我慢する三年は本当に短いのか?

90年の中の三年は短いという。

確かに、職業人生の三年は短い。四十年間働くとして、三年あれば一つの職業のあらかたは身につくというから、11回は転職できる。大人だから選べる。

でも、例えば病気や子供のころのいじめに苦しんでいたら、その三年は短いとは言えない。

病気やいじめを自分の意思で終わらせることはできないからだ。

ずっと続くかもしれない。そのうえ、苦しみの日々の中では、息継ぎに当たる和やかで心身ともに楽な時間というものが存在しないから、苦痛に塗りつぶされた真っ黒な時間だけが、のしかかってくる。

 

苦しみが楽になったとしても「あの失われた年月の間、ほかの人たちはどれだけ幸せを感じていたのだろう?それを自分は経験することができなかった」という嘆きは尾を引く。

とても、「終わったことだから切り替えよう」とは思えない。

きれいな服を着て、おいしいものを食べて、風の気持ちのいい日に歩き、歓談し、学ぶ、旅をする、そういうことが一切かなわなかった日々のことを思うと、胸がかきむしられる。

自分の意思をねじ伏せられ、支配されていたら、その苦しみは相手にだけではなく、自分にも向かう。どうして、そこから逃げることができなかったのかと。

悪いことに第三者も「逃げればよかったじゃない。自分の意思でしょ?縛られてたわけじゃないんだから逃げようと思ったら逃げられたんだから、本当は逃げたくなかったんでしょ」とまで言われるのだ。

過去を思い悩んでくよくよしていると、その間の時間も失われる。

三年、意図しない苦しみの日々を過ごしたら、それを悔やむ時間も三年以上かかるのだ。そうすると、体が動く自由な時期を失った、楽しめなかった、とまた苦しむ。

だから、たった三年、とは言い難い。

その間に得るはずだったものを身に着けられなかったから、同世代の人よりも遅れを取り、うだつの上がらない人生を送ていて、その遅れやスキルのなさを追いつけないと思うと、とてもつらい。

わたしがそこから少しでも抜ける時間ができるようになったのは、周りの支援があってこそだ。支援があって、努力する気になった。失敗を恐れず、自分の人生を生きるべく、冒険に挑戦した。そういう形で、わたし自身も努力した。

失敗するなんて馬鹿だ、と嘲笑する人はいた。そんなことをしなかったらよかったのに、とも言われた。

でも、人生を早送りしてでも、自分の思う「普通」になりたかった。だから、わたしはたくさんの失敗に突撃した。そして、失敗の仕方を覚えて、穏やかな日々を手に入れた。

過去を悔やんで苦しむ日が亡くなったわけじゃない。でも、そんなとき、その苦しみから逃げる方法をいくつか持てるようになった。

助けを求める相手も増えた。友達はライフステージが進むにつれて、減っている。

でも、また新しい人と出会えてもいる。

Twitterで「友達は季節に咲く花」と言ってくれた人がいた。

長く付き合うことは大切じゃないのだ。その時、助け合える人がいたならばそれはかけがえないことなのだ。

時間が解決するというのは、半分本当だ。でも、その半分は、いかに失敗するかだ。失敗の数が増えると安全な失敗をできる。それが人生経験となり、充実した人生をはぐくむ。失敗の自由が、人生の果実なのだ。


「生きる」と「怒る」

生きているという「感じ」がするのはどういうときかというと、怒っているときだ。

怒るとパワーがわく。生きるためのパワーだ。

会社を辞めたときも、「パワハラに遭ったので病気になりました」というんじゃなくて、「パワハラだ、それは不法行為だ」と相手を責めるべきだと主治医に言われた。

回復が全然違う。

病気になったほうが悪いと付け込まれる余地を残すな、パワハラをした相手が悪い、その結果損失を受けたと主張するべきだと言われた。だから、後者の言い方をして、自分でそう言う認識をすべきだと。そう主張すると自分もそう納得する。自分が悪いのではないと。

病気になったからやめますだと、自分が悪いみたいに認識してしまうから、体に良くない。

 

怒っているときは自分の輪郭がクリアになっている。
それに依存しすぎると、怒っているばっかりの人になったり、怒るための出来事を探すようになったり、怒ることで人に認められたいと思うようになったりする。
でも、そうじゃなくて、生きるためのネガティブな感情を個人的に大事にするってこと。
というのは、今日いくつかの記事を読んだから。

 

怒るっていうのは、自分のセンサーが働いているってこと。それをなかったことにすると、自分を守れなくなる。

怒っていることを認識するって、それは、生きるために戦ってるってこと。


ゲリラ的人生

ゲリラ的人生は、くたびれはてこさんの過酷な人生が描かれている。

逃げるという言葉を書いていて、事実その通りなんだけど、わたしの言葉だとこれは「戦い」って言い方になる。

嫌なことがあって、ここにいたら生きていけない、という気持ちにふたをしないで、行動してるから。

わたしは、同じ年の時、こんなにも勇敢な人間じゃなかった。

機嫌よくいると、自分以外の人にとって都合がいい。でも、自分の都合が悪い。

昔、元カレに「いつも笑っていてくれ」と言われて、ぶちぎれたことがあった。あのとき、なんで怒っているのか、相手を納得させることはできなかったけれど、ちゃんと怒った幼い自分のことは勇敢だったと思う。

わたしは、「笑っていて」と言われて非道な暴力を受けたと思った。そういう感じで、今までわたしが我慢しているうえに成り立っている穏やかさは、なんていうか、彼にとってとても当たり前で彼は一切努力しないということを宣言しているんだなと思った。思ったというか実際そうだった。

