ダメが素敵

題名をずっと考えていた。
書くことも決まらないのだけれど、ブログは続けることが大事だと思う(何にとって大事なのかはわからない。自分にとって?)ので、書いている。

最近文章が硬いかなあと思うので、どうでも良いことを書きたい。

わたしにはダメなところがいっぱいある。で、長年かけて直そうとしたけれど悪化し、体調が悪くて、友だちとの約束もできないくらいになって(当日じゃないといけるかどうかわからない)、それでも残ってくれた友だちと細々と交遊している。

最近はだめなところがあっても良いじゃないかと思う。

自分ルールとしては、
先のことを考えない
目の前のことだけやる
ってことを実行している。

起きるときは、前だったら、起きたらあれもこれもしないといけないと思って、疲れて、そのまま寝てしまったけれど、今は起きることだけ、文字通り体を起こすことだけする。

わたしにとりえがひとつあるとしたら、仕事に遅刻せずいくことだけだ。それだけは守ろうと思っている。髪がくしゃくしゃでも化粧してなくてもたどり着いたらその場のわたしがなんとかするだろうと思っている。

仕事をするといろいろ発見がある。怯えるとなにもできなくなるんだなあ、とか、苦手なことは分解するとできるようになるとか。わたしの手伝いは、わからないことを分解して、指針を示し、励ますことに尽きる。それだけで、成績はバカみたいに伸びる。楽観的にいればいるほど信頼されて、成果も出る。わたしはダメだけど、ダメな方が生徒が頑張る。

恋人は、お互い高め合おうと言ってくる。まぶしい。まぶしいがわたしは彼に言うことなんてない。悪いところも見えない。わたしの悪いところも見逃してくれと思う。彼は本当は私のことを許していると思う。
納豆食べろとかねかぶはおいしいとか言う。お菓子は控えて、内蔵脂肪に気をつけてと言っておなかをぽんぽんたたく。愛があると思う。

わたしは一日のほとんどをうつらうつらして過ごす。
そういう所を話してはあるけれど、目の当たりにしたら彼はどう思うだろう?

わたしは生徒さんがダメなところを見せると愛おしいと思う。
ダメで良いじゃないかと思う。しょんぼりしていることのほとんどが、今は大きなことでも、あとになったら、たいしたことじゃないことがほとんどだ。問題が解けないとか、眠くなるとか。宿題をやらなくても嘘をつかなかったらそれで良いと思う。

ほんとの、ダメ、と素敵なダメ、があって、人を傷つけたり嘘をついたり、そういうのは本当のダメだけど、気の合う人の尊重できるダメは愛したい。と、思う。


具合が悪い

頭が痛いし、だるいし、具合が悪いです。おなかも気持ち悪い。

でも、気分は落ち込んでいないのでよかったなあ、と思います。
十年かけてデプロメールが効いたんだろうか。

この本を読んでいます。

授業で、銭湯という作品で、お風呂が壊れたから、会社を辞めた女の人が出て来て、理解できないと生徒さんと口々に言い合って買うことにしました。

彼氏のことで頭がいっぱいです。かっこいいし可愛いし明るいしまじめだし我慢強いし料理もうまいし、実在してるのかな、妄想じゃないのかなあと心配になります。


AERA 痴漢の記事について

痴漢にインタビューした珍しい記事。

女性を意志のない人形のように感じた、だから、悪いことをした、傷つけた、ということが腹に落ちるまでには長い道のりがあったとのこと。

怒りよりも何よりもまず、それが知りたかった。そして、やはり、そうだったのだ、と思った。

女に、というよりも、痴漢という行為に欲情しているのだ、ということは、なんとなく、感じていた。

わたしが高校生のときに痴漢にあったと話すと、「魅力があったんだね」「犬に噛まれたと思って」「自慢?」と言われた。痴漢を容認する空気があると感じた。

自分以外を、人間だと思えない、という感覚はよくわかる。わたしにもそういう感覚がある。そして、そう理解することになんの得があるのかとも思う気持ちもわかってしまう。究極的には、損得でさえ思えないんじゃないかと思う。

