息を吐いて、吸って、キラキラしたものを眺めて

会社の先輩とランチをしてごちそうしてもらいました。

おいしかったです。

そのときに、肌のシミのことを話しました。
わたしの肌には、アトピーの跡があるのです。

心ない人は、会うたびにほくろが増えるね、とか、それ消えないの、とか言ってきましたが、すべて縁を切りました。縁を切った、というと、冷たいと言う人が出ますが、冷たいのはそういうことを言う人です。縁をすっぱり切れるわたしでよかったです。わたしは自分のそういうところが大好きだし、とても良い部分だと思っています。
合わない人とずるずる付き合いを続けることは、生理的にできません。それを強さだと言われて、困惑したときもありますが、強いのだろうが弱さ故なのだろうが、とても便利な能力なので、縁を切る能力があって良かったと思っています。(こういうことを言うと怯えられることもありますが、すべては縁です。世間を狭くすると言うひともいますが、わたしには狭くて十分です)

炎症がもとで起きたシミは綺麗になることがあるそうです。血行を良くしていたら、メラニンを分解するスピードが上がるのでそういうことも起きるそう。すっかり目立たなくなりました。

顔のえらの周りや、唇、首に、あったシミはすっかり薄くなりました。一番良かったのは毎日野菜ジュースを飲んだことじゃないかな…、わかりませんけれども。あと転職して日に当たらない仕事に就いたことも良かったかな、と思います。ストレスが減ったことも大きいと思います。シミが減ったのはここ二年のことです。実母と縁を切ってからです。

生まれつきのシミも腕にびっしりとあります。遺伝らしいけれど、はっきりしたことはわからないはず、と思っているし、日焼け止めをこまめに塗ることで薄くなるんじゃないかと思っています。
お医者さんによると、わたしのシミは人の注意を引かないシミだと言うことらしいです。
大きさがランダムだから、病気っぽくないからとのことです。
人は、反射的に伝染しそうなものに脅威を感じるから、それに注目しやすいのだそうです。

以前はシミを消す方法をネットで毎晩検索していた頃もありました。見ず知らずの人にどうしたの、それ?と聞かれることもありました。
でも、それは聞く人の方が失礼だということがわかりました。見ず知らずの人が無神経に自分の好奇心を満たすために聞くことは根本的に違います。

病気の人は自分の病気に詳しいです。だから、見ず知らずの人の助言は、知っているか、間違っていることを言っているかどうかです。治らない病気と言うのは山ほどあるから、新聞広告にアガリクスの記事が絶えないわけです。効くならがんもアレルギーも根絶してるわ。
あれが効くらしいよ、ということを言う人はだいたいだまされている人です。だまされていることに気づかず、人に忠告した気でいる上、しつこいので迷惑です。

わたしはといえば、カメラマンに「シミは風合いだ」と言われてから、気にしなくなりました。トップモデルはシミがたくさんあるけれど、それは風合いで、そういう人ほど値段が高いモデルだよ、とのことです。
意地悪な人はシミを見るけれど、普通の人はわたし自身を見ます。そのリトマス試験紙になることがわかりました。よく見ればハリウッドスターも一流モデルもシミばかりです。でも、彼女らも彼らも美しい。

シミもないモデルがもてはやされるのは日本です。日本では瑕疵のないことが尊ばれるから、無垢な白い肌が喜ばれます。透明な、透き通るような。傷のない、白い肌。

でも、白い肌を保つために、いろいろなことにチャレンジしなかったり、アウトドアをしなかったりするのは本末転倒です。もともとインドアが好きならかまいませんけれど。わたしはインドアでしたが、彼氏や友だちの影響で海で泳いだり、山に行ったりするようになり、遊ぶことは勉強よりも楽しいと知りました。バッティングセンターにも行きました。体を動かすのは喜びが湧くのだと知りました。

シミはわたしが病と闘って来た証拠です。それを見て、あれこれいう人は、そのことで、人の心につけ込む商売をしている人です。
シミに着目して、ロハスとかヨガとかエコとか言っている人はたいてい怪しいです。
わたしは科学大好きです。不思議なことも好きです。どちらか一方の世界を否定する人は、世界が狭いのです。

西洋医学が得意としていること、東洋医学が得意としていることは違います。どちらかを否定するのではなく、両方を取り入れるのが賢いです。それらは補い合うことができます。

わたしは愚かです。そして、賢いです。その二つは二匹の蛇が尾を噛み合って円になるようになりたっています。わたしは賢いから愚かで、愚かだから賢いのです。

わたしはシミを長年受け入れられませんでした。失敗、醜い、その証として。晴れやかな人生が送れないことの象徴のように感じていました。

けれど、わたしのシミは人の心を映すのでした。ニキビを気にしている人はわたしの肌のなめらかさをうらやましがって、シミを見ません。わたしを金づるに引き込める、精神的に支配したがる人は、わたしのシミを見ます。シミを気にしている人はわたしのシミを気にします。シミを気にしていない人は視界に、シミが目に入らないようです。

けれど、シミはただのシミです。人生の失敗でもなく、晴れやかな人生を送れない理由でもないです。わたしのシミを指摘する人はいます。そうした人は下品です。医者でもなく治せもしないのに言ってくる人は、狂っています。言う理由がないからです。

シミから広がる話題なんてそうそうないです。そうそうないのに、言ってくるということは、予測する能力が低いのでしょう。
(Dr.シーラボのシミを消すやつはけっこう効きました。そういう情報交換なら大丈夫です)

今日、会社の先輩に「今日は大きめの服を着ていないね。とても素敵だね。それなら生徒さんの親御さんと会っても大丈夫だね。すっきりして見える」と言われました。
そこで、パーソナルデザインのことを話しました。先輩の娘さんも今度受けるのだと言っていて、それを楽しみにしているとのことでした。

わたしは長い間、服に興味を持つのは悪いこと、特別な人が興味を持つのだと思っていました。
だから、おしゃれになりたくて、でも、お店が怖くて通販で闇雲に服を買っては着ないまま捨てて、お金の無駄をずいぶんしました。おしゃれになりたくてもやり方がわからないと、服をコレクションするように買ってしまい、自分に似合う洋服の選び方をまったくわからないので、そういうことをしてしまうのです。

わたしの母は化繊の服を禁じていました。だから、わたしは綿の服ばかり着ていました。
おそらく、わたしの母も感覚過敏があったのでしょう。
自分がいやなものはわたしにとってもいやなはずだと思い込み、自分とわたしとの境界線がなかったからです。

