃は三キロ減くらいで済みました。
においつわりもあって、存在してるだけでしんどかったけど、もともと体調を崩しやすかったので、対応になれており、水分やヨーグルトなどとれていたので、三キロ減で済んだ。
メイバランスにもずいぶん助けられた。

昨日転倒してしまって、おなかが張ったり、痛かったりしたので病院に行った。

なんともなく、安心。
横顔がエコーではっきり写った。
鼻筋がスッキリとおった美形と盛り上がった。
あれ?
冷静なつもりでも親バカなの?
でもどう考えてもかわいいよ!

西松屋で、ベビー服見ながらうっとり。
かわいい。小さいだけでかわいい。

ピジョンの腹巻きと腹帯は優秀で蒸れない、ずれない。
歩くときや動くとき、おなかが揺れると痛かったり、疲れたりするので、固定されるだけで、楽。

そろそろ屈んだり、靴下はいたりがきつい。
メディキュイットみたいなやつをはいて浮腫みとり。
暑いのに冷える。
熱はこもってるのに。

毎日六キロくらい歩いていたら、少し体重が減った。
増えすぎを注意されてたので一安心。
血圧にも問題ない。

ベシー占い 占い承ります。


国語の勉強は意味をとること

国語は文章の意味を理解することが大事だ。
でも、それができていない生徒はとても多い。
読むことはできる。
でも、文章の全体の意味や結論をまるで別に解釈し、書いてないことを読み取る生徒はとても多い。

小学生にもでき、高校生にも有効な手段がある。
段落や意味段落ごとに文章を分けて、意味のつながりを把握すること。
そのためには、段落の果たしている役割を理解すること。理解するためには、段落に自分なりに題名や小見出しをつける訓練をすればいい。

テストの時、なんとなく読んで、問題のたびに、最初から読み直す生徒は、行き詰まる。
時間が足りず、抜き出し、書き出し、選択問題ができない。

段落の意味を理解して、どこに何が書いてあったか、覚えていたら、全部読み直す必要はない。
必要な場所だけ読めばいい。
言葉の意味を逐次把握し、記憶し、意味の流れや推移を読み取る訓練が大事だ。

ベシー占い 占い承ります。


収納の話 片付けを継続するため

片付けを考える上で大切なのは、継続することだ。

継続するためには、やりやすく、ハードルの低い方法でなくてはいけない。

そのためには、ステップを少なくする必要がある。

動線が短いこと、人目で見てわかること、そうすることで、他人が来ても頼めるし、ものがすぐ出せるようになる。

片付けをするのは、生活しやすくするためだ。

すっきりすることで、リラックスできる。ものを探すストレスがなくなる。

細かく分類すると、うまくいかないので、わたしはジャンル別、行動別にしてる。

工具は全部工具入れに整理せず入れる。

趣味のものも一箱にまとめる。

お風呂にはいるときに必要なものは、ひとまとめにする。

パートナーの六帖さんとは、適正が違うので、六帖さん用の収納と、わたしの収納は違う。

彼は奥のものまで引き出すことはできるが、上の方からしかとらないので、写真のように収納している。

綺麗な収納ではないけど、こんな感じ。

キャスターのついた収納ボックスを引き出して使ってる。

わたしは箱に入れるのが好き。

“収納の話 片付けを継続するため”の続きを読む

ベシー占い 占い承ります。


生活の楽しみと反戦

近所でランチしようと思ったら、「メーデーなので休みます」という張り紙があった。

「平和集会を行います」という掲示が近所に張ってあった。

こういうのを見ると、ほっとする。

ネットやテレビに渦巻く「戦争への道」だけじゃないんだなと思ってほっとする。

近所のお茶屋さんで、煎茶やコーヒーを買うようになった。コーヒーはその日に煎ったものをその場で挽いてくれる。甘みがあって、よく香る。フルーツでできているのがよくわかる。

苦かったり、すっぱかったりするのがコーヒーだと思っていたけれど、そうじゃないんだな。

そして、近所の店で買うと、そのお金は、その人に入る。

どこかの誰かに入るわけじゃない。誰かの生活のためにお金が入る。そういうのはほっとする。

 

