女に「教えてあげる男」

誰かに何かをさせるというのは、暴力になりうる。

話を一方的にすることも暴力の一形態だ。
相手の話を聞いているつもりで、単語しか読まず、自分の話だけを延々として改めないという暴力がある。
それは被害者が読めば加害だから、やめろという話が理解できないのだ。
これは、思いやりがない、共感がないのではなくて、「国語として読む力がない」「知識を与えるべき下位の存在から言われる話がないと無邪気に心から思っている(信じるというレベルでもない)」ということだと思う。
だからといって、あなたには読む力がないようですね、といっても「あおり」みたいだし、何といっても通じないだろう。
落ち着いて文章を読んでくれと言っても、音として読むことができても、文章として、言葉と言葉とのつながりを理解できない人には何を言っても仕方がない。単語を拾ってそこから喚起されたイメージを「読んだ」と信じている人はたくさんいる。

それでも、目の前のセカンドレイプを放置しておけないから、それは加害だということを言う。
でも、当事者だと名乗れば、自分の傷を深めることになるので、当事者がすることには限度がある。

言葉もないなら黙ればいい、そのうえでいうなら、わかっててセカンドレイプしているわけだから罪が重い。
女性が就学し、就業するためには、TPOにあわせた衣服を着る自由が必要だ。
しかし、それを制限する考えが生まれてくる時点で「加害者メンタル」だ。
衣服の自由を制限することで犯罪にあわないようにしろ(しかし、服装に気を付けても犯罪に会わないわけではない)と、引き裂かれた命題を一方的に与えることができると思うのは「被害者」を「下位」の存在だと思っているからに他ならない。

対等だと思っているなら、そんな無茶苦茶な「アドバイス」をするのだろうか?
男同士で「おやじ狩りにあった」「金持ってそうな格好してたのが悪い」
という会話をしたら、そいつは、正気を失っていると思われるだろう。女に関してそれをしても、「正気を失っていると思われないだろう」と思えるのは、やはり、女をバカにしているのだ。


犯罪にあわないですむ服があったとしたら、その服を置いておけるだろうか?
そして、その服を着ていこうという日はどんな日だろうか?
通学?通勤で使えるか?
また、それを着ていたら、「女性だ」という属性がばれるわけだから、なんとしてでも、嫌がらせしようという人はいる。
男になるしか、このミソジニックな世界で、被害者にならないで済む方法はありはしない。

服装の是非ではなく、攻撃対象になる「性」であることが原因なのだ。

正確に言えば「その属性だったら攻撃していい」と社会的に容認していることが原因だ。
服装を変えれば犯罪にあわない可能性があると言い募るのは、「属性に関するイメージを社会が変えるは不可能なので、お前は努力を続けろ」という絶望的なメッセージである。
「社会を変えることは不可能だが、被害者を変えることは可能だ」
これ自体が、どうして、人を傷つけないと言えるだろうか。
被害者は、被害者になった時点で変えられる。
女性は赤ちゃんの頃から、性的対象とみなされ、性的搾取される。
だから、自分の尊厳を尊重しきって育っていない。
そのうえ、自己表現もはぎとられたらどうなるか?
性暴力が奪うのは、自分の体や、自分の心をコントロールできるという信頼である。
信頼を奪われて、「自分は自分の体をコントロールできない」「自分の体は自分のものではない」「自分は汚れている」と思わされるのが性暴力だ。
体のイメージや写真を奪われて、好きなようにされても、心が傷つくのはそれが一因である。

服装を指図されるというのは、「お前に自分の体をコントロールさせない」「男に襲われたくなければ男である俺の言うことを聴け」ということで、理屈としては性暴力と変わらない。

「社会は絶対に変わらない」というのが、こういう人たちの前提だ。
犯罪者はいなくならない、だから、被害者に努力をさせる。それが理屈であり合理的だと思っている。
犯罪者も、被害者として選ばれる属性も変えられない、属性の持つ意味も変えられない、だから、属性の中に居続けながら、それでも、被害者として選ばれないけなげな努力をしろということが、攻撃じゃなくて何だろうか?

この人は、ひとめがあるなら、性犯罪は起きないと思っている。
それ自体が事実誤認で、勉強不足でどうしようもない。それを指摘されてもなお、「意味がある主張をしている」と信じられるのだから、傲慢だと言われても仕方がないだろう。
家の中でも家の外でも未知でも学校でも会社でも駅でもカラオケでもプリクラでも性暴力は起きる、レストランでも居酒屋でも病院でも性暴力は起きる。道を歩いていても、妊婦でも、母親でも、年老いていても、弱いとみなされれば、暴力の対象になる。
弱いとみなされること自体が、犯罪の原因なので、社会が「この属性は弱いとみなす」ことをやめて、その属性からパワーをはぎ取ることをやめれば原因は一つ減る。
でも、それをしないで、「被害者」「女性」「公の場」で、「服装を改めろ」と言い続ける。

この人が、やめろというまで、リプライをやめなかったことから、同じ内容を三回リプライしても効果がなかったことを鑑みると、単語しか読めないという結論しか導き出せない。

リスクは、日本という社会に女と一見してわかる見た目で生まれたことだ。
だから、社会を変えることが一つしかない解決方法だ。
見た目を変えろ?それは人権侵害だ。
この簡単な話が理解できない人間が人に指図をして回ることができる。そういう自分を疑わなくて済む属性のまま、今まで生きてくれた。
それが男尊女卑のあかしだ。

読めないのは仕方がないのか?でも、読めないなら黙っていてほしい。有害だから。
暴力だから。
人のニーズを満たす気もなく(話を聞かない)、自分のニーズを満たせと要求し続ける(話を一方的にする)ことができてきたんだろう。
一見、わたしも同じことをしているが、それは、相手が暴力的な言説を振りまいていることに対する対抗なので、暴力の使いどころが違うということだ。

犯罪を減らしたいなら被害者に働きかけるのではなく、加害者にはたらきかけるべき。
ほとんどの被害者が女性で、女性を選んでこうすべきと指導すること自体が性差別的であり、性加害の動機である権力の発動と同じ機構なんですよ。


投稿者: c71

c71の一日 フェミニスト、自閉症スペクトラム、双極性障害(躁鬱)、性暴力サバイバー 最近はフェミニズムの記事が多いです

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください