クィア活動家への批判:女子トイレ・女湯問題について

この問題は、トランス女性、ネイティブ女性の対立というよりも、クィア活動家と、生活者としての女性(トランス、ノントランス問わず)との対立だとわたしは考えている。

社会の約束事

社会は、信頼を前提に成り立っている。それは、暗黙の了解だったり、道徳としてだったり、意識されていないくらい内面化されたものだったりする。

例えば、お金に価値があるのは、お金に価値があるとみんなが信頼しているからだ。これは紙切れであり金属である、それだけのものだとみんなが思えば、お金で何かを買うことはできなくなる。

クィア活動家の発言意図への解釈

わたしの理解するところでは、クィア理論は、その「自明さ」を自明ではないと撹乱するものだ。ある定義があれば、その定義をずらす、信頼によって成り立っているものがあれば、そんなものはないと突きつけるものだ。

だから、少年ブレンダさんが「女湯でグヘへと思っているmtfはいる」「女湯でちんこつきのまま何事もなく談笑した人もいる」というような発言、尾崎日菜子さんの「ちんこまたにはさんで、女湯にちーっす」発言は「撹乱」を目的としているのだとしたら、クィア理論のオーソドックスな実践と言える。

ジェンダーだけでなく、セックスも作られたものだと示していくこと。欲望は権力に作られたものだということ。タブーを作ることで、その欲望が明確になるということ。それらを示すための言葉ではないだろうか。

しかし、当然ながら、このような「撹乱」は社会の約束事を壊すことを目的としている。また、クィア理論では、「何事も自明ではない」「すべてのことは社会的に構築されたフィクションである」ことを示すことを最優先にしているようだ。

生活者は勉強ができない

何が起きるかというと、「約束事を守って生きている」人たちの社会への信頼や、それから得ている安心が破壊される。

論文を書くような人たちは、この「トランス女性が女子トイレ、女湯に入る」問題で、抗議している女性たち(それはネイティブ女性、トランス女性両方)についてとても冷たい。

「勉強が足りていない」「フェミニズムが後退している」という風にいう。「冷静になるまで、黙っていたほうがいい」「今までフェミニズムの何を学んできたんだ」というような呆れに近い態度を示す人が多い。それは、クィア理論を肯定し、支持する立場なら、理解できる。

しかし、いわゆる「普通の人たち」には、クィア理論も、一部のアカデミシャンのこれらの言葉はとても冷たく響く。

まず、普通の人たち、つまり、学生でもなく、論文を書くような立場でもない人たちは、一日の中で勉強に割ける時間や、体力や、お金がないので、勉強をすることができない。

また、勉強したいと思っても、どの本から読めばいいのか、皆目見当がつかない。

ネットでフェミニストを名乗ったり、名乗らなくても女性の権利を求める人たちは、自分たちの境遇についておかしいと思い、声をあげている。

わたしは、それがとても尊い行為だと思っている。

彼女たち、彼らたちは、手探りで、自分が知っている言葉を組み合わせて、窮状を訴え、自分の被害体験を語り、精神的に追い詰められて、時には荒い言葉さえ使いながら、今よりも良い世の中を次世代に贈ろうとしている。

論文を書くような人たちには、繰り返された論争をまた繰り返しているばかりか、議論の蓄積を劣化させているように見えるのかもしれない。けれど、わたしも含めて、学術的な論争を過去にさかのぼって読み返す余力はないのだ。

クィア理論が脅かす、弱い人たちについて

わたしが心配しているのは、弱い人たちのことだ。

知的障碍者、認知症、精神疾患、精神障害者、これらの人たちは、慣習を学ぶことがとても難しい。けれど、パターンを繰り返すことで、なんとか慣習を身に着け、それに従って、最低限度、適応した生活を目指している。

具体的に言えば、上記の集団に属する人が、毎回同じ公衆浴場に小さいころから連れて行ってもらい、とうとう一人で行くことができるようになった人がいるとする。それは彼女や彼の習慣になった。そして、それが限られた生活の中での数少ない楽しみだとする。

しかし、クィア理論は、こうした「安心」に基づく習慣を破壊する。

いつもと違うことが起きた場合、上記の人たちは、ひどい混乱に陥る。精神的にも、生活も、「崩れて」しまうだろう。崩れる、という表現を知らない人には、病状が悪化するというとわかりやすいかもしれない。ショックから、起きれなくなったり、食べられなくなったり、自分の体や心を傷つける行為をしてしまったり、パニックに陥ったりして、毎日の生活が送れなくなる可能性があるのだ。わたしに関していえば、絶対にそうなると予測できる。

自明のものを問い直し、それが当然ではない、と突きつけることで、社会の認識を変えていく、という活動が呼び起こすのは、知や教養へのアクセスを閉ざされた人たちの生活の破壊である。

わたしを含め、普段、入浴しているとき、「男の形をしている人」や、「性的な目で見る人」がいないのは、習慣の前提になっている。それが覆されたとき、起きるのはパニックだ。

「ここには怖い思いをさせる人はいないからね」「男の人がこの場所に来ることはないよ」と長年教えられ、そうしてきた人たちに「恐怖を捨てて理解しろ」というのは無理である。能力的にできない人がいるのだ。理解を拒むとか、かたくなに無知でいたがるとかそういうことではなく、できない人がいる。

そうした人たちを、排除したまま、クィア理論の導くままに社会を構築することは正しくない。日本のような、性犯罪を防ぐことも、裁くことも、不十分な社会においては。

学びから排除されたがゆえに、フェミニズムからも排除される

わたしは、たとえ間違ったとしても、自分で考え、発言することが尊いのだと信じて生きてきた。

でも、勉強不足だ、それがフェミニズムを後退させると、知の最先端の人のセリフがなんと悲しく響くことか。

わたしは、障害のために、本を読む力が出ない時がある。

生活の中で、細切れの時間しかなくて、じっくりと考えることが難しくもある。体力がなくて、起きていることができない。頭にもやがかかったようになって、勉強ができない。感情が不安手になって何もできない時もある。お金がない時には、食料と家賃を払うことで汲々としていた。

でも、こうした状況は特別なものじゃない。

今、生きている人たちは、生活に直結するような勉強しかできない状況である。首都圏以外の女性は特に大学進学率が低い。大学に行けるとしても、資格を取れる、食べることに困らない仕事が確実にある学部を選ぶ人がとても多い。知から排除されているがゆえに、フェミニズムが必要なのに、勉強不足だから語るなと言われる。教育格差は明らかで、知へのアクセスが困難なのに、勉強不足で、ほかの人を差別する前に黙ったほうがいいと言われる。

ネイティブ女性が黙っていれば、丸く収まるのだ。丸く収めないために、わたしは語るのだ。

わたしが二十年前に、フェミニズムを学びたいと思ったとき、わたしはそのときまだフェミニズムという単語を知らなかった。

女性の権利運動、ウーマンリブ、という言葉を教科書で知っていたので、そこから始めた。上野千鶴子という名前は知っていたから、その本を読もうとしたが、単語が難しくて、意味が分からなかった。

そこで、「東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ」を見つけたときには本当にうれしかった。「フェ」といって、役人と話しあうくだりには共感した。わたしの周りには、フェミニズムを知っている人がいなかった。家に、田嶋陽子さんの本があったのは恵まれていたのだろう。

この本をどう使ったのかというと、参考文献をひたすら探して読んでいったのだ。もちろん、全部を読むことはできなかった。それでも、そこから勉強を広げていくことができた。

それから二十年たち、わたしはあのころから知識をアップデートできていない。だから、あのころからの二十年の議論の蓄積があったとしても、知らない。

けれど、今は二十年前よりも、状況は悪化している。だから、二十年前の知識でも、そう違和感なく、語ることができてしまうのだと思う。

フェミニズムは後退したか

どれだけ理論が進んでいっても、現実は後退しているから、ネットでフェミニズム的な発言をする人たちの、フロントラインが後退して見えるのは当然だ。これらの人たちが心配しているのは、自分のことだけではない。頭に浮かぶ、子供、病気の人、変化に弱い人、障害を持つ人たちの顔のために戦っているのだろう。

それが後退と呼べるだろうか?

二十年前、フェミニズムという言葉を知ることができなかったような人たちが、その言葉を手にすることができる今が、後退したと言えるだろうか。

弱い人を守るためのルール

弱い人たちを守るためには、ルールをある程度単純化して、わかりやすく、伝えやすくしておく必要がある。そして、そのルールは必要なだけ、反復しなくては、身体的に身につかない。

「ここには基本的に女性が来るけれど、心が女性で、身体は男性も来る。けれども、心も体も男性の人が来る場合もあるから、その時には逃げるんだよ」と説明して、理解するのがかなり難しいような弱い人がいる。そうした人は混乱するだろう。今まで教えられたことと違いすぎる上に、考えることが多いから。わたしも、現実にそういうことがあったら、混乱するし、病状が悪化するだろう。

社会の、自明であることを破壊する、定義をずらしていく、ということは、具体的にはこういうことなのだ。

こうした人に「勉強不足だから、トランスフォビアから逃れられないのだ。恐怖を克服するために学ぶべきだ」と言っても、意味がない。能力的にできなかったり、経済的、時間的、体力的にできない人がたくさんいるのだから。

もちろん、トランス女性、トランス男性にも、障害を持つ人、病気の人はいるだろうけれど。

クィア理論と、社会の信頼を自明のものとして、それを前提に行動せざるを得ない人とは、とても相性が悪い。

アカデミシャンの中には、こうしたことを考えていないのではないか、と疑わざるを得ない人がいる。

頑迷で、硬直し、偏見に満ちたように賢い人には見えるだろう「フェミニスト」の中には、こうした困難を抱えて発言している人が多くいると私は思っている。わたし自身もそうだから。

「クィア活動家」と「生活者」の対立

わたしは、女子トイレ、女湯に、トランス女性が入ることについての議論は、「クィア活動家」と「生活者としての女性」の対立だと理解している。

先に述べたように、クィア理論は、自明とされたことを破壊することで、クィアを成り立たせることを目的とした理論(もちろん、わたしが理解したところではという前提だ)なので、自明のなかに含まれる、信頼を基盤とした安心を破壊するものに、困難を抱えた人々が反発するのは当然だと思う。反発するだけでなく、激高し、感情的になるのは、信頼を基盤とした安心を壊されることで、自分や、守るべき弱い人が危険にさらされるからである。

女湯で、無防備になっても、性的にみる人がいない、男性がいない、というのは、建前である。しかし、その建前が、人の最低限の安心を担保している。その建前を実はないのだと示すことで、行き場がなくなるのは困難を抱えている人々である。

トランス女性が、困難を抱えてないとは言わない。だが、クィア活動家は、ネイティブ女性たちの個別の事情よりも、「自明のことを突き崩す」クィア理論を優先しているのだから、わたしはそれに抗うよりほかにはない。

「勉強不足」は脅しに響く

大学にいるような人たちに「勉強が足りていない」「勉強ができていない」と言われるのは、恐怖である。学校教育の中で、勉強ができない人と言われることが怖かった人は多いだろう。

それを思い出すのだ。

そのうえ、勉強が足りていないのだから、深刻な差別を引き起こす前に黙ったほうがいい、と権威のある人に言われるも非常に恐ろしいことである。

しかし、黙ったところで、トイレや公衆浴場、ネイティブ女性のみが入れる施設に対して、それ以外が入れる法案が、他国で性急に成立したのは事実である。日本でそれが起きないとはいえない。

恐怖はコントロールできない

日本で性急に法律ができるわけじゃないから恐怖を引き離してほしい、と言った弁護士がいる。性急に法案ができるかどうかは、コントロールできないことだ。コントロールできないことに恐怖を抱くのは当然だ。恐怖をコントロールしてほしいといわれたところで、コントロールするかどうか、またそれが可能かどうかは、わたしの問題なので、その部分に口を出されることも不愉快だ。