わたしはまだ働いている。社会参加をしたいからだ。

今働いている塾では、自習がいつでもできる。自習サポートもある。だから、ダブルインカムの家庭にとって、勉強のできる学童のような場所でもある。

愛情であれば、親であっても親じゃなくても、誰からでも受けられればそれでいいと思うわたしは、そういう光景を見るとホッとする。

共謀罪について、子供たちとよく話す。あれは治安維持時報だよ。

どうして勉強するのかについてもよく話す。あなたの考え方を広げるためだよ、自由を獲得するための手段だよと。

政治経済ではかなり突っ込んだ話もする。法律は、国家を縛るものだという話をする。だから、憲法は、国家を縛るもので、わたしたちの自由や安全を保障するものだよと。

わたしは、一人の子供を産む。

そうすると、世界に一人の人間が増える。

情緒不安定になったり、体調は悪くなったり、眠くて仕方なくなったりする。

話し相手が減るから孤独にもなる。

外に出て、運動することも難しい。

でも、わたしにできる反戦があると思いたい。

個人の生活を楽しむことも、政府に対する反抗である。政府は、本来なら、わたしたちの幸福の追求を妨げてはならないのに、今の政権はそうではない。

わたしは、デモに行くことも、ロビイングすることもできない。

ただ、ブログに書くことくらいしかできない。

わたしが知っている子供たちは、戦争を不安がっている。

実際に、割を食うのは彼らなのに、彼らには決定権も抵抗する手段もない。

だまされないでいる、とうそぶく人たちも、結局、騙されていることに気づいていないだけ、ということが大半だ。

わたしが社会運動をしていると公言すると「幸せならそんなことはしない」という風に、マウンティングをしてくる人がいる。

「迷惑だ」ともいわれる。

個人が幸せを追求すること、社会に対して、抗議することは両立する。

自分の努力が足りないから不幸なのだというのならば、社会的不正義を放置しているのが、誰なのかをはっきりわかっているかどうか、自問自答してはどうかと思うが、彼らにはそのような能力がないのか、したくないのか。

 

権力は見えないがある力で、それらが、後ろ盾しているから、差別が存在できる。

差別されている側が、それに対して抗議すると「幸せじゃないなんてかわいそう」「努力が足りない」と言われる。

それは、差別の一形態だ。

差別されている側に、不幸せだと決めつけ、不幸せならば努力が足りないといい、自分の社会的背景に目を背け続けることができる立場が、恵まれているとは思わない。自分さえよければ、という立場は、次世代のことを考えてはいない。

次世代のことを考えなかった、前の世代の人たちのせいで、原発の問題や、年金の問題、いろいろな問題が残っている。もちろん、彼らが残してくれた恩恵もある。

恩恵には感謝しつつ、批判していくこと、あらがっていくことがだいじなのではないか。

生きることは戦いだ。

わたしの精神科の主治医は、七十代後半で、彼が医学部に行った時には、三十台の先輩がいたそうだ。それは、結核や、戦争から帰ってきて、中断されていた、学業を取り戻すために戻ってきた人たちだ。

