自閉症スペクトラム


わたしは、自閉症スペクトラムが高いと精神病院で言われたので、自閉症についての講演会に行ってきた。

自閉症スペクトラムというものがわからなかったためである。

そうして、講演を聴いたら、確かに、わたしは自閉症スペクトラムが高いと思った。
わたしは、自閉症の人に似ている。
似ていないところも会って、「資本主義」ではないし、「人の気持ちがわかる」けれど、性的搾取を受けやすかったり、話し方や、行動の仕方、価値観の置き方が、自閉症スペクトラムの人たちと似通っている。事例で、何度も大学に入って勉強した女性の例や、料理の材料の量がわからない人の例を聞いてそう思った。

一人で何もかもやるのを止めようと思った。わたしには支援がいる。逆に言えば、支援があれば、生活の質を上げて、もう少し幸福に生きることができる。それは、わたしの人権なのだ。

わたしは、自閉症スペクトラムについて、何も知らなかった。
自閉症スペクトラムの人は、面接で「会社に合わない子」と思われやすく就職しにくいことがあるらしい。
わたしもそれが原因だったのかもしれない。

自閉症の人たちの「生まれつきの資本主義」なことや、「感情の発達がうまくいっていないので、感情が二値化しており、ネガティブな感情が全部怒りになってしまう」という話も興味深かった。

わたしは、自分が自閉症スペクトラムということもそうだけど、自閉症スペクトラムの人に、暴力を振るわれていた経験があるので、その人がなぜ暴力を振るったかがわかってよかった。支援という意味ならば、わたしは傾聴し、支援しなければなからなかったかもしれないが、殺されるところだったので、逃げてよかった。講演会の途中で、フラッシュバックが起きて大変だった。

わたしは、支援を受けたことがない。
けれども、発達障害については、ライフステージが老いて死ぬまで進行するので、一生続くものであること、そして、いつ始めても遅くはないことがわかったので、発達障害だという意識が持ててよかった。

母親は、わたしを育てにくかっただろうし、それで、虐待してしまったのだから、それはしかたがない。

これからは、支援を受けて、暴力を振るう人をかわいそうだと思っても、殺されないように、会わないようにして生きていくことが大切だと思った。

c71の著書

スポンサーリンク
広告

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください