強姦した人のブログを読んで

強姦した人の(その人はその意識はない)ブログを読んだ。

わたしは何度か強姦されたことがあるので、とても疲労したけど、目が離せなくなって読み続けてしまった。

ああ、強姦する人はこんなに幼稚で自分のことしか考えておらず、どんなに抵抗しても、口先だけと都合良く解釈するんだと思った。

それどころが、普通のセックスだったとか、まあまあだったとか、言っている。
あんなに女の子が拒絶したのに、なにも届いていない。

わたしはとてもつらい気持ちになりました。


夜寝る前に食べるもの

夜眠る前に食べるものがクリームチーズ200グラムという地獄からは解放された。

今は食べたいと思わなくなった。

なんだったんだろう。

夜はおなかがすくけれど、脂質糖質炭水化物は減らさないといけないなあと思う。

甘いものとかもっちりしたものが、大好きで、夜更かしも大好きなので、口さみしくなってそういうものが欲しくなってしまうのだけど、お金も体重も大ダメージなので、止めたい。

そして、やせたい…。
今は肩も丸くて、これはこれで女らしいフォルムだから好きなのだけど、細い服も着たいので少しやせようかなと思う。


幸せ感

昔に比べて、幸せ感が強いです。

嫌なことをすぐ忘れるようになったからだと思います。

入院してから、気持ちの切り替えが早くなったというか、無意味に死にたくなったり、「失敗=死ぬ」になったりしないようになりました。

図太くなったというか、繊細ではなくなったというか。

知人に文章が読みやすくなったと言われました。

言われてみれば、文章を飾り立てたり、自分の思い通りにしようとしたり、しなくなりました。

自分の気持ちが伝わればいいなくらいに思って書いています。
昔はいろいろなことに力が入っていました。

失敗してみじめになることはあっても、今はそういうこともあるな!と流しています。
流しすぎても、信用を失うなあと思いますが。

おいしいものを食べたり、友だちと話したり、仕事がなくなったので自分の時間がゆっくり持てたりして、いいこともたくさんあります。

楽しいことが、地味な感じで増えていて、朝もちゃんと起きられるようになったので、良かったなあと思います。

入試の日から二週間寝込んでいましたが、めまいもなくなり、起きていれるようになりました。
そろそろ、生活リズムを戻して、自炊をして、お皿を使ってものを食べるようにしたいと思います。
たくさん眠りすぎていて、ここ数日二十時間ずつ寝るのが普通みたいになっていたので、眠っていてだるいのか、だるいので寝ているの変わらない状態でしたが、そろそろ起きてもふらふらしなくなりました。

明日はヘルパーさんが来る日なので、楽しみです。
八宝菜を作るかもしれません。

買い物に行くのも楽しみです。缶詰と野菜ジュースも買いたいです。

今日は生徒さんが一人だったのでちょうど良くお話しできて、疲れもしなくてよかったです。

昨日は友だちとお魚を焼いて食べるワインパーティーをしました。
友だちはガリガリにやせていたので、心配になりました。
わたしはストレスがあると食べるタイプなので、太るのが嫌だなあと思っていたのですが、そのやせ方をみると、太るのなんて全然問題にならないと思えるくらいでした。

だから、これからも時々、お魚を焼いて食べるパーティをしようと思いました。
あまりお金もかからないですし、いいなと思いました。


数字を書き間違える

書類を書くのがとても苦手です。

必ず間違えます。

悪気はないのですが、周りの人をいらいらさせます。

高校数学もできるので、書類を書くのがそれほどできないのが、注意散漫だとしか思われないのです。
すべてのパターンを間違えないと、正しく書けるようになりません。

不安な気持ちになりますし、上司に怒られます。
不機嫌な上司というのはそれはそれは恐ろしいものです。

最近は気持ちを切り替えるのが早くなり、怒られてもまあいいや、と思うようになりました。

これは成長なんだろうかと思います。


能力について

 yomcka.hatenadiary.jp 
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http://yomcka.hatenadiary.jp/entry/2014/03/18/085513