わたしは、人の顔色をうかがうけれど、相手の要望通りに動けない人間だから、天然とか空気読めない子とか言われていた。

「なかったことにする力」の強い大人に囲まれて育って、事実としてあったことが「勘違いだ」と言われているうちに、自分がどんな現実を生きているのかわからなくなった。言葉が誰にも通じない感じがして、うまくしゃべれなくなった。うまくしゃべれないことをごまかすために機関銃みたいにしゃべって何もかもごまかしていたかった。それは、大人にとって都合がよかった。わたしは問題を抱えていたが、問題はないということにしたい人たちしかいなかった。

 

でも、問題はあった。成人してから、精神科に行くことができた。十六歳の時から精神科に行きたかった。

わたしは病むべくして病んだ、病むことが正常だ、と言えるような環境に育ち、そこから逃れるためにさらに十年かかった。

わたしは、信頼していた人に「こじらせている」「頭がおかしい」「怒ってばっかりいる」「めんどくさい人」と人に紹介されたことがある。その人から去る決断をするのにも三年かかった。信じられなかった。自分のことが。

わたしはもしかして、こじらせていて、頭がおかしくて、怒ってばかりいる人間なのかな。それは直さないといけないんだろう。

そう思って、直そうとした。実際、「いつも怒っている人は不幸な人」と言う人はいるし、「現実が充実していたらネットで文章を書くはずがない」とい言う人がいる。でも、そうした人は、わたしに何の関係もない。責任も負うわけではない。無責任な人たちだ。

現実が充実していようがしていまいがわたしには書くべきことがあるし、怒っているときがあったからといって、不幸なわけじゃない。そして、不幸でもいい。不幸だからバカにされるということがあってはならない。不幸な状況を自分から選んだわけじゃないんだから。

 

 

わたしは、いつも戦え、と思っている。戦ってやると思っている。

それは、撤退を意味している場合もある。自分の気持ちが踏みにじられるような場所を選ばない、そういうところから逃げる、それは、自分の気持ちを守るための戦いなのだ。

人にはそれぞれの利害があって立場があるのだから、その人なりの正義がある。

ということは、わたしにだって、自分のための利己的な正義があっていいのだ。

自分を優先していい。

女の人は、自分を優先するな、あとまわしにしろ、と育てられ、大人になってからもそうしろと圧力をかけられる。

そんな圧力はないという人もいる。気のせいだと。証拠を出せと。

でも証拠を出しても結局「個人的なこと」「その人がたまたまそうなだけ」と否定される。

わたしは言う。言いたい。あるものはある。

自分が一番最初に何かを得ると、角が立つ。悪口を言われる。悪意を持って邪魔されるようになる。そういうことは実際ある。

名前一つとってもそうじゃないか?愛情があれば夫の姓にするのが普通だってみんな思っている。女の人は後回し。

 

人のために生きること、愛した男のために寄り添うこと、応援したい人がいるってこと、それが女の幸せだ。早く結婚して子供を産んで、自分の人生よりも他人の人生の幸せを祈れるようになってからが、本当の幸せを感じられることだと言われたことがある。

自分を優先するためには、それを受け入れるしかないのが現状だ。

でも、受け入れなくていい。そういう悪意も受け入れなくていい。喧嘩していい。

にこにこ笑っている裏で、殺している感情がある。それはわたしの一部だから、わたしはわたしを殺している。それはだから自殺なのだ。

わたしはわたしの感じ方を見逃さないで、そういう風に感じたことは蓋をしない。ふたをすれば、心から先に死んで体も死ぬ。死んでもいいのかもしれないけど、たぶん、わたしは生きるようになっている。

 

人はみんな無責任に、困っている人を支援することでいい気分になりたがっている。支援もめんどくさいからよさそうな言葉をかける。それは、とってもコストが低い。でも、いいことをしているような気がする。みんな悪者になりたくない。そして、いい人間だと思いたい。だから、困っている人を探して、なんかいい感じの言葉をかけたいと思っている。その言葉が、その人をおいつめる結果を産んでも、責任はとらない。自分で選んだんでしょと追い打ちをかける。

わたしは、悪者になってやる。そして、自分を殺さない。人のことも殺さない。

いい人のふりをしてにこにこして、自分の気持ちを殺すこともしないし、いい人になりたいからって無責任なことも言わない。


自己卑下と自己憐憫

わたしは、金遣いが荒い。
伴侶はほとんど自分のために何か買う人じゃないので、余計私の金遣いの荒さが際立つ。
わたしが買うもので、生活を豊かにするものや便利にするものもあるので、一概に買い物が悪いとは言えないのだけど。

伴侶は勤勉で、仕事はきちんとするし、穏やかで誰からも信頼される。勉強を常にしているから、どんどん老いていかれるような気がしてしまう。

一緒にいて、彼のメリットは何だろうと思ってしまう。
わたしは、昼間、起きられるときもあるが起きられない時もある。
働いてはいるけれど家族を食わせるほどは働けていなくて、家計の足し程度だ。
仕事のスキルも、あまり伸ばせていない。その点、伴侶は仕事をどんどんブラッシュアップしている。
彼が学びたいという気持ちは本当に純粋で美しくすら感じる。
わたしには、そういうものがないんじゃないかと思うと落ち込んでしまう。

彼が突然わたしを嫌になっていなくなるんじゃないか、と不意に思う。
それは、買い物をしたタイミングのことが多い。お金を使った後、彼の一挙一動におびえてしまう。
不機嫌になるんじゃないか、と不安になる。
彼は決して声を荒げたりはしないのに。機嫌が悪くなることもない。なのに、わたしは、怖くなる。

