太った私は、とても醜い……だろうか。

今日一日具合が悪くて、寝床から出られず、そこから赤ちゃんを見守っていた。

精神安定剤を飲んだら、体の緊張が取れたのか、冷や汗が止まり、動けた。

それでも「シミがあって太っていて、こんなに醜いのだから人に会いたくない」という気持ちは消えなかった。手も、きれいじゃない。美人の手じゃない。

消えてしまいたいと思う。

わたしは父に会うたび、挨拶もせずに「また太った?シミがひどくて汚い」と言われた。

わたしは、そんなに気にしていなかったけれど、絶縁した中学生の時の同級生もシミがひどいと言ってきた。

シミを気にする人は合わない、だから、絶縁したんだけど、こだまのように、思い出されて、わたしを苦しめる。

シミがあったからといって、別ん誰に迷惑をかけるわけでもないのだけれど、それをわざわざ言ってくる人がいる。何も考えていないのだろう。それか、わたしを傷つけたいんだろう。肉体的な特徴をわざわざ私に告げたとしても、わたしにどうすることもできない。そんなことは考えればわかるが、考えなければわからない。考えることが面倒な人は考えないので、考えないで、言う。

考えない人のために、わたしの人生は、困難なものになった。

何をするのにも、否定的な言葉がよみがえる。

わたしは父に、老人はんひどいね、デブだね、口臭ひどいね、とは言っていない。もうすぐ禿げそうだし、本当に醜い生き物だね、とは言っていない。

そういう人は、自分が言われることは想定していない。

わたしに対して、シミがひどい、センスが悪い、だからあなたはだめなんだ、と一言目に言う人は、別にきれいな人じゃなかった。

でも、わたしは「髪が薄くて、みっともないね、痩せすぎだから醜いし、あなた、評判すごく悪いよ。けちだし、常識もないしね」とは言ってない。

こういう風にふるまったほうがいいですよ、普通の人に合わせたほうがいいですよ、みんなこういってます、という人もいるけれど、わたしはそういうのを聞くのもしんどい。知りたくない。

わたしは、わたしのやりたいことを邪魔されるのも指図されるのも嫌いだ。自分を大事にするほうがいいとか、だから、言うことを控えるべきだと言われるのも不愉快だ。

そういうのは、はっきり言えることが多いのだけど、美醜に対しては、そのまま受け取り、苦しくなってしまう。

ほかにも、あなたはこうだから駄目だ、というのを素直に聞いて、悩んでしまう。

そういうのもやめにしたい。

別に太っていて醜いおっさんなんて山ほどいうけど彼らはそんなこと気にしていないし、気づいていない。言われることもないんだろう。

それがうらやましいとはちっとも思わないけれど、鈍感だと生きやすいんだなと思う。

鈍感になりたくない。わたしはわたしでいたい。それなのに、太っていて醜い、だけで、消えてしまいたくなる。ふっと死にたくなる。


痛みこそが人の尊厳である

信田さよ子先生の本を読んだ。
「さよなら、お母さん: 墓守娘が決断する時 単行本 – 2011/10/17信田 さよ子 」

地震の後に書かれた本である。
わたし自身は、三十歳になるのをきっかけに、両親と決別した。
わたしは、ずっと母親が嫌だと言語化していた。十年かかってやっと親を捨てる決心がついた。

プロローグに胸を揺さぶられた。
「人の痛みが人の尊厳だ」ということが目に飛び込んできた。
わたしの「痛み」はなんのためにあるのか。
その回答がこれだと思ったのだ。
わたしの痛みはわたしのもの。
それがわたしをわたしだと形作る一部である。

自分の痛みを見ないことにした時、人は差別をするのだと思う。
自分よりも不幸な人がいるから耐えられると思う時、そこには「優越感」がある。ひとよりもましだという考えが、自分を力づける人がいる。自分と誰かを比較して、より不幸な人がいると思ったとき、その人は、誰かを支援するかもしれない。ボランティアをするかもしれない。
「自分の鬱などたいしたことがない」と思って、外に出る人もいるかもしれない。
しかし、それは自分の痛みを見ないことにした結果である。
誰かと自分の痛みとを比較して、それよりも「自分がまし」だという思うことで、自分の痛みを消す。
そうして生まれるパワーには問題がある。誰かを踏みつけにしているからである。

「なぜワイドショーを見るのか」と問われて「自分より不幸な人がいるから」と答えた人がいる。
人の不幸を探して、それを喜ぶ人である。
それからもう一歩すると、「あの人が不幸でも自分とは関係がない。自分よりも不幸な人がいるから自分は幸せである。不幸な人がいてよかった」から、「不幸な人を作ろう」「不幸な人を作るために力を奪おう」になる。そのガス抜きの仕組みが差別である。

