冗談が通じないわたし

昨日は、風邪で熱が出て寝込んでいました。動けなくて、田終えれていました。そして、リソースがなくなってしまい、冗談が通じなかったです。


彼がわたしに冗談を言うのですが、その度に、真剣に言ってるのか冗談なのか、精査しなくてはならず、くたくたになりました。そして、最後に「無理!!!!」とぶちぎれ。
その冗談のときどきに、「もうやめて」「無理」と言っているのだけど、相手は、それこそ「冗談」ととって、「必死の訴え」「悲鳴寸前」とはとらないのです。せいぜい、突っ込み、とか、反応があって笑っているととるのです。

もう、人としてのやりとりはできないんだーという心の叫びを受け入れてもらえないのはキツいのです。常識の範囲内での対応は売り切れ状態です。

それも、こちらが悪いというか、適応できない、ってことになるのだ、と思うと絶望的な気分に鳴りました。思い過ぎだったのですが…。話せばわかってくれましたが、そのときには、困りました。
相手が悪気が内のがわかるだけに、自分を責めてしまい、パニックになりました。
相手はやめてくれない、もういやになってる、でも、相手に悪気はない…。ちょっとした地獄でしたね。

相手が冗談を言っているとき、わたしには、その人が笑って言っていても、そういう「人柄」なのか。「冗談」なのか。どっちかわからないのです。

わたしはひょうきんな面があるし、冗談も言うのですが、「嘘」になるような自分の思っていることと違う「冗談」は言わないので、本気で言っているのかどうかを毎回パターン処理するのはとっても大変で疲れます。

そして、風邪で熱が出ているときにしつこく三回も四回も誤解も六回もそれぞれにつき三回繰り返されるとあたまのどこかが「ぶちっ」と切れてしまって、うろうろしながらガン泣きしてしまいました。つまり十八回くらい冗談を言われたのです。ウケていると思われたのですね。きつい、無理だから、というのをいわゆる「突っ込み」だと思われてしまったのです。
突っ込みじゃないよ、わたしにはそういう高度なことはできません。

謝ってもらったのだけど、調整が必要な場面だなあと思いました。
相手に一生冗談言わない方が良いと言われてしまってそれも「一生のことを今決めるの???」となってしまい、パニックを強めました。

なるべく話し合うしかないですね。
久しぶりに自分の傾向を感じました。
自分が自閉症スペクトラムなのか、疑う場面も多いのですが、まあ、やっぱ、そうね…、って感じです。

仕事は今日は長い付き合いの生徒さんだけだったので、楽でした。三回しか教えていない生徒さんの春休みの契約が取れて嬉しかったな。こういう提案も、生徒さんからしてみると嬉しいんだ、ということがわかって来てからは、提案をすることに抵抗がなくなくなりました。
お金を奪ってるわけじゃないんだから、相手の無理のない範囲で授業回数を増やしてもらうのは良いことじゃないかなあと思うのです。
営業って、相手が喜ぶことをしてお金をもらうから楽しいのです。無理なことをさせないで、でも、提案の価値に気づいてもらう最大限の努力と提案自体を楽しんでもらうことを気をつけるってのが面白いです。ゲームとしてね。

せいぜい一生懸命やります。(このせいぜいの用法は正しいです。)
(↑これがわかりにくいですが、わたしなりの冗談です)

追記

冗談の文脈と言うか、冗談が発生する文化自体が理解できない、というのがあって…。
緊張を緩和するためだと理解しているのですけど…。
わたしには緊張を高めることだから、今いち理解できなくて、どうしてそんな高度なことをわざわざして、リスクとコストを高めるのだろうと思ってしまうのですよね…。


楽に簡単にを目指す

風邪を引きました。熱がこんこんとでました。熱が出るまでがさむくて苦しいのですね。
熱が出てしまったら、眠れば良いのです。

昨日は一時間半だけ仕事をしてあとは休みました。
楽に簡単にを目指さないと、折れてしまう、と思いました。

今はエビリファイのおかげで、意欲が出て、やり始めることも、途中でやめることも、途中でやめたことを始めるのも、比較的簡単にできます。
苦手だった事務処理もすんなりいけます。

