正社員じゃないけれど

 はてな匿名ダイアリー 
はてな匿名ダイアリー
http://anond.hatelabo.jp/touch/20130306163244

病気をして、正社員じゃなくなったけれど、わたしは就職活動をしているときよりずっと幸せだ。

就職活動をしているとき、あんなに切羽詰まっていたことを思い出した。
あのときの気分は、今の就職活動をしていた人にしか、わからないかもしれない。

答えの定まっていないクイズをしているような気分になる。
どこに正解があるのかもわからない、正解があると考える方が間違ってる、その通り、と思って、わたしも死のうかと思った。
京都の企業を受けにいって、あまりにもつらいので、三十三間堂から、主治医に電話をして、「死にたい」と言った。
飛び降りたいと。でも、やっぱり、死ななかった。

元気なときには、否定されても、次にいける。でも、ぼろぼろになってると、ノーに対する耐性がなくなる。

当意即妙な返答もできなかったし、企業の利益になるような志望動機も言えなかった。とにかく惨めで仕方がなかった。

手前味噌だけれど、わたしが入った会社には、「お金を稼ぐために働きます。だから、一生懸命がんばります」と言った。
「どうして?」
「たくさん人よりも勉強にお金を使ったからです」と答えた。
「どうしてうちなの」
「勉強したことをそのまま御社の役に立てることができると考えたからです」
最後にはシンプルになった。
でも、そこだって、落ちていたかもしれない。たまたまうまくいっただけだ。落ちていたら、就職活動を続けていたと思う。
どれが正解かだなんてこともなかった。
単に運だったと思う。

なんとか就職したとき、夢じゃないかと思った。上は、Go◎gleの面接を受けた(面白い経験だったので自慢したい)し、大企業の最終面接にも行った。決まったのは小さな会社だった。
決まるまではあまりにもつらくて、当時の記憶はあまりない。

わたしは、せっかく入った会社を長くつとめることはなく辞めた。
今の仕事は、正社員じゃないけれど、気に入っている。

昼間が空いているから、医者に行くことも可能だし、手に職をつける系の仕事だから、将来起業することもできる。
昼間の時間を利用して、資格を取ることもできる。
いろいろ考えられる。
ブラック産業と言われていることを、あとから知ったけれど、人間関係も良くて、正社員だったときよりも、幸せな気持ちだ。

退職金もないし、休業補償もないし、厚生年金もない。長期休暇も有給もないし、病気になっても休めない。
だけど、仕事はとても面白くて、わたしの替えはいないと思える。

わたしが就いた仕事を誰にでも勧めるわけじゃないけれど、新卒カードを持っていたとき、「正社員だけが職業じゃないよ」と言われてピンとこなかった気持ちを思い出した。
ズタボロになってないと思っていたプライドの違う部分、視野が狭くなっていて、新卒カードをうまく使わないといけないと思い込む強迫観念みたいなのがあった。

わたしはエリートになるもんとばかり、自分のことを思っていたけれど、まあ、そうじゃなかった。それが生きづらかった。
障害者手帳を持って、「ああ、わたしは障害があって、できることとできないことの範囲がある」ということを、目で見ることができた。触ることもできた。
それは、とっても良い経験だ。

楽なこと、気分がいいこと、楽しいことをするのには、勇気がいった。
それだけをしようと決めた。それが治療だったから。
堕落しそうで怖かった。
それに、将来のことに備えることが、今まで当然すぎて、好きなことだけするとどうなってしまうのか、不安だった。
でも、楽しいこと、楽なこと、好きなことだけをしたら、自分に合う仕事が見つかった。
無理をしないと仕事にありつけないと思っていた。安心して、楽なことを今までできていなかったんだな、と思った。
わたしは運が良くて、安心して、「好きなことだけ一度やってみる環境」をぽんと与えられた。
それは、病気になるまでチャレンジしてみようとは思えない分野だった。

好きなことだけやると、のびのびして、自由に、思いついたようにできる。それに、努力も簡単にできる。苦しくない。ちょっと頑張ったことがすぐに成果になるから面白い。
前の仕事にいたときは、どれだけ頑張っても成果にならなかったからつらかった。
向いてなかったと思う。

正社員ではないけれど、向いている仕事に就くという幸せがあることを知った。
これから先もうまく行くとは限らない。うまくいかない可能性の方が高い。
高いけど、今幸せだ。


