ケアマネさんとの相性、子供を生むきっかけ

前のケアマネさんとは相性が最悪だった。

わたしが、妊娠を急いだのは、前のケアマネに「早く子供を作ったほうがいい」と言われたから。
それは違うと思ったけれど、言われたことは実行してしまいがちな特性のため、医師にも減薬がひと段落するまで待ってと言われたのに、急いでしまった。
だから、妊娠してから減薬は無理やりだったので相当苦しんだ。

それに、わたしたちの事情を聞かないで、聞いても理解しないで、説明もなく、支援の時間を三分の二にされた。
生活が変わってしまうし、実情に合っていない。
わたしのわがままなのだとしたら、説明がほしい。
現状を把握していないのに導き出した答えは間違っているんじゃないか。

そう思って、ケアマネを変えてもらった。
事業所に電話をしても、とりついでもらえず、かけなおしも来なかったので、不信感が募った。

今でも腹が立つ。

福祉職は、人の人生を変える職業でもあるんだなと思った。

新しいケアマネさんは若いけど、仕事のできる有能な人だから、彼女がすることだったら、どう転んでも信頼できると思った。

医者でもなんでもそうだけど、「この人の言うことだったら、不利益になろうと、もしも死ぬことになろうと、任せよう」という気持ちでわたしは向き合っている。この人に命は任せられないと思ったら、変える。

わたしが健康だと、わたし自身が快適だ。そして世の中にとってもとてもいいことだ。
だから、わたしは支援を受けることを選んでいる。

支援を受けることを特別だと思っている人が多いけれど、学校や保育園、病院、いろいろなところで、みんな税金のお世話になっている。いつでも消防署に連絡できたり、ごみを回収してもらえたり。

障碍者支援はその延長だと思っている。だから、特別なことじゃない。

わたしが普通に生きるために、必要なことが、人とは少し違うだけだ。

わたしは、子供を産む。
遺伝の可能性がある病気を持っている親が、子供を産むことに反対する人がいるのは知っている。
もちろん、そんなものは、優生思想だから、とり合う必要もない。

だけど、わたしは、子供を産みたいけれど、服薬しているから…、とか、障害があるから無理だ、とか、思っている人がもしいるとしたら、でも、本当は生みたいのだという気持ちが少しでもあるとしたら、わたしは、自分自身で、それを達成したい。そういう風に見せることが、ほかの人の役に立つかもしれないから。

かといって、子供を産むのがえらいなんて思っていないけどね。
確かに子供が体の中で動いているのは楽しいし面白いけど、きついこともあるし、ほかの経験ができなくなるわけだから、別に絶対経験したほうがいいとも思わない。男の人はそもそも産めないわけだから。

でも、どうせ、一人で育てるわけじゃなくて、ほかの人や、行政の力を借りるわけなんだから、産みたかったら、産みたいよね。

わたしは、事実婚で、ポリアモリー気味(最近は落ち着いているような気もする)けど、子供を育てるんだぜ、というのをしたい。
子供を産むってこと自体が、親のエゴだとも思っている。
生まれた子供には、ちょっとでも楽しいことや幸せなこと、気持ちのいいことを体験してもらえるように、がんばりたい。


社会的な構造が、精神病を作る

妊娠がつらくて、カンガルーになりたい。好きな時に出し入れができて、ホルモンバランスも長期には狂わないから、すごくいいと思うんだよね。

今日はケア会議が無事に終わり、変わらず継続になることが決定した。ほっとした。
今のヘルパーさんも、事業所も、ケアマネさんも、とても相性がいいから、しばらく引っ越せないなと思うくらい。
わたしが住んでいるところは、福祉や教育に対して手厚い。だから、人口減はあるものの、非常に緩やかで、子供も、三人以上持っている人も多いし、男性も、子供を抱きながら買い物をしている姿をよく見る。
定時である五時に帰っている人が普通で、残業がひどい会社はとても目立つ。だから、子育てはとてもしやすいみたいだ。
わたしは、妊娠してから、産婦人科に払った金額は、数千円程度で、ほとんど補助で済んでいる。
保育園も、非常に安いので、小学校に上がるまでは、あまりお金がかからない。
共稼ぎが多いので、ゼロ歳児から預けることが普通だから、周りにあれこれ言われることもない。

子供というのは、大人にとっての異文化だ。
そういうものを受け入れて、大事にすること。
そうじゃないと、世界は破滅する。

ところで、この前診察で精神科医と話したのだけど、精神病を精神病とするのは、社会的な要因なんじゃないかという仮説を立てている。

例えば、病気になるきっかけは、だいたい、人生で大きなことがあって、それが良いことでも悪いことでも、大きなストレスを抱えるためだと思う。
もしくは、発達障害のように、ほかの人と、抱えている文化が違う場合、コンフリクトが起きる場合。
うまくいっていないことに限らず、何か起きたことが、精神疾患のきっかけになったり、もともと持っている性質の違いが、大きく問題として浮上してきた場合に「病名」が付くと思う。