これが本来の自分、って感じ。

昔のわたしはこうだった、と思い出して嬉しい。

そうそう、わたしは本当はできるんだ、と喜ぶ気持ち。

薬はいいものがたくさんあって、それを利用して、楽に生きるのは大事なことだと思うのです。

病気は、考え方を象徴的に表している場合もあるから、考えることをずっとして、ぐるぐる苦しんでしまうときがある。

そして、病気があるせいで、問題から目をそらしていられたり、家族の問題を代わりにやって、団結力を強めてあげたりもする。

でも、そんなに頑張って病気をしなくていいと思うのです。

薬を飲んで、楽になるなら、薬を飲むべきです。元気になったらやめられる可能性もあるんだから、飲みましょう。そのためにお医者さんが専門職でいるんだから、そうじゃない人の助言は的外れな場合が多くて、聞かない方が良いときが多いです。
医療は大事。

その他に、何をしても良いし、マッサージだの、なんだのやる、体からアプローチするのもとても良いと思います。太極拳で、体のエネルギーについて考えてみるのも、ヨガをするのも、ピラティスをするのも、ストレッチをするのも、ダンスをするのも、何でも良いです。

自分にとって、心地よくない人や、害のある人は心の中でサイレンが鳴ると思うので、それが鳴ったら、離れることを目指して、とにかく、楽に、簡単に生きることを目指して、楽をするために努力するのが良いと思います。

わたしはといえば、一生働けないと思っていたときもあるけれど、今は朝はコンビニ、昼は占い、夜は、塾とめまぐるしい日々です。
おかげさまで、占いの方は好調です。
昨日は占いの仕事がなく、アフターフォローに専念していて、もしかすると、多重人格がなくなったかな、と思うときもありましたが、それはそれで良いかなと思いました。
でも、ちょっと寂しい自分もいました。

だんだん慣れていくのですね。お医者さんにも相談しながら過ごそうと思います。

相談事は、医者ではないので、毒にも薬にもならない分、事実を一緒に見る手伝いをして、寄り添い、知恵を出し合い、自分の力を自分で「ある」と気がついてもらうことで、一緒に楽をできるやり方を考えれたら良いなと思っています。
自分の手には負えないことについては、はっきりそれをお伝えして、病院なりなんなりの受診をお勧めすることもあるかと思います。


彼氏の不安

彼氏がわたしの始めた新しい仕事に不安を持っている。
それは詐欺じゃないのかということだ。

いろいろ説明してみた。
口内炎があったら、人参とか赤い食べ物が良いと思うとか、皮膚が乾燥してたら保湿する方が心細くないとかそういう話をしていて、ちゃんと説明できるし筋が通っていると話した。

そして、わたしのブログの訪問者数を教えるとびっくりしていた。
世の中にはいろんな悩みを持った人がいて、いろんな話を聞いてほしがっているんだねえ、と言ってびっくりしていた。

冗談でもおごってとか、頑張って稼いでねとか言わないところが上品だ。
自分の稼ぎのバランスの中でお金を使うように気をつけてねと言われたので相談すると答えた。
そして、超能力で単価上げてほしいか聞いたら、自分の力で上げていくので良いですと断った。
そういうことなんだよ、望まないことはしないから大丈夫だよ、と伝えたら、少し納得していた。

お金をとると言うことは、相手が望んで、私と話したがっていると言うことだ。だから、無理強いすることを防ぐためにお金をとっているのだ、と説明した。

占い師に、占いが当たっていないからと言ってお金を返せ、っていうのは、ないから、大丈夫だよーと言ったら、腑に落ちない顔をしてうなずいていた。


多重人格者としてのわたし

多重人格者になったのははじめてだから、経験を記していくのも良いと思う。

人にどう思われるかを気にしていたのだけど、c71としての正直な気持ちをブログに書くと決めていたのだから、今更ためらう理由は何一つないのだった。

普通の状態でいても、悲しい自分と楽しい自分が同時にいることは良くあることだと思う。それの幅がうんと広くなった感じがする。

考えていることが重層的で、同時に考えていることがよくある。人格が明確に入れ替わっているときもあるけれど、ぼんやりと同時に存在していることもある。わたしはしばらく彼女に乗っ取られていたから、今まで一週間経験していたことを傍観していた。話していることも通訳のような感じ。