セラピーでガス抜きをするのも、今はやっている「自分の機嫌は自分でとる」という流れも、「ポジティブに考えよう」という流れも、「痛みを無視して、現状維持をはかろう」ということだと思っている。
それは、問題を軽視し、なかったことにすることと、紙一重だ。
生きるための知恵だということと、その方法がまずくはないかということとは両立する。
余談だが、よくある、子供に対して
「あなたはそう思うんだね」と受け止めるやり方も、暴力になることをわきまえなくてはならない。
わたしは、母に「嫌だ」と訴えるたびに
「そうなの、あなたはそう思うんだね」と流されてきた。まさに、母に嫌だと訴えているのに、「なかったこと」にされているような、無力感を味わったものだ。

不満があったら伝え、それを解消する。お互いの距離感がおかしかったら調節する。それをわたしは重んじるようになった。
いろいろなことが起きて、変化する中で「現状維持」をしようとすると、歪みが現れると思っているからだ。

わたしの母は「斎藤学」先生の本を持っていた。親子関係の問題について、精神科医の立場から書かれた本だ。わたしはその本を読んで、自分の親がおかしいことに確信を持った。
ところが、母や妹は、その本を読んで、わたしにつきつけ、「ほら、お姉ちゃんはここに書いてある人とそっくりだよ、やっぱりおねえちゃんはおかしい」と言った。
同じ本を読んでも、「自分が暴力を振るっているのか」「それとも振るわれているのかもしれない」と思わず、「自分には関係がないけれど、おかしい人がいるらしい、ああ、自分はおかしくないみたいだ、よかった」と確認するために読む人もいるんだなと今では思うが、当時は、不思議だった。
どうして、「AC」の本を読んでも自分の家族の問題に気付かないでいられるんだろうか?と。

むしろ、彼らは、自分の問題をないことにして、世間というものに同一化するために読んでいたんだと思う。

わたしの母は「良い母親」になろうと思っていたんだと思う。「ベストな母よりベターな母であれ」みたいな本もあったし、トリイ・ヘイデンの本もあった。ドナ・ウィリアムズだってあった。
でも、わたしの母は「わたしにとって」良い母じゃなかった。
母は、今でも、わたしにたいして「悪いこと」をしたと思っていないだろう。
母は、世間に対して「良い母親」であったから。
「誰にとって良いのか」を考えないことを選んだ。
(子育てについて学ぶことと、子供を虐待することは両立できる)

育児には、子供に対してパワーがある。ケアを与える役割を一番に引き受けることで、子供に対して、権力を振るう場面が多くなる。
女性は経済力を巧みに奪われているので、ケアを通して、パワーを獲得する。
(だから、育児には、父親や行政の介入が必要だ)

わたしの母は
「しかたがない」「しょうがない」「そうするしかなかった」と言った。
実際には、いろいろな選択肢があった。でも、その選択肢を最初からなかったことにできるのが、上記の言葉である。
選択肢をなかったことにすれば、「選択した責任」もなかったことにできる。

「しかたがない」「そうするしかなかった」の根拠は、世間にただよう常識である。
大きな挫折を経験したとき、それを、自分から「そうするしかなかった」といえば、責任から逃れられる。
考えなくてよくなる。
それが、世間と同一化するということである。
他人から「そうするしかなかったとおもうよ」ということと、自分から「そうするしかなかった」ということは全く違う。
前者は、責任を実感している人にかけられる言葉で、後者は責任逃れをするための言葉だ。

世間と一度同一化してしまえば、それから逃れることを、彼女ら、彼らは、絶対に避ける。
もしも、「世間」から「個人」に戻れば、あやふやにした「挫折」の時点に戻らなくてはならなくなるからだ。

「離婚したほうがいい」ような状況になった。そのとき「世間では離婚しないほうがいいと言っているから」離婚しなかった。
そして、二十年、三十年くらい来たとする。
そうした人が、今更「個人として」考えると、「あのとき、結婚は失敗した。その後の選択も間違っていた」ということを認めなくてはならない。そうすると、「失敗した二十年、三十年」がその人に現れる。
その人に、それを受け止めるのは無理だ。
それは、その人が二十年前に「自分で選択するのは無理だ」と挫折を目の前にしてあきらめ、ごまかすような人だからだ。

わたしは、世間と同一化した、おばけのような人たちに苦しめられ、犠牲になってきたんだなと思った。
そして、彼らがわたしのような「子供」に謝ることを期待するのはほとんど不可能なんだなと思った。

自分の人生を放棄する人が一人いると、その周りには、差別が生まれ、虐待が生まれ、DVが生まれる。
自分を生きない人が、人を支配して、自分の生を確かめる。


悲しみは遅れてやってくる

身内が半年前に胃がんで亡くなった。
それから今やっと悲しい、すごく悲しいと感じた。
半年前、わたしは出産直後で、産後鬱になり、悲しむ余裕がなかった。
その人は、胃がんなのに、妻に働かされすぎて、弱って亡くなってしまった。彼は苦しいと言ったので、周りはみんな助けようとしたが、妻はそれを「陰謀」だと言って退けて、彼を働かせ続けた。そして、彼は亡くなった。
(実父も胃がんだ)
いい人でも悪い人でも人は死ぬのだけど、いい人が死ぬのは堪える。嫌な人でもそれなりに近しければ堪える。

今日、学資保険に入った。伴侶が亡くなっても、子に保証が入るタイプだ。保険会社が倒産しても、保険会社自体が保険に入っているので、9割保証されている。病気やケガ、傷害を負っても、入院しなくても、一日から保険金が入るようにしたので、たぶん大丈夫なはず。15歳になったら、終身タイプの生命保険に入れる。わたしたち親自身は、入ることができない。

わたしたちは、早めに死ぬ確率が高い。二人とも発達障害だからだ。特に、わたしは、ラピットサイクルタイプの双極性障害だから、自殺のリスクがすごく高い。悪くすると40歳で死ぬ。平均的に60歳くらいで死ぬらしい。
わたしはそういうことを「縁起でもないから考えない」というタイプじゃなくて、すごく考えるタイプだ。

実際、躁鬱の波のたびに、自殺の衝動は高まる。薬を飲んでコントロールしているけれど、何かショックなことやライフイベントがあると調子を崩す。

学資保険に入ったことをきっかけに、若くして亡くなった人のことを考えてしまう。
胃がんになる前は死ぬと思ってなかっただろうと思う。まじめな人で、体も丈夫そうに見えた。
死の寸前に自分の葬式の手配までして亡くなったことが本当につらくて悲しい。
妻にそういう能力がなかったのだと彼は知っていたのだ。そこまでしても、死後もめたのだから。
彼の遺品は、時計しかなかった。私物を持つことを許されていなかったのだ。
なにもかもが本当に悲しい。

わたしの子が産まれる一方で、同じ時期に、亡くなった人がいること。
わたしは、彼の死を悼む余裕がなかった。そして、今、余裕ができたので、とても悲しい。
悲しみが押し寄せてくる。

わたしは死に接近しながら生きている。躁と鬱のはざまで、浮き上がるとき、沈んでいくとき、わたしは死に近づく。
ときどき、本当に死にたいと思う時があって、子供のことを考えると、止められるときもあるが、そもそも、子のためにこそ、死んだほうがいいと思ったり、このことを思う余裕もない時もある。強い衝動に引っ張られて何も考えられなくなる。吸引力があるのだ。真っ黒な穴なのか、まぶしい光なのか、とにかく、そんな渦の中に飛び込んでしまいたくなる。そういう病気なのだ。
わたしの意思や、感情とは関係なく、周期的に呼び寄せられる病なのだ。
なんとか、死なないように、生きていたい。
人の死の喪失に、悲しいと思いながら、自分の死を思うのは卑しい。それでも、考えてしまう。
悲しみを感じていなかったからと言って、悲しくなかったわけじゃないのだ。その余裕がなかっただけ。

二度と会えないんだな。心に生きているなんて言葉もあるが、若くして亡くなった人については、ただむなしく思う。
また会えると思っていた。
でも、もう会えない。


「いい旦那さんね」と言われるのがつらい

うちの伴侶はよくやっていると思う。
でも、外の人に「いい旦那さんね」とわたしに向かって言う人がいる。
そう思うなら、そこに本人がいるので、本人に言ってほしい。

わたしは、人生の「サブ」になるのがいやだった。

それもあって、籍を一緒にはしていない。
でも、「伴侶が主」で、「わたしがサブ」扱いを受けることが多くてうんざりする。
それは一つずつは些細なことだ。

家事分担について聞かれて、正直に答えると「全部やってもらってるんじゃん」と言われることだとか。
そんなことはないのだけど。
もしそうだとしても、帝王切開をして、産後の肥立ちが悪く、二回もひどい出血をして、実家には一切の援助なく、わたし自身の病気や障害がある中で子育てをしているのだから、それぞれが精一杯のことをしないと、家が回らないのだ。
だから、やることはお互い当たり前である。
じゃないとわたしは死んでしまう。死んでほしいかと聞くと、伴侶は死んでほしくないという。
わたしに死んでほしくないなら、伴侶が動くしかない。

具合が悪いので、「全部やってもらってる」と言われると、じゃあ、わたしに死ねって言っているのと同じ意味になるけど?と思う。そんな覚悟もないくせに。

能力的には、わたしと、伴侶で違うないというか、分野によってはわたしのほうが優れている。
でも、対外的には、「彼の意見」「彼のできること」にフォーカスが当たって、わたしの意見はないがしろにされやすい。当たり前のように、彼に意見を聞く人が多い。

わたしは、子供を産んだことによって、人生における「伴侶のサブ」になったんだなと実感することが多くて、うんざりする。
この世から消えてしまいたいと思う。だって、彼がいるなら、わたしが世界に煎らないんじゃないのかと思う。

わたしは、家の運営をしている。ムードをよくして、清潔を保ち、栄養のある食事を作り、寝具を補充し、あらゆるものを管理している。
それは彼には手が回らずできないことだ。
必要なものを吟味して、購入して、暮らしやすくすることで、家族全員の健康を守っている。

