マサキチトセ氏の差別的放送後の抗議の記録《エロくない性の話》批判

やりとりの、わたしが送った部分を公開します。

批判は批判が存在すること自体で、意味があると思うので、謝罪を目的としません。

しかし、マサキチトセ氏がどんな言葉を何回使っているか、検索して数えたところ、

申し訳 1
ご理解 2
すみません 0
ごめんなさい 0(出先でごめんなさい1)
謝罪 0

ということになりました。申し訳ないというのは、「コニーさんに絶望感を与えたのですね。申し訳ないです」という文脈で使われました。

ご理解くださいという言葉に問題があるのは、自分が害を加えた属性の相手にさらに負担を強いるからです。

今回の件の問題は、「反差別・セクシャルマイノリティについて書く・講演会をするライター」が主催したツイキャス番組でゲストが「女性差別にあたる言動」をとり、主催者がそれを放置した点にあります。

彼には、「ゲイがアウティングされたら自殺するかもしれないこと」を心配する能力があります。しかし、女性差別的言動が、「反差別的な立ち位置の番組」で行われた結果、「女性が自殺するかもしれない」という可能性を想像することはできませんでした。これは、能力的なものではなく、彼自身の「価値観」に依存するものです。はっきりいえば、女性の権利や健康に関心がなく、自分のコミュニティにのみ、関心があるからそういう態度になるはずです。

(きっとそうではないというでしょう。しかし、実際、わたしは健康を害しましたし、自殺を考えました。そういう疾患を持っているからです。そして、それを伝えました。けれど、彼は「指摘に感謝」という言葉遣いを選びました。)

「指摘に感謝」するとブログやツイキャスのページ、ツイッターに書かれていました。

まず、この発言自体に問題があります。

  • わたしの苦痛は感謝されるようなものなのか。
  • わたし(たち)の苦痛は、シス男性を賢くしてアップデートするための踏み台ではない。

ことが問題としてあげられます。

(自分の番組をよくするための材料としか考えておらず、こちら側の感覚的な理解がない。どれだけわたしが言葉を費やしたか下記で見てください。最初の日のDMを受けて、なお、彼は「感謝」という言葉を使っています。そして、ご理解くださいという一方、「絶望を感を感じさせてしまったのですね……。申し訳ないです」のみの謝罪は一回にとどまる。負担をさらに与えてもかまわないと思っている、そもそもそのことに気が付きもしない。ようは自分のことしか考えていない)

また、最後の貼ったリプライの応酬は、かなり良いように見えます。

(反省する、努力する、反映する、謝罪する、大変申し訳ない気持ちと書いてある)

しかし、今、自分の番組で起きている女性差別への批判の話なのに、なぜかマサキチトセ氏は、「トランス女性」「民族差別」「経済格差」の話が混入をさせている。その話はしていない。話をそらされている。

同じ差別だからではなく、今現在進行形で起きている差別を、わたしが、差別の実行者である彼に対して、「女性差別の話に関して抗議している」のに「経済格差や民族差別と同じように」と言われてしまう。おかしいと思います。

彼はいったいどこへ行った?自らを透明化してしまった。彼は、透明人間だ!

また、DMでは見られなかった言葉が、どうして、リプライでは見られるのかということを考えると、絶対に「そんなことはない」と言われるかもしれないけれど、受け手としては「見えるところと見えないところでは態度が違うのだな」と思います。

使う言葉が、場面によって違う、というのが、差別の表れの一つだからだ。

わたしが、このような扱い(わたしは不当だと思う)を受けるのは、わたしのどの属性に依存するのだろうか。

わたしは、この件では、女性差別について、抗議している。その点で、このような態度の違いを使い分けられると「女性」という属性に対して向けられた差別だと考える。

改めて言うが、今回のことは、「やか氏」の差別的な意識がきっかけだったかもしれないが、「マサキチトセ氏」自身の差別意識が問題だと言える。

「トランス女性だから」という理由によってのみ経験の差異があるのだと考えることは(それがゼロではない、あるいは大いに関係しているとしても)危ないような気がします。

性別はとても大きな要素で、男女差別の影響はほぼすべての人/が受けていますが、他の不正義(経済格差、民族差別、etc.)によって私たちが受けている影響も計り知れません。