相手を人間だと思っていなければ、得も損もない。理解することで、自分がしていることが、「加害」だとわかってしまったら、自分の権利=痴漢する権利を侵害されたと感じるはずだ。それは、疑うこともないほど、当たり前のこととして、存在する権利なのだ。

わたしが他人を人間だと理解しているのは、他人がわたしを攻撃するからだ。そういう身もふたもない結論が出てしまう。他人を軽んじて、扱うと、痛い目を見る。他人を大切にすると、感謝や、行為など、甘い気分がかえってくる。そういう原始的でつまらないことを学んで来たから、相手を尊重するわたしがいる。

でも、その経験がない人がいたとしたら?男性中心の社会で、生きていると、そういう経験をしない人間が出来上がる可能性はあると思う。自分の世界から出てこなくても、安全な繭の中で、生きられてしまうから、自分の価値観が崩れない。

痴漢というのは、加害だ。

その簡単な事実さえ、認められない現実の中で、この記事が出たのは、本当に有意義なことだ。


おかあさんと空気

空気読まなくてよかった、ってことたくさんあります。

だいたい、失敗したのって空気読んだとき。

空気読んでついていったらセクハラされたり性暴力にあった。

空気読まなかったからいじめられても死ななかった。空気読んだら死んでたよ。学校にも行ったよ。何が起きているかわからなかったけどつらかった。

おかあさんが毒親になったのは、もともとおかあさんに絶望があったからだと思うけれど、おかあさんの絶望にかなり長い間付き合ったものの、最終的には逃げ出せたのも空気を読まなかったからだと思う。心の中を相当侵略されていたけれど、病気という形で自分自身にシグナルを出せて、にげだすきっかけにできたから、わたしはえらかった。

おかあさんは、わたしを具合悪くするようなことをして、それから、わたしのケアをするのが大好きだった。そうやってやりきれない時間を過ごしているように見えた。
わたしの不幸を望んで、でも、幸せにもなってほしい、自慢もしたい、そんな感じだった。
おかあさんはアドバイスも大好きだった。予言も大好きだった。
世界をコントロールしたかったんだと思う。
自分が不安定だったから。
わたしは一番、コントロールしやすい人形だった。

おかあさんと、わたしは、違う、ってことを理屈立てて考えられたのは発達障害のおかげ。資質のおかげ。感情はあるんだけど、感情に思考は相当左右されるんだけど、理屈状正しいことしか採用しない、って部分があったから、最終的に逃げ出せたんだと思う。

アダルトチルドレンだから、顔色をうかがうところもあった。もともと発達障害だから、顔色をうかがう、っていう状態に相当のストレスがあった。でも、当時はそんなこと知らなかった。孤独でも本の世界に逃げ出すことができて、さみしくても、がまんができたのは、わたし自身の力だ。

わたしはきっと育てにくい子どもだったんだろうな。

だけど、それももう昔のことだ。今はおかあさんに幸せになってほしい。

ときどき懐かしく思うし夜になると夢に見る。おかあさんの作った料理のことを考えたりもするけれど、おかあさんには、わたしに関係のないところで幸せになってほしい。大人だからきっとできるはず。おかあさんにはその力がまだ残っているはずと信じたい。わたしはおかあさんのいるところでは幸せになれない。空気を読んだら、おかあさんを許して、きっと感動の対面をしてしまうのだろうけれど、わたしは空気を読まない。おかあさんに償ってほしいと自然と思わなくなった。今は毎日が忙しく、楽しい、つらいこともたくさんあって、おかあさんに関係のない物語が増えていくことに忙しい。