学歴と生きる力は関係がない

わたしが教えている子で、生活力はとてもある、頭がとてもいいけれど、勉強をする習慣のない子がいる。
その子は、習い事の師範の免状をもらうことも目前らしい。
感心してしまった。その子は特技を磨いていけば、それで生活できるのだ。

わたしは、学歴があった方が、選択肢が多いと思い込んでいた。
でも、社会に出ればそんなことはない。要領が良かったり、人に好かれたりする人の方がうまく行くし、危ないところには行かない野生の感がある人は人生が健やかに、楽に、行く。

「ぎゅうぎゅうに厳しく教えるのと、今まで通りゆったり教えるのとどっちがいい?」
「うーん、そうですね…」

わたしは、成績を上げることこそ善と思ってしまう瞬間がある。
だいたいのときは、勉強を楽しく思ってほしい、自分で勉強できるようになってほしい、というのを目標にしているのだけれど、それでも、ぎゅっと引っ張れば伸びるのではないかと思ってしまう瞬間がある。

実際には、その子のペースに合わせて、その子が、得心がいくように教えないとまったくその子の中に残らないから、時間自体がむだになってしまうのだけれど。

わたしができることは、勉強が面白いと思ってもらえる時間を提供することだけだ。
そして、その子が選ぶ力を持って、自分の人生を選べるようになって、そうして、自分を生きている幸せを感じられるようになってほしいと思っている。
その道具として、勉強が確かにまだあって、それを渡したいと思っている。
勉強と生きる力は、直接には関係がない。


不安と心配

心配されることが重荷になる、家に帰るとほっとすると父に伝えたら、
「自立心が芽生えたんだね、前は、心配されると安心するみたいなところが見えたから」
と言われた。
「心配されるとありがたいと思わないといけないと思っていたんだよ」と答えた。
そうだった、そうだった。
今は心配されるとむっとする。
だけど、前は心配されると、心配をありがたく受け取らないといけないと思い込んでいたから、それを合理化するために、心配されて、言う通りにすると、責任を取らなくても良い自分を作り上げていたんだ。
だけど、言った相手は、責任なんかとってくれない。

過ぎた時間に対しても、選択に対しても、責任は取ってもらえない。
「ほら、言った通りになったでしょう」というのは、母親の口癖だったけれど、わたしは圏外に出てからこそ、その台詞にぞっとする。


欲しいものが我慢できない

今は躁状態らしくて、お金を使うことが抑制できない。

抑制できないということを文字にできるのに、焦っている。
焦っていて、欲しいものを買わなくては後悔すると思っている。

なぜ、こんなに慌てているのだろう。

洋服が欲しくて欲しくて欲しくて仕方がない。つらい。止まらない。


ジルスチュアートのワンピースを妹にあげた

ジルスチュアートのワンピースを妹にあげた。

二年間着なかったからだ。
どうして着なかったのかわからない。高くてきれいな服を着ない傾向にある。

ラメがキラキラしていて、ニットが透けていて、とてもきれいなワンピースだった。

捨てるにしのびなく、かといって、着なかった。
あげてから、着ればいいのに、と思って、後悔して、取り返したい気持ちになった。
返すよ、と言われたけれど、断った。

わたしは取り返しても着ないだろう。
人のものだからうらやましかったのだ。

彼女にワンピースはとても良く似合った。
若いときにしか似合わない服がある。
彼女はとても嬉しそうだった。
若さがすばらしく目に映った。


精神の安定と躁状態と春の靴

ふと、靴屋さんに立ち寄ったら、買い物が止まらなくなってしまった。

今月は、タンスが壊れたせいで、お金があまりないのに、靴を買ってしまった。
春の靴はとてもかわいらしい。
どこに履いていけばいいのかわからないほどかわいい靴を買ってしまった。

四月になったら、臨時収入が稼げるので、それで、負担しよう。
それから、そのお金でニッセンで欲しい服を買おう。
服を買ったら、着ていない服を処分して、クローゼットを整理しよう。

ちょっと、躁状態みたいな感じだ。

今日は、一番嫌な作業をした。書類を作った。
これで、次に行かないと行けないのは税務署だけになった。
少しほっとする。


言い聞かせていないと、ひどい目に遭わせた人間に会いにいきそうになる

自分に「あの人には二度と会わない」と強く言い聞かせていないと、
「あんなひどいことをせざるを得ない人間なんだから、かわいそうな人だ…。面倒を見てあげないと」と思ってしまう。
そうすると、自分が損なわれる。

