家にはすべてがある、しかし、散歩だけがない

わたしの家はたいへんに住みやすく、居心地もよいのです。
ネットフリックスを契約したうえ、アマゾンでプロジェクターを買ったものだから、天井に移しながら、布団で映画を観られるという最高な環境もある。

そして、ゲーム機もいくつかある。最近体調が悪くてできていないけど。

お香もたけるし、音楽も聴けるし、クーラーもあるし、本も買えばあるし、読める。
冷蔵庫もあるから、ご飯も作れる。
うちにないものは、……散歩だけだ。
わたしは、散歩が好きだ。散歩したついでに、買い物したり、デパート、カフェ、映画館、本屋、そういうところによったりするのが好きだし、街路樹や、庭、花を見るのも空気の香りを嗅ぐのも好きだ。
だから、仕方がなく、家の外に出る。
家の外は楽しい。
今は妊娠してるから、原付に乗って、どっかにいくこともできない。山も海もだめだ。つまらない。
退屈だ。
おなかの中で何者かがうごめいている感覚はとても面白いし興味深い、もう、最近では完全に人の形をしてますよね!というのが、ありありとわかるサイズだし、骨の感じも腹の肉越しにわかる、ちょっと気持ち悪いなりにかわいい。

昼間は吐き気と頭痛と倦怠感で、ずっと横になっていましたが、夕方から突然、元気になって、眠くもなく、こうして、ネットをしています。

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セックスワークをしなくて済むことを、申し訳ないと思う気持ちがある

小さな暖炉の前の椅子
椎名さんのブログを読んで、思ったこと。
セックスワークをしている人に、悪意をぶつける人もいるし、悪意のつもりじゃないし、偏見もないつもりだけど、相手に嫌な思いをさせてしまうことがある人もいる。後者にはわたしももちろん含まれている。

なんで、セックスワークについて、自分は当事者じゃないのに、考えているのか、って思うと、「申し訳ない」ってなぜか思っているから。
当事者だってそれぞれだし、当事者も事態を全部把握していない、だから、もちろん、当事者じゃないわたしは、失敗もするし、間違えるし、誤解もする、それで、相手をどうかしちゃうこともあるんだけど、当事者じゃない人も声を上げることに意味があると思って、なんとなく、考え続けているテーマです。
上記に書いたことは、失敗の結果相手を傷つけたり、嫌な気持ちにさせたりして、それでも「違うよ」と教えてもらった結果学んだことで、全然誇れることじゃないんだけど、でも、教えてもらってありがとう、それを生かします、それが償いだと思うし、それで、続けます、という言う気持ちです。

差別していたことに気づいて懺悔した人を、ネットではたたくのを見る、それは、差別された被害者が存在するんだから、当たり前だけれども、でも、差別をして、その結果、相手からリアクションがあって、学ぶ、という過程は人間である限り、経ることがどうしても必要だとも思うので、そんなにたたかないでほしい。
差別は誰でもうっかりしてしまうものだと思っている。したくなくても。
知らないことは多すぎる。自分のこともわからない。自分のことさえ、さげすんだりするくらいなのに、相手のことを尊重しながら、その姿勢をキープしたいと思うものの、うっかり、見えないことを踏んでしまうことはある。
そして、踏んだ時に教えてもらっても、腑に落ちなくて、どうしようとなることもある。
自分の足場が、崩れてしまって、立てなくなるような感覚に襲われるんだ。

わたしは、今現在、セックスワークはしたくないからしません、と言える。
でも、前は「立派な仕事だし、でも、わたしには務まらないから……云々」という言い方をしていた。
そういうのは、逆に、よくない、ということがわかるまで、ずいぶん、長い年月がかかりました。
わたしは、しなくていい立場にいる、したくなければしないでいい、そういうのが後ろめたかった。
決して、セックスワーカーをバカにしたいわけじゃないんだ、だから、尊敬する、でも、わたしには務まらない、という言い方をしていた。
セックスワークをしなくて済むのが申し訳ない、と思っていた。
今でもそう思っている。恵まれているから、選ばなくていいんだ、わたしがしたくない仕事。

