人はいなくなる

人はいなくなるので、追いかけないほうがいい。

そう思っていたけれど、それで正解だったようだ。

人がいなくなれば、その分のバッファがあく。そうすると、新しい人間を受け入れることができるのだ。

今年に入って次から次へとたくさんの人と会ってみたり、話してみたりして、意外とわたしは受け入れられる場所があるとわかった。
それは、今までの人間関係を維持していたら、わからなかったことだ。
捨てないと分からないこともある。

捨ててみて、空間が開いて、動線が良くなったことで、生活しやすくなるように、人間関係も捨てるのもよさそうだ。


片付けをした

今朝は四時に起きた。

出版をしてから、睡眠時間が短くて、とてもしんどい。
体を鍛えるには疲れることが必要なので、なるべく夜にやりたいと思ってる。

片付けできないかな、と思ったらやったらできた。
よかった。嬉しい。

ついでに、カーテンと寝具を洗濯した。

できるときとできないときがあるけれど、できるときは、気持ちがさっぱりして、よりよい循環に入る。
スクワットも再開できている。一日一時間歩くこともしている。
食べるものが、冷凍食品の野菜に偏っているけど、それは仕方がない。

出版すると、いつも、誰か買ってないかな、と思って、レポートを見てしまう。
気持ちが動揺する。

楽しみであり、怖くもある。

これから、3M分の文章を整理して、どんどん出版していきたいと思う。
とはいっても、昔のブログやサイトのタグの分があるから、実際は1Mくらいだとは思うんだけど。
どうやって分類するか、そもそも目を通せるのかわからないので、しばらく難航しそう。

早くルーティンになって、興奮しないで、落ち着いて過ごしたい。


バカじゃないのかもしれなくって

友達はともかく、付き合ってきた男はたいていわたしのことをどこかしらバカにしていた。

わたしが一方的に話すときとか、特に。
あと、わたしはしゃべれない時は全然しゃべれない。

働いていないころもやっぱ、バカにされてた。

社会性がないからそれをバカだと思われたんだな。
でも、知識とか教養の点ではあまりバカじゃないって最近思うようになった。


緊張の二日

出版してから、気持ちが落ち着かなくてあまり眠れません。

買ってくださった方、ありがとうございます。

緊張してしまって、いつもぼわーとしています。
眠りも浅くて、朝三時に起きたりします。

ブログのエントリも思いつかないし困ったなあ。


「紺」電子書籍版、出版しました!

作っている最中は、テンションが低かったのですが、実際にアマゾンに並ぶとテンションが高くなりますね。

c71が書いた小説三つと、エッセイ一つ、まえがきあとがきがつきます。

出版がこんなにうれしいものだとは思いませんでした。

登録してからステータスが変わるまで、二時間待っていました。

なんかもう言葉にならないです。
DVを受けた人がその自覚がないまま、逃げて、だんだん自分自身で生きる心地よさを知っていく話です。
DV被害者は、被害の自覚のないまま、ある日歩いていきます。
そこには絶望も希望もなく、ただ、淡々とした日常があるだけ。
恐怖から逃げ出すために、自分自身の足で立つことを心地よく思い始めるまでの物語です。

紙の本を買ってくださった方のレビュー
rokujo.hatenadiary.com

c71.hatenablog.com
レビューも歓迎です。よろしくお願いします。


差別者が良い人の顔をしてやってくるとき

c71.hatenablog.com

差別者は、悪い人であるとは限らない。
良い人も差別者になる。

他のことにはまじめで良い人でも、たとえば、女性をからかうことは、生活の潤いになると考えていたり、ネット上で、少し冗談を書くだけだと考えている場合がある。

自分自身の差別性と向き合わない場合、自分は差別者ではなく、他人が差別者だと分断する危険がある。
「痴漢の敵」というのは、まさにそうで、「自分は痴漢じゃないから」と無邪気に考える人がつけるバッヂと化した。
被害者からすると、加害者が「より見えにくくなる」だけであって、メリットはない。ただの隠蔽だ。