パーソナルデザインの先生は、化繊でもさらさら、すべすべとした服を選んでいて、ゆったりとしててもきちんとした服を教えてくれました。今の親は、とにかく、肌が見えないようにと言うばかりで、わたしはどうすれば良いのかわからずサイズの合わない大きい服ばかり選びました。彼らの言うことは、普通の人にとっては十分適切なアドバイスだったと思うのですが、わたしには抽象的すぎて理解できなかったのです。だから、わたしはいつもあか抜けないカッコウをしていました。

パーソナルデザインの先生は、体を締め付けず、けれど、すらっとする服を選んでくれました。わたしが嫌いなちくちくした服は選びませんでした。ふわっとしたもの、さらっとしたもの、素材がぽこぽこしていて、触り心地のよいもの。キラキラしたネックレス。ポップな模様のポシェット。綺麗な色の口紅。ほんのりと塗られたファンデーションで十分なこと。ここまで具体的に教えてくださった人は今までいません。バッグにアクセサリーをつけてもいい、ブローチを着けても良い、ネックレスはとても似合うから必ずつけて、綺麗な色の靴を履いて、と教えてくれました。

わたしには許されることが必要でした。わたしの母は、服を気にすることを「ファッションショーに行くわけでもないのに」化粧をすることを「顔に塗りたくって」という言い方をする人でした。ヒールのあるものを履くと、足が痛くなると言って顔をしかめました。わたしの足なのに。
友だちは、隠しても、隠れないよ、隠す方が大きく見えてしまうよ、と教えてくれました。
そして、パーソナルデザインのことや骨格診断のことを教えてくれました。

実母に服のお金をもらったことは一度もありません。いえ、それは間違っていました。就職のためのスーツ一式はそういえば買ってもらいました。一度もではありませんね。そして、父もコートを買うお金をくれました。感謝しています。父はスーツも買ってくれました。ワンピースも買うお金をもらいました。今の母は、靴をたくさん選んでくれました。わたしの友人は、服の選び方を教えてくれました。プレゼントしてくれた人もいます。
徹夜で、リボンをたくさん作って送ってくれた人もいます。
化粧品をくださった方もいます。口紅やグロス、ファンデーション。

思い出せば悪いことばかりでもありません。
思い出せて良かったです。今の親は良くしてくれています。
友だちも親切です。

小学校時代は服のことでずいぶん恥ずかしい思いをして過ごしました。
ブラジャーも買ってもらえず、いつも困りました。
服装に関しては何も教えてもらいませんでした。彼女自身何も知らなかったのだと思います。

今は大人で、お金を出すことができます。
わたしは反動で隠れて服を買うことになりました。隠れて買うので、楽しむのではないし、どこにも着ていきません。着られない服をたくさん買いました。無駄でした。苦しかったです。
今でもそういうところがあります。

彼氏は買ったものを秘密にしないでほしいと言います。わたしの金銭管理に問題があることは、彼は既に知っていて、心配しています。彼はわたしに隠さないでほしいと言います。正直に言っても、怒りません(当たり前ですが)。バカにしません(当たり前ですが)。あきれません(当たり前ですが)。でも、わたしにはその当たり前のことが長年なかったのです。わたしに何かを言う資格はないから、と彼は言います。そして、わたしが困っていると言いさえすれば、どうすれば良いか教えてくれます。自分もできていないけれどと言いながら。

彼はそういえば、わたしの服が変だとか、シミがあるねと言ったりとか、言ったことがありません。わたしが満足していればそれで良いと言います。これが対等な人間関係か、と思います。

わたしは今まで男性と対等な人間関係を築いたことがなかったのだと思います。お付き合いしていた人とは、保護者と被保護者の関係になることが多く、わたしが反発して離れることが多かったです。保護者になると、人は横暴になります。時間を守らなくなり(これは今の恋人もしますが)、約束も破ります。彼らには自負があるからです。プライドが高いのです。下に見た人間に対して人は何でもできるのだと、わたしは学びました。お金や若さや誠実さをずいぶん奪われました。倫理観も減りました。

わたしはヒプノセラピーを受け、ゲシュタルトセラピーを受け、パーソナルデザインも受けました。
わたしは自分にお金をかけました。そして、自分が今まで溜めて来た怒りや呪いを消化しつつあるのだと思います。

わからなくて、恥ずかしい思いをしたことも、今はお金を出して、調べたり友だちに聞けば専門家にアクセスでき、的確なアドバイスを、わたしの自尊心を傷つけないように、それどころか、勇気づけて、教えてくれます。

キラキラしたものなんて、わたしには似合わないと思っていました。
淡い、美しい衣服がわたしに似合わないと思っていました。

フリルやレース、チェック。ビーズやパール。おもちゃのようなお菓子のような、甘い色彩の服装。以前なら無駄だと言われただろう、バッグチャーム。

今の彼はレディースの売り場にも平気でついてきて、痩せたらきっとこれが似合うよ、と言ってくれます。この前はパールのビーズがついた、きらきらしたピンどめをプレゼントしてくれました。顔周りが華やかになります。髪も切ってくれました。いろいろな人に褒められます。

わたしは美しいのか?ブスなのか?わたしの顔立ちに足りないものは何か、余分なのは何か?

今までそうして鏡をこっそり見ながら悩んだものでした。(鏡を見ているところを見つかると実母には怒鳴られました)

わたしは美しいです。客観的にはそうでなくても、わたしにとっては十分美しい。
似合う服を着て、似合う化粧をすると、それは引き立ちます。嫌いだと思っていた部品も、顔の流行が変わって、長所だと言われることが多くなりました。ぴったりした装いをすると、欠点をわざわざ探してみる人はいないのだと知りました。調和していさえすれば、その人は美しいのです。

わたしはアクセサリー売り場が苦手でした。何もかもが欲しくなって苦しくなって、小さな鏡に自分が映るたび怯えて、こんなわたしに似合うものはないと思い、恥ずかしさのあまり逃げ出すことが多かったです。

でも、今は欲しくても買わなくても大丈夫、と思いながら、美しいものをぼうっと眺めることができます。店員さんとも、少し、信頼しながら話すことができるようになりました。それはとても楽しいことです。

わたしは息を吸いすぎて、過呼吸になります。普段からも呼吸が浅いと、薬局の人に教えられました。息を吸うためには、吐かなくてはいけません。まず、深く吐いて、それから、吸うべきです。

