眠れないのでギャルメイク動画見てた

ギャルのメイク動画見てた。
眠れないので。

見てたらすごく勇気をもらう。
元気が出た。どんな顔でも変わるんだなって。メイクの力は強い。
ギャルは優しくて賢くて最高だ。

わたしもギャルになればよかった。素地がないから無理だと思うのだけど。
メイクもすごく勉強になった。ふだんメイクしないんだけど、こんなに変わったら楽しいだろうな。
コンプレックスがあるから、そういうの消したいし。

わたしは人の顔を見てないから他の人もわたしの顔に興味ないと思いがちだけど。
わたしはわたしの顔に興味がある。
他の人の顔には興味があまりないんだけど、仲良くなると興味が出る。
比べたりもする。それはそれで仕方がないんだけどなるべく遊ぶように楽しむようにしていたい。義務になるとつらいけど。


文学フリマで読者さんと会えたことがうれしかった

読者さんがわざわざ来てくれてとてもうれしかった。

話もできて、もっとゆっくり話したかったんだけど、気を使われてしまった。

読者さんがどんな人なのか、うかがい知れないし、プラスの反応よりもマイナスの反応のほうがインパクト強くて、だから、プラスの反応のことをなかなか思い出せないことも多い。

それに、ネガティブな反応をする人のほうが、行動する動機が多いけど、プラスの人たちは行動する動機がないから、あまりコメントをやり取りする機会もない。

だから、ダメだ、嫌われてるって思う。

でも、わたしの文章を読んで、強さを感じたとか、楽しいとか、励みになると言われて、とてもうれしかった。

わたしにも書く意味があるんだと思えた。

自分のために書いてるブログだけど、それでも読んでくれる人がいて、役に立ってるって言ってくれる人が一人でもいるなら、こんなにうれしいことはない。


自閉症なのかなって思う時

自閉症なのかなって思う時があって、文字のやり取りならいいんだけど顔文字の意味が認識できないことがある。

そして、たぶん、自閉症だから大変なこともあるんだけど、自閉症だから楽しいこともたくさんあって、たとえば、皮膚感覚が鋭いから大変なことも多いんだけど、ヘナで染めるのが楽しいと思えるとか、クレイパックしているときすごく楽しいのって自閉症だからってのもあると思うんだ。
解放されるというか。
童心というとおかしいけど、身体的な感覚がすごく大切だなーと思う。
皮膚で感じるものが大切だから、合わないものがすごく苦痛だけど合うものに合うと、とても嬉しい。

人の表情も読むの下手だし、言葉を言うのも直接過ぎるし、だけど、だから面白いっていうか、人とじっくり話すのが一生懸命で、一切逃さないようにする。神経を使うし、その場ではわからないから反芻して後からよく考える。とても疲れるんだけど、その価値がある人と話したいし、気の合う人はそういうことをしたいって思う。
だから、わたしは興味のある人を減らしたいけど、興味のある人は大切にしたい。これは矛盾していなくて、好きだと思う人は大事にして、でも離れる時には手放したいってことだし、わたしのことを嫌いな人がいたとして、その人のことを知りたいと思うことをやめたい。

わたしはどうしても自分が悪いから相手のことがわからず、いつの間にか失礼なことをしていると思ってしまうけれど、結局わからないし、無意識にしてしまうことは直せないから、わたしを嫌だと思う人のことは尊重して、離れるならこちらからも近寄らないようにすることがとても安全だと思う。
無意識のことは直せないから。

わたしは無神経だし、ずけずけものを言ってしまう、だけど、それをしかたがないと受け入れたい。
直らないから。直そうとするとすごくストレスが溜まって結局何もできなくなる。

だから、周りにあきらめてもらうことが一番手っ取り早い。そして、わたしといてストレスを感じる人は、わたしを変えるより離れてもらったほうがたぶんお互いにとっていいと思う。

人の顔色が読めない、言葉がわかりにくい、っていうのは、言葉と顔が裏腹な時がわからないということとかあるんだけど、だからといって、行動を誰かに制限されたくもないというか。