最近はやりの、発達障碍者が、普通の世の中に適応するためのノウハウを書いたブログがあるけれど、わたしはそれが具合の悪さや健康に問てよくないものだと思っている。
療育もそうで、センターの中ではうまくいっているように見えても、もっと条件が複雑な外に行ったとき、うまくいかなくなることとか。
それって、結局、昔、聴覚障碍者に、発話を強いたことと同じじゃないかという危惧がある。

例えば、嫁姑の問題は、文化の違う他人が同じ場所で生活するとき、その人の持っている価値観や文化が衝突するために起きるのだと思うのだけど、そのときに、「相手が悪い」「相手を変える」となったり、「自分が悪い」「自分が変わるしかない」となったりしたときに、弱い立場のほう、つまり、お嫁さんが病気になる。
違いは違いとして、別にどちらかに優劣があるわけじゃないのに、「どちらかが悪い」となると「悪い」「間違っている」側が、病気になる。
違うんだ、ってだけなら病気にならないし、そのときに、怒ったり、逃げたりしたら病気にならない。
問題を自分の内面に落とした時に、つまり内面化したときに、病気になる。
問題を病気にすることで処理する。そういう力が働くと病気になる。

発達障害もそうで、世の中のほとんどの人が発達障害だったら、わたしたちは「障害」を持っているとは言えなくなる。
多数派や力のある側と、違ったときに「合わせる」という選択肢を選ぶと、病気になる。
そういう仕組みなんじゃないかと思う。

だから、適応しないといけない、向こう側に擬態しなくてはいけない、という行動や思考を持つと、それは、自分に無理を強いることになるから、最初は、その入り口に到達することはできても、自分とは違うものを演じているわけだから、長続きはしない。
病気になってしまう。
適応するためのノウハウというのは、そういう危険を増やすことになる。

生活をしやすくするための工夫は、単に、自分が過ごしやすくするためのものだから、上記のノウハウと違うと思ってる。

普通の人たちに紛れ込むために頑張るよりも、自分を受け入れてくれる場所だとか、自分の向いていることを探すだとか、そういったことに、労力を使ったほうが、長い目で見たときに、ずっと楽になる。
それは、発達障害や、精神疾患のある人に限らず、一見健康な人でも、同じことだと思う。

それに、発達障害であったり、精神疾患であったりする人の、メインストリームではない人の視点というのは、世の中を変える上でとても有用なものだから、最初からいらないものと考えて、捨てるのはもったいないと思う。

それこそ、病気であることの知見だとか、異なった視点って、世の中を豊かにする素晴らしいものだと思ってる。
それが、本人の自己肯定感を上げることにつながると思うし、自己肯定感が上がると、免疫もよくなるから、体も楽になるよねというのがわたしの立場だ。

障害を治そうとすると、マイナスをゼロに近づけるだけで、一生が終わってしまう。
それって、つまらないことだし、たいへんだし、なによりもつらい。治らないんだから。
治ればいいけど。
治らないから。

それよりは、楽に生きられるための工夫を積み重ねるとか、自分なりの居場所を作るだとか、そういったことに注力したほうがいいと思ってる。
そういうことが、結果的に、じわじわ世の中を生きやすくするんじゃないかな。世の中を変えるほうが、いくらか可能性がある。
治らないものを治そうとするのは、むだだ。

体や精神の持つ文化が違うのだから、お互いの理解と、すり合わせは大事だけど、どちらかが一方的に適応することを考えすぎるのはよくない。

それって、死ぬってことと同じように思う。

極端から極端に走るのはよくない。
変われる部分と変われない部分があるのだから、その範囲で、お互い融通し合うのが良いと思う。
完ぺきな人間なんていないんだから。お互い欠点があるんだから。


今の職場でのこと

新しい職場の上司は、長年、障害者採用をしてきた人だ。
だからなのか、障害者について、今まで見たことがないような考え方をする。

今日「精神障害者の人たちの中で、職場の人に配慮を求めるのは難しいという話が出るんですよ。やっぱり、ほかの人も、いわゆる普通の人も、たいへんなわけだから、余裕がないだろうし」
ということを言ったら、すごくきょとんとしていた。
「だって、知っていたら、相手のできることをしてもらうようにするでしょ?
前も、アスペルガーの人を雇ったとき、仕事が人の五倍かかる人がいて、自分なりの納得がいかないと仕事に取り掛からなかったけど、五倍かかるなりに頼んだり、納得いくように話したり、そのうえでしてもらうようにしてたよ」とのことだった。

この上司は、前の上司と違って「何をしてほしいですか?」と聞かない。
でも、わたしが仕事に慣れるまでは、出勤前に、仕事を忘れていないか、時間を間違えていないか、電話をくれたり、ほかの障害者を雇おうとするときにも、こういうサポートをする、ということを事前に説明していたりする。例えば、急な欠勤の時にも、対応するから、心配しなくていいよ、とか。

うーむ。

「いつだれが障害を持つかわからない。そういう時代でもないし」というようなことを言っていた。
障害がどう、というよりも、困っている人を見ると、どうしたらそれをクリアできるのか、考えているみたいだった。
人に対して、粘り強いというか、根気があるなあと思う。
生徒に対しても、粘り強い。