わたしは親を理解することができません。きっと、親もわたしを理解できません。彼らの戸惑いをわたしは想像するべきです。そして、その一方で、彼らが間違うこともあるのだとわかっていることが必要です。わたしは自分が間違えることを知っています。ただ、わたしは相談するのは、わたしの友だちになったのです。彼らはそれがまだ実感できないのではないかと思います。

わたしに必要なのは息を吐くことです。
アクセサリーを我慢することでもなく、惨めな服装をすることでもなく、禁欲的に生きることでもありません。

良いものを長くつかうよりも、安いおもちゃをとっかえひっかえつかいたいと思っています。そのときの気分や流行に流されたいのです。綺麗なもの、華やかなもの、うわべだけのもの、そういうものに今は惹かれます。

最初から、正解にたどり着くように生きてはいけなかったのです。流行に左右されないようなものを選ぶ、ということはわたしにはまだ早かったのです。わたしは人生を楽しみたいのです。

お金と、楽しむことのバランスはこれから学んでいきたいです。
慌てないで、ゆっくりと、人生を自分の手に取り戻すことをしたいのです。

わたしは忠告を求めます。しかし、いらないタイミングでの忠告は拒みます。それは、わたしの世界を狭くすることとイコールではありません。予期せぬことで削られるエネルギーを自分の嬉しいと思うこと、楽しいと思うことに注ぎたいからです。

キラキラしたものはわたしの心を奪います。柔らかいもの、優しいもの、癒すもの。
わたしがきちんと息を吐ききることができるのはいつになるでしょうか。
わたしは、されていやだったことばかりを覚えていやすい脳をしているようです。
してもらった、良いことも思い出せるようになりたいです。


頭の中から消えない

頭の中で、一ヶ月前の親に言われた言葉が、何度もリフレインする。
それは思い出そうとして思い出しているんじゃない。勝手にスライドショーみたいに声の調子とと、そのときの何も言えなかった気持ちとともに思い出されて、現実が、今じゃなくてそのときに引き戻ったみたいに感じる。

昨日気がついたのだけどこれはフラッシュバックだ。

わたしは親がそのつもりではなかったと知っているけれど、不意打ちされたと感じている。
頼んでもいない忠告をされたと思っている。
感じたのは仕方がない。知っていることと、わたしが感じることは別のことだ。
わたしはあの不意打ちによって、彼らに持っていた信頼感や安心感を失った。
それは、わたしにはどうしようもないことだ。
人間だし生き物だから、反射的にそうなってしまった。

恋人を親と引き合わせたときだった。親は自分の意見を言うとともに、恋人に同意を求めた。あなたもそう思うでしょと。
わたしには誰も味方がいない気分だった。
恋人もわたしの味方じゃないのかと思った。
誰も信じられない。裏切られた。
信じていたから何でも話していたのに。
それを利用されて、わたしを辱めた。
わたしは恋人を親に会わせるという目的のために会った。
だけど、結果的に本題はそれではなく、今の私がしていることは間違っている、と言うことを述べられた場だった。端的に言えば、そのときのわたしは間違っている、と言う話だった。

多重人格になったことは、わたしが望んだことじゃなかった。
わたしは多重人格になったことや、新しい人格にコントロールされることについて、苦しんでいた。
多重人格のもうひとりの人格は、いやな人間ではないし個人的には好きだったが、ひとりの体に二人の人格があることはとても大変なことだった。
しかし、彼らは、わたしが好んで多重人格になったという前提でものを話しているようだった。これについては確信はないが、労りの言葉はなかった。

わたしはあのとき、多重人格、つまり、人格が剥離されるほど追いつめられていて、調子が悪く、その中で精一杯あがくためにいろいろしていたのだけれど、それをすべて否定されて、やり方が悪い、そういうことをすると顔に出てる、人相が悪くなる、トラブルが増えて、人に信用されなくなる、今やっていることに影響して、何もかもが悪くなる、周りにイエスマンしか置かないことは間違っている、自分の聞きたくない意見こそ聞けと言われた。占いでお金をとることは間違っている、人に恨まれる、お金のことばかり気にしていはいけないと言われた。
もっともな意見でもあったけれど、わたしにはわたしなりの考えがあった。
ボランティアで占いをするべきだ、と言われたけれど、まったく賛成できなかった。
わたしにはわたしの考え方があった。
うまく説明できないけれど必然があった。
お金を払いたくない人はわたしに頼まないだろう、お金を払っても聞きたい人を占おうと思っていた。
だます気もなかった。

それからと言うもの、ずっとわたしは消えたいと思っている。死にたいと思っている。それまでは、ここ数年死にたいと思ったことはなかったけれど、頑張って生きのびようとしていたことを無視された気分になった。そりゃあ、間違っていることはしているかもしれないけれど、わたしには必然性があって、工夫していることなのに、それをなくしたら、わたしはどうやって生きていけば良いんだろう。

親が悪気はなく、愛情故に、わたしに忠告したことは理解している。彼らはそうはっきり言った。それは嘘ではないのだろう。嘘だとも思っていない。
けれど、わたしはだまされた、不意打ちにされたと思った。逃げ場がなかった。わたしはあの場から逃げ出したかった。逃げられない状況で言われた。私は泣いた。泣いた私を彼らは微笑みながら見ていた。未熟な人間を見るように。子ども扱いするように。愛情故に。人前で涙を流すわたしを、発達障害だから仕方がないと許すように。

恋人を、親に紹介する日に言われたから、わたしは動揺した。そういう予定ではなかったから心の準備が全くできていなかったし、気持ちの切り替えもできなかった。恋人の前で言われたのも恥ずかしかったし、二ヶ月前からブログを毎日読んでいる、そして、書いてあることにびっくりしたと言われたこともショックだった。
わたしは、父が私のことを知りたいのじゃないかと思って、知りたいと言うから、ブログを教えたのだった。
なのに、それ以外の目的で、読んでいたと知り、そして、わたしが気持ちを発散する場としてブログを書いていたのに、わたしを矯正するきっかけとして、ブログをつかわれたのもショックだった。