とはいえ、わたしは、セックスをした結果、お金を受け取ってしまったことがある。
セックスしたくて、その日であった人とホテルに行ったら、その人が車の中にお財布を忘れていて、立て替えたら、多めに返してくれたってことがあった。
立て替えたお礼なのか、セックスしたお礼なのか、微妙だなあと思いながら、断ったけど、渡すのがうまい人で、受け取ってしまった。
いい人だった。
性体験人数はそう多いほうじゃないけれど、行きづりの人と、ホテルに行くことが必要な時代があった。その時、会った人たちはみんな親切で、合意があって、細かい条件も話し合ったうえで、セックスをして、ほとんどの人と二度と会わなかった。
なんだかあの頃に、男性不信を回復した気がする。
むしろ、ちゃんとつきあって、別れた男のほうがくそみたいな思い出が多い。
わたしを自分の思っている女という「型」に入れたいという欲望を突きつけるから別れるというパターンばかりだったからだと思う。

それは、セックスワークと全然関係ない経験なんだけど、それでも、「初対面の人とセックスをするのは怖いんじゃないか、変な人ばっかりじゃないか、わたしが思っているような普通な人はいなくて、変な人ばっかりじゃないか」という思い込みを薄くする経験にはなった。ステディとするセックス以外をしたいときが、誰にでもあるよね、という意味で。
一回しか会わないから、いい思い出になることもあるんだなという経験になった。

わたしは、いろいろな運が良くて、誰かを養うこともなかったし、お金に困窮したとき、仕事にも就けた。
そういう運の良さを、後ろめたく思う。
後ろめたく思いながら、セックスワーカーにならなくて済んだ、とどこかで思っている。
やってみたら、楽しいこと、嫌なこと、両方あるんだろう。
でも、わたしは、今のところやってみたいと思っていない。

貧乏になったとき、「美人じゃない、スタイルもよくない、男性が怖い、アトピーがある、コミュニケーション能力もあまりない」から、やらない、って言い方で、やらない、って思った。
でも、そうじゃなくて、単純にやりたくないでよかった。普通の職業と同じように思うなら、選ばない理由はやりたくない、向いてない、興味ない、でいいんだから。

仕事って日常のもので、特別なものじゃないのに、わたしは、なぜか、セックスワークを特別の者のように思っている。
きっと、みんな、普通に嫌だったり面白かったりお金のために働いているんだろうと思う、思うのに、それは特別な職業だと思っている。

わたしは、自分の仕事に胸を張れる時と、しょせん、フルタイムの仕事じゃない、社会的地位の低い、誰にでもできる仕事だ、としょぼくれているときとある。両方の気持ちを抱えて働いてる。でも、喜んでもらえる時を宝物にして、お金がもらえるから続けている。

わたしは、セックスワーカー当事者じゃなくて、ごめんなさい、と思っている。
差別をなくせなくてごめんなさい、わたしの中にもきっとある、差別や無理解についてもなくせていません、ごめんなさい、と思っている。
セックスワークを差別していなかったらできるはずなのに、セックスワークをしていなくてごめんなさい、とも思っている。
なんでだろうね?
意味わかんないな。
自分でも。
全然、解決できない。

でも、セックスワーク、すごく、わたしの身近にある問題だ、という直感がずっとある。
セックスと引き換えに、命乞いみたいに、性を差し出したことが、わたしには、ある。それがまだ癒えない。
それは、セックスワークと違うのかもしれないし、同じなのかもしれない。わたしには、それもまだわからない。

プロとして、性的ケア、サービスを提供し、金銭をもらうことと、わたしがセックスの代わりに命乞いをしたことと、全然種類が違うと思う、でも、わたしの中で、ごっちゃになっている。
だから、申し訳ないと思うのかもしれない。誰に向かってかわからないんだけれど。

それ自体が、差別的な感情なのかも、全然わからない、でも、考えていたい、とっかかりはなんにせよ。
当事者じゃない人が、語ることが、大切だと教えてもらったから。

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受動型ASDのパートナーとの付き合い方

わたしのパートナーとは、はてなブログとツイッターで知り合いました。
Skypeで話しているうちに、彼からプロポーズされ、会って、初対面で同棲をし、不愉快なこともなく、話し合いが成立する、メリットがあることから、事実婚をしました。
事実婚にしたのは、別れる時の利便性です。籍を入れてしまうと、お金はいいから、とにかく逃げたい、というときでも、朝廷や裁判をしないといけないし、何年もかかるし、居場所を突き止められてしまうから、隠れていないといけないのです。
それがいやで、事実婚にしました。籍を入れるメリットは、共同財産の形成と、相続の利便性なので、それを日常的に解決していたら、問題ないです。