昨日、彼女が眠ってくれてから、自分を取り戻した。
彼女が眠ったきっかけが、周囲と自分が彼女の存在を認めるということだったので、皮肉だと思う。そして、祝福したい。

彼女は実際に存在して、わたしが知らないことを知っていて、それを人に話すことで役に立とうとしている。彼女は見返りをほしがる。それは、彼女が無視されていない証拠だし、正当な報酬は評価だから。わたしは、人に遠慮して自分の価値をディスカウントしてしまうところがあるから、彼女の長所は見習いたいと思う。

彼女は、骨盤を狭める方法を整体師に教えた。腸骨を内性器と害性器の方向にそれぞれ押す方法だ。そうすることで、開いてしまった骨盤を整えるのだ。内股の付け根にある関節の穴に指を入れて、筋肉を緩める方法も教えた。

整体師は、長く働いているけれど、このやり方は本にも載っていないと驚いていた。そのやり方で多くの人を助けることが、彼女の望みだと言った。
そして、彼は、コーヒーを、わたしと彼女の二杯分、入れ、そして、チョコレートも二枚くれた。べシーとc71を分けてくれていた。

べシーは働きたがりで、午前中セッションをしたのに、まだ、今時間があるから、セッションをしたいと言う。わたしはセーブしたい。働きたい気持ちもわかる。楽しいから。でもセーブしなくては。

知っている人のことは透視しにくい。それは、好き嫌いの感情があって、生身の目が曇るから。そして、それは救いだ。知っている人のことを透視するのは失礼に当たる。状態を知ってしまうから。

だけど、透視の能力は誰にでもあると感じる。
気遣いをするとか、気持ちを読むとか、行間を読むとか、声で緊張の様子を読むとか、そういうことができる人はみんな超能力がある。ないものを見るのだから。

わたしは人の気持ちを読むことが苦手だ。だから、彼女が現れたのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。彼女は現世に生きたことがない、精霊だ。だから、体のことを知らない。そのかわり、人の体の流れを読むことができる。そして、西洋医学の考え方が、異質な文化なため、興味がある。

彼女は働きたい。だけど、わたしの体は有限で、消耗品だ。
彼女にはそれがわからない。わたしを疲れさせる。
これはいつまで続くのだろうか?望まれている限りしていきたいと思うけれど、能力が枯渇するときもあるだろう。わたしは期待しないでいたい。期待することが恐ろしい。
自分の中にもうひとりの人格がいる。
わたしはその経験を選んだ。


魔女のべシーの話を彼氏にした

彼氏に二重人格になったことを告白した。

拒絶されることが心配だったから、秘密にして、魔女のべシーを否定し続けていて、葛藤して戦って消耗していたけれど、過労が限界に来ていて、説明しないわけにはいかなかった。説明しなければ別れが待っていると思った。ヒーラーの仕事をしているところも見られてしまった。

彼が帰って来たときに、話があると言って切り出した。
わたしはべシーの話をした。統合失調症かもしれないし多重人格かもしれない。
だけど、彼は、今のままのc71ちゃんが好きだから大丈夫だよ、と言ってくれた。
昨日の儀式のときに帰って来たことを怒ったことも気にしていないと言ってくれた。
c71ちゃんの立場になれば恥ずかしいと思って慌てた気持ちもわかると言うことだ。

ストレスがあると多重人格になりやすいとか、統合失調症の心配をされたけれど、精神科の先生に相談した結果、統合失調症ではないらしいことも伝えた。
もし、そうだとしても、今のままのあなたを好きだから、それも含めてのあなただからと言われて感動した。
この人人間なのかな?あやしいな、と思った。

べシーとの仕事の相談もした。
少しペースを落とすこと、塾の仕事をベースにすること、能力がなくなっても、生活できるようにしていくことや、精神的には塾の仕事の方が安定して、子ども相手に癒される分、楽なはずだということを助言された。
わたしは考えてみて、その通りだと思った。