わたしは人格が剥離していることも、心配されなかった。
もともと、二重人格みたいなものだし、と言われた。
多重人格ってどういうものか、どんな風に負担があるのかは聞かれなかった。
占いをするから具合が悪いのだと決めつけられた。
そういうわけじゃなかった。
因果としては多重人格になる前から具合が悪く、多重人格になってますます具合が悪かった。
そして、他の人格が、占いをすることを欲したのだった。わたしはその通りにすることで、少しの安らぎを得た。

わたしのもうひとつの人格は今は統合されたけれど、彼女は全く別の人格だったから、彼女がやりたかったことはわたしには止められなかった。止めようとすると苦しくなって、どうしようもなかった。
人の役に立つのは楽しかったし、嬉しかった。でも、わたしの手柄じゃないといつも思っていた。

だから、わたしが例えば占いをしていることについて、わたしに言われても困った。わたしを否定されても困った。それはわたしの別人格がやっていることだったから。だけど、そんなことすら聞かれなかった。
そういうことをわかってもらえなかったし、そもそも、多重人格になるほどのストレスがあるのにも関われず、それについて何も触れられなかった。ただ、わたしのしていることが間違っていると言われただけだった。

親の言う通りにするのがいやだ、と言ったら、それがそもそもだめだ、何を言われても冷静に対処しなければならないと言われた。わたしはこれから一切親に本心を言わず、たとえば、「持ち帰って考えさせていただきます」という風にしようと思う。

わたしが本音を少しでも言ったら、それがダメだと言われたのだから、そうするしかない。彼らに都合の良い本心らしきものを提示するしかない。そうじゃないと心が殺されてしまう。彼らの善意が、彼らの善意であることは疑いもないのだけど、それとは別にわたしの心は死んでしまう。

善意によって、心が死んでしまうことはある。精神科医の先生はどう思うのだろうね?とわたしに問いかけたのだけど、暗に、精神科医の先生は今のわたしは良いと思わない、親と同意見のはずだ、と言うことをにおわせたのだと思う。

そうやって発言することは、彼らの意図とは別に、わたしの安心できる居場所を心理的に奪うことになった。わたしは信頼できるもの、居場所になるもの、根になるものを失って、それ以来、解離状態になった。現実感が薄れてしまった。

親はそれを自分の意思でどうにかできる、コントロールしようとしていないだけだと思っているらしいが、これは病気だ。自分の意思で病気になる人がいるだろうか?わたしには過剰なストレスがかかったので、もう対処できない。対処できない、と伝えたのに、まだ負荷をかけられた上に、いやだ、と言うこと自体を否定されたのだから話し合う余地は全くなくなってしまった。負荷を拒否することを否定されたら自分の気持ちを言いようもない。

こういう風に言うと自分の気持ちを言わないのが悪い、と言われるのだけど、そんな機会がなかったし、わたしは自分の気持ちを正確に把握することも伝えることも苦手なのだ。できない。たどたどしい言葉で乱暴に言えばその言い方が悪い、と言われてしまえばおしまいだ。

わたしは文章をこうして書く分には自分の気持ちを整理できる。だけど、この能力は限定的だから、話し言葉のときには発揮されない。それを理解されなかった。

理解できるように説明しないのが悪い、と言われれば、その通りで、しかし、わたしにはそれができないのだから、可能なのは、理解できるように言えないわたしが悪いのだったら、わたしはそれができないので、距離を置くしかありませんね、ということだ。

わたしには生活がある。わたしは一ヶ月前に会ったときから、仕事にミスが連発して(解離が起き続けているので当たり前だ)、仕事が続けられるか難しくなって来ている。

コンビニをやめると報告したときも、「人間観察の場になるし、大人と接する機会にもなるし、成長するからやめない方が良い」と言われた。これは以前、親に(同じ人間だ)コンビニをやめた方が良いと言われたときに、わたしが言った言葉とまるっきり同じだ。わたしが言った言葉を、どうしてわたしに再び言うのだろう?

わたしにとって、コンビニはその役目を終えて、塾の仕事の妨げになっている。そして、相談したわけじゃなくて、結果を一応親切で報告しただけだ。なのに、忠告をされたので、面食らってしまった。そして、一応言うことを聞いて、そのときにはやめなかった。だから、今の状態が起きている。
もし、あのときにすぐやめていたら、精神状態はここまで悪化しなかっただろう。けれど、それを言っても「結局選んだのはあなたなのだから」と言って、親はわたしの責任を強調するだろう。

言うことを聞かなければ、周りにイエスマンばかり置く(これは実際に言われた言葉だ)と言われ、言うことを聞いて、思った通り、精神状態が悪化し生活が難しくなれば「人にどういわれたとしても、選んだのは自分だから人のせいにしてはいけない。縛られていたわけじゃないんだから(これも違う場面で言われた言葉だ)」と言われる。どうしても、わたしは非難される。そこには結局のところ、わたしに対して、大人としての信頼がないからだ(親にとってはいつまでも子どもだから、と言われた)。そういうわけで、わたしにとっての、逃げ道はすべて塞がれている。

(ところで、一般市民にイエスマンばかり置くと言うことは可能だろうか。わたしには権力がないから、イエスマンしか置かないと言うことは不可能だと思う。結局、親の言うことを聞かない、と言うことを拡張して言われている気がする。わたしが本当に人の反対意見を聞かないかどうか、親には観測できないはずだ。否定意見が欲しかったら、わたしはちゃんと聞きにいく。だけど、イエスマンしか置かないと言われたと言うことは、わたしがそれをしないはずだと確信を持って、わたしを信じていないんだろう)

親が悪いのだ、と思いたくても「あなたのためを思っていっている」と言う言葉と「自分にとって好ましくない、耳に痛い言葉こそ耳に入れないと成長しない」と言う言葉を言われたので、それもできない。

それは、個人の自由で、親がそう思っているなら自由だけれど、わたしには押し付けないでほしいと思った。けれど、そういうことをしていてはいけない、と言われた。耳に痛い意見を言ってくれる人は貴重で、そこで気づかないと行けないと言われた。そういうキツいことを言うのも、「あなたの幸せを願っているだけです」と言われた。

親が私の幸せを願えば願うほど、わたしは精神が不安定になり、不幸になり、苦しくなる。精神の余裕がなくなるため、仕事でミスが増える。ミスが増えるのは自己管理、と言われるかもしれないけれど、そうならできることはただひとつで自己管理のために親と全く接しない、ということしか、わたしには残されていない。