受動型とはいえ、パートナーは、人付き合いが下手ではないです。
コミュニケーション能力の塊のような営業の、わたしの上司のもとで、今、わたしの代わりにアルバイトに行ってもらっているのですが、無口で、内向的だが、正直で、意見があったらはっきり言う、裏表のない性格を気に入ってもらっているようです。
口がうまい人を警戒する人は一定数いるので、そういう人と相性がいいです。

会う前に、いろいろな取り決めをし、同棲しているときも、かなり話し合いました。
戸籍や収入の証明書も提示してもらいました。
また、引っ越してからも、もとの家をしばらく維持してもらい、いつでも出て行ってもらえる状況を作りました。
でも、事実婚をしてから、体を壊して、養ってもらうことになったので、結局、あのとき縁がなければ、わたしはどうなっていたんだろうと思います。

ネットから出あって結婚する人は、わたしの身の回りに多く、うまくいっている人がほとんどです。
戦中派の主治医も、ネットで赤い糸を見つけ、こっちに引っ越してもらえばいい、と言っていましたが、まさか実現するとは……。
ありのままの自分を知ってもらうためには、ブログで自己表現をしていたことが、よかったですね。
同じ価値観の人と出会えたわけですから。

ところで、彼は自己モニタリングが苦手で、体調の悪さや、感情の変化を自覚することが難しいです。
言いたいことがあっても、言わないで、自己完結してしまったり。
そこで、わたしが、彼の様子を見て、いろいろいうことになったり、質問したり、指示を出したりすることになります。
ちょっと、それが、かえって彼の負担になるのか心配ではあります。

彼は、同じ作業をすることが得意なので、ルーチンの家事をほとんどしてくれます。
その代わり、初めてすること、即興でやりくりすることは、やや苦手なようです。
だから、基本の家事を彼がやり、できるときや、必要な時、わたしがやるようになっています。

わたしは、積極奇異型だと思います。そのため、一見、社交的に見える瞬間もあると思うのですが、すぐ疲れたり、突拍子もないことをして、トラブルを招いたりもします。それに、内向的なことには変わりありません。
似ているところと、違うところがあり、ASDという部分で共通しているから、生活は円滑です。

わたしは、就職をしたのも、結婚をしようかと思ったのも、ずいぶん遅い時期でした。
そういうことが、必要なのかどうか、興味がなく、ぴんと来なかったのです。
流されることがないので、ほかの人が焦っていても、ぴんとこなかったですし。
それでも、思い立った時に、それぞれ獲得できたのは運がよかったなと思います。

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子供の居場所としての塾

親のできることは限られている。
今だと、ジャンプのエロ表現について、性暴力的だという批判に対して、「親が性教育すればいい」という風に言う人が多いけど、親の影響は確かに大きいものの、社会の醸し出している価値観や規範のほうが、影響力は強いと思う。

高校生が、わたしに、ラノベを見せてきた。エロマンガ先生というやつと、肌色の部分が多い女の子の表紙のやつと。
「これ、エロい奴だと思いますか?」
と聞かれて、わたしは不快だった。
内容はそうじゃないかもしれないけど、嫌だった。
その子は、わたしに対して、「妊娠したならクラシックを聴くべき」とかお化けを怖がっている女の子に「そういうの迷信だから」といきなり割って入ってくるから、前からちょっと嫌だったけど、ますます嫌になった。
「知らないけど…」
「これ、学校で読んだらまずいですよね、終わりますよ」と言っていたから、エロいものだと見えるのはわかっているのだろう。
そして、わたしが嫌がっていることもわかっていて、なおかつ、人が嫌がっていても、エロに関することだったら、相手の女の人を嫌な気持ちにしても、かまわない、と思っているんだろうと思った。あとから、セクハラだと思った。

親御さんに会ったことはもちろんあって、とてもいい教育をし、子供にこれ以上となく向き合っている。
でも、親といるよりも学校にいる時間や、ネットをしている時間のほうが、もうすでに長いのだ。
そして、彼の価値観は、たくさんの肌色の女の子が描かれている本屋や、ネットで、補強されていく。
子供を教育するのは大変なことだ。