おかあさんが、幸せじゃないのは、おかあさんの吐く息のにおいでわかった。
体調が悪そうな、曇ったにおい。
おかあさんは、いつも、幸せだと言った。
あんたたちがいて、幸せだと言った。
わたしは、おかあさんを幸せにするために命がけで必死だった。
いつも苦しくて、お風呂場で泣いた。
いつまでも出ることができなくて、おかあさんにお風呂を覗き込まれた。

おかあさんは空気みたいなものだった。
おかあさんの気分を読むことが空気を読むことに等しかった。おかあさんはわたしのことを境界性人格障害だと思っていた。妹もそう思っていた。わたしは自分で当てはまらないことが多いと思っていた。そして、そう思うのなら、病院にかからせてほしいと思っていた。

わたしに輝かしいキャリアを望むくせに、おかあさんはその邪魔をし続けていた。成績優秀であることを望むのに、勉強の環境を与えない。わたしを子ども扱いし、茶化し、からかう。尊重しない。侵害する。

おかあさんは、「言わなきゃわからない」といつも言っていた。「言ってもわからない」とわたしは思っていた。おかあさんは都合の悪いことは忘れた振りをする。間違っていたとは言わない。

わたしはそれをひとつひとつ覚えていて、その石が心の中でたまって、重くてたまらなくなったときに、家を飛び出した。

何もかも頼れなかったわたしを受け入れてくれる人はいて、わたしは感謝したと同時に、少しは、わたし自身が築いて来た人間関係が、助けてくれた部分もあるんだと思って自信に感じた。

おかあさんは空気だけど、おかあさんの空気もわたしだった。だから、わたしに対してありがたみはないけれど、いつも束縛していた。

わたしの人生に嫉妬していたんだと思う。そして、おかあさんは、わたしの欠けているところを最後まで認められないでもいた。矛盾が、おかあさんの中でいくつもあったから、おかあさんは苦しかったんだと思う、そして、おかあさんは同時に、外面もよかったから、平気でいる顔をして、世間に対して嘘をついたし、わたしにも嘘を強いた。

わたしは間違ったパートナーを選び続けた。わたしは自分を大切にしないひとを好きになったり、好かれたりした。わたしは案の定傷ついたたびに、おかあさんのもとに逃げ帰った。
そして、安心な繭の中で窒息しそうになるたびに、パートナーを捜しにいった。

おかあさんを捨てたら、大切にしてくれるパートナーを選べた。わたしにこんな力があったなんて、と思った。

生温いおかあさんの吐く息のにおいを嗅ぐこともない。
おかあさんがいなくても、わたしは息をして、生きていられるんだと思った。

そこは広くて、空気が澄んだ冬の夜で、星が綺麗な場所。
わたしはたったひとりで、でも、ひとりじゃない。いつでも、ひとりを選ぶけれど、孤独ではない。
息を吐くと白くて、足音が響き渡る。それは自分のための音楽を奏でているようで、おばさんにもらった暖かいコートの色は、大好きな深いグリーン。わたしはとても幸せだ。


世界が始まる夜

世界が始まるような気がしている。

わくわくしている。

ああ、くそったれ、わたしの今までのつらいことなんて、どうでもいい。

わたしに自尊感情がないんだろうと、自己肯定感がないんだろうと知ったことじゃない。

わたしは、ちょっとしたミスをしたら、死ぬほど怖くて、自分はダメなんだとショックを受けていたし、からかわれるのも嫌いだったけれど、図太い中年になった。めでたい。


あきらめとの付き合い方

昨日書いたエントリの続き


生徒さんを教えていると、「先生わからない」と言って問題を持ってくることが良くある。
聞いてみると、見た瞬間に、「無理だ」と思って読んでいない。
できないと信じることが、できないという現実を作る。その信念を捨てる。
本当はそれだけで問題の何割かは解決する。