わたしも、そういう風になれるかなあ。


病気の受容のプロセスを尊重しながら関わること

批判は、その人に対しての否定じゃないんだけど、混同する人もいるんですね。

それはそうと、生徒さんを教えていると、これはちょっと「困難を抱えているかもしれないな」と思うことがあります。
でも、自分から、そうなの?とか、病気なんじゃないの?とは聞きません。
(場合によっては困っていることある?ということは聞けるときがあるかもしれません。まれにです)

もちろん、親御さんのほうから伝えてくださることもあります。
また、情報共有のために「あの生徒さんはこういう困難を抱えているようだから、こういう対応をしよう」と相談し合うこともあります。

何度も言うようですが、精神疾患、二次障害が致死的という意見について、反対なのは、いくつか理由があります。
精神疾患に関する誤解を解くために、医療関係者や当事者がずっと働きかけてきました。

二次障害で主だったものを、私が知っている限り、羅列すると、うつ病、双極性障害、統合失調症、パニック障害、不安障害、適応障害などがあると思います。(統合失調症以外、全部診断されたことがあります。うつ病は誤診だったようです)
でも、それは必ずしも死ぬ病気ではありません。
放置していたら、確かに、死の危険が高い病です。
でも、たとえば、二次障害については、二次障害、というのだから、医者にすでに掛かっている場合が多いのでしょう。
二次障害が致死的だ、と言っているのは、医者じゃない人だったので、それを鵜呑みにしたくはありません。
医者にも、あなたの障害や病気は致死的だといわれたこともないし、医学書でも、読んだことがありません。
(だからといって、読んでない本に記述がないとまでは言いません。ただ、わたしは知らない)

二次障害になったら終わりだ、と人に思わせることはあまり良いとは思えません。
二次障害をスティグマ化したり、人を必要以上に恐怖に陥れると思うからです。

また、二次障害は避けられる、という誤解も生むと思います。
避けやすい環境を作ることは可能だと思います。避けるように心がけることも。

でも、精神疾患になった人のほとんどが、なりたくてなったわけではないでしょう。
だから、このことに関しては、慎重にならなくてはいけません。
避けられる、という話が広がると、避けずに精神疾患になった人は「心がけが悪い」「自己責任」ということになると思います。
それは、歴史がすでに証明しています。

二次障害を避けられるのならば、もちろん、避けたい。避けるべきというのはもっともです。
でも、知識があっても、なるときにはなります。
精神科の医療従事者だって、精神疾患を患うことはありますものね。

精神科の医療従事者が精神疾患になりにくいという話もきいたことがありません。知識があっても、避けられない、ということだと思います。

話を戻しますが、例えば、わたしが、親御さんに、あなたの子供は精神疾患になりかかっていますよ、ということが、是かというと、否です。

それは、わたしのような素人がしてはいけない範疇のことです。
診断と、その通知は、本人や、それを支えることになる家族にとって、受容しやすい形でなくてはなりません。
医者によっては、診断名を言わない場合もあるでしょう。

それを他人が邪魔をしてはいけないと思います。
他人が、何の資格もなく、「あなたは○○の病気だ」といったとき、それは、差別になる場合や、レッテル張りになる場合があります。
医者に言われても受け入れることが難しい人に、事前に他人から、何か言われていたら、ただでさえ難しい受容は、より、難しくなるでしょう。
それは、結果的に、子供のためにならないと思っています。

何度も書きますが、生徒さんが、なにかの病気っぽいと思うことはあります。でも、それを伝えないのは、親御さんも本人も、なんとなくおかしいと思っているが、それをまだ認められないでいるか、すでに知っているが、人に知られたくないために、隠している場合がほとんどだからです。
その気持ちは尊重しなくてはならないからです。

契約において、わたしができること、時間、場所は、はっきりしています。そのうえで信頼関係を築きます。
だから、親御さんは、わたしに、大切な子供を預けてくださるわけです。
何か問題が生じたら、契約を破棄したら、わたしとのつきあいは終わりになります。
それが、担保になるため、わたしはがんばることができるし、生徒さんも、わたしに安心して、頼ることができます。
歯止めが利かないと、とても、たいへんなことになります。

子供が、病気になった場合、支えていくのは家族です。
その家族が、最初に受け入れることができるか否かは、最初に伝える人の技量が大きくかかわります。
そこを、例えばわたしのような人間が侵してはならないのです。
また、病気だと診断された後、その子供が、どのように過ごすのか、また、学校に行くのか行かないかを相談するのは、本人、家族、医者、学校関係者などがコアメンバーとなり、決めることです。わたしの考えですが、外野は口出しをすることは、求められた場合を除いてはしないほうがいいでしょう。

子供と密に接していると、子供が依存して来ようとする一瞬があります。
そうしたとき、わたしは非常に緊張します。
対応を誤ると、その後の関わりや、子供の安定に影響するからです。
もしも、共依存になってしまったら?自己を投影してしまうようになれば?
相手の人生を乗っ取ることにもなりかねません。
子供とかかわるというのは、ある意味危険なことです。
子供は、自分の領域があいまいだからです。
だから、大人が、距離をコントロールしなくてはいけません。