お金を使わなくなれば自己卑下がなくなるんだろうか。
金遣いの荒さは、去年に比べて、ずいぶんコントロールできてきた。完ぺきではない。でも、前よりはできている。これは事実だ。

わたしができることは事実を積み重ねることだけ。事実を積み重ねて、自分を信頼できるようになりたい。それを自信と呼びたい。


「ありがとう」という言葉の軽さ

さっき、赤ちゃんのミルクの時間になったけれど、めんどくさいなと思っていた。
そしたら伴侶がミルクを入れて赤ちゃんに授乳してくれた。
わたしは「ありがとう」と言った。

それで、思いついたのだけど、わたしは、やりたくないなと思っていて、やってくれたらいいのにな、と無意識に待っていて、そのめんどくささを、「ありがとう」で打ち消したならたいそう卑怯だなと思った。
普段、「今面倒だからお願いします」というか、もしくは、お互い何も考えずに自分で行動するかする。
でも、ありがとうという言葉を悪用して相手を操作したり、頼むというめんどくさいことからも逃れて、やるべきことをしないことを「ありがとう」で隠ぺいすることだってできるなと思った。

わたしは、「ありがとう」ということはとにかくいいことだ、という風に言われて育った。
でも、ありがとうには、二つ悪い点がある。
ありがとう、という言葉を適切に使わないと、立場を弱くして、自分を卑屈にする。
相手がして当たり前のことにありがとうと言っていると、相手が当たり前のことだと思わなくなる。

そして、自分がありがとうで済ませる人間になることもある。
めんどくさいことを人にやらせて、ありがとう入っているから悪い人間じゃないんだよ、みたいに。

めんどくさいことを人にやらせて、ありがとうで全部帳消しにしてしまって、でも、どこか卑屈な気持ちになって、どんどん自分が嫌になってしまうような、ありがとうの使い方は気を付けようと思った。

ありがとう、ごめんなさい、の代わりに、助かった、でもいいし、次からはしません、こういう風に気を付けます、という風に言葉を惜しまず話したい。ありがとう、ごめんなさいは、言いさえすればいい、魔法の言葉みたいになって、いろいろな事情をショートカットしてしまって、自分の気持ちも相手の気持ちも見えなくする。端的に言って、心の動きに関して、言語化することがおっくうになって怠惰になってしまう。


依存を超えて自分を生きる

山口達也と非生産(田房永子さん)

この記事を読んでいろいろと思うところがある。

わたしが真に困ったときに、贈られた言葉で「自分を生きてください」というのがあった。

「自分が生きる」が「自分を生きる」になったとき、自由になれますと言われて、心が強く動かされた。

わたしは、依存心の強い人間で、いろいろなものに依存してきた。人に依存したときは最悪だった。お互いに。

出産後、依存することが減った。過食傾向があったけれど、食べることにも依存しなくなった。

この記事を書くにあたって、「子供に依存してるのかな」とも思ったけど、それも違う。

ということを書こうと思う。

以前、田房永子さんの「キレるわたしをやめたい」について「この場面はキレていいと思う」という感想を書いた。それは今でも変わらないんだけど、産後「キレる」ということが増えた時期があったので、「このことを言っているのか」と思った。

たとえば、哺乳瓶を洗っていると、頭の後ろのほうで、パンっとなにかはじけるような感じがして、そのまんまキレてしまう。

怒鳴って、伴侶をたたき起こす。何やってるんだよ!と。

それで、いろいろ対策した。

振り返って、スローモーションで再生すると「頭の後ろのほうに白い塊がわく→それが破裂する」の間には、「なんでわたしばっかり」という気持が隠れていて、その気持ちが「今もそうだし昔もそう」ということを訴えていた。

生まれたときからの恨みがそこにあった。

生まれたときからの恨みを解決するのは難しいので、「わたしばっかり」と思ったら、とりあえず、それをするのをやめようと思った。

キレて家がぐっちゃぐちゃになるまで泣くより、わたしが育児をしないほうがましだという言い訳もあったけれど、それより、恨むくらいならやらないほうがわたしのためだと思ったから。

ましだからだとかなんとかとか、人や自分に言うための言い訳もやめたかった。

わたしがしたくないからわたしはしない。

そういうシンプルなことが大事だろう。

実際には、子供の世話をしたくないといっても、それを代わってくれる人がいないと実行できない。だから、伴侶に頼んだ。

それ以来あまりキレていない。

だから、そういうことなんだろう。本当はしたくないのにしなければならないからしている。だから、しなくてもいいように状況を整えて(そうすることで責任を果たして)、しない。

伴侶には負担をかけて申し訳ないと思うけれどキレたってどうせ負担はかけるから、彼が嫌になったらその時話すしかない。わたしはどうしたって、わたしでしかないから、恨んでキレるか、恨まないで生きるかしかない。

それでも暑い日にはキレることもあるので、キレそうになったら、薬を飲むようにしている。漢方薬も飲んでいる。効いていると思う。

依存をしているときは、単調な刺激をひたすら摂取して、脳を使わないように、刺激で満たして、時間をショートカットしている。幽体離脱と同じだ。今を生きていない。だから、そういうときは、生きている実感がないし、時がたつのがとても早い。それで、自分の人生がいつの間にかまた知らない間に失われてしまったと嘆いて、また恨む。自分の人生を親とか子供に盗られてしまって自分のしたいことができてないと言って恨む。依存しているときにはそれに夢中だから何も考えなくていい。考えているつもりだけど本当の意味では考えていない。