だから、励まして、「良く読んだらできるよ」と言って、隣で見守っていると、「あれ、簡単だ」ということがよくある。

ここでの教訓は三つ。

問題は良く読まないといけない。
できないと思っても、励ましがあればできる。

そして、あきらめも肝心。

彼らが、宿題をあきらめたこと、その判断は正しい、ということ。

利用するべきものがあって、励まされてできるのだったら、励まされる場に持ってくる、という判断は正しい。

宿題を出すとき、わからなかったら、どんどん飛ばしてね、と言う。
じゃないと、わからない問題で凍り付いて、気持ちも落ち込んで、残りの宿題ができない場合があるからだ。
だから、得意な問題を先にやってもらう。
これは、気の持ちようじゃない。
気分は、戦略的にコントロールしないといけない。お金を払って来てもらっていることの一部は、気分をコントロールすることだと思っている。
気分は軽く見られがちだけれど、すべてを支配する。結果も支配する。
気の持ちようだとバカにする人も多いけれど、気の持ちようは、どうして、大変な問題だ。

気の持ちようをコントロールできるひとは、なかなかいない。病気になったら落ち込むし、体調が悪ければ、気力も湧かない。気力がなければ体調も悪くなる。気力が湧かない、自分は怠けている、と嘆いている人がいたら、そばに行って、良く寝てから運動しろ、できれば、散歩をしろ、と言ってやりたい。

生徒が難しい、と判断するときには、問題を良く読んでいない。
公式を知っていても、いくつかの解放のパターンを知っていても、その組み合わせで解けることがわからない。
それは、経験がないから。
俯瞰して見られないから。

俯瞰する、ためには、経験と学習が必要だ。

彼らは自分にはできない、と信じている。
その、まさに、能力がないと信じている事実が、枷となって、彼らから読む気力そのものを奪う。読解力を奪う。能力を奪う。

頭の善し悪しが左右する地点にたどり着いていないことがほとんどだ。あとは訓練不足だ。

そのことがわかれば、勉強は、他のことにも役立てられる。
問題を良く観察すること。自分にはできる、という前提で問題を分解すること。
無理そうだったら、励ましを得ること。
そもそも、自分にその問題を解くことが、必要なのか判断すること。

わたしは、人付き合いが不得手だし、整理整頓も書類も苦手だ。
良く読めばできるけれど、気力を使うから、その件では撤退した。
それはあきらめだ。
だけど、わたしはあきらめたことに焦っていない。焦っていないし、困ってもいない。善後策を考えたし、人間関係が、極力必要がない状態を作り続けている。それができたのは、問題を良く観察したからだ。

人間関係に対して、能力が欠けている、できない、と知って、それまでは意気消沈してフリーズしていた。自分を責め、なんでできないのかと自問自答していた。

しかし、それは、無駄だった。できないと、信じていたから、自分を貶めて、枠にはまらない自分が悪いのだと思い、それ以上のことを考えず、行動せず、それなのに、頭の中が常に忙しくて疲弊していた。

わたしは悪くない。できないことも悪くない。できるようになりたくもない。できる範囲ですれば良い。

そういう風に考えを手放して、それから、不安になっているよりも、きちんと正確に悩んで、何をどうしたら良いのか考えた。人間関係を減らし、信頼できる人とだけ人付き合いをすることにした。信頼できる人を常に探すために、知らない人とも定期的に新規交流し、その人と無理だったらさっさとあきらめて、無理に付き合うことをやめた。つなぎ止めることをあきらめた。そうしたら、それほどさみしいと思わなくなった。
人付き合いが苦手だと、生きていくことが「できない」と思うことが、わたしの問題だった。
それは卑屈だった。
わたしには、人付き合いは最小限で良かった。
わたしは卑屈すぎた。