彼はそれを見ているから、わたしに急がなくていいという。そして、わたしがすることを応援してくれるという。

長野県松本の市長は、もともと信州大学の医学部の教授であった。胃がんになった後、その経験から、チェイノブイリに赴き、五年間、甲状腺手術を教えたそうだ。

彼は、今、放射線の広がりは、円状に広がるのではなく、風向きや、地形によって変わっていくということを言っている。

だから、円状にこの距離までは危険、でも、ここからは安全だという線引きをすることは、おかしいといっている。

そして、福島の子供たちを松本市に招待する、ということも始めている。

被ばくをしても、しばらく、放射線量が低いところにいると、体内から外に幾分か流れていくそうだ。そういうことも大事なのだそうだ。

子供を産むことは大切な社会参加である。

子供のために、よりよい世界を残したいと願うことも、社会参加である。

わたしには、社会に参加したいという根強い欲求がある。

生活を大切にし、幸福を追求すること。瞬発力はなくとも、長い間、考え行動することが、大切だと思う。

わたし一人の力では、なにもできない。そのことが、悔しくも思うが、しかたがない。

わたしにできることをしたい。

ベシー占い 占い承ります。


障害が嫌なんじゃない

障害について描かれた漫画を読んだ。

障害や精神疾患を持っている人を、自嘲とはいえ「失敗作」と言ったり、「メンヘラ」と言ったりしていたことが気になった。

そして、健全な家庭に育った人には、虐待された人は理解されないのだ、ということも気になった。読んでて嫌だった。読まなきゃいいんだけど、読んでしまった。

「お母さんになる人へ。あまり厳しくしないでほしい」というメッセージがあったが、これから母になるわたしにとって、やはり、嫌な気持ちになった。

わたしだけが子育てをするわけじゃない。父親にも責任がある。そのほか、子供にかかわるすべての人にも責任がある。

 

ADHDをメンヘラ、といったことに反発があったが、それはあまり問題ではない。

先天的だ、脳疾患だ、だから、メンヘラじゃない、という言い方は、精神疾患とは違うのだ、ということに対して、字義通りのことを求めているというよりも、「精神疾患ではない、精神病ではない」という差別意識を感じた。もちろん、悪意はないのだろうけれど。悪意がなければ差別ではない、というわけじゃないのだ。

 

 

わたしは、障害を持っていること自体は嫌じゃない。それに伴った不便さが嫌だ。

その不便さは、軽減することができる。社会的にかかわる人間を厳選し、支援を受けることで、かなりのストレスを減らせることができる。

わたしの持つ、主な病気である、双極性障害も、自閉スペクトラム症も、治らない。

だからといって、それが脳疾患だろうと、精神病であろうと、どうでもいい。精神病のほとんどが、脳の機能がうまくいっていないから起こるものだ。

 

わたしの家は、健康的な家庭ではなかった。でも、同じような境遇の人が理解してくれたわけじゃない。人による。余裕のある、健康的な家庭に育った人が、思いやりを示してくれたこともしばしばある。

個人的には、余裕のない人と人が不幸な話をしていても、わたしは笑うことができない。人による。

だから、きれいごとを言わないでおけば、同じ境遇の人にしか話せない、というのは、本当に個人的な話なんだと思う。それでいいのだ、もちろん、あの漫画は、個人的なことを、内輪のノリを正直に書いたものだろうから。

ただ、同じように、わたしも、あの漫画を読んで、どう思ったかを、書くことは許されるはずだ。

いやだったら読まなかったらいい、というのは、お互い様。

相手に伝える必要はない。

わたしは、障害が原因で不利益をこうむっている。でも、生きづらい、という言葉を忌避する。

わたしは、生きづらいといわれたくない。そんな、人をさげすむ言葉を自分に使いたくない。

わたしには、生きる上で、困難がある。それを乗り越える工夫をする。戦う。

そういう言葉遣いを選ぶ。

ベシー占い 占い承ります。


戦い方を教えたい

子供には、戦い方を教えたいと思っている。
二つの戦うための方法がある。
知識を得るための方法を教えること。イエス、ノーを主張すること。
この二つが大事だ。

高校生は、中学生時代、暗記科目だった理科を、どうしてそうなるのかを学ぶようになる。
たくさんの科目を知ることについて、批判もあるけれど、いろいろな知らなかった分野について触れる機会を与えることは大事だ。
思い込みで、嫌いだと思っていたことを好きになる可能性もある。職業の可能性も広がる。
聞いているだけだったとしても、忘れたとしても、勉強の仕方を知っていたら、新しいことや知らないことを学びたいとき、ためらわなくて済む。
自信がないからあきらめる子供が多い。

理系の職業に就きたい女の子がいる。わたしの就職活動をしていた時、エンジニアとしては、おんなだからと言われて、とってもらえなかった。
今はどうなのかわからない。

女の子に対して、どうせ報われない社会なのだから、がんばるよりも、ほどほどにしておいて、適当にしたほうがいいとうっすらと思いながら指導する大人がいる。
それも、きっと、生き方としてはあるのだろう。
でも、心が死んでしまうことを、みんな確かに知っている。
がんばれと背中を押してもらいたい女の子も多い。だから、わたしは、面白いよ、勉強は楽しいよ、という。
生徒さんは、新しいことを知ったり、世界を深く知ること自体は、なぜかわからないけど、楽しい、と言ってくれる。