そして、自閉症だから何もかもだめだということじゃなくて、定型の人と違う楽しみがあったりもするから、そういうのを大事にしていたら健康を保てると思う。

その楽しみをなるべく自分で尊重するってこと、それでいいんだよ、ってことを常に自分で言いたい。


バズるつもりだった記事

c71.hatenablog.com
この記事はバズるだろうバズってほしいと思った記事だけどはてなスターを消していたせいかぜんっぜん話題にならなかった。
ので、未練がましくもう一回貼ります。

そして、ギャルメイクの動画をうさぎちゃんに紹介されて見始めたら止まりませんでした。
生徒さんがユーチューブ見てしまって勉強がはかどらないという相談をするのですが、何をそんなに見ることがあるんだろうと思っていました。
こういうこともあるのだなあと思いました。
知らないだけで面白いことはたくさんあるのだなあ。

面白いことを元気なうちに探しておかないと具合が悪くなった時にやることがない。
具合が悪い時には新しいことを始められない。

今度は漫画を描いたり、編み物をしたりしようと思う。
漫画は、入院していた時に書いてた漫画を清書して、印刷したいのだ。
コツコツやろうと思う。
漫画を漫画の用紙に描くのは生まれて初めてだけど。


水タバコを初めて吸った

水タバコを初めて吸いました。

アングラ!なような気がしたけど普通でした。
フレーバーはブレンドできるらしいんですが、最初スイカにしました。
マジでスイカの香りがする。いえーい。

二時間持つらしいのだけど、苦くなったので、次はハニーとチョコレートにしました。それもまたおいしかった。

文学フリマにはお客さんが来てくれて話せてよかった。
わたしのことを知らない人が、わたしを好きでいるのは不思議だなあと思います。

わたしのことを良く知らない人が推測で私を悪く言うこともあるのだけど、わたしのことを良く知らない人が同じくらいかそれ以上にわたしのブログを読んで面白かったり元気が出たりしてくれるのは良いなあと思います。

わたしはダメな時はダメ、怒りたいときは怒る、疲れた時は疲れた感じでやっていきたいと思います。


変えられないからそのままで良し

自分がだめだとか、いやなところがあるとか、弱いとか、卑屈だとか、それを直したいと思うと、もう一つ深い沼にはまる。
そうじゃなくて、だめでもいい、いやなところがあってもいい、弱くてもいい、卑屈でもいいと思えば、問題が一つ解決する。

理解する気のない人に理解されようとすることは苦痛だ。人に好かれたいと思うと弱みが一つできる。
そうじゃなくて、だったらいっそだからどうした、と思ったほうがいい。

わたしは強い人間じゃない。欠点もたくさんある。コンプレックスもある。

わたしは他人に興味を持ちたくない。そういうスタンスを作りたい。わたしを好きな人に、わたしを理解してもらったり、わたしがそうした人たちを好きになることで十分だと思う。
わたしを好きじゃない人に理解されたいと思ったり、わたしを好きじゃない人こそ真実を知っているはずだと思って、近づくことは、リンチされに寄っていくのと同じことだ。

わたしを悪く言う人たちはわたしのことを良く知らない。よく知らないまま、わたしをたたく。
ちっとも建設的じゃないし、そんなことで、彼らのストレスが発散されるとも思えないから、その動機が分からなかった。

でも、動機なんてわからなくていいんじゃないか?お互いにお互いを屑だと思って見下げているのだから、近づかなければ何も起きない。

わたしは彼らを屑だと思う。なぜならば建設的じゃないからだ。ブログを書く勇気もないからだ。まとまった文章を書かないで、つるんで、人と悪口を言い合うのはすさんだことだ。わたしはその一員じゃなくてよかったと思う。

ダメなところがある。
わたしはダメなところがたくさんある。それは自分でも知っている。だけど、それで仕方がない。わたしは変わることができるが、外部が期待した速度ではないから、人の期待に応えることはできないだろう。

わたしは他人に興味を持つことを辞めたい。そうしたら、期待することもなくなるし、プライバシーを詮索することもなくなるから。
わたしはプライバシーを詮索されることが嫌いだし、詮索する人間は下品だから下種だと思う。嫌いだ。

わたしは嫌いな人間にならないように生きていきたい。

今のままで十分だと思うこととよりよくなっていくことは両立する。自分をダメだと責める時間と体力があるならば、より良い世界を見ていたい。