自分をいじめている

今、わたしは自分をいじめています。

失敗のことをいつまでも引きずっています。

これから気をつければいいことです。
立ち直りが早い方がずっといいです。

もうひとつ心配なのは同僚の人がまた嫌がらせをしてくる可能性があるからです。

そうしたら、「ご指導ありがとうございます」といって、切り抜けようと思います。


ちゃんと働くのは難しい

自閉症だからか、普通もそうなのか、わからないのだけど、人から悪意をもたれたとき、何が悪かったのかがわからなくて、とても悩む。

自分が悪くなくても、恨まれることはあるし、憎まれることもある。

その辺の割り切りができないのは、「わたし」だからなのか「誰」でもなのか、気になる。

気になっても仕方がないけれど、わかりたいと思う。

わからないと、苦しい。

失敗は失敗で終わったことなのだから、それでいいと思う。
わたしはそう思うけれど、そのあとで、わたしが反省していないと思って責めてくるひともいるから、難しいと思う。
昔は終わったことをぐじぐじと考えていたけれど、それで良かったことなんてひとつもなかった。

今は人から責められることでびくびくしているから、三歩進んで二歩下がるという感じだ。

わたしは、ちゃんと働けるのだろうか。

まだちょっとしか働いていないから自信がない。
働くと自信がつくからとてもいいことだ。つらいこともあるけれど、経験になる。

ほとんど働いていないような時間の使い方をしているし、家事も手伝ってもらっているし、援助もしてもらっているから、偉そうなことはとても言えないけれど、わたしなりに少しずつ前進していると思う。

昔は社会に参加したかった夢があって、それが叶ったのだから、それでいいとするほうがいい。
失敗したらまたやり直せばいいと、お医者さんも言っていた。
失敗してもいいから、働くといいよと。

ちゃんとかどうか、わからないけど、働いているから良い。
仕事が少ないと不安定になるから早く忙しい季節が来るといい。でも、時間は早く過ぎないから、文学フリマまで準備をしたり、バイク乗ったりして、楽しく過ごしたい。


頭の中がぐるぐるすること

頭の中がぐるぐるしています。

悪いことが頭の中を巡ります。

もう、誰にも信用されないかもしれない。

首になるかもしれない。

わたしはやっぱり人の気持ちがわからないのかもしれない。

どうしてだめだったのかわからないから、同じ失敗をするかもしれない。

ということを考えてしまいます。

楽観的に考えると、

信用してくれないのは上司と、生徒さんだけ。
首になったら新しい仕事を探せばいいこと。
人の気持ちがわからないのは普通の人であっても同じ。
同じ失敗をすることは、人間だから誰でもある。

という風になります。


具合が悪くて病院に行けない

バイクに乗ってお花見もしたいし、皮膚科にも行きたいのに、寒いような気がして、憂鬱で、病院に幾気がしません。

行けばいいのにと思います。

昨日のダブルブッキングの失敗で落ち込んでいるのかもしれません。

自分がどうして悪いのかわからないのです。

わからなくても、現実的に対処してなんとかなったのだから、いいのですが、割り切れないものがあります。

同僚の人がわたしに対して怒っているらしくてそれについても、あれやこれや考えてしまいます。
ミスが多いと上司にも言われました。

考えても考えなくても首にはなるのだから、それまでは考えずに楽しく勤務したいと思います。

病院に行くならソラナックスを飲まない方がいいと思って我慢していましたが、このブログを書いて、ソラナックスを飲むことにしました。

病院は別の日に行こうと思います。


眠りたくない

なんとなく眠りたくない。

一日昼間寝ていた性もあるのだけど、眠りたくない。

起きていても楽しいことはないし、ネット上の友だちもみんな眠ってしまっているから、起きていてもつまらないのだけど、起きていたい。眠りたくない。

これは体調を崩すから良くないし、ダイエットにも良くないので眠らないといけない。

だけど、起きていると学生時代みたいな気がする。


障害もあるし病気もあるから仕方がない

たとえば、アレルギーがあるのに「アレルギーだと思うからアレルギーなんだ、人生損している」と言われると変です。

そして、鬱があるのに、「鬱だと思うから鬱なんだ。人生損している」というのも変です。

障害があるのも同じことです。

わたしは精神病で手帳も二級持っていますが、認識と外界があやふやなほど、というわけでもないし、できることもあります。精神が異常、ということに定義は必要だと思いますが、異常という言い方よりも、不便がある、不便があるのに対して手帳があると便利なときもある、という感じでいます。

