毎日すごい量働いています

今日は、生徒さんが熱を出したので少し早く帰れました。

集団の夏期講習も終わったのでこれから少し楽になると良いなあと思います。

集団の夏期講習はいろいろな生徒さんとふれあえたので、とても楽しかったです。

毎日十二時間以上働いているので、とてもきついです。何かを考えている暇がありません。

でも好きな仕事だからネガティブにはあまりならないで済んでいるかなあと思います。

食べなかったのも二三日のことで、今は牛乳ゼリーにはまっています。
お腹いっぱいにする癖、直したいなあ。


好きな人と付き合う

人を好きになって、その人と付き合えたのは二回あります。

告白して、付き合ってもらいました。
結果は、不幸なことになりました。

わたしを好きだと言う人と付き合ったこともあります。
好きになるような努力をしたのですが、振り回されて、傷つけられて、終わりました。
結局、わたしの上にある幻影を追い求めていただけで、わたし自身を見てくれていたわけではなかったのでしょう。おもちゃか人形が欲しかったようなおつきあいでした。

今は、ほぼ同時にお互い好きになった人とお付き合いしています。恋人が欲しかったので、探したのです。
以前なら、こんな不自然なことは考えられなかったでしょう。

自然に好きな人ができるのを待っていたら、誰も現れなかったのです。

ある一定の失敗をしたわたしは、今ではこう思っています。
人間は柔軟だから、好きなタイプの人間は一目でわかるし、好きになることもできる。

わたしは誰でも良いわけじゃなかったです。
条件だけで考えていたわけでもなかったです。

わたしは
「背が高くてスタイルが良くて自分のことは自分でできて、定職についていて、優しくて、ある程度清潔感もあって、具体的に優しくて自己中心じゃない男の人が良いな」と思っていました。
なので、その観点以下の人はざるから滑り落ちるみたいになっていました。

今付き合っている人はわかる範囲でその条件を満たしています。ラッキーでした。

条件で付き合うのって、昔は信じられないと思っていました。

でも、今はへんなストレスがないし、自分が要求したものが満たされているので、良いのかもしれないと思いました。

お互いほとんどひとめぼれみたいにつきあうことになりました。

そして、これから長く付き合っていけるかどうかはわかりません。
付き合ったばかりと言うのは、良いところしか見えないわけだし。

好きな人と付き合うのは至難の業だし、それで、幸せになれるかと言うのも怪しい。

今わたしは条件にあったひとを、人となりを知っていくうちに好きになって付き合いたいと思うようになりました。それはのんびりとしたペースでした。好きか嫌いかは、あってすぐわかりました。
少しずつ知っていこう、という約束をしました。それはお互い同じように思っていたらうまくいったのだと思います。


働いた

朝五時に起きて六時からコンビニでアルバイトして、そのあと塾の講義をして、夜の九時まで働きました。

食生活はぐだぐだです。足もむくんでます。
野菜ジュースを飲むくらいしか手だてがない。

朝ご飯をきちんと食べるとか。ゆっくり座って食べる場所がないとサラダとかは食べられない。おにぎりは移動しながらでも五分でもお箸がなくても食べられるから便利。


重みの国へようこそ

見ればわかるように、わたしはふくよかかつぽっちゃりかつりっぱな体形かつしっかりした体つきかつエトセトラである。

以前はそうでもなかったのだが、二十九歳を境にどかんと太ってしまった。
とても悲しい。服が小さくなった!と思ったのだが自分が巨大化したのである。
大幅に…。

巨大化しないで良いのに。良かったのに。

食べることが止まらなくなって三年、運動しなくなって三年。体重は増加の一途をたどり、ピークに達したときに今の軽トラさんと付き合うことになった。これ以上太らなければ、今の体重になっても愛想を尽かされないことが明らかになったのでめでたいことである。

しかしながら、毎回、一週間ぶりに会うたびに、恐ろしい不安に取り付かれている。
こんなに太っているんだから…、今度こそ、愛想を尽かされるに違いない…気分が変わって、こんなデブとは付き合えないというかもしれない、と思うのである!

デブが目立たないようにだぶだぶの服を着るのだが、デブと言うのは見ればわかることだ。ああ…。かとって、ぴったりした服着られない。

「痩せてたときもあったの?ぽっちゃりとかじゃなく?」
「あるよ…。骨格が細くないから、ガリガリで細いって感じではなかったけど瘦せ形だったよ」
「どうして太ったの?」
「ストレスで食べたからかな」
「そっかーアイスは毎日食べたらだめだよ!今は若いから良いけど健康に悪いからね」
「うっ」
「アイス買ってこようかと思ったけどやめたよ!」
「はい…そうです」

