年寄りとの別れ

笑って、また会うつもりだけど、もう会えないこともわかっている。
けれど、そういうことをいちいち意識すると切ない。
遠くに住んでいる年寄りとの付き合いはそんな感じがある。
いつ死ぬかわからない。

そう話すと、精神科の先生は「そう思っていたら、思われる側になったということもありますね。僕は、もう、死ぬ側なんですよ。ははは」とおっしゃった。

わたしは、今週末、祖母に会いにいくつもりだったけれど、風邪を引いて、会いにいけなかった。


めまいの一日と親御さんの不安

めまいがひどくて寝込んでいた。
めまいのせいで、吐いた。
年齢を感じた。

めまいというのは、ある一定の年齢の女性がなりやすいものだと聞いていたので「とうとうきた!」「くせになってしまうのかも!」と思った。
なにより、吐くほどひどいめまいは生まれて初めてだったので、こんなにつらいものかと思って驚いた。

去年は初めての腰痛になった。
今年は初めてのめまい!

今までも十分不調だったのだが、そういうことが、母と決別することで完治したこととは別に、体は加齢による老朽化の一途をたどるのであった。
人生は一回しかない、ということが身に染みる。
わたしは、二度と、自分がしたくないことを気を使ってしたりしない…決意を新たにした。

体の不調があると、どんな風に生きるのか、なにを最高順位につけるのか、大切に考えるきっかけになる。いい面もある。

わたしは、不安定な仕事にやむを得ずついたが、案外楽しい。
がんばればがんばるだけ稼げるところもいい仕事だ。

人と人とが関わる仕事としていろいろ考えられる。わたしは人間が得意でなかったから、人と関わる仕事に就くとは思ってもみなかった。わたしの仕事は、子どもを教える仕事もお金をもらってする仕事だ。就く前は、あまり想像していなかったけれど、親御さんのことを支える仕事だと思った。
親というのは、不安に怯えている。
だから、新しくやってきた「先生」に期待もしているし、疑ってもいる。
それに対してどうしていいのか、最初戸惑った。
親御さんの期待に沿おうとして、子どもに怖がられてしまったこともあった。
そうすると、子どもはリラックスできないので、緊張して、勉強のことが頭の中に入らなくなる。
逆に、子どもが楽しんで勉強して「勉強楽しい」と言い出すと、成績が変わらなくても親御さんは安心する。

親御さんは子どもの人生が一回であることをよくわかってる。だから、緊張している。

わたしは子どものとき、「人生が一回きりだったこと」を字面通りにしか理解していなかった。
だから、後悔しているし、この後悔を誰とも取り替えたくない。
わたしはどんなにくだらない人生でもいいから、この立場を誰とも変わりたくない。
もう、そういうのはいい。失敗してもいいから、自分の人生を生きたい。行き当たりばったりでも、自分の人生を自分で決めたい。
より良い人生のためにこうしなさいという指令を受け入れたくない。

子どもは親の逆転のチャンスなんかじゃない。
一番すばらしいのは、わたしが、もう子どもではないという事実だ。
わたしは、誰かの人生の逆転のチャンス扱いされなくてもいい。
それは、すばらしいことだ。
わたしは、平凡な人間で、安定した仕事に就くこともなかったけれど、体は健康で、夜も良く眠れる。
楽しいことも知っているし、これからやってみたいこともある。

めまいを経験したのは、あまり良いことではなかったけれど、わたしは年を取ってきた大人だということがわかってよかった。しかも、それを毎日仕事でよくわかる。子どもに、面と向かって、「昔の人」扱いされたのには、笑った。彼らには悪気などないのだ。
年齢のことで気を使われているときに、いっそう年齢を感じる。でも、年齢も感じなくていいのだ。
大人だということそのもので、子どもの役に立てる。だから、今までのことを後悔したり、腹を立てたりする時間がだんだん減ってきた。仕事があるから。