三年前、強盗に遭ってから、わたしはずっと具合が悪い。
もっと言えば、高校生のときレイプされてからずっと具合が悪い。
そのせいで、その後弱ったわたしは人を見る目がなく、だまされて、その尻拭いを親にしてもらったという経緯がある。弱ると、悪人がよって来て、さらにトラブルを拡大するのだ。
弱っている人がどうしてさらなるトラブルに巻き込まれるのかと言うと、頭が悪かったり警戒心が弱いからじゃなくて、弱っていると、悪人がどこからか嗅ぎ付けてかもにするからだ。
悪人は、それで生活しているから。

そうはいっても、尻拭いをさせたのは悪かったと思っている。
だけど、親はわたしが未成年のとき、レイプされたときに、保護してくれなかった。親は、レイプされたことも知らなかった。
わたしはそのために、人に対する認知が歪んだまま、現実と自分の輪郭が曖昧なまま生きて来た上に、自閉症があるから、だまされやすい。
迷惑をかけたのは事実だけれど、わたしが未成年だったときに、必要な、支援をしてくれなかったのは彼らの問題だと思う。(レイプや虐待をされていたことを知らなかったと言うかもしれないが、知る義務があったと思う。知るすべがなかったと言うかもしれないけれど、知るすべを作るべきだったんじゃないかと思う)

そのために、成人してから今も、わたしは現実とうまくやれないが(大人になったから自分で対処するべきだと思うが)、だからこそ、今度はわたしを放っておいてくれるべきだと思う。(レイプや虐待を見過ごしていたのだから、わたしのこれくらいの要望は聞いてくれても良いと思う)

なぜなら、わたしは、親の忠告を聞くと解離が起きて、仕事ができなくなるからだ。それはわたしが聞く耳を持たないとかそういう意味じゃなくて、わたしのキャパシティが仕事をして家事をすることで一杯いっぱいなのに、それ以上のことを望まれるから無理になるということだ。

わたしをよりよくしようとするのは、誰であってもやめてほしい。わたしは死なないで生きている。仕事をしている。犯罪も犯していない。それで十分じゃないのか。
わたしは今までつらい目に会ってきたし、そういう人間が社会復帰するのは、端から思うよりもレアケースなのだ。
わたしは十分やっている。
これ以上求められると、わたしは死ぬしかない。
極端だと思われるかもしれないが、わたしはそれくらい追いつめられている。


過食をしてしまった

過食をしたくなかったからソラナックスを飲んだりしていたけれど、やっぱり過食をしてしまった。
その前に恋人に助けを求めて、話を聞いてもらい、おれがついているから、って言ってもらった。
心配せず、楽しいことだけ考えていよう、最悪でも、仕事を失うだけなんだから、なんとでもなる、元気でいれば大丈夫と言ってもらった。

両親のことを悪く言いたくないから自分を悪者にしたいのだけれども、やっぱり怒りは収まらない。

気持ちの持っていきどころがなくて、過食をした。
過食をするぞ、という気持ちでした。たくさん食べた。味なんてどうでも良い。カロリーも高いものばかり選んだ。
おなかが一杯になるといやな気持ちになるのもわかっていた。
お金も減るし、気分も悪いし、良いことは何もない。

今日はフラッシュバックに苦しめられた一日だった。
何度もブログを書き、間違っているのではないかと消して、その繰り返しをした。

親は悪い人じゃないんだと思いたい気持ちの一方で、でも追いつめられているときに追い打ちを書けられたつらさは消えない。


地球生まれの異星人を読みながら、だらだら考えたこと

おなかも痛いし、寒いし、今日はコンビニバイト以外は休みなので、家で本を読んでいた。

親に対する憤りは、わたしの自閉症スペクトラムならではの、こだわりだったんじゃないかと思った。

今まで、本中毒だったのだけれど、ここ二年はどういうわけか本を読むのが苦痛になって、読みたいと思えど、あまり読まない。それでも長い時間をかけて最後まで読むことができた。これはひとつの達成だから、嬉しいことだ。

本は長い間、わたしの逃避手段だった。

お金を稼ぐようになったら、生活に追われて逃避する暇がなくなった。だけど、やっぱり、逃避は必要だから、ネットに逃避する。逃避できるのはありがたい。わたしはテレビを全く見ないし、音楽も聴かない。映画をたまに見るくらいだから、ネットがあって良かったと思う。

エビリファイを飲んだせいか、わからないけれど、消えたい、死にたい、惨めだ、という気持ちは遠くに行って、柔らかな抑うつ状態にある、と言うような感じ。

薬で人格が変わることが恐ろしいと言う人もいるけれど、眼鏡をかけてものがよく見える方が人格に影響するなんて言うひともいないだろうから、調整された方が実際のわたしの能力を発揮しやすいのだと思う。感情について、ゆがみが出ているから、そのピントを合わせるイメージだ。

塾について、時間の勘違いや細部の読み取りがずいぶんできなくなって来たから、今日、休めたのはありがたい。

人の言うことを気にしないのは難しい。そうしたら、あなたに何も言えないじゃないか?と、言う人もいるだろうけれど、何も言わなくていいんじゃないかな、と思う。わたしは頼まれたとき以外、人に何も言いたくない。自分が不利益を被っていたら、そのことを言えば良いし、それが受け入れられないこともあるだろうと思っている。

世の中は複雑で、そういう意見が通らないことも知っている。
知っていて、調整しているけれど、追いつかないから、難しい。

せめて、わたしだけはわたし自身をこれもできない、あれもできない、だからダメな人だ、と思わないでいたい。親は心配のあまり、わたしのことをあれもできないこれもできない、といって、わたしを人に紹介するけれど、わたしだけは自分を損な風に人に紹介しないでいたい。(謙遜、ということなのかもしれない。わたしはそういうこともわかるが実行に移したくない。そして、子どものことを謙遜するということもわたしには理解できない。子どもと親は他人だからだ。しかし、知って入るので文化が違うのだと思う)

一度いやな目にあったら、わたしがそれを理不尽だと感じたら、それを取り除くのに何年もかかる。修復ができないこともある。ありのままの自分を受け入れてもらえないのなら、それはしかたがないことだ。

自閉症スペクトラムの人は、ありのままでいることをほとんど許されない。違いだと思ってもらえない。未熟で、子どもっぽく、保護が必要な人だと思われる。

療育や治療は、ほとんど、マジョリティに如何に合わせるすべを身につけるか、それに尽きる。

自分を変えて、マジョリティの風習を身につける、ということだ。
それは凄まじい負担がかかるので、偽装して生きているだけでとても疲れる。
わたしはいつもほとんど一日に何度も眠らないと社会生活が送れない。
怠けでないのがわかったのは良かったけれど、それはそうとして、通常の働き方ができないのには変わらない。できないんだな、と知って、無駄な努力をしなくて住むようになっただけだ。