突然無距離になったり、距離を離したり、ということをすると、子供は混乱します。
だから、自分が維持できる距離を模索しながら、慎重に付き合わなくてはなりません。
依存させてしまったら、信頼関係は風前の灯火です。
信頼関係を維持するためには、距離を保つことが必須です。

それも、親御さんとの信頼関係があることが前提です。
都度、相談、連絡、報告をします。
こちらも、時間と場を区切って、決められた範囲でかかわること、プライベートを第一にすることを怠ると、一瞬で崩壊します。
ルール作りは大切です。

以前、生徒が、「半年間、学校に行かない」と言ってきたことがありました。学校の先生も了承し、配慮してくれたそうでした。
その半年間、週に三回から四回、一日四時間から六時間、つきっきりで勉強を教えました。
半年したら、宣言通り、学校に戻りました。
学校に戻ったら、連絡も減りました。
その間、わたしも、生徒も、親御さんも、それぞれ負担はかなり大きかったです。

わたしの場合、まず、契約があって、お金も払われたから、やり遂げることができた、相手も安心して頼れた、という側面があります。
契約が歯止めになったのです。
でも、契約を介していない場合、同じことをするのは、とても危険です。

診断と受容のプロセスは、尊重されるべきことです。


レールに乗るかどうかは、メリットデメリットで決められない

人生は一度だから、どれを選んだほうがよかったのかを、同時に比較検討することができない。
ああすればよかった、こうすればよかったといくら思っても、あなたも、わたしも一人しかいないので、同じ人間をどのような道で分けるとどのような変化をするのか、比較することができない。
というのは、入院したとき、精神科医に言われた言葉だ。
学校が辛いあなたのためのお話

借金玉さんのブログのこのエントリについて。
わたしは、全面的にこの文章に反対で、そして、なぜ多くの人たちの賛同を得ているのか、さっぱりわからない。

死ぬくらいなら、学校に行かなくていい。そんなのは当たり前だ。
でも、雑すぎる。

メールで死にたいといわれて、何か言ったくらいで、相手が死なないなら、何もみんな困りはしない。

人間は、未来のことについて、正確にメリットとデメリットを、比較する能力はない。
今の時点で、わかっているメリットとデメリットを羅列して、数えて、比較することくらいしかできない。

わたしは、学校でいじめられたこともある。小学生のころ、持ち物を捨てられたり、投げられたりした。
高校の時には、精神疾患や肉体的な疾患が悪化して、二年生と三年生のころ、三分の一しか投稿していなかったような記憶がある。

大人になって学校に行かないデメリットが、子供を教えるようになって見えてきた。
「人間関係を構築する能力が育ちにくい」それに尽きる。
人は複雑だ。複数の人がいるところとなると、非常に複雑になる。
大人になって、一見、人間関係が楽になったように思えたとしても、それは、今までの蓄積があるためだ。
大人になると利害関係がある。騙したり騙されたりする。
女性だったら、食事に行くだけでも、犯罪に巻き込まれる危険がある。そういう危険をかいくぐりぬける能力は、子供のころ培われる。

学校の教育の質が低いと借金玉さんは言う。そうかもしれない。
しかし、一度でも、学校で授業をみんなして受ける、というのは、学習において非常に大きなアドバンテージとなる。
全然わかっていなくても、クラスメイトと一緒に授業を聞いた、という体験があるかないかで、もう一度勉強しなおす際に、それは大きな差となる。実際のところ、どんな単元があるか、どんな順番で教えられたのか、それを知っているのかどうかで、自学に差が出る。

独学のデメリットは、秩序だって知識を並べることができないところにある。好きなところをつまみ食いしても、それはバランスを欠いたものとなる。統合することが難しい。
子供が自分なりに学んだり調べたりした後、それを評価する大人がいるかいないか、それによって、独学の質は大きく異なる。

全くの独学で勉強することは不可能だ。

わたしは、小学生のころから法律書を読んでいたが、大学のころに学んだことと、質は桁外れだった。場当たり的に選んだ本を場当たり的に解釈しても、正確な法律解釈はできるようにならなかった。
大学で、理論を学び、運用を学び、そのうえでどの本を選んで読めばいいのか、読んだ本を使って発表をして、それをレビューされることを繰り返すことで、学習の質を上げることができた。

わたしは、いじめられたとき、まず武力で解決した。

集団で相手が向かってくるとき、幸い教室だったので、武器がたくさんあった。一番弱そうな相手を選ぶか、リーダーを選ぶか、それは好みの問題だが、再起不能になるまで、攻撃した。
机を蹴り、ドミノ倒しにして、退路を塞いで、椅子で殴った。相手は戦意を喪失した。そのあとも、陰湿ないじめは続いた気がするが(観察眼がないので、あまりどれがいじめなのか認識できていなかった)、表立ったいじめはなくなったように思う。
もし、腕力に自信がなかったら、わたしは窓ガラスを割って、注意を引いただろう。学校全体の問題にすることが大切だからだ。

それでも、さらに、いじめがやまなかったら、校長に伝え、改善されなかったら、教育委員会に掛け合い、さらに訴訟を起こしただろう。そして、地元のメディアに連絡をしただろう。もし、自分の子供が同じような目に遭ったら、そういうことを勧める。
もしくは、保健室登校、支援級、支援学校などを利用する。
それでもだめなら、フリースクールを探す。
学校の先生すべてが、一人の生徒を見捨てることは、あまりありえない。ないとはいえない。

わたしは疑問だが、どうして、「戦い方」を教えないんだろう。
いじめは権利の侵害だ。だから、それを取り返すために戦ってもいいのだ。
逃げ方、戦い方、両方を伝えないと、片手落ちじゃないのか。

借金玉さんは、結局のところ、レールに乗っている。中学にも高校にも行き、部活にも入り、友達と支え合って受験勉強をしている。それは、学校で知り合った友達であり、勉強をした場所は学校である。もし、学校の授業が全く役に立たなくても、未成年者が無料でいつでも集まれ、話し合いながら勉強する場を与えられていたのは大きかっただろう。
学校にある備品を利用したこともあっただろう。

学校に行かない、ということは、それらとの接続を絶たれるということだ。
中学生が、いくら考えても、そのデメリットとメリットを比べたとしても、まだ知らないことを考えることはできない。

境遇を甘受したものが、それをいらなかったというのは、無責任だ。

学校に行かない、という選択肢の前に、いくらかの選択肢がある。
学校に行かない、という選択肢の後に、いくらかの選択肢がある。

また、もう一つ言いたいことがあるが、偏差値の低い学校に行ったら、人生の終わりとでも言いたそうな文面があったが、決してそうじゃないと書き加えておく。幸せをどのように定義するのかにもよるが、当然、偏差値の低い高校に入る生徒、大学にいけない人、たくさんいるが、だからといって、幸せから遠ざけられるかというと、まったく違うと強く言いたい。

人生は、多様で、価値観も多様だ。
学校にいけない、いかない、それだけだって、二つには分けられない。たまに行ってみる、環境を改善してもらう、環境を変更する、など、いろいろな対処法がある。
それを示すのが大人の役割だ。

追記
失敗してもいい、フォローするから選んでね、というのが親含む大人の役割だ。
あと、自殺をほのめかされたら誰でも困るんであって、ブログに書くより、相手の親に連絡を取るか、相手と対話するか、最初から反応しないかがいいと思うけどね。


障害が嫌なんじゃない

障害について描かれた漫画を読んだ。

障害や精神疾患を持っている人を、自嘲とはいえ「失敗作」と言ったり、「メンヘラ」と言ったりしていたことが気になった。

そして、健全な家庭に育った人には、虐待された人は理解されないのだ、ということも気になった。読んでて嫌だった。読まなきゃいいんだけど、読んでしまった。

「お母さんになる人へ。あまり厳しくしないでほしい」というメッセージがあったが、これから母になるわたしにとって、やはり、嫌な気持ちになった。

わたしだけが子育てをするわけじゃない。父親にも責任がある。そのほか、子供にかかわるすべての人にも責任がある。

 

ADHDをメンヘラ、といったことに反発があったが、それはあまり問題ではない。

先天的だ、脳疾患だ、だから、メンヘラじゃない、という言い方は、精神疾患とは違うのだ、ということに対して、字義通りのことを求めているというよりも、「精神疾患ではない、精神病ではない」という差別意識を感じた。もちろん、悪意はないのだろうけれど。悪意がなければ差別ではない、というわけじゃないのだ。

 

 

わたしは、障害を持っていること自体は嫌じゃない。それに伴った不便さが嫌だ。

その不便さは、軽減することができる。社会的にかかわる人間を厳選し、支援を受けることで、かなりのストレスを減らせることができる。

わたしの持つ、主な病気である、双極性障害も、自閉スペクトラム症も、治らない。

だからといって、それが脳疾患だろうと、精神病であろうと、どうでもいい。精神病のほとんどが、脳の機能がうまくいっていないから起こるものだ。

 

わたしの家は、健康的な家庭ではなかった。でも、同じような境遇の人が理解してくれたわけじゃない。人による。余裕のある、健康的な家庭に育った人が、思いやりを示してくれたこともしばしばある。

個人的には、余裕のない人と人が不幸な話をしていても、わたしは笑うことができない。人による。

だから、きれいごとを言わないでおけば、同じ境遇の人にしか話せない、というのは、本当に個人的な話なんだと思う。それでいいのだ、もちろん、あの漫画は、個人的なことを、内輪のノリを正直に書いたものだろうから。

ただ、同じように、わたしも、あの漫画を読んで、どう思ったかを、書くことは許されるはずだ。

いやだったら読まなかったらいい、というのは、お互い様。

相手に伝える必要はない。

わたしは、障害が原因で不利益をこうむっている。でも、生きづらい、という言葉を忌避する。

わたしは、生きづらいといわれたくない。そんな、人をさげすむ言葉を自分に使いたくない。

わたしには、生きる上で、困難がある。それを乗り越える工夫をする。戦う。

そういう言葉遣いを選ぶ。


社会問題を知ってほしいといわれるだけで反発する人たち

社会問題を提起したり、知ってほしいと運動しただけで、反発する人がいる。
溝を深めるとか、どうしてほしいのか言わないと意味がないとか、共感してほしいだけなのかとか。
個人的には共感は大事なことだと思うけれど、最後のことを言う人は、共感するだけでは物事は解決しないから意味がない、論理的に提示せよ、という割には、普段共感ベースで行動しているのだろうなと思う。
共感しないで行動すれば、相手の要求を飲むか飲まないかの判断になるだけだからだ。知ってほしいというのならば、じゃあ、知っておくか、それとも今は知りたくないから知らないでおくか、くらいの反応だけでいいはずで、反発まではする理由がない。