感情に意味はあるんだかないんだか

感情に意味があるのかないのかが、最近のわたしの悩みです。

というのは、わたしは気分障害があるので、気分に人生が振り回されまくっていて、舵が切れない状態だからです。

感情が大事、と、認めてあげることで気分障害が治るものならいくらでも「よしよし」したい気持ちでいっぱいだけど、どちらかというと脳の問題らしい。

痛い、に意味があるのかに似ています。

痛いというのは、重要な信号で、痛みがあるから命が守れる。とすると、感情があるから命が守れているのかもしれない。

でも、痛みがあまりにもひどいと人がショックで死んでしまうように、感情の振り幅が大きすぎても、やっぱり支障があるようです。

それに、わたしは、感情が不安定なことに、コンプレックスがある。だから、感情に意味はあるし、価値もあるんだと大手を振って認めることが難しいようです。

感情だとか感覚だとか、本当に何のためにあるんだろう。

あったらあったで、判断を鈍らせる厄介なもの。支障を来すもの。でも、ないならないで、悲しみや喜びを感じることができなくなるから、何のために頑張るのかもわからなくなるし、何のために生きているのかも、「実感」できなくなって、何もかも虚しくなってしまう(これも感情ですね)、厄介なもの。

機械のようになれたらいいなあ…とあこがれもします。

でも、機械にはなれないです。

なれないことを考えても仕方がないです。

とすると、感情は、もう、必ずあるものとして考えるよりしかたがないものかもしれないです。

しかたがないから、感情には意味があると思うことにします。

感情は、ただ、存在することを認めるだけがいいのかもしれません。

そこに花が咲いているように。

花が咲いているときれいです。きれいだと楽しいです。元気が出ます。

元気が出れば、それだけでいいのかもしれません。たぶん。


精神病患者の一日

朝、八時に一度起きて、「やっぱり具合が悪いような気がする」と思って、二度寝する。
起きたら十一時前になっているので、呆然とする。呆然としているうちに「めまいがするような気がする」と思って、布団に潜り込んでもう一度眠ってしまう。
一時になると、いやいや起きて、顔を洗って着替える。
食事を作って食事をする。(←NEW)
それから、インターネットをする。
インターネットをしてから、少しだけ勉強する。
勉強をするとあっという間に仕事に行く時間になる。
仕事に行く。
帰ってきて食事をする。テレビを見る。テレビを見ることは、医師に勧められている。
ドラマなどを見て、ほかの家庭や、ほかの職業感に触れて、自分の中にある物差しを増やす。そうすることによって、自分を豊かにして、自分も悪くないと思えるようになる、とのこと。
それから、十時くらいに風呂に入る。
眠る前に何か食べる。この習慣は止めたい。
二十四時過ぎくらいに就寝する。


今日書ける文章

今日、このブログに来た人はゼロでした。

なかなかにショックです。

もっと読みやすい明るい文章を書ければいいなあ、と思います。
そうしたらもっと読んでもらえるのになあ。

共感している文章も書けたらいいし、くだけた文章も書けたらいいなあと思います。
このブログは、分析力もないですし、客観性も乏しいです。
ただ、記録のためにつけているのですが、人が読める状況にしているので、もう少し面白いことを書ければ、もっと良いなあとも思います。
でも、最初に決めた通り、今、書ける文章を書くことにしていたのだから、これで良いのです。たぶん。

今日は日曜日でした。
今日は、生活をきちんとするために、ちゃんと料理を作りました。
唐揚げ、マカロニサラダ、菜の花のおひたし、なめこと豆腐のお味噌汁。これだけなのに、二時間半もかかりました。手際が悪いですね。

先のことを考えると不安になります。
今の仕事を続けているので良いのかな。とか、将来どうなるのかな、とか。

高校数学の勉強を始めました。これで、高校生も教えることができるようになるはずです。
そうしたら、収入もあがることでしょう。

十年後のことを考えると、吐き気がするほど不安になります。
だけど、そうはいっても、今できるのは、明日ちゃんと起きること、仕事をすること、元気で一日過ごすことだけだなとも思います。
そうしたら、十年後に笑っていられるんじゃないかなと思います。


母とわたし

母と会わなくなって、少しずつ、「会わなくていい」「会いにいかない」ことを繰り返すことで、火が燃えるような激しい怒りに我を忘れることも、だんだん少なくなってきたように思います。
わたしは一度、怒りと一生ともに生きることを覚悟したのですが、あれほど激しかった怒りも、少しずつ忘れてきています。