わたし自身は、男性があまりに恐ろしくて、入院した際にも、個室から出られなかったことがある。その時から七年たったけれども、一人で外出することはほとんどない。怖いからだ。怖くないほうが自分にだって都合がいい。でも、それができないから、不便でも、ほぼ家に引きこもっている。そのせいで、就労機会を逃してもいる。わたしは恐怖をコントロールできない。

また、その恐怖には根拠がある。男性から、女性への暴力は多い。暴力からも、その恐怖、後遺症、セカンドレイプから守られもしない。

勉強をたくさんしてきたり。フェミニズムを専門に学んできたり、論文を書くような人たちは、確かに理論に詳しいのだろう。でも、わたしたちにも経験してきたことがあり、困りごとがあり、守るべき人がいる。理論的に、フェミニズムが後退したと言われても、現実に抗するために、後退したと言われることを甘受する。それは現実に対応しているだけだから。

勉強することで、悩んでいたことがすっきりして、見通しが良くなることは、みんなわかっている。わかっていてもできないのだ。

不十分なまま語り、進む

トランス女性たちも、困難を抱えているのだろう。

でも、ネイティブ女性たちも困難を抱えている。

二つの困難が、どちらの犠牲もなく、解決するならどんなにいいだろうか。それに反対する人は少ないだろう。

わたしは、トランス女性の困難を本当の意味で理解することはできない。自分ではないから。そして、自分の困難を、真の意味で理解されることもないとわかっている。それでも、語らなくてはならない。誰も代弁できない。そして、代弁すべきでもないから。

だから、勉強不足だから、人を差別する前に黙ったほうがいい、ということを絶対に拒否する。自分の意思で必要だと思った時以外には。

クィア活動家から示されたことを飲み込むと、ネイティブ女性や知的、精神障害を持つ人、病気の人が犠牲になる。

反知性主義に陥っている、と言われたとしても、わたしは、生活を守りたいのだ。安心して、安全に暮らせること、就労や就学機会の損失をなくすことを求めて、今まで発言してきた。

自分の思うことを語るために生きている。

正解かどうか、賢い人の顔色を窺って、忖度して語るのはまっぴらだ。それはずっとしてきたことだ。それでわたしは生きる活力を失ったのだ。

フェミニストたちは、第一波から、ずっと論争を繰り返し、反目し、論争を繰り返し、同じようなことを繰り返してきた。それは今に始まったことではない。愚かだ、と言われても来た。

生活者が、自分の思うことを表現するのに恥じることはない。いつだって勉強は足りない。十分に勉強してからでは人生が終わってしまう。

障害者にも、またほかの困難を抱えた人々にも、フェミニズムは必要だから、わたしは勉強不足のまま語る。

わたしの知的水準がフェミニズムのアカデミシャンの求める水準に達することはないだろう。

けれど、誰もわたしの代弁はできないから、不十分に、不十分のまま、語らなくてはならない。

わたしが完全になることは決してないから。


ミソジニーの仕組み

完璧な○○は差別

近頃、「女」というのはどう定義されているかずっと考えていたのだけど、「純女」という言葉をみて、「純女」って何だろうなと思った。

生まれてこの方ずっと女、ってことだと思うのだけど。

完璧な日本人、完璧なドイツ人、完璧な男、というのを考えてみると、それらは、すべて完璧じゃないものを排除している言葉だなと気づいた。帝国主義的っぽい。

自分たちが「完璧な○○の集団だよな」と確認し合って団結し合うためには、「あいつらとは違う」と、いかに違うか言い合って、「違うあいつら」との扱いを変えるのが一番いい。

これが完璧な〇〇が差別だという理由だ。

男社会(ホモソーシャル)の仕組み

男の社会というものは、「あいつは女みたいなやつだ」「あいつは男の中の男だ」「本物の男だ」と言いながら、常に確認し合っている。わたしには、すごくいちゃついているように見える。

でも、彼らは、自分たちがお互いに欲望していないってことにしたい。男に欲望されたら、自分が「女」ってことになってしまうからだ。彼らは、求める者(主体)が男で、求められる者(客体)が女だと思っている。

もし、男から求められて、貫かれてしまったら、「お前は男の中の男だ」と言い合える男社会の一員でなくなるから、主体でいることに必死だ。客体として扱われれることを防ぐために、アリバイとして「女」ってものが必要だ。女を所有することで、自分は男の社会を脅かさないし、男からの欲望も必要ないということが示せる。だから、男社会は「女」を発明したのだと思う。

男社会にいながら、女が「女」を主体的に定義することは不可能だ

わたしは、二週間くらいずっと考えているけれど、「女」というものがなんなのかはっきり定義できない。not男としての、男の否定としての女しか思いつかない。生まれたとき、性器の形状でどちらかに割り振られて、そういう風に扱われたから、今「女」になったという感じ。

主体的に「女」だとはとても言えなくて、「しかたがない」といって、現状追認しているうちにどんどん女になっていった。

今、脱コルセットが、若い世代のフェミニストで話題になっているけど、もう、年を取りすぎていてとってもじゃないけど、無理。理屈上は、正しいと思わないといけないな、と思うけれど、いろいろな経験が彼女らにうなずくことを邪魔する。

若かったらできたと思う。若いころモヒカンにしたことがあった。でも、女の形をして生きていたら、どんな姿でも女として認識され、どのような暴力も防げない。そういう経験をして、無力を学習してしまった。そういう染みついた汚れみたいなものが、若い人たちの新しい運動を応援できなくして、思考や行動が硬直化していくのが自分でもわかる。

女の記号を身にまとうこと

布一枚でも身にまとっていたら、それが社会に対してどんなスタンスをとっているか、表明することになる。服装というのは社会的なメッセージだ。

女らしく女の姿でいることが、社会からの要請の追認なのか、それとも自分は男ではない、男とは違うのだと示すアクションなのか、考えてもわからない。ただ、男のような恰好をすると、わたしが、社会から受けた要請を追認した結果育んできた「自分らしさ」みたいなものが傷ついてしまう。それで反発するんだと思っている。

それに今は、手芸も好きだし、家事も好きな部分がある。蓄積された技術に誇りも持っている。装飾品も好きだ。手仕事に対するリスペクトもある。なにより、肩を寄せ合って育ててきた女たちの世界を今更抜け出せない。これはわたしそのものだから。わたしが育ててきた女の文化は、わたし自身でもあるから。

女の記号を身に着けることで、男は性別を超える

女を示す記号はたくさんあって、それを身に着ければ、男でも「女」としてふるまえる。第三の性として、性別を越境できるのは男ばかりなのは、記号化した性別のしるしが、「女」にしかないからだ。男が性別を超えることができるのも、男の特権だ。

完璧な女かどうか決めるのは、女じゃなくて、男社会だから、どんなに若く美しく女の記号を兼ね備えた女でも「あいつはあり」「あいつはなし」「劣化した」「女としてあれはないでしょ」と言われる。自分で完璧な女だと思い込もうと努力しても、一歩外に出て、一つ判断されたら完璧ではなくなる。

自分を完璧な女とは思えない理由

自虐的に言えば、社会で想定された「女」というのは、「完璧な男」から排除され、否定された集団だから、自分たちで「これが女なのだ」と示せない。もともと、受動的に、「これは男じゃない」と言われた者たちを吸収した器のようなものだ。

女たちが、常に自信がなく、自己肯定感のなさに苦しみ、そのために、他人に付け入られて、利用されて、ぼろぼろになってきたのは、ミソジニーのせいだ。

女たちが自信を持てないのは、まず、お前は完璧じゃないと言われ続けたからだ。そして、自分は完璧ではないと判断する視線が、何をするよりも前に、事前に自分の内側に向いて、自らを傷つけてしまう。わたしは、心穏やかに鏡を見ることができない。自分に自信をもって、鏡を見られないのは、自分にミソジニーがあるからだ。それは、わたしが自分から進んで選んだことではない。度重なる攻撃によって、自信を持つことをあきらめたのだ。

自尊心や、自己肯定感、自信は、心のバリアーのようなものだから、それをあらかじめ奪われていたら、攻撃を防げないのは当たり前だ。

それによって、自己肯定や自尊心が失われたことで、他者の支配を容易にする。攻撃するものは、ミソジニー、つまり女嫌いをためらう理由がないから、いくらでも攻撃してくる。女はどんどん弱っていく。攻撃と、それによって始まった自分いじめ。そして、ミソジニーの輪が完成する。

主体性は獲得できるのか

日本において、そもそも主体性を獲得できるのか、疑問がある。

西洋では、タブーを破らないことで、良い人間を目指すことができるが、日本にはタブーがない。日本では、良いことをすれば良い人間だと評価されるけれど、それは、都合の良い人間と紙一重だ。「良いこと」が誰にとって良いことなのか、基準が変わるので、良い人だと思われたいから行動したことで、流されて、結果的に不正義を行うことだってある。実際、わたしが道を誤ったと後悔するのは、良い人だと思われたがっていた時ばかりだ。

女たちが、主体性に生きることを奪われているのは、決定権のなさや不合理な取り扱いから言って明らかだと思うけれど、男たちが、主体的に生きているのかというと、それもまた違うだろう。「風呂飯寝る」だけ言いながら、習慣で会社の往復をしている人間が主体的に自分が選択しながら生きているという実感を得ているとは思いにくい(もちろん彼がそうできる環境を整えている人間も主体的に生きてはいない)。民主党が悪いといまだに言っている男たちも、流されているだけに見える(政権が代わってからの年月のほうが長い)。

あいまいに、なんとなく、なんか、と言いながら右往左往しているのがわたしである。わたしは、主体的に選んでいると自信を持って言えることがない。

環境的に、それを選ぶしかないな、それがベストかなと思って選びながら袋小路に入り込んだ気分だ。生涯を共にする相手を選んだ時でさえ、恋愛だというのに、「しかたがない」とずっと言っていたし、今も言っている。本当に、しょうがない、どうしようもない。好きか嫌いかで言えば好きで楽しいけれど、それとは別にそう思う。結果として、主体的に選んだみたいに見えるだけだ。テトリスみたいに落ちてくる出来事に合わせて自分を嵌め込んでいったんだ。

ミソジニーとどう向き合うか

わたしは、はっきり言っておくけれど、自分の中にミソジニーがあるなんて、自虐的すぎて、自罰的すぎて、到底受け入れられなかった。しぶしぶ、そうとしか思えないから、しかたなく、そういうものだなとなんとか飲み込んだだけだ。

わたしは、

「わたしにはミソジニーがありますよ、だから、自分を茶化したり、ちょうどいいとかいったり、自信が持てなかったり、これくらい当たり前でたいしたことないなんて言うんですよ」と気付いた時ショックだった。

女性が往々にして自罰的なのは、ミソジニーが攻撃しているからだと、男性のミソジニーを批判しているわたしが言うか?と思った。

でも、社会が、あらゆるところに女性差別を前提にして構築されている以上、女性の中にもミソジニー(女嫌い)はあり、自分の女らしさに気付いたとき(それは化粧をするために鏡を見たときや、ガラスに映る姿をチェックしたとき、お茶を入れるとき)、表に出てきて、自分を攻撃するのだ。

わたしたちは、そうした毒みたいな違和を飲み下しながら生きてきた。これからもそうしていけばいい。男のミソジニーを否定して、なるべく楽しく生きていこう。

本当にわたしは、ミソジニーに対して戦うのも、戦えというのも、ミソジニーを自分に向けるのをやめて、自信を持とうと女性に呼びかけるのも、うんざりしている。

うんざりしているけれども、それでも言わなければならない。

「ミソジニーは社会の礎に刻まれており、それゆえ、被差別者の中にも、それはある」と。

でもこうも言いたい。

「だからなんだっていうんだ?」と。

参考文献



mtfに関する疑念

女はほんとにイージーモードなの?

