精神を病みながら生きること

わたしは、自分で精神を病んでいることを自覚しています。
いろいろなことが下手だったり、苦手だったりします。

昔は、実母のことを恨んでいました。
どうして、病むようなことをしてくれたんだろうと。

でも、今は、今が充実しているので、恨む暇はなくて、なんとかして、病気とつきあう工夫をするかにエネルギーのほとんどが注がれるようになりました。
それができるようになったのは、お医者さんと、父や母や、他の人たちとの出会いがあったからです。
人とであって、角が丸くなりました。

わたしは、自分が病気なことがかわいそうだし、気の毒です。
でも、恵まれているところもたくさんあるよな、と思います。
恵まれているように見える人でも、隠している悩みがあったりします。
何もない人生の人は、何もなく暮らせます。

悲しいことがあった分、楽しいことが深く感じられるようになったのは、感謝することではないけれど、次の世代の子どもたちに、渡していける財産だと思います。
だから、わたしの悲しさ、つらさは無駄じゃなかったんだなと思います。
それが、子ども相手の商売の良いところです。

精神を病んでいても、短い時間だったら、働けるんだ、と少しずつ自信を深めています。
失敗もあるけれど、最悪なことは、死ぬことなんだから、それ以外はなんとかなるはず、と思います。いや、死んだら、最悪も終わるので、最悪ではないですね。
最悪は、最悪な気分になることです。それを乗り越えて、人の優しさが理解できるようになりました。

c71の著書

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