欲望のあり方

自分が何を欲しがってるのか、案外わかっていないようで、なにか見ると刺激されて、ほしいという気持ちが喚起される。
そして、頭がくらくらする。
自分が何を欲しがってるのか、それによってどんな満足をえるのか、わからないまま手に入れて、それから変化することで、あとからわかることもある。
わたしは、わかりたい。
だから、ただ、買うんじゃなくて、買う前と買ったあとどう変わるのか知りたい。
そうすることで、わたしは自分の衝動と共存したい。


起業できそうな高校生

高校生に、メルカリがはやっているそうだ。
売るときのコツをおしえてもらった。

商品の下に綺麗な布やセーターを引く。
飾りとしてアクセサリーを添える。
光を調節する。
詳細な記載。
それだけで、中古のスマホケースが新品の半値ですぐに売れるそうだ。

実践したら、微動だにしなかった出品がうごいて、たくさん売れた。

ハンドメイドの筆箱をプレゼントしたら、メルカリで売れると。
売るときのこつは、大量につくっていっぺんに出品すること。
それで、ハンドメイド作家だと認識される。
作品の中から選ぶ楽しみができるので、買ってもらいやすくなる。
作品のキャラや方向性をわかってもらえる。

メルカリを通して、子供たちが、マイクロビジネスで起業してるといっていい。
素晴らしく教育的だ。

ものを買うことも売ることも自分の欲望のありかを知ることになる。


衝動の管理の訓練

ひどくそう状態が激しく、ここ数日夜中の一時から四時まで覚醒してしまって、昼間も眠れないのでくらくらしている。
そう状態になると、罪悪感が強くなるから嫌だ。
衝動を開放したいけれど、解放すると、後悔するから、必死で抑える。
抑えることに全力を使うから疲れる。
綱引きみたいなものだ。両方から力を加えて、わたしの心を引っ張って、動いていないように見えるのは、逆向きの力が拮抗しているからなので、いつか引きちぎれてしまいそうだ。

買い物をしたいと思う。
それで、ほしいものリストを作った。
どうせ、お小遣いはもらったその日に使い切ってしまうけれど、お小遣いをもらう前に、吟味しようと思う。
思い付きで買うよりいい。
ほしいものリストを作ると、心の中でドラマがある。
これはあきらめよう、これはどうしても欲しい。あきらめきれない、だとか。
そうこうしているうちに、調べると、また素敵なものが出てきて、それもまたほしくなる。
そうしたら、その前にほしいとあれだけ思っていたものなのに、魅力が色あせることもある。不思議だ。
わたしは、今、メイクや服やバッグ、靴などファッションに興味があるから、ほしいものも、そればっかりだ。

生活の工夫はしているうちにできるようになった。
引き出しの中も片付けられるようになった。
模様替えするときも動線を考えて、収納まで簡単にアクセスできるようになった。
毎日床も、ガスコンロも拭いている。流しもきれいに磨いている。
前はお皿は洗ってもらっていたけど、食べたらすぐに洗えるようになった。
30分で食事の用意をできるようになった。三品も作れる。
だから、訓練次第で、わたしの衝動ともうまく付き合えるようになると思う。

結果的に買い物をしてしまうことには変わりなくても、その間の経験値が増えるなら、未来につながる。

昨日人に教わったこと。
はちみつポットにお茶葉やインスタントコーヒーを入れると、出しやすく、管理しやすい。
メルカリで商品を売るときには、商品の下にきれいな布やセーターをひいて、できたらアクセサリーなどを添えて、写真写りをよくすること。

出産してから、妊娠前よりも足が小さくなって、24.5の靴がぶかぶかになって23のサイズになった。
足のサイズがこんなに変わるなんてびっくりした。

生活をしていると、いろいろ学べる。
いろいろなことに気付けたほうが、絶対にいい。
同じことを繰り返していると自分が嫌いになる。
だから、苦しくても訓練をして、修行をすることで、苦しさから自由になりたい。


願いは家内安全

昔はもと家族の健康を願っていた。
年末からいらいらしていた。もと家族は、イベントごとに、怒鳴り散らしたものだ。
仲良くしなくてはならない、きちんとしなくてはならない、理想に遠すぎたので、いらいらしていた。
焦りと後悔ほど無駄なことはない。
焦りは未来を先取りしようとするあまり地に足がつかなくなるし、過去を後悔すると、今を食べてしまう。

先送りするしか、対処方法はない。それは気休めではなくて、目が覚めたら、新しい抜け道を思い付く可能性にかけるということだ。

わたしは、気持ちが穏やかじゃなく、なにか焦っている。
でも、気晴らしにほしいものを考えたり、編み物をしようとしたりする。
それでも、もっとほしい、もっと早く作らないとと焦るには変わらないのだけど、比較的被害が少ない。
人に当たり散らすよりずっとましだし、あとで自己嫌悪しにくい。

今祈るのは、何者かになりたいというより、家族が平和に暮らせるようにだ。
昔はそんなこと、思いもしなかった。
堕落だと思っていた。

わたしは、受験に合格しても、喜んではいけないと言われていたから、なにか成功しても喜んではいけないという癖がついて、成功しても喜んではいけないので、努力にきりがなく、ずっと頑張り続けていた。

わたしの感情を奪った人は、絶対反省しない。
自分が被害者だと思っている。
だから、わたしが親に会わないのは、虐待をしてしまう人への親切だ。虐待しないですむ環境をつくってあげることが親孝行だ。

もと家族には家内安全がなかった。
今はわかるようになった。それが幸せ。