前置きが長くなってしまった。

わたしは、子育ては当然社会でするべきだと思っている。
公的な教育は、親のばらつきを是正して、子供の不利益を平等にならす役割があると思っている。
親に任せていたら、子供の能力の発達が、運のいい子と悪い子で、わかれすぎてしまうからだ。
親にとっても、自分の子供が人生のすべて、となることが良いことだとは思えない。

わたしの理想の塾は、勉強が自由にできて、おやつも食べられて、安心していられて、親御さんも、安心して預けられる場所だ。
知的好奇心を満たし、もっと知りたい、勉強したいと、やる気を出すような場所になってほしい。
最初は自分で塾を経営しようと思っていたけれど、同じ志の人が誘ってくれたから、雇われるという楽な身分でそれに関われるからラッキーと思った。
わたしは、結婚して、お金の心配も減ったせいか、「誰と働くか」「どんな理念か」のほうが、給料の額よりも大事になった。

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幸せじゃなければ劣っているの?

この前、ある記事に、「属性を代表して喧嘩し続けると幸せになれない」という内容のものがあった。
たしかに、その通りだけれど、なんとなく、言いたいことができたから書こうと思う。

人の代わりに、怒るのは違うと思う。でも、自分が何か不利益を被ったときに、怒ることは大切だ。
それは、自分の自己肯定感をはぐくみ、守る効果がある。
我慢して、周りに合わせて、波風を立てないことを優先しているうちに、なぜ、生きているのか、わからなくなってしまう。

わたしは、「女」という属性、「障碍者」という属性で、嫌な思いをしたら「わたし」として怒る。
差別をしても、とがめられない社会の仕組みがあれば、社会に対しても怒る。

怒るわたしを「幸せじゃない」「認知が歪んでいる」「自分の中の問題に向き合わないなんてかわいそう」「いつか気付いてほしい」というような揶揄、そういうものを投げかけてくる人がいる。

マナーや、ルール、常識、人といさかいを起こさないこと、それを優先する人がいることはわかる。

でも、規範が間違っていたら?

わたしは、慣習よりも、正しさ、自分の居心地の良さを選び、それのために戦う。

戦えること、怒れること、それは、自分の感情を大事にすることだ。自分の感情を粗末にすること、理不尽を見なかったことにする欺瞞は、わたしを幸せにしない。

怒っている間は、生きている感じがする。
もちろん、度が過ぎれば健康を害す。
けれど、我慢していたら、自分が悪いと思ったこと自体が、精神疾患を悪化させる。
自分が悪いと責めることが、自分を病気にしてしまう。
権力勾配があって、自分が、下位にあれば、なおさらだ。
それを内面化という。

内面化するよりも、怒っていたほうが、問題が外側にある、ということを認識できる分、ずっとましだ。

だから、幸せじゃないなんてかわいそう、怒っていたら、幸せになれない、なんて言葉に、耳を傾ける必要なんて、全然ないのだ。

怒りたいときに、怒り、そうじゃない時には、そうじゃない。
自分で選べる自由を確保するための戦いは、決して、幸せを遠ざけるものじゃない。

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散財してしまうこと

今日一日で、一か月分のお小遣いを使い果たしてしまった。
パートナーが稼いで、パートナーがやりくりをしている。
パートナーは自分のものをほとんど買わない。
必要なものでも、迷って買う。

パートナーはわたしを許している。
わたしは、自分を許せないでいる。
でも、散財する。
散財して、その日を生き延びている。
生きていてくれとパートナーは言う。
わたしは、生きることにめげそうになる。めげる。

親と絶縁する前、美容や衣服に関心を向けることが許されなかった。また、元夫が、わたしのお金を使い果たしてしまった。
それで、人に使われる前に自分で使ってしまいたい、自分の人生に対する思い残りを、片付けたい、という気持ちがあるんじゃないか、と自分では思っている。

去年は、生活に支障が出るくらい、買い物をした。
今年は、管理できる範囲で、散財をしている。
少し、ましになったのかもしれない。
わたしが散財するために、パートナーは様々な苦労をしているが、彼はそれを苦労だといったことがない。
わたしといることが幸せだという。
いつも、不思議になる。信じられない、とは思わない。だって、本当にそう思っているみたいだから。
でも、本当に不思議だ。