女の子が怒ることを妨げる文化もある。
嫌なものは嫌だと言っておいたほうがいいと、わたしはいう。
嘘をついて、自分をごまかして、いい人ぶって、敵を作らなかったとしても、ふとした時に本音を漏らしたら、「裏切られた」と言ってくる人は多い。
だから、それよりは普段から怒るときは怒って、嫌なことは嫌だということを、大事にしたほうが、敵は多くなるけれど、気の合う友達はできやすい、ということも、わたしは言う。

権利を国に対して主張することは義務だという話もする。

知識と行動があれば、戦いやすくなる。
知識がなくても、心があればもちろん戦える。
戦い方を教えたい。

ベシー占い 占い承ります。


個人的工夫だけでは、社会的構造による不利益は解決されない #最低賃金1500円

出産を機に、仕事を辞めざるを得ない人の話をしたら、「公務員になればよかったのにね」と言われた。
そういうことじゃない。

社会的な仕組みによって、それまで働くことができた人が、妊娠、出産をする、という人としてのライフステージの変化によって、仕事を奪われる。または、労働力を安くたたかれる、という問題について話したかった。
もちろん、個人的に、公務員になることで、それを回避することができる人はいるだろう。
それは全然否定しない。
でも、公務員に向かない人や、やりたくない人、民間で働きたい人、いろいろいる。
わたしは、きっと公務員には向かなかった。だから、していない。
出産するとは限らないのに、人生をそれにかけて、チューニングできない。
やりたいことをしたい。

個人的にこうすればよかったのに、というアイディアは無数に出される。しかし、それは、実現したくないことだったり、考慮した結果、却下されたものだったりする。

性犯罪についての自衛についてもそうだし、男女の給与差についてもそうだ。賃金が低かったら、努力すればいいのに、自分からフリーターを選んだんだろう、という人もいる。

しかし、労働力の質と、賃金は、必ずしも、比例しない。たとえば、コンビニ店員は、高度なスキルを必要とするが、低賃金だ。
それを選ばなければいいのに、という人もいるだろうが、それしか選べない場合もある。

人が、生活することができない賃金が温存されているのは、男性が稼ぎ、女性が嫁ぎ、養われるのが前提の社会だったからだ。
しかし、今は、結婚して養われている女性だけではなく、一人で暮らしている女性や、男性も、その賃金で働かされている。

バブル世代と呼ばれているのは、今の五十代後半の世代だ。それ以下の世代は、就職難もいいところで、努力しようが何しようが、どうしても、正社員には雇われなかった。
それは、バブル崩壊後、人を正社員で雇わず、安い賃金で、非正規雇用を増やすことで、企業が生き残りを図ろうとしたためだ。
それを国はバックアップした。
だから、本来、派遣というのは、特定の技術を持った人たちに限られていたものが、どんな職業にも当てはまるようになった。
そして、五割以上のピンハネをされる仕事を選ばざるを得ない人が増えた。
確かに、どんな不況でも、正社員で雇われる人はいるだろう。でも、全員が、そうじゃない。そうじゃない人の割合が多すぎるので、人材が育たなかった。人にお金をかけなかったので、人材が不足している。

これは、国策の問題であり、社会構造の問題だ。個人の努力で生き延びるためにサバイブすることは、もちろん賞賛に値するが、その努力が実らなかった人を非難する理由にはならない。

国は、国民を、文化的な生活をさせる義務がある。その義務を放棄して、今に至る。

デモをする人について、やるべきことをやらないで、怠けて、権利だけをむさぼろうとすると非難する人がいるが、義務を放棄したのは国や社会だ。そして、人権は、義務を果たさなくても、最初からあるものだ。

最低賃金でいくら働いても、もちろん、最低限度の文化的生活を送ることはできない。
だから、それは国の責任で是正する必要がある。その自覚を国がまだ持たないので、気づかせるため、政治活動が必要なのだ。

ベシー占い 占い承ります。