mtfについてのことを書きます。。

というのは、ツイッターで、フェミニストとトランス女性が争っているので、だから、わたしがトランス女性たちに抱いている不信の理由をまず書きます。

トランス女性に不信を持った経緯

このブログは女性や、精神疾患で苦しんでいる人向けに書いています。それで、女性の中にトランス女性も含めるなら、ちゃんと知っていかないといけないなーと思って調べたり、考えていました。

そうしたら、「この表現はよくない」「この内容はよくない」みたいに、セクシャルマイノリティの人たちに言われて、「反差別なのに、人を踏んではいけないな。ちゃんと学んで、いい人になろう」と思って直してました。そうしたら、だんだん要求が増えて行って、自分の主張を代わりに言わせる道具にしているのではないか、という疑問と、セクシャルマイノリティのために発言していくと、引き換えに女性に我慢しろ、女性の安全と引き換えになっても女性にもマジョリティとしての特権があるのだから、譲るべきだと思い始めました。

「ただの女」を無視する自分のミソジニーに気付く

で、そこで「ただの女」の言うことは聞かないのに、「セクシャルマイノリティの言うことは聞くって、ミソジニーではないか?」という疑問を呈されて、一年ぐらい考えていたのですが、「そうだな」と納得する瞬間がありました。わたしは、いい人だと思われたくて、一番大事な、女性の権利に対して、鈍くなっていたな、と思いました。

また、自分の中にミソジニーがあり、それが、自分を攻撃しているので、自己嫌悪に陥り、それを解決するために、セクシャルマイノリティの権利を代わりに主張することで、代償行為をしていたなと思いました。また、ミソジニーのために、女性の訴えを軽く見る部分が、わたしにもあったなと。

この発見は非常に衝撃的でした。

トランス女性の言動の違和感

ほかにも、「高専に通っていたトランス女性」がマサキチトセさんがパーソナリティを務めるツイキャスに出た際、コメントに「女だからあなたたちにフランス語を教えても理解できないから意味がない」と授業をボイコットされた、という経験を話している方がいたのですが、そのとき、そのトランス女性は「自分も高専で、英語をあまり教われなかった」というエピソードを披露したのです。女性差別の文脈のコメントだったので、それを伝えるコメントをそのときにも書いたし、ツイキャス後、マサキチトセ氏に、DMで「あれは女性差別だ」と伝えました。でも、彼は「複合差別のこともあるし、不均衡さを考慮しなければならない」と言って、パーソナリティとしての責任を認識しないまま、我々は物別れしました。複合差別と言えば、わたし自身も障害を持っていますし、ほかの人もそうなので、「普段複合的差別について、執筆したり講演している人も、現実に自分がしているのだと指摘されてもそれを認識すらできないものだな」と思いました。同様に、トランス女性にもがっかりしました。「女性の教育格差というものを実感したことはなくても、一応女として生きているなら、それを知る努力は必要じゃないか。高専の男女比を経験して、それでも気が付かないのは、男として扱われ育った経験が大きいのでは?」という疑念が生まれました。

女性蔑視が元凶なのではないか

わたしは、自分が女の体を持っているだけで、犯罪に遭い、教育機会や、就労機会を失いました。今でも一人で外出するのは怖いので、ほとんど一人では出かけません。男性とすれ違うだけで冷や汗が出て震えるからです。

それは、構造的な問題があるせいで、起きた被害だとわたしは理解しています。

女性蔑視が発端で暴力が生まれるという意味で、女性蔑視を「非男蔑視」と理解すれば、トランス女性も同じような苦しみを持っているはずだから、お互い理解し合えればいいと思っていました。

しかし、女湯にちんぽがついていても入ってやる、犯してやると言ったmtfや、女性差別が嫌なら、トランスして男になれ、と言ったmtfがいたので、わたしたち女は、トランス女性からも攻撃対象なのか、と思いました。その人たちが一部でしかない、ということは何度も考えました。でも、わたしが「シス女性が身体違和のない人、何とかなっている人、という意味ならそうではない」ということや、疑問を呈しているツイートに「わかってない」というような(これよりもっと攻撃的な)引用リツイートばかりが付いたのは確かです。

トランス女性への差別は「非男蔑視」から来ているものだと思っています。でも、その前提を共有できるかというと、現状難しいなと思っています。

シス特権リストは仮想の女に基づいていた

「シス特権リスト」というのを見て、それがミソジニーにあふれていたので、トランス女性たちが、「女」というものを「完ぺきな女」を想定しているのなら、それは、存在しないし、その「完ぺきな女」というモデル自体が差別的な発想で、個人の経験を無視していると言わざるを得ません。

例えば女性の生理、出産に対しても特権だと書かれていました。女性であっても、身体的な苦痛や、身体的な違和感は、一生続きますし、体の問題は、どうしようもないことです。それは、トランス女性の人も一緒だと思っていました。生理や出産をあげつらうやり方は、ミソジニー男性の定番です。だから、「男性的な発想だ、女性観が男と変わらない」と思いました。でも、そうじゃなくて、少なくとも「優位性がある」と言われていたわけです。

トランス女性の苦しみと女性の苦しみがイコールだとは言いませんが、重なっている部分もあります。でも、その重なっている部分さえ、共感しあうことなく、共感されることもなく、安全に対する疑念でさえ、トランスフォビアと言われて口をふさがれているのが現状です。

トランス女性として生きたことはないので、わたしはその苦しみが分かりませんが、トランス女性だって、「シス女性」として生きたわけじゃないので、その苦しみをわかるはずもないのに、イージーモードだ、純女さんだと言われるとやはり腹が立ちます。

シスの既得特権があるとしたら、それは、女性のみならず、男性へもその射程範囲に入るはずですが、どうも、要求が女性に対してばかりに偏っている傾向があると感じます。もし、女にだけ我慢させれば解決すると無意識に考えていたら、それは、男性の発想ですし、女性蔑視です。

男として社会的位置づけられてきた経験が影響しているのではないか

トランス女性が、本当に女性当事者として自覚をもって、女としての経験を積み上げるか、女の問題について考えてきたならば、女として女の苦しみを分かち合えるはずなのに、女を攻撃する人ばかりに見えます。自分自身でも、自分が男の体を持つから苦しみが生じた、という出発した前提から考えているのに、そこをうやむやにしています。自認だけで、女性を名乗れるはずだと主張する人がいます。

個人的には、パス度を求めるのは、既存のジェンダーロールをなぞることにもなるし、それ相応の負担を求めることになるから、絶対にしろとは言えません。ただ、パス度が低ければ、その低さに従って、女性の領域から除外されるのはやむを得ないという立場です。それは、女性の安全を守るために必須だからです。

「女とは、身体的な特徴から分ける」という定義を揺るがして、「女を自認していれば女になる」ということを主張される人もいます。でも、そうしたら、女の体を持っているがゆえに起きた差別や暴力に対して抵抗する言葉を奪われます。だから、わたしは、それを絶対に認めないという立場で、その主張を批判します。

シス女性という言葉も、「性的自認」と「体の性」が一致しているくらいならなんとか飲み込めますが、「違和感がない」「何とかなっている」と言われたら、「違和感は物心ついてからあるし、今も、体の変化に耐えきれないで、心を病んでいる」と答えるしかなく、それならば、シス女性という幻想でひとくくりにされることを拒絶するしかありません。

世界を変えるか、自分を変えるか

わたしの経験の話をしますが、精神疾患では、世界を変えるか、自分を変えるか、で治療方針が変わります。たいていは、世界(自分の半径五メートルの環境から社会制度を含む)を変えつつ、自分も変えて折り合いをつける、ということをしています。

トランス行為は、疾患ではないと聞いています。が、それでも、世界を変えるか、自分を変えるかの選択で、やむを得ず、自分を変えて生き延びた人だと思っています。

だから、社会制度や性的役割分担を変えたがっている女性とは、折り合わないのだと思います。

わたしは絶対に「身体的に女性であるがゆえに起きている差別や暴力」に反対することから、逃れられず、逃れるつもりもないのです。

何かを主張すれば、嫌われることは避けられません。いい人でもいられません。いい人でいるというのは、ある種の毒です。

わたしは、それよりも、誰かにとって、嫌な人であることを受け入れて、そして、女性をエンパワーメントすること、女性が自由に生きられる未来のために書きます。だから、嫌われることを覚悟しています。

最終的にわたしは、自分を変えて適応するのではなく、世界を変えることを目指します。女性や子供の未来の苦しみを減らすために。


性的逸脱の経過

七年ぶりに、以前入院していた病院を受診した。

わたしは、精神科でたくさんのことを学んだ。

これから書くことは、わたしにとってつらいことでもあるけれど、読む人によっては、やっぱりつらいことかもしれない。

わたしは、性的な加害を受け、その結果性的逸脱をし、その性的逸脱のために、性的な加害をまた受けるという繰り返しをしていた。性的加害を受けた人は、そうした連鎖から逃れにくいということも知っていた。

性的逸脱はいつでもマイナスなイメージとともに語られるが、いいこともたくさんあった。もちろん、悪いこともたくさんあった。わたしが受けたダメージを生き延びるために必要なことだったのは間違いない。なければ一番よかったけれど、起きたことは起きたのだ。わたしがどれだけなかったことにしようと、起きたことは起きた。

性的逸脱の悪いことは、搾取されもてあそばれ自分がどんどん傷ついていくことだった。

七年ぶりに懐かしい先生に会って、一番に心配されていたのは「性的逸脱はどうですか」ということだった。

「今は収まっています」と言ったら

「性的逸脱からすんなり抜けられるのは珍しいね」と言われた。

すんなりではなかったので、その説明をした。

生き延びるための依存

自傷や、摂食障害は、心の苦しみを病気として表現することで、どうにか生きようとする前向きな作業である。自傷や摂食障害、各種依存の中でも、比較的安全なものと、危険なものとがある。

ただ、その過程で、身体へのダメージが大きいので、いずれなくしていきたいものだ。

例えば、過食は、拒食よりも、やや安全である。吐きさえしなければ。わたしは過食症気味だったけれど、過食を通して、苦しみをマヒさせ、生き延びることができた。太ったけど。

それと同じように、性的逸脱は、それ自体で死ぬことはないが、関わった相手によっては、死んでしまう場合もある。

性的逸脱は、病気、妊娠、犯罪の可能性があるので、危険と言えば危険だ。他者とのかかわりを求める点では、社会的な依存だと思う。自分の体を放棄して、手放す行為でもあるけれど、自分の体を取り戻す作業でもある。わたしにとっては冒険、世界を広げるというポジティブな意味もあった。

先生は、「自分を責めることもないし、試行錯誤すること自体は悪いことじゃない」というようなことを七年前に言った。「あなたが性的な加害を受けたことにあなたに責任はない。正常な反応だ」とも言っていた。

正常だから異常になる

一見、考え方がおかしいようにみえたり、病的としか見えない行動も、非常事態には、正常であるが故に起きるということをわたしは病気を通して学んだ。異常なことが起きたとき、正常だから病気になるということも。

性的逸脱の終わるきっかけ

性的逸脱が収まるきっかけになったことは、二つある。

一つは、契約をするように、一つ一つ、したいこと、したくないことを打合せし、そして、その約束を一つも破らなかった相手がいたことだ。

「まあ、普通なのかもしれないですけど」とわたしは先生に言った。

「それは普通じゃないね、そうした状況で約束を守る人って珍しいからね」

それで、わたしは、しがらみもないのに、約束を守る人がいたことで、男性の中には信じてもいい人もいるのかもしれないと思った、と言った。

そして、その後、今の連れ合いが家にやってきた。わたしは、その時、別の恋人がいた。それも連れ合いに説明してあった。そして、別の恋人とデートに行くときも、帰るときにも、連れ合いは、普通の態度で出迎えて、わたしの愚痴を聞くということをしたのが、よかった。