彼は子育てがしたいという。
でも、彼自身は男だから産むことができない。
わたしは、彼に、子供を育てる経験をプレゼントできることをうれしく思う。
子供はプレゼントじゃないけどね、子供の人生は子どものものだから。
でも、子供にお父さんと呼ばれることや、成長を一緒に見る経験を、彼と共有できることは、わたしができるほとんどすべてのことじゃないかなと思う。
彼は生き物が好きなのだ。

散財も、いつか、落ち着くといいと願っている。
でも、それ以上に、わたしが、生きることに、めげても、寝たきりになっても、死を選ばないことを、一番、がんばりたい。
ゆっくりの歩みで、マイナスから始まって、ゼロに近づくだけなのかもしれないと、立派な人たちを見るたびに思うけれど、わたしは、わたしの体の外に出られない、そして、わたしはわたしの心の外にも出られない、ようは、未来に、わたしが今とは別人になることをほんの少し希望することができるだけだけ。
毎日を積み重ねるというのは、その希望を持てるということでもある。

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体中にシミがある

わたしには、シミがたくさんある。
以前、ネットに自撮りをアップしたとき、生活習慣が悪いから、あんなに肌が汚いのだ、と書かれた。

父も、わたしに会うたび、肌のシミのことを指摘した。
隠すように、日に当たらないように、毎日言ってきた。

一部の人は、病気や、身体的な、悪いとされる特徴を持つ人について、「何か悪いことをしたから、そうなったのだ」と思う傾向がある。そして、実際にそれを口に出す。
また、スピリチュアルな商売をしている人(もちろん、全員じゃないけど、例えばヨガのインストラクターだとか、自然食品の人だとか)は、商売のチャンスとばかり「これをしたら治る」と言ってくる。
わたしは、たくさんのマルチや偽医療に勧誘されてきた。
(余談だが、マルチに騙されている人が、わたしに「なんで騙されるの?ふつうわかるでしょう」と言ってきたことがある。騙されている人は気づかないのだ)

父とのかかわりは短く、十歳の時まで一緒に暮らしたのと、トラブルがあって身を寄せていた二年間だけだった。

総合病院で、わたしのシミは、「遺伝的なもの」と言われた。非常に少ない症例で、その先生も何度も見たわけじゃないけれど、シミの形から言って、たしかだと。
そして、それは、人に気にされにくい形のシミだとも言われた。
人間は、病気だと感じるものを警戒するので、皮膚病に見えないものが、どんなにたくさんあっても、意識に上らないそうだ。
わたしのシミは、ランダムな形をして、重なり合っている。
日焼けでできたシミとは違うけれど、そういう風にも見える。
肌はもともと白いから、若い時に日焼けしすぎました、っていえばいいよ、と医者は言った。
レーザーで取ることができないと思う、広範囲すぎるから、と言われた。
また、重度のアトピーの後遺症もあるから、どの原因のシミか、限定できないから、レーザーの種類を決めるのも難しいといわれた。

カメラマンの知人に相談した。
「シミって、風合いでしょう」と彼女は言った。
「海外の一流モデルは、アウトドアが好きだから、シミだらけだよ。でも、それが素敵なの。日本のモデルは、肌をきれいに保つために、外にも出ない、それだと、ギャラガ何桁も違うの。
シミって、好きだよ、味というか、風合いだよね。風合いがない肌よりも、風合いがある肌のほうが、モデルの世界だと高い値段が付くんだよ。それに、写真にとってもきれいだしね」
と、言ってくれた。
精神科の主治医は、「傷や、シミを、戦いの勲章だと思えない人とは付き合わなくていいよ。それを評価するくらいの人とだけ付き合いなさい」と言った。

無垢なものを尊ぶ文化の中で、年を取るというのは、結構きついものだ。
年を取ると、肌を見せるな、体形が崩れているから、と言われる。
でも、年を取ったから増える魅力があるはずだ。
むやみに露出するということじゃなく、自分が素敵に見えるから、という理由で、肌を出すことも、外に出て、日焼けをすることも、その結果、シミができたりしわができたとしても、それがなんだというのだろう?