そうはいっても、周りはそれを理解しないから、適当にごまかし笑いをしながら、それをやり過ごそうとするのだけれど、いつまでも改善しないと思われてしまうことは厄介だ。

そのために、啓発デーがあるのだと思うのだけれど、知ること自体がいやな人も多くいるだろう。端的に言って面倒だし、自分こそが大変であって、優遇されていそうな人がねたましい人もたくさんいるからだ。目に見えないハンデ、という抽象的なものを理解できないから、「ハンデなんてないだろうし、誰でもハンデに近いものがあるのだから、診断が就いている人だけそういう配慮をされるのは、優遇だ」と思って、嫉妬する人がいるのだ。

そういうのは、とてもつまらないと思うが、弱いものに当たり散らすことで憂さ晴らしする人は現実にいるから仕方がない。

もっと言うと、わたしは弱いものでは全然ない。全然ないが、嫉妬されつつ、弱いものだと言ってあざけられ、ストレス解消の手段にされることが、現実でも、インターネット上でもある。現実もネットも人間が作っている社会だから同じことだけれど。

正確に言うとわたしには弱い部分がある。それはマジョリティの中に生活すると顕著に目立つ面だ。お金の管理もできないし、欲しいものを欲しいだけ買ってしまって、後で困ることが良くある。先のことを予測する力が弱い。(今までつらかった人生を取り返そうとして、早回しで生きている部分もあるけれど)

社会生活をうまく送れない。複雑なコミュニケーションがとれないから、組織で働くことは難しい。決まった時間働くことも難しい。人の少ないところで、少ない人間と関わって生きていくのが今のところ精一杯だ。だけれどその少ない人間関係でもけっこう大変なことがよくある。

私のことを強いと言ってくれる人もいるけれど、それは状況が要請したものだと思っている。それがなくても生きて来れた人は幸運だし、これからも必要ないのではないかと思うけれど、でも、自分に振り返ってみると、社会性やおしゃれなんて、今まで身につけることもなく生きて来て、そして、今になってけっこう大変だから、やっぱり、その気持ちもわかるなと思う。


ダメになる寸前の休暇

もう、いよいよダメになって来て、限界で、情緒不安定だ。

忙しすぎて、エビリファイを切らしていた。病院に行ったけれど薬をとりにいけないまま二週間経って、最初の頃は、離脱で具合が悪く、今は、薬が抜けたせいで調子が悪い。

薬は便利で役に立つ。素の自分は、コントロールがうまく利かないから(こういうと自分自身をコントロールできないなんて恐ろしいと誤解されるけれど)、薬を飲んで落ち着いていられると、体力のロスが防げて、できることが多くなる。そうなると嬉しいから自己嫌悪が減って、生活が快適になる。頭が働くようになる。

薬が切れると頭に霧がかかるようになって何も考えられない。それを薬の副作用とか、抜けるまで待てば元に戻るとか言う人もいるけれど、そんなのはいい加減な嘘だ。生活がうまく成り立たないから薬を飲んでいて、それまでが暗黒の時代だったのが、薬を飲むことで就労できるようになったのだ。

わたしは二週間ぶりにエビリファイを飲んだので、まだ気分が回復していない。

休むことに不安があるし、自己嫌悪と焦りがある。絶望ではないけれどそれに近い気分。自分の気持ちが暴風雨のように吹き荒れている。

ダメになる寸前に休みが取れた、ということだ。
それまでは、休みが取れていなかった。無理をすればなんとかできるし、たくさんのことがいろいろできるけれど、でもやっぱり無理は無理だ。

感覚過敏もひどく、コンビニの音楽や人の話し声や、お客さんの声も良く聞き取れなくなって来た。
コンビニのフロアの蛍光灯で目がチカチカする。もう無理、もう無理だ。
一ヶ月前にやめたいと思ったとき、誰にも相談せず、さっさとやめたいとオーナーに言っていたら、今頃やめられていたのに。相談したのは失敗だった。これからは何をするにも誰にも相談しないでやろう。わたしの言うことを信じてくれるのはお医者さんしかいない。わたしがコンビニをやめると言ったら止めた人がいた。わたしはもう無理だったのに。お医者さんがそういったから、と言えば信じる。そういうことなのだ。わたしの言葉を信じてはもらえない。わたしのことはわたししかわからないのだから。

身を守れるのは自分しかいない。

わたしは休まないといけない。無理しないでいった人が、同じ口でコンビニはもう少し頑張った方が人生経験になるのではないかと言う。わたしは人生自体をやめたくなるのに。
もう少しってどれくらい?誰が決めるの?わたしがもうだめになってしまったあと?
そして、こういうことを言えば、そんなことは言っていない、って言われて、やっぱりわたしが悪いのだ。


わたしは愛に向いてない

愛が重たい。

愛って便利な言葉ですね、と言われたから、おなかの中にある石が、少し柔らかくなった。

困ったら、否定意見もとりにいくから、今は必要ない。ごちそうを詰め込まれて消化不良を起こすように、一ヶ月前の愛の言葉が、今もわたしを窮屈にする。

いつまでも、子どもだから、というのは、愛情ゆえの言葉だけれど、わたしは真綿で首を絞められたように苦しい。わたしは大人だ。言うまでもなく。

親にブログを読まれることだけじゃなくて、見張られたり、あれこれ言われることは予測していなかったから、親にブログを教えてしまった。後悔。後の祭り。わたしが愚かだった。

わたしは親が私のことを知りたいのだと思って教えたのだけれど、ブログは教育の機会に変わってしまった。わたしが唯一のびのびといられる場所じゃなくなってしまった。

わたしはブログに書いてあることや内容について、言われたことを今もはっきりと思い出す。時間を選ばずに、写真を連続で映し出されたように、わたしの意思と関係なく、声の感じと自分の感情を思い出す。叫びだしたくなる。叫びだせないので、おなかにたまっていく。反論を十分にできなかったことで、本当に苦しい。