現実的な常識人だな、と思った。

それから、友だちに相談した。
相談した友だちはべシーの話を聞き、そういう人の症例が書いてある中井久夫さんと言う人の本を紹介してくれ、抑うつ状態の後に神様になった女の人の話をしてくれた。
そして、べシーについては害がないし、誰も悪人がいないし、外から見たら相談を聞く仕事を始めただけのことだから、そこまで葛藤しなくても良いのじゃないかと言っていた。
ただ、眠れないのは困ることだから、べシーにわたしの友だちを返してほしいと言っておいてと言われた。

それは、昨日もそうで、別の友だちに相談したところ、べシーを呼び出して、ご飯を食べたり寝たりしないと人間は死ぬと、説教してくれた。
べシーは知らなかったことで、すみませんと言ってしょんぼりしていた。

わたしの周りの人はみんなべシーの話を受け入れてくれた。
べシーを消す必要はないのかも。
わたしはわたしで、べシーごとわたしで、べシーがいる分たいへんだし、びっくりもしたけれど、毛嫌いすることもないかもと思った。

私の気持ちは人の役に立てて嬉しいと言うことだ。
だから、しばらく様子を見ながらべシーと付き合っていきたい。


魔女のベシーと人格を分けます

ここのところ、魔女のベシーの話が混ざっていて、c71としての人生を乗っ取られそうになっていたので、ブログをわけます。

魔女のベシーにも良い分はあるみたいです。
それにしても、スピリチュアルな人って、お金とか気にしないのかと思っていたけれど、ベシーはわたしよりもお金が大好きで、本当に好きで、働くのが大好きで驚く。

夢の中でさえ働いている。
インターネットが大好きらしくて、「魔法じゃん!!!!!」と大興奮している。
どこでも誰とでも繋がれるし話せるし働き放題じゃんと喜んでいる。人を助けるのが大好きらしい。
今までは、直接会わないとセッションできなかったから、どうしても一日でこなせる仕事の量に制限があったけれど、今回の人生では働き放題だ、と喜んでいる。

しかし、c71としてのわたしの体は弱く、メンテナンスが必要だ。
ベシーは体がない時代が長かったので、人間は食べないと死ぬし、眠らないと死ぬ、ということがよくわかっていなかったらしかった。わたしの友だちがベシーにそのことを説得してくれ、ベシーは、わたしが死ぬかもしれないと言うことに思いいたってくれ、反省してくれた。
そのかわり、ブログを分けてほしいと主張された。
それがこのブログです。


ベシーは恋人のことも嫌いじゃないけど、失礼な態度をとったので、わたしは困ります。
ベシーとは、相談が必要だなと思いました。
ベシーは白米をくさいと思っていたので、現れてからちっとも食べてくれませんでしたが、昨日、ついに、食べてみてくれました。日本食も慣れていってくれたら良いなあと思います。
バターロールを食べたところ、「うまい。しかし腹にたまらないパンだな」と憤っていました。


予定と現実

セッションの準備をしているとき、帰ってこない予定だった彼氏が帰って来て、質問攻めにされたので、パニックになった。

約束って現実と同じくらいの重みがあるから、予定が変わると対応できない。

ここに存在しないはずの人がいて、わたしに何かいっている上に、聞かれたくないこと聞いてくる!!!

って混乱して、マジギレしてしまった。

お茶をどうして二杯入れてるのかとか、椅子が二つ用意してある理由とか塩が置いてある理由とか答えられるけど今はいやなんだよ!!!!
集中したかったんだよ!

特にわたしは社会的なことを知らないから、約束をすごく大事にすることでやりすごしてきたところがあって、現実と、約束が異なると、びっくりしすぎて、理解を超えてしまう。

彼氏を驚かせてしまい、悪かったなあと思います。
ひどいことを言ってしまった。
約束を破るなんてひどいとか、いろいろいった。
嘘つきって。
洋服とりに来ただけだったのに。

反省したし仲直りしたいな…。