悪いことをしたから、体に欠陥があるのだ、という考え方は、人を追い詰める。
生きていたら、なにかしら起きる。
全部正しく生きられない。正しいこととされていることも、時代で変わる。
時代で、また、人の気まぐれで変わる評価よりも、自分が楽しくて素敵で美しいと思えることを大事にしたい。

わたしは、まだ、わたしの加齢やシミを愛せない。
でも、最近は自分の顔立ちを愛せるようになってきた。
体形も、妊娠してから大きく変わった。戸惑って、追い詰められて、妊娠しなければよかったと思ったこともあったけれど、変わりゆく体に慣れてきた。
目的によって、体も変わる。
生きているって、変わることだ。

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明け方の時間

眠れなくても、一晩横になることができた。

それでも、やはり、吐き気がして、胃の中のものを戻してしまった。
それでも、わたしは、なんとなく幸福な気持ちでいた。

昨日は完璧な土曜日で、わたしは一週間の中で一番土曜日が好きだ。
明日は日曜日で、だから、土曜日には焦らなくて済む。
夕暮れ近くなった街には、にこにこした人たちが、ゆっくりと歩いている。
若い人、老夫婦が同じ速度で歩き、中年の男性が肩を寄せ合って、どこのお店に入るか検討している。
できるだけおしゃれをして、きれいな色のシャツを着て、帽子をかぶる。
お茶をしたり、買い物をしたり、本を買ったり、服を見たりしている。
ただ、歩くだけで楽しい、小さな夏祭りがあって、小さな子供が浴衣を着ている。
知らない人同士で話をする。

そういう夕方に、カレーを食べて、かき氷を食べて、テラスでお茶をした。
きれいな服を見て、あれがほしいなと言ったり、こういうのがきれい、と言ったりしながら、パートナーと手をつないで歩いた。

幸福すぎて、眠れず、そのあと体調が悪化して、やっぱり眠れなかった。

朝が来て、気晴らしにシャワーを浴び、ヨガをしようとしたが、おなかが張っていて、苦しくてできなかった。
あと一か月で、わたしの世界に赤ちゃんが来る。
ちいさいにゃー、とか、かわいにゃー、と呼んでいて、おなかにいるだけでかわいい。
生まれたら、わたしの外に出る、親離れだ、もう、独り立ちなのだ、という風にも思う。

今は、わたしの中にいるのに、外に出て、くっきり分かれる。おなかの中にいても、わたしの思い通りにはならない。

紅茶を入れると、時間がゆっくり流れる。
焦って、雑にならない。
ポットで入れると、なぜか、パックでぱちゃぱちゃ入れて飲むのと、違う時間の流れ方をする。
きれいな器に入れると、きれいな色が見える。

どんな器でも口に入れば同じなのに、きれいな器だと、なぜだか幸せがこみ上げる。使い慣れた、見慣れた、いつもの器でも。

出かけるときに、ネックレスを選ぶ時間、化粧をどんなふうにするか考える時間、爪の色や、ブレスレットを選ぶ時間、そういうものが、わたしを作る。

みじめな過去は亡霊よりももっと具体的にしつこいけれど、でも、みじめさは、きれいなものに負けてしまう。

間違ったことを、はねのけますようにと、願いながら、わたしは、装飾品を選ぶ。
着心地の良くて、自分がきれいに見える服を選ぶ。
中年になると、こういう服はダメだとか、肌を出すなとか、言われるけれど、わたしは、自分を好きになれる格好だったらそれでいい。
そういう戦いは善き戦いだから。
そういう風に、戦うことが、生きることだと思う。
おいしい紅茶を、きれいな器で、ゆっくり冷ましながら飲むことも。

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波のように、悔しさと幸福が押し寄せる

外の空気は、あまりにも甘美すぎて、窓を閉じることができない。

朝六時といえども、七月中旬の気温は少しずつ上がっている。
草木が、勢いよく世界を征服し、鳥は鳴く。かたかたと何かの声がする。
ドアと窓を開け話して、風が通り抜ける。湿っぽく、生暖かい、太陽は上った。

自分の人生を切り開けるようになったというのに、わたしの心は、過去に囚われていて、体とばらばらに動く。
過去に戻って、あいつらを殺したいとつぶやいているうちに、激情が、今の人生を邪魔しに来る。
邪魔しに来る感情だって、わたし自身だというのに、わたしはその感情すら憎い。
その感情がなければ、今の人生を邪魔されることもないのにと。

自分の人生を作り出す、自らの光を拡大する、体の中にあるブロックとの対話、というテーマで、セッションを受けた。

つらいこと、しんどいこと、思い出したくないことが、勝手にわたしの中から湧き上がってくる。わたしはそれに翻弄される。なんとか踏みとどまろうとする。
激情から、気持ちが切り替えるために、いろいろな努力を必死でする。その努力も、なくてもよかったはずだ。