それだって労働だが、社会の構造的に、そういうものは労働としてみなしていない。
むなしい。
もう、元気がないから、戦うことも難しいので、ただただ、そういう風潮がむなしい。
賃労働をするには、健康が必要で、健康を保つための前提となる労働がある。
わかりやすく言えば、ホームキープ、介護、育児。
そういうものを、賃労働に押し上げてきたのは良い傾向だ。それがなかったことにされていたころよりもいい。
自分でやることで、節約になるかというと、そういうことじゃない。
労働が見えなくなるということ。

子供を産み、育てると3000万円かかるというツイートがある。
わたしは、3000万円よりも、家族のほうが好きだ。
でも、どちらかを選ぶしかないより、両方ほしい。だから、もうちょっと頑張ってみる。


わたしがくるってしまうのは

わたしの心で何が起きているのか、全然見当もつかない。
思い出すのは、色気づきやがって、塗りたくりやがって、あんたなんてだれもみてない、みっともない、髪を伸ばせば汚らしいと言って断ち切りばさみで切られ、短ければかっぱみたい、スキンケアは一切許されない、鏡を見ていれば、自意識過剰、見ても何も変わらない、雑誌は無駄、お小遣いはお父さんからもらいなさいと言われお父さんに会えば小銭をうえからおとす、お年玉をもらえばだれがお返しをするんだと思っているんだとののしられて、「はやりならば鼻水もきれいっていうもんね」と出かけるときに言われて。
サークル参加したときに具合が悪い時には、わたしの本をもって、母親がサークル参加し、友達に会いに行き、高校の卒業式は、母の友達とご飯を食べることになって、写真館で撮った写真は母が前にいて私が後ろ、母はにこにこしていた。

成人式は「高校の卒業式したんだからいいでしょ」と言われた。
レースのブラウスを買ったら、「意味ない、へん、もったいないから返品しなさい」と言われて、服を買うたびにそれをされたのでつらかった。
そういうことを思い出しながら服を買うから、いつも罪悪感と重圧でいっぱいになりながら、その思い出をはねのけようとしながら買う。
今のがしたら二度と買えない、我慢する日々はもう二度とごめんだそう思って買ってしまう。
隙じゃ無い格好をするのは二度と嫌なんだ。
十五年前のおさがりを中高生と着せられて、みじめな思いをしたのを思い出す。服を着るのが怖かった。
外に出たくないから、家にいると邪魔だと言われて、外に出ても、外に出ていたなと怒鳴られ、家の中で気配を消してじっとしていたら、あんたは頭がおかしいと言われる。
とろい、融通が利かない、あたまでっかち、頭がおかしい、変な子、育てにくい子、かわいげのない子、うるさい子、そういう風に言われたことを服を買うたびに思い出す。
わたしは押しつぶされそうになりながら、それに抗おうとする。そうすると買いすぎてちょうどいい量が分からない。
盗られると思う。
わたしの数少ない買った服は、いつの間にか妹が着ていた。
妹はいつもブランドの服を買い与えられていた。成人式にも振袖を着ていた。
おしゃれだといつも褒められていたのは妹、それに比べてどんくさくて勉強だけの姉、気が利かない、何もできない、運動は苦手で無能で心がない、非情な子、非常識な子、友達がいない子、と言われていた。
受験に合格したら、「喜ぶな」「喜んだらそこで満足して成長が止まる」と言われて喜ぶことも禁止され、けがをしたら「とろいから、ほかの人の迷惑になった」
未知で倒れて、救急車を呼ばれたら「いくらかかると思ってるんだ」と胸ぐらをつかまれる。
病院に連れて行ってほしいと言ったら「私のほうが具合が悪い」「近所で噂になったらどうする」「迷惑なのはこっち」「運転したくない」
骨折をしても、病院に連れて行ってもらえず、骨折させた相手に私が謝らされた。わたしがとろいから。
服を買うということは、そういう背景が、わたしにくっついている。
趣味をするときも、勉強以外のことは無駄だから、やってはいけない、無能な、価値のない、お前がというセリフを振り払いながらするから、とても疲れて、過剰になる。
闘わないと、できない。
だからしんどい。
下着を買ってもらえなかった、みんなと同じようではなかった。
修学旅行の時みんなが新しいパジャマや下着、服を買ってもらうようなことはなかった。
みっともないみっともないといわれて、足の白さを人に言われたら「色気があるでしょ日に当たってないから」と言い、母は、わたしに赤ちゃん言葉でしか話しかけないでいて、成人した誕生日のプレゼントは三歳児対象のおもちゃだったから、わたしは泣いたが「泣くなんて意味が分からない、あんたは感謝の心がない頭がおかしい」と言われた。