だとしても、わたしなら、このことを違う言い方で表現します。

「経験の差異があるとしたらお互い学ぶことで克服できる」というように。

また、やか氏の差別的言動と、それを看過することで女性を抑圧する形の差別を行った主体であるマサキチトセ氏が「トランス女性に経験の差異があるからと考えることは危うい」と、この時に言うのは間違っています。はっきりと。

それは、わたしに対して、また、女性に対して抑圧として働きます。

なぜならば、彼には権威があるからです。

彼は、華々しい経歴と、セクシャルマイノリティについての文章を商業ベースで掲載されています。それは、彼の言動に、「説得力」を与えます。

わたしは、まさにこのような言動によって、抗議をためらいました。そして、抗議の最中にそれを「再び」されたのです。

私自身シス男性として生活しており、ミソジニーやトランスフォビアから全く自由でない立場で言うのは何様という感じですが、願わくば、シス女性とトランス女性が女性同士として(民族や障害、階層などの他の軸と同様に)意見し合えるような状況が望ましいと思います

これは、自分の行った差別と抑圧を、他人事にする一言です。

「何様」ということになるから、発言を控えるという態度が、自らの行った差別に対して許されるのかと言えば、許されません。

願わくば、ということこそ「何様」ということになります。

これは、「シス男性」が頭上から「トランス女性」と「シス女性」の争いを眺めているから出ている言葉です。

そういう構造を自分で作りだしておきながら、「自分はシス男性だからとやかく言えない」というのは、カマトトとしか言いようがありません。

意見し合える環境を、今、まさに、作り上げることができないばかりか「抑圧を実行した」反省の口の根も乾かぬうちに、「願えてしまう」ことは非常になんというか私の語彙では表せないけれど醜い言動です。

トランスフォビアやミソジニーから自由にならないから、だめなんじゃなくて、「差別的な言動を発信した」実行者なんですよ。そして、三時間、それについて一切反省しておらず、他人事のまま、六日までいたる。

差別的な言動を三時間たっぷり流して聞かせた人間が「願わくば」という。

わたしは、それが許せません。

ブログなどの追記を見ましたが、彼が本質的な問題を理解しているとは思えません。

彼が、差別的な言動を公に流した実行者なんです。それを選択したんです。そして、継続し、番組が終わるまで、止めず、今もなお、高みから見物しているような物言いをしています。

以下、資料として、わたしのDMに書いた文章を公開します。

マサキチトセ氏が書いた文章はここには載せていないので問題はないはずです。

まさきさーん こんばんはー ラジオありがとーございました

ちょっと自分でもきもちがまとまらないので、リプライじゃなくてDしますね

わたしのなかに、トランス女性にたいしてフォビアがあるのかについては、きちんと考えなくてはと思うのですが

教育格差についてです

ラジオいつもたのしみにきいています いつも刺激になりますで、教育格差のくだりなんだけど、むねがぐっさりしました

 自分の気持ちをありのままにいうことをゆるしてほしいのだけど

 今もなお、女の子だからあきらめないといけない進学があったり、理系の科目にかんする興味を巧妙に折られる現実や

 ストーカーや変質者にあって、安全に学校生活をおくれず、慰めたりします
私自身、女性だからと理系メーカーを全滅した上、同期に「女性が志望しないから理系メーカーには女性がいない」といわれて、声がでなかったことがあります
塾で、理系は男性教師に教えてほしいと言う親もたくさんいます

 理系科目より古文ばかり振られます

というのをぱっと思い出して

同じ家庭でも男の子は浪人して県外を受けられても

 女の子はダメとか往々にあり、それを慰めながら授業します
 でもそれもましなくらいで、そもそも同じ兄弟でもかける額が違います

 女の子は理系にいくなら看護か薬学部です

塾にいっても、そこでそれ以外を勧められません

ゲストの人に同じ認識をもってもらうのは難しいのは承知ですが

 いまなお、教育格差にまつわる話は、女性には生々しいものです

女性として学生時代をおくらないとみえにくいのでしょうか。

ということをおもいました

構造がちがうんですよね。


投稿者: c71

c71の一日 フェミニスト、自閉症スペクトラム、双極性障害(躁鬱)、性暴力サバイバーhttp://www.vesii.jp/ ベシー占い 占いをしています。

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