自分と痴漢は違うものだ、と分断することは、とても危険で、自らの加害性を向き合わない口実を与えることになる。
実際、加害者は自分のことを加害者だとは思っていない。

「これくらい」「相手も喜んでいるのだろう」と思ってやっている。

触らない痴漢について、「触らない痴漢というのはおかしい」というはてブが付いたが、「性的からかい」「性的いやがらせ」も痴漢である。
卑猥な画像を見せたり、動画を見せたり、動画を見ている自分を見せつけたり、露出狂がいたり、体全体で、密着してくる痴漢もいるし、卑猥な言葉を投げかけてくる痴漢もいる。どれも触らない痴漢だ。触るぞ、と脅してくる痴漢もいる。

被害者の受ける心の傷は、どれもしっかり残る。
刑事告発することはできない場合が多い。それは、女性の地位が日本で低いままだからだ。

星井氏のしたことは「加害」ではないと言っている人もいたが、「被害者」はそうは受け取らない。
まず、卑猥な言葉を投げかけられたことに、恐怖を覚えるし、しかもその客体が自分なのである。
日本では「自衛しろ」という声が多い。だから、自衛することを前提にすると「予告だ」と受け取るしかないのだ。

加害者は気楽に、性的なからかいをする。被害者は、それを受けて、様々な反応を引き起こされる。
困惑したり、怖がったり、それが実行に移されるかどうか心配したり、実行に移された場合、どうするのか思案したり。

言った側は、言っただけだ。

そんきょば氏は、「言った側」に立って、「それくらいのことで」と思ったようだ。

怒った人たちは、「言われた側」に立っているから、被害者の心の機微に寄り添っている。

そんきょば氏のnoteを見ると「男性も被害者だ、なぜなら冤罪が怖いから」と書いてある。女性に寄り添うことから離れて、論旨のほとんどが、冤罪被害に費やされている。

それでも、わたしたち(あえていうけれど)は、男性がアクションを起こしたことに「感謝」して、「長い目」で見続けてきた。

しかし、彼らは「痴漢がどういうものか」を考えることすらしないで、アクションを起こしたことが明らかになった。

触らない痴漢があることも、彼らは知らなかった。
それどころか、自分を自省して、自分が痴漢行為を働いたことがないか、考えることも怠った。

「痴漢は俺の敵」というのなら、痴漢が何か知らなければ、その敵にはなれないだろう。
痴漢が何か知らないまま、痴漢は俺の敵、というのなら、そのバッヂは、「俺は痴漢じゃない」ということを表明するだけの目印だろう。
そのバッヂをつけていたら、「告発」から免れる強い力を持つ。

今、ただでさえ、「あの人はいい人だからそんなことをするわけはない」と言って、性被害は軽く見られ、もみ消される。

「騒いだほうがおかしい」と言って、「冗談なのに」と卑猥な言葉や性的からかいを言った相手をかばい、被害者の頭がおかしいような扱いをする。
被害者は、「犯罪予告」と考えて行動するしかないのに、行動したらしたらで「おかしい」と言われ、行動しなかったらしなかったで「自衛が甘い」と言われる。性的からかいをされた時点で、さっきも書いたように、被害者の心には、様々なことが起こるのに、それは、なかったことにされる。

差別者はいい人の顔をしてくることが良く分かった。
あなたの味方ですよ、と言ってくる。
でも、考えることも知ることも、寄り添うこともしない。
ただ、差別者は、いい人だと言われたいのだ。自分が差別者だと言われたくないのだ。
そういうことがわかった。

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触らない痴漢を弁護するのに、真剣にやっているから、痴漢呼ばわりは酷だという人に対しての文章

痴漢は俺の敵、というバッヂを作るプロジェクトがあり、今、星井七億氏とたられば氏が参加することで、かなりの女性ががっかりしている。

星井七億氏とたられば氏は、セクハラツイート、レイプ予告ツイートで遊んでいる。

以下の指摘があった。

この指摘の前に、そんきょば氏は

というツイートを返している。
痴漢に対する意識が違っていたと、あとから言っているけれど、そもそも主催側のそんきょば氏は、痴漢について、実際に触ることだけを考えていたのだろうか。

不特定多数の参加者について、侮辱されたと考えたようだけれど、痴漢される側の人たちの反応に対して、聞くこともせずに、反射的に「してませんよ」と顔文字付きで、返している。