その恋人と別れて、次の男ができたとき、連れ合いは動揺したけれど、わたしに怒りをぶつけることをしなかった。

「それでなんとなく納得して、それから収まってます」

と、わたしは先生に伝えた。

「すんなり収まったわけじゃなかったんだね」と先生は言った。

性的逸脱のもたらしたもの

わたしにとって、性的逸脱には、二つの意味があった。

被害状況の再現

被害状況を再現することで、その被害を生き抜いた自分を確認すること。自分は、悪夢をコントロールできると、何度となく試すことで、自分は大丈夫なのだと確かめていた。

最初、どうしてつらくてきつい、死にたくなるような状況を自ら作って、それを壊れたレコードのように繰り返すのか、不思議だった。でも、それは、たぶん、同じ状況にいると、それが「慣れている」状態なので、安心するという面と、もう一つ、それをなんとか乗り切れる自分を確認することで安心していた、という面があった。

わたしは、性行為が自分にどういう影響をもたらし、男が何を求めているか、どういう価値観を持っているのか、調べたかったのかもしれない。

支配から逃れるため

もう一つは、支配から逃れるためだった。

わたしは、親子関係に、子供の立場から問題を抱えており、そこから離れるために、性的逸脱を利用した面があった。性的な事柄は、親離れそのものだった。

悪夢と体のコントロールが可能か確かめた

また、加害から始まったものだとしても、性行為を通して、自分の体のコントロールを取り戻す意味もあった。結局、性的逸脱を通して、自分の体のコントロールを取り戻すことはできなかった。どれだけ繰り返しても、自分の体の感覚は、失われたままだった。ただ、そういう試みを、自分からしようとしていたことは、よかった。わたしが自分の人生を自分のものにしようとあがいていた過程だと自分だけは思えているからだ。

支配を支配し返せるかどうかの試み

わたしにとって、長い間、性行為は、支配されることだった。それを自ら望むように装うことで、わたしは、支配を支配し返すという幻想を持った。自分が、支配されることをコントロールできる。自ら望んだことにしたら、その支配は、もう支配ではないのだと思いたかったんだろう。こういう風に書くには、ためらいがある。わたしは、コントロールできると信じていたから、それを否定するのは、過去の自分がかわいそうな気がしてならない。それでも書くのは、それが間違っていたと結論できるからだ。

自分は客体ではない、主体的に、それを望むのだというポーズは、ポーズでしかなかったとしても、わたしを生き延びさせるに十分な夢だった。自分が主体的に望んでいるのだと信じることで、連続した悪夢を生きられたのだから、わたしは自分を裁かない。

悪夢を再現することで、それでも生きていた、とほっとする。恐怖からの緊張、そして緊張が解けて緩むことを繰り返す。恐怖と緊張から解放されたとき、それを喜びなのだと錯覚した。マイナスがゼロになることを脳が報酬だと勘違いし、依存に至るというメカニズムを知ったときには、思わず微笑みそうになった。

わたしは、悪夢それ自体を楽しんでいると思い込みたがっていた。

抑圧と身体症状

決まって頭が痛くなり、全身が痛くなった。目が見えづらくなったり、視界が狭くなったり、色がわかりにくくなった。まっすぐに歩けなくなって、よく壁をはじめとするいろいろなものにぶつかっていた。一人になると、解放された感じがした。それでいて、不安だった。消えてしまいたいのに、消えてしまうのが怖いというような不安で、恐怖の間はそれを忘れていられるのだった。

緊張と解放の繰り返しから来る安堵を、性行為の効果だと思っていたけれど、それは単なる依存の仕組みだった。抑圧され、緊張し、それがなくなるという繰り返し。

新たな道へ

わたしが性的逸脱から抜けられたのだとしたら、理由は二つ。

一つは、暴力により失われた世界への信頼を、約束を守った人と、わたしを愛し、かつ、わたしの自由を阻害しない人に出会ったこと。それは当たり前すぎるほど当たり前のことだけれど、きわめてレアな出会いだった。

二つ目は、ほかの依存に、スライドしたこと。これは前向きではない。ハッピーエンドでもない。ただ、破滅的ではない対象に依存するようになったから、命や体の危険は減った。

今度は、心理療法士と対話して具体的な問題を解決する。薬を増やして、気分の波をなだらかにする。

年齢とともに、穏やかな日々を獲得しつつあるけれど、わたしが生きているのは危険な旅だ。誰にも繰り返してほしくない。そのうえで、繰り返さざるを得ない人を誰も傷つけてほしくない。加害がなければ、暴力がなければ、こんな経緯は存在しなかったはずだから。

最初に、暴力があった。暴力がなければ、わたしの性的逸脱も、それによる様々な不愉快なこと、侮辱、危機もなかった。

性暴力を振るった男は、「満たされない」と言っていた。せつない、苦しい、愛されない、愛してくれと言っていた。女への甘えだ。

わたしは、愛と暴力をめぐる冒険を繰り返して、やっと自分を生きるためのスタートに立った。損なわれた時間と、奪われたあらゆる機会の損失を許さず、忘れず、憎んだまま、いびつな魂を抱えて、歪んだまま、それでもいいのだと繰り返す。

わたしは、依存する先を変えながら、新たな依存を繰り返す。あらゆる依存をすることで、苦しみをマヒさせながら、依存を抱擁する。わたしを生かしてくれる、依存を抱擁する。それは、わたしの生を抱擁することでもある。

刃のような愛を懐に忍ばして、これからも生きていく。


女というペルソナは脱げない:「男性の否定」としての女という性は、主体的に生きることを許されていない

今トランス女性とフェミニストが議論している中で出た「シス女性はイージーモード」という言葉。この言葉は男からも言われる。女は選ばれる、女は働かなくてもいい、とまで言われる。

これは、端的に言っておかしい、女には選ぶことが許されておらず、女は常に働いてきた。そして、アンペイドワークを意識しないで暮らせる男たちは、「女は働かなくていいから」と言って、賃労働に就いた女の首を切り、「彼には養う妻子がいるから」といって、女の失職の説明をする。女にも、食べる必要も、家を持つ必要があるのに、男には、女が払うべき家賃も、食費も見えない。

シス女性は、ジェンダーにも身体違和もないと言われていることがどうしてもおかしいと思う。

「女」への違和感

シス女性が「自分が女性ということに違和感がない」存在だと定義するならばシス女性なんてものはいないと思う。

わたしは、以前、それに関して、書こうと思ったんだけど、うまく書けなかった。

また、キンドル本で書き直したいという気持ちがある。

わたしは、五歳くらいのころに「男にはちんちんがある」ということを知って、それから、いつかちんちんが生えてくるかもしれないと真剣に思っていた。生えてほしい、というのでもなくて「わたしにちんちんが生えたらきっとみんながびっくりするだろうな」というような気持ち。

七歳になっても「普通は生えないらしいけど、絶対なんてないから、わたしだけには生えてくるに違いない」と思ってそれを思うとにこにこしていた。

女は、ちんちんを切望するものだ、と言われると「そんなわけないじゃん」と憤慨する面もありつつ、それと両立しながら「ちんちん生えてくるならいつかな」と思っていた。

十二歳の時には、体毛が生えたり、胸が大きくなったり、身体のラインが代わったり、性器の外から見た感じも変わって、嫌な気持ちだった。おびえるような気持ちで、こんなの「わたし」じゃないと感じた。自分が自分じゃなくなっていって、最後には今の自分が消えちゃうんじゃないか、考えていることも忘れて、別人になるんじゃないかと思って、お風呂で泣いた。

それは、わたしだけじゃなくて、ほかの友達も「お風呂の中で泣いたらお湯で洗えるから便利なんだよね」という話をしたので、けっこう普通によくあることなんだと思う。

初潮がきたときには、今までの人生ががらがらと崩れ落ちるような音がした。人生が終わった。これから、六十歳まで生理があるとしたら、50×12、つまり、600回、痛みでのたうち回り、6000日以上、自分が自分じゃないような生活で、まったくハンデのない男と同じ成果をあげるなんて、不可能だと絶望した。

母を含め、周りは無理解で冷たかった。

子宮を取りたいと願った。生理痛が苦痛で自殺した女の子がいることを知って、自分もそうできたらと思った。

神様に、一生子供はいりませんからお願いだから子宮をなくしてくださいと祈った。

死ぬことを考えないわけがなかった。

トイレに行くのだって本当に嫌だった。トイレの中にいるのに、話しかけられるのも、誰かとトイレに行くことも、トイレにいることを知られるのも嫌だった。

それで「身体違和がない」と言われるのか。

シス女性はトイレで困らないことが特権だと言われるのか。

「女の役割」への違和感

女性ジェンダーも押し付けだと感じて、ずっと、反抗してきた。小学生の時には混合名簿にするべきだと先生に言った。男よりも後に名前が呼ばれるのが決まりだと言われるのは、屈辱だった。いつも、人間として二番手だと言われているも同然だった。後回しでいいということなのだと。

女の子は片づけで男の子は外に行きなさいと言われ、激怒してたら「差別じゃない区別、そのほうが早く片付けられるでしょうそれぞれの適性を尊重しているだけ」と学校教師に言われた。「区別なんてない、これは差別じゃないんですか」と言い返した。

中学生の時は、スカートが標準服だったけれど、友達と相談してズボンで通った。そんな決まりは明記されてないですよねと。

女の子はこうだとか、女の子は後で伸び悩む、そういうのは嘘だと証明したかった。女の子はそんなに頑張って勉強しなくていい、かわいくないよ、と父に言われた。

女の子はおとなしくていいね、女の子は育てやすいでしょ、お手伝いするでしょ、と言われていたけど、わたしのことを育てにくいと母は言ったし、お手伝いをしようとしてもうまくいかなかった。

女という体を持っているから見下されたことなんていくらでもある。女という体を持っているから、ただ、それだけの理由で暴力にさらされ、殺されそうになったこともある。それでも、「あなたが悪い」と言われた。あなたが招いたことでしょうと。

それに悩み苦しみながら、十代、二十代を暮らして、「輝かしい青春」なんてない。女ならそういう気楽な青春があるのだと言われつくして、そうではない自分に劣等感を抱いたけれど、わたしを女という体に閉じ込めた人たちが悪いのだ。女という体に付随するルールに、閉じ込められている。

「女の文化」を許さない世界

今度は、「主体的装飾なんてないし、男を喜ばせるだけ」とも言われる。やめるべきだと。フェミニストからも。

世の中からは、手芸を趣味にすれば女らしい、料理を好きになれば、いいお母さんになれる、ネイルを楽しめば、「男はそういうのは好きじゃない、社会性がない。人と仲良くする気があるなら、そんなネイルなんてするはずがない」と言われる。

女が女として、押し付けられてきた文化を、今度は自分のものにして、自分たちの楽しみにしたとたん、奪い取られ剥ぎ取られるのだ。

お母さんという生き物になるために生きてきたわけじゃないのに

わたしは、お母さんになるために生まれてきたわけでもなく、人を安心させるために頑張ってきたわけじゃない。

しかし、誰かの妻、誰かの母になったとたん、過去がなかったことにされる、不可視化され、名前を失って、ただ、「お母さん」という役割を遂行するためだけに生きろと求められる。

「お母さん」という着ぐるみは、自分を生きる上で、とてもじゃまだ。動きにくい。心で「でも、それは必要なものだから仕方がない」とささやく。

今は、介護をしろと言われることもある。ケア要員として、自分の人生や自分のケアをないがしろにすることを求められる。

そして、ケアをすれば、それは、ブラックホールに吸い込まれて、「誰がしたか」はうやむやになる。

規範は内面化され、自分を縛る

男は、女に共感を求める。話をきいてもらい、相槌を打ってほしがる。それを拒否するとどうなるのか、恐怖の記憶とともに沁みついているから、愛想笑いをして、「すごいですね」という。もしそれを言わなければ、暴力の対象になるからだ。