わたしは、自分にひどいことをする人に対して、なついてしまう部分があるらしい。

医師に「頭の中のアラームを大切にして」と言われた。
わたしが、祖母に会ったとき、頭の中のアラームがびんびんなった。
ここは、危険な場所なのだと。

年を取って弱ったことはかわいそうだけれど、わたしのいやがることを繰り返ししてしまう部分は、年を取ったからこそ直せない。
わたしは、その場所に行かない努力をしないといけない。
それを誰に非難されても、自分を守るためには、非難する人たちからも逃げないといけない。

逃げて逃げて、逃げた先がひとりぼっちでも、それでいいんじゃないだろうか。
わたしは、たくさんのものを失ってしまった。
取り戻せることは絶対にない。
失ったものは、失ったものだからだ。
新しく、何かを得ることはできる。
だけど、失ったものは帰ってこない。

それは、心にとても痛い事実だけど、同じ過ちを二度と起こさないための痛みだ。
痛いことはわたしを助けてくれる。
これ以上、時間と誇りを奪われないために、わたしは、都合の悪い場所には行かないし、会いたくない人には会わない。


祖母にお風呂を覗かれた、うわあしんどい

祖母がいきなりお風呂場にやってきて、ドアをがちゃっと開けた。
手で必死に押さえて、開けては閉めるの攻防を繰り広げた。

「お湯の温度はちょうどいいか」
「お湯の入れ方はわかるか」
「脱衣所は寒くないか」
「風呂場は寒くないか」
「脱衣所にストーブを入れたからあがるときに切れ」

これを言うときにいちいちドアを開けようとするのだ。
結構力がある。普段は、自分では開けられないらしい。怖い。

怖い!これが、ジェネレーションギャップなのか。祖母世代にとって裸は恥ずかしいものではないのだろうか。
お風呂なんだから寒くないよ。

腰の曲がった亀のようなスローモーな祖母に迫られて、恐ろしい思いをした。

母も、いきなり来る癖があったんだよな。
もう、どうでもいいけど。


祖母の心配に溺れる、溺れる前に逃げ出す

祖母が施設に入ることになった。会いに行った。
これで、おそらく生きているうちには、会うことはないだろうと思う。
そう思ってみると、気が楽になった。

祖母は戦後の時代から一代を築いてきた人で、だいぶ苦労してお金を稼いだ。
体が利かなくなってからは、他人を使うことにためらいがなかった。
昨日会ってきたら、「心配だ」「あんたのことが心配だ」「その髪を切るわけにはいかないかね」「寒くないかね」と言われ続けた。
文字にすると、優しいようだけれど、心配に押しつぶされて窒息しそうだった。

わたしはちょうどいい。あなたに心配される必要はない。黙っていてくれ。
わたしは寒くない。寒いのはあなただ。わたしは寒くない。心配を止めたいなら止めたらいい。あなたの心配は趣味だ。わたしはあなたの他人を巻き込む趣味につきあうのはいやだ。

と、叫びだしたくて仕方がなかった。

肉をちぎって娘にあたえ、娘は肉をちぎって、その娘に肉をあたえる。

だから、彼女たちは、自分たちの思うように、自分の血を分けた娘たちが行動することが当たり前だと思っている。
そうでないときにはむっとして黙り込み、怒り、すね、泣き落とす。
無言を貫いてから、実は…と語りだし、涙ながらにひしと抱き合う。
わたしは、そういうのはもういらない。
ずっと逃げ出せずに、長い人生を無駄にしてきた。

わたしの祖母と母は、わたしからわたしの人生を盗む泥棒だ。
彼女たちは、自分の輪郭と自分の娘の輪郭がはっきり区別がついていない。
わたしがいやがっていても、いやがるから止める、という発想はない。いやがっていることが目に入らないし、声も聞こえない。
心配をありがたいと思った方が良いだとか、大人げないだとか、そんな言葉が頭に浮かぶけれど、泥棒と一緒にいては、そんな余裕はない。
わたしは、わたしの人生を奪い取られたくない。
だから、わたしは母と祖母の心配の海から逃げ出すのだ。
帰ってきて、心底安心した。
ここはもう、安全な場所なのだ。
わたしは、この場所に守られている。誰の世話をしなくてもいい。
わたしは、もう、会いにいかない。


年収三百万台なんて遠い夢の話

ネットで、三十代になっても年収三百万台なんて信じられない、どうやって暮らしているのか、みたいなことが書いてあって、がーんと思った。
わたしにとって、年収三百万なんて、遠い夢のまた夢なんですけど。

三百万もあったら、どんな風に使ったらいいのかわからないくらいだわい。