このエントリが面白かったです。

わたしは、能力のある方の障害者だと思います。
短い時間だとはいえ、働いているし…。

それでも支援が必要ですし、困っていることがたくさんあるので、少し書きます。

わたしは、叫んだりわめいたり暴れたりします。
泣いたり、徘徊したりもします。
最近は薬を飲んで落ち着いていますが、薬を飲まないと眠れなかったり、二十時間くらい眠ったりします。

ASではない自閉症スペクトラムです。

教えてもらったことはできるようになることもありますが、教えてもらえなかったことはできません。
言われたことは言われたようにやりますが、他の人の意思や空気を読んですることや、気配りはできません。

だから、逆に言うと、自分がそれはできないと思うので、「空気を読まないやつ」と言われると、「普通にならなくては」と理不尽な要求にも応えなくてはいけないと思ってしまって、理不尽なことを従順に受け入れてしまい、危険な目にあってしまったり、ノーと言えなかったりします。
そちらが空気を読めないこと自体よりも危険だったりします。

空気を読めないこと自体で困ることはないのですが、空気を読まないと責められたり、それで脅迫されてしまい、流されてしまうことが困ります。

生活能力が低いので、自己管理や整理整頓ができません。音や光に過敏なので、テレビもラジオも観られないし聴けません。

食器の洗いものができないです。水に触る感じがいやなのです。片付けは頭が混乱して泣きたくなります。
掃除機をかけるのもやり方はわかりますが、いつすればいいのかわかりません。

綺麗、汚いの価値基準がわからないのです。

ヘルパーさんがきて、どのくらいで汚いのかわかるようになりました。だから、最近、シンクだけは綺麗です。

ものを買うのが好きなのですが、片付けが苦手なので、なるべく買ったら、古いものをすぐ捨てるようにしています。でも、それもうまくいきません。

たとえば、ヘルパーさんが半年ためてしまったペットボトルを洗ってから乾かしてすぐに捨てられるようにしてくれました。
わたしはそれを三ヶ月放置していました。
捨てたかったのですが、カレンダーの見方がわからなかったこと、捨て方(捨て場にいくことが怖い、怒られるかもしれない、ネットがどれかわからない)がわからなかったので、できませんでした。

だから、ヘルパーさんと一緒にゴミ捨て場まで行って、カレンダーの見方を教えてもらって、どのネットにどの時間帯に入れたらいいのかも教えてもらって、具体的に教えてもらってから、ようやく捨てることができました。

こういう風に、わたしは、「具体的に生活の中で教えてもらう」ことが絶対に必要なのです。
(母や父には、生活の中の具体的なことについて教えてもらう機会がありませんでした)

決まった料理しか作らないのも、目の前で野菜を切ってもらって、どのくらいの火加減で炒めるのか、タイミングを言葉と見た目で教えてもらわないとできないせいです。

しかも、応用が利かないです。

最近、オムライスができるようになりました。ポトフと煮浸しもけっこうできるようになりました。
これで、食べるもので死ぬことはありません。

栄養バランスを良く、とアドバイスされても、わたしには伝わりません。

「野菜ジュースを買い置きして、一日一本飲みましょう」と言われて理解できます。

(だから一日一本とかそういうタイトルの野菜ジュースを買います)

抽象的なことは理解できるのですが、具体的なことができません。

これは生活に非常に支障が出ます。

仕事は、やることが具体的に決まっているので、できるのです。

でも、たとえば、英語を教えるのは苦手です。
なぜなら、英語には具体的な手順がないからです。

どうやって教えるのか、具体的な手順がないので、教えるのが苦手なのです。

自分がやってきたことは教えやすいので、数学を教えるのが一番気楽です。

わたしにはできないことが、いろいろあるんだと最近になって気づきました。
これまでは、他の人ができるけど、わたしができないことがあるということがぼんやりとしかしらなかったです。

わたしはスーパーマッケットが痛くて苦手なのです。
他の人にとってもそうなんだろうと思います。

でも、痛くないらしいのです。
わたしにとっては痛いとしか言いようのない場所ですが、楽しい人もいるようなのです。
音が痛いし、光も痛いし、赤い色が刺すみたいに感じます。