との会話を経て、あまりデブが悲しくて、涙ぐんでいたら、「c71ちゃん持ち上げられると思うよ!」と励ますつもりで言われた。

見てわかることを、身を以て体感してほしくない、ていうか計られたくない…という思いで逃げ回っていたのだが、申し出によりやっぱり持ち上げられてしまった。重そうだった。ふうふう言っていた。そしてお姫様だっこも一応された。さすが力仕事の国の人である。

もしかしてと思って、軽トラさんを持ち上げてみたら持ち上げることができてしまった。
わたしは重いものを持つのが平気だったのである。しかも、持った感じ、わたしよりも軽かった…。あと、わたしの方が軽々持っていた。重いものを持つのはこつがあって、筋力はある意味関係ないのだ。そり腰にならないように垂直に腰を落として、太ももの力で持ち上げると持ち上がるのだ。

「…軽いね」
c71ちゃん何キロなの。あ、女性に体重聞いたらいけないね。でもおれふくよかな人好きだよ。デブじゃないよ。ふくよかなんだよ」

軽トラさんは素朴な人なので、ふくよか=デブの社交辞令=むしろデブより痛い言葉というつもりはないのである。わたしが痩せたら愛がなくなるんだろうか。

「でも、痩せた方が健康に良いし、毎日アイスは健康に悪いからね」
「痩せる…わたしの決心は固い…デブ専なんだね」
デブ専ってなに?」
「デブを専門で好きな人のことだよ」
「そんなんじゃないよ!」
「いや、そうだね」
c71ちゃんかわいらしいじゃん」
「うぅ。わたし軽トラさんのことお姫様だっこはできないけどかつげると思うよ…」
と言って、わたしは泣いた。
悲しいのか恥ずかしいのかわからないが、とりあえず、わたしは身長が十センチ高い相手よりも重いことが体感できてしまったので泣けた。そして、痩せようと思った。


わたしを好きな人はいない

二番目のおかあさんに、「誰にでも愛想良くしなさい」と言われてから、混乱が始まっていて、調子が悪い。

何をしても誰からも嫌われているという妄想が始まった。
わたしは誰からも好かれないのだ。
わたしは人によって態度を変えるし、だから愛されない。

その一方で、相手によって態度を変えることは健全じゃないのか、と思う。

わたしはわたしなりに距離感をつくろうと苦心して、「好きな人には距離を縮め、愛想良くし、そうではないひとには無関心でいる」というルールを作った。

でも、それはだめだという。
良い人だと思われることが大事だという。
自分の幸せは、良い人だと思われることで作られるという。
自分が自分で幸せになるのは大変だけど、周りの人が良い人だと思ってくれたら、幸せになるのが簡単だという。
わたしには周りの人に良い人だと思われることの方が難しい。

わたしは、毒があるし、良い人だと思われない。
わたしは誠実にあろうとすればするほど、周りからずれて、言葉が通じなくなり、変な人だと思われる。
わたしは変な人だと思われるのがこわい。
普通に振る舞おうとしているけれど、変らしい。
それはわたしにはわからない。
他人がわたしをどう見ているのかもわからない。
苦しい、つらい。そのことを考えないようにしていたのに、パンドラの箱が開いてしまった。
あの一言で、わたしがどれだけ悩むのか二番目のおかあさんは知らない。
二番目のおかあさんが言うように、言う方もたいへんなのよ、ということだったら、言わない方がお互い大変じゃなくていいと思う。感謝も求められたからとてもつらい。混乱している。感謝することが大事、と言われた。感謝できない。わたしはおかしい。苦しい、死んでしまいたくなる。死んでしまっても良いのだろうか。良いなら死んでしまいたい。いや、違う、わたしは生きていたいから距離を置いて、それから眠って、そのあと忘れるのが一番良いのだ。

いろいろなわかってくれるひとを探して付き合うよりも、その場にいる人に良い人だと思われる方が幸せだと二番目のおかあさんが言った。

わたしは自分の居場所を作るために、とてもとても頑張って来た。
それがネットの世界であっても、趣味の世界であっても、頑張った。
二番目のおかあさんに同人誌を渡したのは、こういう世界もあると知ってほしかったからで、その本に書いてあることから、わたしに直した方が良いところを探してほしかったからじゃない。

もう、読んでもらうことはないと思う。

わたしは愛想よくしても嫌われるし、だったら、愛想良くしない方がましだ、と思っている。

とにかく苦しい。パニックだ。

わたしはどうせ、誰にも好かれない。好かれないんだったら、自由にして、自分の精神を安らがせて、その上で、好きになってくれる人がいたらいいな、というスタンスだった。

二番目のおかあさんは以前、「男の人に勘違いされる態度はやめなさい」と言った。
そのことと、誰にでも、愛想よくして良い人だと思われるようにしろと思われることは矛盾していると思われる。
同じ人が違うことを言うのはとても苦痛だ。