わたしが、モノを扱うことや買うことについておかしいのは当然だと思う。
でもその当然をほかの人は知らないから、奇異な人間だと思う。思われてしまう。でも、いちいち、こんな説明はできない。
母には、ふろを覗かれ、あんたは肌が白いね、体が成長したと言われて、着替えを見られ、口にキスをされ、触られ、みじめで、自分の体が自分の者じゃないようだった。月経になったとき、パニックになって泣いたら、怒鳴れなじられ辱められた。
眠っていれば、たたき起こされて、眠っている暇があれば、勉強をしろ、ふらふらになれば、這ってでも学校には行けと言われていた。生理用品を使いすぎると言われて、いくら血が出るのか知らないけど、生理用品だってただじゃないんだからね、いくらかかると思っているんだ、変える頻度を少なくしろと言われて、その通りにしたら、同級生の男子に「なんかにおいする」と言われて死ぬほど恥ずかしかった。
母はそういう人で、わたしはそういう「普通」を生きた。


趣味とレギンス

レギンスをたくさん買ってしまった。
わたしは高校生の時にレースのブラウスを買ったら「ばかばかしい、返しなさい」と言われて、返した。
妹にはダサいとののしられ、おしゃれをしようとすると色気づいたと母親にバカにされた。
事件が起きて母を頼れず、乳の家に身を寄せたが、男物の服ばかりを渡されたり、ほぼ残量なしの、すみに粉が残ったアイシャドーや、マルチのアイシャドウの古いやつを渡されたりした。
ショートパンツを履けば「そういうところだめだ」と言われたり、「あなたのうちに慰謝料を払ったからうちは裕福じゃなかった」と言われたりした。
そういうことを思い出しながら、もらった男物の服を遅くなったが処分しようと思う。

わたしは浪費ばかりしている。パートナーは悲しい顔をする。
彼がわたしを責めることはありえないのだけど、わたしは顔色を窺ってしまう。
母親にしたように。母親にとって正解はなかったけれど、顔色を窺ってわたしがおどおどすると、イライラしながら気持ちがよさそうだった。
だから、わたしは、今でも顔色を窺ってしまう。

ほしいものをリストにして、それを買った。でも、そのあとにレギンスがほしくなってたくさん買ってしまった。
わたしも、レギンスそんなにいらないと買う前にパートナーに話した。でも、迷っていると。
で、買った。
それで、わたしは自分が分からなくなった。

わたしはおしゃれをしたかった。でも、できなくて、自分がみっともないと思い続けてきた。
今遅くなったから、早回しで、取り戻したい。だから、たくさん買ってしまいたい。
そうすることで、消化できたらいいのに。

趣味も少ない。パートナーと比べてしまう。
パートナーは、ピアノも、株も、勉強もする。
わたしは、手芸をするくらい。本を読むことは、具合が悪くてできない。
だからわたしは自分を劣っていると思う。わたしは、なんてだめで気持ちの悪い生き物なのだろう?
自分自身をコントロールすることができない。
わたしは、十二月三十一日から、午前一時から四時に起きて、どうしても眠れず、昼寝もしていないから、体がボロボロになってしまった。
今日は、昼間ふらついて、頭痛と吐き気がして、体に力が入らなくなった。
そして、通販でレギンスを買った。

主治医は、失敗しながら学んで、ま、いっか、で流しなさい、悩んでもその中からは何も出てこないから、と言った。
家事ができるようになったように、何年かかけて、少しずつできるようになるからといった。
わたしにも、人生を取り戻せるだろうか?

いろいろな人がわたしから、感情を奪っていった。
母はわたしに喜ぶなと言った。
そして、成人式を「高校の卒業式をしたからいいよね、もったいないから」と言った。

妹はもちろん振袖を着ていた。

ときどき、息が苦しくなって死にそうになる。空気がなくなったみたいになる。
趣味がない、わけじゃないのに、趣味がないわたしには中身がない空虚な人間でみすぼらしくこの世に存在するだけでこの世界を汚していると感じて、死にたいとも違って消え去りたくなる。何の痕跡も残さずに。


5chのヲチスレをちゃんと読んでみた

ネガティブなコメントがどうにも苦手です。
批判はもちろんされてしかるべきだと思うし、その批判に対して反論もします。
それとは別に、単に、わたしのことが気に入らないで悪口を言ってくる人がときどきいて、「なんでなのかなあ」と思うのです。
わたしは、ブログをやっているから、その人だって自分のブログで書けばいいと思ってしまうのです(それはわたしの都合ですけど)。
コメントで言われても同じだと言えば同じだけど、「自分はこういう意見を持っている、だから、この人のこの部分は気に入らない」というのには、自分のブログのほうがむいているんじゃないかなと思っています。

はてなブログで書いているときには、はてな女子スレッドというのがあって、直接リンクをされていたものだから、なんだろ?と思ってうっかり見に行ってしまったことがあります。

それで、気分が悪くなりました。

いろいろ調べて知ったのですが、いわゆるヲチ先の人が、スレッドを見るのは、「ヲチ先の人間が悪い」ということになっているらしく、それだけでバカにされるらしい。
そして、スレッドに反応すると「お返事した」といって、もっとバカにされるらしい、ということ。