確認していないということだ。

仕事をする時間を削ったら、話したら、痴漢被害に対して真剣だと言えるのか?
被害者は、仕事をする時間を割くどころじゃなくて、通勤や就業自体ができなくなる場合があるのに。

自分自身の女性蔑視について向き合うことができていないことは明らかだ。
なぜ明らかなのかというと、女性側の「性犯罪予告だ」という証言に対して、真剣ではないからだ。
それは、女性の言うことなど「取るに足りない」と思っているようにわたしには見える。
他の理由は見当たらない。

「大げさだ」「それくらいで」「冗談なのに」というのは、性犯罪をする側の常とう句だ。

何が痴漢なのか、考える前に、「痴漢は俺の敵」といったんだろう。
でも、自分自身が、痴漢かもしれないとは思わなかったんだろう。

それが通るのならば、多くの人が今心配しているように、「痴漢がこのバッヂを利用したら、告発しても、痴漢されたことを信じてもらえない」という現実が多発するだろう。

男性からの関心を集めるのは大変に素晴らしいことだけれど、男性からの関心を「お恵み」みたいに受け取りたくない。
それは、するのが当たり前なのだ。
男性を巻き込むために、多少の差別は目をつぶる、特に女性差別について目をつぶるというのは、運動において、繰り返されてきたことではなかったか。その反省を、痴漢問題についてさえ、女性不在で続けるのか。

試行錯誤していく中で、傷つく女性の、男性被害者の存在はどうなるのか。

試行錯誤して学ばせるために、被害者が存在しているわけではない。しっかり受け止めるとは、自分は痴漢をしていないつもりだったが、本当にそうだったのか、自分自身と対話することだ。
しかし、今、それをしていないように見える。

男性と男性がかばいあう姿を見せられただけだ。
今のところ、男性を無罪にするためのバッヂなのかと思って、心底がっかりしている。

痴漢とは何か、触らない痴漢もいるということ、被害とは何か、被害を受けた女性がどんな風に苦しむのか、それを知ってほしい。

わたしは自分の身体が自分のものだと感じられなくなった。自分の身体が感じる生理的な反応に嫌悪を感じて、自分自身を殺したくなったよ。いつまでも汚くなった気がして。

言葉だけでも汚される場合がある。言葉でどれだけ、損なわれるものがあるか。ネットで、今、わたしの批判した文章を読んで、「あなた」の心が傷ついたとしたら、「触らない痴漢」というものにも威力があるのだと分かってもらえると思う。

男性を巻き込むために、社会全体で考えるために、試行錯誤するのなら、被害者を巻き込まず、自分自身と向き合ってほしい。

少なくとも、「真剣にやっているから、痴漢呼ばわりは酷」なんてことは言わないでほしい。それは、触っていない痴漢だからなのか。

自分自身と、痴漢て何かを考えてほしい。

悪い人が、差別者になるわけじゃない。

ふだん、反差別を訴えている人も、差別者になることがあるということだ。

良い人も差別者になる。

結局「俺が女をマモル君」にならないかどうか、ここが境目じゃないのか。

ここが分岐点だ。

追記

触らない痴漢という言葉を使ったため、頭が大丈夫かという失礼なことを書かれたので、そちらのほうが頭大丈夫かと思ったけど本気で分からない人もいるようなので書くと、露出狂、卑猥な言葉を言う、セクハラ、触るようなしぐさをする、からかい、つまり、女性の身体や心を、客体として、ものとして、扱うものを痴漢と言っています。

星井氏のツイートは、読んだ人、当事者が、気分を悪くするようなことが書いてありますね?
これは、性的からかいです。
そして、実際するかどうかは、星井氏にゆだねられており、言われた側はコントロールできません。
だから、受け取る側が自衛するとしたら、「予告」として、受け取らないといけません。
他の人からしたら「たわいのない冗談」であっても、言われた側にとっては、そうではないのです。

「それくらい」「これくらい」「実際にやるわけがない」というのは希望的観測であって、言われた側は、そういう風に受け取りません。

実際に行わないとしても、男性対女性の場合、それは脅しとして作用します。
それにのっかった、たられば氏は、それを娯楽として消費しています。
だから悪いんです。

参考ツイート

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