かわいいと疲弊するからやりたいことが思いつかない

朝起きて、子供に水を飲ませて、自分が着替えて、子供を着替えさせて、おむつを替えて、泣かれながらトイレに行って、コーヒーを入れて、みんなで食べて、テーブルを拭いて、洗濯機を回して、保育園の準備をして、送って、帰ってきたら洗濯物を干す。そうするともう十時になっている。

少し座ってぼんやりして掃除をして食事を作って食べて片付けて具合が悪いなあ、そういえば咳がもう一週間続いていて、36.7度のまま上がりもしなければ下がりもしないのはしんどいなと思う。

そして、保育園に迎えに行って、子に水を飲ませて、風呂を沸かして入って、食事を作って、子の分は先にとりわけて冷まして細かくはさみで切る。子は食事作りを手伝ってくれる。台所に来て、引き出しの中のものを出して、またしまう。

コンロのスイッチをいじろうとするから、抱っこしてどかす。泣くのであやす。伴侶が連れていく。料理をしながら、調理器具を洗い終わる。包丁を使っていると足元に子供がいる。

食事をあげるのは伴侶がすることになっていて、伴侶が食事をあげているうちにわたしは食べる。食べ終わったら自分の分の皿を洗う。洗濯物を取り込む。伴侶は洗濯物を畳む。子の歯磨きをする。子の鼻水を電動鼻水吸いで吸ったり、薬を飲ませたりする日もある。そうすると夕方になっていて、どちらかが仕事に行く。

仕事に行っていないほうは、つまり今日はわたしが子供と遊んで寝かしつける。

子供が六時に寝ることもあるし、十時に寝ることもある。時間ができても、わたしは、横になりながらスマホを眺めている。やりたいこと、思いつかない。

やりたいことをやればいいんだけど。いろいろある。ゲームしたい、読書したい、勉強したい、考え事をしたい、映画観たい。すればいいじゃん。でも、思いつかない。重い腰が上がらない。

子供はぐんぐん成長する。いろいろなことができるようになる。ダイナミックな変化だ。ついていくのがやっとだ。全部見ていたい。でも、子供はとてもかわいいから、かわいいものを見ていると疲弊するから、わたしはちゃんと見ていられない。楽しい、うれしい。子供がぱちぱちをする、どうぞとぬいぐるみをわたしてくれる、わたしもぱちぱちをする、ありがとうとぬいぐるみを受け取って、そして、どうぞとまた渡す。それを三十分くらい繰り返す。音楽をかける。ネットフリックスを観る。音楽に合わせて子供がゆらゆらと踊る。わたしも踊る。楽しい、楽しいね、というと、子供もうへうへと笑う。キャーと笑う。子は、PS4のコントローラーのボタンを押して、PS4の電源をつけたり消したりする。ジョイスティックも動かす。だから、そのたびにもう一度つける。もう一回消される。子供は笑う。わたしも笑う。とてもかわいい、とても幸せ。

目をつぶっても疲れすぎて寝付けない。頭がじんじんする。ぼんやりする。

 

そうすると、時間があるときに、やりたいことが思いつかない。

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