「考えるのをやめる」ことと「依存をやめる」ことは似ている。

考えることをやめるのは思考停止みたいだけど、思考することで生きるのをやめるという状況がある。それが依存。食べることを考えていて食べていてどう食べるかいかに食べるか、それしか考えていない時って、頭使っているようで使っていない。食べることで生きている感覚を取り戻し、そして、食べることで思考をマヒさせる。

だから、食べることについて考えることを止められてようやく生きるみたいな感じになる。

食べることばかり考えているときとか、あと何時間したら睡眠導入剤(以下睡眠薬)を飲めるかだけ考えているときは、生きてはいるけど人生を生きていない。「わたしを生きて」はいない。人生がつらい時、ひたすら睡眠薬を飲める時間を待っていた。睡眠薬を飲むとぼんやりするから。そのぼんやりを「思考が研ぎ澄まされている」ように錯覚しているときもあった。別に何でもいい。睡眠導入剤じゃなくても、過食でも、なんでもよかった。

 

自分が人生を生きなきゃ死ぬってことが本当に腑に落ち始めたのは、五年前が始まりだったと思う。それまでどうやっても無理だった。親を捨ててからようやくやめられた。それまでは「自分で好きなように人生を生きるのは親に悪い」と思ってできなかった。親と縁を切って親に対して理由を説明しなくなってからよくなった。理由を伝えて説得しないといけないと思っていたから、依存しないといけなかった。説明をしなくてはいけない立場は常に弱い。

わたしの親は「理由」をとにかく求める。納得しない。だから、いつも理由を考えて行動していた。そういうのは、わたしのためじゃなかった。親はわたしのためだと言っていた。でも、わたしのためにはなっていなかった。

 

自分が自分を生きないと人生はこのままなくなる。もうすでに30年なくなっていたのに!なくなってしまった!親を許せない。苦しい。憎い。殺してやりたい。

という思考と、

親を許せないが、過去のことを反芻していたらさらに現在が失われる。

という現実の間で五年間苦しかった。どちらも本当だった。

 

親を許せないという気持ちを紛らわせるためにライフステージを進めることが必要だった。友達を作って、居場所を作って、お金を稼いで、伴侶を得る。生活の基盤を確保する。根無し草にはもうこりごりだ。根無し草のままだと子供として扱われて親に入ってこられてしまう。

そういう危機感があった。こんなに明確に思ってはいなかった。明確に思っていたら、相手に悪いと思って、行動できなくなっていただろう。

幸い、みっともないことをなりふり構わずした結果、伴侶を得て、生活の基盤も落ち着き、子供も授かった。

子供を見ていると、子供は成長しようとする方向性を持って生まれていることが分かる。成長は親と距離を広げるということだ。成長すればするほどどんどん離れていく。胎児から新生児、新生児から首が座り、寝返りができ、腰が据わり、ハイハイをする。抱っこする時間がどんどん減る。向こうから来たいときに来る。ハイハイし始めてから、一人遊びの時間がどんどん増えた。子供が親と距離を取るのは自然なのだ。生まれたときから決まっていることだ。それが腑に落ちた。

わたしは、親と別の人間だったのに、侵入されていたから、バランスをとるために、依存をしたり、体や精神のバランスを崩した。親がいなくなれば、原因がなくなるので、元気になった。

依存は生き延びるための手段でもある。依存症や、病気になるから生き延びられるということもある。でも、その生き延びるための手段を捨てて、生き延びる以上の生き方をすることもできる。

 

 

わたしは、田房さんという作家に特別な思いを抱いている。

同世代の似た属性の作家さんだから。

そういう、関係あるような関係ないようなことを考えてこの記事を書いた。

 


【母からの解放(著:信田さよ子】感想~母のなかったことにする力

読んでいると実家にいるときのことを生々しく思い出して何度か叫びそうになりました。社会構造から母娘問題を読み解く本です。今回は具体的な解決方法が載っていました。

 

母は、「なかったことにする力」で世の中を渡ってきた、だから、その力には勝てない。謝ってもらおうとか、理解してもらおうと思えば、距離が縮まってしまう。

そのことを、「わかってもらおうと思うは乞食の心(田中美津)」を引いて説明しておられ、フェミニズムから見た母娘問題の本として、優れています。

虐待と毒母の違いは「虐待は客観的に判断できる指標がある。毒母は母が重いと思う娘の主観的な言葉」という定義づけが改めてされており、「毒母という言葉で、母親が追い詰められてはならない」と明言されていました。

主観的なことは、劣っているという意味ではありません。

力強く、自分に何がありどう感じたか、表現することができるのは、それはそれは大切なことです。すべてのスタートと言ってもいい。

男性は、それを軽んじます。わたしは、主観を大切にします。

気持をなかったことにされてきた娘たちにとって「母が重い」「毒母」という言葉は、発明でした。その言葉を手掛かりにして、自分の気持ちを発信できたからです。

社会の矛盾のしわ寄せとして母娘問題があり、だから、娘の声は社会にとってないものとしてきたほうがありがたい。社会や母、父は、ハッピーな加害者だからです。

彼らは、今のままが幸せです。だから、現状に異を唱える者が邪魔です。なので、その「異」をなかったことにします。そうしたら、丸く収まりますから。

だから、彼らにとって「邪魔」になる言葉は、わたしたちにとって有益なわけです。彼らが邪魔だと言ってきたら、効果があるということです。彼らにとって、痛くもかゆくもない言葉には力がない。

母親と友達になれるか?を基準に考え、もし、できないのならば、その関係は母の意向だけでできあがっている、もし、そこから距離を取りたいのならこうする、という距離の取り方が具体的に書いてあります。