黄色も多いです。
黄色はぶたれてるみたいです。

わたしはおなかが痛いみたいな気持ちになっていけなくて、無意識に避けている場所がたくさんあります。

自分でも意識していないのでどこかわかりませんが、行動範囲を狭めていますし、むやみに疲れるので、やっぱり、無理をしているのだと思います。

疲れ方がひどいのはそのせいだと説明されてから、ようやくわかったことがたくさんありますし、これからも探して行くつもりです。


稼ぎが悪くなりました

一時的なバブルが終わり、稼ぎが悪くなりました。

でも、体調が悪化しているので、ちょうどいいタイミングだと思います。

意図的に衝動買いをしました。
生活日常品なので別にいいです。

社労士の資格を取ることを勧められました。

わたしとしては、子どもと関わることが好きなので、今の仕事を続けたいと思いますが、今は父の支援で成り立っている生活なので、少し考えないといけないと思っています。

わたしは子どもが欲しいです。
子どもが欲しいのならばお金が必要です。だから、子どもを産んで育てるためにはお金がいるから、それを実現するための手段として、社労士とか司法書士とかの資格を取るのはいいかもしれません。

一時、非常になかった集中力や、文字を読むことがとてもしんどい症状は薬を変えたことでずいぶん緩和されました。

でも、まだ受験勉強をすることができるかわかりません。

わたしの能力は、勉強に特化しているので、資格自体は取れるかもしれませんが、そのあと一日中起きて働けるかは疑問です。考えずにとればいいのかなとも思いますが…。

とにかく社労士をとってから考えればいいことですね。

わたしは、障害の特性上、勧められたことは鵜呑みにしてその通りに実行してしまうことがあります。

それはいいことに働くこともありますし、たとえば、デートなど性的なことが絡む場合は、非常に不利益になることがあります。

ただ、勉強や資格に関しては、わたしが損になることはないでしょうから、わたしのキャパさえ超えなければ、受けてもいいアドバイスかなと思いました。

こうまで稼ぎが減少すると、先行きが不安になります。

わたしは子どもを教えることが得意だし、好きです。
このままでいたいなあと思います。
ずっと続けばいいです。


わたしはとても賢い

わたしは、自分のことをとても賢いと思っています。

それはにじみ出るようです。
人の反感を買うこともありますし、逆にすごいと思ってもらえるときもあります。

でも、わたしはどちらにしろ、「わたしはとても賢い」と思っています。

それは自然なことです。地球が回るくらい、自然なことだと思っています。わたしはとても賢いです。

確かに人間界においては、「わたしは愚かしい」と言えます。新卒の良い時期に就職活動をしなかったことだとか、大学に二回も行ってみたりしたことです。

他にもばかばかしいことをたくさんしています。

でも、大切なことは、わたしがそれらの決断を「自分で」しているところです。自分でしていない決断については去年責任を持って対処したのでそれにも結末がついています。

わたしは、自分がこうしたいと思ってそうしたことには幸せを感じます。
後悔することもあるし、わたしってバカだなとか、勉強しかできないなとか思うことはありますが、やっぱり結局のところ、わたしはとても賢いと思っています。

わたしがとても傲慢なのは、自信があるとか、自己肯定感があると認識すらしていなくて、ただ、ああ、わたしって賢いな、と思っているところです。


わたしと障害と日常生活のこのごろ

確定申告にいったときのことをもう一度書こうと思います。
だんだん頭が整理できました。

去年の収入の10%が源泉で、所得税としてとられていたのですが、全額返ってくることにしました。
これでカードの支払いができます。
よかったですね。

障害者の皆さんは、退職した人も含めて、ぜひ確定申告にいってほしいと思います。
正社員の人で隠している人はいけないかもしれませんけど。

わたしは、税務署の人が親切にも経費を六十五万円まで認めてくれたので(なんていうかわたしが無知だったので気の毒がってくれたのか、いろいろ聞いてくれて経費になりそうなものをかき集めて六十五万円まで増やしてくれました)、控除が全部まとめて収入よりも上回りました。障害者控除も、社会保障控除もまとめた分です。

障害者控除はかなり大きくて、わたしは、障害者手帳が二級なんですけれども、なぜか特別障害者として申請されました(国税局を見る限り、精神障害者は一級から特別障害者として認められるのでこれは何かの間違いかもしれないです)。

でも、手帳はちゃんと見せましたから、わたしの認識の間違いかもしれませんが、得しました。

わたしはこのブログで「超働いている!」と書いているので、どれだけ忙しいんだ…と思われるかもしれませんが、実際は土曜を除いて三時間半から四時間以上働かないです。

一年に三ヶ月だけ一日中働く時期がありますが、そのあとすごく暇なのでなんとかなっています。

朝七時に一度起きて、ご飯を食べて、また寝て、お昼を食べて、また寝て、いやいや働く…という周期を繰り返しています。

事務とか経理とかPGとか、二度とできる気がしないです…。

わたしの周りの人は、障害を知っている人も含めて、わたしを障害者だと思ってはいないみたいです。
わたしは、障害者手帳を申請してはじめて、自分が障害者なんだなあと思いました。

それは、先生が忠告していたことでした。

障害者だと思ってできないと思ってはいけないよ…。
自立することを目指さないといけないよ…。
あなたならきっとできると僕は信じているよ。

わたしは、障害者手帳を持って、楽になった部分が大きかったです。

それまではすぐに死にたいと思っていましたが、
その死にたいという気持ちが「これが障害の結果なんだな」と客観的に見られるようになって、「病気だからできないのはしかたがない。他の方法でやればいいし、できなかったら寝ていればいい」と思えるようになったことです。

自分が健常者で、健常者みたいに振る舞わないといけない、というプレッシャーが強かったとき、つまり、わたしに診断がおりていない間は、とても苦しかったのですが、良い意味で「あーー、障害者なんだもん!できないんだもん!別の方法でやるもん」と開き直れたことがよかったです。
とはいえ、結局のところ、先生が心配していたように、「障害者だから逃げる」という風にはなっていないです。「結果的にやり遂げる」ところは守っています。
無理せず、結果的にやり遂げるために、障害者手帳が何となく役に立っている感じがします。

映画が安く見られたり、バス代が安かったり、税金が安かったり、医療費が安かったり(ただだったり)します。

わたしは結構いろいろできそうに見えるらしいです。
だから、経歴の割に塾講師なんてもったいないね、とか、なにをやってるんだ、もっと幸せになれよ…とか言われたりします。
でも、できないんだからしかたないじゃんね、と思います。

役所の人や、ヘルパーさんに、少しのことでもできるとほめられるととても嬉しいです。手帳をとる前だったり、母といるときだったら、できて当たり前と言われていたことだったのが、手帳をとってからほめてもらえるようになったので、生きることが楽になりました。

できないことを前提に話されるので、一日四時間も働いているということで驚かれたり(いつか手帳の級を下げられるんだろうか?)するのが新鮮でした。


ネイルについて

ネイルは優しい淡いオレンジをグラデーションにして、オレンジのラメを塗って、薬指だけタイダイに塗ったセットにしました。
男性は高いと驚くかもしれませんが、前のやつを落として、新しいのを塗って六千円です。

プラモデルやバイクの塗装を考えてほしいと思います。

削って、ベースを塗って、そのあとに色を重ね塗りを三回くらいしてから、ラメを塗って、そのあとクリアを塗って、そのあとトップコートを塗るので、全部で六回くらい塗装しています。

自分の爪を塗るのか、自分の持ち物を塗るのかの違いだと思います。

わたしの場合爪を塗るのは三つの理由があります。
ひとつは爪が割れやすくなったことです。これは加齢によるものです。
もうひとつは、生徒さんを喜ばせるためです。
「大人っていいな」「先生っていいな」「早くお金を稼げるようになりたい」「ネイリストになりたい」などとみんなあこがれを持ってくれます。夢を持たせることも仕事の一部だと思っています。

最後の理由は自分を喜ばせるためです。

自分の一部が美しいと、みじめにならずにすみます。
わたしは美しいものを見るのが好きです。

何も見るものがなくて、つらいとき、わたしはこれから爪先を見て時を耐えることにしようと思ったのです。