わたしは、そのまま鵜呑みにする。ああ、知ってほしいのだなと思ったら、知るようにしている。
その後、どう行動するかは、わたしの判断にゆだねられていると思うからだ。
要求を提示していないというけれど、知ってほしいという提示は、明確なのに、どうして、そんなことを言うのかよくわからない。責められていると思い込んで、防御しているだけのように見える。

生理痛について知ってほしい、というと、そういう風に男女の溝を深めてどうするのか、知ったからといって何もできない、知りようがないことを理解してほしいといわれても困る、と言いう反応をよく目にする。
別に、相手が知ってほしい、と言っているのだから、そういっているんだな、と思う程度に受け止めればいいのにと思う。
だって、要求はそれだけだから。
それ以上のことをするかどうかは、自分にゆだねられている、尊重されていると捉えられないのはなぜなのか。

相手に指示されることを待ち続けていたらそうなってしまうのだろうか。

個人的には、困っている人がいたら、助ける余力があった場合、助けるのは当たり前だと思う。それが社会の役割だからだ。

今週は発達障害について知ってもらう週間だ。
でも、それにも反発する人がいる。知りたくないなら知らなくてもいい。でも、こちらは知ってほしい。
知ってもらうことで、すそ野が増える。その中に走るだけじゃなくて、どう対応すればいいのか、知りたいと思ってくれる人もいるだろう。
でも、そういう障害があることを知らなかったら、そういうことを知りたいと思い立ってくれる人も見込めないわけだから、意味がないとは思わない。

知ってほしい、といった時には、知ってほしいと思っているだけだ。
その後、支援をしてくれるのならば助かる。知ったら、何か考えてくれることも期待はしている。でも、知ってほしい、それがまず最初だ。問題がそこにあると誰も知らなかったら、どうすることもできないからだ。

知ってほしいといわれたときに、反発する人は、共感を主にして行動することが多いのだろう。だから、無理やり何かを要求されたと感じてしまうのだろう。
知ってほしいということも、もちろん要求には違いないが、何かしてほしいというよりも以前にただ知ってほしいという気持ちがある。
言外の言葉を読みすぎるのは、いわゆる「普通」の人に見られがちな行動だけれど、一度、言葉だけのことをそのまま受け取ってもらえないかと思う。


高学歴とは何か

コメントでc71の出た大学は偏差値も大したことがないし、学士はありふれているから、あなたは高学歴とは言えないはずだ、それなのに、それを名乗るのはなぜなのか、という気持ちが悪く、失礼なことを言われた。

真面目に答えると、確かに明治大学は、早慶、東大よりは劣る。マンモス大だから入る人も珍しくない。東大も、国際ランキングでは相当低いから、日本の大学を出た時点で、レベルは低いといえるだろう。
信州大学は、旧帝大ではない。
個人的には、講師陣のレベルが高くてよかったと思っている。
明治大学も、先生たちの個人的な思想や、経験を踏まえた授業が多く、エキサイティングだった。得るものは大きかった。
水俣病の弁護士を、九州にまで行って、手弁当で裁判をし、現地の人に信用されるまで同じものを食べ、郊外で企業を訴えるための理論を構築し、因果関係を証明した先生の話が民法総論だった。

わたしは子供のころから、世の中を、もっと女性と子供が住みやすいものに変えたいと思っていた。
だから、明治大学の法学部に入り、ジェンダーと法律を勉強し、世の中を変えることをしたかった。
結局は、今、自分の身の幅のこと、歩みは自分の歩幅の分だけだ、ということが分かってきたのだけれど、人生はまだ長いから、法律家になる以外の道で、何かできることはないかといつも探している。ブログもその一環だ。
誰の役に立たないと病気が邪魔をして、悲観的になることがほとんどだけれど、そういうつもりでやっている。

高学歴の話だが、日本で受けられる最高教育、高等教育が「大学」だからだ。わたしは、偏差値で決めるよりもその人が勉強したいと思い、大学に行き、何か得ることを一番尊重したいと思っている。
高学歴というと変札の高い大学に行くことを指すだけだと思っている人も多いが、実は、そうではない定義も存在している。
わたしはそちらを取っている。
勉強がどうしても手につかない、低学力の生徒が、「大人の話をわかって、商売をしたいから、世の中のことを知りたい」と大学進学をするまでに成長した、ということを何度も経験すると、どのレベルの大学に入るのか、ということは、あまり気にならなくなる。
それよりも、大志のほうが大切だ。
日本の大学の講師のレベルは高い。人が余っているからだ。
偏差値が低いと、周りの学生が、勉強好きではない可能性が高いから、環境が悪い場合も多いけれど、わたしが知っている教育機関としての大学は、みんな勉強したがっている学生には親身になってくれた。