わたしの書くことに対して何か言われるのだと全く予想していなかったから、だまされた、悔しい、バカにされた、大事な場所を踏みにじられた気がする。

読まないでほしいとメールしたのだけれど、無視されてしまった。だから、わたしにはもうどうしようもない。あきらめるしかない。これは、わたしにとって、大きなことだ。だから、妥協のしようがない。文章を書くことはわたしの大いなる楽しみだ。だから、それを減らすように言われると、そこにどんな理由があったとしても、到底受け入れられない。

前回会ったときから、ずっと苦しい。もういやだ。一般的には、一ヶ月もたったのだから、という風に思うかもしれないけれど、わたしには無理だ。年月は全く作用しない。わたしは忘れることができない。気にしないこともできない。
本当にどうしてこんなことになってしまったのか。

こうなることを予測できなかった自分を呪うしかない。本当に呪わしい。惨めだ。


わたしの部屋とベッド

わたしは一日の大部分をベッドで過ごす。
掛け布団のカバーはダブルガーゼの灰色がかった柔らかいグリーンで、シーツの色は、濁った桃色だ。

本たちは乱雑に積まれていて、かろうじて鏡台の上に積み重なった分だけは取り去った。
片付けの仕方ももうわからない。ただ、ぼんやりと散らかった部屋を不愉快だなと思って、目をつぶる。

湿気に凍った空は、まだ雪を落としそうでもあるし、いや、空の上の方ではきっと凍った粒が落ちて来て、そして、地上の寸前で雨へと変わっているのだろう。霧のような雨が漂っている、風はなく、自動車は走る。

救急車の音は鳴り止まず、不安な気分で、原付に乗って冷えた体をベッドに横たえて暖まるのを待っている。

ねえ、わたしはなんですか?

忙しすぎた後に浮かぶ疑問。忙しいときには思いつかないから、なるべく走り去るようにして考えたくない疑問。

やりがいのある仕事、余暇、恋人、家族、友だち。ねえ、わたしは十分じゃないですか。
よくやってはいませんか。

良く考え、良く行動し、励まし、励まされやってきてはいませんか。

わたしは疲れているようで、疲れているという体感もなく、ただ、もう、動けない、考えられない、思いつかない、何から考えればわからない、頭の中が、マグネシウムを燃やしたときのような鮮やかな白で満たされて、閃光、そう、だから考え事はいつも分断されて。

閃光がひらめくたび、一瞬前の思考は途切れて、わたしは一瞬前のわたしを探そうとし…、そして、あきらめる。あきらめて、きっと、急ぎの用だった…とほぞを噛みつつ、でも、どうしようもないと呆然とする。

わたしはわたしを気に入っていますか?

わたしの中に大きなクエスチョンマークが落ちるたび、わたしは蝶のようにひらめいて、自分自身を気に入るように、奔走した。

惨めだった、服装のコードを専門家に聞き、恋人にこまごまとしたことを相談し、友人に服を選んでもらい、化粧品をプレゼントしてもらい、アクセサリーの身につけ方と意図を教えてもらい、ようやく仕事にでも恥ずかしくないようになった。

わたしは急いで、急いで、今まで取り残していた分を取り戻すように、さあ、急いで、そして、桃色のシーツのベッドにたどり着いた。

わたしは自分を気に入っていますか?

そう…、それにはイエス。はい。そうです。気に入っています。

ただもう、疲れてしまった、疲れると言う感覚が鈍くなるまで、朝が起きられず、昼も夜も同じように感じて、ただ、文字でつながる糸にすがるようにして、目覚めて、話して、この世の中が夢ではなく現実だと言うことを、文字という現実なのか、現実じゃないのか、よくわからないものにゆだねている。


誰にも言わない場所で

最近、調子を崩していた。
仕事にも三回時間を間違えたり、勘違いをして、遅刻してしまった。

忙しくて、薬を二週間飲んでいなかった。
時間が伸び縮みしているようで、歪んだ時空にいるようで、何か触っても手触りに実感がなく、いつも夢の中にいるようだ。

ひどくだるくて、食事だけはきちんととって、毎日スクワットと腹筋だけはしているけれど、それ以上に頭を使うことになると何もわからない。

市役所や銀行に行く用事があったような気がするのだけど、何をどうしたら良いのか、わからない。

ひとまず寝てから考えようと思って、ずいぶんたってしまった。そうそう、税金関係もきちんとしないといけない。市役所に行って、手帳を更新してから行こうと思っていたら、それも遅くなってしまった。税金はとりあえず払ってあるから還付金の手続きだから急がないのだけど。

二週間前にお医者さんに行ったのだが、薬をとりにいけなかった。忙しかったり、だるくて眠かったりで。

仕事をなんとか回せると思っていたけれど、本当に難しかった。

これで、しばらく仕事の量が減るので、お金は心配だけど、休める。

仕事がたくさんのときは、緊張感で特に失敗もないのだけど、あまり続くと、やっぱりしんどい。眠くなると言うか、すっと意識が落ちてしまう。本当に自分がダメだと思って落ち込む。
消えてなくなりたい。失敗した後は、そんな気がするけれど、遠くで見ている自分もいて、たいしたことがないとも思っている。それでいて、現実感もなく、ふわふわ、意識が夢の中で漂っている。

いつも、これは夢で、本当のことじゃない、という気がしている。
時間が歪んで、一時だと思っていたら、五時だったりする。五時半の約束と五時の約束を間違える。

わたしはとても不安で、何かにひもづいている感覚がない。

原付で一時間ほど走って来た。運転にも習熟して、滑らかに走行しながら、地面にぴったりと張り付いたタイヤの振動と、冷たい風に身を切られ、桜を視界のはじで見る。
はっとするような美しさ。嬉しさ。楽しさ。

今までは視界全体でものを見るということを知らなかった。いつも一部分しか見ていなかったから。ここ二年、原付に乗っているせいで、いっぺんに視界全体に注目する、ということができたのかもしれない。

死にたい、って気持ちにも届かないくらいうすぼんやりとした曇り空で、水分がわたしを冷えさせる、花が凍り付き、冷たい色彩で灰色の街を彩る。


教わるにあたって、どのくらい具体的じゃないとわからないのか

困りごとについて書きます。

わたしはかなり高度に抽象化された概念を理解しますし、そこに含まれるパターンも良く見抜けます。
でも、実際の生活の中で、抽象的なアドバイスは理解できない、と言う話を書きます。