何をされて、自分はどういう影響を受けたのかを明確にし、言葉遣いを改めて他人のように接する。家庭内別居ができるのだから、と、貧困ゆえに実家から出られない人も母親と距離を取る方法も記されていて希望が持てます。

実家を出ればいい、とさんざん言われてきましたが、病気や障害、支配によってエネルギーを確保できず、実家から出られない女性、非正規雇用も三分の二に届こうかというご時世ですから、お金がない女性、いろいろな人がいます。そういう人たちが無視されていないのはとても心強いと感じました。

「なかったことにするスキル」「聞こえないスキル」「自分の矛盾に疑問を持たないスキル」が彼らにはあって、そのため、彼らは自分たちのダブルスタンダードを維持できます。

聞くことができない、理解することができない、のではなくて、彼らは「理解したくない」「聞きたくない」「無視したい」と考えて実行しています。

それを、わたしは今まで「理解できないならわたしの努力が足りないのだ」と解釈してきましたが、そうではなく、彼らは「理解したくないのでそれを実行している」だけなのです。

そして、「理解できても、わからないことにする」ほうが便利なので、そうしています。彼らはしたくてやっているのです。したくないけど仕方がなくというわけじゃなくて、心からそう思っています。

現実を「見られない」んじゃなくて「見ない」「見たくない」んですが、そこを被害者や抑圧される側の人はまさかそんなことはないと思って、「理解したくない」ので、「話せばわかる」と期待しています。その期待は間違っています。彼らは望んでいないし思うとおりに行動しているのです。

 

わたしは、母を「助けたい」「救いたい」と長い間思っていましたが「彼女は好きでそうしている」のだとわかってからはだいぶ楽になりました。愚痴を言うような人生を送りたいと思っているからそうしているのだし、愚痴を言える先があったので幸せだったのです。そして、愚痴を言われるわたしは不幸でした。

わたしは「彼女を愚痴を言わなくて済む環境に暮らせるように変えたい」と思っていました。それが解決方法だと思ったんですね。でも、そうじゃなくて、わたしが変えられるのは「自分が愚痴を聞くことをやめる」という部分だけです。母はそもそも他人です。他人を変えることはできません。母を変えることができるとしたら「コップを外から揺らされたとき中の水が揺れるように」現状が動いた時だけです。愚痴を聞いている間は、コップは揺れません。

母は、言いたくて愚痴を言っているのですから、変えられるわけがないのです。

 

母や、差別者と話していると、こちらは疲れます。でも、あちらは疲れません。あちらは「言葉の遊び」だと思っていることが、こちらには差し迫った現実です。でも、加害者はハッピーなので、現実を知りたくはないのです。知りたくないから知らないのです。ここをわたしはずっと勘違いしていました。知りたいけど能力がないからできないのだと変換していたのですが、素直に受け取れば、できるけどしたくないから知らないでいたいだけなのです。

 

Twitterで見た言葉ですが「人殺しでも犯罪はよくないと言える」のです。だから、差別者や親が、いくら「差別はよくない」「抑圧はよくない」と言っていても、言葉だけだということを覚えておきたいと思います。差別はよくないと言っている分にはいい人だと自分のことを思えますし、まったく疲れません。でも、現実的に行動を改めるのは嫌なので、そういした言動不一致が取れます。

そこで「なかったことにする力」が発動するのです。こちらとしてはなすすべもありません。

引用

p196 女性である前に人間である

私たち女性は骨の髄まで女性なのではありません。男性と同じ人間です。人間というベースに子宮や膨らんだ乳房をはじめとした、女という属性がプラスされているのです。

~略~

いっぽうで男性は、男というより人間だと思っています。

~略~

たとえば女性から、「あなたも性犯罪者と同じ男性ですよね」と質問されたとき、彼らはどういう反応をするでしょう。「ええ? そうですね。同じ男ではありますね」と。冷静に応じる男性は、相当に考え抜いている人です。

多くはその質問をされたことに驚き、「あいつら、人間じゃないですから!」と、声高に性犯罪者の男たちをまず「人間」の分類から外そうとします。人間ではない性犯罪者対人間である自分、という構図にもっていこうとするのです。

男性はどうして、性犯罪者と同じ属性だということを認めることができないのか、常々不思議に思っていました。

そもそも、男性がジェンダー(男らしさ)を意識するのはそういう特殊な時だけで、ふだんはman-humanという壮大な図式の上に乗っかっていて、めったにジェンダーやセクシャリティについて考えなくていいという、とってもハッピーなひとたちなのです。これはとっても不平等なことじゃないでしょうか。

そして、ここに答えが書いてあったので、わたしはショックを受けました。

なぜ、あれほど、自分が男であり、性犯罪者と同じ男という属性を持つことをかたくなに否定するのかというと、彼らは普段自分を男だとわざわざ考えていないので、特殊な時に、性犯罪者という刺激的な言葉を聞いて、「自分は男だ、そして、男という属性は汚されてはならない」と反射的に刺激に対応しているのが分かったからです。あれは特殊な男で自分はそうじゃないと、分けたいのです。

たぶんですけど、「女にも犯罪者はいる」と言われたとき、女性の反応は「ふーん、そうだね、女にもいろいろいるから」って感じでショックは受けないと思うのです。

だから、「男性に性犯罪者がいるよね」と言われたとき「男性差別だ!」「同じように言われたらそっちも傷つくだろう!」と言ってくる人たちが不思議でなりませんでした。

「ハッピー」だから考えないし、考えないからハッピーなので、女性に「考えないほうがいいよ」と言えるわけです。自分が考えてないでハッピーだから。

因果が逆なのに、「女性は考えることでわざわざ不幸になっている」「自分は考えないからハッピーだ」と無意識に思っているのです。

女性が「考えざるを得ない状況」に日常的に

p198

女性は夜道を歩くとき、満員電車に乗るときなど、さまざまなシーンで女であることを意識させられます。それは強制されると言っていいでしょう。絶えず、被害を受けるかもしれないという防衛体制を崩せません。