スレッドを見たことを言ってはいけない、ましてや、スレッドを「晒し」すると、スレッドが燃える。
そういうことが分かりました。

だから、見ても、「見たことを気取らせてはいけない。気取らせると面倒なことになる」ということが暗黙の了解になっているようでした。
そして、変なことをすると「踊る」という風に言われるらしい。

よくわからないものは怖いので、一度とことん読んでみようと思って、ヲチスレばっかり読んでみました。
知らない人ばっかりです。

読んでいるうちに、だんだん興奮してきて、確かに、「この人はおかしい」と思うこともありました。
そして、「スレ住人」同士でも、喧嘩があったり、マウンティングがあったり、「スレ違い」と追い出されることもあったりするんだな、と。
空気の読み合いが激しい。ヲチ先の人をバカにするのだったら、どんなことにもケチをつける。
そして、当然、ヲチ先の人が、心を病んだり、体調を崩しても、責任はとらない(とれない)。
「読まなかったらよかったのに」「存在していることを言わなかったら、自分がヲチされるような人間だと知られることもなかったのに」という風に言われる。
どうも、ヲチされる人間だ、ということは、それだけで恥ずべき事、ということらしいのです。
で、ヲチしているのは恥ずかしい人間じゃないかというと、「ここにきている時点でブーメラン」(お前も見に来ている時点で同罪)という論理で、一応自分たちも恥ずかしい人間であるけれども、読みに来る欲求を抑えられないヲチ先の人のほうがもっとバカである、という無敵な理屈であるということがわかりました。
これは、理不尽すぎるなと思いました。
だから、5chのヲチスレでなるほど、と思えることは、実際にたくさんありました。でも、わたしはそのルール(言い返すことが最も見苦しいというルール)がどうしてもフェアだと思えないから、やっぱり、自分はブログに書いたり、SNSに書いたり、人格を一貫して保てるほうがいいなと思いました。

いろいろ腑に落ちる意見もあるし、SNSで書きにくいことを発散する場でもある。
自分の意見として、堂々と言うほどでもないけれど、誰かに言いたくなって書いた、というのもある。

でも、ヲチスレによるけれども、書き込みをする人間は案外少数なこと、原動力にはいろいろあるけれど、嫉妬、嫉み、不快感の吐露、のぞき見趣味、相手をコントロールしたいという欲望、そういうものを満たす場だということもわかりました。

(相談するスレッドや、情報交換するスレッドはきっと有益なんだと思います。身近な人にこそ、言えないことっていっぱいあるだろうし。ブログやSNSはまめじゃないとできないから、できない人の救済の場だということも思いました)

二十年ほど前、2chにさらされる、というのはたいへんな恐怖でした。
とにかく、アングラ、怖い、気持ち悪い、どろどろしている、というイメージでした。

でも、今はもっとカジュアルになり、高齢化もし、人間も減ったんだな、ということがわかりました。

一応、気が済んだので、もう、いいかな、という感じがしました。
自分のことに言及されていないタイミングで読めたので、あまり心が乱されないで、いろいろなことがわかってよかったです。

そして、ブログに直接コメントをする人は、人にもよるけど、正々堂々としている部分はあるから、そこは評価しないとな、と思いました。

過去の自分の反省点も見えて、ちょっと自分が変われたかなと思いました。
人からの見え方って、本当にどうしようもないから、距離を取るしかない、というのが、人に言われても腹に落ちませんでしたが、自分から、怖いものを見に行って、自分なりに理解できたので、腑に落ちました。

(でも、やっぱり頭に来たら、また見苦しい姿を見せてしまうんだろうな、とは思います。
腹が立って、ちゃんと怒るというのも、わたしにとっては大切なことではあるので、なかなかバランスがとりにくいですが)


三十代後半のおしゃれ

今より若くて痩せていて、すらっとしていて、肌もぴかぴかだったとき、わたしはおしゃれが怖かった。
お金がなかったんじゃない。
友達に誘われなかったんじゃない。
友達に渋谷に買い物に行こうと言われて「怖い」と断った。
何が怖かったんだろう?

