むきだしの言葉

言葉を額面通りに受け取ることと、真意を察すること – よもちかブログ
昨日に引き続き、よもちかさんのエントリを引用させていただきます。

わたしは、ずいぶん率直にしゃべるので、人をぎょっとさせてしまいます。
言葉がむき出しなんです。
話すことは得意だけれど、伝えるのは下手です。

それは日本の文化では許容されないので、相手を怒らせたり、苦笑いさせたり、嫌な気持ちにさせます。
言葉通りなのではないのです。
わたしは「なんで、それが楽しいの?」と言います。
わたしは、今でもそういう言い回しをします。それから慌てて、「どうして楽しいのか、知りたいんだよ、わたし趣味がないから、興味があるんだよ」と言い添えます。

言い方がきつい、皮肉めいている、とは良く言われる言葉です。
友だちの結婚式のときに、「幸せでいられるといいよね」と言って、他の人に「今日だけはそういうことをいうのをやめてください」と言われました。
わたしは、奥さんが結婚したいと望んでいて、その通りになったからよかった、と思ったのです。

わたしたちの言葉は矢のようにまっすぐで、人を傷つけることもあります。
ルディ=シモンがいうように、言葉を包装紙に包んで、プレゼントしないといけないのです。

思ったように話すことと、実際に受け取られることに、大きな差があるので、その差を読むことに注意しなくてはいけません。
しかし、わたしたちは、その注意するという能力に大きな穴があるのです。
注意しても気づかない、そもそも注意できない、相手の表情の変化に気づかない…というのが、障害の一部なので。

逆に、相手の人が嫌みを言おうとして、
「なんで、あなたは、それが楽しいの?」と言われたとき、わたしたちは、その皮肉に気がつくことができません。
「えっと、これはね、これが楽しくてね…」とどうして楽しいか、話はじめてしまいます。
そうすると、いじわるな人だと、
「ああ、この人はバカだから、バカにしていじめてもいいんだ」と思うきっかけを与えてしまいます。大人相手はたいへんです。

わたしは、職場ではびくびくしています。
言葉のあやがわからないからです。
びくびくした態度は、相手に攻撃しても良いというサインを与えてしまいます。

わたしは、強い言葉を使うと思われます。
だから、ときどき、言葉が出なくなります。
なんといっていいのか、本当にわからなくなります。
自分の台詞がその場に合っているのか、本当にわからず、何も言えなくなることがあります。

「なんで楽しいの?」の言い方を和らげるために、あとから、たくさん言葉を補います。
そうすると、本当は話したくない自分の情報を自己開示してしまうこともあります。
それは、とても疲れます。消耗します。
相手も疲れることと思います。

だから、わたしは、人と会って、話すと、とても疲れて寝込みます。
帰ってからあの台詞は大丈夫だったのだろうかと思い出しては自問自答し、頭を抱えます。

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