というわけです。でも、それを男性たちは「理解したくない」から、「どうして女は自意識過剰なんだ」「男を犯罪者扱いするのは男性差別だ」といってくるのです。だから、わたしたちは「どうして理解できないんだろう?」と頭を悩ます必要はありません!理解したくないんだから、何を言っても無駄なんです。

フェミニズムについて、よく誤解されがちですが、敬愛する女性学の研究者が主張しているように「弱者の思想」だと私は考えています。弱者は弱者であることことで尊重される、弱者であるがままに生き延びることができる社会を目指す考えなのです。

と書いてあることに全面的に賛成です。

力の差があるのに、ないかのように扱う、現実を見なかったことにする、「娘と母」「女性と男性」の間にある、厳然とした力の差をなかったことにして、「気にするから存在するんだ」と言ってくる人たちが大勢います。

「気にするほうが差別者」と、言葉を投げられたことともあります。

p199

フェミニズムに触れ、母親も自分と同じ女性であること(共通のジェンダー)を見つめる必要があります。

わたしは、子育てをする中で、悩みます。同じことをするんじゃないかと。具体的に自分がどう育てられたか思い出します。

だからそれを一歩進めて、具体的に母親の謎を解き明かすことで、わたしは、母と自分を分けたいと思います。


自閉症的生活【考えない練習】感想

考えない練習 著者・小池龍之介

 

【読後具合が悪くなったので勧めません。単に実家が強くてうまくいっただけなきがする】

この本を思ったのは、「自閉スペクトラム症みたいな考え方だな」ということ。

管理できるだけのものをもつ、計画を立てて行動する、決まったパターンの生活をする。人と群れたりつるんだりしないで、一人でいることを苦にせず、じぶんのしたいことをして、思っていないことを言わない。顔色を窺わない。感覚が鋭い。自分の感覚を大切にする。オンとオフをはっきりさせる。使わないモデムの電源は落とす。テレビはノイズになる。

これって、とっても自閉スペクトラム症的。伴侶は、足音を立てずに動く。ほとんど伴侶は実践している。

わたしは、コレクションをしがちなので、自閉スペクトラム症の人が全員これを実践できているということを言いたいんじゃなく、この考え方は、自閉スペクトラム症の持ち味を生かせるなと思った。

賛成できない部分もあって、子供に対する声掛けのところなんて、机上の空論だなと感じた。

でも、何かに気を取られて、上の空でいると、その上の空の分人生がなくなってしまう、というのは、最近実感していること。

過去の怒りに燃えている間は、今現在をきちんと実感しながら生きることができないし、何かを欲しがっている間は、食べているものの味もしない。

わたしは、頭の中のノイズに悩まされているので、どうしたらノイズを減らせるかというのは参考になった。脳が刺激を求めてしまうから、自分から苦痛をむさぼって、そしてそれが解消された状態を「楽」だと思い込んで、繰り返してしまうというところは、自分がそうしているという実感があるのでよくわかる。

何かを欲しいと思うことも、渇望することも、苦しい。こういう自分になりたいと思えば苦しい。それを開放すると楽な気がする。でも、手に入れてうれしいのは一瞬だから、また、ほしいものを探してしまう。

ただ、ちょっとわからなかったのは、怒っているということをどう扱うのかということ。

闘わないと、ずっといじめられる人にとってどう受け取ればいいんだろう?

たしかに、怒りの言葉を発しているうちに、どんどん自分が言葉に引きずられて興奮してしまうことはある。

でも、どうしてもつらい出来事や理不尽な出来事があるとき、怒るのは自然だ。そして、それは言わないと伝わらない。

相手が、それを聞いてどう思うかどうするかは、相手の問題だけど、怒りや、差別などをどう扱えばいいのか。

自分の中だけで解決すると、世の中は変化しない。それって、差別される人にとっては甘んじること、同化することに他ならないから。

折り合いをつけるためには、一度、怒りを感じて、それを今感じているんだなと認識して、それを表現したら、あとは受け取り相手に任せるという態度が必要なのかなと思った。

興奮してしまったり、刺激が強いものは避けたりするというのはいい考えだと思った。ネットは不愉快なものをわざわざ見るのに適したものだ。

そして、わたしは、結構そういうことをしてしまう。とくに、刺激がほしいようなとき。自傷みたいだなと前から思っていた。それは、脳が、刺激を欲しがっているからだ。その刺激は何だって良いのだ。

テレビのお笑いについて「相手を貶める」「自分を貶める」「混乱させる」の三つだと書いてあったのは、その通りだなと思った。お笑いを見ていると、自分の中の「当たり前」が破壊されるようで苦痛だ。

 

 

近頃、おいしいものを食べても、上の空だと、食べた感じがないから、ちゃんと集中して食べることが大事だなと思っていた。

テーマとして「集中してぼんやりすること」を主治医に宿題として出されていた。人は、集中してぼんやりすることが大事なのだ。

スマホを見ると、刺激が強い情報が多いので、自分がここにいないみたいな感じで、苦痛をマヒさせて、時間をスキップすることができる。でも、それだと、体がここにいるのに、心が体のある場所からなくなるから、自分の人生がすり減ってしまう。