人付き合いが苦手なことが問題だったのではなく。問題を錯覚して、自分を守ることをやめた。問題を錯覚していると、自分が守られる。

自分を限定していると、傷に向き合わなくて良い。

自分は頭が悪い、能力がない、と言っていても、誰も助けてはくれない。

問題を良く読むこと、何が問題なのか、隠れた意図を探し出すこと、全体の配分を考えること、時間と能力、体力をどのように使うか、維持するか、何を広げたいのか、そういう判断をした上で、あきらめることは、前向きな撤退だ。


女も男も怖かった

自分は、今は女でもいつか男になるのではないかと思っていた。

それは、心配でもなく希望でもなかった。ただ、そうなるんだろうな、と思っていた。

何年か経って自分が男に変化しなかったことに驚いた。

わたしは小学一年生だった。

中学生になって、同級生たちが色づいたのに驚いた。華やかになった。
女の集団と男の集団に別れた。
未分化だった世界から、はっきり別れた世界に変化した。それは華やかでありつつも、多様性のない世界だった。

わたしはどちらにもなじめずに、本の世界に逃げ込んだ。本の世界は自由だった。学問の世界には性別がなかった。

教師たちは数学は男のものだと、三年生になれば、女の成績は下がり、男の成績が上がるのだと言っていたが、わたしには何の関係もなかった。数学も成績もわたしのもので、勉強の世界ではどこまでも自由で、現実にはあるハンデも、頭の中の世界においては、なんのハードルにもならなかった。わたしは羽ばたいた。新しい知識を踏み台にして高く飛んでいきたかった。

女たちは前髪の美しさを競い、さらさらと音を立てていた。男たちは汗臭く、男くささを分泌させて、闘争の世界にいた。わたしは攻撃性と、垢抜けなさと、情けなさと、図太さを持って、空気を読まずにそこにいた。空気を読んでいたら、生きていけなかっただろう。わたしは女にも男にもなりきれなかった。いじめられていたけれど、うまく理解できなかった。理解できないなりにつらかった。それが加害だということが理解できなかった。靴を捨てられたり持ち物を隠されたりくすくす笑われていたけれど、ぼんやりと過ごしていた。守ってくれる人はいなかったから、そのことがつらいと自覚したらどこにも居場所がなかった。ただ、お風呂の中だけで泣いていた。

わたしが自分は女だと、理解したのは二十歳すぎてから。
それまでも男と付き合ったことはあったけれど、何かぼんやりとしていた。
周りが自分を女だというから、そういう風に受け取った。
でも、社会的な女の役割は受け取れなかった。体が女なのは見ればわかることだけれど、社会的な女には適性がないような気がいつもしていて、居心地が悪かった。

女らしさを競う集団にも女らしさを求めて嗤ってくる集団にもなじめず、いつも恐れていた。
わたしが人間じゃないことがばれてしまうことが恐ろしかった。

そうして、わたしは、自分が女じゃなくても良いと言ってくれる人に搾取されることになった。

そこから逃げ出すのには命がけだった。
女でも男でもない生き物になることは社会が許さないのだと思ったが、わたしには社会が認識できないのだった。

社会は男か女か、はっきりした何かで構成されていて、特に男がルールを定めているようだった。
だから、わたしはフェミニズムというものに関係する本を読んで、わたしは人が求める定義の女でなくてもいいのだと思った。

自分で決めていいのだとわかった。

今はこっそり自分で決めている。変だと言われるがそれで良いと思う。わたしにとっては周りがおかしい。


空気を壊すことを恐れず逃げろ、そして戦え

発達障害と診断されてから二年経つ。薬が変わった。

死にたくならない。頭の中で声がしない。うるさくない。自問自答しない。

嘆かなくなった。

病院の先生が教えてくれたのは、「空気を壊すことを恐れず、人と距離を置くこと。ヤバいと思ったら退席すること」
強制する雰囲気というのは、脅威だ。たいてい、その雰囲気を作り出す人は、何か搾取しようとしている。対抗しようとしても無駄だ。相手の方が上手なのだ。