そうして、攻撃の矛先をやり過ごそうとすれば、「気がある」と思い込まれる。そんなつもりはなかったと断れば、「気があると思わせやがって」と言って、今度は、また違う攻撃を受ける。

どうしたって生きにくいから仕方なく選ぶこと

権利を求めれば「庇護されたがってる」と嘲笑され、働こうとしたら、差別される。家の仕事をしたら、楽をしていると言われる。誰に食べさせてもらっているのかと、恐怖の支配をされる。

どれを選んでも地獄なのに、それは、女が自ら求めた、「楽な道」と言われる。この地獄を彼らは決して見ることはないので、地獄のつらさを侮るのだ。地獄の中身を知らないから「それくらいで値を上げる女はダメだ」と無知からより侮りを深める。知ろうともしないのに、責められると「教えてもらえなかったから。声をあげない女性が悪い。女性はもっと声をあげなくては」と男たちは言う。

どれほどの地獄でも、「女はイージーモードだ」と言われて、誰が承服できるだろうか。

一人一人の経験が違うから、「女はそうじゃない」という風に、わたしたちは反撃することができない。「女は」という理由で様々な差別や侮り、暴力にさらされてきても、それを語れば「主語が大きい、これだから女は」と言われる。「女の形」が理由で、教育からも、職業からも、経済からも排除されてきたのに、女を理由に、それらの差別を語ることが許されていない。

「女であるわたしはそれに反対する」という言い方でしか語ることができない何か。

女が何か定義されていないのに、誰が女かを決める人間がいる

女というものが何か、まだ定義もされていないのだ。

しかし、女が女だと決める人間はいる。それは、男を基準として決められる。非男は、女なのだ。

女が何かもわからないのに、一度女だと位置づけられたら、「女として」すべきことは、常に求められる。

そこで、「女とは何か」をこちらで、つまり女の体を持つ私たちが定義しなおそうとすると、それすら邪魔される。自分たちが「女」という概念を、自分たちのものとして、育むこと、慈しむこと、尊重すること、消化することは、徹底的に邪魔される。それが、社会を揺るがすものみたいに、恐れられているみたいに。

「自立した人間」が社会の基礎の概念として定義されたとき、わたしたち女という体を持った人間は、そこには入らない。その、定義外の人間として、さらに自分たちを定義することから、疎外されている。人間だと認めていないものが、人間世界の定義を提示できるのか。

できないから、わたしは女として扱われるのに、自分のために女を定義することもできない。

女が、女のまま女を生きること

女が自分の違和感を提示することは忌み嫌われる。

そして、「女が何かわからない」から、女の体に違和感を持っているとか、女として押し付けられるこもごもをはねのけたいとか、言っても、それは、定義外に吸収されていき、「人間」たちには届かないのだ。

その女というペルソナは、わたしの心に張り付いて、分けることもできない。

この絶望を、「女はイージーモード」という言葉の陰に吸い込まれて、わたしは女というペルソナを脱ぐことはできない。

自分らしく生きたいと願っても、自分がどこまで自分でどこまでがペルソナなのかも一体化してしまってもうわからないのだ。

女でありながら、女をやめ、自分が女として生きた歴史を愛しながら、自分の人生を歩むことができる日は来るのだろうか。

いや、来る。絶対に来る。わたしたちが、女として、誇らかに、誰にも傷つかずに、加害を許さずに、本当に笑って暮らせる日が必ず来る。一人一人が、今も戦っているのだから。今までも、これからも、人間として、血を流しながら、戦っているのだから。


ジュディス・バトラー「非暴力・哀惜と個人主義批判」12/11明治大学の講演会まとめ、感想

12月11日の明治大学での講演会に行きました。

個人的な話をすると、自分は前日に38度の熱があり、一歳の子供を預け、地方から新幹線で一時間半移動してたどり着きました。

地方だと、ただでさえ情報が来ない、知から切断されている状況で、母親になってから、まともに本を読むこともできず、名前を呼んでもらうこともレアみたいな状況です。あと、障害を持っているので、講演会で触れられた「サポートされる」強度の強い人間です。

という前提を持った人間が聴いたので、そういう単語を多めに拾い、自分なりに解釈しやすいという影響があります。障害とは関係なく、知識や頭の回転の素早さや処理能力などの、能力的に理解できず、話をきく上で、理解の解像度が低く、また、情報量が多すぎて、処理落ちしている面もあるので、その辺をご了承ください。つまり「バトラー先生はこんなこと言ってなかった」というのもあると思います。理解できなくて勘違いしている部分もあります。

特に、個人主義批判の辺は全然わかってないです。

バトラー先生の講演はだいたい三つに分かれていました。

最初、ホッブスやマルクス、ルソーの指す「人間の自然状態」がフィクションでありファンタジーとしても、そのファンタジーを読み解くことで、それが排除しているものを映し出すという部分でした。たぶん、そのフィクションを前提にして理論が組まれているから?

次に、哀惜可能性と個人。

最後にグローバルの義務を問う。イマジナリーの地平を超えるという部分がありました。

下記はバトラー先生がおっしゃったことを、記憶した限度でまとめたものです。

1.イマジナリーな社会の定義について解釈することで見えること

ホッブスをはじめとしたルソー、マルクスが定義する自然状態の人間は、ロビンクルーソーのような、最初から大人で、しかも男です。独立しており、1人で立っており、必要なものを自分で充足できる大人です。従属する必要がありません。

人に支えられて立ったこともなく、口に食べ物を運んでもらう必要もなく、毛布を掛けられたこともなく、そして、毛布を掛ける必要もない人間です。

そこから排除されていると示唆されているのは、「サポートする」「ケアする」「依存する」人間です。

生まれてから大人になるまでの過程が排除されています。そこに関わったはずの人も示唆されていますが、見えません。

ケアする人間が示唆されていても、見えない、定義不可能な存在です。

(最近、自分で悩んでいることがあり、それは女というものを定義しようとしてもできないのはこのせいか、と自分で納得した。定義不可能な領域に追いやられるものに名前を付けると女になるんだからそりゃ、女から見て定義できないよね、そもそも、定義不可能な領域に追いやられているわけだから)

しかし、自然状態の人間が、一歩社会を求めると、自然と女を求め、何かを欲望し、時には紛争を起こします。

でも、独立可能で自分が必要なものを充足できる人が、なぜ、突然紛争を起こすのでしょうか?異性愛的な仕組みが前提とされた考え方です(ここのところ、なぜ異性愛的な仕組みが前提とされているか説明は合ったけどよくわからなかった。ちょっと脳が止まってて、脳みそに入ってこなかった)。

頭に入っていないなりにまとめると、つまり、わたしの解釈がかなり入っているけれど、「男が女を求めて、ケアを女に丸投げするから→これは、バトラー先生は、女性という言葉をたぶん使っていなくて、隠蔽された存在に丸投げして、見えなくしている、ということを言っていて、ケアを見えなくするためには、異性愛的に女=隠蔽された存在を求めざるを得ない、その考え方自体が異性愛的だ」と言っていたと思います。

人間が、そもそも依存性が高く、依存するから社会が存在する前提で考えると、紛争は、社会的な行動です。

二人の人間がいて、依存しあうために二人の社会を構成していた時に、片方が、弱って(病気になったとして)、依存度が高まったときに、それを放っておくことはできない。なぜなら、依存度が高まっていても、それを放っておいたら、社会自体の強度が下がってしまうから。だから、例えば遠い国の誰かが困っていても、自分には関係がない、という風に考えるのは間違っています。

依存性が高い者同士が支え合う仕組みを前提にすると、持たざるものを得ようと欲求し、紛争によってそれを充足させることが説明可能になります。

依存性が高まると、集団を形成します。一人が依存性が強まると、集団自体の依存度が高まり、それを回避するために、それぞれが助け合います。

(障害者支援で、「依存先を増やすことが大切」みたいに言われるけど、そもそも、社会の成り立ちが、依存性が高いものの希求により成り立つなら、納得がいくと思う)

社会は、独立した人間が作っているのではなく、独立していない、依存した人間が作っています。独立していないから、ほしいものができて、ほしいのができるから、紛争が起きます。だから、紛争は社会性の発露なのです。

サポートを受けない人間はいません。食べること、飲むこと、移動すること、呼吸することさえ、サポートに依存しています。

一つの国が、安全な呼吸可能な空気を作ろうとしても、それは不可能なので、すべての国が、安全な空気を維持しようとして、はじめて、呼吸ができます。

車止め、道に歩道があること、信号、それもサポートです。歩道があるから、人は、目的地に行けます。それは、必ずしも、障害のある人のためにあるわけじゃなく、すべての人がサポートを受けるのです。

2.哀惜可能性と個人化

暴力を政府が持っています。民衆の暴力を暴力と定義するのは政府です。しかし、「一撃」だけが暴力ではなく、制度が、順序立てて、人を裁く仕組みそのものが暴力であり、民衆の「暴力」を暴力と名付けて、政府の暴力を隠ぺいすること自体が暴力なのです。

命は大事だと言われますが、すべての命が大切なのではありません。

命が大切だという時、大切ではない命があり、その大切ではない命は隠蔽されています。

補足:その命が大切だと定義する側、される側で命の大事さがことなり、その結果、暴力によって、命が消されるかどうかが判断され、殺されたものは記憶もされません。具体的には欧米で言えば、自国の国民は大事だが、移民は排除する、有色人種は排除する、というような意味でした。それが隠蔽です。命については、生きとし生けるものすべての命で人間だけについて、話されてはいませんでした。そして、命の大事さの偏りを「哀惜可能性」によってバトラー先生は説明していきます。

そこで、「哀惜可能性があるかどうか、その分布が、嘆かれる命かどうか」が、失われた命、生きるべきだった命と認識されます。死んでも哀しまれる人があり、死んだことを認識されもしない人もいます。

補足:哀惜可能性を判断する側、される側で、まず、命の大切さの非対称性があり、さらに、される側にも、哀惜されやすい命、哀惜されにくい命があります。哀惜可能性が低い命は、失われても哀しまれない命です。それは暴力にさらされやすいということです。哀惜可能性を判断する側はそれを暴力だと認識せず、悲嘆しないので、たやすく失われます。 かなり自信がないので傍線を引きます

補足:ナチスドイツの話で彼らは戦後十分に哀しめたのか、という話をされていました。

その分布自体が、暴力です。

(日本人で女で地方に住んでいるとめっちゃ哀惜可能性低いなと思いました)

人間は、生まれてから、個人化していきます。

(たしかに、出産するまで子供は一心同体で、その後、少しずつ母から離れる過程を成長と呼び、成長は、子供の個人化する過程であり、保育は、その支援作業だと思った)

その個人化が強まったときに、社会での依存性や哀惜可能性について、かんがえられなくなります。

自分と似ない、人間や、すべての命について哀惜可能性を強め、分布の偏りをなくしたときに、非暴力が実現できるでしょう。

植民地支配について、植民地の依存性を高めて、植民地支配された人々のもともと持っていた力を弱めることで、支配しているのだが、「依存性が高いから支配して助ける」ような言い訳で、正当化してきた過去があったことへの批判もありました。

そして、そのようなことが、今も哀惜可能性の分布という形で行われています。哀惜可能性が低い命を作ることで、そうした人々を支配し、時に、殺すのですが、殺して、失われた命をことをそもそも認識しません。死んだ後も哀しまれない命です。