育った環境が悪かった。自分が女だということに、自信を失っていた。
自尊心がボロボロになっていた。
だから、おしゃれできなかった。

今、わたしは、好きな服を買って、でも、まだ、定価で買えないでいる。
わたしには定価で服を買う価値がないと思っている。
安いものが似合うとどこかで思っている。
体や見た目に似合うんじゃなくて、「貧しい状態がお似合い」だと思っている。
でも、本当はそうじゃない。
身の丈に合ったくらいで、好きな服を買って、気持ちよく暮らす「権利」がわたしにはある。

若いころ、そういうものを奪われていた。
だから、今、怒っている。すごく。
わたしをそういう貧しいものにした者たちが、具体的に存在するから、わたしは怒る。

で、わたしは爪を塗る。
化粧もする。
「どこにいくわけ?誰に見せるわけでもないでしょ。誰もあんたのことなんて見てない。ファッションショーじゃあるまいし。
色気づきやがって。塗りたくってもきれいじゃない」と吐き捨て怒鳴りつける女は、今ここにはいない。
そして、もう会わなくていい。
何度も言い聞かせないと、会わないといけないんじゃないかという圧力に負けそうになるけれど。

わたしは、おしゃれをして、みっともないかもしれないけど、気分良く暮らしたい。
ブスで不細工でデブで汚い女なのかもしれない。そう思って仕方ない時のほうが多い。
そういうときは、茫然としているか、泣いているかしていて、たぶん、メンタルのせいで認知がおかしいんだと思って、精神安定剤を飲む。

ねえ、人をブスだとかデブだとか、シミがあるとか、塗りたくっても気持ち悪いとか言われることで、こんなにも人生が狂うんだよ。
わたしは絶対に許さないよ。
死ね、苦しんで死ね、と、いつでも思っている。
で、そういう自分のほうが、昔の「みっともないのがお似合い」だと思っていた自分よりもいい感じだと思う。


買ってはいけないと言われていた服を大人だから買った

ふわふわのシャギーのセーターと、やはりふわふわのワンピを買った。
実家では、自分の好きな服を買ってもけなされ、返して来いと言われていたので、おしゃれをするのが怖かった。
ふわふわのニットなんて、わたしには似合わないと思い込んでいた。

一緒に大学生活を送った友達は、ずっと渋谷で買い物をしよう、これも似合うよ、とかわいい服を勧めてくれたのに、わたしは「怖い」と言って断っていた。
それほど、わたしの心の中は母親に占められていた。

子供を産んで、わたしの親は、本当にひどいことをわたしにしていたのだとわかった。
柔らかくふわふわといい匂いのする赤ちゃんが、最近はよく笑う。
手をつないで、歌を歌うだけで喜んで遊んでくれる。散歩にも連れていく。きれいな服を着せる。
こんなに美しい生き物に、ひどいことをできたあの人たちはやはり異常者だった。それがよくわかった。
子供を産むと親の気持ちがわかるというが、わたしには余計わからなくなった。
産む前のほうが、「わたしにはわからない事情があったのだろう」と思えた。
実際に子育てをして、彼らの悪質さが、際立つ。どうしたって、この弱い生き物に、あれができることが理解できない。

ボロボロの服は、自尊心を削られた。
どう考えても、貧乏ではないのに、誰も着ていないような、時代遅れの服はつらかった。みじめだった。

ふわふわした服は、汚れる、誰が洗うんだ、似合わない、ファッションショーに行くわけでもあるまいし、色気づきやがって、など罵倒された。

わたしは、それが似合わないものだと思っていた。
時間は二度と戻らない。そのことを思うと、心がびゅっと穴が開いたような気がする。

それでも、わたしはこわごわと、ふわふわした服を買った。そんなに高価でもない。でも、わたしはとても幸せだ。

前述の友達はわたしに、「お母さんに子供を会わせないなんてかわいそう」と言った。
「かわいそうなのはわたしだ。会わせたいような親じゃないんだから、自業自得だ」と言い返せた。
でも、わたしは、やっぱりつらくなって、パニックになって、家で暴れた。

自分の人生を取り戻すことなんてできないかもしれない。
失った時間は絶対に帰ってこない。
今、あのとき着たかった服を着ても、気持ちは成仏しない。
あの時は着たかった事実は変わらない。その気持ちも消えない。

それでも、わたしは、服を買って、大事に着る。
わたしの傷は今も生々しい。わたしの青春も、一番柔らかな感受性を持っていたころ、みじめだった事実も、一番きれいだったころ、みっともない姿でいたことも、消えない。癒えない。

そんなわたしが、母に会うことはできない。
おしゃれは無価値なもの、おしゃれをするわたしをののしり、みっともない生き物だと思い込ませたあの人のそばにはいきたくない。

今でも悲しい。
ずっと悲しい。
悲しくて気が狂いそうな気持を、忘れようとしても、忘れることはできない。
波が押し寄せて、流されまいと、生活に縋り付いているだけ。錨のように、今持っている美しいものがわたしにはあるけれど、鏡に映るわたしは、中年で、フェイスラインも、体のラインも崩れている。
あの頃、わたしは美しくありたかった。きれいな、かわいい、気に入った服を着たかった。

わたしは、爪を塗る。朝起きたら、化粧をする。取り戻したいから。何をかわからない。
自己決定権のようなものかと思う。
でも、取り戻せない。むなしさに胸がかきむしられる。
それでも、続けるしかない。
わたしがわたしであるという戦いのために。