だから、自分を守るためには、その場から逃げるのが手っ取り早い。断ったり、理由を説明したり、していると、巻き込まれてしまう場合が多い。理由は、他の理由で説得されてしまう。断ると隙を見せることになる。大事なのは理屈じゃなくて、感情だ。そのときの直感だ。直感は、今までの人生で培って来た、すべての経験を代表して判断するものだから、どんなものよりも正確だ。獣のように生きなくてはならない。

自己肯定感が低いと、自分を守るためのモチベーションが保てない。なんのために、自分を守るべきなのかそもそもわからない。だから、また、傷ついてしまう。傷つくことを選択してしまう。それは、自分から、選択しているように見える。外からも見えるし、自分からもそう思ってしまう。だから、そのために、さらに自己肯定感を低くしてしまう場合がある。

けれど、本当は、傷つきすぎて、逃げ足が鈍くなっているだけなのだ。
自分から選択しているように見えても、そうではない。
あきらめや、卑屈や、疲れが、そうしているだけだ。

わたしは、自分が発達障害で良かったなあ、と思うことがいっぱいある。
空気が読めなくて良かったなあと思う。
空気にそれほど価値があると感じなくて済むから、自由でいられる。
空気を読めないことで、卑屈になった頃もあったけれど、今では、それは能力なのだと思える。
周りに足並みを揃えることに、力を注がずに済むから、マイペースでも、地道に、自分に必要な技術を身につけていける。そのことに、価値を見いだせない頃もあったけれど、今では強みだとわかる。遠回りは近道なのだ。
急いではことを仕損じる。

生徒に勉強を教えていると、空気を読む子は自分の能力を低く抑える。
卑屈なことが、能力の重石になる。

周りにどう思われるか。それに時間と力を割いてしまって、必要な分野が花開かない場合もある。
そして、卑屈だから、自分が本当はできることを怖がってチャレンジできない場合もある。
できないと最初からあきらめて、一生懸命やった結果ダメだったら傷つくと、恐れてしまって、問題に向き合おうとしない。それは卑屈だから。
周りに、頭が悪いと思われているから、自分にそんなことができるはずもないし、頑張って勉強しているとばれてしまったら、恥ずかしいから。

そんなことが、能力を伸ばすことの邪魔になってしまう。

周りの目を気にしすぎて、本質から離れてしまう場合がある。
大事なことが見えなくなっている場合があると思う。
悩むよりも先に、行動してしまう方がずっと楽なのに、それができなくなってしまう。
頑張った結果、できないことが怖いのだ。

それは欲があるからだ。
自分は本当は対した人間だと思いたい、できない自分と向き合いたくない。
できない自分と向き合わなくては、問題点もわからないのに。

わたしは、時間を無駄にしたと嘆いていた頃、わたしは過去ばかり見ていて、現在の自分を大事にしていなかった。卑屈になっていた。今の自分にできることがないと思っていた。

本当は違う。

ショックな出来事があって、自分には何も残されていないと思えるときでも、失敗して、恥ずかしい思いをしても、それまでに獲得した知識も技術もなんの意味もないような気がしても。すべてを失ってしまい、今までして来たことが何一つ役に立たないと思ったとしても。

その時点の価値観が変動してしまっただけで、本当は何も変わらないのだ。

生きていることさえ、意味がないと思っても。今生きていることが、今までの積み重ねで、何も間違ってはいない、必要な道筋だと諭されても、うまく受け取れない夜でも。

逃げてしまえば良い。その環境から。自分を罰する環境、嘲笑する環境から逃げて、自分を評価してくれるところを探してしまうのが手っ取り早い。そうすると、自己嫌悪から解放される。死にたくならない。

死にたいと言う感情は強力で重たくて、すべての力を吸い取ってしまう。すべての気力を無にする。
周りが自信を持たせてくれる人ばかりだったら、だんだん死にたくならなくなる。死にたいという気持ちから逃れられたら、いくらでも力を発揮できるようになる。