ただ、わたしは、今夢見ることができる。
こういう風に生きていたい、あの場所に行きたい、そういう夢を見る。
それをときどき実現することもできる。実現する前に、それをともしびに生きること自体が、わたしの力になる。
決して実現しない夢を待ち焦がれていた、無力な自分だったころ、成人した後も、「成人したくせに、自分の生きたいように生きられない自分がみじめ」だと身動きが取れなかったころ。

今は、夢を見て、実現することが、わたしの幸福だ。
余分なお金も時間もかかる、でも、お金を貯めるために生きているわけじゃない、今を生き延びるために、働いて、お金を稼いで、そうして、延命しているだけじゃなくて、なぜ生きるかの理由を補充するために、わたしはしたいことを、する。
したいことを、思いつかないように、息をひそめて、そう、だって、したいことがあれば、耐えられなかったから、でも、そんな時代を終わらせることができたのは、自分の力だと誇りにも思う。

自分で生きていける、でも、あのころ、奪われた大切なものは、人生は、二度と帰ってこない、彼らには返す気もなければ、人生を奪った気持ちすらない。

奪われたことが苦しく、苦しんでいる間にも時間は過ぎ、その苦しみ自体が憎い、その気持ちが自分に向かって、憎しみを忘れられない自分を攻め立てる。

今は、幸福だと感じることがある。眠れない、動けないほど、幸せだと感じることがある。

苦しみの中で光る宝石のような気持ち。

わたしは、父が愛人を作って出て行ったこと、出ていくときに「大人になればわかる」としか言われずドアをバタンと閉じたこと。
愛人と暮らしながら、ときどき、わたしたちの家に来て、食事をしたり、一か月に一度呼び出して、食事会をして、帰りの自動車の中で、手のひらの中に、小銭を落とされたこと。恵まれたこと。
みじめだったこと。家に父がいないことを人にばれないようにするために、家に人を呼んではいけない、祖父母がかわいそうだから、口外してはいけない、そういわれて育った。かわいそうなのは、秘密を押し付けられた、子供だったわたしなのだと、ようやく、言えるようになった。

父の秘密を、わたしは、ずっと言わなかった。
離婚もせず愛人宅に潜り込み、成人した後再会したとき「貧乏で苦労した」とわたしに言った父。
有責になったのは、じぶんのせいだ、わたしのせいじゃないのに、そういったことを言える父。
そういう父に、金銭的に世話になる気持ち悪さ、感謝を要求されること、そういうことを、わたしは、誰にも言えなかった。

あなたの介護をしない、といったときに機嫌を悪くした父。
愛人は、わたしの母に「介護はこちらがします」と啖呵を切った。だから、わたしは、個性も違うから、父の面倒を見る義理はない。
だから、そういったけれど。

父は、わたしが元気か、とか、お金に困っていないか、とか、聞かずに、人に迷惑をかけなかったか、と、聞いた。
わたしが、体と心を壊して、前の仕事を退職したと報告したときに。
わたしは、父に迷惑をかけられた。
父は、母と相性が悪いのなら、離婚してから、愛人と付き合えばよかった。
そうじゃなかったから、わたしは、とても苦しかった。
母は、壊れて、わたしをいじめた。
父は、共通の知人に、母の悪口を言って回り、共通の知人から、その話を聞いた。
父が思う以上に、わたしは、彼がどういう風にふるまっていたか、覚えているし、調べている。

彼の幼馴染に、話を聞きに行ったし、彼の姉に、父のもともとの性質を聞いた。

愛人宅と同じアパートに住んでいた人からも、どういう生活をしていたか、聞いた。

彼らは、わたしたち、母子に仕送りをしていた間、どれだけ苦労したか、わたしに話した。
わたしが、どんな苦労をしたか、彼らは大人で、わたしは子供で、わたしが選んだことは一つもなかった。