苦しく、悔しく、みじめな戦いだ。
絶対に取り戻せないものに抗って、頭の中の記憶はいつでも無差別に襲う。
そのたびに、わたしは狂う。


綺麗なもので心にシップをしたい

綺麗なもの、かわいいもの、美しいものを手に入れると、自分もきれいでかわいくて美しいものになれる気がする。
それは、気のせいだから、次から次へと消費の対象はうつる。目まぐるしく。
一回も袖を通さずに廃棄される服、化粧品、気まぐれに選ばれるアクセサリー。
自分の体のコントロールを奪われたことで、わたしは、自分の体や心のコントロールを失ってしまった。
コントロールを失うと、自分の体が自分のものだ、という当たり前の感覚がなくなる。
必然的に自尊心もなくなる。
一度、ひどい目に遭うと、ずっとひどい目に遭い続ける。そういう連鎖がある。
それは、わたしだけに起こったことじゃない。保育園で、年中の友達が、近所のお兄さんにお菓子と引き換えに体を触られると言っていた。でも、お母さんにそのことは言えないとも言っていた。そんな年齢から、わたしたちは、体も心も傷つけられ、幸せだとか安心だとか守られているという感覚を失ってしまった。
当たり前に得るものなのに。失うというよりも初めからなかった。

だから、わたしは、美しいもの綺麗なものかわいいものがほしい、それは、わたしがコントロールできるものだから。
買う、手に入れる、保存する、手入れをする、捨てる、無残に扱う、全部わたしの思うままだ。
普通に生きているだけで、娯楽にもSNSにも、心にやすりをかけられるような一言、言葉、情報があふれている。
歩けば、店に入れば、女という体は、人を、つまり日本において人と扱われるのは男だけだ、その男が、欲情するための媒介として、女の体が存在し、女は、あらゆる苦痛を、「快楽」に読み替える神経を持つものだというプロパガンダがふりまかれている。
針で刺されても、棒を突っ込まれ、こすられ、水攻めにされ、窒息され、拘束され、縛られ、殴られ、でも、女は、女という体さえ持っていたら、それらの苦痛は快楽になるのだと、そういう嘘が蔓延している。それをおかしいと言えば、「お前は気がくるっている」と言われる。

そして、あふれるそれらの加害性の高い情報を食べて、彼らは安心する、自分たちが持つ加害欲は、責められることもない「ただの性欲」なのだと肯定され、また、加害欲が再学習されていく。そして、わたしは無気力と無力を再学習する。

わたしの身に起きたひどいことは、勝手に起きたわけじゃなくて、男がわたしにしたことだ。
そして、わたしは学校に行けなくなった。だって、学校にはそいつがいたから。
わたしは、大学に行くのも苦痛だった。だって、男の大きな声がするから。
授業中にパニックになったときにも、教員にののしられた。「相手の子は何もしてないのにかわいそうでしょう」
その人は、セクハラ対策委員だった。比較文化論を研究していた。

わたしは、誰にも何もしていないが、わたしが行ける場所は限られている。学習するにも、体力も精神力もいるが、わたしは集中することができない。なぜなら、集中していると「あのこと」がいつでも浮かび上がってくるかもしれないからだ。
それが浮かび上がってきたら、わたしの体も心も「あのこと」に乗っ取られて、時間も「あのとき」に戻ってしまう。わたしは、現実を喪失している。

精神が不安定だから「メンヘラ」「きちがい」「頭がおかしい人」と言われる。
だって、それを言う人たちはわたしの過去なんて知らないのだから。
不安定で迷惑をかけるわたしの背景など、当然知ったことはない。だって、彼らは加害者ではない。そんなのは当たり前だと言い聞かせ、わたしはにっこりしながら早く死にたいと願う。ああ、そうだね、わたしは醜い、肉塊だ。

心臓がバクバクして呼吸が苦しくなる。空気がうまく吸えない。空気がなくなってしまったようだ。

早く忘れたらいいね、命があってよかったね、魅力的だということだからよかったね、自慢?
あなたがだらしないから目をつけられてそういう目に遭うんだよ、何度もそういう目に遭うってことは自衛する気がないか、もしかして望んでいるんじゃないの?

わたしは、わたしの体を一つ一つ切り落としたい。
あのことに触れた部分を一つ一つ切り落としたい。そうして、残った部分がきれいならば、その部分だけで生きなおしたいと願うのだけれど、そんなことができるはずもない。

わたしは、わたしが不安定になったのは当たり前だと思っている。
でも、仕方がないよね、と許されて、存在するくらいならば、消えてしまいたい。
わたしが「いてもいい」と許可を与えることができるあなたは、どうして、当たり前のように、わたしよりも「えらい」わけ?
どうして、許可を与え許すことができる立場に、あなたは当たり前に立てるの、そしてわたしはいつでも下の立場にいなければならないの?あのことがあっただけで。たまたま、あのことに出会わなかったあなたが。

がらくたを集めるようにしか、今日を生きることができない。
明日も生きられるのかわからない。
昨日生きていられたことはもう忘れてしまいたい。
心にやすりがかけられてしまうから、だから、心にシップをしたい。