生きていたいなんてまだ思えない。

だけど死にたい、という気分にとらわれることもなくなった。
死にたい、と考えているのだと思っていた。でも、あれは死にたいという気分だったのだ。気分とは恐ろしいものだ。すべての感覚と思考の方向を支配する。軽んじることはできない。気分を変えることは自分では難しい。気分とは外部に近い。

周りの目を気にしない。自分のペースでしたいことをする。快適に暮らせる分のお金を稼ぐ。卑屈にならない。
それさえできれば人は集まる。集まらなくても平気になる。充実する。楽しくなる。
楽しくなれば、よりできることが増える。できることが増えると、自由になる。自由が増えると、新しい考えが生まれる。少し前の自分を振り返ることができる。振り返ることができると、昔の自分の悩みを解決できる。その周期が信頼できるようになれば、今現在の苦悩にこだわらずに過ごせる。

今まで、現在の自分が、過去の自分を助けて来たように、未来の自分がきっとうまくやってくれるだろうと、信じられる。


排出

汚い話が続くので、気をつけてください。

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「言いたいことが言えないと、吐きやすいみたいだよ」と友人に教えられた。

今わたしはしょっちゅう、吐いたり、下痢したりする。
呪詛抜きダイエットでもそういうシーンが出てくる。

何かが引っかかって、出てこないことが、出て来たとき、体の外に出したいものがあるんだろうか。
今日は呪詛抜きダイエットを読んでいて、おかあさんにいじめられていたシーンを読んでいたら、急に下痢をした。それまでも、おなかが変な感じだったのだけど、麻痺していた。
今日は一日のんびりしていたから、症状が出て来たんだなーと思う。あんまり忙しいと、体が麻痺して、具合の悪さが表に出ない。

最近も、おかしを食べてしまうことはあるんだけど、前みたいに、おいしく感じない。
食べることもあっても、おいしいと感じない。でも、がつがつ食べてしまう。

今日はお菓子を残せたので、嬉しかった。

さっきは、温かい飲み物を飲んだ。

薬飲むと吐きそうになる。
今あんまりお薬飲みたい気分じゃないなと思う。少し減らしてもらった。
昼間眠くなくていい感じだ。

むかむかとか、するんじゃなくて、すぐ吐き出したい感じになる。
なんでなんだろうな。

ヨガの先生に、根掘り葉掘り、彼氏のことを聞かれて、わたしは泣き出してしまった。安らぐところで攻撃されたのでつらかった。ヨガをやる先生でも嫉妬はするんだと思った。

今、わたしは太っているけれど、前よりも太っていることが苦しくない。
体重計にものれるし、人にも太ってると、全力でアピールすることもなくなったし、否定することもなくなった。普通に受け流すことができる。

おなかがぽこんとでているし、二の腕が太いし、足も太い。おしりもでかい。
痩せているときには、二の腕が気になるとか背中の肉が気になるとか、考えたこともなかった。

ヨガの先生は美人で、健康美という感じだけれど、心の中は荒れている。
わたしは太っているけれど、他人を攻撃しない。

わたしはへんな服を着せられているときつらかった。
悲しかった。みじめだった。
でも、おかあさんはもういない。

好きなカッコウをしたいと思って、服をたくさん買った時期も終わった。
今は普通のカッコウで十分楽しめる。

コスメに凝った時期もあった。それも終わった。これは地味に続くだろうけれど、焦燥感に駆られて買うということはもうないんだろうと思う。

お金を焦って使う、ということが最近はない。

先月まで、あんなにお金がいくらあっても足りない、という感じだったのに、今月はそんなこともなく、あまりお金を使わずに暮らせている。
お菓子も残せたし、脂っこいものもそんなには食べていない。