母がしたことは、わたしの一番良いはずだった時代を奪ったことです。
友達と遊ばせず、友達の悪口を吹き込み、テレビを見させず、睡眠時間を十分与えず、趣味をさせず、常に見張り(冬でも部屋の扉を閉めることを禁止されていました)、楽しませないこと…。下着の素材、柄、種類まで決められていました。それくらい自由がなかったのです。自分で選んだ下着を履くと、赤ちゃん言葉で、ちくちくと責めるのです。

それは、異常なことでした。絶対に許されることではなく、わたしは、母を許しません。
わたしは、母に会うと、体調が悪くなり、生きていくことが難しくなります。
決意とは関係なく、わたしは母と会えば死んでしまうかもしれません。簡単に、「お母さんも心配してるんだからわかってあげれば」という人がいましたが、距離を置きました。
母に会えと言う人は、わたしに死ねと言うのも同じようなものです。

母は、妖怪のようにわたしの人生に覆いかぶさり、わたしの人生を簒奪しました。
わたしが当然得られるはずだった、経験や、自尊心を奪うことで、わたしが母から離れられないよう依存させ、支配させたのです。
そして、依存するわたしのことを辱めました。
そうやって、わたしの人生を簒奪して、彼女の人生が、より意義深いものになったかと言うと、それは全然なっていません。
本当に無駄だったと思います。

わたしは、母から離れてようやく得た健康が本当に尊いものだと感じます。
その日暮らしと言えども、仕事があり、ストレスもなく、居心地よく生きられること…。母から人生を切り離しただけで、こんなに幸せになるとは、思ってもみませんでした。今では、自分の好きな下着をつけることができます。それは、本当にすてきなことです。
自分の好きな下着を身に着けることが、こんなにも心を和らげるなんて、わたしは知りませんでした。
毎日が、発見と喜びに満ちています。
普通の人たちが、こんな風に、生活を、喜びに満ちて経験していたのかと思うと、わたしが失ってきた日々が、恐ろしく思われます。

母は、ずっとわたしを「こうしないと不幸になる」と脅し続けていましたが、母は、単に、自分からペットが離れることが許せなかっただけだと、今はわかります。

わたしは、母の分析を、今はあまりしないようにしようと思います。
それは、自分の中に、「母のことがわかる」と思う気持ちを育てる気力がないからです。


伊予かん

伊予かんが好物なので、スーパーマーケットで購入した。

何の気なしに買ったけれど、伊予かんを向いたとたん、郷愁にとらわれた。

母は、伊予かんが好物で、冬になれば伊予かんを切らしたことはなかった。わたしは何の心配もせずに、飽きるまで存分に食べ、もしくは、あまりにも好きなので節約して食べた。
わたしはおいしいものを食べさせてもらって育てられた。

香りや、酸味。瑞々しい感触。幼い頃を思い出す。平和なひとときもあったのだと。

ふいに、帰りたいと思う。

けれども、わたしは帰らない。
けっして。


教えることと感謝されること

教え子の親御さんから、感謝された。

本当に嬉しく、感動した。

「この子は、今まで、勉強と言うことでは、一度も充実感を得られたことがありません。それが、今では充実しているようです」といって、頭を下げられた。
頭を下げるのはこちらの方だと思う。

教えることで学ぶのだ、というけれど、本当に、子どもたちの、「新しいことを知りたい」という熱心さ、果敢さ、純真さには、いつも感動する。
わたしが教えている子どもたちは、授業にまったくついていけない子どもたちである。
しかし、その子たちの話を聞くと、先生方も、一生懸命教えていらっしゃることは伝わってくる。
子どもたちは、一生懸命、先生のおっしゃってることを理解したいと思っている。
尊敬もしている。
けれども、いろいろな事情があって、先生のおっしゃってることが、まったく理解できない。

それは、先生方の教え方が悪いのではなく、一度に教える人数が多すぎるのだ。
わたしは、子どもたちが、一度は耳にしたことをもう一度、それとも何度でも教え直すだけなので、最初に教える学校の先生よりもはるかに楽な仕事をしている。

だから、親御さんに感謝されるというのは、本当に望外の喜びで、毎日、子どもたちが「わかった、嬉しい」と目を輝かすことを目にし、自分の人間的ないたらなさ(先を焦ろうとしてしまうことや、自分が親にされたことをくりかえしてしまいそうになること)を反省する機会をいただき、また、子どもたちが成長する過程に立ち会わせてもらい、お金をもらい、その上で感謝されるということなので、本当に嬉しい。