それを平等性という観点からも批判していました。

補足:暴力は哀惜可能性の分布の偏りによっておきます。

補足:哀惜可能性から、平等性の達成について考えていくことができます。

3.グローバリズムへの義務への問い

グローバルリズムへの義務への問いについて語ると、理想的すぎるという人がいるけれど、今の暴力に満ちた世界でそれでいいのというとそれは嫌だとみんなが言います。

世界中で、難民を押し返す、移民を拒否する、排外主義。これらは、条約などの約束を破ることが行われています。

グローバル化を、ポスト国家主権と考えるか、国家主権の強化のもとに条約などの締結に至るのか二つの考え方を持つが、前者を取ったとき、それを実践するときには、約束を守るということが大切になる。今は、約束を守っていない現実があります。広島、長崎、平和を持続していること。持続すること自体が大切。それは、悲惨なジェノサイドを記憶し、忘れないでいる人がいるため、守られてきていることだと。

グローバル化の義務は、相互依存性を前提とした社会、あの人は関係がない、あの国は関係がないというのではなく、依存可能性が高い人々が集まった集団だから、そこの脆弱性を助け合うことで、社会を強めていくことです。(ちょっと難しくてこうとしか理解できなかったけど、違うことを言っていた可能性はだいぶあります)

具体的に実践するのは、まず、約束を守ることが大切。約束を破るから、押し寄せたボートになる難民を、ボートごと押し返すということが起こります。本当は、その人たちにも通過する権利があるのにも関わらずです。

国家はイマジナリーでありフィクションなので、それを超えていくことができる。その一つとして、条約の締結などがあげられます。国家を超えることで、哀惜性の分布が平等になっていく、そこから漏れる人がいなくなる(というような意味のことをおっしゃっていた気がするが自信がないです)。

みんなは、現実になりすぎています。イマジナリーの地平線を超えるためには、考えることが、現実を、次の段階に連れて行くでしょう。

質疑応答

印象に残った質問(というか、理解できた部分だけ)

DVを受けている女性が夫から逃げるときに、ネットから逃れることになるが、その点はどうなるのか。

→社会のほかのネットに吸収される、それは、フェミニズムの運動であったり、社会の仕組みであったり、それがあるといいとは思うけれど、ほかの社会のネットに移行することが望ましい。

(わたしは、この質問はかなり嫌だった。それは、DVを受けた女性として、その女性の主体性を無視したうえで言っているように感じたから)

トラウマになることを組織内で受けたときにどう考えるか?

→トラウマを得る原因になったことから、また、報復していくと、暴力の連鎖が起きるから、調停が必要と考える。具体的な事例を抽象化された質問かと思うが、これくらいしか言えない。

4.質問したかったこと

いい講演会だったので、様々な疑問がわたしの中で起きました。

わたしが質問しようとしたのは以下のこと。

研究者の人がどうしてもしたい質問があると思って遠慮したけど聞けばよかったが、最後の二人目くらいのタイミングで手をあげたので、質問できなかったのは悲しいです。

バカみたいな質問だと思ったけど、日本人(非白人)の女性で、しかも、障害があり、子供もいる母という存在。質問の時には所属も名乗れと言われたけど、どこにも属していない。そのような人間に、何ができ、何を考えることができるのかをききたかったのです。

名乗ることができない人間から、質問ができるのだろうという恐れがある。だから、質問ができなかったわけだけれど、ジェンダー学の講演で、さらに、質問すらおびえてできない存在に、では何ができないのか。なかったことにされているけれど。だから、「質問できない恐れ」自体が、大切な気がしました。そもそも、わたしのような立場の人間が、バトラー講演会に行って、一日自分の知りたいことを知るために使えることがレアなので、自分の存在を考えることからも排除されているんじゃないかと。

母親として、何かを言いたい、主張しているわけじゃない。

母親は、社会の中に居場所がないので、どのような意味があって、どのような文脈でとらえられているのか。

地方にいて、人や知のアクセスから切断されがちである。声も出しにくい存在である。

まさに、相互依存が必要だが、相互依存から弾かれる存在。知へのアクセスを遮断され、隠蔽され、貧富の差もあり、そうした人間が、よりよい社会を作るために、助け合う社会を作るために、できることはあるのだろうか?あるとしたら、それは何か。無力感に囚われ、自分の名前さえ失っている存在に、できることはあるのかということを聞きたかったのです。

というのは、「サポート」という言葉からわたしが真っ先に連想するのは母親なのですが、そこから、隠蔽されやすい人間として「クィアスタディーズ」に向かっていき、LGBTQ(という言い回しじゃなかったけど思い出せない)や中でもレズビアンについて話が進んでいったので。

わたしがもちろん無知なんだと思いますが、母親を社会の中で定義している言葉は上野千鶴子先生の「再生産」という言葉だけなんですけど、「再生産」には、どうも借りてきた上着のサイズが合わないという感じの違和感があります。

というのは、母親ではない、非当事者が男性的な価値観、男性的な都合のよさによって、スポットライトを「出産と育児」だけにフォーカスしているからです。母親には、「出産と育児」以外にも人生があって、それを奪われた、過去を剥奪された存在という意味もあると思うからです。そこの剥ぎ取られた存在、という部分が出てこなくて、「役に立っている部分」だけ、注目されている感じがするので、「再生産」には違和感を覚えます。

それは、アカデミシャンに、母親かつジェンダーを研究する人が少ないからなのか?と思うとしたら、まさに、隠蔽された中の隠蔽されて、気が付かない領域にいるのが母親なんじゃないかと。無謬のない成人男性じゃないものを、隠蔽された、定義可能性の外にはじき出された存在、という風に呼ぶのは、実感があり、女として生きることはまさにそうだなと思うのですが、そんな風に、実感できる言葉で「母親」というものを考察されたものがあるなら知りたいなと思います。

わたしは、例えば、「隠蔽された存在の中でも、さらに、隠蔽され、人生を剥奪され、名前を喪失し、産み育てる機関としてのみ存在を認識され、期待されながら、さらにケアもなかったことにされる存在」と呼ぶかもしれません。

Twitterでは「子が初めて接する人間」という風におっしゃってくださった人もいました。

母親というのは個人の経験に依存するものが多く、定義が難しいのかもしれません。

とはいえ、「依存性の高さは必ずしも搾取を意味しない」ともバトラー先生は講演中におっしゃっていた(と思う)から、なにかあるのかもしれない。ちょっとわかりません。

母親として、社会の意味を問い直した時、言葉がないので、世界から隠蔽され、過去からも切り離された、「母親」という言葉を表す言葉、再定義しなおす言葉がほしい。

サポートするものが隠蔽された、ということが発見されたのに、ジェンダー学は、母親を注目して研究するのではなく、なぜクィアスタディーズに向かっていったのか、考えると、そこには、母親かつジェンダー研究者の少なさが想起される。

母親としての生、母親として生きる経験を、社会での意味を、位置づけを問い直した時に、母親ってどういうことになるんだろう?

めっちゃ素朴な疑問で恥ずかしいんですけど、こぼれているのだとしたら、自分で研究したい。

ミーハー的な部分

ミーハー的な部分を満足させることを言うと、バトラー先生は、登壇する際、猫背で、背を丸め足元を確認するように、うつむくように歩いていました。登壇され、話すときには、顔をまっすぐ上げ、身振り手振りが明確で、低く穏やかな声で、聞き取りやすい英語を話されていました。

服装は白っぽいジャケットに、緑色の柄のあるレーヨンかシルクの柔らかいシャツを合わせていました。

ケアの話をしているときに、水差しから水を汲んで飲んだ時に、同じように生きているんだと感動しました。動いて、話す姿を見ることがわたしにとって一番重要だったかもしれません。険しい顔をされたり、時にはユーモアを交え、微笑んだりしたとき、その迫力にスーパースターだと興奮しました。意外と小柄で、目が合ったような気がして、どきどきしました。知の最先端にいる人と同じ空気吸ってる!

シルバーの髪を、何度もかきあげ、前髪をくしゃくしゃにしながら、手を広げたり、手を振って話されていました。

ほかの方の感想

ツイートされている人がいたので、ツイートのツリーの先頭を貼っておきます。

↓十二月八日


暴力の被害者は物語ることで回復する

犯罪被害を回復するために大切なことは、自分の人生や体験を物語ることで、再構築し、位置づけを自分で決めることだ。

なぜ語ることが人生にとって大切なのか

暴力や犯罪被害を回復するために大切なことは、自分の人生や体験を自分自身で、物語ることで、再構築し、位置づけを自分で決めることだ。そうすることで、人生の支配を取り戻せる。

このツリーが面白くて、読んでいたのだけど、「つじつま合わせのために語りなおす作業が人生を支配する」とまとめられると思う。

これは、「人生は解釈次第」と違うなと思った。人生は解釈次第というのは人生の主体性を奪う言葉だ。でも、このツイートのツリーは、人生の主体を取り戻すことを誘っている。物語ることで、誰が人生の主人公か、明らかにするのだ。

自分で自分の人生を支配する感覚、自分の人生は自分のものだ、と主張するためには、自分の人生を物語ることが必須なのだ。

暴力は人生の主体性を奪う

「お前はこういう人間なんだから」「こうするのが幸せなんだよ」「いう通りにしなさい」と言われる状態は、常に不幸だ。なぜかというとそれは、物語る主体を奪われているからだ。

暴力がつらいのは、人生をコントロールする感覚、自分の体をコントロールする感覚を失ってしまうからだ。

それを取り戻すのは、「物語りし直す」行為が必要で、それが人生を再構築するということなのだと思った。人生はやり直しができないから、暴力によって、人生の軌道が大きく狂わせられると、それで、人生が終わってしまったと感じて、絶望する。けれど、物語ることで、「絶望」の部分は、自分でコントロールしなおすことができる。

「人生は解釈次第だ」とするなら、自分が予期しなかった犯罪のことを「あれも自分のためには必要だった」と考えなくてはならない。でも、それは、自分の主体性を取り戻すことと真逆の行為だ。どんなに嫌だったことでも、コントローラブルでなかったことをも肯定するのは、支配や暴力をを受け入れることと同じだ。殴られてありがとうございますというのと同じ。殴られることで自分はよい人間になりましたと感謝するのと同じ。

人生の主体を取り戻すのに必要な行為

犯罪を受けてから都の無償のカウンセリングを受けたのだけど、そのときに、包丁で刺されてから、包丁を使えなくて生活が不便だった人が、包丁を使えるようになるまでを語るという番組をみた。犯罪に遭って、それを思い出すことを避けるうちに、生活ができなくなるのは、あなただけじゃないんだ、という前提を伝えるとともに、いずれ、犯罪の記憶を思い出すトリガーに触れても、大丈夫になるときが来るよ、という希望を与えてくれた。

物語ることで回復していく

回復は、自分が犯罪を受けたというショックを分解して、語ることで行われる。

わたしがこうして語ることも、誰にも知られずに死ぬのは耐えられないからだ。自分の被害経験が、誰かの訳に立つ、それが社会正義の貢献になると信じられることが、よりどころになっている。人と人とのつながりを信じたいのだ。あの悲惨な経験が無駄で意味がないものだと黙ること。

語ることは「あなたはよく生きてくれた」と言ってくれる人がいると信じることでもある。
「あなたはおろかだから暴力を受けたのだ」といわれることもある。「自分のせいだろう」とも。

だから、一番最初に語るときが一番恐ろしい。少しずつ楽になっていく。一回目が一番恐ろしい。

カウンセリングが大事なのは、この一度目を受け止めて支えてくれるからだ。カウンセラーに、安心して話せるというのは、「あなたはよく生きてくれた」と言ってくれるということでもある。一度、受け入れられると、ほかの人に「自分のせいでしょ」と言われても、人を信じることができる。

語ることで、傷を深める場合もあるけれど、語ることで、自分の体験を、自分に取り戻す作用がある。

暴力は、「体験」を奪い去る

暴力は、自分の体験を奪う。

通常時の体験は、たとえ、偶発的に起きたことだったり、人に何かされることであっても、基本的には、「その経験をしている間、自分には、行動の自由があった」ということが前提だ。そうすることで、「できごと」を自分がどう処理したのか、という部分を認識する。それが経験なり、体験だ。