だから、時間を短くする、手を動かしたり体を動かして、心と体が同じ場所にいることを心がけようと思った。


痛みこそが人の尊厳である

信田さよ子先生の本を読んだ。
「さよなら、お母さん: 墓守娘が決断する時 単行本 – 2011/10/17信田 さよ子 」

地震の後に書かれた本である。
わたし自身は、三十歳になるのをきっかけに、両親と決別した。
わたしは、ずっと母親が嫌だと言語化していた。十年かかってやっと親を捨てる決心がついた。

プロローグに胸を揺さぶられた。
「人の痛みが人の尊厳だ」ということが目に飛び込んできた。
わたしの「痛み」はなんのためにあるのか。
その回答がこれだと思ったのだ。
わたしの痛みはわたしのもの。
それがわたしをわたしだと形作る一部である。

自分の痛みを見ないことにした時、人は差別をするのだと思う。
自分よりも不幸な人がいるから耐えられると思う時、そこには「優越感」がある。ひとよりもましだという考えが、自分を力づける人がいる。自分と誰かを比較して、より不幸な人がいると思ったとき、その人は、誰かを支援するかもしれない。ボランティアをするかもしれない。
「自分の鬱などたいしたことがない」と思って、外に出る人もいるかもしれない。
しかし、それは自分の痛みを見ないことにした結果である。
誰かと自分の痛みとを比較して、それよりも「自分がまし」だという思うことで、自分の痛みを消す。
そうして生まれるパワーには問題がある。誰かを踏みつけにしているからである。

「なぜワイドショーを見るのか」と問われて「自分より不幸な人がいるから」と答えた人がいる。
人の不幸を探して、それを喜ぶ人である。
それからもう一歩すると、「あの人が不幸でも自分とは関係がない。自分よりも不幸な人がいるから自分は幸せである。不幸な人がいてよかった」から、「不幸な人を作ろう」「不幸な人を作るために力を奪おう」になる。そのガス抜きの仕組みが差別である。

セラピーでガス抜きをするのも、今はやっている「自分の機嫌は自分でとる」という流れも、「ポジティブに考えよう」という流れも、「痛みを無視して、現状維持をはかろう」ということだと思っている。
それは、問題を軽視し、なかったことにすることと、紙一重だ。
生きるための知恵だということと、その方法がまずくはないかということとは両立する。
余談だが、よくある、子供に対して
「あなたはそう思うんだね」と受け止めるやり方も、暴力になることをわきまえなくてはならない。
わたしは、母に「嫌だ」と訴えるたびに
「そうなの、あなたはそう思うんだね」と流されてきた。まさに、母に嫌だと訴えているのに、「なかったこと」にされているような、無力感を味わったものだ。

不満があったら伝え、それを解消する。お互いの距離感がおかしかったら調節する。それをわたしは重んじるようになった。
いろいろなことが起きて、変化する中で「現状維持」をしようとすると、歪みが現れると思っているからだ。

わたしの母は「斎藤学」先生の本を持っていた。親子関係の問題について、精神科医の立場から書かれた本だ。わたしはその本を読んで、自分の親がおかしいことに確信を持った。
ところが、母や妹は、その本を読んで、わたしにつきつけ、「ほら、お姉ちゃんはここに書いてある人とそっくりだよ、やっぱりおねえちゃんはおかしい」と言った。
同じ本を読んでも、「自分が暴力を振るっているのか」「それとも振るわれているのかもしれない」と思わず、「自分には関係がないけれど、おかしい人がいるらしい、ああ、自分はおかしくないみたいだ、よかった」と確認するために読む人もいるんだなと今では思うが、当時は、不思議だった。
どうして、「AC」の本を読んでも自分の家族の問題に気付かないでいられるんだろうか?と。

むしろ、彼らは、自分の問題をないことにして、世間というものに同一化するために読んでいたんだと思う。

わたしの母は「良い母親」になろうと思っていたんだと思う。「ベストな母よりベターな母であれ」みたいな本もあったし、トリイ・ヘイデンの本もあった。ドナ・ウィリアムズだってあった。
でも、わたしの母は「わたしにとって」良い母じゃなかった。
母は、今でも、わたしにたいして「悪いこと」をしたと思っていないだろう。
母は、世間に対して「良い母親」であったから。
「誰にとって良いのか」を考えないことを選んだ。
(子育てについて学ぶことと、子供を虐待することは両立できる)

育児には、子供に対してパワーがある。ケアを与える役割を一番に引き受けることで、子供に対して、権力を振るう場面が多くなる。
女性は経済力を巧みに奪われているので、ケアを通して、パワーを獲得する。
(だから、育児には、父親や行政の介入が必要だ)

わたしの母は
「しかたがない」「しょうがない」「そうするしかなかった」と言った。
実際には、いろいろな選択肢があった。でも、その選択肢を最初からなかったことにできるのが、上記の言葉である。
選択肢をなかったことにすれば、「選択した責任」もなかったことにできる。

「しかたがない」「そうするしかなかった」の根拠は、世間にただよう常識である。
大きな挫折を経験したとき、それを、自分から「そうするしかなかった」といえば、責任から逃れられる。
考えなくてよくなる。
それが、世間と同一化するということである。
他人から「そうするしかなかったとおもうよ」ということと、自分から「そうするしかなかった」ということは全く違う。
前者は、責任を実感している人にかけられる言葉で、後者は責任逃れをするための言葉だ。

世間と一度同一化してしまえば、それから逃れることを、彼女ら、彼らは、絶対に避ける。
もしも、「世間」から「個人」に戻れば、あやふやにした「挫折」の時点に戻らなくてはならなくなるからだ。