不思議だなあと思う。成長したという感じはないけれど、ちょっと変わっているんだなあと思う。

買い物をしているときはいつも苦しかった。欲しくてたまらないけれど、欲しいという気持ちが差気張ってしまって、自分を傷つけているようで、痛くて痛くてたまらなかった。

食べているときも、無我の境地で、焦りながら食べているのだけれど、そういうことも、もうやめたい。止まらないで食べている、みたいなことをやめるのにはどうしたら良いんだろう。

心の中の虚しさ、何をやってもダメだ、という感じがなくなると良いのかもしれない。

生きているという感じを食べること以外で見いだせていけたら、良い。

吐いたり、下痢をしたり、するということは、わたしが食べるもので、体が傷ついている、ということだ。苦しんでいる、ということだ。

わたしは自分の体の言うことを聞いて、いたわりたい。そうすることで、幸せに近づけると思う。


選挙に行かなかった日

今回は選挙に行けたけど、行けなかったこともあります。

それは、住所が不定だったり、具合が悪かったりしていけなかったのです。

実家に、住民票があって、移していない頃もありました。(移さなくて良いと言われました)
忙しくてからだがつらくて、時間を取れなかったこともあります。

そして、投票していないからには、政治にものを言ってはいけないと思って、次の選挙までは口をつぐんでいました。
つらかったです。
選挙、いかないといけないな、と思っていたので。
でも、普通に、政治のことに口を出してもいいんだよなあー、と思います。

わたしは政治に関することをしている方だと思います。(団体には所属していませんが)
そういうのが無駄なことだとは思いません。
演説をして、タイムズ ジャパンに載ったこともあります。
政治家にも会って訴えました。

政治家に会っても、そのあと、その政治家が政策を決められるわけではないので、ものすごく国を動かすのは遠いなあ、難しいことなんだなあとめまいがする思いでした。
政治家に会うこともたいへんなことだなあと思いました。
政治家に会うのもたいへんなのに、その後、国が動く、ってのはもっとすごいことで、ちょっとやそっとじゃだめなんだなあ、と思いました。
でも無駄じゃなかったと思います。
自分にとって、その経験は、自分を元気にしたし、気長にやろうと思いました。
虚しくはありませんでした。

政治は世の中のことを決めることです。暮らしを規制するものです。
法律は、国ができることの枠組みを決めることです。内閣はその法律を実行する期間です。

何も手が届かないうちに、世の中が変わってしまうと、選挙だけでは追いつかない変化もたくさんあります。

公約を信じて、投票したのに、嘘をつかれることもたくさんありますし、公約以外で、思ったことと違う法律を作られたり、お金の使い道を決められたりするからです。

だから、選挙に行けなかった人も、めげずに、いろいろ考えたり行動したり思ったりするのは大事だと思います。

今は体がつらくても、事情があっても、力が爆発して、なにかできるようになるかもしれません。
ものを考えるのには力がいります。
でも、考えないと、だまされます。
だまされると傷つきます。
傷つくと、生きるのがだるくなります。
つらい気持ちになります。

生きている、という手応えを得るために、自分の意見を、表明することは大切なのです。

自分で、選んで、何かする、ということが間違っても、大切なのです。

選挙に行けなかった人は、自分を責めずに、行けるときに行けばいいし、できるように政治に関われば良いと思います。思ったとき、始めたいと思ったときが、始め時です。
どんなやり方でも良いと思います。
でも、できれば、思ってるだけじゃなくて、表現できれば、良いと思います。
人に言葉が届くと、次には、行動に変わります。
自分が行動できなくても、誰かに言葉が届いて、それが力になるときもあります。
選挙しないとだめ、ってわけじゃないと思います。
選挙行くのが一番効果的だと思いますが、それができないときもあります。
追記

面白かったブログです。

学のない私が思う政治と投票 – MUCHU人

 okaikosan.hateblo.jp
お探しのページは見つかりませんでした。 - はてなブログ
http://okaikosan.hateblo.jp/entry/20141214/1418542619