一方、暴力は、時間、場所、身体、精神の自由を奪わう。「どうすることもできなかった」という感覚は、ずっと続く。

暴力を支配しなおす

それを、語ることで、自分の手にする。受けた暴力を支配可能にする。「人生を物語る」行為は、暴力を、今も続いているものではなくて過去のものにする作業だ。

暴力を受けると、それは、過去のことにはならず、ずっと続くものになる。暴力は、現在を脅かす。わたしの場合、暴力を受けてから、失職したり、人間関係が崩壊したりした。それが暴力という過去が、現在を脅かすという具体的な例である。

そうしたことを、暴力の影響だと認めることが大事である。自業自得、自分のせいだとか、暴力のせいにするのは甘えだとか思っているうちは、社会復帰できない。自分の責任から切り離して、相手に暴力の結果の責任があったのだと、それを問い直す。わたしの回復の過程である。

これは、ちょっと不思議なことだと思われるかもしれない。相手のせいにすることよりも、自分のせいだと思っているほうが、自分の人生の経験を支配することになるんじゃないかと。

ただ、経験上、自分のせいだと思っているのは、自分の能力を万能だと考えていることの裏表だ。

どうにもならないことがあったと認めることが、自分を責めることから解放する。自分に責任がなかった、あれはひどい出来事だった、と物語り、責任がないのに苦しい、と言えることが大事なのだ。

「自己責任」は、社会の責任放棄

話は脱線するけれど、「自己責任」という言葉は、たいてい、何かの被害に遭った人に向けられることが多い。それは、つまり、他人が被害者に責任を擦り付けているのだ。本当は、被害者にそもそも暴力が振るわれないように、社会が守らない行けなかったのに、自分たちにその責任がないと思いたいから、被害者に責任を押し付けること。自分が悪いと思いたくないから、責任を押し付けること。社会が、責任を放棄する。「自己責任」と言っている側が、自らの責任から逃れようとしているのだ。自己責任の主体は、実は社会にあるのに、それをあたかも被害者のものだと押し付けている。言葉が矛盾している。

そして、自己責任は、被害者の物語ることや回復を阻害する。

本来、社会には、人が、安全に暮らせることを保証する機能がある。人の自由を守るために社会がある。暴力が起きるというのは、社会がその責任を果たせなかったということだ。

「自己責任」や、「自衛」という言葉を被害者に向けるのがなぜダメかとまとめると、回復のために自ら物語るという行為を阻害するから。また、社会には、暴力から人を守る責任があるのに、その責任を自分たちで負いたくないばかりに、被害者のせいだ、とすることで、責任逃れをしているから。

自己責任という言葉の主体はどこにあるのか

自己責任という言葉の主体は、被害者にはなく、傍観者や社会にある。自己責任という言葉は不思議な言葉だ。傍観者が、自分たちの社会に責任があると認めたくないから、人のせいにするための言葉なのに、「自己」という言葉がついている。被害者は、自己責任という言葉を受け取ったとき、その言葉を自分で支配することができない。常に押し付けられる言葉なのだ。「自衛」もそうだ。「自分が気を付ければよかったのに」という言葉だから、責任の主体が、被害者にはない。

自己責任や自衛という言葉が、被害者に投げつけられたとき、その言葉は、被害者の人生を回復させない。むしろ妨げになる。「暴力を受けたのは自分が悪いせいなのだ、もっとこうすればよかったのに」と考えさせることは、被害者の意識を過去にフォーカスさせるだけだ。過去を観ている時間は、現在を失わせる。だから、「自己責任」も「自衛」も、被害者に現在を生きることに貢献しない。過去に生きさせる言葉だ。過去に生きている間、被害者は人生の主体になれない。

人生を再構築するために、物語る行為では、やはり、夜と霧のフランクリンを思い出す。

今思うと、彼は、この本を書くことで、自分の経験と、社会との接点を取り戻したのだと思う。暴力にさらされると、人生のコントロールを失い、社会との接点を失う。誰にも見てもらえていない、知られていないまま死ぬのだという感覚は、自分を生きるに値しないと思わせる。自分は生きていても死んでいてもどうでもいい存在だ、だから暴力を振るわれるのだ、とわたしは思ったし、そう思うことで、暴力を生き抜いた。でも、暴力後の世界で、その感覚は、人生を生きることを難しくする。

自分が自分であるという感覚を取り戻す作業

自分は役に立つのだ、という感覚は、自分の誇りを取り戻す。この人生は社会にとって意義があるのなら、わたしは人生を生きるに値するのだ、人生自体にも価値があるのだと思える。物語るというのは、加害者によって切断された、人と人とのつながりや、社会との接点を取り戻す作業である。「世界に受け入れられている感覚」を取り戻す作業だ。社会が果たすはずだった責任を問い直すことでもある。

暴力を受けたとき、社会を信じられなくなるのは、社会が「自由」の責任を果たさなかったからだ。それを生々しく実感するので、人を信じられなくなる。自分の傷が、いつもそれを思い出させる。

戦士としての物語

「人生は解釈次第」というのは、加害者にとって都合のいい言葉なのだ。人生は解釈次第で、悪かったこともよかったことに代わってしまえば、被害者自身が、加害者を、その罪から、覆い隠してしまう。物語ることは、「加害者に罪がある」ということを示す作業である。あれは悪い出来事であり、それは加害者が悪いのであり、自分はそうした体験を潜り抜けた戦士である。そう確認すること。

戦士は傷を負い、今は治癒のために苦しみながら休息をしているが、また、闘いのために立ち上がる時が来ると考えること。それは、暴力をなかったことにするわけでもなく、希望を未来につなげる考え方である。

自分の言葉で物語直し、人にそれを話したり伝えたりすることで、一度ほどかれた信頼の糸をつなぎなおすことができる。


買い物依存と捨てられない問題

わたしは本当に「モノ」に執着する。

購入に至るときの心境

ほしいものがなくても、ネットを見ていれば、何か物欲を刺激する広告や情報、写真、記事などがあるものなので、毎日「ほしいもの」を探しいる。何がほしいのかまだわかってなくても、ネットサーフィンする。そのうちに「ほしいもの」がみつかって、抽象的な「何かほしいもの」ではなく「これがほしい」になる。

商品を何度も見ているうちに買ってもないのに自分のモノだって錯覚する。執着が募って、もう、自分のモノに等しいんだから、これを手に入れられなかったら、わたしは欠けた人間として生きていかなくちゃならない。そんなのはいやだ。そう思って、自分が満たされた人間になるために買おうとする。でも、お金は減る。減るのはわかっているからすごく葛藤する。これ買おうかな、どうしようかな、本当に必要なのかな、という風に。

決済するときには、その逡巡から解放される。すっきり!やった!わたしはわたしになった。わたしはわたしのほしいものを手に入れられる。そういう能力があるんだ!だから、わたしのところに、「これ」は来たのだし、わたしは「これ」の分、より良く生きられるようになった。ちゃんと、わたしは、人生を楽しんでいる。ほしいものをほしいってわかっているんだ!そういう気持ちになる。

でも、それはすぐ終わる。

嬉しい気持ちの一方で、後ろめたく、罪悪感がある。支払いへの恐怖とは別に、「いらないものを買ってしまった」「間違ったものを買ってしまった」という疑念がぬぐえない。本当に欲しくなったから買ったのに、本当に欲しいかどうか我慢すればよかったんじゃないかと、頭の中がいっぱいになる。

「すっきり」はやっぱり一時的なものだ。

すぐに次の何かがほしくなる。

「これが手に入ったらわたしは今度こそ幸せになるに違いない」「この素敵なものが家の中にあったら、どれだけうっとりとした気持ちで生活できるだろう」「わたしにはこれが欠けていたの。だから、満ち足りなかった」「今度こそこれが正解」

「でも、これよりいいものがあるかもしれない。損したくない。同じ値段で優れた性能のものを買いたい」「見ていたら少し高い値段を出せばもっといいものが買える」「なんて素敵なの?」「これもこれも素敵」「選ぶことなんてできない」「これで最後」「でも、前もそう思って買い物をしたけど、結局今も買い物している」

処分したものを懐かしんで落ち込む

五年前に捨てたワンピースのことをいまだに思って落ち込むし、一年前に処分したブーツのことを検索するし、一週間前に処分したショルダーバッグについても悲しむ。

どんなに小さな装飾品でも、それが積み重なれば段ボール箱ひとつになって、それが増えたら一部屋埋まるのまではあっという間だから、人が生きていくスペースを確保するためには処分するのは当たり前で理屈に沿っているんだけど、一度自分の一部になったものを捨てるのがつらいの。一度、手に入れたものは体の一部になる。捨てるときには体を切り離すみたいな気がする。


改名させることは支配の象徴

夫婦別姓を求めている人に、「結婚しなければいいのに」「名前なんて単なる記号でしょ、なにがつらいのかわからない」「愛がそこまでないなら結婚する必要がない」という人がいるので、自分の考えを書いてみる。

まず、結婚すると、便利なことがたくさんついてくる。パートナーの手術の同意書が書ける。家族として扱われる。税金も違う。相続もできる。子供の親権を二人で持つことができる。もちろん、ロマンティックでもある。それが満たされるのは大きい。社会的な信用が全く違う。

名前は記号に過ぎないが、すべての情報と紐づいている

名前なんて単なる記号という人もいる。しかし、その人の個人的な歴史は、その記号に紐づいている。だから、記号が消滅すれば、その人の功績や、積み上げてきた信用が全部失われる。名前というのは、育てるもので、もともと単なる音だったものも、使われていくうちに、意味を持ってくる。名前にイメージが付く。それを自分もフィードバックする。

例えば、木村拓哉、という名前を見たら、たいていの場合、イメージするのはただ一人でしょう。同姓同名の人がいたら苦労するだろうな、と察しもつく。それが、単なる記号が意味のあるものになるということ。

もし、名前が単なる記号で意味がないのだとしたら、「イチロー」という名前に経済的付加価値が付くこともないし、商標登録もできないはず。でも、現実にはこの名前一つとっても、経済的な価値があるし、「イチロー」は商標登録をはじめとした、いろいろな法的な保護をされている。名前には価値がある。

苗字ならば違うかと言えば、そうではなくて、それまでの育った家族との歴史がつまっているし、公的な場ではほとんど苗字で呼ばれるから、公的な場で呼ばれたという経験の積み上げから成り立っているアイデンティティが傷つく。それで、名前を変えると、喪失感に苦しむ人が出てくる。

家格が低ければ名前を変える理由になるか

「たいした家じゃないのに」という人もいるだろうが、たいした家だろうとなかろうと、苗字とアイデンティティと紐づいているということは肯定されるべきだ。そもそも、家に格があるという考え自体が差別的だし、家の格が低いほうが譲るべきだという考えはさらに差別的だ。

愛の有無を試すなかれ

「そこまでの愛がないなら、結婚しなければいい。愛があれば変えられるはずだ」というのも、実際に名前を変えて、「愛を試される」のは女性ばかりだ。愛の有無を試される性に、偏りがあるのだから、それは差別である。ある属性に不利益が、構造的な問題で生じることを差別というからだ。
法律で一つの姓にしないと決められており、変えるのがほとんど女性だということを、社会が公認しているのだから、それは構造的な問題である。

合意の下で、自由意思で決定されているから問題がない?