手帳は、わたしにとって、生きるための踏み台になっている感じです。なくてもいいけど、背伸びしなくてもいいです。

障害があるという手で触れる実体があると、「ああ、わたしは障害があるんだな、今日も無理しないでおこう」と思います。

障害があるからこれは無理だやめておこう、という考えは、人生を狭くする場合もあると思うのですが、あきらめることによって生まれる人生の余裕もあると思うのです。

無理をしないことで、他のことに対して楽観的になって、リラックスして行動できて、自分でできることが増えるような気がします。

手帳を持ちたくないひともいると思いますが、手帳はそんなにたいしたものじゃなくて、税金が安くなるくらい、映画が安く見られるくらいのものだと思っています。
わたしは年金は医師の反対でとっていません。年金があれば、生活が楽だなあと思っていますが、今はまだ少しでも働けるので、もっと働けるようになる可能性があるから、それの妨げにならないようにという理屈で今はとっていません。いずれとるかもしれませんが、偏見はもちたくありません。

お金は自由を増やします。

それと同じように、不便さを認めることは、自分の自由を認めて、自分を楽にするんだと思います。

楽にすることを長年怖がっていましたが、人間はそれほど怠惰な生き物ではないようです。
やっぱり、役割を与えられて、一生懸命した方が、楽しく生きられるみたいです。

楽になることを怖がっている人は、自分を信じていないのだと思います。
それは悲しいことだと思います。
自由ではないです。

不自由は悪いことではありませんが、快適なほうが好きです。


仕事で失敗しました

仕事で失敗しましたが、あまり、へこんでいません。

これでいいのだ!!!!!と思います。

へこんだところで、どうにもならないもん。

ちゃんと対応したし、怒られたけどけろっとしています。

昔なら一週間はへこんでいたと思いますが、今日はあまりへこんでいません。

だれだって、ミスはするし、しかたがないと思います。

これで首になったら、また新しい仕事を探せばいいし、たいしたことない!と思います。

信用は失うと取り戻すのに時間がかかるけど、あきれられてると期待されないのでそれはそれでいいかなと思います。


わたしとセックスの話題

わたしは性欲が強い方です。

人恋しいし、その上、男性との距離をとりにくいので、言われた通りにしてしまいがちです。

それは、女性だから、というのもあると思いますが、自閉症スペクトラムからきている部分もあると思うのです。

人との距離をとりにくい、言葉通りにとってしまう、だまされやすい、断れない…ということもありますし、できないことが多かったりしてきた歴史が長くて、自分を肯定する気持ちが低いせいで搾取されやすかったりします。

自分を大事にして、と言われても、大事にすることがなぜ必要なのかよくわからないのです。

だから、男にだまされたり、断りきれなかったり、ひどいことを言われても逃げられなかったりします。

空気を読まなくてはいけないと強く思っているせいで、相手の方が普通だから、普通の人に会わせなくてはいけない、と思いすぎて、危険な性的な領域に入ってしまうことが多々あります。

やっぱり、いやだ…とかが、言いにくいのです。

また、わたしの場合ですが、純血を保つとか、操を守るとか、一途になる、ということが少し理解しにくいのです。

あるときは、好きな人一筋に思っているのですが、ふっとしたときに、他の人のこともいいなと思うことが、どうして悪いのかよくわかっていません。
だから、それはトラブルになります。かといって、わたしはそれを曲げようとも思えないのです。


人生を楽しむ

思いつきで、トルコ旅行に行きました。

写真を四千枚撮りました。

思いつきで、散財するのは、とても生きているという感じがして楽しいです。

いつもと違う風景を見て、移動して、とても生きているという感じがしました。
一年分の貯金を全部使いました。

わたしは文句をいいながら、楽しいことがないと愚痴を言って、着物ばかりかって、一度も着なかった母のようにはなりたくないです。

わたしは、無駄のようでも、無駄なことをして、自分にお金を使いたいのです。いい気分になって、美しく装いたいのです。

装うと、怒鳴られ、罵詈雑言を浴びせられた二十代の一番いい時期を、母に搾取された怒りは、忘れられません。わたしは美しいときを、母に奪われて、性的にも侵入されました。

考えれば考えるほど、今の時間を母に持って行かれてしまいます。

だから、母のことは、忘れたいのです。殴ったり、皮肉ったり、嫌みを言ったり、どなったり、してきたせいで、楽しく生きられず、友だちもいなかった、かわいそうな私のことを救いたいのです。


自閉症スペクトラムと性的なこと

わたしは、フェミニズムの本を読んで、あまり、女性らしさというものにがっちり染まることが息苦しいと感じる方です。

その一方で、性的に奔放な一面もあります。

自閉症スペクトラムの本を読んで、あまり、大きく語られないのですが、自閉症スペクトラムなどの発達障害の人々の、セクシャリティ問題はあるのではないのか、と思うようになりました。

自閉症スペクトラムの人は独特な人との関わり方をしますし、性的規範に対しても独特な感じになるのではないか…と思います。

そういうことも考えてみてもいいかなと思います。