たとえば、ズボンがずれて背中やおなかが出ていたとします。

「おなかでてるよ」と言われます。

最初は「出ているんだなあ」と思い、直せ、という意味だと思いません。

そして、「直した方が良い」と言われて、そのときに直します。

でも、それが恒久的に直した方が良いと言う意味だと理解しません。そのとき、たまたま気になったから言った、と言う意味だと思います。
おなかや背中が出ていることがそれほど大事なことだと思わないからです。

その次に、
「ベルトしたら?」と言われます。

ベルトをしますが、ベルトをしても、ズボンがずれ下がって落ちてしまうことを防げません。

でも、言われたことはしている、と思って、満足しています。

「ベルトもっとキツく締めたら?」「ローライズのズボンなんじゃないの?」
ローライズのズボンではないし、ベルトは十分締めています。

それで、そう言います。
「でも、おなか出てるじゃない。それは大人として恥ずかしいことだよ」と言われます。

おなかが出ているのは「その人にとって」悪いことなのだと理解します。だから、非常に丈の長いトップスを着ているとき以外、その人と会わないようにしようと思って対処します。

非常なストレスがかかっています。どうすれば良いのかわからない、と思っています。言われたことを言われたようにしているけど、おなかや背中が出ている、という問題は解決されないのです。

工夫すれば良いのでしょうが、思いつけません。空っぽです。

「その人と会うとき以外にも良くないことだ」と理解したときには、もうパニックです。
今まで恥ずかしいことをしていたのだ、という理解が押し寄せて来て、非常に恥ずかしいけれど、過去は取り返せないのだ、と呆然とします。
服を着ないで、家からでないでおこうと思うようになり、外が怖いと思うようになります。

その問題を解決したのは、トータルコーディネイトの先生にそのことを相談したからです。
短いトップスを勧められたときに、でも、それだとおなかが出てしまう、ということを相談しました。

そうしたら、「長い丈のインナーを着ればいいのよ。そうしたら、見えても可愛いから」と言われました。

それで、問題が解決しました。わたしは腰骨が出ていないので、ズボンが引っかからない体形らしいのです。だから、ベルトでは解決しなかったし、服の問題でもなかったのです。

おなかをふんわりカバーするチュニックなどを選んでもらいました。

おしゃれ以前で、そういうことがよくわからないと言う問題と、わたしがアドバイスをされたときの理解のしづらさについて書きました。
わたしはこのくらい具体的でないと、理解できないみたいだと後からわかりました。

専門家が必要だ、というのはこういうことです。

善意のある、良い人が、良い風にわたしを変えようとしても、わたしにはストレスばかりがかかって、問題が解決されず、アドバイスをしてくる人自体を避けて、問題から逃げようとする悪いループにはまります。何をどうすれば良いのか、その人はそのアドバイスで何を言いたかったのか、理解するには補助が必要です。


塾の役割は勉強という子どもの冒険を見守ること

今日は小さい生徒さんを教えました。
一生懸命新しいことを知って、喜んだり、わからなかったところを復習したり、するのはとても楽しかったです。

仕事で子どもとふれあうと自分の中の何かが癒される気がします。子どもたちは勉強が大好きで、とても楽しんでくれます。今日の生徒さんは、今日とても楽しかったです、と言って帰っていきました。

勉強なんて人生の役には立たないというひともいますが、楽しい、ってことだけでも役に立っています。勉強は殴らないし悪口も言わない、静かで豊かな世界です。だれかと比べたりもしてきません。

塾というのは贅沢だと思っていましたが、一緒に勉強という世界の旅をするガイド、という役割だったらよくわかる気がします。

かけ算の筆算も練習しました。数字を書くところを全部丸して、どこに数字を書けば良いか、書いて。繰り上げの数字のところには小さい丸を書きました。
そこの中に入るように、かけ算を練習しました。

一緒に、黄色いバケツという文章を読みました。一緒に冒険をしているようでわくわくしました。
児童書というのは素晴らしいですね。短い文章で、狐の子の喜びや戸惑いや焦りや愛情みたいなものをぎっしり詰め込ませ、そして狐の子が成長した姿や清々しさを表現できるのですから。

ゆっくりと音読していると、狐の子が次にどうなるんだろう??とこちらもわくわくします。生徒さんもきっとドキドキしながら読んでいたんじゃないのかなあ。冒険みたいな気がしました。

一時間、目一杯頑張って帰るときに、敬語で「今日は、とても、楽しかったです」とわざわざ区切りながら言ってくれたのはとても可愛かったです。
帰る前に言おうと思ったんだなあ。

塾に来る子どもは、みな、礼儀正しくて、自分の気持ちをきちんと伝える子が多くて、頼もしいばかりです。

新しいことを知るときには子どもはキラキラしています。
わかるように話すことができさえすれば、非常に彼らは明晰な頭脳を持っているので、相当難しいこともわかります。
きちんと話せば、小学生でも高校レベルの理科の話も理解できる場合があります。
別に、急いでするわけじゃないけれど、学校が、成長の過程に合わせたカリキュラムをしてくれるのだから(良くできていると思います)、こちらは面白さ、というところで、体系的に物事を学ぶ楽しさを伝えたいな、と思います。
だから、小学生の場合は、教科書通りじゃなくて、生物だったら生物全体の話をして、見通しをつけることで、勉強の先にはこういうことがある、ってのを見せたりしています。
(もちろん、教科書通りのことはこなした上で)

それが重荷になる生徒さんもいるので、案配もありますが、その生徒さんのペースがあるから、それを見極めた上で、少しでも興味のある分野を、伸ばしたいなと思います。点数だけじゃないと思いながらやることで、点数が伸びるとうまくいっているな、と思います。

子どもには未来があります。

その子どもたちには、ここ、間違っているよ、と指摘したり、教えるのではなくて、子どもさんが間違いを自分で発見できる人になれば良いかなと思います。これは塾で働いているから思うことですが。
親御さんはそうはいっていられないし、たいへんな仕事だと思います。
間違っていることを教えないと、何が間違っているかわからないものね。子どもは。

だけど、塾では間違っていることを教えることはしなくていいから、間違いをどうやって発見できるか、という手伝いだけに専念できます。

人は多かれ少なかれ、マナー違反だったり、ずれていたりしますが、攻撃的じゃなければ、人を見下したりいじめたりする人間じゃなかったら、多少の欠点があっても、おっけ
ーなんだよ、といつも伝えていたいです。
ささやかにでも、人生が少しでも生きやすくなる手伝いができたらなあと思っています。