合意の下で、自ら名前を変えたがっている人ばかりだという人もいるかもしれないが、自由意思であれば、女性のほとんどが改名するように偏るのは、理由があると考えるべきだろう。女性のアイデンティティが軽んじられてなければ、この偏りは生じないはずだ。

改名と支配の関係

植民地支配するときに、たいていの支配者は、自分たちの母国語の名前に改名させる。
被支配者は名前を呼ばれるたび、自分たちは支配されているのだ、だから、自らの名前を失ったのだ、と屈辱とともに実感するだろう。そうしたことは、気力を奪う。

改名は、支配を見せつける効果がある。支配される側だということを思い知らせる。

対等なはずの二人の間の不均等な力関係

対等な二人がするはずの結婚で、常に支配関係が発生する夫婦同姓の強制は、以上の理由で間違っている。

夫婦同姓の強制は、家父長制そのものである。男の家を守るということと、女の名前を変えさせることは、ほぼイコールで結ばれている。名前を変えるとたいてい「嫁」と呼ばれる。実際には、現在の法律では、相手の家の戸籍に入ることがないので「嫁」という概念はない。それなのに「嫁」という言葉は今も使われている。つまり、夫婦同姓が、結果的に、意識の上の家意識を存続させているのは間違いがないので、夫婦同姓は、事実上の家制度の維持に他ならない。

家制度はもうないから夫婦同姓の強制もやめるべきだ

結婚は、新しい戸籍を作る行為だ。家制度はもうない。だから、夫婦同姓を強制する意味もない。だから、夫婦別姓を制度として認めるべきだ。


わたしを嫌いなわたし

わたしは自分のことが嫌いだ。嫌いなときと、まあまあ許せるときと、まだらだ。

まず顔が嫌い、声が嫌い、足音がうるさい、姿勢が悪い、生理痛が重い、メンタルが不安定で、突拍子もないことをして迷惑をかける、長電話のくせがあって、死なないけど元気に働けない程度の病気をいくつか持っていて、人といると疲れる、ダサい、センスがない、能力がない、天才じゃない、美しくなく愚かで、協調性もなく、気が利かない。

自分がアンジェリーナ・ジョリーじゃないって真剣に悩んで、整形手術について一か月くらい検索していたことがあった。同じ人間だってことくらいしか共通点がないのに。自分が平凡でなんの才能もないのがつらかった。なんの才能も能力もない。

ようするに、自分が、貧しく、美しくなく、白人ではない、ということに気が付いた。わたしにとって、そのときの「美しい女性としての完成品」が、アンジェリーナ・ジョリーだったのだろう。だから、自分がアンジーではないんだということに落ち込めたのだろう。

人に笑い話として話して、「才能も能力もないなんて、そんなことないよ」、と優しく声をかけてもらった。でもそれもつらかった。そういう優しい人に恵まれているのに納得しない自分が、せっかくのやさしさや思いやり、善意を受け取れない嫌な奴だと感じて、また落ち込む。

いかにしてわたしは自分を嫌うようになったか

十二歳の時、自分の体が変わり始めた。わたしは、大人への変化が恐ろしくて、男でも女でもない透明な生き物になりたいと願った。

それまでは自分を好きかどうか考えたことがなかった。自分を嫌っていじめる人はいるけれど、だからといって、自分が自分を嫌ってはいなかった。理不尽は理不尽だとわかって、拒否する力があった。居心地が悪いと思うことはよくあった。人と違っていると思うこともあった。

現実から逃げるようにして勉強をして、勉強していたら誰からも怒鳴りつけられないし、みじめなことも忘れられたし、勉強で知った世界は広いしで、勉強しているのはまあよかった。人よりもちょっと優れている感じもある。本当はいろいろとまずい現実が押し寄せていたけど子供だったから何もできなかった。無力だった。でも勉強に対して、自分は無力じゃなかった。自分が何かできるという感覚が育った。だから勉強したのはよかったと思う。人生の軸が勉強になっちゃったのはまずかったと思う。勉強以外には、人生がつらすぎて、自分の体の一部を削り取りでもしないと、自分が生き物だということが嫌すぎた。身体感覚を手放していくうち、生きている実感が得られなくなった。ふわふわしていて、それはそれで快適だった。薄いベールのような膜を通してしか、現実が感じられなくなった。でも、そうしたら、危険を察知する能力が著しく下がって、事件に巻き込まれやすくなった。それと同時に、病気が自分の体が自分のものだと、苦痛を通して嫌というほど教えてくれた。痛みからは逃げられない。

ここぞ、というところで体の不調や、家族関係、友人関係で躓くから、進路が思ったようにいかなかった。そのせいで、人生がうまくいかないんだと思っていた。いつも今よりちょっと前の分岐点のことをずっと考えてた。いつも今よりもちょっと前のことを後悔していた。あのとき、こうしていたら、あれには会わなくて済んだんじゃないかと、いつも過去のことを思いめぐらし、あのとき、もっとこうしていたら、今の自分はもっと成功して、幸せだっただろう、という妄想に没頭するようになり、今、生きているはずの時間を失っていって、過去を思う時間の長さに、現在、できることがあったはずの時間がなくなった。

そして、わたしは、自分のことを本当に嫌いになった。

自分を嫌いになったわたしは、現実が、薄いベールを通したくらい、遠い存在になってしまったので、常にぼんやりとしていたので、自分の体が自分ではないようだった。いつも、夢の中にいるみたいだった。痛い時に現実だと気づいた。

ぼんやりとして、浮遊しているような感覚で生きていたので、危険に対してのセンサーが鈍くなった。危険に気が付かなくなった。

世界への信頼を失うということ

働き始めて、残業帰りの夜道で、肉体的にひどく傷つけられた。それは、自分が女だったから振るわれた暴力だったのは、その時点からはっきりしていた。退院してからが地獄だった。誰もが、どの瞬間でも、自分に暴力を振るえる、それが可能なんだとわかった。それが真実。誰もが暴力を振るうことが可能。そしてそれは気のせいではない。勘違いでもない。実際に、自分は暴力を振るわれたのだから、誰もが暴力を振るうものだと考えて生きるのが正しい。

あらゆる瞬間に、自衛するのが正しい。つまり、外出したら、いつでも殺されるもしれない。家の中にいても、誰かが窓ガラスを割って入ってくるとも限らない。そうじゃないという保証はない。

それを基準に行動したら、普通の生活ができなくなった。それを基準にしないという選択肢はない。体が勝手に怖がるのだから。

エスカレーターに乗ると後ろの人が刺すんじゃないかと思う。エレベーターに乗ると、ひどく殴られて首を絞められるんじゃないかと思う。人とすれ違うと呼吸が浅くなり、震える。

犯罪に遭うと、世界への信頼が傷ついて、外に出られなくるので、働くこともできなくなり、生存ができなくなる。自分が悪いのだと責めているうちに、人に何も話せなくなる。自分の状況を隠すようになる。

わたしは仕事をやめた。三十社受けて、ようやく入社できた会社だった。先輩や上司もいい人たちだった。悔しかった。

「外を歩くことすらできないなんて、人間失格じゃないの?」と思い始めたら止まらなくなって、自分が恥ずかしくなって一生隠れて過ごしたいと思った。

犯人は、暴力を振るいやすい女を物色してから、犯行に及んだのだと言っていた。わたしは、狙われるような、自信のない歩き方をしていたから、狙われたのだと思った。暴力を振るわれたのは自分が悪いんだと思った。

「わたしが嫌いなわたし」は普遍性のあるテーマなのではないか

たびたび、「自分を好きになろう」というテーマが女世界で流行る。ということは、裏を返せば、わたしと同じような人がいっぱいいるってことだ。幸せになれるんだとみんな信じたい。

何かを始めようとすれば、「ワナビー」「意識高い系」「目立ちたがり」「自分大好き女」「自己陶酔」「だから言ったじゃん」「自己承認欲求すごすぎ」「自慢」と言われる。それは、わたしだけじゃなく、弱い属性の人たちはみんな言われる。特に女性は、家庭的で金銭が絡まない趣味ならば見逃されるが、たとえばハンドメイドでも、お金を取って販売しようとすると、それだけでもトラブルのもとになる。女性ブロガーが、バッシングを受けるのはよく見る。同じ内容を書いている男性が賞賛される場面も見る。

自分のしたいことをするのは、恥ずかしいことのように、年齢や容姿、写真、表現物、すべてを、女性はあげつらわれる。自分を生きることを恥ずかしいことだと思わされてきたから、わたしは、自分の人生を、自分の責任で生きられなかった。自分のしたいようにできない。そのことと、誰かのせいにしながら生きる、という責任感のなさは、裏表なのだ。

「自分のために生きたらいけないのか?」この問いの答えは出ている。自分を生きるべきだと、様々な人が言っている。でも、実行できない。

女が嫌う女、というテーマが、何度も繰り返されるのは、女に枷をはめることを娯楽として消費されているからだ。女自身も、それを「面白いもの」だと思い込まされている。わかり切っているのに、進んでいけにえになりたい人なんていない。

愛の名のもとにすべてを投げうたない女は欠陥品

「愛のためにすべてを捨てられないんだったら、それは、それまでの愛だったんだよ」

そういう風に言われたことがある。それを聞いて、ショックだった。自分は薄情で、人間味のない、愛のない人間だと言われたのも同然だった。冷静に考えれば、そういう風に言った人が悪いと思う。だけど、それを言っている人が、住処を保証してくれる人だったら、どんな言葉でも鵜呑みにするしか選択肢がない。

一人で生きていけない状況というのがある。そして、たいていの女には、一人で生きていけない状況になる瞬間がある。そういう風に女たちは、人生を準備されている。娘として、妻として、母としてい生きている間、女はどこにも逃げられない。逃げられない時に、モラルハラスメントや、DV、家庭内のいじめは起きる。

わたしたちは、女は、娘、妻、母になる可能性を持っている、ただそれだけの理由で、自分自身を生きられない。実際に、妻になるか、母になるかは関係がない。女に産まれたかどうかが、分岐点なのだ。

自分を嫌うのは、女に生まれた罰なのだ

自分のことを後回しにすることを徹底的にしつけられるのは、女に生まれたらしかたのない、逃れられない義務のようだ。

娘として親をケアすること、いずれ母親になって子供をケアすること、妻として夫をケアすること。そのためには、自分を慈しむことは邪魔になる。

だから、自分を嫌いになるように、わたしたちは仕向けられているのだ。

女たちが背負いさえすれば、丸く収まる。背負うのをやめると女が言い出せば、社会は崩壊する。そうさせないために、社会は、女をあらかじめ罰する。

自分を嫌いでいることの価値

わたしが自分を嫌いな理由を考えると、それは、「ちゃんとしていない」に集約される。「ちゃんとしていない」の内容を考えてみれば、ほとんどは、女性の性的役割分担に相当するものが多い。

女は、生まれた瞬間から、妻となり夫をケアし、母になることを期待され、娘として介護することを要請される。女は、ケア要員として生まれて、自らのケアを禁じられたまま死ぬ。母親になってから、病院にすら簡単にはいけないという声をどれだけ聞いてきただろう。

それが背負わされた、社会的な幻想だということも知っているのに、わたしはそれを内面化している。内面化しているが、そのおかしさに気付いてもいるので、性的役割分担を実行しきれていない。

性的役割分担を実行したくないという自分と、完ぺきになるまで実行すべきだという自分が戦って、結果として、わたしは自分を嫌いになる。実行すれば、みじめになる。実行できなければ、内面化した基準に満たないと、自分が自分に半端だとののしりたくなる。社会の一員になり切れていないと感じる。

自己肯定感があれば、人をケアするだけに生きられないだろう。それは、性的役割分担にとって、悪なのだ。

性的役割分担の内面化に気が付き、それに疑問を持つ一方で、社会の善き一員として、平穏に過ごしたいとも思っている。

はっきり言ってしまえば、わたしは今も「ちゃんとした育ちのいい女性」としてほめられたいのだ。その矛盾が、自己否定や、自分を責めることに向かう。

それで、わたしは自分を嫌いになるしかない。

わたしがわたしを嫌いなのは、理由がある。

自分を嫌うという、この混乱には、価値がある。この混乱は、わたしの戦いの第一歩であり、証なのだ。