自分のできないことを認めることで、工夫という一歩を踏み出すことができる。

ヘルパーさんが、「自分にやさしくする収納をするといいよ」と言ってくれた。
「畳みたくない時もあるし、ちゃんと分類して入れたくない時もあるでしょ」
ということ。
だから、わたしは、丸めて入れることにした。

わたしは、このばけつと押入れ収納のラックを使って、それに衣類を入れたり、雑貨を入れたりしている。
なんとなくジャンル分けをしている。
洋服は畳んでもらっても、出すときにぐちゃぐちゃにするし、自分では畳めない。
だから、丸めて入れる。
丸めて入れることを自分に許したり、ちゃんとしなくてもいい、と思えるから、やりやすい。
ものを探すときや、人に出してもらう時にも、「あのバケツの中」という風に言えるからいい。
使いやすく収納するためには、使う場所に置いておくことが大事なことも学んだ。

ヘルパーさんから学んだことは多い。だから、今度、本を書こうと思う。
掃除も、できるだけ楽をしながら、清潔を保ちたい。
だから、おそうじロボの力と、クイックルワイパーのウェットを使って、簡単に掃除をする。
性能の低いおそうじロボが、おろおろしながら掃除をしているのを見ると和む。

床になるべく物を置かなくなるから、掃除も楽だ。

最近は、生徒さんとスカイプで授業をしている。
まだ、中学一年生で、長い時間授業ができないから、朝七時から十五分間だけしている。
そして、そのあとに復讐をしてもらうことにしている。
教えることは、すぐ終わる。
たくさんいっぺんに教えすぎると、お互いの容器がいっぱいにあふれてしまうように苦しいので、そういうやり方をした。
生徒さんと、わたしで、やり方を試行錯誤できるのが、ネットでの授業の良さだ。
来てもらうと、来たからには一時間半は最低でもしたいと思うから、疲れやすい生徒さんにとっては、ネットの授業もなかなかいいものだと思う。
演習の時間を省いて、説明や原理、「なんでこういう勉強をするのか」「この勉強はどんな役に立つのか」「どうしたら、できるようになるのか」というような「なんで?」という部分を伸ばしたい。
大学の役割は「どうして?」の部分を突き詰める作業だし、今後、社会は「なんで?」という自分独自の視点を持てる人が活躍できる社会になる。
同じことをできる人が二人いてもしかたがないのだ。
どんなにニッチでも「この人のユニークさしかない」となったら、価値がある。

「できないこと」を武器にすることもできる。
自分ができないことは、ほかの誰かもできないことだ。
それを、自分で見つめて、解決した過程を人に伝えることも、仕事になる。
最初は、お金にならなくても、誰かの役に立つことを続けていたら、必ず、人とのつながりができる。
人とのつながりができたら、助けてもらえる。

収納一つとっても、自分のできること、できないことをはっきりさせて、「どうしたらいいのか?」を深く考えることで、その経験を人に伝えることができる。
そうやって、人と人とは助け合うことができる。

わたしができることで、わたしは人を助けられる。
わたしのできないことでも、わたしは人を助けられる。
自分に「これもできない、あれもできない」とジャッジを突きつけていたら、何も歩き出せない。
できなくていいんだ、と思うことが、スタートなんだと思う。
できない、できなくてもいい、できないなりにやろう、そう思うことが、はじめの一歩。

最初から100を目指していたら、歩き出せなくなる。できない、の世界から、できないなりに工夫する、という一歩を踏み出すことが大事だ。

授業のことも、一時間授業に耐えられなくても、十五分だけなら、できるんだったら、それでいいんだ。
でも、毎日つらくない範囲で、続けることで、自分の「なんで?」を磨くことができる。