また、偏差値的にはたいしたことがない大学かもしれないが、わたしは、ダブルライセンサーだ。学士を二つ持っている人は、まだそれほど多くない。しかも、法学部と工学部を両方というのは、畑違いで、単位を取るのにもずいぶん苦労した。
工学も、技術を通して、世の中の仕組みを変える学問だから、法学部を選んだ理由と同じ理由で選んだ。
誤解している人が多いけれど、今の大学は、遊んで卒業できる場所ではない。遊園地だとか、遊びに行くようなものだとか、いう人は、今を知らない人たちだ。単位を取得するのが簡単に見える授業でも、相性で難しい人にとっては難しい。卒業は簡単じゃない。
信州大学では、一割から三割が留年していた。

成績優秀だと自称するのがおかしいとも、言われたので、反論すると、わたしはどちらの大学でも学費免除か、給付奨学金を得ていた。それらを得るためには、それなりの成績が必要だから、成績優秀だといっている。その努力をないことにしたくないし、わたしが優秀じゃなかったら、ほかの人はどうなるのか、謙遜するとかえって、悪い、という気持ちだ。

世の中は変えられなかった。エリートにもならなかった。同窓会で鼻で笑われたこともある。
でも、塾講師は報われる仕事だ。
女の子は、生きることが、不利だ。
生まれたときから、男と女は育てられ方が違う。
高校選び一つ見ても、男の子には一つ上の高校をチャレンジさせる家庭が多く、女の子には無理せず、確実に入れる高校で、トップを狙って推薦を取るような進路を望む家庭が多い。
それをすると、入れる大学の選択肢が減る。推薦はよいように思えるけれど「自分が入りたい大学」を探すために、少しだが、制約がかかる。なんでも選べる、というのと、推薦がある大学の中から行きたいものを選ぶ、というのでは少し変わる。

わたしが就職しようとしたとき、女だからという理由で露骨に断られたことが何度もある。
女の子にできる仕事がうちにはないんだよね。ご両親はそろっているの?結婚する予定はあるんでしょう?子供を産んだら休むだろうけれど、産休を与える余裕はないし、前例もないから、みんな一度やめてからパートで戻る慣例だよ。
そういうことはすべて、違法だが、現実でもある。そんな会社に入らなければいい。それはもちろんだけれど、男性と女性の選択肢の多さを比べると、制約が多いことをわかってもらえるだろうか?

もし、女が子供を産まなかったら、働き手も、消費者も育たない。男には子供を産めない。
産めないからと言って優遇される。おかしいと思う。

女の子たちは中学生のころから、具体的な夢を持つ。今は看護師、薬剤師、保健師、助産師、そういった、技術職が人気だ。
裏を返すとそうでなければ、独り立ちして食べていくことが難しい。
学力は、労働環境とも、給与面でも密接に関係する。学力があれば、選べる。死を選ばないようにする知恵を、わたしは塾講師という仕事を通して、育てたい。

わたしを高学歴だと呼ぶ人、呼ばない人、それぞれの立場があるだろう。
わたしにも、後悔はたくさんある。
できることが少なく、力及ばないことも多い。
子供を身ごもってから、社会活動ができず、主治医に相談したら、「子供を産むことほど社会活動になることはないよ。人を一人社会に増やすのだから」と言われてほっとした。

高学歴が、人生を保証するわけじゃない。
でも、学力は、選択肢を増やせる。それを利用するかどうかは本人の問題だ。
勉強を通して、頭の使い方や鍛え方を学ぶことはよいことだ。
頭を使わず、考えないことは、楽かもしれないが、大きな損だ。
その損にも気づけないほど、阿呆な人もいるけれど、なるべく関わりたくない。
そうはいっても、社会の中にいる限り、関わらざるを得ない場合もあるから、その辺は工夫するしかない。それも知恵だ。


わたしたちの子供が自閉症でなかったら

六帖さんが家に来て、一年がたった。
彼の実家で、ご両親に会った。
会う前は熱や蕁麻疹が出て、行くのをやめようと彼は言ってくれたけれど、なんとか会いに行った。

彼には両親との記憶があまりないらしい。だから、どういう人なのか、全然わからなかったけれど、ご両親の話を聞いたら、どんな子供時代だったのか少しわかった。
家の事情で苦労したお母さん、ハンサムなお父さんは、仕事を妻の家の事情に振り回されながらも受け入れて、飄々としていた。
遺伝子とは不思議なもので、六帖さんと親御さんはとても良く似ていた。美男美女のカップルに生まれた子供なのに、六帖さんはハンサムとは言えないのが、不思議だとからかった。