「離婚したほうがいい」ような状況になった。そのとき「世間では離婚しないほうがいいと言っているから」離婚しなかった。
そして、二十年、三十年くらい来たとする。
そうした人が、今更「個人として」考えると、「あのとき、結婚は失敗した。その後の選択も間違っていた」ということを認めなくてはならない。そうすると、「失敗した二十年、三十年」がその人に現れる。
その人に、それを受け止めるのは無理だ。
それは、その人が二十年前に「自分で選択するのは無理だ」と挫折を目の前にしてあきらめ、ごまかすような人だからだ。

わたしは、世間と同一化した、おばけのような人たちに苦しめられ、犠牲になってきたんだなと思った。
そして、彼らがわたしのような「子供」に謝ることを期待するのはほとんど不可能なんだなと思った。

自分の人生を放棄する人が一人いると、その周りには、差別が生まれ、虐待が生まれ、DVが生まれる。
自分を生きない人が、人を支配して、自分の生を確かめる。


常識を疑わない人々

学力の上位層は、試験が得意だ。
体力があって、試験が得意で、家がお金持ちだと、常識を疑う機会が少ない。
常識通りに生きていけばうまくいってしまう。
だから、内部に生じる葛藤に気付きにくく、それが表面化することもないので、解決しにくいんじゃないかなと思った。

年々、そういう人たちとは、話が合いにくくなっている。特に、体の丈夫な人とは話が合わない。

しんどいのレベルも、実家が嫌だというレベルも、体調の悪いレベルも、何もかも合わない。
ライフステージの進み具合が異なると、話が合わない。
また、「自分が話して」「相手が話す」という順番を飛ばしてしまう人とも付き合いにくい。
「私今こうなんだ」
「私のほうがもっとそうだよ」みたいなのとかね。
話を聞いているようで、自分のターンにもっていってしまう人。
順番に話せばいいと思うんだけども。

日本のヒップホップの人たちが「親に感謝」ばっかり言うのは、それが当たり前じゃないからなんじゃない?とふと思った。
わたしはああいう「味噌汁いえーい」みたいなノリは嫌いだったんだけど、ふと、「もしかしてそういうのが当たり前じゃないから、だから歌ってるのかな」と思ったりして。
私の周りは親孝行がデフォルトだから、親を捨てるのがたいへんだった。でも、親を捨てるのが前提な人たちにとっては「親を大切に」「親に感謝」「お前に感謝」がむしろたいへんなのかもしれない。

身を固めろというのがうっとおしいと思ってたけど、あれも、「親離れ」は早いほうがいいという意味もあったのかも。
親から離れるためには、親が元気なうちじゃないと捨てにくい。
親に介護が必要になったら、もう、親を捨てることが難しい。
親を捨てるのは、親が自立して暮らせる間だけだ。元気なうちに捨てて、実績を作って、「子供を出産するような大変な時にも交流がありませんでしたよ」と言って、わたしは、親の介護を回避しようと思っている。
でも、親が元気な時に頼って、交流があって、いざ、倒れてから、「やっぱり捨てる」というのは、わたしには難しいことかもしれない。
それだから、早いうちに家庭を持つという表現が、必ずしも良いとは限らないとしても、家庭を持てば、親も、口を出しにくいという一面があったのかもしれない。
一人暮らしだと、一時的なものだと思われて、帰ってこいと言われてしまうから。

だんだん、親を捨てたことも含めて、話が合わない人も増えるんだろうなと思う。
それもまた自然なことだよなと思った。


子育てはさみしいの連続

母乳を卒業してしまった。
あの暖かさや、縋り付いてくる感じや、ぼんやりした顔、満足しながら眠っていつの間にか口を開けたまま眠っているのをもう見られないんだなと思うと、胸がざわざわしてしまう。
この子はこの子が必要なことをすでに知っていて、わたしはそれを手助けするだけなんだな。
あっという間に終わってしまうというのは本当で、毎日かみしめるように過ごさないと、どんどん感情があふれてこぼれてしまって二度と会えない。
せつなくてつらくてさみしくていとおしいから離れがたいけれど、巣立てるように、一人で生きていかれるように、最後には私たちを必要としないようにするのが目標だから、育児はさみしい。
それは孤独だからじゃなくて、わが子がいとおしくていとおしくて仕方がないから、成長の一つ一つがきらきらと輝いている、だから、その輝きをみてしまうと、でも、もうそれができなかったころには戻ってくれないから、昨日のあの子にも、生まれたてのあの子にも、過去のあの子にはもう会えない。
あんなに愛したのの、過去のあの子はもういない。
現在のこの子はいて未来のこの子にも会える、それは知っているけれど、あの子には会えない。
笑顔がどんどんうまくなる、声を出して笑ってくれる、あやせばずっと笑ってくれる、泣くこともあまりなくて、必要なことを教えてくれるからそれをしているだけ。
こんなにかわいいのに、見つめているだけで疲れてしまって、わたしは倒れこんでしまう。ときどきつらくなる。
そういうときには人を呼ぶ。密室育児が毒だと思うから、みっともなくても、助けてもらったり疲れたら疲れたからという。
お客さんにも手伝ってもらう。どんどん招待して、どんどん開いた家庭にしたいと思っている。

わたしにはわからないおもちゃの使い方も、赤ちゃんのほうがすでに知っていた、という言い方をされている方がいて本当にそうだと思った。
わたしたちも、子供たちも、同じように賢く愚かで未熟なのだ。
そして、お互いに愛しい。
対等ではなく、でも、尊重し合える。

どうしよう、とてもさみしい。あの子はいるのに、あの昨日までの子はいないんだな。