わたしは愛想よくして、このひとは何でもできるし、人付き合いもうまいはずだ、と思われたらと心配でならない。

とっても苦しい。

愛想良くできないわたしを好きになる人はこれから一切現れないんじゃないか、愛想良くしないわたしは間違っているのじゃないか、いますぐに変えなくても良いから徐々に変えたら?というのは「今のままのわたしじゃだめだ」という二番目のおかあさんからのメッセージだろう。

どうして、二番目のおかあさんはわたしを変えようとするのだろう。

わたしは今のままで自分が好きだ。楽しい。こんな感覚ははじめただから、しばらくでも良いから、このままでいたい。お願いだ。わたしは今、人生をはじめたところだ。

どうして、なのに、わたしが、今のままでいることを許さないというメッセージを与えて、わたしが今のままのわたしでいては、人に愛されないと教えてくれるんだろう。

わたしはこのままで良い。
今の場所にたどり着いたばかりで、景色を見てもいない。
なのに、どうして、次の場所に行けとせかされるのだろう。
二番目のおかあさんは薬を減らすことも示唆した。
それは、わたしが死んでも良い、という意味だ。わたしは薬に生かされているので、それがなくなったら、働けないし、感情のコントロールもできなくなる。
二番目のおかあさんは、感情のコントロールをしなさいという。だから、薬なしではできないのに、そのことをいうのは、矛盾している。
世界に感謝をという。
恨まないで、という。
わたしは恨まないと生きられなかったし、生きる力は恨みと憎しみから湧いてきた。
先取りして教えてくれるのがありがたいと思わないといけないのかと思っていたけれど、苦しくなって来た。
このブログも読んでいるかもしれないのだけど、読ませたくて書いているのではなくて、わたしは書かないと心が死んでしまう。当てつけに書いているわけじゃない。読んでほしくない。ここに書くしか逃げ場がないから。読んでほしいとは頼んでいないから。

お医者さんは、二番目のおかあさんを避けていいと言った。
わたしは避けようと思う。

なぜなら、苦しい。
死んでしまいそうだ。
わたしが死んだら殺されたのだ。

わたしはバイトを掛け持ちもして、仕事をしているので精一杯だ。一生懸命世界にとけ込もうとしている。これ以上の負荷をかけたら死んでしまう。
わたしはそうやって、世界に譲歩している。
先生も、良くとけ込んでいると言ってくれた。
仕事を通して、よく世界と折り合いを付けていると。

このまま負荷が増えたら、死んでしまう、と言った。先生は、死なないように、避けた方が良いと言った。動物は苦手なものや嫌いなものから逃げるでしょ。逃げなければ死ぬでしょ。
だから、避けないといけない。

わたしのことを好きな人はいなくても、わたしは生きていきたい。
なぜなら、生きることはようやく楽しくなって来たからだ。
その世界にひとが誰もいなくても、わたしはその世界でもいいから、生きていたい。
世界は美しい。
その傷はまだ残っている。


愛想良くするか、しまいか

迷っています。

嫌いなひとや興味のないひとに対しても愛想良くするのか迷っているのです。

若い頃は、嫌いな人に愛想よくして勘違いされるということがよくあり、とても消耗しました。
しかし、もう中年になったから大丈夫なのでは?と思います。

愛想よくして、人に好かれて、軋轢が減ったら良いような気もします。

でも、わたしは愛想良くすると疲れるし、具合が悪くなります。簡単なことではないのです。

わたしは、あまり自閉症っぽく見えないと思います。でもひとりでいるときは自閉症っぽい行動をたくさんとっています。

家の外にいるときはガンバって武装しています。誰でもそうなのかもしれないけれど、それでいっぱいいっぱいです。昨日はヘルパーさんが新しく来ました。その人がパニックになっていたので、わたしもパニックになりました。砂糖がないとか、しょうゆがわからないとか、ぶつぶつ言われるので、泣きそうになりました。で、わたしと一緒に料理をさせてくれませんでした。悲しかったです。もっとゆっくり動いてほしいと思いました。声も大きくてドキドキしました。

c71さんは!勉強好きなんですね!難しそうな本がいっぱいありますね!」みたいな話し方をするので、消耗しました。

一対一で、ヘルパーさんというプロでも、わたしは消耗します。
病気を隠している相手に対して、あわせるともっと消耗するのではないでしょうか。

嫌いなもの苦手なものから逃げるのはどんな動物でも同じです。
だから、わたしは逃げたいと思います。

愛想良くできるときはしますが、できないときはしません。

最近、アドバイスをもらいすぎて、不安定になって来て、日常生活に支障が来されてきました。

そのことが、忙しいことよりもつらいし、自己嫌悪になって、不安定になります。

良いところを伸ばした方が良い、と思いますが、なかなか許してもらえません。