繰り返すミスにはチェックすればいい

同じミスを繰り返していて、最初は優しく諭されていたのですが、最近は怒られます。
諭されているうちに治しておけば良かったと思いますが、どうしたらミスが減るのかがわからなかったのです。

事務作業がわからないのは発達障害だからなのか怠けているからなのだろうか…。

人に対する配慮がない、自己中心的、思いやりがないと、先輩に言われました。

思っても、はっきり言ってくれる人は少ないので、嫌いだけど、ありがたいとも思います。
それは確かに、わたしのウィークポイントなので。

そして、わたしはそういう人の機微がわからないにしても、具体的にどういう行動を起こせば、誠意戸思ってもらえるのかを考えて偽装すればいいんじゃないかなと思いました。

サラリーマン経験の長い人に相談したら「チェックすればいいんだよ」と言ってもらいました。
苦手なことに立ち向かえばいいんだし、それだけなんだから、自分を責めなくていいよ、って。

わたしはできる子なんだ。

たまたまできないことがあって、できないことばかり言われるだけなんだ。

今日は、結婚相談所の相談員の人に、すごくいいお嬢さんですね、自由恋愛で素敵な男性を見つけた方がいいですよ、あなたのこと大好き!って言ってもらいました。

いいこともあるんだから、大丈夫。

今日は、春だということがあって、情緒不安定で、薬を飲む気力もなくて、パニック寸前で、叫んで飛び降りたいくらいだったけれど、いいこともありました。


ちゃんと働くのは難しい

自閉症だからか、普通もそうなのか、わからないのだけど、人から悪意をもたれたとき、何が悪かったのかがわからなくて、とても悩む。

自分が悪くなくても、恨まれることはあるし、憎まれることもある。

その辺の割り切りができないのは、「わたし」だからなのか「誰」でもなのか、気になる。

気になっても仕方がないけれど、わかりたいと思う。

わからないと、苦しい。

失敗は失敗で終わったことなのだから、それでいいと思う。
わたしはそう思うけれど、そのあとで、わたしが反省していないと思って責めてくるひともいるから、難しいと思う。
昔は終わったことをぐじぐじと考えていたけれど、それで良かったことなんてひとつもなかった。

今は人から責められることでびくびくしているから、三歩進んで二歩下がるという感じだ。

わたしは、ちゃんと働けるのだろうか。

まだちょっとしか働いていないから自信がない。
働くと自信がつくからとてもいいことだ。つらいこともあるけれど、経験になる。

ほとんど働いていないような時間の使い方をしているし、家事も手伝ってもらっているし、援助もしてもらっているから、偉そうなことはとても言えないけれど、わたしなりに少しずつ前進していると思う。

昔は社会に参加したかった夢があって、それが叶ったのだから、それでいいとするほうがいい。
失敗したらまたやり直せばいいと、お医者さんも言っていた。
失敗してもいいから、働くといいよと。

ちゃんとかどうか、わからないけど、働いているから良い。
仕事が少ないと不安定になるから早く忙しい季節が来るといい。でも、時間は早く過ぎないから、文学フリマまで準備をしたり、バイク乗ったりして、楽しく過ごしたい。


障害もあるし病気もあるから仕方がない

たとえば、アレルギーがあるのに「アレルギーだと思うからアレルギーなんだ、人生損している」と言われると変です。

そして、鬱があるのに、「鬱だと思うから鬱なんだ。人生損している」というのも変です。

障害があるのも同じことです。

わたしは精神病で手帳も二級持っていますが、認識と外界があやふやなほど、というわけでもないし、できることもあります。精神が異常、ということに定義は必要だと思いますが、異常という言い方よりも、不便がある、不便があるのに対して手帳があると便利なときもある、という感じでいます。

手帳は、わたしにとって、生きるための踏み台になっている感じです。なくてもいいけど、背伸びしなくてもいいです。

障害があるという手で触れる実体があると、「ああ、わたしは障害があるんだな、今日も無理しないでおこう」と思います。

障害があるからこれは無理だやめておこう、という考えは、人生を狭くする場合もあると思うのですが、あきらめることによって生まれる人生の余裕もあると思うのです。

無理をしないことで、他のことに対して楽観的になって、リラックスして行動できて、自分でできることが増えるような気がします。

手帳を持ちたくないひともいると思いますが、手帳はそんなにたいしたものじゃなくて、税金が安くなるくらい、映画が安く見られるくらいのものだと思っています。
わたしは年金は医師の反対でとっていません。年金があれば、生活が楽だなあと思っていますが、今はまだ少しでも働けるので、もっと働けるようになる可能性があるから、それの妨げにならないようにという理屈で今はとっていません。いずれとるかもしれませんが、偏見はもちたくありません。

お金は自由を増やします。

それと同じように、不便さを認めることは、自分の自由を認めて、自分を楽にするんだと思います。

楽にすることを長年怖がっていましたが、人間はそれほど怠惰な生き物ではないようです。
やっぱり、役割を与えられて、一生懸命した方が、楽しく生きられるみたいです。

楽になることを怖がっている人は、自分を信じていないのだと思います。
それは悲しいことだと思います。
自由ではないです。

不自由は悪いことではありませんが、快適なほうが好きです。


自閉症スペクトラムと性的なこと

わたしは、フェミニズムの本を読んで、あまり、女性らしさというものにがっちり染まることが息苦しいと感じる方です。

その一方で、性的に奔放な一面もあります。

自閉症スペクトラムの本を読んで、あまり、大きく語られないのですが、自閉症スペクトラムなどの発達障害の人々の、セクシャリティ問題はあるのではないのか、と思うようになりました。

自閉症スペクトラムの人は独特な人との関わり方をしますし、性的規範に対しても独特な感じになるのではないか…と思います。

そういうことも考えてみてもいいかなと思います。