思うに、学校の先生方は、そのような感謝の言葉を受ける機会が少なすぎるのではないか。
わたしは、この気持ちを誰かに分かち合いたい。わたしは幸福な仕事をしている。


精神病の薬

わたしは今日一日起きていることができた。

薬が効いていたのと、暖房の温度がちょうどよかったせいだと思う。
節約しようとすると、布団から出ることが難しくなるので、温度の設定は、気分がよく過ごせる温度の方が良いみたいだ。

わたしの精神病の薬は、こううつ剤×3、エビリファイ、セリニカくらいで、そんなに多い方じゃない。
頓服で、精神安定剤が出ている。

前の処方は、抗不安剤、精神安定剤、こううつ剤がセットで夜だけで出ていた。

今は、まんべんなく一日の気分が安定するような処方だ。

わたしは一週間交代で、そう気味なときと、鬱的なときがある。そのうえ、朝はうつ傾向にあって、夜はそう傾向にある。

こうしてブログを書くのが夜になりがちなのも、夜の方がそう気味になるからだ。

医師からは心配いらないと言われている。いずれ落ち着いていくし、夜の方が調子がいいなら、そのときに活動するのも、そんなに悪くないし、できることをやるように言われている。

生活習慣を見直すために、今日は、歯を丁寧に磨いてみた。
細かいところが汚れていて、毎日丁寧に磨かないとだめだなと思った。

病気のためかどうか、生活習慣が乱れがちになる。
とくにPTSDになると、甘いものが欲しくなる。実際、わたしは14キロほど太った。今は11キロやせた。それからなかなか落ちない。
脳のセロトニンが少なくなって、不安を紛らわせるために口を動かしたくなるのと、糖分で不安を紛らわせたいかららしい。

当然歯にも良くない。
虫歯もできた。

太ったことと、虫歯ができたことで、うつ状態にも拍車がかかった。

わたしがやせ始めたのは、入院して、薬の処方を変えてもらってからだ。

一日の気分の状態を診ながら薬を変えてもらったおかげで、かつてなく、気分が安定している。
わたしはもともと気分障害があって、友達と遊ぶ約束をするのも、次の日の気分がどうなるのかわからず、約束の予定が立たなかったのだ。
これは非常に不便で、医師からも
「約束ができないのは不便だし、社会生活を送る上でも妨げになるので、薬を使ってでも、少なくとも一週間先の予定が立つようにしましょう」と言われた。

気分障害では、どんな風になるのかと言うと、気分が悪くなって、体調が悪くなって、家の中でも這うことしかできないほどの体調の悪さになってしまうのだ。
めまいもするし、吐き気もする。
一般的なイメージだと、気分障害と言うのは、気分が変わり次第「めんどくさい」と自分勝手に人の約束を破る人、という感じだと思う。
そういう面もあるのかもしれないけれど、本当に体が動かなくなる。
体と心はつながっていると言うけれど、身にしみる。

とはいえ、わたしは薬を変えることで、ずいぶん状態が変化した。
今では、昔の具合悪さが、思い出せないくらいだ。


生きる自信と元気な人

生きる自信がない。
全然ない。

だから、ちょっとでもやりたいことがあればやる。
しかたがないからやる。

生きる自信がないと言うのは、朝起きて「ああー、今日も一日が始まってしまった…具合悪いところを探そう。そうだ、頭が痛いような気がする、もう一度寝よう…ぐうぐう…は、十時になってしまった…人間失格だ」というような日々を送っていると、自分がほとほと嫌になります。

だから、小さいことでも、何かやろうと思ったことをすぐすることが、大切なのだと思います。

わたしは、元気な人がどんな風に考えるのか、もう思い出せません。

元気な人は、どうして元気なのか、全然わからないです。

わたしは、事件にあって、人間は誰でも死ぬし、裏切られるし、誰も信じられないんだ、と思ってから、すっかり自信がなくなりました。
生きていても良いことがないような気がします。
裏切られる方が真実であって、そのことを知らずにすごしているようにみえる人たちを、信じられないように思います。

こういう風に思うのは、犯罪被害者の特徴です。