彼と知り合い、一年の間に、わたしは身ごもった。経過は順調で、ようやくベビー用品を調べ始めた。
予期せぬ出費が多く、驚くことが多い。子供に拘束される人生が始まる。不安がある。
子育て経験者は、「しょうがない」という。「海外に出ていきたいという気持ちがないわけじゃないけれど、寿命もある。公開がない人生だったとは言えないけれど、たくさんの後悔の中に埋もれている」という。
「つらいことも多いけど、発見も多いよ」という。子育ての話は夫婦仲が円満な、子煩悩の父がいる家の人に聞かないと、悲観的な気持ちになることを知った。
どんな時代でも、子育てをする父は、するし、しない人はしないのだ。
夫が子育てをしていた家庭の妻は、子育てを楽しいものだと語る。自分の人生を犠牲にした一面と同時に、豊かになる一面を語る。これはきれいごとじゃなく、そう。
子供を早く持った人たちは、もう、子供から手を放して、自分の人生をもう一度生き始めている。
そのタイミングで、わたしは、子供を育て始める。
いつ、産めばよかったのかと今更思うけれど、今のタイミングしかなかった。

わたしたちは、自閉症カップルだから、生まれる子供も自閉症のつもりで話していた。
運動をさせよう、集団の強要はさせないようにして、でも、慣れるような機会は与えよう、体の使い方がとにかく苦手なはずだから、アウトドアもしよう、など。

わたしたちは、自閉症の人の気持ちの流れはなんとなくわかるけれど、定型の人の気持ちはわかりにくい。わかるつもりでも、本当にはわからない。もちろん自閉症同士でもわかるとはいえないのだけれど。
定型の人が人の気持ちがわかる人、というとき、本当のところを答え合わせするわけにはいかないのに、どうして、わかるといえるのか、そこが疑問に思うわたしだ。

わたしたちの不安は、子供が、自閉症ではなかったらどうしよう、ということだ。
わたしたちは、自閉症の世界で生きているから、定型の子が生まれたら「異質」と感じる可能性がある。
彼、彼女が必要としている感情的なコミュニケートを与えられるか、難しい。
その場合は、定型の人の力をより借りるように、注力しないといけないだろう。わたしたちにはないものは、与えることができないから。

自閉症が暮らしにくいのは、世の中に自閉症の人間が十分の一しかいないからだ。
わたしたちの家庭ではそれが逆転する。
わたしたちの家庭で、定型発達の子が生まれたら、少数派になるわけだ。理解者になる努力は、どちらにしてもするものの、難易度が上がる気はしている。自分の経験から、類推することが難しいからだ。

自閉症の療育は、社会に混ざるために、自分を変えることを要請される。
そう理解している。
人数が逆転していたら、療育は必要がない。
療育で自閉症は治らない。社会のルールを理解することで、ふるまい方を覚えられる。そうして、二次障害を防ぐものだと理解している。
だから、療育を焦る必要はないと思っている。もちろん低年齢の時にすれば、それだけ二次障害を防ぎやすくはなるだろうが、そのことで、親が負担に感じるのだったら、遅らせて構わないものだと思っている。

遺伝子を混ぜ合わせても、出来上がった子供は他人だから、わたしと特徴が似ている部分があっても、理解不能な部分も多いだろう。自閉症だったら、わかることも多いかもしれない。だから、心のどこかで、自閉症であることを望んでいた。でも、もちろん、そうじゃない可能性もある。
そうじゃなかったとき、わたしは、どれだけのことができるだろう。


腕を切りながら生きながらえる

入院したとき、腕を切り刻んでいる子に出会った。

医者は切るなとは言わなかった。

わたしも、切るのをやめてほしいと思わなかった。

切らないための100の方法を宿題にノートに書く日々を一緒に過ごした。

切るなと言われて切らないなんてできないことをそこにいたみんなが知っていた。

手首を落とすまで切ると不便だからその前にやめられればいいね、という話を笑ってしていた。

 

わたしは作文の書き方を教えた。

自分の気持ちを書くことを毎日した。

ある日、その紙を持って、彼女は家族と医者で話し合った。

家に帰らず、寮生活をすることに決まった。

それから彼女は切る衝動が減った。切ることは続けても、隠さず、消毒してもらいに、ナースステーションに通った。

 

わたしは精神不安定で、筋肉注射を打ってもらうことで、一日生きながらえるような日々だった。

いたくていたくてたまらなかった。

 

依存をして、薬を飲んで、時間を稼いで、問題に向き合うための体力を取り戻すために、休憩していた。

その時間は必要だった。

 

いつまでも、悲しんでいいと言われたら、きっとわたしたちは死んだ。死にたかったのだから。先が見えなかったから。その先が悲しみばかりだったら、生きている価値もないのだ。

 

切りながら、生きるすべを学び、生きるようになって、他に興味が向いて、生きる実感を取り戻して、解離から自分の体にたち戻って、その過程を通して、やっと、わたしたちは生きられた。

 

二度と会わなくても、共通点がなくても同じ日々を過ごした。

 

わたしたちは認められない存在であっても、わからないと言われても、わかりたくないと言われても、確かに存在している。

 

助けたくないなら助けなくてもかまわない。

でも、寄り添うということが、わたしたちには必要だった。

わたしたちは一緒にいることで、補いあい、治療しあい、日常に戻った。

 

自分を切り刻みながら、生きる方法は確かにあるのだ。

切り刻むことを手放す未来も、確かにあった。