秘密のために、交友関係は、規制され、学校の話題で、父親がうざい、という話が出たとき、微笑むしかなかった。

腹違いの妹に、わたしがいることを、父は、ずっと隠していた。
それなのに、妹に、わたしの名前で呼びかけることもあったらしい、間違えて。

父は、わたしと過ごした日々を、きれいな思い出として話した。パパっ子だったとか。
わたしは、父が、気に入らないことがあれば、新聞紙で机をたたき、箸を放り投げ、母の見ていないところで、わたしたちをいじめたことを覚えている。
確かに、一緒にお風呂に入ることは楽しかった、でも、一緒に入るのが恥ずかしいと断った日、不機嫌になって、手のつけようもなくなり、泣きながら、ごめんなさい、一緒に入ります、だから、許してくださいと泣いたことも覚えている。
父は覚えていないらしい。

元愛人の現妻は、父とわたしが講演で一緒に遊んだり、自転車に乗るための特訓をした経験があるから、腹違いの妹にはその経験がないから、あなたはうらやましい、恵まれている、といった。
わたしの父は、十歳の時からいない。それ以降の年月は、ずっと、わたしの父を盗んでいた人が、わたしに、そういうことを言う。

父の家から、出て、でも、父に貸していたものがあるから、取りに戻りたいといったとき「あなたと会うと、動悸がするから、来ないでください」とラインが来た。
それで、わたしは、彼らと没交渉になった。
父に、訴えたが、わたしが悪いということになった。

親戚は、助け合うものだと教えられていた。だから、祖父の介護を、長期休みのたびにしに行った。
母は「いい経験をさせてもらってありがたいと思いなさい」といった。
でも、母は、介護をしには来なかった。

祖父が亡くなり、祖母が亡くなった。
わたしが苦境にたったとき、親戚たちは、わたしから離れて、助けることはせずに、わたしを葬式に呼ばなかった。
助け合うことが前提だったから、わたしは、それを信じていたから、時間を割いて、労力も咲いてきたけれど、祖父母が要で、守っていてくれただけで、タガが外れたらそんなものだった。
祖父母を守るために、わたしは嘘をつきとおさなくてはいけなかった。
二十年間も。十歳の時から。うすうす気が付いていた祖母に、嘘をつくことはきつかった。
誰も助けてくれなかった。
母がおかしくなったことも、彼らは知らなかったと言った。その間も、交流があったのに。
妹が家を出ていたのに。それも知っていたのに、うちが異常だとは知らなかったと、彼らは言っていた。

わたしは、ようやく母だけではなく、父も、親戚も、子供だったわたしが犠牲になることで、丸く収めようとしてきたことを、語れるようになった。

それで、ようやく、自分の人生を、歩めるのかもしれない、といくらか思えるようになった。

母には虐待されていた。
寝かしてもらえない、お金があっても、習い事をさせない、母の思うこと以外はさせない、けがをしたら、ぼんやりしていたのが悪いと、病院に連れて行かない、救急車で運ばれて点滴を打っている間も、胸ぐらをつかんで、いくらかかると思っているんだ、と叫ぶ、下着を買ってくれない、洋服も一年に一度、一着しか買ってくれない、サイズの合わない水着を着せられて、胸がはみ出してしまったことを笑う、着替えやふろをのぞいたり写真を撮ろうとする、赤ちゃん言葉で話しかける、二十歳の時の誕生日プレゼントが、三歳児向けのおもちゃだった、腐ったものを食べさせられた、虫だらけだと言ったら、そんなことはないと激怒された、生理の時に驚いて泣いたら、怒鳴りつけられた、生理ナプキンの使用量が多いとののしられた、妹と、わたしでは、食べてもいいものが違っていた、妹専用の食べ物があった、わたしの帰宅時間は五時まででも、妹は、夜の十二時まで門限が許されていた、わたしが気に入らないことがあると、母は、寝込んで無視したり、家出をしたりしていた。
部屋のドアを閉めることを禁じられていた、寝ているときに、口にキスをされた。
十五年前のおさがりを、十五歳以降になっても、着せられていた。
お金がないわけじゃなかったはずなのに。

今日は、きれいな空気の朝で、今日一日は、わたしのものだ。
亡霊のように、記憶の中の父母が、わたしをコントロールしようとする。だから、わたしは、厳密に言って自由とは言えない。でも、この、朝の空気だけは、わたしのものだ。

受けたヒーリング
アロマ&ヒーリングルーム睡蓮

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もう一つブログを作りました

c71の記録~フェミニスト・事実婚・ASDカップルの子育て
というブログを作りました。
こちらのブログも続けます。
もちろん。

どういう風にすみ分けるのかは未定ですが、よかったら、読者登録などして、チェックしていただけたら幸いです。

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