子供は大人と対等ではない、それは尊重と両立する、という話

大人が子供を対等に扱う、という態度が、一般に受けがいいようだけど、その風潮は危ういと思う。

中高生を見ていると、やっぱり、彼らはとても弱い。
判断力がない、責任能力がない。

頭の柔軟性は、十五歳がピークだと思っている。だから、彼らのほうが、頭の回転は、わたしなどより、ずっと早い。
でも、大人には、蓄えられた経験と、知識がある。
こうしたら、こうなる、という予測の蓄積がある。
彼らにはそれがない。
そして、彼らは大人を立派で、その意見は傾聴するべきものだと、信じている。

大人が何の気なしに、適当に言ったことでも、真剣にとらえていることだってある。

「責任を取る」という言葉には、いろいろな意味を持たせることができる。
「自分の人生の責任は自分にしか取れない」という言葉の裏側にあるのは「どんなにつらいことがあっても、自分の人生や体を変わってもらうことができない」という意味だろう。

でも、それを定義にしたら、話がおかしくなる。

責任を取る、というのは、例えば、けがをさせてしまったら、相手が治るまでや、その間の損失や感情的な問題について、お金を払うということをする。現実的に、相手の代わりに自分の体を差し出すことができないからだ。

もともと、絶対にできないことだけを「責任を取る」ということにしてしまうと、責任という言葉が存在する意味がなくなってしまうから、わたしはそういう態度を取らない。

子供に対して、責任を負うのは、保護者だ。
だから、保護者は、子供にああだこうだ言えるんだと思う。
医者や、教師が、子供に対して、病気の治療をできたり、進路のアドバイスができるのは、職業にかかわる責任を負っているからだ。
保護者の友人が、その子供に、アドバイスができるのは、保護者と、その友人と、子供の間に、信頼関係があって、それを担保にして「あまり、ひどいことは言わないだろう」ということがあるからだ。

見知らぬ大人に、子供に人生の選択など深いレベルで関わってほしくない、と多くの保護者が思うのは、その結果起きることが怖いからだ。
見知らぬ大人は、いくらでも無責任になれる。
責任を取ります、と言おうが、責任は自分で撮ってもらうけどアドバイスはする、と言おうが、どちらにしても、同じことで、保護者が後始末をすることには変わりがない。

見知らぬ大人が、何をするか、何を言うか、予想がつかない。
だから、保護者は、子供を、そうした人か引き離そうとする。

保護者と子供の間には、力関係がある。
極端な話をすれば、赤ちゃんと保護者を対等だとしてしまうと、赤ちゃんは死ぬ。
赤ちゃんは保護しないといけない。意思は尊重しても。

力関係が生じる間は、対等ではありえない。
保護する側、保護される側というのは、対等ではない。
イベントとして、大人扱いして、子供を喜ばせる日があってもいい。きっといい思い出になるだろう。
でも、それを普段からしてはダメだ。

保護者が、子供が危険なことをしているとき「やめなさい!危ない!」という。
それも、保護だ。
もし、「やめなさい!危ない!」と言わなかったら、子供は傷ついたり、もしくは、子供は常に気を張って、自分が危険なことをしているかどうか、判断しながら過ごさないといけない。そうしたことが続けば、緊張するから、安心した子供時代を奪ってしまう。
これをしてはいけない、これをしなさい、というのは、不自由なようだけど、子供からそれを奪ってしまうと、子供は、不安になってしまう。

危ないからやめなさい、というのは、守られている、ということだ。
あなたの好きにしなさい、ただし、責任はすべて取りなさい、なぜなら、あなたの人生だから、と子供相手にいうのは、守らない、ということだ。

それは、尊重に似ているけれど、尊重とは違う。
違うものだから、両立する。

(話は変わりますが、コメントをいくつか返信しました。遅くなってごめんなさい)


投稿者: c71

c71の一日 フェミニスト、自閉症スペクトラム、双極性障害(躁鬱)、性暴力サバイバーhttp://www.vesii.jp/ ベシー占い 占いをしています。

「子供は大人と対等ではない、それは尊重と両立する、という話」への2件のフィードバック

  1. はじめまして。この記事を偶々見つけました。
    私は子供とか大人とか
    で人を見たことがなくて
    みんな対等に接している
    のですが、子供だから大人の言うことを疑わずに
    信じたり聞いているかと
    いえば違うと思います。
    例えば最初の疑いといえば小学生の時、
    私のクラスの担任が給食の
    おかわりをお腹いっぱいなのに無理矢理入れてまわるルールがあり、泣いてる子もいてクラス全員が担任に不信感とおかしい。という疑問を抱いていましたよ。
    大人や社会のおかしいことには年齢関係なく疑いと
    不信感を持ちますよ。
    私個人でいえば
    教科書の内容で
    小、中学生のときに
    ライフステージのこと
    学習した時には、なにこれ
    みんな同じ生き方してるの?こんなに人口いるのにみんなこのライフステージ
    の通りに生きてるって
    おかしくない?勝手に
    決められたくないって
    思っていました。今も
    思ってるんですけどね笑

    それから最近責任とらない
    だらしない大人も多いですし、むしろ子供の方が重く受けとめてると思います。

    1. 疑問を持つとか信じないとかは論点ではなく、大人の方が力を持っていると言うのが主旨です。

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