普通の1日

今日は朝ちゃんと起きて、アルバイトに出た。
やる気があって、いろいろなことができそうな気持ちになる。

何か作ったりしたい。

プログラムを勉強してみたいと思った。動くものが作りたい。

衝動が湧いてむずむずする。
こういう日が続くといいなと思う。


私が朝起きられない理由

朝、七時に目覚ましが鳴って、一度は目が覚める。
そのあともう一度眠る。
具合が悪くなったらどうしようと思う。
でも、一番の理由は、起きてもやることがないからだ。
具合が悪くなることはない。
強いていうと、具合が悪くなるかもしれないと、不安に思うこと自体が、病気だ。
どこからが病気で、どこからが怠惰なのか、区別をつける意味はないのだけど。
病気であろうとなかろうと、今の状態を変えた方がいいのだ。

本当はやることがあるのだけど、どうしてもやる気にならない。
そんなことじゃだめだ、と思う。やるべきことをやらないと、結局損をする。
そういうことを考えられるのは、午後である。
午後になると、もぞもぞと起きだして、顔を洗って着替える。
今日は京極夏彦の「魍魎の匣」を読んだ。

着替えてから、本を読んで、それからアルバイトに出かける。

私にはまぶたに傷あとがあって、今日はそれが一日気になった。
まぶたの皮膚が、覆いかぶさって、目が開きにくいのだ。
治るのかな、などと思う。
なんだか、わけもなくいろいろなことが不安なのだ。

私はアルバイトをしているけれど、正社員にならなくていいのか、もっと稼げないといけないのではと悩む。
足りない分は家族の援助を受けている。とても情けないし、恥ずかしい。

私は、明日全く別のことで悩むだろう。

悩むという状態だけは変わらずに、悩みの中身だけがくるくると節操なく入れ替わるのである。


私が精神病になった理由

病気を隠したくなるのはなぜだろう。
不思議だ。

自分自身の中に、病気であることを認めたくない気持ちもある。
病気にかっこわるいもかっこわるくないもないはずだけど(by おたんこナース)、なぜか恥じらってしまうお年頃なのであった。

私が病気になったのは、犯罪に巻き込まれたからだ。
ざっくり言うと、犯罪にあったせいで、世界に対する信頼感が失われてしまったのだった。
後ろを歩いている人が、いつ、私を刺すかわからない。
笑顔で話している目の前の人が、いきなり私を殴るかもしれない。
私は、無意識でも、意識の上でも、そんな風に思うようになった。
一回、起きたことはまた起きる、と私は思い込んでいるらしい。

そのせいで、いつも、周りをおどおどとうかがい、びくびくビックルし、危機に瀕した獣のように、いつでも臨戦態勢、退却可能なように、副交感神経だとか交感神経だとかがいかれてしまった。

毎日凶悪犯罪がどこかで発生している。
私も、もちろん、自分がその被害者になるなんて思いもしていなかった。

あのとき、あの時間、あの道を通っていなかったら…、と思うこともある。
思うこともあるというか、よく思う。
けれど、いくら思っても仕方がないことも事実だ。
起きてしまったのだから仕方がない。

そうはいっても、頭の中を切り替えるのはなかなか難しいので、一日のほとんどを、過去への悔恨で費やしてしまう。
本当にばかばかしいことだ。
時間は過去には向かっていないのだから。
いくら過去を悔いても、それがプラスになることは決してない。
悔恨というのは案外疲れる。エネルギーを持っていかれる。
私にとって、今一番チャレンジブルなのは、朝起きて、一日を「だるい。疲れた」と思わずに過ごすことだ。

本当は疲れていないし、だるくもない。
ただ、現実に向き合うことが恐ろしいのだった。
私は犯罪被害者であることを、極力隠して生活している。

もともと、精神的に安定している質ではなかった。
それで、不安定が加速して、今まで隠していたあらが剥き出しになった。

犯罪に巻き込まれたり、病気になってしまうことは、誰にでも起こりうる。
そこの交差点を曲がったら、その先には、犯罪者が待ち構えているかもしれない。
それは、誰にでも平等に起こりうる可能性だ。

そうしたら、安定した世界から放り出されて、どこまでも落ちていくことになる。

私は無根拠に、恐れ知らずに、自分だけは安全だと思い込んでいた。
こう書くと語弊があるかもしれない。
自分だけは大丈夫だなんて、傲慢な自分に気がついたことは、そもそもなかった。
そういう風に思い込んでいることが、意識にも上らないレベルだった。
だから、私の自意識としては、「明日、朝起きて会社いくのめんどくさいな」と思いながら、生活をしていただけだった。
それが、あの日、あの曲がり角で失われたのだった。


はじめに

私は精神病患者です。

毎日の生活の記録をとることにしました。

精神病患者の生活がどんなものか、症状と生活がどんな風にまざりあって、混乱しながらも1日をやり過ごすのか、資料として残したいというのが趣旨です。

ユーモアに欠け、面白さにも欠け、勤勉でもない、頭が良いわけでもない私が、一人の人間として、精神病患者という側面を持ちつつ、どう生活しているのかを記録します。頭の中がどんな風なのか書きたいと思います。